王将ファンタジスタ   作:やまもとやま

6 / 15
6、真龍王花

 翌朝、将は本格的に将棋に再起するため、将棋部の入部届に名前を書いた。

 

「将さんが将棋をやる気になってくれて、飛車の妖精として感無量ですよ」

「ああ、感謝してるよ」

 

 将は高校将棋部から、学生名人を目指し、そこから来期以降の棋王戦予選に参加する形でプロを目指すつもりでいた。

 奨励会を経て四段昇段というのが王道だが、最近は大卒のプロやアマチュア大会上がりのプロも増えつつあるご時世だった。

 

 現在、最強の棋士とされる真龍王花もアマチュア竜王を獲得してからの竜王戦制覇という形でプロになった異端児だ。

 将もそれを追いかけて、アマチュア竜王か学生名人がひとまずの目標だった。いや、その前に天照学園将棋部のメンバー集めをしなければならない。

 

 将は学校に着くと、すぐに桂のいる二年四組の教室を訪れた。

 

「やあ、羽生君、いらっしゃい」

「将棋部に入部しようと思いまして」

「入部? 本当ですか?」

 

 桂は小さな子供のように喜んだ。

 その後、メガネを取って何やら一人で回想し始めた。

 

「辛く長い孤独な将棋部でした。部員は僕一人。誰もいない部室でただ一人棋譜並べをするさまはもはや人に非ず。しかし、その時代は終わりを告げました。桂慶大。神に誓って天照学園将棋部を学生名人の頂に導いてみせます」

「あの……」

「すみません、ついに感傷に浸ってしまいました。将棋部ウェルカムです。ぜひ、今日から部室に来てください。羽生君がいれば、どこまでも行ける気がします」

 

 桂は見た目おとなしいが、スイッチが入ると暴走するところがあった。

 その後、将は担任に入部届を出して、正式に天照学園将棋部員になった。将にとっては新しい環境での始動となった。

 

 ◇◇◇

 

 放課後、将は学食で高い昼食を飛子にご馳走して、自分はパンの半分を齧っただけで将棋部の部室に向かった。

 

「いやー、おいしかったですね。この学校のシェフは一流の腕を持っていますよ」

「おれはまったく食べてねえからわからねえがな。しかし、お前といると腹が減るな」

「心配いりません。将棋を指していれば気がまぎれますよ」

 

 飛子は上機嫌にそう言った。

 部室につくと、すでに桂が部室に来ていて、難しい顔をしてパソコン画面に向かっていた。

 

「むむむむ、この手は難しい。僕には理解できない」

 

 桂はぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

 

「桂先輩、何してるんですか?」

「ああ、羽生君、いらっしゃい。いまいいところなんですよ」

「いいところ?」

「棋聖戦の挑戦者決定戦ですよ。王花様と郷田七段の火花を散らす横歩取りの激戦です」

 

 桂はそう言うと、パソコン画面を将のほうに向けた。

 

「そうか、もう棋聖戦の季節なのか」

 

 長らく将棋から離れていた将は、将棋界のここ最近を理解していなかった。

 

「王花様が竜王、王将、棋王に続いて挑戦されます。棋聖を獲得すれば四冠王です。四冠王の現役女子高生なんて美しすぎると思いませんか?」

「そうだな……マスコミと馬鹿な大衆は喜ぶだろうな」

 

 将はひねくれた言い方をした。将棋をやめるきっかけになったのが王花。それだけに、王花の存在は将にとって忌々しいものでもあった。

 

「ここで9五歩。一見緩手に見えますが、ソフトは最善手と読んでいます。と金が確定しているところで、端に手をつけるなんて並の棋士じゃ怖くてできませんが、さすがは王花様です」

 

 桂は王花のファンということで、王花を語るときのテンションは高かった。

 将は盤面を見た。

 

 パッと見てどちらが優勢か判断するのは難しいが、コンピュータソフト「マングース」は王花がやや有利と判断していた。

 その後、数手に渡り、王花はソフト推奨手を連発してさらに優勢を広げた。

 

「精密機械みたいなやつだな。表情も出さないし、頭ん中にソフトが埋め込まれてんじゃねえのか?」

 

 将がそう言うと、桂が反論した。

 

「何言ってるんですか、羽生君。王花様はソフト以上ですよ。ソフトの最善手を超える手をこれまでに何度も繰り出されているのですから。王花様は神の領域にあるのです」

「それはすまなかった」

 

 王花は人間らしい表情を浮かべることなく淡々と指し続け、対戦相手は逆転不可能な局面に追い込まれていった。

 昼過ぎだというのに、対戦相手が投了した。銀損の大差がついたため、望みはないという局面だった。

 

「やったー、さすがは王花様。この強さ、しびれるあこがれる」

 

 桂はそう言って飛び跳ねたが、将は舌打ちしたい気分だった。この圧倒的強さに裏打ちされた冷たい表情が癪だった。

 しかし、それだけいまだに王花に影響されているということでもあった。将棋をやる以上、王花は切っても切ることのできない存在だった。

 

 飛子はそんな将の様子を珍しく黙ってみていた。

 

 ◇◇◇

 

 将棋部での活動を終えての帰り道、飛子は突然将の歩くのをふさぐように立ちはだかった。

 

「なんだ、どうした?」

「私、わかりました」

「なにがだ?」

「私がここに来た理由です」

「……?」

 

 珍しく、飛子は真面目な顔をした。

 

「将さんは真龍王花とかいうやつに恋をしている。ズバリ、そうでしょう?」

「な、なんだよ、急に。そんなわけねえだろ」

「ごまかしても無駄です。私も女ですからわかるのです。私たちの運命の赤い糸に複雑にからみついた黒い糸があるのです。私はずっと感じ続けていました。ようやく黒い糸の正体がわかりました」

 

 飛子はそう言って、将の顔を覗き込んだ。

 

「将さん、ご安心ください。将さんをたぶらかすあの女を、この私が切り捨ててみせましょう」

「いやだから、勝手に決めるなって。おれは別にあいつのことを何とも」

「では、あの女を赤の他人と言えますか? 言えないでしょう。あいつの黒い糸は将さんの人生にいやらしく執拗にからみついています。なまじのことでは紐解くことはできません」

「……」

 

 王花を意識していることは否定できなかった。しかし、将は王花に恋心を抱いているという自覚はなかった。

 ずっと倒したい相手として認識してきたが、それは恋心というものなのだろうか。

 最強の棋士としてそこにいたから意識しているだけ。将はそのような認識だった。

 

 しかし、同じ女性である飛子には将の感情が別のものに映ったようだった。

 

「忌々しい女ですね。私たちの運命の糸に干渉してくるなんて。図々しい泥棒猫です。決して許しません。飛子マジックを炸裂させてやりますよ」

「……」

 

 将は一人で熱くなる飛子を無言で見ていた。将は別に飛子に恋心を抱いているという自覚もなかった。

 しかし、飛子が言ったように、将の運命に、たしかに王花がからみついていた。しかし、それは将自らが望んで手をかけた糸だった。王花の目には、将の姿は映ってさえもいなかったはずだ。

 

 ◇◇◇

 

 王花は棋聖戦の挑戦者を決めた。

 感想戦が終わって、マスコミを退けると、王花はようやく自由になった。

 

 王花はしきりにスマホで誰かと連絡を取っていた。

 そのときの王花の表情は、対局中には決して見せない穏やかなものだった。

 

「もうすぐつくよ」

 

 メールの応答が帰ってくると、王花は普段誰にも見せることもない笑顔を見せた。

 

 メールの相手は車で将棋会館に入ってきた。

 冴えないメガネの中年のやせ型の男だった。

 

 白河雪夫。47歳の冴えないプロ棋士の一人である。独身で、恋人などいたこともない。彼がプロ棋士である事実を知っている人はほとんどいなかった。

 24歳でプロになってから、あっという間にフリークラスに転落した実力に乏しい棋士だった。

 生涯勝率は2割前半と低迷し、新しい若手が入ってくるたび、踏み台にされる立場だった。

 

 早々と一線から退いたということもあり、白河は対局ではなくイベントや将棋の流布活動を中心に働いていた。

 良心的な新聞社のおかげで、白河はそうやって細々と暮らしていた。

 

 しかし、この冴えない中年男にはとてつもない弟子が一人いる。

 

 真龍王花。

 

 新聞社の記者らとたまたま、都内の孤児院に将棋を教えに行くという催しに参加していて、そこで金の卵に出会った。

 

 王花を弟子に迎えたのだが、その王花は天才だった。王花が4歳児のときに出会ったのだが、そのときから驚異的なIQを持っていて、特別な訓練をしていないにも関わらず、200を超えるほどだった。

 その頭脳が将棋と出会うとその能力を高め、気が付くと、15歳にして3冠王に上り詰めてしまった。

 

 王花は将棋を始めて1年で白河を超える実力者になり、あとは勝手に最強の棋士にまで上り詰めてしまった。

 白河はただ王花に将棋というゲームの存在を教えたに過ぎなかった。

 

 しかし、王花は白河に絶大な信頼感を覚えたようで、誰よりも良く懐いていた。

 

「ごめん、王花ちゃん。待ったかい?」

「師匠、お待ちしておりました」

 

 王花は白河を見つけると、普段は絶対に見せないような笑顔を作った。

 白河のところまで駆けていくと、白河の胸に飛び込んだ。

 

 小さな子供ならば抱きかかえてもご愛敬だが、王花はもう15歳になったので昔のようにはいかない。

 白河は最近の王花の扱いには難儀していた。しかし、王花は盲目的に白河を愛していた。

 

 王花は親不在で、孤児として暮らしていたこともあり、その心は他の子どもとは違っていた。生まれついての頭脳も影響しているのかもしれない。

 

「私の将棋を見てくださいましたか?」

「うん、いい将棋だったね」

「いいえ、お恥ずかしい棋譜です。悪手を何度も指してしまったのです。もっと気を引き締めなければなりません」

 

 王花はそう言ったが、人間レベルではその手も十分に有効な手の1つだった。しかし、意識の高い王花には許せないことだったらしい。

 

「次こそは完ぺきな棋譜を生み出してみせます。次の対局も見ていてください」

「うん」

「それでは行きましょう、師匠。静かなところがいいです。二人きりでいられる場所へ」

 

 王花はそう言うと、白河の腕に抱きついて引っ張った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。