ストレイガールズ   作:嘉月なを

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#34-道場破り

「トレセーン、ファイッ、オー、ファイッ、オー」

 

 覇気のない掛け声。やる気のなさそうな、たるんだリズムの足音。どこかのチームがやっているらしい外周ランニングの模様を耳にしながら、あたしは河川敷の土手に寝ころんでいた。

 

「ひま」

 

 意味もなく、考えた言葉を音にしてしまう。それくらい本当にヒマだった。メディアの注目度というのは現金なもので、あのレース以来、あたしの周りからは潮が引いていくように記者の足音が遠ざかっていった。こっちとしては気楽なものだけれど、わずかばかりの寂しさと情けなさが、胸をチクチクといじめてくる。

 

 それにしても、あの日のあたしは本当に酷い結果だった。人生で初めて掲示板に載ることすらできなかった、惨敗。三番人気を背負っていながらの八着。最後の200メートル、あたしの脚は全く動かなくなってしまった。怪我をしたんじゃないかと心配されるくらいだったけれど、結果的には何ともなかった。いっそ怪我が見つかった方が言い訳のひとつもできたのに。……なんて、こんなことを言ったらクラウンセボンに怒られる。

 次のレースは夏合宿の後。この先三ヶ月間はレースに出走することなく、時間をかけて一から立て直すと決まった。だから、ここ最近は軽い運動の他には何にもしていない。むしろ、何もするなと言われている。個人的には、あんなレースをしてしまったのだから、すぐにでも鍛え直さなきゃいけないと思っていたのだけれど。トレーナーに言わせれば、いまのあたしにはそれよりも休養が必要なんだとか。トレーナーがそう言うのならそうなんだろう。だけど、これでいいのかなという思いはどうしても消えない。

 そんなことを考えながら空を眺めていると、だんだんと眠気がやってきた。昼下がりのすっかり温かくなった空気に、爽やかな風の匂いが通り抜けて、妙に心地いい。たまには、こんなお昼寝も悪くないよね。

 

「る、ルピナスさーん!」

 

 遠くで誰かがあたしを呼んでいる。これは、夢? それにしては、足音も声もどんどん大きくなって、こちらに近づいてきているみたい。

 

「ルピナスさん! 起きて! ねえ、起きて!」

「んが」

 

 揺り起こされたあたしが目にしたのは、慌てふためいた様子のテンダーライトだった。

 

「どうしたの。アンタ今日のメニューは」

「そ、それどころじゃないよ! 道場破り! 道場破りだよ!」

「は?」

 

 意味不明な単語を口にするチームメイトに、あたしは首をかしげた。

 

「い、いいから来て! クラウンさんが呼んでるの」

「ボンが?」

 

 いつになく強引な様子で、テンダーライトはあたしの手を引っ張った。

 練習用トラックへと急ぐ道々、話を聞いた。あたしたちチーム〈プルート〉のトレーニング現場に「道場破り」と称して、ひとりのウマ娘がやってきたのだという。そいつは、レイアクレセントを指名して、自分と勝負しろと言っているらしい。

 

「そ、その人、チーム〈カペラ〉のすごい選手だって」

「カペラって、フォーミュラ?」

「う、ううん。違う。フォーミュラさんよりももっと大きい人。ルピナスさんと同じクラスなんだって、クラウンさんが。確か名前、えーと」

 

 テンダーライトは必死に思い出そうとしているようだったけれど、あたしはもう聞く必要がなかった。そのウマ娘が誰なのか、心当たりがあったから。

 練習トラックへ駆け込み、その後姿を目にしただけで、もう確信できた。思った通りだ。細かいウェーブのかかった長い黒髪に、見上げるほどの大きな身体。

 

「カイ……!」

「アロハ~、ルピナスちゃん」

 

 あたしの声に振り返ったのは、クラスメイトにして、チーム〈カペラ〉のウマ娘、パレカイコだった。彼女は、栗東寮に所属するクラウンセボンの同室でもある。

 

「道場破りって、何事かと思ったよ」

「いっぺん言ってみたかったのよ。ほら、マンガとかでよくあるじゃない」

「アンタには似合わないって……ん?」

 

 いたずらっぽく舌を出すその顔の向こう側で、パレカイコは後ろ手に何かをこねくり回している。不審に思って覗き込むと、そのこねられていたものが悲鳴を上げた。

 

「わぶ、ルピナスさん! 助けてくださーい!」

 

 それはショコラレインだった。可愛いもの好きのパレカイコに撫でまわされているところだったらしい。本人は軽く撫でているつもりでも、その力は小柄なウマ娘を身動きが取れないようにさせてしまうには十分だった。

 

「カイ、うちの新人をいじめないでよ」

「いじめてなんかいないわよ。こうして挨拶のハグをしていただけじゃない」

「ああもう、ほら絞まってるから離して」

 

 後輩を救出した後、今度はあたしに飛んでくる爆弾みたいなハグをかわしながら、単刀直入に尋ねた。

 

「クレセントと勝負するって、マジで言ってるの?」

「ええ、マジよ。大マジ。まあ、レースが近いからそんなにキツい勝負はできないけど」

 

 パレカイコは愛嬌たっぷりに微笑んでみせた。

 

「だけど、クレセントは受けないと思うよ」

 

 というより、トレーナーがやらせないはずだ。脚に掛かる負担を考えれば、模擬レースなんてやってる場合じゃない。

 

「困ったわねえ。ワタシのトレーナーさん、どうしてもクレセントちゃんのデータが欲しいみたいなのよ」

 

 顔は笑っているけど、目が笑ってない。これは本当にマジのやつだ。日本ダービーの本番はもうすぐそこに迫っている。優勝候補たちを擁するカペラにとって、対抗者になりうるレイアクレセントの情報は、喉から手が出るほど欲しいはずだ。それを取りに来たんだ。パレカイコは、普段は誰にでもフレンドリーなウマ娘だけれど、いまの彼女は戦うモードになっている。レイアフォーミュラという圧倒的な存在ばかりが注目されているけれど、パレカイコだってトップレベルのウマ娘。それを思い出させる威圧感を発している。

 

「ボンは?」

「ワタシがお願いしたから、クレセントちゃんを呼びにいってくれてるわ。……あ、ほら、戻ってきた」

 

 パレカイコが指さした先には、クラウンセボンに先導されてこちらへ向かってくる、レイアクレセントとトレーナーの姿があった。

 

「久しぶりだわ。一年ぶりくらいかしら」

 

 その言葉で、あたしはレイアクレセントがもともとパレカイコたちのチーム〈カペラ〉に所属していたことを思いだした。あたしたちにとっては願ってもないことだったあの移籍騒動も、パレカイコたちにとってはどうだったんだろう。そう思うと、あたしは何も言えなかった。

 でも、その後にパレカイコが続けたのは、あたしが想像していたものとは全然違うことだった。

 

「今なら、なんとなくわかるのよ。あの子がどうして、うちのチームを出ていったのか」

 

 え、と口を開きかけたあたしに、パレカイコはすかさず尋ねてきた。

 

「どうなの、ルピナスちゃん。あの子はダービー、取ると思う?」

「さ、さあ、どうかな」

 

 あいまいな返事しか返せないあたしに、パレカイコはクスクスと愉快そうに笑った。

 

「今年のダービーはハイレベルな戦いになりそうだものね」

 

 いろんな人から同じような話を耳にする。実際、レイアフォーミュラだけじゃなくて、今年の三冠路線に出走しているウマ娘はみんなレベルが高い。パレカイコだってそうだ。そこへさらにレイアクレセントが加わるというのだから、いやがうえにも周囲の期待は高まる一方だった。

 

「私と勝負なさりたい、とのことですね」

 

 現れたレイアクレセントは、自分よりも頭ひとつ分大きな相手にも恐れる様子なく、凛とした態度で尋ねた。

 

「ええ。できれば芝のコースがいいわ。2400メートル。強度はウマなりでかまわないから」

「そうですか……いかがですか、トレーナーさん?」

 

 目の前の相手には答えず、レイアクレセントは冷静にトレーナーの指示を仰いだ。トレーナーとクラウンセボンは二人そろって険しい表情をしている。察するまでもなく、答えはノーだ。

 

「だ、そうです。パレカイコさん、大変申し訳ないのですが……」

「プルートのトレーナーさん」

 

 レイアクレセントの言葉を遮って、パレカイコはズイと一歩前に出た。

 

「本番前に万一のことがあっては困るという考えはわかるわ。情報を渡したくないってのもね」

 

 トレーナーは何も答えず、パレカイコの説得に耳を傾けていた。

 

「ただひとつだけ言っておきたいのはね、ワタシがここへ来たのが、フォーミュラに勝たせるためだと思っているのなら、それは大きな誤解だってことよ」

 

 ピクリ、とレイアクレセントの耳が動いた。その横でパレカイコは厳しい表情になって、静かに言った。

 

「ワタシは、ワタシがダービーを獲るつもりでここへきたの。いつまでもあの子に負け続けるのはごめんだもの」

 

 こんな物言いをするパレカイコを見るのは、初めてだった。こんなに大きな身体をしていながら、ケンカになるとすぐに泣かされてしまうくらい、本来争いごとは苦手な彼女。同室のクラウンセボンと同じで、教室ではいつも笑顔を絶やさない、心優しいウマ娘だ。

 だけど、それと同時にパレカイコは高い実力を持つ競争ウマ娘。ここまで連対率100パーセントで、ジュニアGⅠのホープフルステークスを制した彼女には、相応のプライドと自信があるはずだ。その思いは、どこかレイアクレセントに似ている、と思った。

 そしてそう思ったのは、あたしだけじゃないみたいだった。

 

「トレーナーさん、私からもお願いします。三冠路線の強い方とは、一度お手合わせをしておきたいですから」

 

 レイアクレセントが説得に加わる。意図的なのかそうでないのかはわからないけれど、うまくパレカイコが焚きつけたなと思った。こうなると、ことは簡単に収まりそうにない。トレーナーもそれは理解しているようで、眉間にしわを寄せながら、ふうとため息をついた。

 

「坂路(あわ)せ。一本だけね」

 

 その返答を聞いたパレカイコは、満足そうに頷くと、あたしに向かってウインクをひとつ飛ばしてきた。まったく、意外と抜け目ない。こういうのがアメリカ式の交渉術ってやつなのかな。

 

 チーム〈カペラ〉の強豪と、ティアラ路線からダービーへ挑むお嬢様が、坂路で併走対決。他人からすればこれほどワクワクするカードもない。だれに言いふらしたわけでもないのに、二人が坂路のスタート地点に並ぶころには、野次ウマが大勢集まってきていた。

 

「騒がしくなったな」

「ホープ!」

 

 野次ウマの一員のような顔をして、あたしたちの背後から現れたのはホープアンドプレイだった。そういえば、さっきまで姿が見えなかった。いったいどこへ行っていたのかと尋ねると、小さな芦毛の少女は肩をすくめて答えた。

 

「そこのベンチの陰に隠れてた」

「なんでまた」

「アイツのハグはボクにとって凶器なんだよ」

 

 ああ、なるほど。と納得してしまう自分がおかしい。冗談はともかくとして、賢明だと思った。あのハグの威力は、ホープアンドプレイくらいの体格だと本当に窒息しかねない。それでショコラレインが身代わりになったんだと思うと不憫でならないけど。

 

「それで、アイツはどれくらいすごいの」

 

 そう聞かれてあたしはハッとした。そういえば、編入生のホープアンドプレイは、合同トレーニングに参加したことがない。チームメイトと関係のないレースを熱心に見ているわけでもない彼女にとって、パレカイコの走りを間近で見るのはこれが初めてになる。

 

「入学したての合同トレーニングで、フォーミュラとまともにやりあえるのはあの子だけだった、って言えばわかる?」

「ふうん」

 

 あの頃から身体の大きかったパレカイコは、見た目だけじゃなくてパワーもスピードも桁違いだった。あまりにすごすぎて、あたしはこんなレベルの子と勝負しなきゃいけないのかと思って少し気が重くなったのを、いまだに覚えている。

 

「実際、フォーミュラ以外には負けてないし」

「じゃあ、クレセントはアイツに勝てないとダメってことだ」

 

 あまりに遠慮のない結論にあたしは苦笑いするしかなかった。

 

「用意、スタート!」

 

 トレーナー助手の合図で、二人は同時に走り出した。まずは平らなところから、徐々に勾配のある坂路へ入る。パレカイコの脚質は、レイアクレセントと同じ先行タイプ。けれどそのフォームは全く違う。リズムよく脚を回転させるレイアクレセントに対して、一歩一歩深く膝を折り曲げて、まるで飛ぶような大きなストライドで地面を蹴っていくパレカイコ。そのダイナミックさは、遠くからでもドッ、ドッ、ドッ、と足音が聞こえてきそうなほど迫力たっぷりだった。

 

「やば……」

 

 思わず漏らした感想は、他の野次ウマたちも同じだったようで、ザワザワとしたどよめきが起こっている。本来坂路は、小さい歩幅で回転を速めるピッチ走法が合っている。ストライドを小さくしたいウマ娘が、矯正に坂路を使うこともあるくらいだ。それなのに、パレカイコはそんなものお構いなしといった感じで、勾配がきつくなっても歩幅を狭めようとしない。少し遅れ気味かと思いきや、そこから身体がぐんぐん前へと伸びていく。信じられないほどのパワーだ。横目で見れば、ショコラレインもあんぐりと口を開けている。

 

「こ、怖い」

 

 テンダーライトが震える声で呟いた。そう、本当に怖いくらいだった。まるで重戦車みたいなパレカイコの走りは、すごいとか強いとか、そんな表現よりも「怖い」という言葉の方がふさわしい。もしもあたしがテンダーライトと同じ逃げウマ娘だったら、こんなのに追いかけられちゃたまらない。

 

 

 ゴール地点を駆け抜けたのは二人ともほぼ同時だった。スピードについてはほぼ互角と言ったところ。違いがあったのはその後だった。

 

「やっぱり速いわ。すごいスピードよ。こんなスピードを持ってる子なんて、ワタシの他にはフォーミュラくらいのものだわ」

 

 少しの間膝に手をついてハアハアと呼吸を整えると、パレカイコはすぐに笑顔で対戦相手に握手を求めた。その差し出された手を、レイアクレセントも握り返す。けれど、その手は少し震えていた。それは多分、恐怖から来るものじゃない。手を差し出されるまで、レイアクレセントはまだ息が乱れたままだった。握手をしている間も、肩を激しく上下させて、なんとか酸素を取り込もうとしている。震えはそのせいだった。

 明らかに、パレカイコの方が回復が早い。それはつまり、心肺機能に差があるということだ。きっと、そのことは彼女自身が感じているはず。それでも彼女は、無敗のウマ娘としての顔を崩すまいと努力しているようだった。

 

「パレカイコさんこそ、すさまじいパワーでしたよ。本番に向けて、私にとっても大変いい勉強になりました」

 

 そうしてあたしたちのところへ戻ってきたチームのエースは、悔しそうに唇を噛んでいた。これまで一緒のチームで過ごしてきたあたしたちには、彼女が何を感じているのか、手に取るように分かった。認めがたい現実として、いまの彼女は、持続力が足りない。少なくとも、パレカイコを倒すには。それはそのまま、同じ家のあのウマ娘に勝つには、ということでもある。

 何と声をかけてよいかわからなかった。でも、こんなときに話しかけられるのもあたしだけだ、と思った。

 

「クレセント……」

 

 おそるおそるその名を呼ぶと、レイアクレセントは何度も小さく首を横に振って、苛立ちを抑えきれない低い声で、呟くように言った。

 

「こんなことでは、勝てません」

 

 ダービーの舞台になる府中の2400メートル。それはあたしたちの学年のほとんどのウマ娘にとって、未知の領域。最後の直線に待ち受ける長い坂を、2000メートル走り切った後に駆け上らなくてはならない。いままでとは次元の違うタフさが要求される。もっともっと強くならないと、その頂には手が届かない。本人だけじゃない。あたし自身もその壁の高さに、改めて驚かされていた。

 

「クレセントちゃーん!」

 

 そんなあたしたちの空気を知ってか知らでか、勝負の後でトレーナーと何か話し込んでいたパレカイコが、あたしたちのところへ手を振りながらドスドスと駆け寄ってきた。

 

「今日は本当にありがとう! ワタシたち、きっといい戦いができるわ!」

 

 そう言って、レイアクレセントの肩にがっしりと腕を回し、ぎゅっと胸元へ抱き寄せた。抵抗する間もなく抱きしめられたレイアクレセントがもごもご言っている間に、パレカイコは太い腕を緩めることなく、いつもの教室にいる時のような穏やかな表情と声で語り掛けた。

 

「最高のダービーにしましょうね。ワタシ、あなたにはどこかシンパシーを感じてるの。負けてあげるつもりなんかないけど、ワタシが勝てないなら、あなたに勝ってもらいたいくらいだわ」

 

 何とか腕から這い出したレイアクレセントに、パレカイコはにっこりと微笑みかけて、付け加えた。

 

「だって、いつもフォーミュラが勝つんじゃ、つまらないでしょ?」

 

 その瞬間、レイアクレセントの目がハッと大きく見開かれた。しおれ加減だった耳も元気よく立ち上がって、その表情は少しだけ輝きを取り戻したようだった。

 

「ええ、そう。そうです。私も同じことを考えていました」

 

 その言葉に、輝く褐色の肌を持つ極楽鳥(パレカイコ)は満足げに頷く。突然の道場破りは、どうやら平和のうちに幕を閉じたようだった。

 

 

「なんか、いいな」

 

 その夜、あたしはナイトルーティンの尻尾ブラッシングをしながら、ぼんやりと呟いた。

 

「なにが」

「カイとクレセントだよ。なんか、ちゃんとライバルしてるなって思って」

 

 するとホープアンドプレイはフンと鼻で笑った。それからわざとらしく、小バカにしたような言い方であたしの顔を覗き込んだ。

 

「なに、妬いてんの。ライバルを取られちゃった~ってやつかい」

「バカ、そんなんじゃないわ」

 

 あたしがムキになると、ホープアンドプレイはクスクスと子供みたいな表情で笑った。それがまたバカにされてるみたいで(しゃく)にさわる。このごろ、ホープアンドプレイはこんな風にあたしをからかうことが増えた。ようやく打ち解けてきた証のようでもあり、あたしの程度を軽く見られているようでもあり、喜んでいいのか怒っていいのかわからなかった。

 

「あたし、カッコ悪いなあって」

 

 今度は呆れたようなため息。

 

「こないだからキミそればっかりだな」

 

 ホープアンドプレイの口調は、どこか怒っているみたいだった。

 

「なにさ。またお得意の『余計なことを考えるな』ってやつ?」

「別に。どうせそんなの無理なんだろ」

 

 図星。言い返したいけど言い返せないのが悔しい。

 

「いいじゃないか、ライバルなんて欲しがってるやつにくれてやれば」

 

 慰めのつもりなのか知らないけど、相変わらず他人事みたいなその態度にカチンときたあたしは、思わず言ってしまった。

 

「どうせ、アンタにはわかんないよ」

 

 口に出した後で後悔した。この言葉は、昔母さんにきつく叱られた言葉だったのに。友達に対して、絶対に口にしてはいけないセリフだって、言われていたのに。

 

「――ごめん、ホープ。そんなつもりじゃ」

「いいよ、別に」

 

 ホープアンドプレイはもう笑ってはいなかった。うつむき加減で、初めて会った時のように耳を絞って、抑揚のない声で言った。

 

「ボクも、そんなつもりじゃなかった。だけど……」

 

 あたしはその続きを待った。けれど、ホープアンドプレイはしばらく迷うように耳をあちこちにくるくる向けて、それからもう一度後ろに絞って、そのまま口をつぐんでしまった。

 

「ホープ、あたし……」

「わかってる。ボクが悪かったんだ」

 

 それが本心から出たものなのか、うわべだけで作った拒絶なのか、あたしにはわからなかった。こんな時、あたしに少しでもクラウンセボンのような察しの良さがあればいいのに。

 電気を消して、布団に入ってからも、頭の中はぐるぐるとそればかりが巡る。こんなはずじゃなかったのに。相手への不満がないわけじゃない。だけどそれ以上に、あたしは自分のだらしなさにイライラしていた。本当に、カッコ悪いんだ。あたしは枕に顔を押し付けて、やりきれないこの感情を唸り声に変えた。

 

「……下手くそ」

 

 小さく聞こえてきたその声が、どうか気のせいであってほしい。そう思いながら、あたしはゆっくりと目を閉じた。


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