レユニオン幹部が1人、アルサシアン!   作:調味のみりん

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いつもありがとうございます。

どんな事になろうとも謙虚さを忘れず、倦むことなくやれればな、と思います。


では。


彼女は綺麗なナイフ

 自分の短慮さを知る。

 己の尺度でしか人を測れていなかった事に気づく。

 

 あぁ。

 

 何故気がつかなかったのだろう。

 

 彼女はきっと普通の少女で──

 

 

 ◆

 

 

 

 周囲一帯を荒野の風が吹き荒ぶ夜の中、一台の車がタイヤを回転させ進んでいた。移動都市からも離れて、人の気配が一切しないその場所は当然ながら道路などなく、方角だけを頼りに走っていた。いや、道路どころか()()すら無いところを進んでいた。言うなればその車は──

 

 

 ──空中を、進んでいた。

 

 

「おっ、おぉぉぁー! 飛んでる、俺達飛んでるぞ!」

 

「はははー! 凄いでしょー! これが私の(アーツ)だぁー!」

 

 

 運転席に座る男と、その隣の助手席に座る少女が声を上げる。車は彼女のアーツによって空中を走り、眼下の崖を直線で越えていた。

 

 運転をしている男は当然ながら空中を走ったことなど無かったので、非常に興奮していた。話に聞いた彼女のアーツは空気を凝固だか、固まるだか、ともかくそのアーツで空中に見えない足場を作り出しそこを走っているのだった。いつもより地面と離れているせいか、風がよく吹き込んで不思議な空気だった。

 

 

「そろそろ崖を越える!」

 

「やっとかぁー!」

 

 

 長いような短いような、そんな空中走行の後車は地面へと戻りいつもの感覚が戻ってきた。

 

「やっぱすげぇな、アンタのアーツ。雷以外にそんな使い方出来るなんてな」

 

「私もそう思う」

 

 感嘆したように男が言えば、少女は自慢げに笑った。

 

 

 

 ◆

 

 

 あれからいくつかの崖と、普段だったら走行が出来ないほどの岩石地帯、それらを全て空中を走る事で無視をして進んでいた。ここから先はしばらく道が安定しているので男は気分を楽にしながら車を運転していた。

 

 横をみれば流石にアーツを連続で使い疲れたのか少女が寝息を立てている。いくら道が安定しているとはいえそれなりに揺れる車内であっても彼女にとっては些細な問題のようで、起きる気配は無かった。

 

 

 レユニオン幹部の1人、アルサシアン(軍犬)、もしくは《雷獣》。

 男はあまり彼女と関わりが無いので噂にしか聞いたことがなかったが、それがこんな少女だとは思わなかった。普段彼女が戦闘時に厚い装備と仮面を纏っていることもそうだが、よく耳にする相手に対する容赦の無さと隣の少女が結びつかなかった。話してみれば、ずっと気さくで明るく、ころころと表情を変える“ただの少女“に思えた。

 

 別段男は感染者に恨みがあってレユニオンに入った訳でも、行くあてが無くて入った訳でも無い。ただ、とある事に巻き込まれそのままレユニオンに入った形だ。義侠心なんて大それたものは無く、ただ感染者の気持ちも少なからず理解出来たので、男はレユニオンを抜けることなく車を使った輸送や少しの機械の修理を担当していた。それは多くの人が居るレユニオンにおいてとても珍しいタイプの人間だった。

 

 もしかしたら隣の少女も自分と同じような理由でレユニオンに居り、噂は少々尾ひれが付きすぎた出任せなのかもしれない。そんな風に思えるくらい、ただの少女に見えた。男には隣の少女があのレユニオンの幹部の一人であるとどうしても信じられなかった。

 最近のレユニオンはどうもきな臭い。男は、もし彼女が起きたら『こんなとこに居るのはやめて何処か別の場所に行ったほうが良い』なんて言ってあげようかと思った。そのくらい彼女の寝顔は何処にでもいる、可愛らしい少女のものだった。

 車は荒野を進んでいく。がたがたと音が大きくなり、寝ている少女が起きてしまうかもな、とフロントを見ていると。

 

 

 

 横から排水溝が詰まった時のような、ごぽりと濁った音が聞こえた。見てみれば寝ていた筈の少女が口元を押さえて、背中を丸めていた。

 なんだ、酔ったのか、と声をかけてみればそれが馬鹿げた勘違いだとすぐに気が付いた。

 

 

 

 

 少女が吐いていたのは、血の塊だった。

 

 

 

 

「っおい! どうした!?」

 

 体を抱え込むような姿勢で、数秒間俯く少女は窓から顔だけを出すと、車の中に吐き出さないようにする為か外に向かって吐いた。

 混乱する男の頭によぎったのは“アーツの過剰使用“。

 道中なんども大丈夫なのか、という問いかけに対して『平気だよ』と返してた彼女は相当無理をしていたのだ。アーツで何度も車が走る道を作り続けることはかなりの負担を彼女に強いていた。その反動が今になって来た。

 

「待ってろ、いま車を止め……」

 

 男はそう言ってブレーキに足をかけようと一瞬目を離す。するとハンドルを握る腕が掴まれていた。驚愕に腕の先へ目線をやれば、片手で口元を押さえ、もう片方の手でこちらを掴んでいる少女がいた。

 

「走らせて」

 

「なっ」

 

「止めないで」

 

 その声は粘性のものが喉に張り付いたかのように、さっきまで聞いていたよりも濁って聴こえた。彼女の目は冷や汗と脂汗に塗れながら、真っ直ぐに男を射抜く。その迫力に、あまりに凛とした蒼い眼に。男は続けようとした言葉が出てこなかった。雰囲気が先ほどまでとは全くと言っていい程、違っていた。

 

 そうして車内に空気が凝縮されたような、停滞した時間が流れる。男は言葉を発することが出来ず、少女は男を見つめ続けた。しかし、その時間の均衡は再び少女が口元を押さえ、くぐもった声を出すことによって破られた。再び少女は窓の外へと顔を突き出す。

 

 

 男はハンドルを握る手にじっとりと汗をかいている事に気がついた。あの蒼い眼は、普通は少女が出来るものでは無い。理解が追いつかない状況の中でもそれだけは断言出来た。まともに顔が見れない。だが、責任感と人として備わっている気遣いに押されて男は窓の外に顔を出している少女に声をかけた。

 

「なあ、本当に一度止まろう。仮に止まったとしても2日かかる筈だった予定は遥かに短縮されてるんだ。……それに明らかにアンタが限界じゃねぇか。死んじまうよ」

 

 男は横目で確認もしなかった。ただ前を見つめ続け、横で苦しんでいる少女に声をかけ続けた。

 

「ここまでして体を張る事ぁねぇだろ? アンタはまだ、若いし命をむざむざ捨てる必要なんてねぇ。だから、な。一度止まろう、少しでもいいから休憩しよう」

 

 少女からの返事は無かった。

 

「……そうだっ! エンジン、エンジンがすこし上がりそうなんだ。こいつぁ一回止まって、少しメンテナンスしてやんねぇと車がぶっ壊れちまう。あー、ヤバいな。アー」

 

 男は調子外れに、声のトーンを高くしてそう独り言を言った。その声は上擦っているうえに、明らかに棒読みの演技だった。それでも男は構うものかとひとり声を上げ続けた。

 

「……三十分」

 

「え?」

 

「……三十分で直して欲しい。その間なら、止まろう」

 

「あ、あぁ!」

 

 

 ◆

 

 荒野の夜闇にぽつんと明かりが灯っていた。

 ランタンを地面に置き、一人の男が車のボンネットを開けて作業をしている。脇の岩には少女が腰掛け、男の作業を見つめていた。

 

「体はどうなんだ?」

 

 男は作業をしながら、横にいる少女に向かって声をかけた。

 

「キミが思っているよりは平気だよ。この後の走行に支障は起きない」

 

 そう言いながらエレノアは、車に積んであった自身の装備を装着していた。布が擦れるような音を立てながら、手際良く、丁寧に厚い絶縁体の布状のものを履いてゆく。

 

「……なぁ、もうこんな事やめよう。アンタだったら隠れていれば生きていけるんだ」

 

「そうじゃない人も居る」

 

 ボンネットに上半身を傾けながら男は尋ねる。それに対してエレノアの答えは淡白なものだった。

 

「少なくともアンタは生きていけるんだ、このまま続けて何になるんだ」

 

「もしかしたら何にもならないかもね」

 

「だったら何で……それにアンタは、どうなんだ。今にも倒れそうじゃないか。アンタにとってレユニオンはそこまでして守るものなのか? 今まで何度か、暴徒と変わらないレユニオンの奴らを見てきた。それでもアンタはそのレユニオンのために自分の身を絞り続けるのか?」

 

「そうだね」

 

「…………っ」

 

 必死で訴えたつもりだった。正面から伝えたつもりだった。だが、男に返って来たのはただ静かな肯定だけだった。その言葉を聞いた途端、つい抑えきれずに男は工具を置いて脇の少女に対して向き直った。

 

 

 

「何で……なんでそんなに死地へ飛び込める!? 何故そんなに顧みないで戦える!? 何で、なんで命をそんなに軽く投げ出せるんだ!?」

 

 

 荒野に声はよく響いた。それは偽らざる男の本心だった。

 

「分からない、分からない! 俺はお前達が理解出来ない! どうしてそこまでして戦うんだ!? どうして命をそんなに軽く見れるんだ? 何で大事に出来ない!?」

 

 自分が守るべきかもしれないと思っていた少女が血を吐き、それを気にも留めていない様子に。今まで見てきたレユニオンの、帰って来なかった仲間たちの記憶に。溜め込んできたものが溢れ、止まらなかった。

 

 

 

「なんでなんだよ、アンタらは一体何なんだ! なぁ、どうし──!」

 

 

 

 

「こんの、おバカ! 大バカ!」

 

 

 

 

「い゛っ!?」

 

 

 

 感情が制御仕切れずに叫ぶ男に、エレノアは近づくとごちんと強めの拳骨をお見舞いした。あまりに突然の事態に男は目を白黒させながら、頭頂部の鈍痛に頭を押さえた。

 

 

 

「命を顧みない? 簡単に投げ出す? 軽く見てる? ────全っ然ちがう!」

 

 

 エレノアは声を張り上げた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、高らかに声を張り上げた。

 

 

 その迫力に、威圧に。男はただぽかんとする他なかった。

 いくつも想像していた反論は全て消し飛んでいた。

 

 

「命は大切だよ、当たり前だ。そこにどうして異論を挟めようか」

 

 

 呆ける男をよそに、身振りを交えながら続ける。

 教えるように、諭すように、訴えかけるように。

 色々表現はあるけれど、ただただ真摯な言葉を続けようと。

 

 

「でもね、でもだよ。今まで真っ当に、真面目に頑張って生きてきた人が居て、どうしようも無い病に罹ったからって今までの一切合切の人生を無視して命を奪える? 産まれてから何もいい事が無くても、それでもどうにか、いつかいい事があるかも知れないって歯を食いしばって頑張って生きてきたのに、ただ感染したからって何でそんなに軽々しくどうでもいいものみたいに扱える? 何で何の罪もない、まだ殆ど生きれてない子供が押しやられなきゃいけない?」

 

 

 ちらりと少し上を向いていた視線を、男の元へと戻す。

 片方だけの視界は、空の星をよく映してくれていた。今は目の前の男が写っている。

 

 

「おかしいって思う? 理不尽だって思う? 別に思わなくても良いさ。でも何かほんの少しでも感じるものがあるだろう? 残念ながら今言ったことは全部有る事なんだよ。罷り通って来たことなんだよ。それが今の“世界“のスタンダードなんだよ。誰が何と言おうとそれは事実としてソコにある」

 

 エレノアの瞼の裏で幾つもの光景が再生された。今はもう居ない彼らとの最後は、いつもみたいに冗談を言い合っていた朝だった。もう何度も見たそれは、いつだってエレノアの心を締めつけた。

 

「私はそれを許容しない。当たり前だと微塵も思わない。頑張って来た人は報われるべきで、理不尽に貶められて良いわけ無い」

 

 そうして過去を見ていた目は、再び男を見据えた。目の前の男が本心で訴えてきたのだから、エレノアも同じく本心で返した。

 

「だから戦う、進むために必要なら阻むものを砕く。私たちだって生きている人間だと()()()()()

 

 

 ◆

 

 

 ──己の短慮さに嫌気が差す。

 

 

「もしレユニオンが道を間違えたそうになったなら、どうにかして修正する」

 

 ──あぁ。彼女はきっと普通の女の子で。

 

 

「だからキミがなんて言おうと、私は行く。タルラちゃ……タルラと話をする。レユニオンはただの獣にならせたりしない。レユニオンは叛逆者なんだよ。意思なき暴力なんかじゃ無いんだよ……! そんなの、絶対違う」

 

 ──何の変哲もない、笑顔が眩しい子で。

 

 

「ま、これが私の戦う理由。キミが納得するかは別としてね」

 

 

 

 ──本当だったら、学校に行って友達なんかと過ごせて。

 

 

 

「あれ、何で黙って……。ふふふ……ははは」

 

 

 ──そんな普通の幸せが待っていて。

 

 

「アハハハハ! そ、そんな顔しないでよ! まるで私が変なこと言ったみたいじゃん! うっ、くく……ははは」

 

 

 ──あぁ。彼女はきっと普通の少女で。

 

 

 

「ふふふ……ふぅ。さ、もう時間だよ。行こう? チェルノボーグへ」

 

 

 

 ──世界に研磨されてしまったのだ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 エレノアの戦闘能力は高い。

 それはいくつかの要素によって支えられているが、その一つは動きの無駄のなさだろう。

 

「オラッ!」

 

 武装した男が、警棒のような武器を振り下ろす。それに合わせるようにエレノアが鎚の柄で滑らせるように受け流し──鎚をそのまま回転させて男を掬い上げるように打つ。

 

「ガッ!?」

 

 振り切った姿勢のエレノアに後ろからも同様に男が襲いかかってくる。それに対して、動かずアーツで空気を固めて男の姿勢を僅かに崩す。そのほんの少しのズレは手首、肘、肩と伝わるにつれて修正不可なほど大きくなり、男の武器は強かに地面を叩くのみとなった。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の声を上げる男に対して流れるように腰を捻り、地面に突き立てた鎚をポールのようにして右の回し蹴り。得物を振り切った姿勢の男は避けること叶わず、体の中心を蹴られ呻きながら崩れ落ちる。

 

「個人で行くな! 集団で押し込め!」

 

 それを見ていた男が怒鳴れば5人ほどの武装した男がエレノアを囲むように突っ込んでゆく。息のあった連携でエレノアを中心に捉え、同時に隙間なく包囲を、決める。振り下ろされる武器は若干の時間差を持ってエレノアに同時に振り下ろされ──真っ向から打ち破られた。

 

 攻撃の起点の力が乗り切らない瞬間に、エレノアは狙ったように最短の動きで鎚を叩きつける。そうして攻撃が弾かれ、バンザイをするように武器をかちあげられた男に間髪入れず、膝蹴りを食らわせる。

 

「ごぁっ……」

 

 瞬時にくの字に体を折った男の腹に隠れる様に体をずらせば、丁度お辞儀をする様に曲げられた男の上半身が後から来る攻撃の盾となった。

 仲間に対して武器を振り下ろす事に一瞬躊躇した隙を狙って鎚を横凪に払う。盾となった男の懐に潜り込む際に姿勢を低くしていた為、鎚の軌道は囲む男達の足を掬う様に、砕いてゆく。

 

「ぐぁっ!?」 

 

 結果的にエレノアは今度こそ完全に鎚を振り切った形となった。それを好機と見た先ほど包囲網に加わらなかった数名が、その隙を狙うように地面を蹴りエレノアに肉薄する。

 

 

 

 

 ──それが誘いだとも気付かずに。

 

 

 

 

「不味い! アレが来るぞッ!」

 

 その事に気づいた指示役の男が焦ったように叫ぶが、すでに遅く。

 この交錯の最中、ずっとアーツを発動させ続けたエレノアの周囲の大気はエレノアが一つ鎚を振るたびに電気を溜め込んでいた。

 

 不可視の空気が固められ、鎚の先で無数の粒になりそれを擦り合わせ続ける。一度振るたびに、電荷の偏りが大きくなってゆく。

 空気の粒は固まり、弾き合い、擦れ合う。

 

 臨界まで高められた電荷の偏りは大気の絶縁値を超え──

 

 

 

 

 

 ──周囲一帯を爆雷が薙ぎ払った。

 

 

 

 

 これこそがエレノアの戦闘能力を支える一つ。

 一対一ならば負ける事がない程、無駄を削ぎ落とした動きに、囲んで叩こうとすれば巧みにアーツと体を使い同士討ちを誘発させる。

 少しでも時間を掛けようものなら、発動した雷によって問答無用で焼き払われる。

 

 エレノアは白兵戦に於いて、殆ど負けることは無い。

 

 

 ◆

 

 

「さすが、お見事」

 

 戦闘が終了したことを察した男が、建物の影から出てくる。周囲に人影はなく、遠くの声が聞こえてくるのみだった。

 

「ついて来なくても良かったのに」

 

「それは……まぁ、何と言うか。俺も少しはと思って」

 

「あ、そ」

 

 

 チェルノボーグは既に阿鼻叫喚の様態を映し出していた。

 怒声を上げるレユニオンの構成員たち。泣き叫ぶ母娘。数に押され、戦線が崩壊しかかっている憲兵達。

 

 

 

 ここには居ないが、そこかしこで熱に浮かされたように狂気に走るレユニオンと、それを食い止めんとするウルサスの憲兵が激しくぶつかり合っていた。

 火の手があちこちで上がり、遠くで叫ぶ声がこだまする。

 

 

 エレノアが到着した時には、事態は動き出していた。

 先ほどもウルサスの憲兵に見つかり、それをエレノアが単騎で制圧したのだった。

 

「……ふぅ、急ごう。きっと中枢部分にタルラちゃ……タルラは居るはずだ」

 

「それは、そうだが……。行けるのか? あんなに血を吐いて、それにさっきも戦闘したじゃねぇか。仮面で顔が見れねぇが、真っ青なんじゃ無いか?」

 

「そんな、平気だよ! ──いや、ごめん。強がった。ほんとは結構辛い」

 

「一度休むか?」

 

「いいや、行くよ。ここがきっと私の正念場だからね」

 

「そうか」

 

 

 ◆

 

 チェルノボーグの惨状に、瓦礫の下から助けを求める声に。

 それら全てを無視してエレノアはひたすらに中枢部を目指し続けた。

 

「なぁ、さっき偶然通信が出来たんだが」

 

「……あれ、通信機持ってたっけ?」

 

 ペースを乱さず、混乱の街中を進む。返答したエレノアの呼吸は僅かに乱れていたが、男は気がつかなかった。

 

「いや、車のパーツを少しいじって即席で作った」

 

「なんて器用な」

 

「まぁ、それはいいんだよ。ひとつ気になる事を言っててな。確か……」

 

 男が思い出すように上を向く。一つ先の通りでは白い仮面をつけたレユニオンの構成員が『くたばれ! 帝国の犬どもめ!』と叫びながら走っていった。彼は一人だったから、数秒後には屍を晒すことになるかもしれない。

 エレノアはそれを一瞥しただけで、すぐに歩き出した。

 

 

「あー、えと。あれだ。ろど……ロドス。そう、確かロドスって所属不明の連中が彷徨いてるらしい。戦力が結構あるから気を付けろだとよ」

 

「ロドス……? エーゲ海の? 騎士団でも居るのかな」

 

「は? 何で騎士団なんだ? ここはカジミエーシュでもあるまいし」

 

「や、何でも無いよ。気にしないで。……」

 

 エレノアが右手を出し、静止の合図を送る。気づいた男は怪訝そうに足を止め、辺りを油断なく見回した。近くのガラスが割られ、荒れているビルの影に隠れて伺えば二つほど道路を挟んだ先に十数のウルサス憲兵が見えた。

 

「この方向は……どうする? 迂回するか?」

 

「そうしたいけど、不味いね。捕捉されてる。ここで逃げても更に数を増やして追いかけられるだけだ。……打って出るか」

 

 あそこのビルに隠れていて、と指示を出すエレノアに男は逆らわず従った。自分の戦闘能力はあまり高く無い事をよく知っていたから。

 

「分かった、生きて帰れよ」

 

 エレノアは背後からの声に答えるように、カン、と一つ地面を鎚で叩いて返事とした。すぐに地面を蹴る音が聞こえ、足音は遠ざかっていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 少し離れた戦場で、雷光が弾ける。岩が砕ける音がする。

 

 男は近くの建物の影から戦場を見つめていた。戦場では、たった一人で鎚を振り回すペッローと、それに対抗するウルサス憲兵が見えた。

 

(凄まじいな)

 

 ここまでしっかりとレユニオン幹部の戦いを見る機会がなかった男は、その光景から目を離せないでいた。一撃の鋭さもそうだが、何より一度も止まらず流れるように動く様はあまり戦いに造詣が深く無い男にもそれが非常に強い事が分かった。

 そもそも単騎で兵士を十数人相手っている状況が凄まじいの一言に尽きる。

 だが。

 

(動きが所々鈍い……? やっぱ相当キツイんじゃ)

 

 それでも彼女は獅子奮迅の活躍をしていた。ウルサスの憲兵は数回に一度繰り出される彼女の雷を警戒してか、距離をとりながら戦っていた。それを追いかけるようにアルサシアンが一人ずつ、潰していく。戦場の均衡は徐々に傾いているようだった。

 

 

 

 

(このまま行けば勝て……あ)

 

 

 

 その均衡が崩れた。

 アルサシアンの横腹には貫通したボルトが突き刺さっていた。

 死角から撃ち込まれたのだ。

 

 アルサシアンはそのまま何事も無かったかのように一歩。距離を取っている相手に近づこうと2歩目を踏み出し、三歩目でゆっくりと力が抜けるように膝を付いた。

 

 まるで歩こうとして、力が入らなかったような。

 

 膝立ちになった彼女は腹を抱え込むように倒れた。

 

 

「総員──

 

 

 それを見ていた、位の高そうな男が声を張り上げる。

 

 

(やめろ、やめろ)

 

 

 その動きがやけにスローモーションに見えて

 

 

 ──撃てッ!」

 

 

 その背中に無数の、数えるのも嫌になるほどのボルトが撃ち込まれた。

 

「あ、あぁぁぁぁ!」

 

 一撃撃ち込まれる度に、衝撃に痙攣するような彼女の背中。鈍い音が何度も男の耳に届いた。思わず建物の影から飛び出そうとして、理性がブレーキをかける。男はただただその攻撃が止むのを見ているしか出来なかった。

 

 

「──止めッ!」

 

 

 先程のウルサスの憲兵の一人が号令をかける。すると、雨のようにひとりの少女に向かって撃ち込まれていた射撃はぴたりと止んだ。

 

 

(ああぁ……ぁぁぁ)

 

 

 たった一瞬で変わってしまった。優勢だった状況は嘘のようにひっくり返った。 

 

 

「お前らのような感染者は所詮生かしておいた所で害にしかならん事がよく分かった。こんなことならば捕縛した時に全て処刑しておくべきだったな」

 

 ウルサスの憲兵隊長が、暴力と嘲笑が吹き荒れるチェルノボーグの街を見渡して吐き捨てるように呟いた。

 

 

(…………)

 

 

 先程まで彼女が駆けていた戦場は嘘のように静まり返り。

 帯電した大気は霧散して。

 チェルノボーグ中枢へ続く道路のクレーターといくつも付いた焦げ跡だけが、確かに彼女が先ほどまで戦っていたのだと示していた。

 

 

 

 いまやその戦場後には、戦士はなく。

 

 

 

 

 赤に染まった歪な針山が出来上がっていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 だけど、誰も分かっちゃ居なかった。

 

 

 彼女が、レユニオンの幹部のアルサシアンが。

 

 

 常にぐつぐつと煮えたぎるマグマのような、怒りが流れていることを。普段どれだけ明るく振る舞っていても、“世界“が大嫌いなのは一度だって忘れた事がない事を。

 

 

本当は誰よりもレユニオンのみんなが大好きな事を。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

「……これは」

 

 

「アーミヤ、どうかしたか?」

 

「いえ……何でもありません。……ただ」

 

「ただ?」

 

「とてもとても強い怒りと、焦燥感と、悲しみが。……そしてそれと同じくらい強くて優しい……あっ、ごめんなさい。気にしないで下さい。今は作戦に集中しましょう」

 

「そうだ、気を引き締めろ。この部屋の先があの……」

 

「えぇ、ドクターが眠っている場所です。皆さん! ついてきて下さい。外では状況が交錯して混迷を極めています。気を引き締めていきましょう」

 

 

 

(こんな強い怒り、焦り、悲しみ。一体何が……)

 

 

 だが、と疑問に思う。

 最後に感じた強い悲しみよりも更に深い所にある、とても暖かな、“優しさ“とでも言うべきあれは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の心は、決して死なず。

熱い血潮は巡り来る。

 

 

 

 

 

 

 

 




どんなに辛い展開になろうが、言い続けます。

私はハッピーエンドが好きなんです。

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