レユニオン幹部が1人、アルサシアン!   作:調味のみりん

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あけおめです。 
少し間が開きましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。

〜どこまでも簡潔なあらすじ〜
・エレノア、スカルシュレッダーを逃すために殿に。
・なんやかんやでチェンさんにドナドナ、ロドスまで。
・いろいろあってcry。

では。




ひとつの決断

 

「はあっ、ハアッ……全員居るか?」

「ああ、何人か怪我をしているが、居る」

 

 暗い部屋の中で、荒い息遣いが響いている。

 彼の装備は砂でひどく汚れ、光沢を失っていた。

 

 

「アルサシアンは?」

 

 尋ねられた男は黙って首を振った。

 タチの悪い冗談だとでも言いたげに、スカルシュレッダーは辺りをグルリと見渡した。だが、どこにもあの少女は居なかった。

 

「…………くそっ」

 

 帰ってきていないなら何かあったはず。

 逝ってしまったかもしれない。そうでなくとも酷い状態だということは容易に想像が付く。

 最後まで騒がしく、能天気に現れて。意地を張って消えた。

 

「行こう。ミーシャ達が待っている筈だ」

 

 アルサシアン、いつも能天気に笑っていて、そして姉に会えると断言してみせた。

 お前は何を思ってあんな無茶をしたんだ? 

「……死ぬなよ」

 

 その言葉が空虚で現実味を伴っていないことは、本人が一番よく分かっていた。頼むから、生きていてくれ。これが紛れもない彼の、彼らの本音だった。

 

 

 ◆

 

 

「え? これ食べていいの?」

「え、ええ。どうぞ」

「おおー! 美味しそー!」

 

 そう言って猛然と食べ始める少女に、食事を運んできた男は呆気に取られる。少女の前に並べられているのはいくつかの温野菜と、潰した芋。未だ管の刺さった腕で食事を平らげる、聞いていたよりも随分と元気な様にロドスのオペレーターは瞠目した。

 

 もちろん少女とはアルサシアンの事であり、食事を持ってきたオペレーターは彼女から情報を引き出すためにこの治療設備のある部屋を訪れたのだった。少しは態度が軟化すれば良いな、程度に考えて持ってきた食事に思ってた以上の反応を返されて彼は戸惑い気味だ。

 

「んぐんぐ……これって味付けなに?」

「塩です」

「うわっ、病院食ってカンジ」

「事実病院食ですよ」

 

 そうだけどさあ、と言う割には美味しそうに食べるその姿になんだか毒気を抜かれた気分の男は手に持った書類を一旦置いて、しばし天井を眺めることに決めたのだった。

 

 

 そうして十数分、綺麗に食器を重ねるとエレノアは手を合わせた。

 

「それで、尋問かな」

「いえ、強制ではありません。任意の協力をお願いします」

 

 エレノアが食べ終わるまで律儀に待っていた男はクリップボードを手に持つといくつか質問を始めた。今まで何をしていたのか、から始まりエレノアのアーツについて。レユニオンの規模、目的、次の対象に至るまで逐一メモを走らせながら男は尋ねる。

 自白剤も拷問も、脅しすら何もしてこないでただただ“質問“をしてくる男に、随分と甘い対応だな、とエレノアは思いながら質問に答えていった。

 自身のアーツについてはなんだか既にバレてそうだったので、ぼかしながら教えてしまった。その方が黙秘よりも良いと思ったから。

 

 

「私からはこれ以上レユニオンの情報は引き出せないよ。そもそも詳しく把握してないし。戦闘の時は単独行動だし」

 

「では貴女はレユニオンが今回の騒動を引き起こした原因を秘匿している訳ではないと」

 

 

 エレノアが頷けば、男は『分かりました』と言って手元の紙になにかを書き込み荷物をまとめ出す。結局、最後の最後まで“甘い対応“を貫かれたことにエレノアは終始不思議そうな顔をしていた。

 そうして部屋を出ようとした男に対し不意に声を声を掛けた。

 

「それでロドスはこの件に関してどうやって介入するつもりなの? そもそも首を突っ込むの?」

「……それについては私個人からは伝えられることはありません」

 

 それだけ言って退出した男におや、とエレノアは片眉を上げた。

 

 

 ◆

 

 

 

 時計の針と共に物語は進む。ロドスに入った一報は

『レユニオンが龍門近衛局を占拠した』、と簡潔なものだった。

 その報告を聞いた時、エレノアはシーツを静かに握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

──Take time to deliberate, but when the time for action has arrived, stop thinking and go in.

 

 

 

『時間をかけて十分に考えよ。

しかし時が来たなら、考えるのをやめて行動に移すのだ』

 

 

Napoléon Bonaparte

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 歌が聞こえる。

 ガラス一枚隔てた先で、少女が歌っている。

 

 

──野に咲く花のように

 

 

 窓の外を見ながら静かに歌うその様は、慌ただしく動き始めたロドスの中であって、異質に思えた。彼女と、彼女の周りのベッドだけが切り取られたような穏やかさが流れている。

 

 

「雨に打たれてー

 野に咲く花のようにー

 人をなごやかにして」

 

 

 歌を聞いていたロドス職員の彼女は手元の端末に目を落とした。

 いくつかの項目にパソコンの画面を見ながら数値を打ち込んでゆく。その間もずっと、少女の歌声は耳まで流れ続けていた。

 

 彼女は言ってしまえば普通だった。両親の元で育ち、友達と学校に通って、大学へ進学した。その後も色々あったが念願かなって就職が決まった。

 運が悪かったのはそこで鉱石病にかかったこと。運が良かったのはロドスに拾われたこと。

 そのため彼女個人に非感染者への恨みだとかは抱いていなかった。仲の良い同僚がレユニオンによってしばらくベッド送りにされた時は『レユニオンめ、許せない』などと思ったが、言ってしまえば所詮そんなものだった。

 

 

「そんな風に僕たちも

 生きてゆけたら素晴らしい」

 

 

 怪我なんて感染生物に襲われたり、天災に巻き込まれたりといくらでもある。彼女はそれほどレユニオン単体に対して怒りは抱いていなかった。

 だからこそ目の前の少女の管理の一部をやらされているとも言える。

 

 アルサシアンについて直接知っているのは、さっきまで声を上げて泣いていた子だということだけ。どうにも前まで想像していた悪鬼羅刹のような、血に塗れて凄惨に笑う鬼などとは結び付かず、ただ、蒼い目を真っ直ぐに向けた陽だまりのような少女がいるだけだった。

 

 ──彼女は歌う

 

 

 

「ときにはつらい人生も

 雨のちくもりで また晴れる」

 

 

 

 やがて廃都市の調査に向かっていたドクター率いるロドスの部隊が、龍門目指して移動しているという事になり、ロドスは慌ただしく動き出すこととなる。出発する何人かのオペレーターは少女を睨んでから出てった。

 少女は困ったように笑っていた。

 

 

 

「そんな時こそ野の花の

 けなげな心を知るのです」

 

 

 

 駆け回る職員も何名か居なくなり、アルサシアンを監視しているのは数名のオペレーターと、医療部の人間だけとなった。少女の元には数時間、短くて数分おきに龍門の情報が届けられていた。

 少女は僅かに、微笑んでいた。

 

 

 

 

 テロン、とメールの受信を知らせる音に顔をモニターに向けると、一件通知を知らせるアイコンの点滅が目に入る。流れるようにそれを開けば低度の機密を表す色の表示が画面いっぱいに広がる。

 

 


Alsatianに関する連絡事項

──────────────

前回通達した内容と同様、血中濃度の測定、及びバイタルサインを正常値に保つこと。尚、PRが120拍/分を上回る場合は鎮静剤の注入を開始、分量は基準値による。

BPは120/80㎜Hg以上の場合、RR10以下もしくは25以上。問いかけに反応を返さない場合も上記と同様の措置を許可済み。

  

▼追記

もし彼女が望むようであれば第一会議室へ。

──Kal’tsit


 

 

 

「ねえ、誰か帰ってきたんじゃないの?」

 

 その声にパソコンの画面からはっと顔を上げる。ベッドの上で上半身を起こしたアルサシアンは通路を行き交う職員を目で追いながら、たしかにこちらに声をかけてきた。

 

「え、ええ。ケルシー先生がいまお戻りになって……」

「──会わせて、くれる?」

 

 その言葉に彼女は目を大きく見開く。

 まだ、何も伝えてないのだ。ケルシー先生が帰ってきたことも、そのタイミングで送られてきたメールの内容も。なのにアルサシアンは確信を持ったように聞いてくる。

 

 一体アルサシアンとケルシー先生には何が見えているのか。

 それを判断するには彼女が持っている情報はあまりに足りなさすぎた。

 

 

 ◆

 

 

 アルサシアンの両脇をオペレーターが固めながら移動の準備がなされている。その間少女はずっと黙りきりだ。

『どうして、彼女は自分の所属しているレユニオンの暴動を聞いても慌てないのだろう』『どうして彼女はずっと微笑んでいるのだろう』『どうして、彼女はケルシー先生からのメールの内容を知らないのにあんな事を言ったのだろう』

 

 

『どうして、そんな平気な顔をして居られるのだろう?』

 

 そんな事をぐるぐると考えていても、結論など出るはずもなく。

 

 いざ部屋を出る段階に至っても少女は慌てたような素振りを見せない。最早ロドス職員の彼女の目には、目の前の少女が何か恐ろしいもののように思えていた。

 

「それじゃあ、連れて行きますんで、計器の確認をお願いします」

「わ、わかりました」

 

 万が一に備えてアルサシアンを鎮圧するオペレーターが最後に確認をしてくる。それに答えていくつかの機器を外している間もアルサシアンは何も言わなかった。彼女は、ただ窓の外を見ていた。

 

 

 

「……はい、これで大丈夫です。異常があれば音が鳴るので」

「ええ、ありがとうございます。では」

 

 

 ベッドは部屋に固定されているので(いくつかの機械に直接繋がっている為)両腕に拘束具を付けられたアルサシアンが武装したオペレーターに引かれて歩き始めた。彼女はずっと窓の外を見つめていた。ただひたすら、どこか必死に。

 

 

 

「あ、あの!」

 

 背中に声を掛ければ、なんだといった顔でアルサシアンの脇を固めるオペレーターが振り返る。彼が足を止めた為、彼に引かれているアルサシアンも当然足を止めるのだが、それであっても彼女は窓の外を見つめ、こちらを振り返ることはなかった。

 

 なんでこんな事を言ったのか分からないし、わざわざ言う理由があるかどうかも怪しい。

 でも何故だか言わないといけないと思った。初めて見た時に泣いていたあの少女に、言わなくてはと思った。

 

 

 

「……素敵な、歌でした」

 

 

 

 その瞬間、バッとアルサシアンがこちらを振り返る。初めて、彼女のきれいな瞳がこちらを捉えた。その顔はまさに不意を突かれて驚いたような、そんな風な表情を浮かべている。

 

 まずい。何か少女を怒らせるような地雷を踏み抜いてしまったのか。それとも気になるようなことがあったのか。そう思考が巡り背中に嫌な汗が流れる。もしそうであれば私は一体──

 

 

 

 

 

「──じゃ、この歌はキミに贈るよ」

 

 

 アルサシアンは笑った。

 大輪の花が咲くような、そんな笑顔だった。

 

「またね!」

 

 そう言って、突然の事態に呆然とする彼女を置いてアルサシアンは前を向いてしまう。

「……あ」

 そうして声をかける間もなく、彼女の姿は扉に遮られ見えなくなってしまったのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

ロドス艦内 第一会議室

 

 

「あー、なんて呼べばいいのかな。Dr.ケルシー? Ms.ケルシー、それともケルシーさん?」

「区別が必要な公的な場でない限り私に関する呼称は自由で構わない」

「それじゃ、ケルシーさん」

 

 灯りの抑えられた会議室には二人だけが向かい合うように座り、他のオペレーターは全員退出していた。

 モニターから漏れ出す光が二人の影を色濃く、形取っている。

 

「まあ考えてみればおかしな話だよね。敵対関係にある私を殺さずに治療するなんて。情報が引き出せる引き出せないの天秤にかけて治療したんだとしても、結局私は殆どロドスに対してレユニオンの情報を教えてない」

 

 アルサシアンはやれやれ、といったように首を振る。本当は肩もすくめて見せたのだが、両端から覆うように付けられた拘束具に阻まれてそれは叶わなかった。

 

「それなのにまだこうして話が出来る状態にある。一度脱走した人間──それも危険な能力を持ってるって分かってるんなら、殺すまでいかなくても、薬か何かで事が終わるまで昏睡させておいた方が良い。そうすれば今回の出来事に対する私の介入も防げるし、感染者の治療っていうロドスのお題目も守れる。レユニオン幹部の私って何をしでかすか分からない爆弾みたいな不確定要素だからね」

 

 ケルシーは何も言わない。ただアルサシアンの話を黙って続きを促すように聞いていた。それが分かっているのか、アルサシアンも早々に結論を出すように口調を変える。

 

「でも()()はなってない。そして私が話をしたいと言えばケルシーさんの所まですぐに来れた。今の龍門の状況だって、『何か思い出したら話せ』って名目でずっと教えてくれている。……まあ、何というか。これはアレだよね」

 そうアルサシアンは空中に向けていた目線をケルシーへ向け──

 

 

 

「私を“交渉のカード“に考えてるんでしょ?」

 

 

 

 

(この人のなんか怖い所は私がこうやって気がつくことも計算に入れていたみたいに動揺がないことなんだよね)

 

 アルサシアンは薄く笑った。いろんなものを見透かすように。

 

「仮に君の推論が事実であったとして」

 

 ぽつりとケルシーが切り出す。二人以外の気配がない部屋において彼女の落ち着いた声はよく通った。

 

「それを何故今ここで述べた」

「私が新しく“カード“を提示するから」

 

 どうかな? とエレノアは首を傾げながら聞いた。どこか軽い態度とは裏腹に、その蒼目はすっ、とケルシーを真っ直ぐに見つめていた。

 

 

「──交渉とは特定の事象を達成する為に当事者間で話し合う行為の事だ。今回の場合は君が達成すべき事象を提案し、私がそれを受け入れるかどうか判断をする場面にある」

 

 ケルシーは静かに芯のある声で応えた。アルサシアンはその言い回しに結論が不在である事に疑問を覚えたが、ケルシーがこちらを見つめ返している。その目元を見て納得した。

 

「なら私が出せるメリットを示そうか」

 

 この人はちゃんと()()をする気なのだと。

 

「私が差し出せる利点、そうだね」

 

 息を一つ吸う。

 これから言うことは、言ってしまえばもう取り返しが付かなくなる事だ。それに後悔はない。だが、一呼吸ぶんくらいは決意する時間が欲しかった。

 

 

 

 

「私が、幹部を無力化しよう」

 

 

 

 その提案にケルシーの眉が僅かに動く。

 それもそのはず。その提案はいわばアルサシアンがレユニオンを裏切ることにほかならないからだ。現在龍門で抵抗を続けるレユニオンに、トドメを刺しにいくような、そんな宣言に近しい。

 

「だから──」

 

 アルサシアンはケルシーから目を逸らし、上に目線をやった。

 その口元はあいも変わらず僅かに綻んでおり、瞳は静かに凪いでいる。

 

 

「──だから、その幹部をロドスで保護して欲しい」

 

 その声はどこまでも真剣で、ほぼ初対面のケルシーにも分かるほど優しかった。まるで大切な硝子細工が割れてしまわないよう丁重に扱うように。例えるならばそんな声色だった。

 

「二人は子供で、もう一人は重症の鉱石病患者」

 

 部屋に設置された大型のモニターが音を立てる。

 アルサシアンは何かを吐き出すように小さく吐息をこぼす。

 

「私はもう、諦めた。レユニオンっていう組織は毒を飲み込みすぎた。だから、諦める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、命だけは諦めない」

 

 

 

 その目は熱を持っていた。

 改めて向けられたアルサシアンのその目に、煮えたぎるような感情が隠れもせず輝いて、ぎらぎらと光を放っているかのようだった。

 

「みんなの命を、未来に繋げる。組織は消えるかもしれないけど、意思があれば何度だって形を変えて蘇ってくれる。感染者の……いや、違うね。──行き場のない人たち、そんな人たちのゆりかごは消えさせなんかしない」

 

 その言葉は意志だった。

 アルサシアンという個人から漏れ出した、強固な意志が言葉を形作っていた。彼女という人生が編み出した、確固たる思念だった。

 

「私はレユニオンのみんなが好きだよ。とっても優しくて、暖かくて。だからそんな好きな人たちには生きていて欲しいし、幸せを見つけてほしい」

 

 ぽつりとアルサシアンが呟く。

 

「そしてロドスが嫌い。敵にだって情けをかけるような甘さは、弱さだ。立ち塞がるなら、砕いて力を示さないと──いや、もうロドスはある程度社会的地位を持ってるのか」

 

 

 話の途中で納得したように頷くと、だから嫌いなんだよ、と最後にアルサシアンは苦笑いをした。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

今よりむかしの閑話(むだばなし)

チンピラどもとイヌの話

 

 

 

 

「おっ、来たか新人。こっち座れや。おい、お前ら場所開けろ、雪被った新人がシャーベットになっちまう」

 

 吹雪く風の中。張られた天幕ではドラム缶をストーブにして数名の男が暖を取っていた。その中でスコップを持って入ってきた若い男に、野卑た男が火の近くに行くよう押し込む。

 押し込まれた若い男は雪を体につけながら、ストーブで体を温めて外の様子を報告していたのだが、それほど時間も掛からずに終わってしまう。そうすると必然的に話題は別の方向へと逸れて行った。

 

「あんの嬢ちゃんときたら偉そうになぁ、俺らに『人であれ。獣になるな』って講釈垂れてよぉ」

 

 それは彼らの上司にあたる人物の話題。

 古今東西どこであっても上の立場の人間についての話は盛り上がるものだ。顔に傷が入った男たちが笑いながら話しているのを、若い男は興味深そうに聞いていた。彼は最近レユニオンに入ったばかりで、話題の上司に会ったことが無かったのだった。

 

「それ、反抗しなかったんですか?」

「そりゃお前、したに決まってんだろ。この小生意気なガキにひとつ()()を教えてやろうってな」

 

 どうなったんですか、と暖められたミルクをちびちびと啜りながら尋ねる。そうすると先ほどまで神妙な顔つきで語っていた男がニカッと笑うと、

 

「ぼっこぼこだよ、ボッコボコ! あんなに強えなんて思わねぇだろ、普通!」

 

 彼は薄汚れた手でもって自分の膝をばしばしと叩き大笑いした。

 天幕の中に居る他の男たちも釣られたように声を上げて笑う。

 

 

「あの人はなあ、こましゃっくれてて、偉そうで。そんで誰よりも優しいんだよ」

 

 先ほどまで会話していた男とは別の、刃物の手入れをしていた男が口を挟む。それに対し最初に喋っていた男は『違いねぇ』と返す。

 

 

「ちょーっと俺らが相手にやりすぎるとな。あの鎚を担いでぶっ飛ばしに来るんだよ。相手じゃなくて──俺らを」

 

 えっ、と若い男が思わず声を漏らせば喋る男はくつくつと笑った。

 

「あんなん初めてだ! あんなに小せえ嬢ちゃんに何度もぶっ飛ばされんのも、何度やっても、そのつど本気で怒ってくるのも」

 

 彼は参ったと言わんばかりに両手を上げて肩をすくめた。

 

 

「それ、鬱陶しくないですか?」

「ああ? んなもん鬱陶しいし、メイワクに決まってんだろ。言っちまえばあんなん“意見“の押し付けだよ。やになるね」

 

 じゃあ、と若い男が続けようとすれば、会話に入っていなかった男が目線で制止した。『まあ、黙って聞いてな』と。

 その目線に押されるように若い男が口を閉じると、肩をすくめていた男は懐かしむように喋りだす。

 

「でも、でもな。最後には認めちまったんだよ。俺自身が。『ああ、コイツの言ってることはきっと正しい』ってな。そしたらもうあの嬢ちゃんの意見は、俺の“意見“にもなるわけだ」

 

 彼は呆れたように、しかしてどこか満足げに言った。

 その言葉に、若い男はそれきり何も言えなくなってしまった。

 

「おい、黙んなって。別にお前のことを責めてるわけじゃねぇんだから。おら、もう一杯飲め。しっかり暖まっとかねえと後で指が落ちるぞ」

 

 俺みたいにな、とまた別の男が愉快そうに右手を突き出した。若い男はそれを見る気にはとてもなれなくて、黙って手渡された追加のミルクを両手で囲むように持ち、悴んだ手を静かに温めていた。

 

「何つーのかな、俺はこう、難しい言い回しは苦手なんだけどよ」

 

 すっかり意気消沈してしまった若い男に、先ほどまで喋っていた男はどこかバツが悪そうに頭を掻きながら呟く。

 

「タルラはどっちかっつうと、“信念“に寄り添ってんだ。んで、あいつの場合は“人“に対して、なんだと思う。うまく言えねぇけど」

 

 今度は誰も口を挟もうとしない。天幕の中には薪がぱちぱちと音を立てている。

 

「どっちが良いって話じゃねえ。信念が無きゃ俺らは変わらねぇし、あいつがいなきゃ、俺らは沈んだまんまだった。それだけだ」

 

 だからお前は特に気にすんな、と男は豪快に背中を叩く。

 突如背中に衝撃を与えられた若い男は飲みかけていたミルクを危うく吹き出しかけ、すんでのところで踏みとどまった。若い男が慌てる様子に、また天幕の中に笑い声が響き渡った。

 

「しっかし、この雪ん中何してんのかねえ、俺らの隊長は」

 

 ひとしきり笑った後、入り口近くにいた男が天幕の入り口を捲る。外を覗き込み、呆れ混じりにつぶやかれたその声は、降りしきる雪に吸収されてすぐに掻き消えたのだった。

 

 

 

 

 

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