レユニオン幹部が1人、アルサシアン!   作:調味のみりん

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いつもありがとうございます。
あなたに少しでもいい事がありますように。

では。


想い、継がれ、ヤマアラシ

 

 

 

 

 男は苛立ちを抑えきれないでいた。

 

「チッ、想定以上の被害だ。おい、報告しろ」

 

「はいっ。部隊の半数程が行動不能です、それと装備も確認中ですがまともに使えるのは2割程しか……」

 

「害獣共が」

 

 

 原因は、目の前で屍を晒しているモノ。

 先程まで暴れ回っていた──恐らくレユニオンの幹部。

 現在は無数のボルトを撃ち込まれ、物言わぬモニュメントと化していた。ひどく血生臭い記念碑だが。

 全滅も免れないかと覚悟したが、動きが鈍った瞬間に畳み掛けることが出来た。そうして行動不能は避けたのだが、チェルノボーグの鎮圧には戦力が心許なくなっていた。今も耳をすませば遠くで混乱の声が聞こえる。一刻も早く向かいたいが、まずは補給と確認をしなければいけない。

 そのことが更に男を苛つかせていた。

 

 目の前では慌ただしく装備の点検や、その他もろもろの確認をしている軍警達が目に入る。ほのかに視線を移せば、ガラスが割られた家々に所々残る争った跡。少し前まで普通の生活があったはずの景色は、今や無人の瓦礫と荒れた痕を残すのみだった。

 

 

「畜生が!」

 

 

 だからだろうか。

 つい、目の前の悪趣味な赤い針山を蹴り上げた。思ったより付けていた装備が重たかったのか、蹴り上げた腹を中心に少し浮く程度だった。

 べしょりと、水を吸った重いものが落ちる音がする。その拍子に蹲った姿勢から、崩れるように手が前に投げ出される格好となった。

 

「ほう」

 

 そこで、男──ウルサスの軍警隊長はとある事に気がついた。

 

「あの中で頭だけは、守ったか」

 

 

 奇妙なことに、こいつは頭だけはどうにか守ったらしい。それでも背中に突き刺さる無数のボルトは防ぎようが無かったようだが。だが、所詮そんなことを考えた所で、今地面に広がる血だけが結果だ。無駄な足掻きだったのだろう。そう結論づけ、畑を荒らした獣の死体を見るように視線を切った。

 

 そろそろ頃合いだろう。次の指示を出して街のレユニオンを駆逐するべきだ。少し離れたところにいる者にも声が通る様、息を吸い込んで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毛が、逆立った。

 空気が帯電していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞわりとした感覚そのままに、反射的に飛び退く。

 否、飛び退くことは出来なかった。赤色でぬらぬらと光を放つ手に脚を掴まれていた。

 

「シィッ!」

 

 だが、腐っても男は(ほまれ)あるウルサスの軍警隊長。腰に装着してあった小型のボウガンを抜き放つと、そのまま地面のソレに向けて引き金を引く。機構に沿って加速したボルトは勢いよく射出し──空中で静止した。

 

「なっ!?」

 

 そのまま音を立てて地面に落ちるボルト。防がれたのだ。目の前の死体だと思っていたものに。落とされたのだ。何らかのアーツによって。

 がしゃん、と音がした。見開いた目で地面から目を挙げると、そこには背中に無数のボルトを刺した何かが居た。そして、その刺さったボルト一本一本がばちばちと音を立てて──

 

「総員、退避ッ──!」

 

 

 それは、少しばかり遅すぎる判断だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 寂しい、夜の雪道に居た。周囲は暗く、足元と少し先しか見えない。

 風は凍えそうで、足元は冷たく。

 歯はがちがちと音を立てていた。

 

 でも、ほんとうに辛かったのは寒さでも、冷たさの痛みでもなく。

 そんな顔をさせたことだった。

 タルラちゃんに、ノヴァちゃんに。リュドミラちゃんに、メフィストとファウスト。Wはどうだか分から無いけど。

 怪我をする度にそんな顔をさせてしまった。

 

 ごめん、ごめんね。そんな顔させるつもりはなかったんだ。

 ああ、私はなんでもっと上手くやれないんだ。こんなにも能力が無いんだ。今だってそう。いつも、死にそうになるとここに来る。

 

 たぶん、私はどこかでミスをしたのだろう。

 無理無茶をして、それを拭いきれなかったのだろう。

 また、そんな顔をさせてしまうのだろう。

 

 

 

 もうやめろ、やめちまえ。

 そのまま雪道の先に歩いて行って、死んでしまえ。

 これ以上、汚すことなく消えてしまえ。

 

 

 

 そんな、声が聞こえた。

 言っているのはきっと、私なんだろう。

 さく、さく。

 

 

 歩いていく内に、こつんとつま先に何かが当たった。

 

「……ケリー」

 

 それは、小瓶で、懐かしい男の子だった。

 

 

「ごめんね、まだいけないね」

 

 

 そうだ、ここで折れて何になる。

 私のいのちは、彼らに繋いでもらったものだから。

 折れることはしない、出来ない。

 

 

 目の前にぼんやりと、乾いた血がついた鎚が浮かび上がる。

 迷わずそれを掴むと、エレノアは雪道を引き返していった。

 

 

 

 ◆

 

 

 空気が焦げた匂いがする。血液が沸騰する香りがする。

 

「…………」

 

 エレノアは、そこで背中を丸めて佇んでいた。

 無数に刺さったボルトが、立とうとするとひどく肉を抉るのだ。だから、腰を曲げる様に、まるで老婆のような姿勢をとるしかなかった。

 

 足音が聞こえる。

 

 

「はあっ、ハアッ! い、生きてたのか!?」

 

 

 エレノアは反応を返さず、ただ地面をじっと見つめ続けた。駆けてきた男は息を切らせながらどうにか言葉を紡ぐ。

 

「よく生きて、ああ。もしかしてアンタの“空気を硬質化させる“っていうアーツか……いや、そんなことよりひでぇ怪我だ。すぐに治療を……」

 

 男が焦ったように包帯を腰から取り出し、声をかけるがエレノアは反応しない。ただ、ずっと同じ姿勢で俯いていた。

 

 

 

 実際エレノアが助かったのは彼女のアーツの為だ。

 エレノアの雷は鎚の先に固めた無数の空気の粒を擦り合わせ、弾き発生させている。原理としては火山雷に近いものだ。

 では何故それを敵の真横ではなく、鎚の先で行っているのか。敵の横に発生させた方が効果も高いし、エレノア自身も発生させた雷で身体を焼かないで済む。

 

 その答えは、固めた空気の強度はエレノアから離れれば離れる程弱くなってしまうからだ。

 一定の硬度がないと雷は発生せず、かといって敵に合わせて一々調整していたのではそれに意識が割かれ戦闘に差し支える。強度を保つためには仕方がないことなのだった。

 

 だが、しかし。逆を返せば。

 エレノアのアーツはエレノアに近ければ近いほど硬度が増す、という事である。

 離れた敵の横よりも、目の前の敵の横。

 目の前の敵の横よりも、自身の鎚の先端。

 自身の鎚の先端よりも、己の皮膚の表面。

 己の皮膚の表面よりも──皮膚の中、体内。

 

 そこでこそ、エレノアのアーツは最も硬くなる。

 

 だが、当然体の中にアーツを展開するスペースなどない。無理に展開すれば臓器は押し潰され、骨は砕け、神経系は傷つき切れてしまうだろう。

 だから、最小限に。

 装備を突き破ってきた瞬間に、臓器の上にアーツを展開。体内に突き刺さってくるボルトを丁寧に、臓器の前で止めていった。

 気が狂う様な、死とあまりに近い防御方法。加えて高速で貫通せんと飛んでくるボルトに対してひとつずつアーツを展開せねばならない超精密作業。

 

 それをエレノアはやり切った。いくつか体を貫通させながらも主要な臓器と神経と骨は守り切った。普段から、彼女のかつての仲間曰く『頭がおかしくなる程の細かさでアーツの粒を展開している』とまで言われた運用方法をしていたからこそ出来た絶技。

 

 

 

 エレノアは確かにやり切った。

 

 

「なあ、おい。さっきから反応がねぇが生きてるよな! こんなボロボロになってまで立ち上がったってのに、おい! もう少しだけ堪えろ! 今に救援が……」

 

 

「わたしは……」

 

 

「お? なんだ、無理にしゃべらねぇ方がいい。取り敢えず止血だけでも」

「私は、わたしは……」

 

 

 やり切ったのだったが。

 

 

「おい! やめろ、無理に話そうとするな! あとでしっかり聞くから今は安静に」

「私は、わたしは、ワタシ、わ……わたひ。わた()が、わたしがやらないと、わ、わ、ワ、ワ、ぁ。あ、ア? わた? わあし、あやし、やたし、や、あ、あ、ァ」

 

「ッおい! しっかりし……」

 

「あぁぁぁぉぁぁ……」

 

「ッ!?」

 

 

 完璧に防ぐことは出来なかったのだった。

 

 驚きで、一歩引く男の手を掴む。べしょりとした生ぬるい温度なのに男の血の気は引いていった。そのままもう片方の手で男の頬に手を添える。触れた指先が、装備が剥げた指先がやけに冷たく感じた。突然の事態に男は動くことが出来なかった。

 

 

 

「あれ? ラスティ、何でこんなとこに。いや、ラスティじゃない。こんなに背が高くない。ラスティはだって、だって、いや、う? え、あ。そうだ、そうだよ。リッド、何してたのさ。わたし心配したんだよ? ああ、大丈夫、分かってるって。また、テディに付き合わされたんでしょ。私はそれはダメって言ってるのに。やっぱり、リーダーの威厳がないのかな? あ、れ? うん、うん。ねぇ、アヴェニー? どう思う、やっぱりもっとすごい威厳がわたしすごい、私すごくない、凄くなんてない。皆んなを巻き込んでばかり、何も出来てない。わたし何して、いたいよ、背中いたい。だめだめ。うん。そうだよね、私が落ち込んでたらケリーだっていい気分じゃないよね。治るものも治らなくなっちゃ、あ! メフィスト宿題はやってきた、いやいや、ごめん! ノヴァちゃん! そんなつもりじゃ」

 

「あ、……え?」

 

 

 明らかに正気ではない。発言の前後の整合性がまったくない。うわごとの様に支離滅裂な発言を繰り返す少女に男は理解が追いつかなかった。

 それでも少女は止まらずに、喋り続ける。目の前の、少女にしか見えていない何かに向かって。

 

 

「だから、わたひは。ね。うん、え? タルラちゃん、こっちこっち。ほらっ料理作ったんだお父さん。ねぇ、こっちだよ。ほら、ははは! 泣かないで泣かないでなかなかなかなか、何してたんだっけ。ねぇ、この前制服見つけてヤッターそれ着たいなって、学校どんなとこって、知って、アンジェリーナ、この前わたし制服みつけてえへへ、ノヴァちゃんご飯作ったやった! いや、いかないでよ、いたいよ、いたい。ねぇ。ふふふ」

 

 絶句する男のことを置いてエレノアは止まらない。ついに仮面の端からどろりとした血が溢れ出てきた。それを見て衝撃から脱した男はエレノアの両方を掴んだ。

 

「おい! しっかりしろ! おい!」

 

「それで、それでね、この間に」

 

「なぁ、もう止めろ、やめてくれ! アンタが死んじまう!」

 

 男は悲痛な顔持ちで、ナニかに向かって喋り続ける少女を止めようとした。とても見ていられるものでは無かったし、何より少女の限界が近づいているのが分かったから。

 だから肩をゆさゆさと揺らした、それでどうにか()()()()に戻って来てもらおうと。

 

 

「わたしに……」

 

「え? なんだ?」

 

「わたしに、触るナァァ!」

 

「うわっ!?」

 

 

 勢いよく男の手を振り解くエレノア。想定外の衝撃にたまらず男はたたらを踏んだ。その拍子ににエレノアが離れる。

 背中を丸め、地面にだらんと手を伸ばしたその様はまるで二足歩行を覚えた獣のようで。

 

「ァ」

 

 背中のボルトはヤマアラシの針のようで。

 

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 

 びりびりと空気を揺らすほどの咆哮に思わず耳を押さえる。がんがん鳴る頭を振り、目を開ければ少女の姿が。

 空中に足場を作り、瓦礫の山を飛び越えて行ってしまった。

 

 

「……クソァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

⚫︎失血の初期症状

皮膚の蒼白、冷汗、体温の低下。早く浅い呼吸、爪の色が白くなる。

 

 

 

 

 

⚫︎失血の第二段階

血圧低下、多臓器不全

 

 

 意識の混濁。

 

 

 ◆

 

 

 混乱、乱雑、悲鳴。

 

「くそっ……、一体何なんだこの状況はッ!」

 

 

「建物の内部はもちろん、隅から隅までくまなく探し出せ!」

 

「やめて! その人を放して! あなたたちはなぜこんな……」

 

「抵抗するつもりか? もう遅い! このチェルノボーグ人がっ!」

 

「お前は早く逃げろ! 俺のことは構うな……子供たちを……」

 

「ママ……ママァ!」

 

 

「防衛ラインだけは絶対に死守せよ! 市民の犠牲などいくら出ても構わん。仮面の暴徒どもめ……一体どれだけ湧いて出てくるんだッ」

 

「攻撃の手を緩めるな! 敵に立て直す隙を与えるんじゃない!」

 

「援軍はまだなのか! このままでは……」

 

「突撃だ! 行けッ!」

 

 

 

 

「どういうことなんですか……!? どうして……どうしてレユニオンがこんなことを……」

 

「アーミヤさん……」

 

「何年も上手く騙しおおせていたようだが、遂に本性が牙を剥いたんだろうな」

 

「か、感染者たちが……ウルサスの国民を……チェルノボーグの市民たちを襲うなんて……」

 

「なぜだ! 感染者たちが政府に反抗すれば、タダでは済まないのは分かっている筈だろう!」

 

 

 ◆

 

 コータスの少女は震えていた。

 あまりの混乱に、惨劇に。今の彼女らにはドーベルマン教官と、数人のオペレーターからなる部隊、そして記憶を無くしたドクター。

 ロドスの戦力としては少なく、介入する意味もない。だが、彼女が見過ごす理由にもならない。

 

「……レユニオンと戦いましょう。今すぐにです」

 

「……アーミヤ……それは……」

 

「ドーベルマンさん、いまここで出たら危険なのは十分に分かっています。ですが、このままここに潜んで彼らの行為を見過ごす間に、一体どれだけの命が失われると思いますか! しかもこの状況がいつまで続くか分かりません。何より私たちにもタイムリミットがあります。ならばここで彼らを止めるべきです。違いますか?」

 

 彼女の目はどこまでも真っ直ぐだった。

 もし仮に。仮定の話ではあるが。

 アルサシアンと、彼女をどちらもよく知っている人物が居たならばこう思うに違いない。

 

 

 “似た目をしている“と。

 

 

 ◆

 

『チェルノボーグは憲兵団の迅速な対応により……すでに状況は沈静化し、ほとんどのエリアは鎮圧されました。チェルノボーグ憲兵団は今まさにワスクの大道の暴徒を包囲しており……今回の無謀な反乱は終焉を迎えようとしています』

 

 街中に設置された大型モニターから、アナウンサーの声が響く。普段であれば、数人が足を止めて見ているそれは、今はただ虚空に向かって話しかけているだけだった。それを見ていたレユニオンの男は思った。『聞くやつが居ないのに、誰に向かって話しているのか』と。それはあまりに滑稽であり、愉快でもあった。今までさんざん見下して来たやつらの街がこの様な状況になっている事が、気分が良くなった。

 

『市民の皆様は慌てることなく、屋内にてチェルノボーグ憲兵団の勝利をお待ち下さい……。ウルサスの栄光が、陛下と市民に加護を与えることでしょう!』

 

「くそっ、あいつら、あいつら……あの武器や装備は一体どこから!」

 

「うろたえるな。武装をまとったところで中身はしょせん野獣だ。訓練も積んでないただの暴徒にすぎん!」

 

「しかし敵の数が……!!」

 

「すでに我々は味方の三倍の敵を倒した! さらに三倍の敵を討てば戦いなど終わる!」

 

「世迷い言はそこまでにしておけ、チェルノボーグの愚か者め!」

 

 

 

 目下では混乱が続いている。今も憲兵団と、レユニオンの奴らがぶつかっている。いいぞ、もっとやれ。俺たちは待機を命じられているから何も出来ないが、おれたちの分までやってくれ。

 

 そんな風に男は笑ってその光景を見ていた。とても気分がいい。特に小さい頃さんざんいたぶってくれた憲兵団のクソどもが焦っている姿を見てせいせいする。突っ込んでいった奴らはもう戻ってこないかもしれないが、数で押せばいいのだ。天下のウルサス憲兵団サマが、雑兵に数で押されて飲み込まれる。なんと笑える状況か。

 

 

 

 

 なのに、何故だか。

 

 

 

 さっきまでの高揚感は浮かんで来なかった。

 こんなに愉快な状況なのに。いい気味なのに。

 

 

 

『私たちは、獣じゃない。人間なんだよ。もちろん、君もね?』

 

 

 

 いつだったか、投げかけられた言葉。

 レユニオンの幹部だから、期待していたのに会ってみれば見た目はまだ成人しているかどうかも怪しい子供で。

 それだけで少し落胆しかけていたのに、更にあんなことまであんなことまで言い出す始末。

 

 失望した、完全に落胆した。

 非感染者への復讐を誓って中に入ってみれば、幹部だと聞かされていたのはただの甘っちょろいガキだった。

 その時はひどく罵倒して、彼女の元を去った記憶がある。

 

 

「くそっ、援軍は……!」

「行けッ、行けッ! 押し込め!」

 

 

 だが、どうしてだか。

 チェルノボーグが、非感染者どもが混乱して泣き叫んでいるのがこんなに愉快な筈なのに、心にぽっかり穴が空いたような虚しさがあった。

 

「獣、獣ねぇ……」

 

「おい、どうした」

 

 思わず漏れた呟きにとなりで待機でしていた男が聞き返す。声を押さえたつもりだったが、どうやら聞こえてしまったようだ。

 

「野獣は俺らの部隊には居ないぞ、他の連中が持っていった」

 

「そういうこと言ってんじゃねぇよ。や、ただなぁー……」

 

 

 あちらこちらで混乱の声が聞こえる。それと同じくらいレユニオンの奴らが怒鳴る声も聞こえる。きっと中には自分と同じように、いけすかない街と連中がめちゃめちゃになって、笑っている奴も居るのだろう。 

 

(ただ、なぁ……)

 

 それはきっと爽快で。自分たちに被害はないと信じて足蹴にして来た奴をぶん殴れるのは愉快で。いい筈だ。そうなってもおかしくない扱いを受けて来たのだから。だが、何度となくやってくる虚無感が男の口を開かせた。

 

「なぁ、お前、これ見てどう思う? 俺らってほんとうに人間だと思うか?」

 

「はぁ? 何言ってんだ。人間に決まってんだろ。お前も感染者は人じゃねぇって言い出すクチか?」

 

「いや、そうじゃねぇって。早まんなよ。ただ、な。ほら。統率もなく、ただ自分のやりたいようにやってるだけじゃねぇかって。それって獣と大差ねぇんじゃねえかなって」

 

 

 男は学はあまりない。環境のせいといえばそうだが、それを言い訳にするのが嫌で、今までこう言った抽象的な話はあまりしなかった。

 それでも今は、どもりながらでもいいから声に出すべきだと思った。何故だかそうした方がいいと思えた。隣の男は続きを促すように黙っていた。

 

 

「なんつーか、なぁ。今まで散々な人生で、何度世界と人間を呪ったか分かりゃしねぇ。お前らはたまたま感染しなかっただけで俺のことを見下しやがってってな。恵まれてるあいつらなんてみんなめちゃめちゃになっちまえばいいと思ってた、んだけどなぁ」

 

 

 火の粉がこちらまで飛んでくる。別の方角が騒がしくなって、また衝突が起こったのだろう。それも、ここにはまだ関係ない距離だった。

 

 

「正直憎くてたまんねぇよ。何で俺が、俺だけがって思うよ。でも、でもなぁ」

 

 

 男は空を仰ぐ。自らの心のうちにわだかまった何か、抽象的でぼんやりしてて。それでも大事な何かをどうにか言葉に。そうして、自然と言葉が口からするりとこぼれた。

 

 

 

 

「……俺はただ、ちゃんと人として生きてぇなって」

 

 

 

 それは紛れもない男の本音で。恥ずかしそうに後頭部を掻く男に、隣の男はただ静かにひとつ聞きただした。

 

 

「人間がいいか」

 

「あぁ。獣は、すこし嫌だなぁ」

 

「そうか」

 

 

 黙って話を聞いていた男は立ち上がると、武器を確認し始めた。そうして突然の行動にきょとんとする男に手を差し出した。

 

「行くぞ」

 

「は? どこへ」

 

「まだ、逃げ遅れた市民がいるそこらへんに居る筈だ。逃すなら見つからねぇように上手くやらんとな」

 

 

 男はびっくりした。確かに自分は少し喋ったが、それと目の前の男が言っている行動とが合わないのだ。意味が分からなかった。

 そんな男の態度に痺れを切らしたのか、すこしムッとした声で男が続けた。

 

 

「人間でありたいんだろう? 少しでもいいから、人を助けられたらそれは……人間なんじゃないか?」

 

「……そうか? そうか。そうだよな。うん、そんな気がするな。なんかそんな気がしてきた」

 

 

 

 男は何度もことばを転がすよう、つぶやいた。それは今まで散々自分たちを見下してきた奴らを助けることなのだが、なんだか良いものに思えた。すこし前までなら、クソ喰らえだと思っていたものが、ちょっとだけ違って見えた。

 

 

「そしたらじゃあ──行くか」

 

 

「あぁ、行こう」

 

 

 差し出した手を取ると、男はチェルノボーグの街を走っていった。

 人生はクソで散々だが、自分まではそうなりたくは無いと足を動かした。

 

 

(今度あの蒼髪のガキに会ったら、少しくらいなら謝ってやってもいいかな)

 

 

 癪だが、大変癪だが。このように思えたのもアイツが居たからではないかと思って。なんとなく。なんとなくだが。男には、謝ったら盛大にからかってくるペッローの幹部が容易に想像できた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 本人は気づいていないかもしれないが。

 情熱は消えず、継がれるのだろう。そうやって歴史は紡がれてきた。

 そうして今もまた、1ページが増えるように、歴史が増えていく。

 

 連綿と、人の想いで紡がれた歴史が、増えてゆく。

 そこにはきっと、あなたの名前もあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 あなたは気づいていないかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




意識混濁は正確には、段々と眠りに入っていくような症状です。
今回のエレノアちゃんは、戦闘のアドレナリンと失血でああなってます。ですので医学的な明瞭度と照らし合わせると意識混濁ではないです。たぶん。
(読み飛ばして構いません)

いつも誤字報告、評価、感想、お気に入り、閲覧ありがとうございます。とても、元気になります。

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