第三回中山開催、最終日の八日目。皐月賞が行われる日曜のこの日、チームプルートのあたしたち四人は中山レース場の正面スタンドに陣取っていた。
「ほんとに、最前列が取れて良かったね」
にんじん焼きを頬張りながら、クラウンセボンは満足そうにコースを見渡した。いまはちょうどお昼過ぎ、第5レースの本バ場入場が行われている。
「急な話だったのに、特別に前売り券を取ってくれた誰かさんのおかげだよ」
あたしは少し離れたところにいるトレーナーの方をちらりと見ながら答えた。第1レースから、トレーナーはずっと出走者たちを観察しながら、なにやら記録を取り続けている。楽しみ目的で来たあたしたちとは違って、完全に研究目的で来ているみたい。
「さあ、間もなく出走ですよ。クラウンさんの見立てでは、どなたが勝つと思われますか?」
レイアクレセントがぜひ聞きたいといった様子で身を乗り出す。というのも、今日ここまで行われた四つのレースの全てで、クラウンセボンは一着予想を的中させていたからだ。レースの勝者予想は難しい。テレビや雑誌の解説役だって、外すのは珍しいことじゃない。クラウンセボンの奇跡的な連続的中がどこまで続くか、それもあたしたちの楽しみのひとつに加わっていたのだった。
「うーん、食べながらだったから、あんまりよく見られてないんだけど……」
ゲートの周りでウォーミングアップする出走者たちを、クラウンセボンは真剣な表情で見つめた。
「そうだね。6枠のふたりがいい調子に見えるかな。ふたりのうちどちらかと言えば……8番の、マキシムバラッドさんの方がいい感じ。踏み込みがいいし、自信もありそう」
「へえ……」
そう言われると、なんだかあたしたちもそんな気がしてくる。まるであたしたち専属の解説者だ。
「すごいな。あたし全然わかんないや。ボンにこんな特技があったなんてね」
どうしてわかるのか、と聞いても「なんとなくわかるの」としか答えてくれない。多分、感覚的なものなのだろうけど、あたしにはさっぱりだった。こういうのが、相マ眼とかいうやつなんだろうか。
「ホープはどう?」
あたしの考えてることをバンバン言い当てるホープアンドプレイなら、何かわかるかもしれない。そう思って水を向けてみたけれど、無口な芦毛は答える代わりに首をひねるだけだった。
「ま、そりゃそうか。やっぱりボンが特別なんだね」
「大げさだよ。いつもはこんなに当たらないんだから」
なら普段はどれくらい当たるのかと聞くと、半分くらい、なんて言うものだから、あたしは笑ってしまった。半分当たるのだってすごいことだ。「レースに絶対はない」とはよく言ったもので、1番人気の子が人気通り勝つ確率でさえ、決して高くはない。今日がとりわけ調子が良いにしても、レースの勝敗予想をそれだけ当てられるなんて、あたしからすれば魔法みたいなものだ。
「SNSで発信なさったらいかがでしょう? きっと話題になりますよ」
「いいじゃん、やろうよ。ウマスタとか、ウマッターとかでさ」
「は、恥ずかしいし、出走する子たちに迷惑かけちゃうよ」
そんなことを言い合っているうちに、ファンファーレが鳴り響き、発走となった。
『中山第5レースはクラシック級1勝クラス、ダート1800メートルです。各ウマ娘ゲートに収まり……スタートしました!』
レースの展開は、先団にとりついた8番マキシムバラッドが直線で抜け出し、そのまま一着でゴールインするという完勝ともいえる内容だった。これでクラウンセボンの連続的中は五つめ。レース内容よりもその結果で、あたしたちは大いに盛り上がった。
「ボン、アンタマジですごいよ!」
「たまたまだよぉ」
照れ笑いするクラウンセボンに、あたしは模擬レースの時のお返しとばかりに、これでもかと称賛を浴びせた。
「いいえ、偶然でこうは行きませんよ。やっぱり、クラウンさんには特別な才能があるんです!」
レイアクレセントもそう言って手を叩いた。ホープアンドプレイも、言葉にこそ出さなかったけれど一緒になって手を拍手を送っている。
「なんか、お腹すいちゃったな。売店行ってくるね」
クラウンセボンのその言葉は、照れ隠しなのか、本当に空腹だったのかはわからない。足早にその場を離れていく彼女の背中を見送りながら、あたしたちはずっとニヤニヤしていた。メインの皐月賞まではまだたっぷり時間がある。けれどすでに、あたしはお腹いっぱいレース観戦を堪能していた。
『それでは、本日のメインレース、皐月賞の本バ場入場です』
そのアナウンスが流れてくるころには、レース場の客入りはスタンドを埋め尽くすほどの超満員になっていた。さすがは中央のGⅠ。そして、クラシック三冠レースのひとつ。地の底から響いてくるような歓声に、雷鳴のような拍手。以前、母さんに連れてきてもらった有馬記念の時もこんな感じだったっけ。
「みんな、楽しんでる?」
ちょうどそこへ、パドックからトレーナーが戻って来た。さすがに混雑が激しくなったので、あたしたちのところ以外、空いているスペースがなかったらしい。
「ええ。それはもう。クラウンさんが次々と予想を的中させるものですから、ひとりで見るよりもずっと楽しませていただいています」
レイアクレセントが声を弾ませる。チームに加入して以来、こんなに楽しそうにしている彼女を見るのは初めてだった。
「さあ、皐月賞の予想はいかがですか、クラウンさん」
「目移りしちゃうなあ。みんな、ばっちり仕上げてきているもん」
クラウンセボンはあのあとふたつ予想を外したものの、ここまでほとんどのレースで1着予想を的中させていた。その彼女をもってしても、GⅠの予想は難しいらしい。
「勝敗予想もいいけど、しっかりレース展開も考えながら見なさいね。見ることも勉強のうちだから」
教官みたいなことを言いだしたトレーナーに、あたしは口をとがらせた。
「つまんないこと言うなあ。そういうのはあとにしようよ」
すると、トレーナーは「いやいや」と言いながら指を左右に振った。
「ダマされたと思ってやってごらん。ほら、出走表を見てイメージするの。あなたが実際にこのレースに出走していたら、勝つためにどうするかってこと。言ってみれば、頭の中で皐月賞に出走するって感じだね。そういうのは、リアルタイムが一番楽しいんだよ。結果がわかってからやるんじゃ、ドキドキも半減しちゃうでしょう」
「それはわかるけどさ、イメージしたって勝てる気がしないんだけど。いまのあたしじゃ到底敵いっこないもの」
ここはクラシック級のGⅠ。いまここへ何かの間違いで出走したとしても、しんがり負けするに決まっている。
「ルピナスさん、やってみましょうよ。イメージの中なら、どれだけ速く走ったって構わないんですから」
レイアクレセントはすっかり乗り気のようだった。その無邪気な雰囲気で促されると、嫌とは言いづらい。この感じ、クラウンセボンと似ている。感化されたのか、本来の性格なのか、こういうのはあたしにはない武器だ。ずるいぞ。
「ボンと、ホープもやろう。いいね?」
トレーナーが諭すようにそう言うと、二人とも素直にうなずいた。クラウンセボンはいいとして、ホープアンドプレイも了承したことは、はじめ少し意外に思った。ただ、よく考えてみればそれも不思議なことじゃない。模擬レースの話にしても、皐月賞へ一緒に行こうという話にしても、彼女はいつも嫌だとは言わなかった。むしろ、あたしの方があれこれ注文をつけているくらいだ。気難しそうに見えて、案外付き合いやすい子なのかもしれない。
「キミが考えすぎなだけだよ」
ああ、また顔に出ていたみたい。このクセ、絶対に直してやる。
「なんだよ。アンタのこと理解しようと思って気を砕いてるだけじゃん」
「ナントカの考え休むに似たりっていう言葉、あったよね」
こいつ、こういうときばかりよくしゃべるんだから。
「それくらい普段からおしゃべりしてよね。バカなあたしがごちゃごちゃ考えなくて済むように」
「ほらほら、出走表、見よう?」
クラウンセボンが間に入ってくれて、あたしはルームメイトへ掴みかからずに済んだ。渋々、差し出された出走表に目を通す。1枠1番アルカナエース、2番リオユニゾン、2枠3番フエンテフエルテ……と順に見て行ったところで、あたしはあることに気がついた。
「トレーナー、このレース、差しの人ばっかりなんだけど」
なんと、今回の皐月賞は18人中12人が差し脚質。半分以上が後方からのレースをする子たちということだ。残りは逃げがふたり、先行が3人、追い込みがひとり。かなり極端に差しに偏っている。もしも自分がこの中に入ったらと考えると、ものすごく走りにくそうだなと思った。
「いいところに目を付けたね。そう、今日の皐月賞は後方からのレースをする子がとっても多いの。この場合、あなたはどういうことに気をつけなきゃいけないと思う?」
いまのあたしに思いつくことといえば、位置取りで集団に包まれないようにすることくらいだ。だいたい七、八番手くらいを追走できれば前との距離も測りやすくて、理想的なポジションになるはず。そうはいっても、外から蓋をされる心配もあるし、後ろからつつかれたら気持ちよく走れないし、難しいレースになりそうだ。その通りに伝えてみると、トレーナーはとりあえず満足したようだった。
「そう。こういうレースは、ルピナスみたいに後方から仕掛けていくタイプの子にとって、いろいろ考えなきゃいけない、難しい展開になるんだよ」
「それって、ホープちゃんも同じなんですか?」
クラウンセボンが思いついたように尋ねる。そういえば、ホープアンドプレイも後ろからのレースをするウマ娘だ。普通に考えれば、同じように難しい展開になると言えなくもない。けれども、トレーナーの答えはYESではなかった。
「どうかな。ホープの走りは、ちょっと特殊だからね」
トレーナーが言いたいことは、あたしにもわかった。ホープの場合、勝つか負けるかは展開云々ではなく、スピードに乗れるかどうかだ。言ってみれば、ひとりでタイムアタックをしているような走りなのだから、展開がどうとかいうことはあまり関係ないのかもしれない。
「まあ、後は実際にレースを見てみよう。そうしたら、新しく気付けることもたくさん出てくるから。しっかりイメージしてね。自分だったらどう走るか」
トレーナーがそう言ったところで、ファンファーレが鳴り響いた。いよいよ、レースが始まる。
「ルピナスちゃん、私ドキドキしてきちゃった」
「あ、あたしだって」
もしもここにあたしが出走していたら。トレーナーが変なことを言い出すものだから、あの模擬レースのときみたいな、いやそれ以上の動悸があたしを襲ってくる。
「ちなみにボンは誰が勝つと思う?」
慣れた話をすれば落ち着くかもしれないと思って、あたしは勝敗予想の方へ話を逸らした。
「ええっとね、12番のレリーダンスさんかな」
「あ、そうなんだ」
ぎこちない会話。だめだこりゃ。全然落ち着かなかった。観客の手拍子と、空気が震えるような歓声が、あたしの緊張を煽ってくる。
『さあ、中山メインの第11レース、クラシックの一冠目、最も『はやい』ウマ娘が勝つと言われる皐月賞、芝、2000メートルです』
芝2000メートル。思えば、この距離はついこの間、あたしたちが走った距離と同じだ。何か、奇妙な縁を感じる。
『各ウマ娘ゲートイン完了して、態勢整いました』
一瞬の静寂。みんな息を止めて、その瞬間を待っている。そして……。
『スタートしました! ……まずまず揃ったスタートです。春の陽気さわやかな中山の正面スタンド前、詰めかけた大観衆の声援を受け、いま18人の優駿がクラシックレース最初の栄冠を目指してひた走ります。先行争いはインターステージ、リバーフローズ。この二人の争いになりました。ここに大外から切れ込んでブライトライムがぴったりとマークに行きます。やや離れて5、6人ほど固まって、中団を形成、さらにその後方集団という形。早くも縦長の展開となっています。この展開はどうでしょうか。前を行く二人は1コーナーから2コーナーを回って向こう正面へ。ちょっとどよめき加減の中山レース場です』
遅い、と思った。多分、そう感じたのはあたしだけじゃない。周りの観客たちも、薄々気付いているようだった。後方勢はみんな互いにけん制し合って、なかなか前へ行こうとしていない。一方で、先陣を切っていった逃げのふたりはそれほど競り合っている様子がなかった。ゆったりと、余裕をもって走っているように見える。
「だめだ、もっと前に行かなきゃ」
思わず声が出た。このままでは前のグループに楽逃げされてしまう。もしもあたしがこの中にいたら、後ろからつつきに行かなきゃいけない。でも、これは外から見ているからこそ気付けること。実際にあの場にいたら、位置取り争いに夢中になって、前のペースを気にする余裕なんてないかもしれない。それに、気付けたとしても前を追いかけるのは怖い。最後に残しておきたい脚を使い切ってしまうかもしれないからだ。どうしよう、どうしたらいいんだろう……イメージの中で走っているあたしも迷っていた。
と、そこへ動きがあった。
『おっと、ここでスッと上がって行ったレリーダンス。そのまま先行勢へ迫っていきます』
「すごい、ルピナスちゃんの声が聞こえたみたいだね」
クラウンセボンが声を弾ませる。レリーダンスといえば、クラウンセボンが一着予想をしていたウマ娘だ。たしか、出走表にはチームカペラ所属と書いてあった。優秀なランナーであることは間違いない。その彼女が、するすると位置を上げていく。あたしはぞくりと鳥肌が立った。レースを走る中で、ペースが遅いことに気付いただけでなく、展開を強引に自ら動かしに行った。これがGⅠを戦うウマ娘の姿なんだ、と思った。自分の判断に対する絶対の自信と、失敗を恐れない勇気。いまのあたしにはどちらも備わっていない。スローペースと思ったのは勘違いかもしれない、追いかけて脚を消耗してしまったらどうしよう、いろんなことがあたしの判断を邪魔する。おかげで、イメージの中のあたしはまだ後方集団の中で様子を見ていた。
そこで、場内から悲鳴のような声が上がった。1000メートルの通過タイムがターフビジョンに映し出されたからだ。
『1000メートルの通過タイムは59秒9、それほど速いペースではありません。それほど速いペースではありません。しかしご覧ください、先頭からしんがりまでは、まだ大きく差が開いています。ここから前をとらえることができるんでしょうか!』
実況の声もどこか焦ったような調子だった。人気上位の多くのウマ娘はまだ後方集団の中にいる。前を行くふたりの逃げウマ娘からは10バ身以上離れているように見えた。第3コーナーを回り、最終コーナーへ差し掛かりながら、後方集団は大きく横に広がっていく。ようやく前との差を詰めにかかっているようだ。イメージの中のあたしも一緒になって上がって行こうとする。
『さあ、早くも先行勢は最終コーナーを回って、最後の直線に向かいます。栄光のゴールまで、残り400メートルを切って、先頭はインターステージ! リバーフローズはいっぱいになったか。後方勢が迫ってくるが、インターステージ粘る! インターステージ粘る!』
スローペースを活かして脚を残した先行勢に対して、詰め寄っていくことができたのはわずか二、三人ほどだった。当然ながら、その中にイメージの中のあたしはいない。その数少ないウマ娘たちの末脚に、あたしは目を見張った。
『ここで一気に一番人気、パルコプラートが外目をついて上がってくる! ジュニアチャンピオンが中山でも輝きを見せるか! さあ先頭は変わってパルコプラート! パルコプラート!』
スパートをかけてから抜き去るまで、あっという間の出来事だった。ものすごい末脚。あれだけのスローペースでも前をとらえることができるなんて、異次元とも思える加速力だった。さすがは一番人気。確か彼女は、去年の朝日杯を制したジュニアチャンピオンだった。
「すごい……」
思わず口からこぼれたその言葉が、重なって聞こえた。クラウンセボンだ。彼女もまた、あたしと同じ言葉を同時に呟いていたらしい。けれども、レースはこれで終わりではなかった。
『内ラチ一杯、レリーダンスが突っ込んできた! さらに外からは金色の勝負服、モンテオロも飛んでくる!』
その言葉にハッとした。レリーダンス。向こう正面で位置を上げに行っていた彼女が、いつの間にか最内の経済コースを回って、先頭に並びかけている。脚色は、彼女の方が良い。さっき先頭に立ったパルコプラートは、大外を回った分、消耗が激しいように見える。あの向こう正面での早仕掛けは、ここまで想定してのものだったんだろうか。それはわからない。ただ一つ言えることは、すべてが完璧に、見事に噛み合ったということだ。それだけは、あたしにもはっきりとわかった。
『かわすか、かわるか、かわった! 先頭はレリーダンスだ! 二着はモンテオロかパルコプラートか! 勝ったのはレリーダンス! レリーダンスです!』
宝石箱をひっくり返したかのように色鮮やかな紙吹雪の舞う中山レース場。もう実況アナウンスは半分くらいしか聞こえない。
「すごい……」
あたしはもう一度、同じ言葉を繰り返した。自分のイメージなんか、最終コーナーの辺りでとうに消え去っている。それよりも、完璧なレース運びを展開したレリーダンスの勝利に、心を掴まれていた。
「どうだった?」
トレーナーの問いかけで、はたと我に返った。
「なんか、もう、すごかった」
語彙なんて無くなっていた。ただ、そう答えることしかできない。
「ボンは見事予想的中。それもすごかったね」
トレーナーに優しく肩を叩かれ、クラウンセボンはえへへと照れたように笑った。それを聞くまで、あたしはそのことをすっかり忘れていたのだけれど。ほかのチームのみんなも、あたしと同じだったようで、どこか呆けたような表情になっている。ふと見れば、レイアクレセントの頬には涙の跡があった。
「クレセント、どうしたの」
「いえ、もう……改めて、先輩方の偉大さを見せていただいた思いです」
ああ、そうか。あたしはなんとなく彼女の涙の訳が分かったような気がした。レリーダンスは、カペラ所属のウマ娘だった。それは、レイアクレセントにとって、大事な意味を持っているのに違いない。
それにしても、トレーナーの言っていたことは正しかった。最後はそれどころじゃなくなってしまったけれど、自分ならどう走るとか、どんな展開になればとか、そういうことを考えながら見るレースは、ひと味もふた味も違っていた。ただなんとなく眺めているだけだったら、ここまでの感動はなかっただろうと思う。今日のレリーダンスのレースがいかに素晴らしかったか、おそらく気付くことはなかったのだから。なんだか、トレーナーから思いがけないプレゼントをもらったような気分だった。
そして、プレゼントはもうひとつあった。
「よし、最終レースが終わったら、ウイニングライブも見ていこうか」
「え、いいの? 帰り、門限に間に合う?」
「ちゃーんと、寮長さまの許可はとりつけてあります」
トレーナーはそう言って、いたずらっ子のように笑った。用意がいいんだから。
「あ、そうなると、ホープは初めてだよね。ウイニングライブ観るの」
確か、現地観戦はこれが初めてだとか言っていた。興味、あるんだろうか。さっきからずっと黙りこくっているホープアンドプレイの顔をうかがうと、その目は、どこか別の方を見ている。
「ホープ?」
その視線の先にあったのは、ウイナーズサークルで手を振るレリーダンスだった。まだ、レースの余韻に浸っているんだろうか。もう一度呼びかけようとしたそのとき、ホープアンドプレイはそのままあたしに顔を向けることなく、いつもの静かな調子で口を開いた。
「なんか、全然違うんだね」
「?」
あたしにはその言葉の意味が分からなかった。多分、すごいレースを見て、わけが分からなくなってるんだな。あたしはそう思うことにした。
もうすぐ、最終レースの本バ場入場が始まる。