レユニオン幹部が1人、アルサシアン!   作:調味のみりん

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これを見ているあなたが少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

では。




ハッピーなショッピング?

 目の前には、見上げるほどのビルが立ち並んでいた。それら一つ一つが中で稼働し、この街の多くを造っているのだと分かった。

 

 

 はい、私(変装中)です。

 

 

 タルラちゃんに頼まれてここまでやってきました。いやー、とんでもない都会ですね、シラクーザ。いま歩道の端からビルを見上げているんですけどすっごい、高い。見上げる首が痛くなりそうです。

 

 ずっとそうしていたので少し変な目で見られ始めましたね、やめやめ。今日の私は仕事があるのですから。そう、情報を受け取ってくるという仕事がね。

 

 

「ふふふ……」

 

 

 エレノアが腰に手を伸ばすとそこにはずしりとした重さの袋があった。それは情報を受け取るために必要になるであろう資金であり、タルラから少し多めに受け取ったものだった。

 

 

「まっておれ、裏社会。私が情報をぶんどってやりますよ……へへへ」

 

 

 エレノアが意気揚々と歩みを進める先には、大通りから外れた路地。鬱屈とした雰囲気を浮かべるそこへ、迷う事なく進んでいった。気分はさながらマフィアのボス、悪い笑顔を浮かべていた。

 

 

「わははははー!」

 

 

 ◆

 

 

「くすん……くすん……」

 

 

 数時間後、歩道に設置されたベンチには膝を抱えて座り込む蒼髪のペッローの姿があった。

 そこは人通りも疎らであり、すすり泣く声を出す少女に声をかけるものは居なかった。

 

 

「しぼり取られた……。こてんぱんだ……うぅ……」

 

 

 ベンチの脇に投げ捨てられるように置かれたのは布の袋。たった数時間前まで膨らんでいたそれは、ぺしゃんと潰れていた。

 

 ひとつ弁明をしておくのならば、エレノアはあまり損得の絡んだ交渉が得意では無い。つまり、結果から言えば情報は受け取れたが、ほとんどお金を巻き上げられたのだった。

 

 

 

「お金がない……わたしは、おかねが、ない……」

 

 

 ◆

 

 

「よしっ! 気分転換!」

 

 そんなエレノアにも、切り替えが早いという美点がある。せっかくシラクーザという都会まで来たのだから、色々と見て回ろうとベンチから立ち上がった。

 

 迎えのレユニオンの人員が来るのは、今日の夜。日が暮れてしばらくしてからシラクーザの郊外で落ち合う予定だった。元々早い時間帯に情報を取引していたので、エレノアには数時間たっぷりと余裕があった。

 

 

 ◆

 

 シラクーザの商業が盛んな地区には多くの店が立ち並び、華やかな街を作り出していた。食料品を売っている店もあれば、香水専門の店までバリエーションも豊富だった。

 

「お、おぉ……!」

 

 それらに目移りをしながら、エレノアはシラクーザの堂々と街を歩いていた。そもそもが、今回エレノアに情報受け取りの白羽の矢が立ったのは隠せば感染者とバレないからである。

 

 

 あまり警戒を抱かせるような見た目をしておらず(装備を着けてない状態で)、肩に出来た源石を隠せば見た目から感染者と疑われず、そして単騎で逃走が可能な戦闘力がある。

 

 

 エレノアが選ばれたのも当然と言えるだろう。

 

 

「あっ」

 

 

 その中でエレノアが足を止めたのは小さな雑貨屋の前だった。店の外に飾られたいくつかの商品のうち、エレノアは透明な小瓶に目をつけた。手のひらで包めるほどの小さなそれは、あまり買われていないのか木の籠にいくつかまとめて入れられていた。 

 

 

「けっこう頑丈だなぁ」

 

 

 手に取ってみれば、硬い感触が耐久性を伝えてくる。そっと籠に戻すと、エレノアは服の内側から紐で吊るした小瓶を取り出した。それはエレノアがずっと持ち続けているものであり、小瓶は薄汚れていた。細かい傷がいくつも入り透明だった容器が曇ってしまっている。そうして一番問題なのがその瓶にヒビが入っているという事だった。前に指摘されて初めてその事に気が付いたのだが、成程。光にかざすように持てば、エレノアの視力でもヒビがしっかりと確認できた。出来る事ならここで買い替えてしまいたいが──

 

 

「買えないんだよなぁー、私は……」

 

 

 すっからかんとなってしまった資金を思い出し、ため息を漏らした。

 

 

 ──ぇ

 

 

 無一文のエレノアには、ただ商品の小瓶を眺めることしか出来なかった。

 

「……ぇ、……ねぇってば……」

 

 籠に付けられた値札を指でなぞれば、比較的安いその金額がひどく高価に思えた。あんまりなエレノアの様子に店主は店の中から困った顔でエレノアを見ていが、エレノアは全く気が付いていない。

 

「ねぇ! そこの君!」

 

「うぇっ!? わたし?」

 

 ふと声をかけられて、振り向く。するとそこには茶髪の少女がエレノアを覗き込むように立っていた。

 

「そう、そう。さっきからずっと悩んでいたから気になっちゃって……あ! ごめんね! 名前言ってなかったよね」

 

 呆気に取られた様子のエレノアを見て、ヴァルポの少女はあわあわと弁解をし出した。あんまりにも突然だったのでエレノアはフリーズしたままだ。

 

「あたしはアンジェリーナ、もしかして、ソレ欲しいの?」

 

「え? あ、うん」

 

 ずっと籠の前にいた為に目をつけられたのだろうか。それとも早くどいて欲しいのか。こういった場所にあまり慣れていないエレノアには判別が付かなかった。結局考えたところで質問の意図が掴めず、エレノアは生返事を返すしかなかった。

 

「よしっ、じゃあ少し待っててね!」

 

 ヴァルポの少女は値札を一瞥するとひょいとひとつ掴んで店の中へ入ってしまった。エレノアはただそれを見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 奢られてしまった。女の子に。

 

「そう、それでね──ってことがあって」

 

 エレノアはアンジェリーナと名乗った女の子に、クレープを奢ってもらい近くにあったベンチで仲良く座って食べていた。エレノアの脇に大切に置かれた紙袋には先程の雑貨店の小瓶が入っていた。

 

「それで友達が先生に怒られちゃって」

 

「アハハ! やんちゃな子なんだねぇ! ……ん? 先生? もしかしてアンジェリーナって学生?」

 

「え? うん、高校生だよ」

 

「へぇー! そっかー!」

 

 エレノアはクレープを食べながら話を聞いていたのだが、思わぬ話題が出たのでアンジェリーナの方を向いた。

 

「どう? 学校は楽しい?」

 

「うん、大変なこともあるけど楽しいよ」

 

「いいねぇ」

 

 突然そんなことを聞いてきた蒼髪の少女にアンジェリーナは僅かに違和感を抱きつつ答えた。並んで座っている彼女をちらりと伺うように見てみれば、クレープを夢中で美味しそうに頬張っている。その姿に顔に思わず頬が緩む。そこで、ひとつの懸念に思い至った。

 

「もしかして、エリーは学校に行けてないの?」

 

 なるべく気を使わせないように、かと言って無遠慮になり過ぎないように。どんな答えが返ってこようとも絶対に傷つけるような事は言わないよう細心の注意を払いながらアンジェリーナは隣の少女へ尋ねた。まだ少ししか話したことのない少女だったが、彼女の明るい性格は話していてアンジェリーナは楽しかった。だからこそ、何かあるなら聞いてあげたいと思ったのだった。

 

「……いや、行けてるよ。わたしの学校ここから遠くてさ、アンジェリーナの行ってる学校が気になっただけだよ」

 

「そうなんだ」

 

 エレノアはいたって普通に答えを返した。嘘をついたからなのかクレープがいやに甘く感じられた。

 

 

 ◆

 

 

 アンジェリーナは華の高校生だったか。どうりでこんなに眩しく見えるわけだ。多分これはアンジェリーナの優しさの具現化だな。後光が差して見える。なむなむ。

 

 最初に声をかけられた時は、なんだ新手の詐欺か、と思ったが本当の本当に優しくていい子だった。一瞬でも疑った私を許してくれ、メロス……いやアンジェリーナ。結局ほいほいと流されるままに、雑貨店の小瓶と、移動式屋台のクレープまでご馳走になってしまった。私はすこし自分が情けないです。

 

 

 横を見れば、アンジェリーナが楽しそうに色んな話をしてくれる。話し上手なのか話題がなかなか途切れることはない。ノヴァちゃんはすぐに黙っちゃうのにね。それも良いんだけど。

 

 

 あれ……待てよ? アンジェリーナは高校生って言っていたよな。高校生って人にこんなにほいほいと奢れるか? 確かに彼女はとてつもなく優しいハイパーJK(個人的感想)だが、それとこれとは別の話だ。私の知識だと高校生というものは万年金欠なものだ。お金があったとしても貯めてあるやつで、大抵それは何か本人がやりたいことの為のお金である。

 

 

 

 たらりと、冷や汗が流れるのを感じた。

 

 

 

「ね、ねぇ、アンジェリーナ。本当は何か買うものがあったんじゃないの? あぁ、勿論わたしに買ってくれたことはすっごく嬉しいよ! で、でもなんかこう、違和感というか私の勘というか……」

 

「気にしないで、気にしないで! ちょっと今日はお金に余裕があっただけだし。それにあんな悲しそうな顔してる子ほっとくなんて無理な話だよ」

 

「そんな顔してたかなぁ!? ……いやいやいや、でも、ね。ほらアンジェリーナ話してる時の雰囲気も少し引っかかるというか。いや、絶対に何かあったでしょ。もし言いづらくなかったら聞かせて欲しいなぁ」

 

 

 ◆

 

 結局、エレノアがあの手この手で説得するとぽつりぽつりとアンジェリーナは話してくれた。まとめるとこのようになった。

 

「つまり、アンジェリーナはお父さんに誕生日のプレゼントを買おうと思ってたけど、色々あってケンカしちゃったと。それで今も顔を合わせづらい」

 

「うん、そう。今まではあんまりこういう事は無かったんだけど、パパも意固地になってて……」

 

「うんうん」

 

 

 やっと謎が解けた。あのお金はお父さんの為に貯めておいたものだったか。何か後ろ暗い事があるのかと思ったら、なんだ凄くいい子じゃないか。許してくれ、アンジェリテゥス。いや……ほんとに変に邪推してすみません……。

 

 

 おや? ではそのお金でクレープまで奢って貰った私って……? 

 

 

 いやいやいや、もうそれは貰った物だし。感謝の気持ちを申し訳なさで上書きするんじゃない。それこそアンジェリーナに失礼に当たる。私が出来るのは、そうだな。話を聞いてる感じだと、アンジェリーナとそのお父さんはお互いを大切に思っている。すこし、仲直りの手伝いでも出来たらいいな。

 

 

「そろそろ陽が沈むから、帰ろっか。アンジェリーナも女の子なんだから暗くならないうちに家に帰ろう?」

 

「えー、あー……。あたしはもう少しここに居るよ。家にパパが居て少し気まずくって」

 

 そう帰宅を提案したエレノアにアンジェリーナは苦笑いで答えた。それを見たエレノアは少し考えた後ごく自然に、尋ねるように呟いた。

 

「ねぇ、アンジェリーナ。お父さんのこと、嫌い?」

 

「えっ? そんな事ないよ! パパは時々厳しいけどとっても優しいし。……最近はなんだかうまくいってないけど……」

 

 不意打ちのような質問にヴァルポの少女は目を丸くして、慌てるように答えた。その慌てようにエレノアは諭すような口調で続けた。

 

「それなら、なおさら帰らなくっちゃ。それで、お父さんと仲直りするんだよ。アンジェリーナみたいな優しくて、素敵な子のお父さんだったらきっと分かってくれる。アンジェリーナに優しくしてもらったこの私が保証するからさ!」

 

 そう言ってニッ、と笑いかけたエレノアにアンジェリーナは言葉を詰まらせた。軽い調子の言葉だったが、いやに重さがあったのだ。それで、続く言葉が出なかった。しかし、エレノアの笑顔に釣られて、思わずといったふうに笑ってしまう。

 

「うん……うん。そうだよね、あたしもそんな気がする」

 

 少し目を閉じて、考えた後、アンジェリーナは勢いよくベンチから立ち上がった。その顔に先程までのどこか貼り付けたような苦笑いの気配は残っていなかった。

 

「ありがと、エリー。あたし帰るね」

 

 それを聞いて、エレノアは満足げに笑った。そうして、何かに気がついたように懐を漁ると何か紐状のものを取り出した。

 

「はい、これ。お返しになるか分からないけど」

 

「これは?」

 

 エレノアが差し出したのは、程よい長さの紐に丸い飾りが付いたネックレスのようなものだった。丸い飾りの中からは黒い鉱石が顔を覗かせている。

 

 

「お父さんのプレゼント、買えてなかったんじゃない?」

 

 

「え、えぇ、悪いよそんなの。あたしは別にお返しが欲しかった訳じゃないっていうか、ただそうしたかっただけで……」

 

 

「いいの、いいの! 私がどうしても何かお返しがしたいってだけだから。優しいアンジェリーナが私に買ってくれた小瓶と、クレープ。それがこのネックレスになったと思って受け取ってよ! それにこれは私なんかが持っていても仕方がないしね」

 

 

「う、そこまで言われると……分かった、ありがとうエリー」

 

「うんうん、さ。早く行ってあげないと! お父さんが待ってる筈だよ!」

 

 

 そう言って、アンジェリーナはエレノアに背を向けて小走りで駆けていった。エレノアはそれをにこにこと眺めていたのだが、アンジェリーナはすぐにUターンをするとエレノアの元へ戻ってきた。そして頭上にはてなマークを浮かべるエレノアに近づくと──両手でエレノアの頬を挟み込んだ。

 

「ふぎゅ!?」

 

「ホントにありがと。あとこれだけ。“私なんか“だなんて、言っちゃダメだよ。自分のことは自分が一番大切にしてあげなきゃ」

 

 わかった? と悪戯っぽく笑うアンジェリーナにエレノアはこくこくと頷くしなかった。アンジェリーナはそれに『よし!』と楽しげに答えると、今度こそ街の雑踏に消えていった。

 

 

 余談だが。エレノアがアンジェリーナに手渡したネックレスに付いている鉱石は元々エレノアの装備の一部だった。それが度重なる戦闘で壊れ、破片となったものを丸く加工したものだった。加工した理由は何かに使えるかと思った為だったが、使い道が訪れずそのままとなっていたものを小瓶に使っている予備の紐でぐるぐると巻き、ネックレスの飾りとしたのだった。

 エレノアは知らなかったが、それは所謂モンキーノットと呼ばれるものに近かった。

 

 

 

 1人になったエレノアは、くしゃくしゃになったクレープの包み紙をしばらく眺めていた。捨てるのが無性に惜しくなって、そっと畳むとポケットに丁寧に入れた。

 陽はすでに傾いていて、夕暮れのベンチを染め上げていた。帰宅を急ぐ人々が何人もエレノアの前をせわしなく通っていった。

 

 

 

『おかあさん、まってー!』

 

『今日の晩ご飯は何かな?』

 

『ほらー! いつまでも遊んでないで帰るわよー』

 

 

 

 そこには確かに日常が感じられた。エレノアはそれを口元にゆるく笑みを浮かべながら眺めていた。

 

 

「まだ、迎えが来るまで少し時間もあるし最後に色々見てこ」

 

 

 ◆

 

 

 ふらふらと、雑貨店があった方と別の方向を行くと、服を売っている店が集まった大通りに出た。ここら辺は治安が良いのか、どの店もショーウィンドウに服を着たマネキンを飾り自身の店の商品をアピールしていた。

 

 人の流れは相変わらず家に帰る人が多く、エレノアとは反対の方向を向いていた。

 

 あと数十分もすれば風向きが夕方に海から陸へと変わるように、家へと帰る人の流れから、夜の街へと繰り出す人の流れになるのだろう。

 エレノアはそのちょっと急ぎめの海風に逆らって、奥へと進み続けた。

 

 

 ◆

 

 

 道沿いの店を楽しそうに眺めていると、様々な発見があった。ある店舗はふんわりとした雰囲気の服を全面に押し出し、また別の店は革で出来た渋いジャケットをプッシュする。どの店も趣向を凝らしており、見るものを飽きさせなかった。

 

(ふふふ、楽しいなぁ。見て回るだけでもこんなに楽しいなんて、まるでテーマパークだ)

 

 

 少し歩くうちに、決まった時間になったのか街灯が一気に点灯した。街は緩やかに夕方から夜へと姿を変えていた。空の端には、残ったオレンジ色が煌々と地平線を照らしていた。

 

 

(おっ、あれはタルラちゃんに似合うかも知れない。あっちのはノヴァちゃんが着たら可愛いだろうなぁ)

 

 

 

 エレノアはそんなことを服を見るたびに想像しながら、ゆっくりと一軒一軒を見て回っている。

 

(メフィストはあそこのちょっと可愛げのある感じの服がきっと似合うだろうなぁ。ファウストはコートなんか結構いい感じかも知れない……あ)

 

 そして、一軒の店の前で足を止めた。それは意識しての行動ではなく、気がついたら足が止まっていたのだった。

 

 その店は他とは違ってやや奥まった所にあり、地味な外観だった。ショーウィンドウに飾られていたのは制服で、仕立て直しの見本なのか同じ種類で丈の異なるものが飾られていた。

 

 ふらふらと誘われるように、引き寄せられるように。手がガラスへと触れるくらいに近づく。夕陽に反射したエレノアと学生服が重なって、ガラスに写ったエレノアはまるで学生服を着ているようだった。ふと奥に目をやると──

 

 

 ──幾つもの人影が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『へぇー、リーダー結構似合ってるじゃん、お前らもそう思うよな?』

 

『いいね、とっても素敵だよ。リーダー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉が、出なかった。

 

 

 そこに写っていたのは、たしかに皆んなの姿だった。それが、楽しそうにエレノアを見ていた。

 

 

 

 

 

 

『あぁ、なんだかサマになってんじゃん』

 

『確かにそうだが……うーん……』

 

『なんだよ』

 

『スカートが少し短すぎないか?』

 

『うわっ、発言がおっさんだ』

 

『うるせっ! どうせ俺はもうオッサンだっつーの』

 

『開き直りやがった』

 

『あ、ほら。ラスティも何か言ってやれよ。……もしかしてお前、恥ずかしがってんのか?』

 

『あ、あぁ!? そんなんじゃねぇーし!』

 

『じゃあほら、言ってやれよ。せっかくのリーダーの制服姿だぜ?』

 

『う、……ま、まぁ、悪くはねぇんじゃねぇの?』

 

『生意気な感想だ』

 

『お前が言えっつったんだろッ!!』

 

 

 

 

 

 

 唇が震えているのが分かった。目の奥がつんと熱くなって、良く分からなかった。

 

 

 

 ガラスの中にはいつか見ていた、今は見えなくなった彼らの姿があった。ガラスの反射の中で、いつかのように騒ぎ立ては笑っていた。

 

「──ッ」

 

 幻覚か、幻か。エレノアには判別が付かなかった。判別などしている余裕は無かった。ただ、ただ驚きで声が出なかった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、そこのお嬢ちゃん。蒼い髪の」

 

「──わたし?」

 

「そう、お嬢ちゃん。……大丈夫かい? 凄く悲しそうな顔をしているよ。何か嫌なことでもあったのかい?」

 

 

 あまりにも見入ってしまっていたのか。優しそうな顔をした女性が心配そうにエレノアに尋ねてきた。エレノアはくるりとショーウィンドウに背を向けると、女性に向かって振り返った。

 

 

 

「嫌なことだって? いやいや、とんでもない!」

 

 

 

 向き直ったエレノアは、大袈裟に手で否定をする。女性は訝しげにエレノアを見つめていたが、その疑念を払拭するようにエレノアは明るい声で告げた。

 

 

 

「──とっても幸せなことがあったんだよ」

 

 

 

 

 そう言ってにっこりと笑った。

 

「そう……でも『ママー! 早く行こうよー!』……ごめんなさい。行かないと。何かあったらご両親にちゃんと相談するのよ」

 

「えぇ、どうもありがとう」

 

 

 子供に呼ばれた女性は後髪を引かれるように、街へと消えていった。

 

 

 エレノアがもう一度、ショーウィンドウに振り返ると、彼らは依然として、エレノアに優しく笑いかけていた。ガラスに反射したエレノアの近くに居たアヴェニーは、その太い腕をぽん、と優しくエレノアの肩へと置いた。それにエレノアは微笑み、アヴェニーの手に自分の手を重ねるように持ち上げて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──思い切り拳を振り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り抜いた直後、瞬きを一つすると先程までの光景は消え失せていて。

 ショーウィンドウに写ったのは、めちゃめちゃに赤いペンキを塗りたくったような、血みどろの(ぬめ)った景色だった。手足がひしゃげた者や、赤色に濡れたもの。虚な顔で笑うのものから、睨みつけるような顔のもの。その全てが恨めしそうにエレノアに手を伸ばしていた。

 

 

 

「私が作ったのは、こっちだ」

 

 

 

 そう、エレノアはいつも通りの声で呟いた。

 

 

 

「ふ、ふふふ……くふふ」

 

 

 

 あぁ。なんとも、未練がましいものを見ていたものだ。あんまりにも(ぬく)い時間だったから、呼び起こされてしまったのかも知れない。

 

 

 

 結局のところ、私が掴みたいのは。

 みんなが、普通に街の中で笑って過ごせるような世界。そのために、私達が人間であると多くに()()()()()()()。そうして初めて、私たちの声は他の人へと届く。みんなが目を向ける。

 

 その鍵は、この穏やかな夕陽の街ではなく。

 血と土埃舞う戦場の中にこそある。

 

 私の居るべき場所はそこだ。この暖かな場所じゃ無い。

 だから、過去の幸せに浸ってなど居られない。たとえ偽物の幸せであったとしても。

 それに。いまの私にその幸せは、耐えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ──ひとつ言うとするならば。

 

 

 

 懐かしく、いい夢が見れた。

 

 

 

 

 エレノアはくるりと踵を返し、シラクーザの街の郊外へと進んで行った。足取りに迷いなど無かった。

 

 

 

 ◆

 

 

 多くの人が寝静まる深夜。エレノアは1人、車を待っていた。風が吹く中耐えるようにじっとしていれば、夜の暗闇から車のライトが見えた。荷台が空いた、荒野を進むのに適した車には一人の男が乗っていた。

 

 ◆

 

 

「よぉ、お疲れさん。どうだった?」

 

「情報は受け取れたよ。ほら」

 

「いや、俺に渡されてもな……それにしたってアンタがこんなトコまで飛ばされるとはなぁ。もうすぐチェルノボーグを落とすってのに」

 

 

 

 男はエレノアから封筒を受け取ると、扱いに困ったように車の収納に納めた。

 

 

「そうだよねー……え? いま何て?」

 

「えっ? いやほらもうすぐチェルノボーグで一斉に蜂起するだろ? それでアルサシアンが出ないってのは……」

 

 

 

「──は? そんなこと聞いてない」

 

 

 

 顔色を変えたエレノアに、男は困惑したような表情を作った。

 

 

 

 

(嫌な予感がする)

 

 

 何故私が、恐らく私だけがそんな大きな作戦を聞かされていないのか。そうして、それに合わせるように他の移動都市への情報の受け取りを頼まれた。

 

 

 

 

『被害を許容しすぎだよ。感染者の人たちもそうだけど、そうじゃない人たちを無理に殺す意味は無い。むしろ逆効果だ。私たちは人間なんだよ、獣じゃ無い。分かってる?』

 

『あぁ、分かっているさ。全ては感染者の為なのだから』

 

 

 

 直前の会話が思い出され、結びついた。結びついてしまった。

 

 

 

「くそっ……!」

 

 

 

 嫌な予感がする。

 

 

 仮に、ここでただの暴動になったのなら。

 レユニオンが、彼女の語った希望が。

 獣へとなってしまう。人間ではなくなってしまう。

 

 

 それだけは、嫌だ。

 それだけは、止めなくては。

 

 

 

「ここからチェルノボーグまではどのくらい掛かる?」

 

「ここからか? あー、丁度崖の所と被ってて迂回しなきゃならねぇからなぁ……48時間ってとこか」

 

「作戦はいつ始まる予定なの?」

 

 

「──明日、夜明けと共にだな。なんとなく状況が把握出来てきた。無理だぞ、絶対に間に合わない。どんなに飛ばしたって2日はかかるんだ」

 

 

 詰め寄るエレノアに男は冷静に返した。それでもエレノアは止まらず、男の両肩に手を置いた。

 

 

「──ねぇ、地図、地図持ってる?」

 

「あ、あぁ。そりゃトランスポーターみたいな事してっからな。ほら」

 

 

 男が手渡してきた地図には、辺り一体の大まかな地形が書かれていた。いくつか付箋が貼ってあり、現在の移動都市の位置と移動した場合のルートが書き加えられていた。その中にはエレノア達がいるシラクーザと、チェルノボーグもあった。

 

 

「こことチェルノボーグ、真っ直ぐに行けば間に合うよね」

 

 

 男に見せるように、エレノアは指で真っ直ぐ地図をなぞる。

 

 

「はぁ!? 何言ってんだ。そりゃ理論上は間に合うが、不可能だ。途中には数十メートルは下らない崖と、小さいながらも森があるんだ。車が空中を走らない限り行けるわけねぇよ」

 

「じゃあ、走らせればいい。ここから真っ直ぐ、チェルノボーグに」

 

「だからそれが出来たら苦労しないって……まさか、おい? アンタ正気か?」

 

「そのまさかだね。真っ直ぐに行くよ。私が()()()()()()()()()

 

「……無理だ。出来るわけが無い」

 

 そう告げる男にエレノアは指をちっ、ちっ、ちっと振って否定した。

 

 

 

 

「私を誰だと思ってるの?」

 

 

 

 

 そこには先ほどまでの緊迫した表情はなく。荒野からの風が吹き荒ぶ中、服の端をはためかせ男の前に立った。

 

 

 

 

 

「──レユニオン幹部が1人、アルサシアンだよ!」

 

 

 

 

 

 少女は不敵に笑顔を浮かべた。

 月は隠れて見えなかったが。車から出る光がまるでスポットライトのように夜の闇を切り裂き、エレノアを照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 




GoGo、エレノアちゃん!
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