ストレイガールズ   作:嘉月なを

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#35-そこにいない

 東京優駿。通称「日本ダービー」。その昔、イギリスのとある伯爵が、領地の優秀なウマ娘を競わせるためにレース大会を開いたという。そのレースは伯爵の爵位名を取って「ダービー」と名付けられた。以来、その世代でもっとも優秀なウマ娘を決めるレースを「ダービー」と呼ぶようになった。その日本版が、日本ダービー。日本のウマ娘レース業界に関わる全ての者の夢であり、憧れのタイトル。日本ダービーをを手にしたウマ娘やそのトレーナーは、それだけで引退してもよいと言う人もいるくらい、栄誉あるタイトルだ。

 そんな偉大な歴史と伝統のあるレースに、レイアクレセントがいよいよ勝負をかける。それは、ダービーというタイトルの重さだけでなく、彼女自身の誇りとプライドをかけた挑戦でもあった。

 

「――っていうナレーションで、どうかな」

 

 クラウンセボンが興奮気味に言った。

 

「どうかなって、あたしたちが決められるもんじゃないでしょうが」

 

 ダービーに向けた特番の取材が、ここしばらく連日行われている。もちろんレイアクレセントはその目玉のひとり。ありとあらゆるメディアのカメラが、絶え間なく彼女を追いかけ続けている。最終追い切りが行われる今日は、特にその台数が多い。学園側の申し入れで、明日以降の取材は遠慮してもらうことになっていたからだ。

 あたしたちはその様子を、スタンドから遠巻きに見つめていた。取材班の数が多すぎて、離れていろとトレーナーに言われたから。ついでにクラウンセボンは、今日の最終追い切りの様子を観察しているように言い渡されている。

 

「あ、来た」

 

 クラウンセボンが指さした先に、数人のウマ娘が現れた。そのとたん、まるでクラウンセボンの声が聞こえていたかのように、集まっていた取材班の塊が割れて、新しく現れたウマ娘たちの方へと群がっていく。ある種異様なその光景に、ショコラレインは手を叩いて笑った。

 

「あはは、なんだか餌を見つけたありんこみたいですね」

「すごい表現するね」

 

 言いえて妙だ、と思った。ありんこたちが吸い寄せられたのは、餌は餌でも、チーム〈カペラ〉というおいしい取材ネタだった。オリンピアコス、パレカイコ、そしてレイアフォーミュラという世代屈指のウマ娘を揃えたチームが、最終追い切りの場にやってきたのだった。

 

「カイちゃんとオリちゃんは、坂路に行くみたい」

 

 右手に双眼鏡、左手にストップウォッチを持って、クラウンセボンが言った。ふと見れば、スタンドには何人か同じようなスタイルで観察している人間の姿がある。多分、よそのチームのスタッフたちだ。ちらほら、取材用のタグを首から下げている人もいる。

 

「ボン、手伝おうか?」

「大丈夫。フォーミュラさんの追い切りの準備が終わったら、それだけ教えて」

 

 わかった、と答えて視線をトラックへ戻すと、そのレイアフォーミュラがウッドチップコースへ向かっているのが見えた。どうやら彼女は最終追い切りの舞台をそこに定めたらしい。奇しくもそれは、レイアクレセントと同じ。示し合わせたわけではないだろうけれど、レイア家のふたりが本番を前ににらみ合う格好となった。

 併走相手を連れたレイアフォーミュラが、レイアクレセントの目の前で立ち止まった。よく見ると、お互いになにか言葉を交わし合っているみたい。なぜかしら、あたしの胸はドキドキと早鐘を打っていた。授業のクラスが違うふたり。年始の休暇にも家に帰らなかったレイアクレセントだから、こんなに近い距離で顔を合わせるのは久しぶりだろう。ごくりと唾を飲み込んで、耳を澄ましてみる。

 

「――ですね、フォーミュラ」

「――はないぞ。君には――――だが」

「もちろん――――自ら――――ですもの」

「せいぜい――――二人で――だからな」

 

 風の音や周りの人のざわつきが邪魔をして、途切れ途切れにしか聞こえない。それでも、双方落ち着いた様子を保ったまま会話は終わったようだった。

 

「うわあ、楽な手ごたえでものすごいタイム。坂路組はカイちゃんがズバ抜けてるかなあ」

 

 クラウンセボンが感嘆の声を上げながら、ノートにメモを取っている。どうやらパレカイコの坂路追いが一本終わったみたいだ。横からのぞき込むと、そこには4ハロン52.7、終い1ハロン12.2という驚きの数字が書き込まれていた。53秒台前半が出れば速いと言われる坂路で52秒台を、しかもウマなりの強度で出せてしまうスピード。しかも最後までタイムが落ちない持久力。怪物的としか言いようがない記録だった。この時計を出せるパレカイコが、レース本番ではレイアフォーミュラにまだ勝てていないというのだから、そのレベルの高さはもう信じられない領域にある。

 ウッドチップコースの方では、レイアクレセントの追い切りが始まった。単走で、いつも通り軽めの仕上げ。それでも他のレースに出る子たちとはレベルの違う動きを見せている。軽やかで、テンポの良い走り。それほど力んでいるようにも見えないのに、ぐんぐんスピードが上がっていく。そうして、その状態になってからペースを保つ。一年以上かけて取り組んできたスタミナ強化は、十分に身を結んでいるように思えた。

 

「きれい……」

 

 あたしが抱いていた感想と同じものを、ショコラレインが口にしてくれた。本当に、レイアクレセントの走りは美しい。化け物じみたパワフルさや、恐ろしいほどの覇気を見せるタイプではない。その代わりに、まるでダンスを踊っているかのように姿勢もリズムも一切乱れない。そうして素直に、自然に、すうっと前へ前へと伸びていく。

 ウマ娘の走る姿は、あらゆる動物の中で最も美しいと言った人がある。レイアクレセントの走る姿は、まさにその言葉を体現するような美しさがあった。

 

「オッケー、完璧だね! ……次はいよいよ、フォーミュラさんかな?」

 

 ふと気づけば、いつの間にかクラウンセボンは手にした双眼鏡をレイアクレセントへと向けていた。手元のノートには、坂路で追い切りをしていた子たちの記録がびっしりと書き留められている。あたしが声をかける必要なんてなかったみたいだ。

 ざわ、と空気が動くのが分かった。他のコースで追い切りを行っていたよそのチームのスタッフやトレーナー、果てはウマ娘たちまで、レイアフォーミュラが立つコースへと視線を注いでいる。みんなが見ている。無敗で三冠の一冠目を制し、これから二冠目を奪いに行こうとする世代最強のウマ娘の最終追い切りを、その目に焼き付けようとしている。まるでレース本番のような緊張感がそこにはあった。当の本人はというと、そんな周りの目など気にしないといった様子で、ぐるぐると首や肩を回し、脚を軽くトントンと鳴らしている。

 

 それは、チーム〈カペラ〉のトレーナーの合図で、静かに、唐突に始まった。

 まず先にスタートしたのは、併走相手の方。そのすぐあと、二バ身後方からレイアフォーミュラも走り出した。併走相手よりも外側を周る形で、ゆったりと前をうかがう。相手の方は必死に逃げている様子だったけれど、追いかける方は楽な手ごたえで追走している。

 

「来た」

 

 クラウンセボンが言うのと同時に、残り3ハロンの標識を通過したレイアフォーミュラが、一気にグッと姿勢を下げる。

 そこからはもう、あっという間だった。コースの外側から一瞬で併走相手に取り付き、並ぶ間もなく引き離していく。先行抜け出しタイプなはずの彼女なのに、普通の差しウマ娘や追込ウマ娘以上にその切れ味は鋭い。抜き去るというよりも、ちぎり捨てると表現する方が正しいと思える。その光景を、ただただみんな息をのんで見守っていた。

 最終的には、併走相手に三バ身以上の差をつけて、レイアフォーミュラの最終追い切りは終わった。走り終わった後も、全力を出し尽くして倒れこむ併走相手を尻目に、レイアフォーミュラは涼しい顔でふうと一度大きく息を吐きだすだけだった。まだ何本でも走れると言わんばかりに。

 

「ボン」

 

 あたしは思わず親友の名を呼んだ。あたしの中に立ち上がってきた感覚が、真実なのかどうか確かめたかったから。

 

「――方法は、必ずあるはず。だから、見つけるよ。絶対に」

 

 その返事は、あたしの疑問に対する紛れもない肯定を表している。その答えをもらえたことで、あたしのこの感覚は予感から、確信へと変わっていた。それはウマ娘であれば、誰もが本能的に感じるもの。

 ダービーは、レイアフォーミュラが獲る。レースには絶対がないというけれど、天変地異でも起きない限り、絶対にレイアフォーミュラが負けることはない。少なくとも、日本ダービーでは。そう直感させる追いきりだった。

 方法は必ずある、とクラウンセボンは言った。いまはその言葉に期待するしかない。

 

「頼むよ、ボン」

 

 するとそこで、ホープアンドプレイがため息混じりに席を立った。

 

「ボク、帰るよ」

「ホープちゃん、どうかしたの?」

 

 クラウンセボンが尋ねても「見るものは見たから」というだけで、ホープアンドプレイの足音は止まらずにどんどん遠ざかって行った。

 

「ルピナスちゃん?」

「わ、なに」

 

 唐突に名を呼ばれたものだから、変な声が出た。見れば、クラウンセボンが心配そうな顔であたしの顔を覗き込んでいる。

 

「ど、どうしたの、急に」

「こっちのセリフだよ! ルピナスちゃんどうしちゃったの?」

「何の話」

 

 クラウンセボンは何か言いたそうにしていたけれど、何も言わないままに一度口をパタンと閉じ、それからもう一度いつもの笑顔に戻って、改めて口を開いた。

 

「ルピナスちゃん、私が助けになれることがあったら、なんでも言ってね?」

「ああ、うん。まあ、それより今は、クレセントに集中してやんなよ。せっかくのダービーなんだからさ」

 

 もしかしたら、あたしとホープアンドプレイが少しぎこちない関係に戻ってしまったことを心配しているのかもしれない。まったく、本当に鋭いんだから。だけど、そんなことに気を使わせている場合じゃないんだ。クラウンセボンは、いまや正式なトレーナー助手。それはつまり、レースに出るウマ娘のことを第一に考えなきゃいけない立場。それはいま、あたしじゃない。レイアクレセントだ。

 あたしがそう伝えると、クラウンセボンはほんのちょっとだけ、悲しそうな顔をした。参ったな。友達だとはいえ、どうも過保護すぎる。その気まずさに耐えられなくなったあたしは、話題をトラックの方へと向けなおした。

 

「あれ、フォーミュラがどっか行った」

 

 あたしたちがよそ見をしている間に、レイアフォーミュラはすでに練習用トラックから姿を消していた。それと一緒に、たくさん集まっていた取材陣もその多くがいなくなっている。多分、取材対応の為に場所を移したんだろう。

 

「いけない、追いかけなきゃ! カペラのトレーナーさんのコメントもチェックしなきゃいけないんだった! ルピナスちゃん、ごめんね、またあとでね!」

 

 クラウンセボンはそう叫んで、ストップウォッチやノートを急いでバッグに詰め込み、手すりやらベンチやらに脚をぶつけながら、慌ただしくスタンドの階段を駆け下りていった。あたしはその後姿を、ただ小さく手を挙げて見送るばかりだった。ほら、忙しいんだから。もうレースに出ることはなくなったけれど、その分チーム内での仕事を今まで以上にたくさんこなしてくれている。むしろ、心配されなきゃいけないのは、彼女の方なんだ。

 

「ルピナスさん、テンダーさん。一緒に、帰りませんか?」

 

 ショコラレインがおずおずと声をかけてきたので、あたしはうんと頷いた。帰る道すがら、ふたりのチームメイトがあれこれと話し合っているのを横目に見ながらも、あたしの意識はどこか別のところへ置き忘れたままになっていた。

 

 

 ひとり美浦寮のエントランスをくぐると、ラウンジが一際大きな盛り上がりを見せていた。大型テレビの前に陣取って、どこか浮かれ気分の寮生たち。よく見れば、そこに集まっているのは、大半があたしたちの学年の生徒たちだった。そのうちのひとりがめざとくあたしを見つけて、手を振りながら大きな声を上げた。

 

「ああルピナス、ちょうどいいとこに来た! もうはじまるよ!」

「何が」

「ちょっと、何がじゃないよ。今日の『ウマ談。』にメリッサ出るって、昨日言ったじゃん!」

 

 全然記憶に無かった。そういえば、先週のオークスはトーヨーメリッサが勝ったんだっけ。そうか、それで呼ばれたんだな。で、同期の晴れ姿を見ようとここに集まってるってわけだ。これだけ盛り上がってるってとこを考えると、どうやら彼女はあたしが思っている以上に友達が多いみたい。あたしはとりあえずそこまで理解して、愛想笑いで答えた。

 

「ごめん、あたしは自分の部屋で見るよ」

「えー、一緒に見ようよ。アタシたち、メリッサに言われてんだ。『絶対ルピナスに見せろ。一緒に見てろ』って」

「大丈夫。ちゃんとこっちで見るから」

 

 もしかしたら強引に誘われるかも、と思った。けれど、メリッサの友達らしいその子は、拍子抜けするほどあっさりとあたしの言い分を受け入れてくれた。

 

「んなら、頼むよ? ホントは見なかったとか、ナシだかんね」

「わかってる」

 

 なんだかこうなると、かえって見ないわけにはいかなくなったような気がする。逃げるようにその場を後にして、人目をはばかるように忍び足で自室へと入った。「帰る」と言っていたはずのルームメイトの姿はまだない。あたしは私物の小さなテレビの電源を入れて、ジャージ姿のままベッドに転がった。

 ちょうど番組は、トーヨーメリッサのオークスを振り返っているところ。天井を見つめたまま音声だけに耳を傾けていると、ひとりの出演者がこんなことを言いだした。

 

『いやあ、でもすごかったですよ、オークス。あれぐらいの圧勝劇だとね、僕はダービーでも行けたんちゃうかなって夢見てしまうんですが。メリッサさんご自身はどう思います?』

 

 なんか、嫌だな。とっさに頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。

 オークスとダービー。どちらも東京レース場の芝2400メートルで開かれるクラシック級限定のGⅠ。クラシック三冠とティアラ三冠で唯一、全く同じ条件となるレースだ。そこにレベルの違いなんてあるはずがない。この質問をしたタレントに悪気がないのはわかっている。単純に、トーヨーメリッサにもっと期待しているってだけの話だ。だけど、まるでオークスがダービーよりも格下だと言われているみたいで、なんだかやるせない。それってつまり、ティアラ三冠はクラシック三冠よりも価値が低いってことになってしまう。

 

『どうですかね。あっち、ヤバいのしかいないんで。もともと三冠路線ってバケモンみたいなのばっかじゃないすか』

 

 持ち前の明るさでいなしたトーヨーメリッサのコメントに、スタジオは大いに盛り上がった。本人も「わかりみもらった」なんて言いながらケラケラと笑い声を上げている。

 だけどあたしは知っている。トーヨーメリッサは、みんなが思っている以上に三冠路線組を意識してるんだってことを。あのNHKマイルカップの日に聞かされた言葉がまだ、頭から離れない。

 

 ――今年のティアラ組は強いってとこ、見せてやんな。

 

 それは、ティアラ組を低く見る風潮に風穴を開けたいと思っていることの表れ。これを察するのに、クラウンセボンみたいな観察力なんて必要ない。

 

『まあ、だからこそこっちでは負けらんねーなって思ってたんですよ。デカいこと言うみたいですけど。身体別にデカくないんで、気持ちだけでもね?』

『そうなると、レイアクレセントさんには是非ともダービー、頑張ってもらいたいですよね?』

『ですねえ! そうしてくれると、アタシの格も上がるんでね』

 

 お調子者を気取って、軽口みたいなこと言って。それらは全部、あたしたちティアラ路線を走った仲間へのエールであって。

 

『あとそうそう、クレセントだけじゃなくってね、ルピナスも忘れないでくださいよ。アイツ、ヒト生まれとかなんとか言ってますけどね、そんなん関係無しにガチでパない子なんで』

『先日のNHKマイルカップではね、ちょっと残念でしたが』

『ドンマイ気にすんな! アンタがこんなもんじゃないってのは、アタシちゃんとわかってるから』

『そこ、私信やめてもらっていいですか?』

 

 一瞬シリアスになりかけた空気は、お笑いタレントの一言でバラエティらしい明るさを取り戻した。けれど、それと反対にあたしの方はもういたたまれなくて、プツリとテレビの電源を切ってしまった。シンと静まりかえる部屋の中で。あたしはどうしようもなくみじめな気持ちだった。

 デビューしてからの日々のあいだに、少しずつ少しずつ、あたしの周りに降り積もっていたもの。賞賛、疑い、期待、そして憧れ。あたしは、あたし自身と家族のためだけに走っていたはずだったのに。いつのまにか、あたしが走る理由はあたし自身の手からどんどん離れていっている。それ自体はとても誇らしいことのはず。それだけ多くの人に、あたしの走りが何かを与えられているということの証拠なのだから。だけど、あたしの身体や心はその誇りについていけていない。

 その時ふっと、ある考えが浮かんできた。

 

 ――本当に、あたしは勝つことを望まれているんだろうか。

 

 それは、あたしの弱気が逃げ込もうとした言い訳。そうじゃなかったら、かえって気楽だとさえ思って考えた、適当な言い訳。それなのに、その言葉が頭の中を駆けめぐった瞬間、あたしの身体を恐ろしいほどの悪寒が走った。

 

 ――あたしへの期待や賞賛が、全て嘘だったら?

 

 誰だって、一番が良い。一番になりたい。だからトゥインクル・シリーズで走っている。母親や祖母の代から、あるいはもっと昔から、脈々と引き継がれてきた思いを受け継いで走る。それがウマ娘。だとしたら、あたしは、あたしみたいな。

 

 ――やっぱり「やったぜ」ってなるもんなの? ()()()()ウマ娘から生まれた子より、ヒト生まれの自分の方が――

 

 あたしはどこかで、その言葉に頷いていたんだ。

 そうか。そうだったんだ。たったひとつのレースに負けただけで、どうしてこんなに自分がカッコ悪く思えて仕方がなかったのか、その正体が、わかった。わかってしまった。いまさら。

 

「うっ」

 

 思わずトイレに駆け込んだ。こんな傲慢でカッコ悪い自分なんて、全て追い出してしまいたかった。

 違う、違う。あたしはそんなことのためにトゥインクル・シリーズを目指したんじゃない。チームの仲間も、ティアラの仲間も、あたしは掛け値無しに応援できる。勝利を願える。

 出るものなんてなかった。昼間から、何も食べていなかったんだから。

 

 

「枠順が発表されたよ」

 

 トレーナーが部室の机の上に大きな紙を広げる。そこに書かれているのは東京レース場のコース図と、順に並んだ18人のウマ娘たちの名前。その並びに、ショコラレインがわあっと声を上げた。

 

「すごい! 理想的な枠じゃないですか!」

「さあ、作戦会議だよ!」

 

 クラウンセボンが気合いたっぷりに腕まくりをして、ぐっとこぶしを握りしめる。いよいよ日本ダービー、一生一度の夢舞台が近づいてきている。

 

「クレセントのポジションはどの辺がいいのかな」

 

 トレーナーやクラウンセボンが集めたデータを見ながら、あたしも一緒になって考える。心に引っかかっていることはいくらもあるけれど、このお祭りには全力で参加しなきゃいけない。あたしが、あたしらしくいるために。作戦会議の間中、ずっと不機嫌そうな顔であたしを睨んでいたルームメイトのことは、いまは考えないでおくことにした。

 

 

東京優駿(日本ダービー)出走表

所属脚質前走主な勝ち鞍

1⃣1パレカイコカペラ先行GⅠ皐月賞 2着GⅠホープフルS

1⃣2レイアクレセントプルート先行GⅠ桜花賞 1着GⅠ桜花賞

2⃣3フジノフラッグベテルギウス差しGⅠ皐月賞 3着GⅡ弥生賞

2⃣4スフマートカストル先行GⅠホープフルS 4着GⅡデイリー杯JS

3⃣5ポエタリリコデネブ先行LすみれS 1着LすみれS

3⃣6レクトクリサリスアヴィオール逃げGⅡ青葉賞 2着黄菊賞

4⃣7ハッポーケイカノープス差しGⅠ皐月賞 4着アスター賞

4⃣8ホワイトロッコアクルックス先行GⅠ皐月賞 10着阪神未勝利

5⃣9ブレイクジアイスアクルックス差しGⅡ京都新聞杯 1着GⅡ京都新聞杯

5⃣10トランシャントアークトゥルス追込GⅢ毎日杯 2着L若駒S

6⃣11アンビシオンスピカ先行GⅠNHKマイルC 4着GⅢアーリントン

6⃣12オリンピアコスカペラ差しGⅠ皐月賞 7着GⅢ京都JS

7⃣13ハンクアハンクアケルナル先行GⅡ京都新聞杯 2着アイビーS

7⃣14ドリームハリアートリマン差しGⅠ皐月賞 8着GⅢきさらぎ賞

7⃣15ターフェルルンデアトリア先行GⅡ青葉賞 1着GⅡ青葉賞

8⃣16ストームライナーカストル追込GⅠ皐月賞 6着GⅢ京成杯

8⃣17ハレノヤマビコピーコック先行GⅠ皐月賞 5着若葉S

8⃣18レイアフォーミュラカペラ先行GⅠ皐月賞 1着GⅠ皐月賞

 


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