王将ファンタジスタ   作:やまもとやま

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7、それぞれの夜

 その夜、将はパソコンを立ち上げた。

 今日行われた棋聖戦の挑戦者決定戦、真龍3冠対剛田7段の棋譜を解析するために、将棋ソフト「マングース」を起動した。

 思えば、王花の棋譜を調べるのはかなり久しぶりのことだった。王花にコテンパンにされたあの日から将棋を封印していたから、こうして棋譜並べ、棋譜解析をするのはとても感慨深いことだった。

 

「将さん、今日は対局なされないのですか?」

 

 後ろで飛子が尋ねて来た。こうして妖精とやり取りするのにも慣れっこになった。

 

「毎回マジック使ってたら、食費がいくらあっても足りないからな」

「マジックに関係なくお腹空きましたよ」

 

 飛子は帰り道に五平餅を4つも平らげたにも関わらず、食事をせかしてきた。

 将にとって飛子の餌やりをどうするかは目下の悩みの1つだった。飛子曰く、あんまり食事が少ないと餓死してしまうらしい。

 今晩の夕食も策がなければ、また1万円ほどの金が飛子の胃袋に収まることになる。対策が必要だった。

 

「この棋譜の解析が終わったら何か食わせてやるからちょっと我慢してろ」

「わかりました。楽しみにしております。今日はおいしいものが食べられるのでしょうか」

 

 飛子は立派な将棋の妖精になるために、将を一流の棋士に仕立て上げるべくここにやってきたのだが、肝心な将棋にはほとんど興味がなく、頭の中は食べることばかりだった。

 実際、飛子曰く、「私は飛車の動き方しか存じ上げておりません。角? 何それって感じですよ」である。つまり、マジックしか能がなかった。もっとも、その飛子マジックの威力がすさまじいのだが。

 

 将は王花の棋譜を読み込んで1手1手確かめていった。

 調べるほどに、王花の怪物ぶりがあらわになった。

 

「なんだこいつ。ほぼすべてソフトの最善手を打ってやがる。どうなってるんだ?」

 

 人間が指す以上、常に最善の手を指すことなどできない。しかし、王花はほとんどソフトの最善の手を打っていた。

 だが、真に驚くべきことはソフトを超える手を指しているところだった。

 

「79手目。ソフトの最善手は2四歩打だが、真龍の手は8三歩打。ソフトは悪手と判断してるが……」

 

 その手以降を調べると、なぜかどう指しても、王花の優勢がたしかになった。それはソフトの最善手以上に明確な結果だった。

 それはつまり、最強ソフト「マングース」の読みを超える手だった。

 

 完ぺきな棋譜で新鋭の剛田7段を倒しており、付け入る隙はなかった。

 

「勝てる気がしねえ。努力でこいつに勝てる日が来るのか?」

 

 将は頭を抱えた。王花の圧倒的実力にまったくついていける気がしなかった。王花はあらゆる棋士から希望を奪うほどの圧倒的力で君臨していた。

 

「将さん、そんな泥棒猫、飛子マジックでぎったんぎったんのめったんめったんですよ。そう、私たちの愛の力があれば何者も乗り越えられるのです」

 

 飛子が力説した。

 もちろん、王花が相手でも、飛子がいれば必ず勝てる自信がある。飛車を続けて二度動かせれば、必勝できる。

 しかし、そうやって勝つことは勝ちとは言えない。将の棋士としてのプライドが飛子マジックの勝利を受け入れられなかった。

 

 とはいえ……。

 

「いっぺん、こいつを一方的に叩きのめして、ぎゃふんと言わせてやりたいってのはあるな」

「ぎゃふんと言わず、ふんぎゃあ、げろげろと言わせてやればいいですよ。お任せください。飛子マジックであの化け猫をどっかんがらがらにしてやるですよ」

 

 飛子はいちいち謎の表現をした。王花に対する嫌悪感というか、女としての対抗感情には相当強いものがあるようだった。

 

「飛子マジックか……ほんとにとんでもない力を手に入れてしまったな」

 

 将は飛子マジックとどのように関わって行けばいいのか、しっかり考えなければならないと思った。

 

 ◇◇◇

 

 そのころ、将だけでなく全棋士の宿敵である王花は師匠の白河と、とある静かなレストランにやってきていた。

 王花は賑やかな場所を極端に嫌う傾向があったので、不純な男女が密会で使うような人里離れた場所に入っていた。客は3組しかおらず、いずれも訳ありそうな男女の組だった。

 二人もその景色に溶け込んだ。

 

 白河は王花が思春期を迎えたことで、彼女の扱いに難儀していた。王花がまだ幼いころならば問題なかった二人だけの時間も、今後は考えて行かなければならなかった。

 しかし、王花はわかってか、少し背伸びをして白河に色々とアピールしてきた。

 短いスカートを身に付けたり、やたら露出度の高い格好を見せることもあり、白河は対応に困っていた。

 

 白河はできるだけ正規の方向に戻すために、意識的に話題を作った。

 

「王花ちゃん、学校のほうはどうなんだい?」

「まだ入学式を終えて一日しか通っておりませんので、何とも言えません」

「話をする友達とかはできたの?」

「友達? 私にはそのようなものは必要ありません。師匠がいてくれれば、私の心が孤独になることはないのですから」

 

 そう言って、王花は色っぽい目を向けた。

 白河はため息をついた。

 

「王花ちゃん、そんなこと言わず、自分のほうから同級生に話しかけてみたほうがいい」

「ですが、師匠。彼らはろくでもない話題ばかりです。私の夢は8冠を獲得して、師匠に捧げること。そのためにためになる話題などどこにもありません」

「……」

 

 王花は今時の女子高生とは一線を画していた。大きな夢を持っているのはいいことだと思ったが、それに囚われていて、それ以外のものを見ようとしないところがあった。

 白河はもう王花に将棋を教える立場ではない。しかし、まだ教えることがあるとすれば、人間性だった。

 

「王花ちゃん、人生は将棋ばかりじゃない。もっと色々なことを知るべきだ。そのためには、くだらないと決めつけず、色々なものに興味を持ったほうがいいと思うんだ」

「師匠、私は将棋がすべてなんて思っていません。私は将棋よりずっと愛するべきものを知っているつもりです。ですが、それを届けるためには誰よりも強くなければならないのです」

 

 王花はそう言うと、白河のほうをまっすぐ見つめた。

 王花の目には、将棋以上に、目の前の一人の男性を見ていた。白河はそれに気づいていたが、できるだけ意識しないようにした。

 

 白河は話題を変えた。

 

「勉強のほうはどうだい?」

「学問にはあまり興味がありませんが、高校教育課程程度の学力は備えているつもりです」

「そ、そうだったな」

 

 王花は中学時代ですでに、白河の助言で参加した数学オリンピックと物理オリンピックで両方とも世界1位を獲得しており、もはや右に出る者はいなかった。

 

「ともかく王花ちゃん、僕から言えることは、もっと色々な人と関わってほしいと思う。少しきつい言葉で言う。師匠命令として、今月中に5人の同級生に自分から声をかけてみなさい」

「師匠命令ですか……?」

「うん、そして5人の友達を作るんだ。そうすれば、きっと王花ちゃんは今よりずっと輝けるようになる」

 

 白河はそう言ったが、王花はその意図が理解できなかったようである。

 

 ◇◇◇

 

 棋譜並べを終えた将は戦いの場に出向くために、外出の準備をした。

 

「飛子、そこへ行けば好きなだけ何でも食べることができる」

「え、なんですか、その至れり尽くせりの場所は?」

「だが、1つだけ制約がある。45分以内に7キロを完食しなければ罰金1万円。食べきれば賞金1万円だ」

「なんですか、それ。たくさん食べてお金ももらえるなんてまるでパラダイスじゃないですか」

「どうだ? 45分で7キロ。行けるか?」

「そんなのちょー簡単ですよ」

 

 飛子はちゅうちょなくそう言った。

 将が思いついた苦肉の策は、大食いチャレンジで賞金を獲得すること。これで飛子の食費問題が解決するかもしれない。

 だが、飛子と言えど、近所の大食いチャレンジは成功者0人の最強チャレンジ。失敗すると手痛い1万円のロスになる。

 危険な賭けだった。

 

 とはいえ、これも一種のインチキだ。飛子と将の二人がかりで挑戦するのだから、飛子マジックほどではないにせよ、離れ業である。

 しかし、将棋でなければ、将はプライドなど持たなくても問題なかった。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

 二人は将棋ではない戦いの場に赴いた。

 

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