レユニオン幹部が1人、アルサシアン!   作:調味のみりん

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見てくださっている皆さんへの感謝は忘れません。
……本当ですよ。

それはさておき。
いつも、ありがとうございます。
では。






固いパン ≒ エレノア

 

 採掘場の傍ら、ガスマスクのようなものを被った者と、全身を灰色の分厚い布で覆った様な装備の者が話をしていた。

 言うまでもなく、スカルシュレッダーとアルサシアンである。

 

「──っと、現状はこんな感じだ」

 

「なるほど、なるほど」

 

 エレノアはしきりに頷いた。

 

 つまりは、龍門近衛局、ロドス、あとどこか別の組織から数人。これら全てから今追われていると。近衛局からは特別督察隊の隊長と、相当の戦闘力を持ってるオニの盾使い。ロドスからもそこそこの人数が出てて、こっちの戦力はここにいる人たちだけ。

 

 

 いや、厳しいな!? 

 

 

「それは分かっているが……そうだな。かなり厳しい戦いになる」

 

 

 スカルシュレッダーは反論しようとしたが、結局語尾が小さく、現状を認めるしか無かった。

 

 

 いや、ごめんて。

 べつに落ち込ませるつもりは無かったんだって。

 

 確かに厳しい。でもその分、私が頑張ればいい話だ。これ以上は話したところで意味はないだろう。あとは即、行動のみだ。

 私がもう出る旨を伝えれば、わかった、と静かに返事を貰った。

 

 

「あ、そうそう。スカちゃん。最後に聞きたいんだけどさ」

 

 

 情報は共有できた。

 私がやるべきことも分かった。ただ、どうしても気になっている事を尋ねた。

 

 

 

「ちゃんと、()()()?」

 

 

 

 その質問にスカルシュレッダーはきょとんとした雰囲気を出す。

 しかし直ぐに意図を理解したのか、穏やかな声で「ああ」とだけ答えた。その返事に満足したエレノアは、振り返る事なく砂埃の中へ消えていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「本当に一人で行かせてよかったのか?」

 

「ああ、下手な奴はアイツのアーツに巻き込まれるだけだ」

 

 あれからエレノアは、やってきたかと思えばスカルシュレッダーに状況を訪ね、千切れた左手首の装備を直してからすぐに出発していった。

『誰か手の装備で予備持ってる人いないー?』

 

 シラクーザで消えたと思ったら、ひょっこり顔を出して。

 心配していたのが馬鹿らしくなってくる。そもそもアイツがそう簡単にくたばるような奴では無いのだ。それは単純に強い、というのもあるが、アイツはしぶといのだ。

 

 

 その時、ふと気になってスカルシュレッダーは岩場の陰に回った。

 装備を治す際、不思議とアルサシアンはここに隠れて作業をしていたのだ。ものの数分で出てきたが。

 

 

 

 

「──これは……!」

 

 岩の陰に入った瞬間、漂ってくる。

 むせ返るような、濃い、ひたすらに濃い血の匂い。

 息をするたびに入ってくる、むわりとしたこぼれた命の匂い。

 

 

 そこで悟った。

 どうしてアイツが隠れて装備を直していたのか。

 どうして人前で装備を脱ごうとしないのか。

 

 

「スカルシュレッダー、来やがった! ロドス共だ!」

 

 

 気にしていても今はどうにも出来ない。

 意識を切り替えるとスカルシュレッダーは戦いの場に身を躍らせた。

 

 

 ◆

 

 

 p.m.──

 

 

「では、二手に分かれるべきでしょう」

 

「理由を伺っても?」

 

 

 アーミヤの提案に疑問を呈するのは大柄な女性、ホシグマだ。アーミヤはひとつ頷いてから理由を述べ始めた。

 

「はい、確かに通常であれば戦力の分散は意味がありません。ただ、今回は挟撃の可能性が有ります」

 

 淀みなく語られる説明に、ホシグマはなるほどと相槌を返す。

 

「チェンさんが仰っていた相手……もしレユニオン幹部のアルサシアンであれば単騎であっても挟撃足りえます」

 

「運がよかったらあの雷野郎に会えるって訳ね」

 

 フランカは先程遠目で見た落雷と、チェンの待つ左手首の装備を見て皮肉げに言い放った。

 

 これは勘違いなのだが、フランカは、切り取られた手の装備。その大きさから相手をサルカズの大男のような者だと思っていた。

 

 見れば大きく分厚く見えるが、それは素材が何層にも重なって厚みが出ているのであって、手を入れる空洞の部分は小さく細いことが分かるだろう。

 

「彼女は女性ですよ」

 

「……冗談よね?」

 

「本当。報告書にもそうやって書いてあった」

 リスカムは、はぁとため息を一つこぼした。

 

 

 ◆

 

 

 風が吹く。風が吹いて、砂が巻き上がる。

 風が強くなればなるほど、砂も多く濃くなっていって、遂には殆ど視界は塞がれてしまった。

 

 砂嵐は割と得意な方である。

 空気は砂が水分を奪って乾燥しているが、その分砂がある。

 細かく、何十回もぶつけるのは砂同士でもいい。それであっても雷は起こせるのだ。

 

 

 私の今回の目的は、スカちゃん……スカルシュレッダーの方は行かせないこと。どうしても今の戦力じゃ、退却してもいずれ追いつかれる。(そもそも無事に逃げられるかどうかの問題でもある)だから私でなるべく数を削り、向こうの負担を減らせばいい。数で劣っているなら、私が覆せばいい。

 

 じっ、と待っていれば──来た。

 

 がちゃがちゃと装備が立てる音が聞こえる。

 この砂嵐では私の姿も捕捉しづらいだろう。

 あとは、やるだけだ。

 

 アルサシアンは静かに、しかし確実に力を足に込めてゆく。

 

 

 そうして舞台は急激に戦場へと姿を変えた。

 

 

 ◆

 

 

 鎚を右手に持ち、地面を思い切り蹴って飛び出す。

 ──最短距離で打ち抜く。

 その為に無駄な動作を省き、一つの動きに他の動きを連動させる。ほんの少しの余分も出さない。下から持ち上げるような、掬い上げる軌道。

 

 開幕と同時に繰り出されたエレノアの一撃に、近衛局の職員が一人吹き飛ばされる。

 

 エレノアはそのまま遠心力に引かれ独楽のように回り、振り向きざまにもう一度振り抜く。

 突然目の前で弾き飛ばされた仲間と、いきなり現れたエレノアに驚愕の表情を浮かべながらも、すぐさま防御姿勢を取る。流石は近衛局と言える反応速度だが、ほんの少し遅かった。

 構えたかけた盾の上から押し込む様に強引な一撃。踏ん張る暇もなくもう一人が後方へと姿を消した。

 

 そしてここまで動いたのなら、もう溜まる。

 空気は、ばちばちと異音を立てて──光が炸裂した。瞳を焼く光量と、聴力を奪いかねない音が空気を叩く。焦げるような臭いが風に乗って運ばれてゆく。

 地面や、装備がしゅうしゅうと煙を立てる中、立っていたのは、灰色の図体をした、アルサシアン一人だけ。

 その装備で膨れ上がった大きな図体を前に屈め、地面に落ちた雷の燐光を弾きながらゆらり、と起き上がった。手には鎚、もう次の行動に移ろうというのだ。

 

 そうして、それを別の分隊で僅かに離れた位置から見ていた近衛局職員は絶句した。

 

 たった数瞬。それだけでひとつ分隊が壊滅的被害を受けた。

 ──これが、幹部。これがレユニオンの『雷獣』。

 今まで相対してきたものとは、絶対的に()()のだと理解した。

 

 アルサシアンはゆっくりとこちらに向かってくる。それは本当にゆっくりなのか、はたまた彼自身の知覚能力が極限状態で引き伸ばされた結果なのかは分からなかった。ただ一つだけ確かな事は、相手がこちらを見ていると言う事である。相手は次の瞬きの間に来る。こちらとあちらの距離を一瞬で零にして突撃してくる。

 

 

 そうして彼は今日、死を覚悟した。

 

 

 

「般若よ!」

 

 

 高音と重たい音が入り混じる、複雑な音が響いた。

 気付けばそこにいたのは近衛局きってのエリート、ホシグマ。彼女は盾を構え攻撃の隙間に割り込んできたのだ。

 流石に彼女相手ならば止められたのか、そう思ったのも束の間。一息の間に5回は鳴り響く衝突音。恐ろしいのはそれが絶え間なく今この瞬間までも続いていると言う事だ。

 

 

 

「ぐう……!」

 

 

 しきりに眩い光が視界を埋める。

 この距離では光ると同時に衝撃が襲ってくる。そのためアーツの落雷をもろに喰らい、ホシグマは僅かに呻き声をあげた。それでも一切盾を緩めず構え続けるのは天晴れと言うほか無い。無論、彼とて見ているだけでは無く、カバーに入ろうと動いているが隙が見つからない。

 アルサシアンの乱打が無限に続くかと錯覚し始めた、その時。息が切れたのか一瞬金属音が途絶えた。ホシグマはその刹那を見逃さず盾を斜めにズラすと、後ろ足で踏ん張って思い切り盾で殴り付けた。

 

「ごあッ……!」

 

 くの字に体を曲げて後方へ飛んでいくアルサシアン。彼は初めて相手の声を聞いた。

 相手は何度も地面をバウンドした後、地面に埋まった岩にぶつかり止まった。その反動で上半身を上げ、跳ね起きる。

 

 このまま睨み合いが続くかと思われたが、アルサシアンが地面に転がる手のひらほどの石を掴むと思い切り投げつけてきた。あまり効果的といえない見え見えの軌道に、彼は意図が掴めないままひらりと身を躱そうとする。即座に襲うのはぞわりと背筋に氷を突っ込まれたような感覚。

 ──石は相手のアーツを纏っていた。高速で空気にぶつかりながら加速し、回転し、周囲の大気が明らかに電荷に耐え切れなくなっているのを確認した。アレはあと一秒もしないうちに、弾ける。

 

 死に物狂いで地面の砂を蹴り、離れる。同時に真横に盾を構えた。それと同時に光が辺りを叩いて、爆音が耳をつんざき、衝撃が空気を揺さぶった。こんなものをホシグマは至近距離で何発も防いできたのか、と。

 その時、体内を激痛が駆け回った。確かに避け切った、その筈なのに襲いくる、神経を焼くような痛みに強制的に体が折り曲げられ動けなくなる。

 

 

 雷には一つ、恐ろしい側面がある。

 それは直撃の他に、側撃があると言う点である。少し離れていたとしても、飛んで感電する。その威力は他を一度経由しているからと言って決して侮って良いものではなく、雷本体が10kWh~500kWhの威力を秘めているとあれば尚更だろう。雷が落ちた地点からもれなく1mと少しはキルゾーンとなり得る。それを疑似的にエレノアは作り出しているのだ。

 

 

 痛みに悶える傍ら、彼は見た。()()()()()()()。弾丸のような速度でこちらに飛んでくる『雷獣』の姿を。あの投擲ですらデコイ。雷で仕留められたらそれでよし。防がれたとしても視界を塞ぐか、回避行動を取らせればそれでも良し。本命の攻撃は自身であるからして。

 視界の端に滑るような、限界まで最適化された振りかぶりを写しながら彼は自身の最後を悟った。

 

 

「私の仲間に傷をつけたければ、まずはこの盾に許可を取ってからにしてもらおう」

 

 

 そしてそれは再び鬼の手によって防がれる。

 

「──今だッ!」

 

「流石、いいタイミングだわ」

 

 

 ここで現れたのはここまで隠していた、()()()()

 今、この決定的瞬間まで一度も攻撃に参加せず機会を虎視眈々と狙っていたロドスの前衛。フランカの姿であった。

 完全な死角からの刺突。フランカのアーツによって数百℃を上回る加熱にレイピアの先端は赫く輝き、アルサシアンの装甲を貫かんと迫った。

 

 

「──なっ、こんな状態でも動いて──!」

 

 

 それはもはや狂気とも意地とも取れる回避だった。

 背後にフランカがいると認識した瞬間、無傷は諦めて、アーツを練った。レイピアの鋒が装甲を抉ったと同時、アーツを展開。周囲30㎠ほどの大気を固め身体とレイピアの間に無理やり割り込ませるようにして軌道を捻じ曲げる。それはチェルノボーグで行った、ボウガンを防いだ技の応用で、結果として脇腹をわずかに裂くにとどまった。

 

 

「あっぶな……!」

 

 

 奇襲を防がれたと判断するやいなや、フランカは器用に腰を捻ってアルサシアンの射程から離脱。追撃を免れた。その直後に鎚がぶん、とフランカの腹のあった位置を通り過ぎたとあればぎりぎりだったと言える。

 

 

 ◆

 

 

 幾度もの交錯。

 幾度もの鎚撃。

 荒れる砂嵐の中で、一人、また一人と数を減らす近衛局(+BSW)。

 

 しかしアルサシアンとて消耗は避けられず、徐々にではあるが天秤が傾いていることを戦場の誰もが感じていた。

 

 アルサシアンが予備動作なく飛び出し、それをホシグマが盾で以って受け止める。隙を見せればフランカが鋭く貫き、間を埋めるように近衛局の一撃が入る。

 

 そこでアルサシアンは短期決戦に持ち込もうとした。

 自らの消耗と相手の戦闘可能な者の数を鑑みた時にそれこそがベストだと確信した。

 5メートル程の距離を一息に詰めて、鎚を振わんとしたその時。誰もが予想外の出来事が発生した。

 アルサシアンが踏み込み、着地するその地点。ホシグマを避けてズラしたその場所が、音を立てて凹んだ。つまりは──

 

 

 

 

 地面が、割れた。

 

 

 

 

「はっ?」

 

 

 その声は誰のものだったか。

 地割れのように数十メートルに渡って陥没し抜けた地面に、アルサシアン含む数人の近衛局職員が消えた。

 

 これはその場にいる誰もが知り得ない事だったが。

 この地割れは地下の空洞に繋がっているもので、その空洞が採掘作業によって広がっていたものだった。それが度重なる戦闘の衝撃に耐えきれず崩落した。

 高さはビルのフロアが五つは入るほど。地面が硬い岩盤であることを考えれば地面とモロに衝突した者の生存率は著しく低いだろう。

 フランカも、ホシグマも、地面の下に消えていく仲間に言葉を発することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 地面が上に向かっていく。

 いや、違う。私が落ちているんだ。

 高められた集中は周囲の速度を遅くして、よく辺りを見渡せた。ゴツゴツとした岩肌に、落ちた砂が舞って視界を悪くする。

 このまま地面に叩きつけられれば死ぬか、重症で動けなくなるだろうが焦ることは無い。

 

 私の使えるアーツは空気の硬質化。固めて足場を作れば問題ない。復帰は可能だ。私と一緒に落ちていく近衛局の職員たちは分からないが。

 きっと助かることはないだろう。誰も三次元的機動力を持っている者は居ない。

 

 

 ここの地面は着地する直前に陥没したからか、私は落ちる誰よりも高い位置にいて全体を見ることが出来た。

 恨むな、とは言わない。戦う道を選んだのだから死ぬことだって予測できただろう。私は助けない。

 

 

 

 

 

 

 このまま、このまま──

 

 

 

 

 

 いや、いやいやいや。

 

 何で、なんで私に手を伸ばしてる?

 もしかして、最後の最後に私に縋ろうとしている?

 

 

 

 やめろ、やめろ。

 

 

 

 私に縋るな。私を、希望にするな。

 あの凍原でも。いつかの移動都市でも。チェルノボーグでも。

 失敗ばかり重ねた私に視線を向けるな。

 

 

 

 私は、私は──

 

 

 

 

『なあ、リーダー。もう良いんじゃないか?』

『殴るのも、殴られるのも、アンタ嫌いだっただろ?』

『お前はいつも意地ばかり張って……もう止めろよな』

 

 

 

 首筋に、肩に。背中に、ぽんと手を置かれた気がした。

 声が聞こえた気がした。痛む体に、懐かしい暖かさを感じた、気がした。耳が遠くなる。視界が白く、欠けてゆく。

 

 

 

 スローモーションになった視界の中で、落ちる男を見る。

 その顔が、生意気だったラスティに重なる。冗談ばかり飛ばしていたテディに重なる。優しい笑い方をしていたアセットに、最年長で一番豪快だったアヴェニーに、いつも無口だったリッドに重なる。

 

 

 吹雪の中に消えていったみんな(家族)の顔に重なる。

 

「〜〜〜っ!」

 

 

 

 気がついたらアーツで空中を蹴って、地面に向かって加速していた。そしてそのまま落ちる男の首元を掴んで、思い切り地上に向かって放り投げる。その行先を確認せず、勢いはつけたまま、今度は横に向かって蹴って、別の奴に追いつく。そして同じように放り投げる。その後に続いて今度は壁を蹴って──

 

 

 

「なん、で……」

 

「うるさい」 

 

 

 とうとう最後の奴を地上めがけてぶん投げた。

 作用反作用の法則に従って私はさらに地面に向けて加速する。

 このままでは無事にこの地割れから抜け出すどころか、最初よりも加速した状態で地面に叩きつけられることになる。

 それは、ダメだ。耐え切る自信がない。

 

 地面が迫る。スローモーションの世界でもなお速く滑り落ちていく。

 

 

 間に合わせろ、あと1秒の半分で着地しろ。

 細かくアーツを展開しろ。

 勢いを殺せ。ぶつかるな、まだ展開し切れてな──

 

 

 

 

「お゛ぐッ……!?」

 

 

 

 

 なんとかアーツは展開できた。

 クッションのように地面の上に固めた空気を敷いて、最悪の状態だけは回避できた。

 だが、減速はついぞ叶わなかった。

 

 

「──ッ!? ──っ!」

 

 

 内臓が全部ひっくり返ったような気持ちの悪さ。

 それとプレスで押し潰れされたみたいな鈍痛。

 割れる、頭が割れそうだ。

 

 

 

 

 ちくしょう

 

 

 私は、私は

 

 

 

 私は一体何を見させられた!? 

 

 

 

 あんなもの、私の頭が作り出した幻覚だ。

 都合のいい甘い妄想だ。

 

 なのに、気がついてたら動いてた。

 くそッ、鉱石病は私の頭もおかしくし始めたのか!? 

 

 

 

 視界がちかちか点滅する。

 胸の奥からどうしようもない、とんだ妄想に振り回された自分への怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 

 

「はあっーッ……ふぅーッ」

 

 

 仰向けの状態から、右腕を空に向かって伸ばす。

 肘関節が軋んで、嫌な音を体内を通じて痛みと共に伝えてくる。

 左腕は動かず、痺れて何の信号も送らない。血が、血が足りない。

 思考が途切れる。意識が膨大な量の痛みの信号に耐えかねてシャットダウンしそうだ。腕が下がる、あげる。震えて狙いが定まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 だからどうした! 

 

 

 

 

 

 

 

 足止めは、役目は果たす。

 絶対に。レユニオンは壊滅させない。ただの()として終わらせない。

 

 

「アーツ……、最大展開ッ! お、おぉぉぉぉ!!!」

 

 

 普段アーツを鎚の先端だけに展開しているのは、それが一番消耗が少ないから。自分への被弾が無視できる範囲まで収まるから。

 だから別に、遠くに展開できない訳じゃない。

 

 

 空気を叩く音がする。

 砂同士が高速でぶつかり合う音がする。

 この、上空すべての大気をミキサーのように掻き回す。

 酸素も、窒素も、二酸化炭素も、水分も。舞い踊る砂さえ引っくるめて強引に引き回す。弾く。

 

 体から力と熱が抜けていく感触。

 肩に生えた源石が鈍い熱を発してる。漏れ出ていくアーツに呼応して細かく震えている。

 

 ああ、分かる。

 体内に根を張って、私の中身を消費しながらエネルギーに変換していく源石の感触が。急速に成長していくその不快感が。

 

 そうして、やっと。

 全ての大気が閾値に達した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あ、あれは……」

 

 

 それは異常な光景だった。

 空気が軋み始めたと思ったら、上空で竜巻のようにうねり出す。

 砂が回転するような音が響き出したと思えば、ばちり、ばちり、と弾ける音が混じりだす。

 

 その瞬間、ふわりと髪の毛が浮かび上がった。

 まるで静電気が辺りに満ちたように。

 

 

「──ッ!!」

 

 

 目を見開いた。

 まさか、まさかこの規模でアーツを展開したと言うのか。

 これではまるで、小規模な天災──

 

 

 

「引け、引けぇ──ッ!」

 

 

 

 

 

 雷は。

 ベンジャミン・フランクリンが科学的に電気であると証明する以前、何と思われていたのだろう。

 

 直撃すれば、物理的な衝撃で死に至り、そうでなくとも体表を電気が流れる側面放電もある。

 体の汗と体液は瞬間的に気化し、爆風は増強される。頭蓋骨が壊れる、もしくは肝臓は破裂する。

 神経を流れた電撃は、知覚異常や神経痛を引き起こし、音響外傷による鼓膜穿孔すら簡単に引き起こしうる。

 

 

 

 その日、確かにここに雷嵐は顕現した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ふらふらと、ふらふらと歩く。

 途切れとぎれの意識を繋げて、脚を動かす。

 

 ここがどこだか。何をしているのか。

 もはや前後の思考が繋がらない。

 

 ああ、それでも。

 どうにか戻ってきた。たどり着いた。

 ここでいちど補給を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてエレノアは倒れ込んだ。

 龍門のスラムの入り口までどうにか戻って来て。

 彼女は糸が切れた人形のように、動かない。

 

 

 

「畜生! あのレユニオンのクソッタレ共め! 俺らの家をめちゃくちゃにしやがって……!」

 

 

 それは不運か、それとも偶然か。

 頬に傷を負った男が肩を怒らせながら曲がり角を曲がってエレノアの前までやって来た。

 初めはスラムによくある死体か、と訝しげに見ていた男だが、エレノアの肩に付いているマークを見て目の色を変える。

 

「手前ぇ……レユニオンかよ」

 

 反応はない。

 表情ものっぺりした仮面に遮られて分からない。

 

 男は笑った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 結果といえば、失敗だろう。

 みすみすレユニオンの幹部を取り逃したのだ。

 ホシグマや、その他の隊員も無事、とは言えないが戻ってきた。撤退せざるを得なかったという。

 得られた成果は殆どなく、すぐさま次の対策に向けて会議を開かねばならない。

 

 

 チェンはそんな内心を反映するかの如く、足早にスラム街を進んでいた。別に何かある訳でもない。ここを通った方が目的地まで近道だというだけだ。

 

 

 崩れた家並み、外れた看板、錆びた車輪。

 ネオンとはかけ離れたその色合いをよそに足は動かし続ける。

 

 すると少し離れた道の曲がり角から、フェリーンの少女が息を切らせながら走っているのが見えた。彼女は何回かチェンと顔を合わせたことが有ったが……、何かに追われている様子もなく、一体どうしたというのか。

 少女は何かを探すように、辺りをきょろきょろと見渡しながら焦ったように駆け出す。そしてその視界にチェンを捉えると、顔を歪めながら走り寄ってきた。

 

 わずかに警戒しながら構えていると、少女はチェンの目の前でブレーキをかけると息を整える間もなくチェンの袖を引っ張り始めた。

 

「どうした、何があった」

 

 努めて落ち着かせるように尋ねてみても答えは返って来ない。

 ただ、ただ焦ったように袖を引くだけ。

 その様子に何か感じ取ったのか、チェンは一つ頷くと「何処だ」とだけ言って駆け出した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

「オラっ、街を滅茶苦茶にしやがって! 手前も同じように滅茶苦茶にしてやるよ!」

 

「クソ野郎が! そっちの事情にこっちを巻き込むんじゃねぇ! 厄介ごとばっか持ってきやがって、家を、生活を返しやがれ!」

 

「くたばれ、くたばれ! 感染者が!」

 

 

 それは怒り猛る三人の男達だった。

 地面に落ちる何かを囲んで、感情に突き動かされるままに蹴りを入れている。唾を飛ばして怒鳴る様からは、理性が飛んでいるようにしか見えなかった。

 

 フェリーンの少女はその光景に涙を溜めて震えている。

 

「お前達! 何をしている!」

 

「あぁ!? 何だお前は……クソッ、近衛局か」

 

 

 チェンが一喝すれば、その制服を見た男は忌々しげに去っていく。普段であれば追って問い詰める所だが……フェリーンの少女が地面に落ちている何かに走り寄ってゆする様からはそんな状況でも無いと分かる。

 

 一体彼らは何を熱心に蹴っていたのか、と覗き込んでみれば──息を呑んだ。

 

 

 それは人だった。

 数刻前に戦った、レユニオンきっての強敵。

 圧倒的な力と、凄まじいアーツで記憶に焼き付いている、いつかは再び相見えるだろうと思っていた相手が。

 

 

 アルサシアンが、変わり果てた姿で地面に倒れていた。

 

 

 

 

「ッ、おい! しっかりしろ! 生きているか!」

 

 

 細心の注意を払いつつ、首筋に手を当てる。

 呼びかけに反応は無いが、脈はまだある。相手は動けない。自らの手には赤霄。

 

 くい、と再び袖を引かれて、視線を向ければフェリーンの少女が何かを訴えるようにこちらを見つめている。

 わずかに感じるアルサシアンの呼吸は浅く、弱々しい。

 

 

「────」

 

 

 チェンは一度空を仰ぐと、覚悟を決めたようにアルサシアンの手足を縛り始めた。捕縛の為ではなく、輸送のために。

 当然危険物が無いかチェックは怠らない。

 

「……む」

 

 ちょうどアルサシアンの腰の辺り。

 少しばかり膨らみに気が付いて、探ってみると中に何か入っている様だった。硬質な手触りに、意識を集中させつつ引き抜く。

 

「これは……源石か?」

 

 その正体は瓶だった。手のひらに乗るくらいの小さな小瓶。

 古びた紐が通してあって、中にはオレンジ色に石が光を反射していた。

 これが割れずにあるということは、恐らくは対衝撃性に優れたポーチのような場所だったのだろう。危険は無いと判断してアルサシアンを肩に担ぐと、いやに軽かった。

 

「大丈夫だ」

 

 そう言って未だ不安げな表情を浮かべる少女を撫でる。

 

 

 

 

 アルサシアンは間違いなく感染者だ。

 それでいて一刻を争う重症を負っている。

 死なせる訳にはいかない。レユニオンの、それも幹部という貴重な情報源足り得る存在だ。それに、ホシグマ達からも少し気になる情報が上がってきている。

 

 

 だが、治療する場所がない。

 龍門には受け入れてくれる場所は、特例で認められるかもしれないが距離がある。

 ここから距離が近く、確実に治療を施せる場所──

 

 

 

「あそこしか無いだろうな」

 

 

 

 チェンは遠く、聳え立つ、小規模な移動都市にも見紛う大きさの船を見つめた。

 

 龍門の外にある、ロドスアイランドの艦を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




チェン <ドナドナ〜
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