エレノアちゃん、チェルノボーグ到着。
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戦闘にて、大怪我。
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血を流しすぎた……。
前回と間が空いてしまいましたが、ひとまずです。
ほんとうに、見てくださってる方。ありがとうございます。
では。
コードネーム、アリーゼ。
彼女はロドスの医療オペレーターである。
若い彼女は、現在行われている作戦に参加することなくロドスに残っている。担当は小児科、いくつかある部屋の見回りもまた、彼女の業務に入っていた。
彼女は戦闘能力を持たない、一介のオペレーターだ。しかし現在は一時的にトップを始めとした多くの職員が、作戦のため出払っている。その分として彼女は通常の業務に加えて一般の患者も一時受け持つこととなった。
彼女の業務はほぼ倍になった。
小児たちは基本的な治療をはじめ、幼い子供は夜に泣く。親元から離れている子が殆どなので仕方ないといえた。それを放置するわけにはいかない。もし、泣きかたが酷いようであれば、それはどこか異常があるかもしれないのだ。確認しないわけにはいかない。
戦わずとも、そこは正しく戦場であり、彼女はロドスという家の守りの一部だった。
◆
時計の針が深夜を指す頃。
手元の小さな端末から呼び出しの音がかかる。
それを確認した彼女は、目の前に積まれた書類から死んだ目を離した。そうしていくつかカルテと器具を持って子供達の入院している部屋へと向かっていった。道中、鏡に写った自分の顔を見てハッとする。顔の筋肉を動かし勤めて笑顔を浮かべると、再び歩きだした。
子供たちには辛い顔は見せない。それは彼女を支える一つの信念だった。
呼び出しがかかったのはいつもの子だろうか。
子供達に余計な不安を与えないよう、今回の作戦は小児の医療チームは多くが残った。しかし、その分作戦に同行した他の担当の分も埋め合わせをしなくてはならなくなったので慌ただしい雰囲気が流れていた。いつもと違う慌ただしい不安感が子供たちに伝わったのだろうか。最近は夜に泣く子が増えた。その場合は子供を宥め、寝かしつけるのだが、当然その間の書類の仕事は止まる。彼女はそれを気にしていないのだが、気持ちでは仕事は減らない。
当然、終わらなくなったので休憩時間を削って仕事をこなした。それでも足りないので今度は睡眠時間を削って必死に書類やその他の仕事をこなした。食事は片手でつまめるものとなり、仕事の合間に作業のように口に運んでいった。その生活が医療に携わるものとして、思考に影響が出るから良くないと理解していながらも、彼女はやり続けた。
アーミヤを始めとしたオペレーター達が帰ってくるまでの辛抱だと信じて。
ふらふらと廊下を進む。夜更けのロドスは静かで、時計の針の音が反響していた。
ややもせずうちに病室の前までたどり着く。病室からはすすり泣く声が聞こえた。彼女はひとまず安心した。なにかあったときの叫ぶ鳴き方ではなかったからだ。そこで気が緩んだ。
「あっ」
胸のポケットに入れていたペンを彼女は落としてしまう。拾おうと膝をまげ、屈むと──力が抜けてしまった。
ぽすんと病室の前に設置されたベンチに座る。そうしてそのまま動けなくなってしまった。懸命に動こうとはするのだが、足は上がってくれなかった。
病室の中からはあいも変わらずすすり泣く声がする。いかなくては、任せられた私がやらなくては。
それでも体は動こうとしなかった。さらに悪いことに瞼がどんどん重たくなる。
(ああ、私が、行かないと……)
彼女はまだ若かった。人に頼る、もしくは任せるということが上手ではなかった。それは周りも忙しい中で頼るのは気が引けるというのもあったし、もし頼ったとしてそれで自分が無能だと思われるのが怖かったからだ。もちろんロドスの皆は優しくそんなことはないのだが。
若さゆえの自分の体力への過信か。自分の体を労ることもまた人を助けることに繋がるのだと彼女は分かっていなかった。
休憩を削った彼女は余裕を無くし、睡眠を削った彼女は心の安定を欠いた。抱え込んだすえ、業務は増えてゆき、疲労が減ることは無かった。
何度も人に頼ろうとしたが、その度に責任感と申し訳のなさが、足を引っ張って止めた。
結果、彼女は倒れるまではいかなくとも動けなくなってしまった。今の彼女に必要なのはカフェインや使命感ではなく、睡眠と休息となっていた。
もし彼女の最大の失敗を挙げるとするならば。それは不相応にも業務を抱え込んだことでもなく、効率よく書類を進められなかったことでもない。人に頼らなかったことだろう。
病室の入り口に取り付けられたランプがオレンジ色の光を放っている。行かなくてはいけないのに、体は言うことを聞こうとしない。やがてその思考さえもぼやけてゆき、意識は微睡みへと落ち──
◆
「──ハッ!?」
意識が一気に覚醒した。酸素が脳に送り込まれ、ぼやけていた視界が輪郭を急速に取り戻してゆく。
無意識に壁にかかった時計を見ると、針は最後に見た時から30分は進んでいた。
血の気が引いた。
一体自分は何を、なんてことを。
彼女は慌てて立ち上がり部屋へと入ろうとし──、泣き声が聞こえて来ないことに気がついた。
「……えっ?」
代わりに聞こえてきたのは、歌だった。
歌が聞こえる。少女の声だ。
聞き覚えのない歌を少女が中で歌っている。
がちゃり、とドアを開けてみると少女と目があった。
「あ、アリーゼさん」
「……こんばんは、ライラちゃん」
彼女──ライラは上半身を起こし、こちらを見つめていた。その膝にはまだ幼い、先ほどまで泣いていたと思われる少年が眠りこけていた。彼女はその頭をゆっくりと撫でていた。
「あの、これは……」
「んー? この子がね、さみしい、さみしいって泣いてたから。歌をうたってあげたの」
凄いでしょ、と言わんばかりに笑顔を向ける少女に、アリーゼはうまく言葉を返すことが出来なかった。
「ライラちゃん、ごめんね……。私がうっかり寝ちゃったせいで」
「なに言ってるの、アリーゼさん。これは私がこの子にしてあげたかったからしただけなの。どうして謝るの? そんな必要ないよね?」
「それは、私は医療チームの人間で」
「ちょっと、もう! ダメだよ! そんな風に……あ、この子が起きちゃう……」
「……お茶を入れるよ。飲む?」
◆
「これ、おいしいねー! それに……こんな時間にお茶だなんて。なんだか悪いことしてるみたいでワクワクする!」
「それを飲んだらちゃんと寝なきゃダメだよ」
「わかってますよーだ」
彼女たちは、眠りについた少年に気を遣い、外のベンチに並んで座っていた。手にはアリーゼが淹れたノンカフェインのお茶が湯気を立てている。
「それでね、さっきわたしが言った事なんだけどさ」
そう言ってライラが切り出す。アリーゼはコップに映った天井を眺めながら聞いていた。
「あれ、少しはアリーゼさんの手伝いになればなーって気持ちもあったんだよ」
返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。
「それは……嬉しいけど、どうして?」
この質問がどことなく可笑しさを持っていると分かっていたが、つい口から出てしまった。
「だって、ロドスのみんな、なんだか最近忙しそうにしててさ。アリーゼさんだって、ちょっと疲れてそうだったから。“困っている人が居たら、遠慮しないで助けてあげて“っておねえちゃんも言ってたし!」
「おねえちゃんって、ライラちゃんを助けてくれたっていうあの?」
「そう! そのおねえちゃん! 凄いんだよー! 私が人攫いにあって、おんなじような目にあった子たちと車で運ばれてちゃってさ。もうだめだーって思ったら、かみなりでばりばりー! って。カッコよかったよー! その時に、私が何かお礼がしたいって言ったら『じゃあ、困っている人が居たら、遠慮しないで助けてあげて』って!」
ライラは嬉しそうに話す。話を聞いていたアリーゼもすこし落ち着きが戻ってきた。
「凄いんだね、とってもカッコいい」
「でしょでしょ!? でもねー、おねえちゃんはそれだけじゃ無いんだよー!」
「え?」
「カッコいいだけじゃなくてね、とってもかわいいの!」
両手を広げて、感情をあらわにするライラ。アリーゼは思わず頬が緩んだ。ライラは感情のまま、それは楽しそうに話した。
「おねえちゃんは雨雲みたいな色のそうび? を付けてるんだけどね。外すとすっごいんだ」
「どんな風に?」
アリーゼがそう尋ねると、喋って喉が渇いたのか、彼女は両手でもったコップを傾けてお茶を飲んでいた。
「んぐっ、んぐ……ぷはっ」
そうして、飲み終わると再び口を開く。嬉しそうに、楽しそうに。まるで秘密の宝物を自慢するように。
「おねえちゃん。とっても綺麗な髪と目をしてるんだ。嵐が過ぎた後のすきとおったお空みたいな。どこまでも繋がってて、広がってて。綺麗なんだよ。目はね、濃い青と薄い青がからまって重なって……なんて言ったらいいのかな。とにかく綺麗で、とっても可愛いんだ」
そうやって思い出を語る彼女は、笑顔だった。アリーゼにはそれが眩しく思えた。
「あ、わたしがさっき歌ってたうたも、都市まで送ってくれる時におねえちゃんに教えてもらったんだよ」
「そうなの? 今まで聞いたことのない曲だったから不思議だったんだ。そうだったんだね」
アリーゼはあの歌を素直に綺麗な歌だと思った。それなりに趣味で音楽を聞いてきた彼女だが、それでも知らない歌となると、なるほど。そういった事情があったのかと。
アリーゼは嘆息した。すべて、知った気になっていた。それは歌もそうだし、仕事だってそうだ。すべて自分の手の届く位置にあると思っていた。それは勘違いで、世の中には彼女の手の届かない箇所なんてごまんと存在している。そんな当たり前の事実にいま、気がついた。
そうすると不思議なもので、今まで感じていた重さが、重圧が軽くなったような気がした。
「……私も教えてもらっても良いかな?」
「うん、うん! もちろん! 教えるから、いっしょに歌おう!」
そう言ってライラは、楽しげに笑った。
──きらきらひかる。
おそらの星よ。
なにも頼ることが出来るのは大人だけではないのだ。
目の前の少女にだって頼ることはできる。
彼女は自分の視野がいかに狭いか、思い知った。助けてくれる人がちゃんと周りに居ることに気がついた。
彼女は人に適切に頼ることを覚えた。それは甘えではなく、それもまた一つの強さであり、優しさだと理解した。
(それにしても、おねえちゃん、か)
話に聞く限りでは、己の利益関係なく、感染者の子供の為に行動を起こせる、強い人だ。
そんな人も居るんだ。いつかロドスに来てくれたらな。きっと優しい人なのだろう。
まばたきしては
みんなをみてる
その、“おねえちゃん“という人物に会えるかどうか、可能性で論じるならば限りなく低い。でも、彼女とロドスでは目指す道はおそらく同じなのだ。いつか、出会うかもしれない。きっと彼女と一緒に働けたなら、それは素敵な事である。
そんな未来を想像していた。
きらきらひかる
おそらの星よ
◆
「ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
「くそッ、くそッ! バケモンが! 誰かあいつを止め──」
◆
なにをしているのだろう。
頭がぼうっとする。音がすべて遠い。
わたしは何に対して怒っているのだろう、なんでこんなに鎚を払っているのだろう。
「ア゛ア゛ア゛!」
「見境無しかよ! ここは放棄しろ。引け、引け引け! ウルサスのクズどもは放っておけ!」
わたしの目には人がうつる、砕けた建物がうつる。
振りかぶられる武器に反射的に鎚を振るえば、吹き飛んでいった。
アーツはずっと使っている。鉛筆削りに突っ込まれたみたいに体が削れていく感覚すら覚える、でも止めない。止めたらすぐに死んでしまうから。
「ッ! やばい、アレが来るぞ!」
やがて空気は絶縁を振り切った。閾値を超えた雷が辺りをはいずるように舐めて回る。周りを焼いていった。わたしの体も焼けた。
痛い、あつい。
「ボウガンで打ち抜け!」
「ヴァ゛ァ゛ァ゛!」
なんでこんなに感情が昂っているのだろう、私は何をしているのだろう。──分からない。
分からないけど、とにかく怒っていた。
「よしっ、肩に刺さった……なんで止まらねぇんだよッ!」
「下がれ! 建物に一度隠れて……野郎、空中を足場にしてやがる」
「
◆
少し離れた位置ではウルサスの警備隊、その高官が突如として現れた獣を見つめていた。隣には位は低いが、幹部の位置にある若い男がその光景を見て唖然としていた。
“レユニオンの幹部? ──追加の戦力か? “
などと考えていると、ヤツはレユニオンの構成員お構いなしに暴れ出した。若い男は驚きに目を見張る。仲間割れなのか。
「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
赤い軌跡を残しながら奴が舞う。──あれは血だ。奴の体から流れる血潮だ。
見ればそれはヤツが動くたびに撒き散らされており、どこか深い傷を負っているのは明らかだった。それは背中から無数に生える、棘に思えた突き刺さったボルトからだった。それらはゆらゆらと不安定に揺れ、血を抜き出し続けていた。
そこでようやく合点がいった。
恐らくヤツは血を流し過ぎた。そして、思考がまともにできなくなったのだ。レユニオンのことを味方だと判別すらつかなくなるほどに。
『アイツのアーツは一体何だ!? 雷か?』
『じゃなかったら一体何になる!?』
『だったら、だったらどうして空を踏んでいる!?』
『知るか……ぐあっ!?』
また、奴が吠えた。耳障りなこもった声だ。
このまま暴れていれば奴は失血で死ぬか、討ち取られるだろう。装備からレユニオンだとは分かっていた。しかし奴はレユニオンの味方さえも厭わない。もはや己が何をやっているのかさえ判別が付かないのだろう。背中から棘を生やし、理性もなく暴れる様はまさに獣だ。軽蔑に値する、感染者の成れの果てだ。だが。
──ひとつだけ気になるとすれば。
奴はまだ武器を握り続けている。戦い続けている。あそこまでボロボロに擦り切れながらも武器を手放さないのは、ひとえに奴の意志がそれを繋ぎ止めている為か。理性なき中で、残滓のように残った意志だけで戦闘行為を続けいる。無意識でまだ立っている。
レユニオンは憎むべき敵だ。感染者もまた同様。ここまで街とウルサスの市民を滅茶苦茶にするのなら早々に処分するべき“害獣“だとも思える。
だが、しかし。
「獣に人としての誇りを僅かながらに感じるとは──不思議なものだな」
奴はまだ戦い続けている。抵抗の武器を手放していない。
諦めていない。
その有り様だけは、敵ながら見事だと思った。
しかし、それでもじきに斃れる。その最後が仲間に討ち取られるかもしれないとは、なんとも皮肉で哀れなことだ。
『ア゛ァ゛ァ゛ァ!』
『貴様よくも──がッ!?』
また一人警備隊が倒された。恐ろしい速度で振られた鎚をかわす所までは良かったが、その後に続いた電撃に吹き飛んだ。
奴は帯電をしているようで、それは背中に刺さったボルトを起点として発生していた。ゆらゆらと揺れるボルト同士のぶつかりで火花が発生していることからも、それが正しいのだと判別出来た。
「遠くからでは弾かれる。近づけば雷撃か……。レユニオン共め。随分と
近くで男の上官に当たる男が呟いた。
「どうされますか?」
「一部隊を残して引け。この区画は放棄する」
「それは……!」
若い男は絶句した。上官の命令は、今戦っているものたちを見捨てることを意味していた。
「気にするな。元々そういった命令だ」
「……今、なんと?」
「早く作戦行動に移りたまえ」
「しかし……」
尚も食い下がる若い男に、壮年の上官は首を向けて目を合わせた。
「私は君が賢明な者だと思っているよ。この意味が分かるかね」
「…………はい」
「よろしい。では、初めてくれ。じきにここは全滅する」
「了解しました」
◆
人がうつる。もえる街並みがうつる。
子供を抱えて空に吠える母親がうつる。
「──!」
「やめ、やめてくれ……!」
そうだ、そうだ。止めなくては。
やめなくてはいけないのは分かるのに、どうしたら良いのか分からない。今自分がなにをやっているのか分からないから、わからない。私はしっかり考えられている? わたしの意識はどこにある?
心の深いところが、これは駄目だと強く発している。
でも、じゃあどうしたらいい? 自分が何をやっているのか分からないから、あぁダメだダメだ。
「ゴァ゛ア゛!」
「感染者が……。くたばりやがれ……」
いま自分がやっていることが決して良いものではないと分かってる。分かってるけど、今なにをやってるのか分からないんだ。もし体の動きを止めたら、死んでしまうかもしれない。死んでしまったら私は、私は今まで砕いてきた者たちに申し訳が立たない。違う、そんなこと思ってない。私は止めないと、タルラちゃんを、レユニオンを。
がつん、と頭に衝撃が走る。そちらを向けば、男が振りかぶった姿勢のままこちらを怯えためで見ていた、
「こっちだ! 化け物!」
「あなた、やめて!」
「ニーナを、家族を頼んだぞ。……こっちに来い!」
「パパー! パパー!」
ゆらりと体が動く。石を構えた男の方へと足を引きずってゆく。
ああ、もし神様がいるのなら。
おねがいします。止めてください。おねがいします。私は
消えていった私の大切なみんな。みんなが最後に守ろうとしたものを、レユニオンを。私たちの家を守らせてください。
おねがいします、おねがいします。止めてください。
もう、私をころしても良いですから。
おねがいします。
「お、おおぉぉ!」
「嫌、いやぁぁぁぁ!」
「パパ、パパー!」
石を投げた男にゆっくりと私は振りかぶり──
ばちん、と何かに弾かれた。
「──そうは、させません」
強い意志のこもった目が、こちらを見ていた。
飛んできたアーツの発射点から、その目線は出ていた。
歪む視界で、目を向ける。
そこには、栗色の髪をした、コータスの少女が見えた。
──ああ、神様。
◆
夜の星々が見守る中、彼女は窓の外を眺めていた。
ガラス一枚隔てた先に、夜の闇が広がっている。静かな部屋の中で、うとうと、と微睡んでいた。
そんな彼女の口からこぼれた言葉は、意識してのものではなかったのだろう。それでも、その気持ちは決して偽りではない。
「おねえちゃんに、会いたいなぁ」
いつも思い出すのは、あの明るい笑顔。また会えるかどうかは分からない。一度きりの出会いだ。
それでも小さな彼女は、再会を信じて歌を唄うのだ。
いつも、ありがとうございます。