ストレイガールズ   作:嘉月なを

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#15-不在

 八月末。あたしたちは無事に合宿を終え、残暑厳しい府中のトレセン学園へと帰ってきた。

 二ヶ月間の夏合宿は、長いようで短い。結局、合宿中に本格化を迎えたのはレイアクレセントだけ。それでも、他のチームのメンバーもまた、それぞれに成長の手応えを感じて合宿を終えることができた。

 特に、今回の目的だったスタミナ強化には、目を見張るような成果があったといっていい。走りきれる距離はみんな1ハロン程度伸びたし、走り終わった後の息切れも、これまでよりずっと早く回復するようになった。あたしにとっては、これがなにより嬉しい。

 

「本当にありがとうございました」

「いいんだよ、これくらい。それにしても、みんな来た時より随分たくましい顔つきになったな」

「ええ、おかげさまで」

 

 最後に合宿所の持ち主へお礼の挨拶をしたとき、レイアクレセントが最後に言ったその一言には、色々な意味が込められていた。来たときより何倍も、何百倍も綺麗にして返したあたしたちだ。それくらいの言葉を添える権利はある。そう思いながら、あたしたちは必死に笑いをこらえていた。

 

「ルピナス、特別合宿ってどんなだった?」

「クレセントさん、本格化したみたいね」

「ねえ、トレーナーに変なことされなかった?」

 

 寮に戻ったあたしたちを待ち受けていたのは、質問の嵐だった。

 冷静に考えてみれば当たり前の話。他の生徒たちとは別行動で、秘密の特別合宿をしていたなんて聞けば、何事かと気になるもの。それに、あたしたちのチームはただでさえ、()()()()()なんだから。

 

「全然大丈夫! 詳しくトレーニング内容を知りたいなら、チームに入ってね」

 

 あたしたちはそう答えて(けむ)に撒いた。これは、こうなることを予測して、みんなであらかじめ決めていた回答。チームの過去を思えば、疑念や憶測を呼ぶのはもう仕方ない。だからといって、真面目に応対していると疲れるだけだもの。後で聞いたことだけれど、栗東のメンバーもだいたい同じようなことを聞かれたらしい。

 

 そうして、あたしたちは新学期を迎えた。

 

「アロハ~ッ!」

「おわぶっ」

 

 朝の正門前。毎度お馴染みの、パレカイコによるハグ攻撃。スルリとうまく逃げ出したホープアンドプレイに対して、あたしの方はまともにくらってしまった。

 

「元気にしてた? 寂しかったわよ。せっかくの合宿なのに、ルピナスちゃんも、ホープちゃんも、ボンちゃんも、みーんないないんだから」

「ちょっとカイ、やば……!」

 

 あたしはジタバタとその大きな腕の中でもがいた。というのも、いつものそれよりもずっと締め付けが強かったからだ。

 

「カイちゃん、ストップ! 絞まってる絞まってる!」

 

 彼女の同室のクラウンセボンが止めてくれたおかげで、あたしはなんとか新学期早々に意識を飛ばさずに済んだ。

 やっとのことで解放されたあたしは、まじまじとその姿を観察する。するとすぐに、今日のハグの強さのわけが理解できた。

 

「すごいでかくなってるじゃん……」

 

 そう、ただでさえ大柄なパレカイコが、さらにひと回りもふた回りも大きくなっていた。

 

「身長伸びた?」

「わかる? 5.7フィートになったのよ」

「なんて?」

 

 ピンと来なくてクラウンセボンに聞くと、174センチくらいだと教えてくれた。

 174センチ。つまり、合宿中に4センチも伸びたということ。それだけじゃない。肩も腕も脚も、全体的に厚みを増している。

 

「どんなヤバいトレーニングしたの」

「別に普通よ? それにほら、他の子達だって」

 

 教室につくと、パレカイコは周りのクラスメイトたちを指し示した。

 

「……マジで」

 

 あたし達は言葉を失った。右を見ても、左を見ても、合宿前とはまるで別人のようになった子達でいっぱいだったからだ。

 

「おや、チーム〈プルート〉の皆さん、お久しぶりですね」

 

 あっけにとられているあたしに、学級委員長のオリンピアコスが話しかけてきた。彼女も、合宿前より身体がひと回り大きくなったような印象がある。

 そんなオリンピアコスは、あたし達の目の前で胸を張ると、あの演説するような口ぶりで語り始めた。

 

「いかがですか。我がクラスの生徒の多くが、合宿中に本格化を迎えましたよ。私が目標に掲げている『クラス全員の勝ち上がり』に向けて、視界は良好! これからも『積土(せきど)山を成せば風雨(おこ)り、積水(せきすい)(ふち)を成せば蛟竜(こうりゅう)生ず』の心で、ともに努力を重ねて参りましょうね!」

「あ、うん。そうだね」

「では私は、ホームルームの準備がありますので、これで失礼いたします」

 

 そんな風に一方的に語って、学級委員長様は満足げに去っていった。後半の呪文みたいなのはよくわからなかったけど、本格化を迎えた生徒が多くて嬉しいというのは伝わってくる。

 そんな委員長を苦笑いで見送るあたしたちに、パレカイコが耳打ちしてきた。

 

「オリは来月にデビューすることが決まったの。それで、ちょっと舞い上がってるのよ」

「いつもあんなもんじゃない?」

 

 とはいえ、上機嫌ぶりには納得した。

 

「ボン、本格化ってマジですごいんだね」

「うん。私もちょっとびっくりしちゃった」

 

 実際に目の当たりにすると、本当に違いが分かりやすい。そりゃあ、本格化するまでデビューさせないトレーナーが多いわけだ。それがよくわかった。

 

「でも、クレセントはそんなに変わったようには見えなかったけどな」

 

 いまごろは隣のクラスで級友と再会しているであろう彼女のことを思って、あたしは首をかしげた。

 

「ずっと一緒だったから、麻痺してたのかもね」

 

 クラウンセボンにそう言われると、そうかもしれないという気がしてきた。毎日見ていると変化に気付きにくいものだというのは、なんとなく理解できる。

 

「それより」

 

 そこへ、ホープアンドプレイが辺りをきょろきょろと見回しながら、ぼそりと声を漏らした。

 

「アレがいないみたいだけど」

「ちょっと、その呼び方やめなって」

 

 彼女が「アレ」と呼んでいるのは、レイアフォーミュラのことだ。チームメイトのレイアクレセントとの呼び分けをしているうちに、いつからか、そう呼ぶようになった。本人が聞いたら怒りそうだから、もうちょっとマシな呼び方にした方が良いと思うけど。(いわ)く、長い名前にうんざりしたから限界まで短くしたとのことだったけれど、アンタの名前だって長いじゃないかと思ったのは、ここだけの話。

 

「ルピナスちゃん、本当にフォーミュラさんいないみたいだよ?」

 

 教室内を見渡しながら、クラウンセボンも言った。確かに気になることではある。レイアフォーミュラは学期はじめから体調を崩すようなヤワなヤツじゃないし、遅刻するような生徒でもない。あたしたちの世代ではナンバーワンと目されているその彼女が、新学期の教室にいないというのはちょっと変だった。

 

「何かあったのかな。カイ、知らない?」

 

 すると、パレカイコは少し困ったような顔をして、肩をすくめた。

 

「あの子、合宿の最後の週に、チーフトレーナーさんと一緒にどこかへ行ったきりなのよ。ワタシたちも気にはなってるんだけど」

「なにそれ。アイツもどっかで秘密特訓?」

「さあ……。トレーナーさんも一緒だから、大丈夫だとは思うけど。ちょっと、心配よね」

 

 どうやらパレカイコをはじめとした同じチームのメンバーにも、詳細は伏せられているらしい。

 

「こんな大事な時期に学園を休むなんてね……」

 

 理由なんて、あたしには皆目見当がつかない。

 結局、その日レイアフォーミュラは最後まで教室に姿を見せることはなかった。

 

 

「――そっか、クレセントも知らないんだ」

「ええ。合宿中にいなくなったというのは聞きましたけど」

 

 チーム練習が始まる前に、ストレッチをしながらレイアクレセントへ尋ねてみたものの、反応は他の子と同じだった。同じレイア家ということで、本人から何か聞いていないかと思ったけれど、当ては外れたみたいだ。

 レイアフォーミュラの不在は、すでに学園中で話題になっていた。彼女の動向は、同期だけでなく先輩や後輩たちからも注目されているんだということがよくわかる。

 

「怪我したとかじゃないといいけど……」

 

 クラウンセボンが不安そうに呟く。まさか、と思ったけれど、絶対にないとは言えない。チームのメンバーにも説明していないっていうのは、普通じゃない。要は、詳しい理由は明かしたくないってことだ。そうなると、最悪の事態としては怪我ということもあり得る。

 

「でも、それだったらレイア家が黙ってないでしょ」

 

 あたしはレイアクレセントの様子を伺うようにして言った。そんな大事(おおごと)なら、彼女が知らないはずはないと思ったから。けれど、レイアのお嬢様は関係ないとでも言いたげに首を横にふった。

 

「私は今、実家と連絡を取っていませんので」

「あ、そっか」

 

 通話からメールからSNSまで、レイアクレセントはあらゆる実家からの連絡をブロックしている。となると、本当にレイアフォーミュラの現状はわからないということになってしまう。

 

「も、もしかして、担当を変更することになったとか……」

「あり得ません」

 

 テンダーライトがこぼした想像は、レイアクレセントがきっぱりと否定した。

 

「フォーミュラはああ見えて、家の言いつけは守る子です。無謀なこともしません。あの子のトレーナーもチームも、本家の指示で決まったことですから。それに、カイさんが仰るには、あの子はトレーナーを同行させているわけでしょう?」

「じゃあ、クレセントは何があったと思う――」

 

 そこへトレーナーがやってきて手を叩き、あたしたちの雑談は中断させられた。

 

「はい、みんな噂話はその辺にして」

「トレーナー、フォーミュラが」

「わかってる。私も詳しいことは知らされてないけど。そんなことより今日は大事な話があるの。聞いてくれるかな?」

 

 いつになく、トレーナーの顔つきは真剣だった。これは()()()()()()()をする時の顔だ。あたしたちはおしゃべりをやめて、おとなしく「大事な話」に耳を傾けることにした。

 

「よろしい。えー……」

 

 トレーナーは腕組みをして、あたしたちへ順番に目線を送り、最後にレイアクレセントをじっと見つめた。それから一度小さく頷いて、さらりとした口調で言った。

 

「クレセントのデビュー戦、出走登録先を決めたよ」

「えっ」

 

 あたしたちは一斉にレイアクレセントを見た。それは、あの本格化がわかった日と同じ構図だった。

 

「本当ですか? トレーナーさん」

 

 信じられないといった様子でレイアクレセントは胸に手を当てた。トレーナーは静かに頷き、一枚の出走登録用紙をパラリとめくって、あたしたちの前に掲げた。そこには間違いなく「第四回中山開催・六日目-第5レース『ジュニア級メイクデビュー』」というレース名と「出走者-レイアクレセント、所属チーム〈プルート〉」という文字が並んでいる。

 

「三週間後の土曜日。条件は中山レース場の芝1600メートル。しっかり仕上げていこうね」

「はい! 私、必ず勝ちます。トレーナーさんにも、チームの皆さんにも恥ずかしい思いは決してさせません!」

 

 今までに聞いたことがないような上ずった声で、レイアクレセントは高らかに勝利宣言してみせた。その決意に満ちた顔がとても頼もしく見えて、あたしは手を叩いて祝福を送らずにはいられなかった。

 

「みんなで応援に行こうよ。これはクレセントのデビュー戦でもあるし、あたしたちのチームのデビュー戦でもあるんだから」

 

 そうだよね、と、あたしはトレーナーに目で訴えかけた。トレーナーもそんなあたしの気持ちを受け取ってくれたように、ゆっくりと瞬きを一回、返してくれた。

 

「それじゃあ、いろいろ準備しなくちゃ! 何でも言ってね。私じゃ併走の役には立てないかもしれないけど、ウイニングライブのこととか裏のことなら、いろいろお手伝いできるから!」

「わ、私もお手伝いするよ!」

 

 クラウンセボンも、テンダーライトも、まるで自分のことのように飛び上がって喜んでいる。あたしも一緒になってそれに同調した。

 

「そうだよ、ライブの練習しなきゃ。デビュー戦に勝ったら、センターやることになるんだしさ」

 

 レースに勝つということ、それはウイニングライブのセンターを務めるということだ。レイアクレセントの実力を持ってすれば、宣言通りのデビュー戦勝利は決して夢物語じゃない。

 ……そうか。勝ったら、センターなんだ。自分で言ったくせに、あたしはしみじみとその言葉を反芻(はんすう)していた。合宿のあの日の夜に想像したことが、早くも現実になろうとしている。その時間の速さは、ウマ娘の足よりもずっと速く感じた。

 

 この一件だけで、もうあたしたちには、だれがいなくなったとか、本格化したとか、そんなことはどうでもよくなった。それよりも、大事なチームメイトが最高の状態でデビュー戦を迎えられるように、みんなでサポートしていくことが何より重要だったから。

 こうしてみると、トレーナーが合宿の時に、身の回りのことを自分たちでできるようにと指示していたことが役に立っている。ロッカールームの掃除も、あの汚い合宿所のことを思えばなんてことないし、お弁当作りや大量のトレーニングウェアの洗濯も、合宿の中で経験済みだ。

 

「それにしてもさ、トレーナーもちょっとくらい手伝ってくれたって良いのにね……熱っち!」

 

 まだ冷まし足りなかったごはんを取り落として、あたしは口をとがらせた。今日は寮のキッチンを借りて、レイアクレセントのためのお弁当を作っている。トレーナーはいつも、他の雑用なら手伝ってくれるのに、あたしの一番苦手な料理だけは手を貸してくれない。

 

「ナギサも下手なんじゃないの、料理」

 

 ホープアンドプレイはクスクス笑った。確かに、それはあり得る。思えば、合宿中もトレーナーがあたしたちのためにごはんを作ってくれたことはない。それどころか、トレーナーが料理をしているところを見たことすらない。

 

「意外なものが下手だったりするしね、トレーナーは」

 

 あたしは何日か前、ライブの練習をしたときのトレーナーの歌声を思い出していた。トレーナーは、ダンスならレッスンの先生にもひけを取らないほど踊れるのに、歌は致命的に下手くそだった。歌にあんまり自信のないあたしでも、絶対に自分の方が上手いと思えるくらいに。

 

「アンタはだいたい何でもできるよね。器用っていうかさ」

「まあ、ボクはいろいろ慣れてるからね」

 

 ホープアンドプレイはふふんと得意げに鼻をならした。その態度にはちょっとイラッとさせられたけど、黙っておにぎりを握り続けた。合宿のときから、あたしが困っているといつもさりげなくフォローしてくれていたことは、ちゃんとわかっているから。

 

(それくらい、身だしなみにも気を使えば良いのに)

 

 相変わらず短くボサボサとした毛並みを見つめながら、あたしはこっそりそう思っていた。

 出来上がったお弁当と新しいタオルを抱えてトレーニングコースへ行くと、隅の方で、トレーナーが取材陣に囲まれているのが見えた。取材カードを首から下げた記者が、あたしたちのチームにやってきている。本当に、あたしのチームメイトが、デビューするんだ。その実感が一層強くなる。

 

「ルピナスちゃん!」

「ああ、ボン。テンダーも」

 

 そこへ、クラウンセボンとテンダーライトが、箱いっぱいのシューズと蹄鉄を持って現れた。

 

「たくさん用意したね」

 

 箱の中の蹄鉄は、一見どれも同じように見えるけれど、少しずつ形が異なっている。全部、レイアクレセントが注文した新品の蹄鉄だ。今日は追い切りの日。この中から、実際に走ってみて一番良い組み合わせを選ぶことになっている。

 

「クレセントは?」

「いまはアップで外周回ってる。あと三十分もしたら来るんじゃないかな」

 

 クラウンセボンはそう答えて、シューズをひとつひとつ磨き始めた。あたしもその作業に加わりながら、遠くに見えるトレーナーの取材に耳をそばだてた。

 

「――昨年のトラブルを経て、新体制での初陣(ういじん)となるわけですが、感触はいかがでしょう」

「いろいろとご迷惑をお掛けしたチームですので、信頼という意味ではゼロからというよりマイナスからのスタートだと思っています。その中で、私を信じて着いてきてくれた選手たちのために、まずは一勝をここで掴ませてあげたいと思っています」

 

 いきなり嫌なことを聞くなあ、と思いながら、あたしはシューズを磨く手に力を込めた。

 けれど、取材はこんなものでは収まらない。それは、一際(ひときわ)横柄な態度の記者の質問から、エスカレートしていった。

 

「レイア家の有望株を引き抜いたっていうのは、やっぱり戦略的な理由?」

「いいえ、彼女自身の環境を考慮した結果です」

「いやあ、それはないよ。ぶっちゃけ、環境ならチーム〈カペラ〉とは勝負にならないでしょ?」

「環境はウマ娘それぞれです。大きい規模のチームを求める選手もいれば、小さなチームが合う選手もいます」

「意外ですね。レイア家の二番手は庶民派ってことですか」

「クレセントはクレセントです。私は彼女を二番手だとは思っていません」

 

 あまりにも酷いその取材態度に、あたしは頭が熱くなった。蹄鉄を思いっきり投げつけてやろうかと思っていると、ホープアンドプレイがあたしの袖を引っ張って、言った。

 

「よしなよ。物騒なこと考えるの」

「だって」

「ナギサの仕事だよ。キミがすることじゃない」

 

 それはわかっている。わかっているけど、悔しかった。離れたところでこっそり話しているつもりでも、あたしたちには聞こえるんだ。レイアクレセント本人がここにいなくて良かったと心底思った。デビュー前にあんな話を聞かされたら、出走前に心が参ってしまう。

 

「ところで、チーム〈プルート〉は学園の合同合宿には参加しなかったとの情報がありますが」

「ええ。その通りです。新しいトレーニング法を取り入れたかったので」

「それは、(おおやけ)にできないようなトレーニングってこと?」

「まさか。ただの高地トレーニングですよ」

 

 それ以上はもう、聞くのをやめにした。このチームが抱えている過去は、あたしが想像していた以上に重く、暗い影をチームに落としている。認めたくはないけれど、レイアクレセントの母親がトレーナー室に乗り込んできたときに言っていたことが、今ならなんとなく理解できる気がした。……それでも。

 

「絶対、勝とうね」

 

 あたしは、自分に言い聞かせるように呟いた。

 取材は、レイアクレセントがトラックに現れるまで続いた。

 

 

 それから二週間後。その日は、前日にレイアクレセントの最終追い切りが済んでいるということもあって、あたしたちは各自のトレーニングへと向かおうとしていた。

 チームのみんなで連れだってロッカールームへ行く途中、学園の大きな掲示板の前に、人だかりができているのを見つけた。一瞬、なんだろうと思ったけれど、すぐに気付いた。今日は、週末のレースの出走表が発表される日だ。きっとそこには、レイアクレセントの名があるはず。

 

「ねえ、ちょっと見ていこうよ」

 

 あたしが誘いをかけると、クラウンセボンもすぐに「そうしよう! 写真も撮ろう!」と言って、スマホを取り出した。

 

「別に、私の出走登録は済んでいるのですから、今更確認しなくても……」

「まあそう言わずに」

 

 恥ずかしがるレイアクレセントを引っ張るようにして、あたしたちは掲示板の前の生徒たちをかき分けていった。

 

「わあ、本当にある! クレセントさん、ほら、見て!」

 

 クラウンセボンが興奮して高い声を上げる。中山第五レース、芝1600メートル。そこに並んだ16人の登録者の中に、ハッキリとその名前は刻まれていた。それを見て、あたしも胸が熱くなった。――少なくとも、その瞬間だけは。

 

「ね、ねえ」

 

 そこへテンダーライトが震える手で、あたしの肩を叩いてきた。

 

「どうしたの? あ、ごめん。こういうとこ、苦手だよね」

 

 あたしは最初何のことかわからず、ウマ込み嫌いがこんなところでも現れてしまったかと思った。けれど、テンダーライトはふるふると首を振って、違うというふうに訴えた。

 

「あ」

 

 最初に気付いたのは、ホープアンドプレイだった。

 

「ホープ?」

「第六レース」

 

 あたしの問いかけに、ホープアンドプレイは一言、短くそう答えた。それに従って、あたしは第五レースの隣に張り出されている、第六レースの出走登録者一覧に目を移した。

 

「えっ」

 

 その瞬間、あたしには全てがわかった。テンダーライトが何を言おうとしていたのか、ホープアンドプレイが何に気付いたのか。……そして、この人だかりが何を見つけて生まれたものだったのか。それと同時に、クラウンセボンが息を飲む音も聞こえてきた。

 その名前は、久しぶりに目にする名前で、それでいて、忘れたくても忘れられない名前だった。

 

「……フォーミュラ」

 

 声に出したのは、レイアクレセントだった。

 第四回中山開催・六日目。第六レース、芝2000メートル。そこには間違いなく、レイアフォーミュラの名前があった。

 


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