壮絶な夕食から帰ってきた将はパソコンを立ち上げた。
いまは将棋をするにも、パソコンの時代。壊してしまったので、将棋盤がまだないということもあり、将はしばらくパソコンで将棋の研究をするつもりだった。
「将さん、元気モリモリ。今なら、最高の飛子マジックを解放することができますよ。というか、解放しないと眠れないほどエネルギーがあふれ出しています。頭から湯気が出ています。わかりますか?」
「お、おう、本当に出てるな。やばいのか?」
飛子はいつもよりヒートアップしていて、たしかに頭から湯気が出ていた。
「自分のエネルギーで死んでしまうかもしれません。早くこのエネルギーを解放しないと」
「わかったよ。なら、軽く対局だ」
将棋コロシアムに入り、久しぶりにランク戦に潜ることにした。
放置していたので、いまはランク最下位のC2組まで落ちていた。
将はC2がどれぐらいの実力なのかを確かめるために、持ち時間1手7秒の早指しのエリアで対戦相手を探した。
すぐに対戦相手が見つかった。
「将棋マン」というアカウントの対戦相手であった。
結果は……飛子マジックを使うまでもない素人だった。将はあっさりと将棋マンに勝った。
続いて、「まるじろう」というアカウント。
こちらも余裕で突破することができた。
「将さーん、まだですか? 私もう真っ赤になってますよ」
「もう少し待て。いまC1に上がった。もうすぐ骨のあるやつが出てくる」
早指しで素人相手に連勝した将はC1の相手と対戦した。
C2よりは定跡を心得ている相手が多かったが、定跡を外して力戦に持ち込むと、問題なく勝てた。
C1も余裕の突破になった。
「将さん、もう我慢できません。体がうずいて、ムラムラしてどうにかなりそうです」
「……なんかやばそうだな。わかった、次の対戦で飛子マジックだ」
将はC1のランク戦を離れて、フリークラスでそこそこレートの高い相手を探した。
すると……。
「おっ」
将はすぐにあるアカウントに目をつけた。フリークラスなのに、2700を超えるレートを持っていた。
アカウント名「花子さん」
「例のソフト指しか……ランク戦には参加してないようだが、フリークラスで暴れまわってやがるな」
花子さんとは前回対戦したことがあった。圧倒的な実力の持ち主であった。そのことから、将はソフトを使って指し手を再現するいわゆる「ソフト指し」と認定した。
実際、ちょっと調べてみると、「花子さん」というアカウントはツイッターなどで話題になっていた。
色々なうわさがあった。
「ソフト指しだろ」という将と同じ考えをする者も多かったが、「指し手の特徴から真龍桜花ではないか?」と言った都市伝説的な意見もあった。
「真龍桜花がこんなゲームをするわけないだろ」
将はそう考えた。
とはいえ、飛子マジックを解放するには、ソフト指しは好都合。ソフトゆえに、飛子マジックには絶対に対応できない。
「飛子、ちょうどいい相手がいたぜ。マジックを解放してくれ」
「リョーカイ。いまの私ならどんな相手でもぎったんぎったんめったんめったんにさせてやれますよ」
飛子も満腹になったためかいつもより気合が入っていた。
「でも、しばらくはおれの実力でさせてくれ。ソフト相手とはいえ、通用するところまではやってみたい」
将は飛子マジックを使わず、花子さんと対戦した。持ち時間1手20秒の早指しでの対戦。
前回は四間飛車などで遊んだが、今回は本気で居飛車を指した。
後手を取った将は得意の横歩取りに誘導した。
「よし、昨日ちょっと研究した定跡を試してみるか」
将は飛子マジックを使わず、ソフト指しの花子さんにどこまでやれるか確かめるため、気合を入れて臨んだ。
だが……。
「ダメだ、強すぎる」
将は新定跡で臨んだにも関わらず、花子さんはあっさりとその新定跡を打ち砕いて行った。
「まあ、ソフトに勝てるとは思ってなかったが……にしても、こいつ本当に露骨にソフトを使って来やがるのな」
将は振り返って飛子を呼んだ。
「飛子、出番だぜ。この絶望的な局面を何とかしてくれ」
「任されたし、主」
メガネを外して別人格になった飛子はどこからともなく取り出した奥義を広げた。
「飛車は竜神の使い。かつて、この世界に万物をもたらした12竜神から力を与えられ、わらわはここに舞い降りた。すべてはこの日のために」
飛子はメガネを外すと、普段は言わないような理知的な言葉を紡いだ。
「主、王神竜が舞い降りた。いま主の駒台に解き放つ」
「王神竜?」
「いでよ、我が究極のしもべ、王神竜よ」
飛子がマジックを解放すると、あたりが赤いもやに包まれた。
すると、将の駒台に火花を散らす謎の駒「王龍」という駒が出現した。
「主、聞け。王神竜は、竜にナイトが乗り込んだ竜騎士。竜にナイトの動きが加わる。わかるな?」
「チェスのナイトのことか?」
「さよう。加えて、王神竜は盤上に打ち込んだ際に続けて次の一手を指すことができる。さらに歩、香、桂に対してはプロテクトされる。また、駒によって取られたら、そのまま消滅する」
飛子はそのように説明した。
だいたいのことはわかった。
要は、竜にチェスのナイトの動きが加わり、打った後続けて行動可能で、歩、香、桂には取られないということだ。取られても消えるので、相手の駒台には置かれない。
将はしばらく考えた。
王神竜は圧倒的な駒だが、適当に打って活躍できる駒ではなかったので、考える必要があった。
「4四に打って5二の馬を抜くか……」
将は方針を決めると、王神竜をクリックして、4四に打ち込んだ。
そのまま立て続けに王神竜を動かすことができるので、相手の攻めの要となっている5二の馬を取った。
棋譜の表記は以下のようになった。
▽4四「王龍」5二「王龍」
聞いたこともないプログラムが新たに加わった。
花子さんは時間ギリギリまで考えて、やがてそのまま投了してしまった。
「ふん、ソフトでレートを上げるようなやつに正義の鉄槌を下してやったぜ。金輪際ソフト指しをやめるんだな」
将はそう言って鼻で笑った。
「いや、すっきりしました。たまっていましたので、解放するときはとっても気持ちよかったですよ。しかし、たっぷりと魔力を解放したので、またお腹が空いてきました。昨日買い込んだお菓子を食べることにします」
飛子はいつもの調子に戻ると、将が昨日飛子の非常食用に購入していたポテトチップスなどを両手で抱えて持ってきて、さっそく食べ始めた。
飛子の大食いはいつものことなので、将もいちいち驚かなくなった。
将はパソコン画面を見つめた。
将棋コロシアムにはチャット機能もあり、交流をすることもできる。
花子さんがチャットを打ってきた。
「お前は何者だ?」
よっぽどくやしかったのだろう。ソフトを使えば敵なし。レートを見るに、これまで一度も負けたことがなかったのだろう。
それがわずかレート933でしかないアカウントに負けたのだから、動揺を隠せないはずだ。
将はこのように返信した。
「おれは飛車の妖精だ」
それに対する花子さんの返信。
「プロか?」
かなり大真面目に返してきた。
将は逆におおふざけで返した。
「妖精は将棋を指さないのですよー」
語調まで変化させると、花子さんは返信しなくなったが、再戦を要求してきた。
将はそれに対してこう答えた。
「カツカレーが切れたのでまた明日だよー」
「明日のいつごろだ?」
「わからないのですー」
「この時間に来い。待っている」
花子さんはそう言うとログアウトしていった。
「変なやつだな。ただのソフト指しにしては意識が高いような気がする」
将は花子さんの正体が少し気になった。
◇◇◇
花子さんはストーカー並に毎日のようにフリークラスにやってきて、将に対戦を申し込むようになった。
今日も、飛子に6キロのハンバーガーチャレンジをさせての対戦だったので、将は飛子マジックで花子さんのソフトパワーをほふった。
「わからない。どうしてもお前の指し手が理解できない」
花子さんはそのようにチャットをしてきた。
将はおふざけモード全開で返信した。
「将棋の妖精、飛子マジックなのですよー」
「ふざけるな? 何が妖精だ!」
ふざけているわけではない。将は本当のことしか言っていない。いまも飛子は後ろでスナック菓子をほおばっていた。
「嘘じゃないのですよ。妖精は本当にいるのですよ」
「本当にいるのか?」
「そうですよー、飛車の妖精には誰もかなわないのですよー」
「会いたい」
やがて、花子さんは出会い系サイトに紛れ込んだかのように、面会を求めて来た。チャットでは個人情報を書くことは禁じられているので、将は次のように答えた。
「飛車の妖精は誰にも見えないのですよー」
将はその後、花子さんと関わることをやめることにした。
対応が面倒くさいというのもあったが、飛子マジックを乱発することに一抹の不安があった。あんまり人に見せびらかすものではないと考え、金輪際、将は花子さんとは関わらなくなった。