ストレイガールズ   作:嘉月なを

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#47-明日につなぐ

 診療所から戻って来たレイアクレセントの表情は、不気味なほどさっぱりとしていた。

 

「骨にヒビが入った、というのが診断の所見だそうです」

 

 さらりとそう言ってのける彼女の背後で、トレーナーは口を閉ざしたまま、黙って立っている。嫌な予感がしたあたしは、耐えきれず尋ねた。

 

「トレーナー、本当なの?」

 

 疑いたいわけじゃない。亀裂骨折なら、正しく治療すれば復帰までの負担も比較的軽く済む。でも、その割にはトレーナーの漂わせている空気はずいぶん重たげだった。

 

「本当だよ。でも、甘く見ちゃダメ。全治は三ヶ月って言われたけど、来年の夏くらいまではリハビリに時間をかけるつもり。そこはクレセントもわかっておいて」

 

 厳しい口調のトレーナーに、レイアクレセントはやれやれという様子で肩をすくめた。

 

「こんな調子なんです。ウマ娘思いのトレーナーさんを持って、私は幸せ者ですよ」

 

 夏までリハビリということは、来年の大阪杯も、宝塚記念も出られない。どちらも彼女にとっては好条件のはずだったのに。

 

 そんなことを考えていたあたしに、松葉杖姿のお嬢様は思いもよらないことを言いだした。

 

「でもルピナスさん、考え方によっては、これは貴女にとって幸運と言えるかもしれませんよ」

「は?」

 

 この状況で何を言っているんだろう。あたしは本当に、わけがわからなかった。すると、レイアクレセントはむしろそれが不思議だとでも言いたげに首を傾げた。

 

「わからないのですか。このチームで初めて混合戦のGⅠタイトルを獲得するチャンスが、貴女に巡ってきたというのに」

「何言ってんの!」

 

 つい、大きな声を出してしまった。確かにあたしは来月、京都で開かれるマイルチャンピオンシップに出走する予定だ。もしもそこで勝てれば、お嬢様の言うとおり、チーム〈プルート〉最初のシニアGⅠタイトルはあたしのものになる。だけど、そんなことはどうでもいい。これじゃまるで彼女が負傷したことを喜べと言われているみたいじゃないか。あたしはそれが我慢ならなかった。

 

「そりゃ勝てたら嬉しいけどさ……そんなの、アンタの怪我とは何の関係もないよ。……変なこと言うの、やめてよ」

 

 レイアクレセントは微笑むだけで、何も言い返してこなかった。それがかえって癪にさわる。なんのつもりだと怒鳴りつけてやるために、あたしは大きく息を吸い込んだ。だけど、その剣を突き付けようとした瞬間に、喉の奥に何かが詰まったような感じがして、あたしの剣は鞘からどうしてか抜けなくなってしまった。イライラをどこかに発散したくて、あたしは自分の胸元をひっかいた。それでも収まらず、尻尾を思い切り振りまわしてみる。「あたっ」と声がして、ショコラレインが身体をのけぞらせたのがわかった。どうやら派手に当たったみたい。ごめん。

 

 結局、最後はクラウンセボンがあたしたち走れるメンバーを外周ランニングに追い出す形で、怪我の報告会はお開きとなった。

 

 テンダーライトを先頭に、ショコラレイン、あたし、そしてホープアンドプレイ。あたしたちの隊列はいつものように河川敷から学園裏手の林を通り抜け、東京レース場の正門前を通過する。いつもワクワクしたり、恐ろしくなったり、いろんな感情を教えてくれるその正門が、今日は初めて、ひどく憎たらしく見えた。

 

「お疲れ様ショコちゃん。それで、明後日の最終追い切りだけど——」

「ええ、坂路で行くんでしたよね。たしか併走相手は——」

 

 外周が終わって、後輩がクラウンセボンと追い切りの打ち合わせをしている間も、胸の奥がジリジリと焦げ付くような感覚は消えなかった。ショコラレインは、週末にはファンタジーステークスに出走することになっている。自分を慕ってくれる後輩の初重賞、本当なら気持ちよく応援してやらなきゃいけないのに。

 

「ね、ルピナス先輩!」

「え、あ、なに?」

 

 気づけば、ショコラレインの猫のようなくりくりとした紅の瞳がこちらを覗き込んでいた。

 

「もう、しっかりしてくださいよせんぱーい。明後日の追い切り、私と一緒に走ってくれるんですよね?」

「ああ、うん」

 

 それは、つい先週決まったこと。トレーナーからその決定が言い渡されたとき、ショコラレインはホープアンドプレイが顔をしかめるほど部室中を飛び跳ねて喜んでいた。なんとなく、桜花賞のときのクラウンセボンを思い起こさせる。あのときはあたしが併走してもらう側だったけど、今回は逆だ。

 

「楽しみにしてますからね!」

 

 くしゃっと屈託のない笑顔を向けられると、後ろめたい気持ちになる。余計なことを考えないでくださいね。……なんて、そう言われているような気がしてしまったから。

 

 

 

「おい、全然違うじゃないか」

 

 ホープアンドプレイが、あたしのノートの計算式を指でトントンと叩いた。

 

「なんでここが自乗になるんだよ。プラスとマイナスが逆だろ。公式で処理すんだよ」

「ああ、そうだった」

 

 中間テスト明けに出された宿題に、あたしはいつも以上に苦労していた。C組に上がって問題が難しくなったことよりも、あたし自身が全然集中できていない。自分でも信じられないようなミスばかりを繰り返している。もう消灯時間が近い。さっさと終わらせないと、また明日続きをやる羽目になる。

 

「その調子だと、今度のマイルCSもダメそうだな」

 

 辛辣。でも、言い返せない。あたしだって、そんな気がするもの。でも、考えるのをやめようと思っても、今日のレイアクレセントの言葉が頭から離れない。なんで、わざわざあんなこと言ったんだろう。彼女が相当な負けず嫌いだということは知っている。だけど、それにしたって、あの言い方は嫌味がすぎる。本当は勝ってほしくないと思ってるんじゃないか、それでわざとあたしを怒らせるようなことを言ったんじゃないか。頭をもたげてくるそんな邪推を、あたしは必死に抑え込もうとしていた。そんなはずない。そんなわけない。あたしたちは仲間なんだから。家柄も血統も違うけど、同じチームに集まった戦友同士なんだから。あたしが彼女のダービーや天皇賞での勝利を願っていたように、彼女もあたしを応援してくれるはず。そのはずなんだ。

 

 トントン、とまた音がする。ホープアンドプレイが小さく舌打ちをしながら、指先であたしのノートを叩く音。いいから黙って解け、という意味。わかってるわいと唇を尖らせつつ、一向に頭に入ってこない数式をペン先で無意味にいじくり倒した。

 

 すると、コンコンコン、と別の音が聞こえた。これは寮室の扉がノックされた音。

 

「いるよ」

 

 あたしが何か言う前に、芦毛のルームメイトがそう答えた。

 

 声にこたえるように扉が開き、その向こうから顔を覗かせたのは、こんな時間に美浦寮にいるはずのないウマ娘だった。

 

「入っていい?」

「ボン!?」

 

 いつもなら、栗東寮でパレカイコの抱き枕になっている頃合い。それがなぜか、あたしたちの部屋へやってきている。どうしたのかと問いただすと、クラウンセボンはあははと笑いながら頭をかいてみせた。

 

「ホープちゃんに呼ばれちゃってね。大丈夫だよ。外泊届は出してきたから」

「ええ……?」

 

 外泊届って、こういう使い方をするもんじゃない気がする。というか、そんなことよりももっと重大な驚きがあった。

 

「ホープが? ボンを?」

 

 まさか、そんなことをするだなんて思っていなかった。騒いだりはしゃいだりするのが苦手なホープアンドプレイは、クラウンセボンのことも苦手だと思っていたから。

 

「別に遊びに来いと言ったわけじゃない。呼ばれたわけは、本人が一番良くわかってんじゃないのか」

 

 そう言って、小さな芦毛は栗毛の少女を睨むように見つめた。睨まれた方は、あたしへちらりと目線を寄越したあと、何度かためらうように「ああ」だの「うーん」だの、意味のない音を繰り返す。

 

 やがて、観念したように一度床に落とした視線を上げると、その目鼻の輪郭はさっきまでと違い、驚くほど引き締まってまるで大人のような形になっていた。

 

「クレセントさんのこと、でしょ」

 

 低く抉るような声色。あたしの知らないクラウンセボンが、そこにいた。

 

「話せよ」

 

 こっちはあたしのよく知るホープアンドプレイ。あたしだけが子供の世界のまんまで取り残されているみたいな気がして、慌てて間に割り込んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。何の話? クレセントがどうかしたの?」

「ニブいヤツだな。誰のためにこんなことやってると思ってんだ」

 

 眉間にシワを寄せて、ホープアンドプレイがあたしの脚をつま先でつつく。

 

「ホープちゃんはね、ルピナスちゃんのことを心配してるんだよ」

「そういう言い方やめてよ。気持ち悪いな」

 

 芦毛のルームメイトはむずがゆそうに席を立つと、くるりと背中を向けてしまった。

 

「あはは……ルピナスちゃん、気になってしょうがないんでしょ。クレセントさんの脚のこと。——まったく、あなたは自分のことに集中しなさい。もうレースまであまり時間がないんだよ? ……なんて、トレーナーさんなら言うよね。きっと」

 

 トレーナーの口調を真似しながらクスクスと笑い声を漏らす助手の姿を見て、あたしはようやくどこかホッとしていた。それと同時に、別の不安が大きく膨らんでくる。

 

「ってことは、今日の怪我の話、あれはやっぱり嘘だったの?」

 

 もしかして、本当はもうレースには復帰できないくらいの怪我なのか。それでやけになって、あたしにあんなひどい捨て台詞みたいなことを言ったんだとしたら。ありえない、なんて言えなかった。あれだけプライドの高いレイアクレセントなら、一時(いっとき)そんな気を起こしても不思議じゃない。それに、あの時トレーナーは彼女を叱らなかった。逆上したあたしのことも叱らなかった。いつもなら、せめてどちらかには諫める言葉を寄こすはずのトレーナーが、黙って見ていた。ということは——。

 

「ううん、嘘じゃないよ。本当に、骨折は軽いものだったの。だから骨折自体はすぐに治るって。ちゃんと診断書もある」

 

 ()()()()()すぐに治る。その含みのある言い方に、あたしはすぐにピンときた。これ、病院でよく聞くやつだ。

 

「他に怪我があるんでしょ」

 

 口止めされているのかもしれないけど、あたしにはそんなことを気遣う余裕なんてなかった。だけどクラウンセボンは、意外なほどあっさりと頷いた。

 

「やっぱり」

「でも、引退ってわけじゃないの。そこは心配しないで」

 

 どんな怪我だろう。これまでの様子を考えると、爪割れ程度の軽いものじゃないはずだ。球節の炎症? それとも骨膜炎とか? 考えられることは他にもあるけど、あとはどれも考えたくないものばかりだった。

 

 クラウンセボンは一度立ち上がると、部屋の扉を開けて、誰も近くを通っていないことを確認するようにきょろきょろと廊下を見回した。それから音をたてないようにゆっくりと扉を閉じると、こちらに振り返って、あの低く大人びた声で語り始めた。

 

「別に、隠してたわけじゃないの。クレセントさんからも、黙っていて欲しいなんて頼まれてない。ただ、あのときは怖かったんだと思う。みんなの前で、この話をするのが。ここに来る前に、ちゃんとLANEで確認はとってる。トレーナーさんにも、クレセントさんにも」

 

 そう言って、クラウンセボンは小さく頷いた。

 

「だから、話すね」

 

 あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。クラウンセボンの口が開いて、それから音が聞こえてくるまでには、ほんの少しだけ、間があった。

 

「屈腱炎の前兆が見つかったの」

 

 屈腱炎。その響きは、まるで黒板に爪を立てた音のように、あたしの背筋を寒くさせる。

 

「……嘘だ」

 

 だって、レイアクレセントは誰よりも出走数を制限していた。トレーニングだって、脚の負荷をかけないように特別メニューを組んでいたし、走った後はみんなの倍くらい時間をかけて徹底的に脚のアイシングをしていた。あれでダメならどうしようもないくらいの対策をしていたはずだった。それなのに、どうして。

 

 頭を抱えるあたしとは対照的に、ホープアンドプレイはピクリとも反応せず、まだあたしたちに背を向けたまま、窓の外をじっと見つめていた。

 

「私、なんて言ってあげたらいいのかわからなかった。多分、トレーナーさんも同じ」

 

 そうなると、あの怪我の報告会での話は受け取り方が大分変わってくる。たしかに嘘ではなかったけれど、復帰を来年の夏以降にするのは決して大事をとった決断ってわけじゃない。そうしないと危険ってことだ。屈腱炎は、一旦発症してしまうと再発のリスクがとても高い。骨折なんかよりもこちらの方がよほど大きな問題だった。復帰に時間がかかるだけじゃない。次はない、と思った方がいいくらいの状態だ。絶対に悪化させないようにと慎重になるのは当然だった。

 

「ちゃんと、前みたいに走れるようになるんだよね?」

 

 あたしは急かすように尋ねた。

 

「もちろん。お医者さんもそう言ってる……でも、だから危険なの。前みたいに走れるってことは、それだけ負荷をかけられちゃうってことだから」

「そっか。そうだよね」

 

 きっとそれは、レイアクレセント自身だって理解している。でも、だからといって、脚を気にして力を抑えるようなことはきっとしない。リベンジの機会がくれば、誰がなんといおうと今回のように全力でレースに臨むはずだ。そうでなくちゃ勝利を手にすることはできないようなところで、彼女は戦っているのだから。再発、悪化。そのリスクは、元気になればなるほど、戦える状態になればなるほど高くなっていく。それはあまりに残酷なことだ。

 

「そんな風に見せまいとしてるけど、クレセントさんのショックは、かなり大きいと思う」

「……だろうね」

 

 そりゃそうだ。聞いてるだけのあたしだって、動悸がしてくるくらいのことだもの。と思う一方で、あたしは内心胸をなでおろしていた。起きたことはちっとも嬉しくないけれど、レイアクレセントのあの言葉の理由は、これでわかったから。きっと、ひどい絶望の中で、ほんの少し捨て鉢になってしまっただけなんだ。無駄に丈夫なあたしに、ちょっと恨み言のひとつも言いたくなっただけ。心が追い詰められれば、それくらい誰にだって起こりうること。あたしだって、同室の仲間にうっかり酷いことを言ってしまったことがある。あたしたちの関係性が壊れてしまったわけじゃない。

 

「でも、クレセントがこの話を、あたしたちに聞かせていいって言ってくれたのは、よかったよ。……よくないけど」

 

 そうだ。春先に脚部不安が発覚した時とは違う。あたしたちの距離はずっと近くなっている。チームメイトを橋渡し役に挟んではいるけれど、この弱みを見せてくれたことが、なによりの証拠だ。

 

「トレーナーさんと一緒にお願いしたんだ。みんな心配してたから。ルピナスちゃんと、クレセントさんのこと。二人とも頑固なんだもん」

「……ごめん。ありがとう」

 

 感謝と申し訳なさがないまぜになる。あたしがしっかりしていないから、トレーナーにも、親友にも、また面倒なことをさせてしまった。

 

「ルピナスちゃん、その気持ちは、ホープちゃんに分けてあげて欲しいな。このままじゃルピナスちゃんがかわいそうだって言ってくれたの、ホープちゃんなんだよ」

「おい、捏造するなよ。ボクはただ『ルピナスの気が散っててこっちも迷惑だ』って言っただけだろ」

 

 勢いよくこちらへ振り返ったホープアンドプレイの剣幕を、クラウンセボンはいたずらっぽく鼻歌を歌ってかわした。

 

「でも、今日すぐ来いって言ったのは本当でしょ?」

 

 あたしのルームメイトは、それを聞いた途端口をつぐんで、ベッドに寝ころんでしまった。口先でホープアンドプレイが負けるなんて、珍しい。ずいぶん丸くなったな、なんて冷やかしを付け加えてやろうかとも思ったけど、蹴飛ばされても嫌なのでやめておいた。

 

「実はね、怪我がわかった時、私ちょっと泣いちゃったんだ。……診療所で診断が出た時も。大変なことになっちゃったって思ったら、耐えられなくって」

「あたしも、バカみたいに何にも言えなくなっちゃってた。どうしていいかわからなくて」

 

 クラウンセボンは、そうだよね、と言って立ち上がると、身に着けたジャージの袖をピンと伸ばして見せた。その柄は、あたしたちのものとはもう違う。トレーナーからプレゼントされた、スタッフ用の特注ジャージ。「Pluto」と綴られたチーム名の刺繍が、誇らしげに光っている。

 

「だけどね、私は、それじゃダメなんだ。感情に任せて泣いてる場合じゃなくって、みんなのことを考えなきゃ。私はトレーナーさんの助手なんだから」

 

 そう語るクラウンセボンの姿は、晴れやかだった。だのに、それを見ていたあたしはどうしてか胸が締め付けられるような気がした。本当にいいのかな、それって、寂しいことじゃないのかな。そんな問いが、ぐるぐると渦を巻いていたから。

 

 トレーナーの助手、と一口に言うのは簡単だけど、それはつまり、トレーナーと同じ目線であたしたちのことを見ていなきゃいけないってことだ。肩書きを取り払えば、クラウンセボンはまだあたしたちと同じ学生なのに。

 

「そんな顔しないで。私、本当に嬉しいんだよ。だってこれは、私にしかできないことなんだもん」

 

 自分のベッドに座り込んだまま呆けたようになっているあたしの横に、栗毛のトレーナー助手はぴったり身体を寄せて腰を下ろした。

 

「私、みんなみたいに速くは走れなかった。だけど、いろんなことに気付ける目を授かったの。だから、ルピナスちゃんの力にも気付けた。自分の才能にも気付けた。おまけに、トレーナーさんは私たちの寮に立ち入れないけど、私ならどこにだって行ける。すごいと思わない? 私、みんなにも、トレーナーさんにもできないことができるの。それは、とても幸せなことなんだよ。……大変なのはお互い様。いまこうして、大好きなみんなのそばにいさせてもらえるのが、嬉しいの」

「ボン……」

 

 私の方こそ、親友にこうしてそばにいてもらえることが、どれだけ助かっているか。きっと、トレーナーだって同じことを思っているんじゃないか。このチームが動き出してから、ううん、きっとその前からずっと、あたしたちはクラウンセボンに支えてもらっていたんだと思う。それを伝えようと開きかけた唇に、大切な友達は人差し指を押し当ててきた。

 

「だめ。恥ずかしいセリフ、禁止。ルピナスちゃん、考えてることわかりやすいもん」

「ず、ずるい! いっつも恥ずかしいセリフ言ってんのはアンタの方じゃん! 大好きとかカッコいいとか!」

「私が言うのはいいの。ルピナスちゃんはダメー」

 

 こんなあたしたちの不毛なじゃれ合いは、ホープアンドプレイのため息で打ち切られた。

 

「ということで、クレセントさんのことは私たちに任せて。ルピナスちゃんは、ショコちゃんとの追い切りと、自分のマイルCSに集中してね!」

「わ、わかったよ」

 

 本当に、そうしないと。これだけ頑張ってくれている仲間のためにも、余計なことを考えている場合じゃないんだ。

 

 そんな決意を今一度固めていると、さっきまで勢いよくおしゃべりしていた栗毛の訪問者は、急にしおらしげな上目遣いで、ためらうような口調で話し始めた。

 

「ところで……今日、さ。泊めてもらって、いい?」

「え?」

「パジャマ、持ってきたから」

 

 見れば、どこに隠し持ってきていたのか、膨らんだスクールバッグがいつのまにか脚元に置かれていた。そういえば、外泊届を出してきたって言ってたっけ。

 

「いいけど、どこで寝る気なの」

「る、ルピナスちゃんが良ければ、同じベッドで……」

「いや狭いわ。ホープの方がスペースあるでしょ」

「バカ言うなよ。こっちに入ってきたら蹴飛ばすよ」

 

 ぎゃいぎゃいと言い合って、結局、その日あたしのベッドは、新人トレーナー助手に半分乗っ取られることになった。

 

 もしかして、本当はこれが狙いで来たんじゃないよね。……なんて、どうでもいいことを考えつつ、その日の夜は更けていった。

 

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