ストレイガールズ   作:嘉月なを

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#05-同じで、違う

「なんなの、あの子」

 

 昼休みの学食で、あたしはあの編入生のことで頭を抱えていた。

 

「あたし、あの子とうまくやっていける自信がないよ」

「まあ、ちょっと難しい子かもね……」

 

 クラウンセボンも、山盛りのカツカレーをほおばりながら苦笑いした。一緒に悩んでくれているはずなんだけど、絵面のせいで全然真剣に見えない。

 

「考えすぎじゃない? ちょっとシャイなだけよ。きっと」

 

 一方のパレカイコは、そんなのんきなことを言いつつ、食後のデザートに舌鼓を打っている。

 

「そうかな。シャイっていうのとは違ったよ。あの子の目、カイは見てないでしょ。すっごい怖かったんだよ。ねえ、ボン」

 

 思い出すだけで悪寒が走る。あれは恥ずかしいとか緊張とか、そういうのじゃなかった。あの瞬間、ホープアンドプレイはあたしのことを「敵」とみなしていたんだ。そういう目をしていたもの。

 

「うーん、でも――」

 

 クラウンセボンは他にも思うことがあるみたいだった。

 

「私はむしろ、ホープちゃんの方が怖がってるって思ったな」

「そうなの?」

 

 あたしが聞き返すと、クラウンセボンは口の中のカツを飲み込んで、うなずいた。

 

「うん。たしかにすごい顔してたけど、あれは多分、怒ってたんじゃなくて、怖がってたんだと思う」

「どういうこと?」

「なんて言えばいいのかな。『やっつけてやる』っていうんじゃなくて『助けて』って言ってるみたいだったの。ルピナスちゃんは、そう感じなかった?」

 

 あたしにはよくわからなかった。でも、そう言われると、そうなのかなという気がしてくる。あたしとは違って、クラウンセボンはいろんなことによく気が付く子だから。

 

「とにかく、ホープちゃんは別に、ルピナスちゃんのこと、嫌ってるわけじゃないと思うな」

 

 クラウンセボンは、やけにはっきりと言い切った。根拠があるのか、ただのお人好しなのかはわからないけど。

 

「ふたりとも、午後はあの子とチームで一緒に練習するんでしょ? あとで詳しく聞かせてね」

 

 二杯目のパフェを平らげたパレカイコがウインクを送ってくる。そういえば、午後からはトレーニングの時間だ。このあいだまでチームが決まっていなかったあたしたちは、ずっと教官の合同トレーニングに参加していたけど、今日からは違う。チームごとの特別な練習に参加することができる。それはつまり、あのホープアンドプレイと一緒に練習するということだ。

 

「うん、楽しみにしててね」

 

 クラウンセボンはそう言ったけれど、あたしには、不安の方が大きかった。

 

「さて、おかわりをもらってこようかな」

「ボン、その辺にしときな」

「ええ? まだ私全然いけるよ」

「そういうことじゃなくて」

 

 あたしは時計を指さした。そろそろお昼休みも終わる時間だ。クラウンセボンはたくさん食べるけど、別に早食いなわけじゃない。満足するまで食べさせていたら、いつ終わるかわかったもんじゃない。

 

「じゃあカイ、あたしたち行くね」

「行ってらっしゃーい」

「あー、せめて食後のプリンだけでも食べさせてー」

 

 見送ってくれるパレカイコに手をふりつつ、デザートへの未練を垂れる友人を引きずりながら、あたしは昼下がりの食堂を後にした。

 

「あーあ、こんなことなら、購買でパンでも買っておくんだったな」

 

 ジャージに着替えて、集合場所の森林バ道入口へと向かう道中、クラウンセボンはまだ恨めしそうな顔をしていた。

 

「あれだけ食べて、お腹壊さないのが不思議だよ」

「そう? 私はルピナスちゃんの方が心配だな。相変わらず全然食べないじゃない」

「アンタと比べりゃ誰だって少食だっての」

 

 とは言ったものの、実際あたしはウマ娘としてはかなり食が細い。毎食10人前は余裕で平らげるクラウンセボンは特別としても、他のウマ娘たちだって、みんな2人前3人前はあたりまえ。それなのに、あたしは精々、その半分で満足してしまう。母さんからも、あたしはもっと食べる量を増やさないといけないと言われてたっけ。

 

「これって、あたしが」

「ルピナスちゃん、食事トレーニングなら、いつでも付き合うからね!」

 

 いけない。余計なことを考えるところだった。

 

「ばーか、アンタがもっと食べたいだけでしょ」

 

 そう言って、あたしはなんとか笑うことができた。

 

 

 森林バ道は、トレーニング用トラックコースの外側にある。トラックからも離れているし、教官の合同練習でも使われないから、あたしたちはあんまりここへ来たことがない。それこそ、新入生のオリエンテーリングで歩いたあとは、二、三度使ったくらいだろうか。おかげで、ちょっと新鮮な気持ちになれる。

 その入り口でトレーナーを待つ間、あたしたちはあの編入生のことを話し合っていた。

 

「あたし、さっきから考えてたんだけどさ」

「なにを?」

「あの子、どうしてあんなに、その、ムキになってたんだろって」

 

 あたしはやっぱり、どうしてもあの時のホープアンドプレイの態度が引っかかっていた。あたしにだって、自分の生まれを他人に触れられたくないっていう気持ちが理解できないわけじゃない。でも、それだけであそこまで殺気のこもった目を向けてくるなんて、ちょっと普通じゃないと思った。

 

「ものすごくいじめられたり、バカにされたりしたのかな。あたしが経験したことないくらい」

「……そうかもしれないね。イヤな人って、どこにでもいるものだから」

 

 もしそうだったら、あの子にとってあたしは、ひどく無神経なヤツに思えただろう。もちろん、あたしの想像が間違っていて、ただ虫の居所が悪かっただけなのかもしれないけど。

 

「もやもやするなあ、本人に確かめたいけど、また怒らせちゃいそうだし」

「いまはもう、ルピナスちゃんも同じ生まれだってわかってるから、次は少し違うかもしれないよ」

「そうだといいな。せっかくクラスメイトになって、チームメイトにもなったんだしさ――あ」

 

 そこであたしの目に、芦毛の少女の姿が映った。ホープアンドプレイだ。使いこまれたあたしたちのジャージとは違って、真新しいジャージに身を包んだ、小さな小さな編入生。これまた新品のシューズをトントン鳴らしながら、トラックコースと森林バ道をつなぐ小径(こみち)を通って、こちらへやってくる。そのとなりには、あのトレーナーの姿があった。

 

「トレーナーさん!」

 

 クラウンセボンが愛想よく手を振る。トレーナーは手を振り返してくれた。ホープアンドプレイの反応はなかったけれど、特に不機嫌そうな様子もなく、そのままあたしたちの目の前までやってきた。

 

「お待たせ。ちょっとこの子にいろいろ説明してたら、遅くなっちゃってね」

 

 トレーナーはそう言って、ホープアンドプレイを見た。

 

「ホープには、あなたたちに挨拶しとくように言っておいたけど、どうだった? ちゃんと挨拶、済んでる?」

「あ、うん。まあ、とりあえずは」

 

 あたしはどぎまぎしながら答えた。一応済んでると言えば済んでるけれど、ちゃんとしていたかと言われると、自信が無い。あれ、挨拶の中でも結構ダメな方じゃなかったかな。ちらりとホープアンドプレイの様子をうかがうと、さっと目をそらされた。うん、気まずいな、これ。

 

「ホープ?」

 

 その微妙な空気を、トレーナーも感じ取ったらしい。

 

「……もしかして、何かあった?」

「えーと」

 

 今度はクラウンセボンがあたしの方を見た。多分「私が話そうか?」っていう意味だ。実際、そうしてもらった方が楽だけど、これはあたしの問題。あたしは首を横にふった。ちゃんと自分の口で言わなきゃ、と思ったから。

 

「あたしが、その子に『ヒト生まれって本当か』って聞いたの。そしたら、ちょっと険悪な感じになっちゃって」

 

 するとトレーナーは、小さく「ああ」とつぶやいて(ひたい)に手を当てた。なんとなく、トレーナーも想像していたことらしかった。

 

「もう噂になってるんだね。この子もヒト生まれだってこと」

 

 その様子を見るに、案の定、この話はホープアンドプレイにとって地雷だったみたいだ。

 

「あの、あたし別に悪気があったわけじゃなくて。ただ、あたしと一緒だったら嬉しいなと思って」

「わかってる」

 

 あたしの弁明に答えたのは、トレーナーではなくホープアンドプレイだった。

 

「わかってる。もういいよ。もう気にしてないから」

 

 それは許しというよりも、打ち切りだった。

 

「……とりあえず、歩こうか」

 

 トレーナーの提案に、あたしたちは従うことにした。

 

 

 春風が通り抜ける森林バ道は、記憶の中にあったものよりもずっと爽やかで、歩いていて気持ちが良かった。トラックコースで走っているとなかなか聞こえない鳥のさえずりや、木々のざわめきが、あたしたちの耳をくすぐってくる。

 

「私はね、あなたたちくらいのころ、体操やってたんだよ」

「体操って、準備運動のあれですか?」

「違う違う、器械体操。ほら、平均台とか、段違い平行棒とか。テレビで見たことない?」

 

 トレーナーとクラウンセボンがそんな風におしゃべりをしている後ろを、あたしとホープアンドプレイは一緒に並んでついていった。並んではいるけれど、お互いにうつむいたまま、一言も言葉を交わさない。正確には、()()()()()でいた。ときどき、トレーナーはこちらへふり返ってくる。でも、何も言わない。それでいいと思った。あたしたちの関係は、だれかに手助けしてもらっちゃいけないような気がしたから。

 

「あ、えーと、あのさ」

「なに」

 

 恐る恐る声をかけると、ホープアンドプレイはこちらに見向きもせず、声だけで答えた。なにと言われても、沈黙に耐えられなかったから声をかけただけで、特に話すことなんてないんだけど。困ったな、下手なこと言ってまた怒らせても嫌だし。そう思っていると、あたしのそんな迷いを見透かしたかのように、ホープアンドプレイが口を開いた。

 

「そんなにビビらないでよ。ボク、噛みついたりしないよ」

 

 噛みつきゃしないかもしれないけど、すごい目で睨んでくるじゃん、とは言えなかった。

 

「さっきはボクも悪かったよ。睨んだりしてさ」

「あ、あたしこそ」

 

 その言葉に、あたしは少しほっとしていた。よかった、少なくとも話は通じる子みたいだ。さっきまではとりつく島もないような感じだったけれど、歩いているうちに落ち着いてきたのかな。

 

「別に、キミがあんまり困ってるみたいだから、かわいそうになっただけだよ」

「えっ」

 

 あたしはびっくりしてしまった。今考えていたこと、口には出してなかったはずなのに、まるで思考を読んだみたいに返事してきたからだ。思えば、さっきからずっとそんな感じだった。もしかしてこの子、超能力者かなんかなのか。そうだといわれてもあんまりおどろかないけど。なんか雰囲気が普通じゃないし。

 するとホープアンドプレイは、あきれたようにひとつため息をついた。

 

「キミ、考えてること全部顔に出てる。損するよ」

 

 それで超能力のタネがわかった。わかったけど、わかってみると恥ずかしい。

 

「別に損なんかしてないもん」

「そりゃ良かったね」

 

 決して気持ちのいいやりとりじゃなかった。でも、きっかけとしては十分。あたしは今度こそ、話したいことを話しかけられるようになった。

 

「ねえ。もし嫌だったら、答えてくれなくても全然いいんだけどさ」

「なに」

「――やっぱり、これまで嫌なこと、いっぱいあったの? その、生まれのことで」

 

 返事はすぐには返ってこなかった。

 

「あたしもさ、いろいろあったんだ。ランニングスクールの入所を断られたりさ。あたしより足の遅い子は通わせてもらってたのに。ひどくない? トレセン学園に来てからも、いろんなトレーナーから『ヒト生まれはいらない』なんて言われてさ。……だからあたしも、わからなくはないんだ。生まれについて話すのが、嫌になっちゃう気持ち」

 

 あたしはドキドキしながら、あれこれと思いつくまま、早口で付け加えていった。返事を待ちきれなかったからなのか、相手の機嫌を損ねるのが怖かったからなのか、それはあたし自身にもわからない。

 

「もしかしたら、アンタもそういうこと、あったんじゃないかって。同じ、ヒト生まれだから」

「同じじゃないよ」

 

 あたしのまくしたてを黙って聞いていたホープアンドプレイが、そこではじめて、あたしの言葉を打ち消すようにぴしゃりと言った。

 

「え?」

「同じじゃない。キミとボクは同じじゃない」

「どういう――」

「キミも、ボクも、ヒト生まれ。それはたしかに同じだけど、キミはボクとは違うウマ娘。そうでしょ」

 

 そりゃそうだ。でも、それはあたしが言いたかったことと別に矛盾する話じゃない。あたしは(ひる)まずに言い返した。

 

「だから、知りたいんじゃない。同じじゃないから、知りたいの」

 

 ホープアンドプレイは意外そうな顔をして、目をぱちぱち瞬いた。この言葉は先読みできなかったみたい。あたしはその勢いのままに抱えている思いをぶつけた。可能な限り、ストレートに。あたしの性にはそれが合ってる。

 

「あたし、アンタのこと、もっと知りたい。同じヒト生まれなのに、あたしとは全然違うから」

 

 そう、この子はあたしと全然違う。背丈や毛色のような見た目から、冷めた態度に、抑揚の無いしゃべり方。そして、周りのもの全てを疑うようなその目つき。何もかもが違いすぎる。

 こうしている今も、ホープアンドプレイはあたしを疑いの目で見ている。こいつは自分の敵かもしれない、いつでも反撃してやると、身構えるような目で。

 

「ボクのことを知って、どうするの」

「どうもしないよ。ただ、知るだけ。そうだな、知ったら、アンタのことを好きになるかもしれない」

「嫌いになるかもしれないよ」

「知らないことは、それ以下だもん」

 

 ホープアンドプレイはそれ以上言い返してこなかった。何言ってるんだこいつ、とでも思ってるのかな。でも、これがあたしの真っ直ぐな気持ちだった。実のところ「知らないことは、嫌うこと以下」ってのは、母さんからの受け売りなんだけど。

 

「ふたりとも、トラックの方に行こう」

 

 そこで、トレーナーの声が聞こえた。気づけば、あたしたちはいつのまにか森林バ道を端まで歩ききっていた。トレーナーの隣で、クラウンセボンがにこにこと手を振っている。ホープアンドプレイは黙ったまま、速歩(はやあし)でトレーナーの方へ駆け出していった。

 なんだ、話が途中で終わっちゃったな。聞きたかったこと、まだ全然聞けてないのに。あたしがそんなことを考えていると、ホープアンドプレイがくるりとこちらへふり返り、さっきまでより少し大きな声で、言った。

 

「キミはやっぱり、ボクと違うね」

 

 そこに、ずっと横たわっていた冷たさはなかった。ホープアンドプレイは少しためらうようにして、それからもう一度口を開いた。

 

「ボクも、知りたくなったよ。キミのこと」

 

 あたしの肩が、すっと軽くなったような気がした。




登場人物-No.05【パレカイコ】誕生日 3月18日
身長 170cm/体重 増減なし/BWH 92-60-87
毛色 黒鹿毛/靴のサイズ 両足25.5cm
 父がアメフトのスター選手、母はアメリカGⅠウマ娘というスポーツエリート。小学生のとき日本にやってきた。父譲りの褐色の肌を持つ。実力も学年トップレベルで、名門チーム《カペラ》に所属している。寮ではクラウンセボンと同室。


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