プロローグ
「出ていきやがれ! このゴミが!」
「おぶっ!」
なんか前世の記憶を取り戻した。殴られた時に。
殴られた衝撃で思い出すって普通逆じゃないのか。とは言っても断片的にしか思い出せてないけど。
「ゔっ……ぐぅ」
「二度とその顔見せんじゃねぇ!」
肩を怒らせて男が扉の内側に入っていった。
あ、はい。そこに転がってるのが私です。種族はペッロー。ぴんと立った耳がチャームポイントですよ。
名前はエレノア。年は今年で8かな? まぁ、でも前世も合わせたらどうなるかは知らない。思い出した記憶はほんとに断片的だから。
先程自身が感染者だと父親にバレて叩き出されました。何という理不尽。でも鉱石病はそれだけ忌み嫌われるもの。そういうものらしい。
世知辛れぇ…… なんだこの世界は……!
まぁ、それはさておき。これからどうしましょうか?
◆
「あー、ほんとにどうしよう」
現在表通りの端を隠れるように歩いております。一般人に鉱石病患者だとバレれば何されるかわかったもんじゃないからね。仕方なし。
一旦現状を整理してみよう。
家なし、(最早)家族なし、行く当てなし。
どうしろと!? こちとら8歳(肉体年齢)じゃけえ!
ハァーどうしよ。喉乾いてきた。
「あー、……ん?」
ふと大通りの脇にある隙間のような路地裏に何か見つけた。
見ればそこにいたのはボロボロの小さな子供。頭の耳を見るにフェリーンかな? 服はほつれて、汚れている。ちらっと手足が見えたけど、痩せて枝の様だった。
なんでこんなところに? その疑問はすぐに解消されることとなった。膝を抱えて座り込むその肩に源石が見え隠れしていた。
「あー……」
身に覚えがありすぎる。おそらくこの子も感染がバレてどこかから叩き出されたのだろう。年齢もそう離れてなくて6歳かそこらだろう。こんな小さな子供にまでこうとか、この世界過酷過ぎやしないか?
フェリーン特有の耳はぼさぼさの毛で覆われ、毛先は固まっていた。
「ん、うーん……」
道をゆく大人たちは気づいて居ない。しかしそれも時間の問題だろう。誰かに見つかり、いつかは
「うーん……うーん……」
蹲る手足は僅かに震えていた。
「うん! 決めた!」
何を悩むことがあるだろうか。目の前で小さな子が一人で蹲っているのだ。見て見ぬふりは大人(精神的に)としてダメだろう。
そうと決まれば小さな体を生かして、するりと路地に入り込む。そうしてその少年の横にどっかりと腰を下ろした。
◆
とある日を境に僕を取り巻く状況は最悪になった。
覚えているのは僕の肩を見た人たちに酷く殴られたこと。
『感染者が』『この街から出て行け』『なぜこんな所に居る?』
わからないよ、わからない……
肩に石が出来るといつもはありつけていた残飯にもありつけなくなった。
食料を分けてくれていた人も、その石を見つけると酷く叩いてきた。
いたい、いたい……
そうして何日もまともなものにありつけず、土を食べてみたけどすぐに吐き出してしまった。
何日も食べてない体は酷くふらふらとして、力が入らなかった。
誰もいない場所を探して、座り込んでしまうともう動けなくなってしまった。
ここはどうやら大通りのすぐ近くのようだ。賑やかな雑踏がこの暗い路地にも聞こえてきた。
笑い声、小さな子の笑い声。低い大人の声。優しい女の人の声。
みんなみんな聴こえてきた。そのどれも違っていたけど、どれも楽しいそうな声だった。
ここには僕だけだ。この狭くて暗い路地はひどく静かだった。
ここと向こう側はきっと世界が違うんだろう。僕は
だんだん目がぼやけてきた。寒い。手が震える。
あぁ。きっと僕はここでしぬんだろう。ここで終わりなんだろう。ここで一人で冷たくなって行くのだろう。
──ーハハハ。 キャッ、キャッ……
なんだか聞こえてくる雑踏がなんだか無性に悔しくて。もう一秒だって聞いてたくなくて、僕は膝の間に頭を
「よーう! 少年。どうしたんだい、そんなに頭抱えてさ」
いきなり隣から明るい声が聞こえてきた。
びっくりして顔を上げるやいなや、その声の主は僕の隣にすとんと腰を下ろした。
「もしかして行くあてがなくなっちゃったのかぁ? 実は私もなんだよ! つい、さっきね!」
ぽかんとしてすぐ隣にいる少女を見上げると、表情豊かにいかにも困ったという顔をしていた。少女の頬は殴られた痕のように腫れていた。
その顔を見ていた視線に気が付いたのか、少女は表情を戻すとこちらを見つめ返してきた。
──綺麗な子だな、と思った。蒼い空みたいな髪と目をしていた。きらきらと輝いても見えるその瞳が暗い路地で何より輝いて見えた。
すっ、と少女が正面に移動した。少女はこちらを見ている。僕も見ていた。
──一体何をされるんだろう。
でも、何をされてももういいか。
若干の諦めと少しの不安を持って少女を見つめていると──
不意にぎゅっと抱きしめられた。
「えっ?」
思わず困惑の声が漏れる。ふわりと優しいにおいがした。
「よく、頑張ってここまで生きたなぁ。えらいぞ、えらいぞー。……ここまで辛かったな。苦しかったよな。……よく、頑張った」
そう言って優しい手付きでゆっくりと頭を撫でられた。
えらい、えらい。と撫でられるたびに優しく言われた。
「あ、……あぁ……ぇ?」
「もーだいじょぶだぞー。ここからはわたしが付いてるからなー?」
無意識に手が伸びていた。それに気がつくと目の前の少女は少しだけ抱きしめる力を強めた。
「ぅ、……うぁ……」
決壊した。何かが決壊した。声をあげて泣いた。縋り付いて泣いた。久しぶりに触れた人の手はとても暖かくて心地よかった。
◆
泣き止むまでずっと背中をさすってくれていた少女はエレノアと名乗った。
「さぁて、よし! 行こっか!」
どこへ? と尋ねると少女──エレノアはニッ、と晴れ渡るような笑顔でこう言った。
「何か美味しいもの食べに行こう!」
そう言って手を差し出してきた。
その手を僕は──
◆
『人生において最も喜ばしい時は、善き人との出会いである』
そんな言葉を昔聞いた覚えがある。感染者になる前の事だった。テレビか何かで流れていたのを偶然聞いただけでその時は聞き流していたのだが。
美味しいものを一緒に食べに行こうと言っていたが、感染者である自分達が入れる店なんてないはず。一体どうするつもりなのか。そう不思議に思っていると、彼女は通りの店からケーキを堂々と強奪してきた。空いた口が塞がらなかった。
『さっ! 行くよ!』
そう言ってケーキを抱えて走る彼女を当時は死ぬ気で追いかけたものだ。
これは余談だが、その時は何となくでしか感じておらず、
いや、頭は悪くない。悪くないのだ。実際、何処で学んだのか計算だったり、火を大きくする方法だったり、色んなことを教わった。そしてもうすぐ12にもなろう今でも教わっている。
なのに……なのに、だ。
考えても無駄だと思ったことに関しては突撃を解決策と考えているし、あらゆることを想定して動いてると思ったらいきなり直感で動き出す。
たちが悪いのが、その直感だったりのおかげで何度か助かったことがあるということだろう。本人に言ったら調子に乗るので絶対に言わないが。
「うわっ! ラスティ、この根っこ食べれるかな!?」
「……正気か? この前の形がおかしい木の実食って頭やられたんじゃないか?」
「ちょっと! 仮にも私ラスティよりも歳上なんだけど!? どーしてそんな事言うようになっちゃったわけー!?」
「アンタに付き合ってれば嫌でもそうなる」
ぐぬぬ、と唸りながらエレノアは手に持った紫色の根っこを渋々置いた。
あの移動都市を飛び出してきて数年。各地を転々とし、時に食料を分けて貰い、奪い、またある時には交渉をして、なんとか生活を続けていた。
「おーい、リーダー。あの都市の警邏の穴見つけたぞー」
「本当? ならその隙間に合わせて入ろっか。くれぐれも無闇な戦闘は避けてね」
「はいはい、分かりましたよーっと」
「“はい“は一回!」
その途中でエレノアが助けた感染者も何人か加わって、その度に先陣を切っていたアイツはいつしかリーダーと呼ばれるようになっていた。死にかけた事も一度や二度ではない。軍に見つかり処分されそうになったり、牢屋に殴り込みを掛けて保安警察に追いかけ回されたり。そんな目に合ってもアイツはずっと手を伸ばし続けた。『どこにも行く所がないなら、一緒に行こう?』と。
莫迦な話だ。最初は戦う力なんてなかったのにいつの間にか
『みんないい子だからね! それにとっても可愛い! 助けなくちゃ!』
莫迦じゃないか。
…………
「ちょっと、ちよっと! ラスティ、話聞いてた?」
「聞いてない」
「……こんのクソガキ」
いつの間にかエレノアはいつもの分厚い布のような戦闘着を着て先に進んでいた。考え事をしていた自分は一人だけ遅れているようで呆れ顔のエレノアがこちらを見ていた。
「後で絶対お説教ね。……ん!」
見てみればわざわざ少し戻ってきたエレノアが手袋で包んだ手を差し出していた。仲間達は少し離れた所でこちらを見ながら待っていた。
意図が分からず手を見つめていると、焦ったかったのかエレノアは強引に手を取った。
「さっ、行こう!」
「……あぁ。行こう」
そもそもアイツは最初から何にも変わってやいなかった。
◆
「そういえば、この前食料を分けて貰った村で聞いたのだけど、感染者を連れて回ってる一団がいるそうよ」
「そうなのか。その話が本当なら助力を願いたいな。この大地でそれが出来ているということは何か力を持っている筈だから。……それにしてもまた村まで行ったのか? この前行ったばかりじゃないか」
「それとこれとは別よ。果物は人の体においてとっても大事なんだから」
「はいはい、分かったから。ならもう暫くは大丈夫だろう?」
「もうっ、タルラは心配症なんだから」
「……うるさい」