ストレイガールズ   作:嘉月なを

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ボイスドラマ版の公開がはじまっています。
新CV募集も行っていますので、ぜひ興味のある方はご覧ください。
https://note.com/nawo7070/n/nc65c0e58d0d2


#40-勇気

 夏合宿が始まってひと月が経った。

 

 相変わらずあたしたちは、相部屋になった〈デネブ〉のトーヨーメリッサと一緒にトレーニングを積んでいる。はじめのうちは、違うチームの子と合同なんて大丈夫かなと思っていた。でも考えてみれば、当分は違う路線で戦うことになるのだから、余計な探り合いをする必要もない。数日もしないうちに、あたしたちの間にあったぎこちなさは解消されていた。

 

 ただ、一部を除いては。

 

「テンダー、ガクさんが呼んでるよ。こっちで併走に参加しないかって」

「え……ま、まだいいよ私は。トレーナーさんの方で、もうちょっとストレッチしてから……」

 

 そう言って、テンダーライトはあたしの前で取り繕うように膝の曲げ伸ばしを始めた。クラウンセボンの手助けもあって、トーヨーメリッサとはおしゃべりもできるくらいの仲になってきたのに、ガクさんとの関係は、こんな風に遠慮がちなままだった。

 

 トレーニングでも、オフでも、大人と話すときはいつもガクさんを避けるように、あたしたちのトレーナーばかりを選んでいる。よそのチームのトレーナーが一緒に参加してくれているこの機会、本来なら活かさない手はない。普段担当していない人だからこそわかる、新しい発見をもらえるチャンスだからだ。

 

 実際あたしは、スパートの瞬間に呼吸のリズムと脚のリズムがほんの少しズレてしまうのを指摘された。これは、トレーナーも気づいていなかったこと。他の子たちも、それぞれに新しい課題を見つけてもらっている。そんななかで、テンダーライトだけが、まだ一度もちゃんとガクさんには見てもらっていない。せっかくの合宿だというのにこれじゃ、あまりにももったいない。

 

「メリッサはどう思う?」

 

 ある日のトレーニング中、あたしはたまらずトーヨーメリッサに尋ねてみた。

 

「やりづらさってのはあると思うよ。放り出されたとこのトレーナーと、どんな顔して会えばいいのかわかんないってこともあるだろうし」

 

 それを聞いて、そうだよねと頷きかけたあたしに、けれども樫の女王はビシりときつい一言を付け加えた。

 

「まあ、んなメンタルじゃダメだけどね」

「あはは、手厳しいな」

 

 もうこれ以上、このことは話題にしない方がよさそうだと思った。

 

 

 そんなやりとりがあった数日後のこと。トレーニング前のミーティングで、トレーナーから発表がふたつあった。ひとつめは、この合宿に参加した誰もが心待ちにしていた、()()の話だった。

 

「今日の午後のトレーニングは、軽く済ませて早上がりにするよ。今夜は夏祭りがあるから」

 

 あたしたちはみんな一様に歓声を上げた。去年は参加できなかった、二年ぶりの夏祭り。宿題とトレーニング漬けの毎日だったあたしたちにとって、思い切り羽を伸ばせる数少ない機会だ。クラウンセボンなんかは早くも屋台巡りの計算を始めている。

 

 そしてもうひとつの発表は、あたしたちにとって予想外のものだった。

 

「メリッサとガクの合宿参加は、もうすぐおしまいね。私たちは8月いっぱいまで残るけど、ふたりは来週中にはここを離れることになるよ」

 

 どうしてと聞き返す前に、ガクさんがその答えを教えてくれた。

 

「僕たちは、ここを発って、北海道へ行くんです。メリッサさんを『札幌記念』に出走させるために」

 

 札幌記念。札幌レース場で開かれる夏の中距離GⅡ戦。とはいっても、毎年GⅡとは思えないほど豪華なメンツが揃うことで有名なレースだ。シニア級の上級生たちもたくさん参加してくる。秋華賞、そしてその先のエリザベス女王杯を見据えたレースとして、世代限定戦ではなくここを選ぶのは、彼女なりの挑戦ともいえる。

 

「そーゆーわけで、アタシは一足先に合宿を上がるよ」

 

 トーヨーメリッサはさっぱりとした笑顔でそう言った。心のどこかで、先を越されたような気がして悔しい気がする。でも、いけないいけないと頭を振って、何でもないような態度でいた。焦っちゃダメだ。とにかくあたしは、あたしの目標である京成杯に向かって、しっかりと身体を仕上げないといけない。それが、トレーナーと、トーヨーメリッサとの約束でもあるんだから。

 

 遠征計画を告げた樫の女王は、そんなあたしの胸の内を見透かしたように、あたしの肩をポンポンと軽く叩いた。

 

「アンタが京成杯行くって聞いたからさ。あれ、上級生も出てくる世代混合戦でしょ。ちょっと、出し抜いてやろうと思ったんだよ」

「なにそれ、ヤなヤツ」

 

 そうやって苦笑いしながら、あたしはトーヨーメリッサの目が、もうひとりのティアラのライバルを捉えていたことに気づいていた。

 

 そして、その眼差しにレイアクレセントはしっかりと答えた。

 

「ルピナスさん、これはむしろメリッサさんに感謝すべきことですよ。何せ、私たちの先鋒を務めてくださると仰っているのですから」

 

 今年のティアラ組の中で、一番最初に世代混合のGⅠに挑むのは、秋の天皇賞へ向かうレイアクレセント。けれどこれで、()()()()()賞に出走するのは、トーヨーメリッサの方が先になる。些細なことかもしれないけれど、その意味や価値は、あたしたちだからこそよくわかる。

 

 トーヨーメリッサは返事をしなかった。でも、その裏に何を隠しているのか、あたしは知っている。多分、レイアクレセントも知っている。

 

(最後にはアンタを喰ってやる)

 

 秘めた野心と、それに駆り立てるように挑戦を続ける姿は、レースでは敵同士になる相手であっても、どこか美しいとさえ思えた。

 

 

 その日の夜、あたしたちはみんなで宿舎の近くの神社で開かれている夏祭りにやってきていた。

 

「あーあ、私も浴衣、持ってくればよかった」

 

 ひとりだけ浴衣姿で現れたレイアクレセントを見て、クラウンセボンがうらめしそうな声を漏らした。

 

「あらあら、来年に持ち越しですね」

「うん、次は絶対に忘れないから」

 

 そんな二人の会話に、ショコラレインが抗議の声を上げる。

 

「ええ、来年はまた高地トレーニングに行くんじゃないんですか?」

 

 まだそこにこだわってるのか、と苦笑いするあたしに、トーヨーメリッサが尋ねてくる。

 

「で、どうなん? その高地トレーニングって。いいとこだった?」

「あー、まあまあ、かなあ。涼しいのはよかったよ」

 

 事実、気候のことだけを言えば、あっちの方がずっと環境はよかった。ただ、宿舎には雲泥の差がある。学園の宿舎も大概古いけれど、向こうの山小屋よりはマシだ。好きな方を選べと言われると、正直迷う。

 

「あーっ、りんご飴だー!」

 

 そんなあたしの迷いは、クラウンセボンの大声でかき消されてしまった。

 

 りんご飴に、にんじん焼き、綿菓子に、焼きそば、イカせんべい。あらゆる屋台メシを平らげていくクラウンセボンを見ながら、あたしたちも思い思いに祭りの雰囲気を楽しんだ。設営されたステージで歌っているこの誰だかわからない歌手、ホントに当たりがあるのか怪しい福引の抽選案内。境内はレースの世界とは全く違う雰囲気に包まれていて、久しぶりにただ遊ぶためだけにぶらつける時間だった。

 

「く、クレセントさんですよね。サインください!」

「うわあ、メリッサちゃんもいる! すごいすごい! 写真、いいですか?」

 

 とはいっても、そこはやはりGⅠウマ娘。ひとたび声がかけられると、次から次へと人が寄ってくる。さすがの人気ぶりに今更のように感心してしまった。……なんて、他人事のように思っていたのだけれど。

 

「ルピナスさん、ルピナストレジャーさんですよね?」

「え? そうですけど」

 

 話しかけてきたのは、トレーナーと同じ年くらいの大人のウマ娘だった。チームのこともあるし、以前面倒な記者に絡まれたことを思いだされて、ついそっけない返事になってしまった。けれど相手は一向に気にしない様子で、興奮気味に声を弾ませた。

 

「やっぱり! パパ、こっちこっち! 本物だよ、本物のルピナスさんだよ! ハルちゃん握手してもらおう!」

 

 手招きされてやってきた男の人は、胸に小さな子供を抱いていた。多分“ハルちゃん”というのはこの子のことなのだろうけど、祭りの人出に驚いているのか落ち着かない様子で、あたりをきょろきょろと見回している。

 

「お子さんですか」

「ええ、そうなんです。1歳になったばかりで。今日はお守り札をいただきに来たんですけど、まさかルピナスさんに会えるなんて……!」

 

 少し早口になりつつ、男の人から“ハルちゃん”を受け取って抱きかかえ、その顔をあたしに見せてくれた。

 

「握手してもらえませんか?」

「……もちろん、あたしでよければ」

 

 あたしは一瞬、答えるのが遅れた。なぜって、その人が見せてくれた“ハルちゃん”には、ウマ娘の耳が無かったから。

 

 ウマ娘の母親が、人間の女の子を? いや、“ハルちゃん”と呼んだからといって、女の子とは限らない。1歳の子の見分けはよくわからないし、男の子かもしれない。男の子だったらなんの不思議も……待てよ、ウマ娘から人間の女の子が生まれることだって、全然あるんだから。いやいや、連れ子ってこともあるわけだし……どうしよう、どう触れていいもんかわからない……。

 

 小さくて柔らかい手を握りながら、その短い間にあたしの頭の中は嵐のようにいろいろなことが駆け巡った。

 

「ありがとうございます! 本当に、私たち家族、ルピナスさんにはとっても勇気をいただいてるんです!」

「ゆ、勇気ですか」

 

 それは、よくあたし宛に届くファンレターに書かれている言葉。

 

「ええ、ほら、私はウマ娘なんですけど、この子は普通の人間の女の子なんで。ルピナスさんみたいな方が頑張ってると、私たちも頑張ろうっていう気になれるんです!」

「ああ、そうなんですか」

 

 そっか、そういうのもあるのか。そう思いながら、あたしはなぜだか、言いようのない居心地の悪さを感じ始めていた。

 

「はい! これからも応援してます! ……よかったねーハルちゃん。ルピナスさんに握手してもらっちゃったんだよー。嬉しいね。ハルちゃんも頑張ろうね。……あら、まだよくわかんないか。あはは」

「そ、それじゃ」

 

 変に胸がドキドキした。あたしはいち早くここから離れたい気持ちになって、何度も何度も頭を下げながら、逃げるように歩き出す。投げ渡される感謝の声には、できる限り愛想よさげに手を振り返して。

 

 気づけばあたしは、合宿のあいだ毎日のようにトレーニングに使っていたビーチへとやってきていた。背後から、あたしを追いかけてきたらしい足音がいくつも聞こえてくる。

 

「ルピナスちゃん!」

 

 こういうとき、最初にあたしを呼び戻してくれるのは、いつだってクラウンセボンだ。あたしは黙って、海を見つめていた。いつもなら真っ暗になるこの時間でも、今日は祭りのおかげで、ライトが煌々(こうこう)とあたりを照らしている。

 

「心配したよ。急にいなくなっちゃうから」

「ごめん。……クレセントとメリッサは?」

 

 追いかけてきたメンバーの中に、ふたりの姿はなかった。

 

「ふたりとも、まだファンのひとたちに囲まれちゃって。トレーナーさんに任せてきた」

「そっか」

 

 うん、それでいい、と思った。あのふたりには、いまのあたしの姿はあまり見せたくなかったから。

 

「どうしたの? 何か、嫌なこと言われたの?」

「ううん。全然」

 

 なんと説明していいのかわからなかった。癪にさわることがあったわけじゃない。なじられたわけでもない。バカにされたわけでもない。むしろあの人たちはあたしを褒めて、感謝さえしてくれていた。それなのに、どうしてかあの場にはいたくなかった。

 

「手紙では何とも思わなかった。むしろ、嬉しいくらいだったんだけどさ。……目の前でああ言われちゃうと、なんか、ちょっと、どうしていいかわかんなくなっちゃって」

「私も、嫌だなって思いました」

 

 その声に驚いて振り返ると、ショコラレインが、いつになく真面目な顔をしていた。

 

「ショコラ?」

「ああいうの、私嫌いです。本人が言うならともかく、お母さんが勝手に、あんなこと言って。あの子は、普通の人間の女の子なのに」

 

 あたしがなんとなく思っていたことを、ショコラレインは遠慮なく口にする。まるで自分のことのように腹を立てている後輩の姿は、どこか可愛らしくて、思わず口元が緩んだ。あんたが気にすることじゃないよと言おうとした、その時だった。

 

「私にとっては、他人事じゃないんです」

「え?」

 

 あたしの言葉を先回りするかのように、ショコラレインは固い表情のまま呟いた。

 

「私のお姉ちゃん、人間なんです。さっきのあの子みたいに」

「……そう、だったの」

 

 いまとなっては、驚くような告白でもない。むしろ、そうかなるほどと納得できる話だった。何より、唇を噛むショコラレインを見つめていると、それ以上の言葉をかけることができない。ずっと黙ってついてきていたホープアンドプレイが、ため息をついて、ビーチに寝そべり始めた。

 

「でも、お姉ちゃんはあんなこと言いませんでした。自分が人間だからとか、妹やお母さんがウマ娘だからとか、そんなの言ったことなかった。勉強も、運動も、なんでも自分でできるようになって……それなのに、周りはいっつも、いっつも、さっきのお母さんみたいなことを言って……」

 

 あとの方は、声が震えていた。

 

「ショコちゃん、落ち着いて。……嫌なこと、思い出しちゃったんだね。大丈夫、大丈夫だよ」

「私、お姉ちゃんみたいになりたくて、トレセン学園に来たんです。強くて、カッコいいお姉ちゃんみたいに。私、悔しくて、悔しくて……」

 

 不思議なもので、自分よりもショックを受けた仲間を目の当たりにすると、あたし自身のショックはずいぶんと和らいでいく。それは、相手が後輩だからかもしれないけれど。いずれにしても、ショコラレインの固く握りしめたこぶしは、あたしの喉の奥に詰まったものを溶かしてくれたような気がした。

 

「ショコラ」

「ごめんなさい、ルピナス先輩。変なこと言って」

「ううん……あたしも、もっと強くならなきゃって、思った。あんたの姉さんみたいに」

 

 あたしは、あの新幹線の中での話を思い出していた。あのとき話してくれたことと、いまの話が本当なら、ショコラレインにとって、さっきの光景はあたしが感じたそれよりもずっとずっと、重く苦しいものだったに違いない。

 

「逃げてばっかじゃ、ダメだね。先輩らしく、しゃんとしなくちゃ」

「いえっ、そんなつもりじゃ……」

「ショコちゃん、大丈夫だよ。ルピナスちゃんに何かあったら、私が守るから」

 

 ショコラレインを優しく撫でながら、クラウンセボンがあたしに向かって目で合図してくる。なんかこれじゃ、クラウンセボンがお姉さんみたいじゃないかと思ったけど、確かにこのチームで一番頼りになるのは彼女だったりするから、反論しようもない。

 

 

 

「いやー、探したよ。どうした、なんかあったの?」

 

 そこへ、トーヨーメリッサが現れた。どうやらようやくファンを振り切って来たようで、せっかくセットした髪が少し崩れて、疲れた様子だった。

 

 正直あたしにとって、この登場はありがたかった。せっかくの祭りの夜が、重たい気分のまま終わってしまうところだったから。ちらりと目線を動かすと、視界の端で、ショコラレインはさっきまでのうつむいた様子が嘘のように、明るい笑顔で合宿のゲストを出迎えていた。

 

「ま、いいや。ほれ、サイダー買ってきた。飲む?」

 

 あたしが頷くと、水色のビンをぽいと放り投げてきた。慌てて両手で抱えるように受け止めると、手にひんやりとした冷たい感触が伝わってくる。取り落とすまいとバタついたあたしを見て笑いながら、トーヨーメリッサは他のみんなにもビンを配って回った。

 

「メリッサ、これラムネじゃん」

「どっちも変わんねーだろ」

 

 ビー玉を落とすと、じゅわっと炭酸の泡が立ち上る。陸風が吹く夜のビーチでも、蒸し暑さは健在。このラムネの冷たさは、体中にたまったいろんな熱を洗い流してくれた。

 

「クレセントは?」

「アイツまだ相手してるよ。アタシはうんざりしたから逃げてきちゃったけど」

 

 そう言って、樫の女王はいたずらっぽく舌をペロリと出した。多分、照れ隠しなんだと思った。だってそれなら、あたしたちの分の飲み物を買ってくる必要なんてなかったはずだもの。

 

「本当にすごいね、今年のティアラ組は」

 

 クラウンセボンはしみじみとした口調で言った。確かに、その通りだ。桜花賞のレイアクレセント、オークスのトーヨーメリッサ。ふたりとも、夏明けのレースを上級生たちとの混合戦に挑むことになる。ふたりに比べれば格は落ちるけど、あたしだって、休養明けは混合戦の京成杯だ。身体を悪くしてからはレースに戻ってきていないけれど、ジュニア女王のモモイロビヨリだって、元気だったら同じような道を辿ったかもしれない。

 

「お、でしょでしょ。いやあ、そこわかってないヤツが多すぎんだよねえ」

 

 トーヨーメリッサは朗らかな調子でクラウンセボンの肩を小突いた。

 

「さっすが、わかってるよアンタは。クレセントと、ルピナス、それとアタシ。三人が揃って混合戦の初戦をとったら、アンタみたいなこと言うヤツももっと増えると思うんだけどさ」

「ふふ、そうだね。でも、私はずっとルピナスちゃん派だから」

 

 あたしはラムネを吹き出した。

 

「きったな」

 

 ホープアンドプレイが舌打ちをしながら露骨に嫌な顔をした。そんなこと言われても、びっくりしたんだからしょうがない。

 

「おーいなんだよ、ノロケか」

「えー、だって、ルピナスちゃんは女神様に――」

 

 むせ込んだフリをしてわざと大きく咳をした。これ以上は聞いてられない。

 

「ルピナスちゃん大丈夫!?」

「大丈夫じゃないわ」

 

 元凶に背中をさすられるあたしを見ながら、トーヨーメリッサはニヤニヤと笑っていた。

 

「おいおい良いのかよ。このチームのマネジ、えこ贔屓してるぞー」

「やめてよメリッサ。みんな本気にしてないって」

「そんなことないですよ。私も、ルピナスさん派ですから!」

 

 困ったことに、ショコラレインまで参戦してきた。これがクラウンセボンなら引っ叩いて黙らせることもできるけど、後輩となるとどうにもやりづらい。すると、クラウンセボンはますます調子に乗って声が大きくなってきた。

 

「そうだよそうだよ! ねー、ショコちゃんもそう思うよねー」

 

 よし、そろそろシバこう。なんて、あたしが考えていると、意外なところから話は打ち切られた。

 

「あ、あの!」

 

 大きなその声は、テンダーライトがあげたものだった。見れば顔は真っ赤で、あたしは最初、クラウンセボンのノロケに()てられたせいだと思っていた。けれど、そうじゃないということは、その後の言葉で、すぐにわかった。

 

「め、メリッサさんは、あと何日、合宿にいるの?」

「え? ああ、えーと……水曜の昼には出るから……実質、明日とあさっての二日間だね」

 

 トーヨーメリッサの返事を、テンダーライトは決心したような表情で聞いていた。

 

「じゃ、じゃあ、明日、私と、併走してくれないかな」

「いいけど、別に、これまでだって何度もやったろ。そんな改まって言うことじゃ――」

「違うの」

 

 テンダーライトはますます赤くなって、スカートをぎゅっと握り締めながら、絞り出すように先を続けた。

 

「あの、その、トレ……ううん、ガクさんに、その、もう、最後かもしれないから」

「だから?」

 

 促すようにトーヨーメリッサが尋ねる。

 

「いつ、いつまでも、逃げてばかりじゃ、ダメだから。だから……」

 

 自分の要求を伝えるにしては不足で、いびつなつぎはぎだらけの言葉。でもそれは多分、いまのテンダーライトに言える精一杯のことだったんだと思う。だから、あたしたちはちゃんと受け取った。彼女が何を言いたくて、どうしたいと思っているのかを。今日の今日まで、ずっと逃げ続けてきたものに向き合う決心をしたということが、その目から、口から、十分すぎるほど伝わってきたから。

 

「ったく、遅いよ」

 

 えっ、と小さく声を漏らして顔を曇らせるテンダーライトに、違う違うと手を振りながら、トーヨーメリッサはずいと身を乗り出して、テンダーライトの顔を覗き込んだ。

 

「アタシ、アンタがそう言いだすのを待ってたんだ」

「ご、ごめんなさい」

「いいよ。明日、やろう。ウチのトレーナー、喜ぶよ」

 

 反射的に飛び出したような謝罪の言葉はさらりと流して、その約束はあっという間に取り付けられた。

 

 

 ドン。

 

 

 それはまるで、ゲートが開く音のように、突然、前触れもなく降って来た。

 

 夜空に明るく、ヒマワリのような光の花が咲いている。

 

「いい夏合宿だ!」

 

 その下で、トーヨーメリッサは満足そうに叫んだ。

 

 久しぶりに飲んだラムネの味は、甘酸っぱくて、爽やかだった。

 

 

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