レユニオン幹部が1人、アルサシアン!   作:調味のみりん

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いつも見てくれる、そんなあなたに感謝と花束を。

では。


斯くも見事に春はきて

 

 

 

 

 

 

 ねえ、みんな、聞こえてる?

 もし、仮にだよ? 私が死んだら、全部なかったことになっちゃうのかな? 

 あのことも、この事も一切合切消えてなくなっちゃって。

 

 

 

 

 

 

 ──みんなが生きてきた証は、なかったことになっちゃうのかな? 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 その時、ロドスの者は大いに動揺した。

 

 というのは、チェンが現在敵対しているレユニオンの幹部、アルサシアンを担いでロドスまで輸送してきたからである。曰く「貴重な情報源となり得るから治療を任せたい」と。

 

 この突然降って沸いた出来事に、ロドスは揺れ意見が割れた。危険だから受け入れられないという者や、何故わざわざ敵を治療するのか、等だった。ただ、これはごく少数。何名かの──最近に親しい仲間に不幸があった──者達だった。それは天災だったりレユニオンだったり。おおむねの意見は「受け入れる」だった。

 ともかく、ケルシー医師が不在だったロドスでは主にアーミヤとドクターの決定によりアルサシアンは緊急治療室へ運ばれることとなった。

 

 

 

 ◆

 

 

「ふむ、どうだ、あらかた検査は終わったか?」

「あ、はい。一応こちらにまとめてあります。ワルファリンさんも?」

 

 そう言ってロドスに所属している医療オペレーターの彼は紙をとめたバインダーを部屋に入ってきたワルファリンに手渡した。いくつもあるモニターに新たに数値が表示されると、彼は手元の紙に計算結果を書き起こし更に別の式を打ち込む。

 

 そこはデータを整理し統合する為の設備が整えられた部屋で、彼は情報処理と集積の仕事を請け負っていた。

 

 ワルファリンはしばらく手渡された資料をめくった後、自身も別のデータの書かれた紙を取り出すと、彼に見えるような位置で机に置いた。

 

「いま、どうなってるんです? あの“レユニオン“の」

 

 画面から目を離さず彼が問いかける。

 

「暴れられると敵わないからな。麻酔が切れるまで絶縁体で覆ってあまり人を近づけないようにしてある」

「……そうですか。でもビックリですよ。俺でも聞いたことがあったあの『雷獣』があんな子だったなんて。検査結果もひどい物でしたし」

 

「確かにな。これでは無事な箇所を探す方が手間だ」

 

 ワルファリンが資料を見比べているのを横目に、彼は眠気覚ましと疲れてきた脳に喝を入れるためにコーヒーを啜った。まだ暖かかった液体は、ほうと一息をつかせると数秒、無言の間が流れる。そしてかねてからの疑問のように、ぽつりと呟いた。

 

 

「──どうしてこんなになるまで、戦うんでしょうね」

 

 

 すぐに返事は返ってこなかった。それでもワルファリンの沈黙は決して無視ではないことはよく分かっていた。

 

 

「さあ、な。相手とて何か武器を取るに足る理由があるのだろう」

 

 ここではない何処かを見つめるように続ける。それは彼女の目に映った戦場の景色かもしれないし、また別のものかもしれない。

 

「誰も彼もが自分の意志を通そうとしている。そこに善悪など無く。……その手段に殺し合いを選ぶなど、悲劇しか生まないと分かりきっている筈だがな」

 

 

 ままならないものだ、とワルファリンは独り言ちるように呟いた。

 彼はそうですね、と一つ返事をすると作業を続けた。初めは何事もなく続けていたのだが、途中で首を傾げる。いくつかのデータを見比べ、また不思議な顔をする。

 

 

「あ、一つ確認したいんですが、この人は雷のアーツを使うんですよね?」

「そう報告にあった筈だ」

「そうですか……いや、でも……?」

「どうかしたのか? 何かあるのだったら報告するべきだ」

「あ、はい。そうですよね。──これなんですけど、ちょっと見てください。普通、自分のアーツで怪我ってしませんよね? 炎を使うたびに焦げたり、氷を使うたびに凍傷になったり……そしたら随分と変な話ですよね」

 

 ワルファリンは無言で先を促す。彼は続けた。

 

「でもこの……“アルサシアン“ですね。火傷してるんですよ。それだけならまだしもこの熱傷、電紋が生じてるんですよ」

 

 画面に表示される画像には、たしかにうねるような赤い筋がいくつも入っている。深度は? と半ば反射的にワルファリンが問いかけると

「殆どI度ですが、一部II度ですね」

 と、彼は画像を見ながら答えた。

 

「もしかして相手のアーツって雷じゃないんじゃ──」

 

 そして彼の発言と同時、一つの結論に至る。

 その時ワルファリンは顔色を変えた。

 これが勘違いで有ればいい。だがもし相手のアーツが別のものだったら? 今施している拘束は無意味になり下がる。だが、まだ麻酔が残っている。意識が覚醒したとしても暫くは朦朧としてまともに行動は出来ない筈──

 

 

 その時部屋が電子の光で赤く染まり、大音量が空気を叩いた。

 なんのことはない。警告音とそれを知らせる表示が画面全てにされただけのことだ。

 

「──まさか!」

 

「あ、アルサシアンが抜け出しましたッ!」

 

 

 ◆

 

 

ロドス集中治療室

アルサシアン脱走──数分前

 

 

 強化されたガラスで隔てられた部屋の中では、いくつかの機器に繋がれた少女が僅かに顔を歪めて眠っている。蒼い髪は白いベッドに広がり、蛍光灯の灯りを反射して、妙に綺麗なコントラストを作り出していた。

 

「──あ、アーミヤさん。来られたんですね。それにドクターも」

「はい、ずっとこちらで作業をされていたんですか?」

「ええ、まぁ。ここの方が何かあったら直接見ながら対応出来るので」

 

 アーミヤは体を傾けて中の様子を伺う。

 少し前に戦うこととなった、かつての強敵のその姿に思うところがあるのか、目を閉じる。

『Alsatian』。彼女のことは戦場以外でほとんど知らない。素顔だってちゃんと見たのはこれが初めてだった。それでも、あの時最後に見せた苦しげで、怒りを孕んだ表情は記憶に残っている。

 

 眠っている彼女の顔は、随分とあどけないものに思えた。

 

 

 

 ──それで、ええ。そうです。血中濃度が──

 

 後ろではドクターと、部屋でずっと作業をしていたという職員がなにやら話している。そしてややもしない内に更に数名が部屋に入ってくると各々、やるべきと定められた動きを始めた。

 

 

「アーミヤさん、ケルシー先生と通信が繋がりました。どうぞ」

 

 

 アーミヤはありがとうございます、と言って通信機を受け取る。スイッチを入れればノイズの後に馴染みの深い、落ち着いた声が聞こえ始めた。

 

『アーミヤか。そちらの情報は大凡聞いている。問題は無いか?』

「はい。その、とても驚きましたけど、やるべき事は変わりませんから」

『そうか。では引き続き細心の注意を払って治療を継続してくれ。相手は既に我々と一度交戦している。何か起きるようであれば躊躇うことはするな。──本来であれば私が不在の時に君にそんな危険のある役目を引き受ける事は可能な限り避けるべきだったのだが……』

 

「それでも、私のやるべき事は変わりません。それに、今は皆さんとドクターも居ますから」

 

『──君がそう言うならこれ以上は何も言わない。ただ、くれぐれも身に危険を感じたら引くんだ。相手から得られる情報と、こちらが被る損害を考慮した時、天秤が傾く様ではいけない』

『第一に身の安全を取るんだ。ここは命を懸ける場では無いのだから』

 

 

 そんな風に会話をしていると、アーミヤの耳は音を拾った。

 それはうめくような、絞り出すような声。

 

 ──なんで

 

 つられるように振り返ると、下を向いたまま肩を震わせている男が立っていた。

 

「なんで生かしておくんですか……!」

 

 それは若い職員だった。目元は腫れて、隈がくっきりと目を縁取っている。吐き出すように、毒を吐くように。彼は訴えた。

 

「こいつだってあのレユニオンの1人、それも幹部だ! 何でそんな奴なんかの治療を……だったら他にも」

『おい、君』

 

 それを遮ったのは通信機から聞こえるケルシーの声だった。

 

「…………すみません。頭冷やしてきます」

 

 彼はその声にハッとしたような表情をすると、唇を噛み締めながら外へ向かっていった。

 

『心配なのは分かるが、アーミヤ。今の彼に必要なのは時間だ』

「……はい、分かっています」

 

 アーミヤはそう言うが、目は彼の消えていった通路の先に向けられている。騒ぎを気にした数人の職員もまた、心配げな目を向けるのだった。

 

 

 

 その、瞬間だった。

 

 ばごん、というくぐもった音と共にガラスが揺れる。

 反射で目線を向ければ集中治療室の中を飛ぶ灰色の板。

 それはアルサシアンが暴れ出した時に備えて付けられた、絶縁体の仕切りだった。

 

 それが宙を舞っているということはつまり──

 

「とっ、逃走! アルサシアン、逃走しました!」

 

 その混乱の最中、アーミヤの指示は的確だった。

 瞬時に艦内全てに警告を出し、かといって無用な混乱は避けるために情報は全てを大っぴらにするわけでも無い。絶妙なラインを。

 

(いけない……! 彼女が逃げた方向、もし進路がそちら側にズレたとしたら──!)

 

 

 ◆

 

 

 クソッ

 

 バカか私は。

 いや、バカだな私は! 

 

 

 まさか、まさかまさか捕まるとは──! 

 

 

「はあっ、はあっ……!」

 

 全力でどこだか分からない廊下を駆ける。

 いや、実はわかってる。多分ここはロドス。

 だって目を開けて状況把握をしようとした時にあのコータスの子と、フードを被った怪しい人が居たし、確定だね。時々廊下に彼女らがつけていた塔のマークがあるし。

 

「──っ!」

 

 走りながら腕に刺さった針を引っこ抜く。

 速度は落とさないように、裸足でぺたぺたと音を響かせながら冷たい床を蹴る。

 思考はクリアだ。私はどんなに昏睡していても一応覚醒すればすぐ動けるようにはしてある。そのための歯の奥の仕掛け(強心剤)だけど。

 

 ああ、頭がガンガンする。考えはクリアなのに痛みで邪魔をされる。

 目の奥が圧力に負けて痛い。体が、特に右腕と背中が主張が強いな。

 ちくしょう。

 

「このっ……待て! それ以上動くな!」

 

 脇の通路から一人が腕を伸ばして捕まえようとしてくる。それに対し、速度は維持したまま一瞬力を抜いて、倒れるように姿勢を屈めてかわす。

 

 しつこいなあ! もう! 出口どこなの!? 

 

 走れども走れども出口らしきものは見えてこない。後ろから聞こえる足音もどんどんと増えて迫ってきている。

 

(でも、このまま行けば──!)

 

 そこでぴたりと足を止めた。見渡せばまだ、通路ようで、壁沿いにはドアがいくつか見える。

 息は上がっているが、今はそれ以上に耳を澄ませた。新しい足音、それも()()()から。

 

(挟まれた……)

 

 考えてみれば当たり前のことである。

 向こうはここが家みたいなものだし、私は部外者だ。先回りする経路なんていくらでも思いつくだろう。今の状況は正に袋のネズミ、いや袋のイヌの方が正しいか。私ペッローだし。

 

 ああ、もう無駄な思考はするな。

 いま、どうするか。考えろ。考えろ。どうやったらここから脱出出来る? 

 相手の人数は? 武装は? ここの位置は、ドアの中は? 

 どうする、どうする。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「居ました! あそこです!」

 

 駆ける、駆ける。

 ロドスの中を全力で走る。

 アーミヤの指示と、ドクターの作戦が遺憾なく効果を発揮し、ついにアルサシアンを挟むことに成功した。

 

 数十秒、駆け足で通り抜けた通路の奥には蒼髪の少女が荒い息を吐いている。途中無理やり点滴を引き抜いたのか、白い床にぽつぽつと赤い点が跡を残す。

 病衣のまま、油断なく耳を動かして周囲を警戒するさまは正に野生の獣といったところか。

 そうして程なく反対側の者たちも追いつき、アルサシアンを真ん中にし、左右にロドスのオペレーターが展開する布陣となった。

 

「我々はあなたを害するつもりはありません。もう、止めましょう? 起きてすぐ強心剤なんてそんな無茶、辛くない筈が無いんですから……。立ってるのもやっとの筈でしょう?」

 

「──っ」

 

 医療部に所属する、女性のオペレーターがそう声を上げる。

 アルサシアンは答えず、すぐに飛び出せる構えを続ける。再びオペレーターが声をかけようとすると射抜かんばかりの眼光で睨みつけ、口を塞いでしまう。

 

「……ハッ! 甘い言葉だけで、そんな柔な態度で、何か出来ると思い上がるなよ」

 

 なぁロドスアイランド、とアルサシアンは怒りを込めた声で吐き捨てる。

 彼女は動かない。彼女の前後にいるオペレーターも動けない。

 

 一触即発。

 もしその言葉を映像化するならば今この時を言うのだと言わんばかりに緊張感が否応なしに高まっていく。

 あとほんの少しのきっかけさえあれば、爆発する。その場合、爆薬は間違いなくアルサシアンだろう。

 誰もが息を呑む。垂れる汗さえ緩やかに感じるその瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、おねえちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 それはロドスが想定していた中でも最悪に近い事態だった。

 

 アルサシアンの丁度真後ろ。背中を向けた位置にあるドアが開き、中から幼い子供が顔を覗かせた。廊下が騒がしくて気になったか。

 

 

 声をかけられた彼女はどこかぎこちない動きで振り返る。ロドスは焦った。

 今出てきた子供を人質に取られるかもしれない。はたまた暴発するアーツに巻き込まれるかもしれない。敵対者の前に、守るべき子供を晒してしまった、それだけで医療部のオペレーターは悲鳴を上げそうになった。

 

 

 

 

 だが、そうはならなかった。

 

 

 

 

 

「やっぱり! おねえちゃんだ!」

 

 誰も彼もが目を見開いた。

 そしてそれ以上にアルサシアンは驚愕に目を丸くした。

 部屋から出てきた彼女──ライラがそのままアルサシアンの腰に抱きついたのだ。

 

「あのね、あのね! おねえちゃん。わたしあの日からずぅ──っといい子にしてきたんだよ! 困ってる人もいっぱい助けてあげたんだ!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 誰かが慌てて声を掛ける。しかしその声はアルサシアンにも、その腰に抱きついているライラにも届く事はなかった。

 

 そうして再び目を疑うような光景が広がる。

 抱きつかれたまま固まっていたアルサシアンが腰を屈め、まるで目線を合わせるようにライラに向き直ったのだ。

 その表情は、獣のような鋭い眼光は鳴りを潜め、ただただ優しい顔つきに変わっていた。

 誰も見たことがない、穏やかな顔に。

 

「そっか、そっか。──それはえらい」

 

 そう小さく呟きながら、アルサシアンが腰に顔を押し付けるライラを撫でる。手つきは優しく、どこか震えながらも慈愛に満ち溢れていた。

 アルサシアンは彼女のことをよく覚えていた。レユニオンに入る前、いつかの荒野で助けに入った時に懐いてくれた子だった。

 

 

「あれっ、ほかのおじちゃん達は居ないの?」

 

 ライラは自らの頭を撫でる手が、目の前の“おねえちゃん“だけだったため不思議そうに問いかける。

 

「おじちゃん達はね、今はすこし遠いところに行ってるんだ」

 

 それに対し、落ち着いた様子でアルサシアンが答えれば「へー、そうなんだ」と納得したように言った。

 

「さっ、いい子は部屋に戻ろっか。放送で部屋から出ちゃいけないって言ってたでしょ?」

 

 まるで話題を変えるようにアルサシアンが手を離し、そう切り出せばライラはしまったという表情を浮かべた。

 

「あっ! たしかに! ん? でもそしたらおねえちゃん何してたのー?」

「それは……」

 

 唐突に浴びせられた質問にアルサシアンは口ごもる。

 ライラに触れていた手も止まり、目を僅かに見開いている。ライラはそんな様子を不思議そうに見上げるが、アルサシアンは何も返すことが出来ないでいた。

 そんな時、助け舟は意外な所から出された。

 

 

「皆さんと一緒にアルサシアンさんの健康診断をしに行こうとしていたんですよ」

「あ、アーミヤさん!」

「こんにちは、ライラさん」

「こんにちは! でも、そっか。ならお姉ちゃん頑張ってね! ……注射があるんだよ」

 

 そう言ってばいばーい、と元気に手を振ってライラは部屋の中に入る。

 

 

 その扉が完全に閉じ切ったことを確認すると、後に残されたアルサシアンは皮肉げに笑みを浮かべていた。

 

「やっぱり、バカは私か」

「いいえ、そんな事はありません」

 

 アルサシアンは振り返って、彼女の言葉を否定するアーミヤの目を見つめる。

 その目はどこまでも前を見据えていて、きらきらと強い意志で輝いているように見えた。瞳には希望が灯っているかのように錯覚した。

 

 

 

 ──ああ、だからみんなこの子について行くのか。

 

 

 こんな小さな子に皆が従っている事がずっと疑問だったが、やっと分かった。この子は紛れもなくリーダーだった。

 

 誰も彼もが暗くて冷たい泥沼に浸かっている。

 どんなに抗おうとしたって、何度も何度もやってくるクソみたいな悲劇に打ちのめされて、だんだんと項垂れることしか出来なくなっていく。楽観的で笑っていた奴だって、結局最後には色んなものを恨んで消えてゆく。見えているのは自分の足元だけで、それだっていつ崩れるかと怯えながら過ごす。

 そんな中でもこの子は前を向いた。先にある夜明けを信じたのだ。

 だからみんな、前を向ける。この子についていく。

 

 

 この子の瞳の先に、明日が見えたから。

 

 

 

 

 

 なんか、悔しいな。

 なぜだか分からないけど、すごく悔しい。

 

 アルサシアンは再び辺りを冷笑するような笑みを浮かべると両手を上に上げて、降参のポーズを取った。そうして辺りを一度ぐるっと見渡したかと思うと

 

「好きにしなよ」

 

 そう言って、力を失ったように廊下に倒れた。

 

 

 

 ◆

 

 

 懐かしい夢を見た。

 まだ、レユニオンに出会う前。

 みんなで各地を放浪して、出会った感染者を逃して回っていた頃の夢。

 

 記憶はいつか薄れて消えるとしても、忘れたくはない思い出だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 すうっと浮かび上がるような感覚を経て、目を覚ます。

 いつものように動こうとすれば、手足が何かに拘束されて動かない。

 なにが、何が──

 

 

 ──そして、思い出した。

 

 

 首を動かして見てみれば、今の状態はベッドに寝かせられている。腕には色んな管が繋がれていて、きっと全部、私の命を維持するためのものなのだろう。

 手足にはベルトのような拘束が付けられている。流石のロドスとて、再び逃げ出してはかなわないとしっかりした拘束を付けたのだろう。それでもそこそこゆとりはあるので拘束されている箇所が痛むと言う事は無いのだが。

 

 

 

 出来ることが無いと悟るとふぅ、とひとつ息を吐いて目を閉じる。

 思い出されたのはほんのすこし前の、驚いた記憶。

 随分と懐かしい彼女に再会した。

 

 

 ああ、みんな。

 彼女はまだ生きていたよ。ロドスアイランドという船で。

 ラスティ、テディ。リッド、アヴェニー、アセット。

 みんな、聞いてるかな。

 

 

 ──無駄じゃなかったよ。

 

 

 私たちのやっていた事は、決して徒労なんかじゃなかった。

 みんなが助けた命は、たしかにここで息づいていたよ。

 

 みんなのことを覚えている子は、ちゃんと居たよ。

 

 みんな、みんな。聞いているかな。

 

 

 

 

 ──みんなの想いはちゃんと繋がっていたよ。

 

 

 

 

 

 窓から見える外の景色が、段々と白み始める。

 横になっていても見える窓からは、夜の闇を引き裂いて、朝日が顔を出さんとしている所だった。

 

 遠くに見える龍門の街は、未だ眠ったように暗く、ぽつぽつと光が灯っていた。それも段々と端の方から光に包まれて朝を迎えてゆく。街の外の岩肌が光を反射して、きらきら、きらきらと眩しい宝石のように輝きを放っている。

 

 朝焼けに包まれて、街が、大地が目を覚ましてゆく。

 

 全てが暖色に包まれていく。

 眩しいくらいの光で暖まっていく。

 

 

「──あっ……あぁ……うっ、ぅぅ」

 

 

 それを見て、エレノアは泣いた。

 小さく声をあげて泣いた。

 

 今まで栓をしてきた気持ちに穴が空いて、中からどんどんと堰き止めていたものが押し出されるように。

 エレノアはそれに翻弄されるが如く、ただただ、オレンジ色の光に包まれながら涙をこぼしてゆく。

 

 少しの間そうしていると誰だろう。視界が歪んで分からないけど、誰かが頭を撫でてくれた。

 とても、とても丁寧で、優しくて。あたたかな手だった。

 

 一度敗れた堤防は、中に溜まったものを全て押し流さんと止まる事はない。

 

 

 

 エレノアはしばらくの間、声を上げて泣いていた。

 

 

 

 

 

 








本来は強心剤にそのような作用はありません(多分)
ただ、本来その役目を担っている薬剤の名前が出しづらいので置き換えていると思っていただければ。
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