火花を散らす戦いが幕を開けようとしていた。
王将飯店にやってきた将は話題のチャレンジ「竜王X」を注文した。
これは大量のチャーハンの上に大量の揚げ物を乗せた合計7キロの大盛セットを45分で平らげる魔のチャレンジだった。
これまで数々の大食いマニアやフードファイターを退けて来た最強のチャレンジだった。
これが最難関とされるのは、大量の親鶏のからあげが非常に硬く、ファイターの泣き所であるあごを徹底的に攻撃する点にあった。
あごをやられた者は食事速度がみるみる落ちて、チャレンジ失敗となっていった。
そんな最強チャレンジに、飛子が挑むことになる。将はほんの少し添えるだけだ。
「むふふふ、楽しみですね。目いっぱい食べられるなんて夢のようです」
飛子は割りばしを持って料理が運ばれてくるのを待った。なお、飛子の食事が外界からどのように映っているかというと、どうも、将が一生懸命に食べているように映るらしい。どういう作用かはわかっていないが、将がスマホで撮影した映像では、飛子の姿が自分の姿になっていた。
では、将と飛子が同時に食事をすると?
そこまでは将も調べていないが、飛子マジック的な都合で適当につじつまが合うのだろう。
「店長、最強チャレンジ「竜王X」に挑戦する猛者がやってきました」
「ぞうさんパクパクか?」
「いえ、知らない少年です。新鋭のファイターかもしれません」
「ふん、プロデビューしたばかりの新人に我が竜王を倒せるはずがない。竜王Xは名だたるファイターを5連覇し、永世竜王の称号を獲得したのだからな。勝てそうで勝てない究極のドラゴンなのだ」
店長は自慢げにそう言った。誰も食べられない現実離れの料理を出すのはきれいではない。食べられそうで食べられない絶妙なラインをついてこそ作り手も褒められる。
この店長はそういう点で高く評価されていた。
「揚げ物オッケー」
「チャーハンオッケー」
「わかめスープオッケー」
「よし、では運ぶぞ。見せてやるぜ、おれの竜王」
店長は3人がかりで、ドラゴンのように揚げ物が盛られた竜王Xを将の前に置いた。それはもはやドラゴンだった。
将は開いた口がふさがらなかった。
しかし、飛子は驚くどころか喜ぶばかりだった。
「私はこれまで一度も満腹になるまで食べさせてもらったことがありません」
「毎日あんだけ食わせて満腹じゃなかったのかよ」
「ですが、今日は満腹になれるかもしれません」
飛子はそう言って、割りばしを引きちぎった。
どんな食べ物もお箸で食べる。和の心を忘れないのが飛子だった。
「制限時間は45分。45分以内に完食すれば賞金1万円。完食の定義はご飯粒を1粒も残さず平らげること。1粒のお残しも許さない。いいか?」
「いいか?」
将は飛子にまた聞きした。
「了解です。全部食べます」
飛子の闘争心はオッケーだった。
「では、3秒前。2、1、スタート!」
店長の合図で竜王Xと飛子の勝負が始まった。
飛子は始まると、器用に箸を使い、揚げ物を口に放り込み始めた。
「おいひーです。おいひー」
「突っ走れ。おれはこっちのわかめスープだけ片付けておく」
将はわかめスープを手に取った。しれっと7キロに加えてついてきたこのわかめスープもラーメンサイズだった。
将がゆっくりわかめスープを味わっている間に、ドラゴンの頭がなくなった。飛子の食事速度は十分トップファイター級だった。
「店長、二刀流ファイターのようです。わかめスープとあげものを同時に流し込んでいます。こんな挑戦者は過去にありません」
「むう、フードファイター界の大谷翔平が現れたか。これはかつてない最強の挑戦者になるな」
見守っている店長らは、飛子と将の二刀流を新手の新鋭のように目に写していた。
将はわかめスープを半分飲んだところで、十分な満腹感を覚えた。昔から食が細かった将にとってはラーメン級わかめスープが十分に強敵だった。
「飛子、おれは限界が近い。あとは頼めるか?」
「お任せください。むふふ、将さんと間接キッスのチャンス到来です」
「……やはり完食するよ」
将は照れを隠すように、もう一度わかめスープに手をつけた。
挑戦から30分が経過した。ドラゴンの揚げ物は完全に消え、残るは土台のチャーハンだけになっていた。
しかも、飛子の食べる速度はまるで落ちていなかった。
「て、店長。ドラゴンが破壊されました。この速度でドラゴンが崩されるなどこれまでにありませんでした」
「落ち着け。たいていのやつはドラゴンに躍起になって、その下のファイアーで力尽きるんだ。土台のチャーハンはいわば、アルマゴートの地獄の業火よ」
店長は腕を組んで、まだ余裕だった。
「ところで店長。最近赤字続きだと言ってましたが、賞金1万円出てっても大丈夫なんですか?」
「そのときはお前の時給から1万円分抜く」
「そんなひどいっすよ」
「何を抜かす。勝った時は賞金、負けた時は罰金。これが勝負の世界の鉄則だ。甘えるな!」
「そんなこと言って、勝った時に一度も賞金をもらったことありませんよ」
店長と学生バイトが言い合いしているうちに、自慢のファイアーも半分が消え去った。
完食は目前だった。そのころ、将は何とかわかめスープを平らげた。
「て、店長、これは完食されそうですね」
「焦るな。6キロを超えて来たところで、胃袋は限界に達する。おれの経験則では、ここで手が止まる。過去の挑戦者もここいらがテトリスの詰みだ」
「と、止まりそうにないっすよ?」
「止まる。止まらないなら、人間じゃねえ」
飛子は人間ではなく妖精だった。妖精には胃袋という概念がなかった。飛子はただひたすら食べ続けた。
「て、店長! ダメです。20分残しての完食です、これは」
「ぐう、やつは人間じゃない。ドラゴンだ。おれたちはいまUMAの目撃者になった」
店長はそう言うと、あっぱれという表情になった。彼の言っていることは当たっていた。飛子はたしかにUMAだった。
ついに飛子の手が止まった。
見ると、目の前の皿には米1粒、あげもののかけら1つさえも残らず、きれいに完食してしまった。
「いや、おいしかったですね。しかし、まだ食べ足りません。賞金でゴマ団子と麻婆豆腐と肉まん20個を注文しましょう。帰り道に、コンビニのおでんとたい焼きも」
飛子の言葉に将は開いた口がふさがらなかった。
飛子の食欲は文字通り「無限」だった。将はこのときはじめて無限という概念が実在することを実感した。