「ねえ、あなた、お名前なんていうの?」
「なに? まだ面接が残ってるんだから、話しかけないでよ」
「そんなこと言わないで。ね、私とお友達になってくれない?」
「はあ。なにのんきなこと言ってんの? あたしたち、合格を争うライバルなんだよ?」
「そうだけど……あなたなら間違いなく、合格するでしょう? さっきの走力試験、とってもカッコよかったもの」
「そりゃどうも。でも、まだわかんないんだよ。あたしは、ヒト……なんでもない。とにかく、あたしそんな良い奴じゃないから。友達なら他を当たった方がいいよ」
「そんなはずない! 私ピンと来たの。あなたはきっと素敵なウマ娘さんだって。私、走るのは得意じゃないけどカンはよく当たるんだから!」
「……ルピナストレジャー」
「え?」
「名前。アンタが聞いたんじゃん」
「ルピナス……?」
「ルピナストレジャー。覚えた?」
「わあ、素敵なお名前! 真っ暗な夜の闇の中でキラキラ光る魔法の宝石みたい!」
「ちょっと、でかい声で恥ずかしいこと言わないでよ」
「本当だもん!」
「わかったわかった。で、アンタは?」
「私?」
「アンタの名前!」
「聞いてくれるの? あはは、嬉しいな。私はね、クラウンセボンっていうの。ママやお友達からは『ボン』って呼ばれてるけどね」
「じゃあ、あたしもそう呼ぶよ」
「お友達になってくれるの?」
「その代わり、いろいろ聞かせてもらうよ。アンタのこと」
「いいよ! 何でも聞いて!」
これが、あたしたちの最初の会話だった。
第二回東京開催、二日目。その第3レースの発走時刻が迫っている。クラシック級未勝利戦。芝1600メートル。
いつものように元気よくパドックを終えたクラウンセボンは、あたしたちが呼び止める間もなく本バ場へと駆けだしていった。ロッカールームに残されたあたしたちは、お互いに言葉を発せないまま、どんよりとした空気の中にいた。今日のレースが、クラウンセボンにとってどんな意味を持つのか、みんな承知している。多分、言いたいことはそれぞれにあるはず。なのに、それを飲み込んでしまう。
「行きなよ」
第5レースのゼッケンを身に着けたホープアンドプレイが、短く小さな声でそう言った。
「なにビビってんの。死ぬわけでもないのに。行きなよ」
ホープアンドプレイはもう一度言った。鋭く光るその黒い瞳が、あたしたちの青ざめた顔をしっかりととらえている。この芦毛の少女には全部お見通しだ。あたしたちが怖がっているっていうことを。みんなで描いた夢がひとつ終わってしまうかもしれない、その瞬間を見てしまうのを恐れているということを。
「ナギサも、行ってきなよ。ボクならひとりで大丈夫だから」
あたしたちの返事を待たずに、ホープアンドプレイはたたみかけるように言った。トレーナーはそんな小さな芦毛の少女をじっと見つめている。ホープアンドプレイも、その目を真っすぐ見つめ返していた。声にこそ出さないけれど、お互いに何かを確かめあうかのように。やがてトレーナーは、腕時計に一度ちらりと目をやったあと、意を決したように息を吸い込んで、あたしたちに向き直った。
「行こう。みんな」
その合図は、まるで列車の発車ベルのようにあたしたちの足を追い立てた。
レース場の指定席スタンドには、専用の通路を通ることでしか行けない、学園関係者のための席がある。デビュー以来すっかり顔や名前を知られてしまったあたしたちは、本来ならそこから観戦するはずだった。ところが、その専用席へと向かう途中で、トレーナーは不意に足を止めた。
「ルピナス」
「なに?」
どうやらあたしに用があるみたいだ。トレーナーは残りのチームメイトに先に行くよう指示すると、あたしに向き直り、懐から手帳を取り出しながら言った。
「あなたには、別の席があるの」
そうして、トレーナーは手帳のページをひとつ破って、あたしに手渡してきた。「一階スタンド・ゲート14番出て右」という走り書き。あたしの記憶が確かなら、そこはちょうどウイナーズサークルの真横。立ち見のエリアだ。
「そこで待ってる人がいるから」
状況が飲み込めずにいるあたしに、トレーナーは「行けばわかるよ」と言って、目で合図した。これは、すぐに行きなさいという意味。あたしに選択の余地はなさそうだ。
行くしかないか。あたしは観念して、メモに記されたところへ向かうことにした。図らずも、レースを最も間近に見えるところだ。あたしが慣れ親しんだ、個人的には一番好きな場所。いまのあたしが飛び込むには、ちょっと目立ちすぎる場所でもあるけれど。
「ねえ、あれルピナスじゃない?」
「ほんとだ!」
「サインもらえないかな」
ひそひそと聞こえてくる声に苦笑いしながら、あたしはスタンドゲートの14番口から立ち見ゾーンへと出た。レース場の風景をこちら側から見るのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
あたしを待っているという人は、一般客が入り乱れるその場所でも、探す必要がないほど目立っていた。
「あ」
「ルピナスちゃん! 来てくれたのね!」
明るい栗毛の長い髪。小さくちょこんと突き出た三角形の耳。そして太陽のような笑顔。やっぱり、似てる。最後に会ったのはもう一年以上も前だけど、忘れるはずもない。
それはクラウンセボンの母、その人だった。
「お久しぶりです」
「まあまあ、立派になって。以前は天使みたいだったけれど、いまは小さな女神様みたいだわ」
この大げさな言い回しも、親子ともどもそっくり。いや、むしろ母親の方がすごいくらい。
「あの、今日、ボンの」
「ごめんなさいね、こんなところに呼び出しちゃって」
あたしはあわてて首を横に振った。
「今日はどうしても、ルピナスちゃんに会いたかったのよ」
「ええ、わかります」
あたしが言いかけたことは中途半端なところで遮られてしまった。けれど、それであたしはホッとしていた。あたしが話さなくたって、きっともう、色々なことを娘から直接聞いているのだろうから。
「ところでルピナスちゃん、桜花賞お疲れ様! 私もテレビの前で応援してたのよ」
「すみません、勝てなくって」
「なぁに言ってるの。あんなに素敵なドキドキをくれたんだから、謝ることなんか何にもないのよ」
娘と同じその明るさは、あたしの胸の中をじんわりと温めてくれる。きっとクラウンセボンも、大人になったらこんな女性になるんだろうな。
「お母様も泣いて喜んでいらっしゃったわ。本当に感謝してるのよ、ルピナスちゃんには。私も、娘も」
クラウンセボンの母親は、確かめるように頷いて、尻尾を大きく一度揺らした。その言葉と仕草に妙な胸騒ぎを覚えて、あたしは尋ねた。やめた方がいいという気もしたけれど、どうしても我慢ができなかった。
「ボンは、学園を辞めるつもりなんですか?」
あまりにも直接的な問いに、クラウンセボンの母親は大きな丸い目をぱちくりさせる。けれどすぐにその顔は微笑みを取り戻して、ちょうどゲートの前に集合がかかった娘の姿へと目を移した。
「さあ、どうかしらね。まだ答えは聞いていないわ。あなたの思うようになさいとは言ってあるけれど」
たとえレースをほとんど走らなくたって、学園に残る方法は色々ある。クラウンセボンは学業やライブレッスンの成績はいいし、残りたいと頼めば、居場所はどこかにあるはずだ。
「あたし、ボンには残って欲しいんです。あたしがここまで来られたのは、ボンのおかげでもあるんです。それなのに、まだ何にもお返しできてない。だから、できることなら」
意味があるかはわからない。だけどあたしは、自分の考えををあたしらしく、真っ直ぐに語った。飾り気もなんにもないけれど、思ったことを、思ったとおりに。
「あらあら、ボンが聞いたら喜ぶわ。大好きなルピナスちゃんにそう言ってもらえるなんて」
鼻の奥がくすぐったくなる。いつでも、あたしのことを好きだと言ってはばからないクラウンセボン。きっとその姿は、実家でも変わらないんだろう。
そこへ、発走時刻の到来を告げるファンファーレが流れた。いつもなら、レースを華々しく彩ってくれるはずのそれが、今日はやけに不気味に聞こえる。クラウンセボンの母親はピクリと耳を動かして、キリリと唇を真一文字に結んだ。そして、ターフビジョンに映し出されたスターティングゲートの映像を見つめた。
「ほら、ちょうど始まるわ。あの子が走るところ、しっかり見てあげてちょうだい」
スタンドからはまばらに拍手と声援が上がる。ゲートに入るウマ娘たちの表情は、皆一様に堅い。ここに出走している子たちには、クラウンセボンと同じように、タイムリミットが迫っている。これが最後かもしれない、そんな思いがひしひしと伝わる、異様な気配。
観客たちの雰囲気は、それとは正反対に和やかなものだった。ほとんどの客は和気あいあいと、のんきに発走を待っている。ゲートインが進む中、コースに目もくれずスマホを見ながら歩き回る人もいるくらいだ。
あたしの頭には、あの言葉がもう一度浮かんできていた。今頃ロッカールームでひとり出番を待っている、アイツが言った言葉。
『トゥインクル・シリーズは、人によって全然違うね』
桜花賞を経験して、あたしはようやくその意味が痛いくらいわかったような気がした。
そんなあたしの感傷なんかには目もくれず、レースの進行は淡々と進められていく。
『各ウマ娘ゲートに収まりまして……スタートしました』
拍子抜けするほどあっさりと、レースは始まった。
出足は悪くない。クラウンセボンは前目の四、五番手につけている。実況が隊列に合わせて出走者の名前を読み上げ終わるころには、レースはすでに終盤の最終コーナーに差し掛かっていた。
――来い。こい!
あたしは念じた。全身全霊をかけて念じた。勝つためにはそろそろ上がってこないといけない。前に道は開いている。ほんの少し脚を伸ばせば、先頭に立てる。
それでも、クラウンセボンの順位が上がることはない。むしろ、ジリジリと後退していく。直線に入って、一完歩走るごとに、ゆっくりと遅れていく。
「ボン……!」
もうすぐ、あたしたちの目の前に差し掛かる。ゴールまではもう400メートルくらいしかない。あたしは声を上げて呼びかけようとした。
その時だった。
「ボン! ボンちゃん!」
あたしの隣で、涙交じりに叫ぶ声が上がった。急なことに驚いたけれど、声がした方は見られなかった。誰が、何故叫んでいるのか、そんなことは確かめなくてもわかることだから。
だからあたしも、一緒になって叫んだ。
「行けえ、ボン! 脚上げて、走れ! 最後まで!!」
ゴール手前になってようやく盛り上がり始めたスタンドの歓声の中でも、あたしたちの声だけは、きっと彼女に届いただろう。
着順はわからなかった。ただハッキリしているのは、18人の出走者のうち、ゴール板の前で彼女の後ろを走っていたのは、片手で足りる人数だったということだけ。それが意味するところは、あたしも、その隣にいる大人のウマ娘も、よくわかっている。三戦続けて未勝利戦で八着以内に入れなかったウマ娘は、二ヶ月間の出走停止を課される。クラウンセボンが次に走れるのは、早くても六月末。夏合宿を目前に控えた、忙しい時期だ。
「よく頑張ったわ」
ハッと振り返れば、クラウンセボンの母親は背筋を伸ばしたまま、まっすぐ前を見つめていた。その視線の先にあるのは、膝に手を当てながら肩で息をする、あたしの友達の姿だ。
六月なら、まだ間に合う。まだ未勝利戦は残ってる。チャンスがなくなったわけじゃない。諦めずにやり続ければ、きっと。そんな慰めにもならない言葉が、あたしの喉の奥で積み上がっていく。
「……本当に、見違えるようだわ」
そう呟いて、クラウンセボンの母親はため息をついた。そのため息にどういう感情が込められているのか、あたしにはわからなかった。それでも、少なくとも悲しみは含んでいないように思えた。
「ほんの一年前は今よりずっとコロコロしていて、かわいい娘だったのに。すっかりアスリートの身体になっちゃって。あの子ったら、夜中に電話してくるのよ。“ママ、お腹が空いたよ”って。“眠くなるまでお話しして”って。中学生にもなって、本当に、子供みたいでしょ」
クラウンセボンが本当によく努力していたのは知っている。いつのまにか体重管理もしっかりできるようになって、太めを残すこともなくなった。それどころか、あたしの体重を増やす手伝いまでしてくれていた。母親の言う通り、本当に見違えるようだ。
だからこそ、それでも勝てないという結果が、重くのしかかる。あたしとクラウンセボン、一体何が違うって言うんだろう。こなしたメニューも、距離適性も、体格だってそう変わらない。頭に至ってはクラウンセボンの方があたしよりもずっといい。それなのに、どうしてこんなに違うんだろう。
「ルピナスちゃん!」
その呼び声にあたしは我に返った。走り終わったクラウンセボンが、汗と飛び散った芝草にまみれた顔で、あたしたちの前に立っていた。
「聞こえたよ、ルピナスちゃんの声。……ママの声もね」
「あらあら、私はおまけみたいね」
「そうだよ、ママはおまけ」
ぺろりと舌を出して、いたずらっぽく笑った表情は、出会ったばかりの頃のクラウンセボンと同じだった。
「ボン」
最後まで立派に走り切った親友を、力いっぱい労いたかった。だからあたしは、あたしたちを隔てている柵を飛び越えた。本当はいけないことだとわかっている。レースの開催時間に本バ場に入っていいのは、誘導員のウマ娘と出走するウマ娘本人だけだから。だけど、どうしても堪えられなかった。
「る、ルピナスちゃん、ダメだよ。怒られちゃうよ」
おろおろするクラウンセボンの言葉を遮るように、あたしはその肩に腕を回して、頬を寄せた。
「ひゃっ! ルピナスちゃん、私汚いよ。制服、汚れちゃうよ」
彼女の言う通り、抱きしめた腕からはじっとりとした汗の感触が伝わり、首元にうずめた鼻からは泥と草の切れ端の青臭い匂いが入り込んでくる。けれど、そんなことはどうでもよかった。
「ボン、もう、決めたんだね?」
最後にもう一度確かめる。予想したものとは違う答えが返ってくるんじゃないかと期待して。あたしの気持ちを分かってくれる彼女なら、あたしの願いに
「……うん。もう、決めたの。ううん、決めなきゃダメなんだよ。ルピナスちゃんは、もう走り出してるんだもの」
「そっか」
その答えを聞いて、あたしはようやく、けれど最後までためらいながら、その言葉を口にした。
――お疲れ様、クラウンセボン。
栗毛の少女は嬉しそうに肩をゆすぶった。そして、あたしの耳元で、そっと囁く。
「ボン、アンタ……」
その囁きは、彼女がもう、次の道へと走り出しているということをあたしに教えてくれた。
「なんで、戻ってきたの」
ボクの問いに、ナギサは短く、迷いなく答えた。
「私はあなたのトレーナーだから」
そういうところ、ナギサらしい。聞こえの良い言葉でごまかそうとしないとこ。アイツにそっくり。……そうだ。
「……あの子は」
「興味ある?」
「別に」
あの子は、アイツの友達なんだろ。部屋で泣かれちゃたまんないんだよ。なんでかわからないけど、アイツが悲しい顔をしてる時って、ボクにとっても
――ああ、そうか。そうなんだな。負けたんだ、あの子。やっぱり、ダメだったんだ。よく見りゃナギサの顔に書いてある。
「気の毒にね」
「それだけ?」
「他に何が」
ボクに何ができるって言うんだ。あの子にはアイツがいるんだから、それでいいじゃないか。素直な良い奴同士、仲良くやってればいいんだ。面倒ごとさえこっちに持ってこないでくれれば。
ナギサがクスクス笑っている。ボクがこういう奴だなんてのは、ずっとわかってたことだろうに。……でも、なんだかバカにしている風じゃない。声の調子で分かる。これは、楽しみでしかたがないっていうときのそれだ。さっきの話は、きっともうあれでおしまい。いまナギサは、別のことを考えてる。
「ホープ、とうとうこの時が来たね」
「ああ、まあ、そうだね」
確かに、ちょっとその気持ちもわかる。このチームは、ボクとナギサの二人から始まったんだから。初めてボクに会いに来た時、
ナギサは続けて言った。
「私、ワクワクしてるんだ。あなたがこれから、どんな活躍をしてくれるかってね」
なんだろう。ボクにプレッシャーでもかけてるつもりかな。悪いけど、ナギサの期待なんて、ボクにとってはどうでもいい。ボクはただ走ってさえいられればいい。ボク自身と、サカイの為に。……あと、アイツとの約束の為に。それに勝利が必要だっていうのなら、勝てばいいだけ。ボクにはわかってる。これから走る、未勝利戦の芝2400メートル。普通に走れば、あんな連中に負けやしない。駆け引きなんか必要ない。だから勝つ。ボクは負けない。それがわかってるのに、プレッシャーなんか、あるわけない。
「ホープ」
「なに」
「先にお礼を言っておく。私を信じて、ここまでついてきてくれたこと、本当に感謝してるの」
どういたしまして、とでも言えばいいのかな。だけど、ボクは別にナギサを信じたわけじゃない。ボクが前に進むのに、丁度良かっただけだ。利用してるだけなんだ。ナギサだって、どうせボクを利用しているだけなんだから、お互い様だ。
だったら、久しぶりに嘘をつこう、と思った。大人を気持ちよくさせておくための嘘。ボクは知ってる。こういうとき、少しはにかんで「ボクの方こそ、ありがとう」とかなんとか言っておけば、大人ってやつはすぐに気を良くするんだ。自分が子供を支配していると思い込んでる大人には、これが一番効く。
「ボクの……」
だけど、そこから先を続けられなかった。しばらくずっと、こんな嘘をつくことをしていなかったせいか、喉が言うことを聞かない。嘘のつき方を、身体が忘れてしまったみたいに。ああ、イライラするな。ボクはボクが何をしたいか、全然わからないんだ。こういうときは、アイツの単純さがうらやましい。
「パドックへ行くよ」
考えたってラチが明かない。少し早いけど、ボクはロッカールームを出ることにした。あんまりのんびりしていると、うるさいのがまた入ってきそうだし。ナギサは、そんなボクを見ても何も言わない。なら黙って出ていけばいいのに、ボクは無性に何か言いたくなった。
「……行ってくる」
返事が欲しかったのかもしれない。まったく、どうかしてるな、ボクは。
「行ってらっしゃい。待ってるから」
本当に、どうかしてる。こんなトレーナーの
「
彼女を見送った後、チームメンバーの名簿を見つめながら、私はその名を何度もなぞった。私の希望だった少女が、自分の脚で走り出す。その第一歩が、これから始まる。ここまでは望外の結果を得てきたけれど、これからもそれが続くとは限らない。振り返ってみるに、私は決して良いトレーナーではなかったと思う。結果を重視し、成果を上げて、あの人の残した臭いを洗い落とすことを第一にしてきた。
けれどこれからは、それだけでは務まらない。本当の意味で良きトレーナーになるために、私は彼女たちを守り、育て上げねばならない。種
――どうか、私の仕事が、間違っていませんように。
そう、祈った。強く強く、祈った。
そこへ、ノックの音が飛び込んだ。ああ、来たんだな、とわかる。あたしはいつの間にか流れ落ちていたものを、マスカラと一緒に急いで拭きとった。
チーム〈プルート〉の本当のスタート。そして、新しい形。そのゲートがいよいよ開くのだ。