レユニオン幹部が1人、アルサシアン!   作:調味のみりん

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キツいのがあんまり得意じゃないよーって方は、一度休んで二月の初め頃にまたいらして下さい。それまでにはちゃんと終わらせられると思うので。
なんにせよ、見てくれてるだけで私は嬉しいのです。無理はなさらないで。
そして、もしお時間頂けるのなら。最後までご一緒によろしくお願いします。

では。




『まだ、覚えてる』

 

 

 

 これを言ったら彼らは怒るかもしれないけど。

 

 

 でも言わせて欲しいし、怒られても言うから。私の決意を甘く見ないでほしい。

 あの、辛くも暖かな日々の中で。

 

 

『エレノア! 訓練終わったよ! はやく歌うよ!』

『ちょっと、ちょっと。引っ張らないでってば! 私のこれしかない一張羅が伸びちゃう! ファウストも何か言ってよー!』

 

『…………ふ』

 

『あっ、笑いやがった! チクショウ、覚えてなよ!』

 

『はーやーくー!』

『分かったって!』

 

 

 

 日常の下らなくて些細なことほどよく覚えていて。

 私はね。メフィスト、ファウスト。

 君たちのことを、ずっと弟みたいに思ってたよ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「答えろッ! どうしてアンタがここに居る!? ロドスの皆はどうした!?」

 

 スウェーのように首を逸らせば、鼻先をチェーンソーが掠めてゆく。高速で擦れる金属音が耳に痛い。

 それに遅れて熱を孕んだ空気が一帯を染め上げる。

 首を元に戻す勢いに乗せて、チェーンソーを振り切った隙に鎚をねじ込む。相手は咄嗟に塞いだけど、私からは離れざるを得なかった。

 

「どこまでも黙ってるって言うなら、覚悟してよね!」

 

 

 後悔はない。

 

 ただ、どうしても違う結果が無かったか想像してしまう。

 私は──私たちは。目の前で怒りを露わにする彼女たちの手を取り合って進めたんじゃないかって。今になってみればその手を振り解いたのは私で、因果応報なのだけど。

 

 

 ああ。なるべく遠くに離れていてくれ。メフィストにファウスト。

 私もそこまで長くは引きつけられないから。

 

 

 ◆

 

 ブレイズはチェーンソーを上段に構え、一気に距離を詰める。

 

 アルサシアンはそれに対し体を斜め後ろに一歩ズラすことで、半身になる。上から下に振り下ろされるチェーンソーを鎚の持ち手を使って滑らせるように斜め下に受け流した。

 鋸のような刃はがりがりと触れた柄の部分を削っていくがアルサシアンはそれを意に介さず、チェーンソーが完全に地面に落ちきった瞬間、体をコンパクトに屈め回し蹴りを放った。

 

 少し躱せば当たらないだろう爪先に、異音を聞いたブレイズは舌打ちをひとつして大きく飛び退く。その瞬間、アルサシアンの爪先を起点にばちん、と電撃が巻き起こった。

 

 アルサシアンがくるりと蹴りの反動を用いて回転するようにブレイズに向かって飛び出そうとすると、動作と動作の間の意識の隙。そこを狙って横合いから鋭い一閃が走る。

 

「……ぅぐ」

 

 周囲に薄く張り巡らせたアーツによる探知と、常人離れした反応速度で咄嗟に身を沈め、チェンの攻撃は装備の端を切るに留まった。

 

 

 3分間。

 

 それがこの瞬間まで彼女が他のレユニオンを撤退させて稼いできた時間。

 

 たった一人でロドスのエリートオペレーターと、近衛局の特別督察隊隊長、ロドスの術師に近衛局の職員。その全てを相手取っていた。

 それだけで彼女が白兵戦に於いてどれほど強力かが伺えるだろう。

 

 だだ、それまで。

 絶え間なく襲いくるノコギリと熱波。それに対処しようとすれば、意識の隙を突く一太刀が飛んでくる。

 アルサシアンは息を吐いた。

 

 それらをかいくぐったとしても今度は線状のアーツが飛んでくる。

 この展望デッキという戦場で、メフィストとファウストを先に逃した彼女は四方から飛んでくる攻撃をすべて一人で捌かざるを得なかった。

 

 彼女が鎚を振るう戦場では、常にピリピリとした空気の帯電が感じられる。

 

 だんだんと対処しきれなかった攻撃が増え、絶縁体の分厚い装備の所々が削れ、溶け、切れている。

 一度動き出せば止まらずに動くその戦闘スタイルから、体力が尽きかけ息が上がっている。

 

 

 それでも立っていた。

 ただ一人。戦場のレユニオンは立っていた。

 

 

「これで終わらせる!」

 

 

 アルサシアンに対して、単に“囲めば倒せる”などという甘い考えは通じない。

 

 数を用意しても個別に攻めたのでは決して雷獣は倒しきれない。

 偏執病(パラノイア)じみた無駄の削ぎ落とされた動きと、薙ぎ払う雷が彼女を攻めにくくする。

 唯一のチャンスは、雷が発生した直後。

 電位差がリセットされて、リチャージが必要な数瞬の空白。

 

 ──その時間、凡そ5秒。

 

 それこそがアルサシアンが雷を使えない、弱体化する時間。

 

 

 そこを突くという考えは、いま正に実行に移されようとしていた。

 

 チェンが戦闘の余波で抉れ、斜めになったガレキに足をかける。それに体重を一気にかけて、クラウチングスタートの要領で一歩、急加速した。

 横合いからはブレイズが気体を急速に加熱し、膨張させる。その際に生じる推力に乗り、弾丸のような速度でチェーンソーを振りかざす。その先端にもまた、彼女の血液によって強化された熱流が乗っている。

 

 両者の攻撃の執着地点に居るのは、無論アルサシアン。

 もしこの場に教官職の人物がいるのなら、お手本にしたいと言うであろう程の見事な挟撃だった。

 

 何故ならば、完璧に避ける事など決して叶わない攻撃であったから。

 

 

 

 

 ブレイズの攻撃を避ければ熱波に焼かれる。

 チェンの攻撃を避ければ返す刀で切られる。  

 チェンにかかりきりになれば熱波が肺を焼く。

 熱波を避ければアーツに撃ち抜かれる。

 アーツを避ければチェンに切られる。

 チェンの一閃を躱せばブレイズに削られる。

 削られまいと対処すれば背中にアーツが飛んでくる。

 背中のアーツを避ければチェンに隙を晒す。

 隙を無くそうと懐に入ればブレイズに刻まれる。

 ブレイズのチェーンソーをズラせばチェンの剣をもろに喰らう。

 剣を意識すれば横合いからの熱に耐えられない。

 熱の範囲から離脱すればアーツの弾道に身を躍らせることになる。

 チェンを避ければブレイズが。

 ブレイズを避ければアーツが。

 アーツを避ければチェンが、アルサシアンの行動全てを潰してくる。

 回避の選択肢を消してくる。

 

 

 

 どれか一撃でも、しっかりと喰らえば戦闘続行は不可能である。

 まさに彼女が無防備となる5秒間を狙った、凄まじいまでの連携だった。

 

 

 

 

 

 

 

 だからアルサシアンは()()()()()()

 

 

 

(──舐めないでよ)

 

 

 

 

──5.00

 

 

 

 弓のように引き絞られた剣が、獲物を貫かんと加速する。

 その致命的なチェンの一撃を、アルサシアンは左眼で受け止めた。

 

「なっ!?」

 

 あまりに想定を超えた出来事に一瞬チェンの動きが鈍る。

 その間さえあれば、アーツで剣は止まる。

 

 ガシリ、とアルサシアンの眼孔の中。硬質化させた空気を使って剣を無理やり固定してみせた。それはチェルノボーグでもやってみせた、一番威力が出る体内でのアーツ使用という文字通り決死の防御。

 一瞬の交錯のうちに、チェンは彼女の狂気を垣間見た。

 

 

 

── 4 .31

 

 

 衝撃に耐えかねて、ばきん、とアルサシアンの仮面がひび割れ、左眼周辺の仮面が剥がれ顔のほんの一部が露わになる。固定具もいくつか外れたようで、ふわりと蒼い髪が数束舞った。

 アルサシアンは動きを止めない。

 

── 2 .98

 

 

 同時にやってくるブレイズの熱流は、固めた空気を間に挟むことで熱の伝導を遅らせる。横薙ぎに襲いくるチェーンソーを前のめりになりながらアーツで覆った右脚で踏み付け、体が前方へ倒れる慣性のまま、剣が固定されているチェンへ、鎚を後方から打ち出すように振るった。

 

「──がっ、!」

 

 速度を増した一撃にチェンがピンポン玉のように吹き飛んでゆく。それに合わせて眼に刺さった剣も抜けた。アルサシアンは顔を顰めながら更に一歩踏み込む。

 

 

── 1 .09

 

 

 

 振り切った鎚の重さを使って低い姿勢で体を半回転し、ブレイズに背中を向ける形で弾道が重なる位置に入り込む。これで背後から飛んでくるアーツは撃つことが出来ない。

 

 後は回転の力を殺さずに、唯一フリーにしてあった左腕を裏拳のように弾けば、もう()()()

 

 

 

── 0 .00

 

 

 

「しまっ──」

 

 ふわりと髪が持ち上がる感覚と、歪む空間。

 ソレを認識した時には、もう遅く。鼓膜を突き破る爆音が電撃と共に吠えた。

 もし目を刺す閃光にばかり気を取られれば同時にやって来る、物理的な衝撃に弾き飛ばされる。

 

 

 ──『雷獣』

 雷の獣を冠する異名は決して伊達などでは無かった。

 

 

 

 ◆

 

 

 網膜を焼くような閃光が晴れた時。

 そこに居たのは、左眼から絶えず血を流しながらも直立するアルサシアンだった。

 

 チェンもブレイズも致命傷ではないが吹き飛ばされた。

 そして、それをやってのけたアルサシアンに対して脅威度を一段階上げる。

 

「あれは……」

 

 すると見計らったかのように空に光の筋が上がり、ぱんと音を立てて弾けた。戦場で使われる、信号弾だった。

 

「…………」

 

 それを聞き届けたその瞬間、アルサシアンはチェンやブレイズを見つめたまま手を広げ、後ろへと倒れ込んだ。彼女が立っていたのは展望デッキの端。そこから重力に任せて倒れれば迎える結末は当然ながら落下。

 

 下に消えてゆく人影に、誰も追いつくことは出来なかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「え、エレノアっ! 左目が!」 

 

 

 展望デッキから“離脱完了“の信号弾を見て、所定のビルの中に窓から強引にエントリーすればこちらに気が付いたメフィストが顔色を変えて駆け寄ってきた。

 

 周囲には迷彩狙撃の人たちと、数が少なくなったメフィストの部下達が警戒している。

 

「あっはー、大したことないって。あれ、ファウストは?」

 

「今はエレノアに知らせる為の信号弾を上げに行って……もうすぐ帰ってくると思う」

 

 ああ。あれを上げてくれたのはファウストだったか。いまいち離脱のタイミングが掴めなくてどうしようかと思っていたのだ。

 だとしたら誰にも見つからないよう、ファウスト一人だけで行ったのだろう。私の方が先に戻ることになるとは思わなかったけど。

 

「なるほど、なるほど。それで……あっ、まってまって、興奮作用(アドレナリン)切れてきた。いて、イテテテテ……! メフィスト、は、早く!」

「う、うん!」

 

 

 ◆

 

 

「あぁ……た、助かった……。ありがとね、メフィスト」

 

「エレノア……。傷は塞がったけど……目が、もう……」  

 

 そう言ってメフィストは目を伏せた。

 確かに左眼のあたりをペタペタと触ってみると、出血は止まったもののくっきりと傷跡が分かる。どうしようもなかったから眼孔に剣を引っ掛けて止めたのだけど、当たり前に代償はつくのだ。

 

「これ、元々見えてなかったから大丈夫だよ」

 

 幸いなことに戦闘に支障はない。

 私の左目はレユニオンに辿り着いた時にはもう、殆ど見えなくなっていたから。

 

「でも……」

 

「メフィスト、今は撤退することに意識を向けろ」

 

 その声におや、と後ろを振り返れば外套を纏ったファウストがこちらに歩いてきていた。

 彼はほんの少し私の顔を見てから、すぐに視線を切って俯くメフィストの元へ行く。

 

「大丈夫だ、エレノアだって来てくれた。戻れる」

 

 ファウストは歳のわりに随分と大人びているからか、この詰みの状況でも冷静に“すべき事“を考えてやっているのだろう。

 そんな彼の言葉にメフィストも、表情はまだ暗いけれど一つ頷いて顔を上げた。

 私たちが今居るのは、放棄されたビルの5階辺りだろうか。人気はなくしんと静まりかえっている。今もじわりじわりと近衛局が包囲網を縮めてきているのだろう。

 

 

 ──敵の前線を粉砕せよ! 

 ──奴らを逃すな! 指揮官を討て! 

 

 

 ほらね。ここまでもう声が聞こえてきた。

 

「これからどの道を選ぶかだが……。スラムの方向に突破するべきだと思う。クラウンスレイヤーからの通信はないが……スラムが唯一の脱出口だということには変わらない」

 

「…………」

 

「一度にまとまって行くのか、分散しながら標的を減らして行くのか……。俺のアーツで姿を隠してやれるのはまとまって行った場合に限られるが……エレノア? なんで黙ってるんだ?」

 

「なんでだろうね?」

 

「何を──ぐっ!?」

 

 軽く合図を送れば、すぐに迷彩狙撃兵達がメフィストとファウストを抑えた。地面に押し付けられるように拘束されていて、逃げることは出来ないだろう。

 

「迷彩狙撃兵と、レユニオンの構成員はそんなに顔が割れてないから一度手が届かない場所に行けば逃れられる可能性が高い」

 

 少し屈んでファウストに目線を合わせるように言う。

 

「でも二人は少し有名になってるからさ。普通にやったんじゃどこまでも追いかけられるんだよ。──責めてる訳じゃないよ。それだけ頑張ったってことだからさ、多分」

 

「エレノア、一体何を……!?  ダメだ、ダメだよ! 行っちゃダメだ!!」

 

 同じように押さえられているメフィストが何かを察したのか必死に叫んだ。

 

 そんな顔されると私だって心が痛い。

 加えて、これ以上叫ぶと本格的に見つかるかもしれない。

 だから先にメフィストの方へ移動して拳を握った。

 

「二人で、仲良くね──おやすみ」

 

 目を見開くメフィストの、顎を強かに打ち据えると目を回して力を抜いた。メフィストを押さえていた狙撃兵は不満そうにこちらを見ている。

 

 分かってるって。

 

 

 そして、それを見ていたファウストが睨むように疑問を口にした。

 

「……手回しをしていた、のか?」

 

 それに答えず、ファウストの前に移動する。

 これから何が起こるか分かったのか、こちらを見る目は鋭い。同じように彼の顎も掠めるように打てばもう言葉は出てこなかった。がくりと項垂れて、どうにか手に持っていたクロスボウも取り落とす。

 

(手回し、か)

 

 そんなことしてるに決まってるじゃないか。

 

 私が一体いつから君たちのことを見てきたと思ってるんだ。

 

 

「それじゃあ、聞いてたでしょ? スラムだよ。そこから龍門を脱出する。私はついて行けないから見つからないでね。あ、あと起爆矢をいくつか分けてくれないかな?」

 

「それは良いが……何に使うんだ? クロスボウは貸せないぞ?」

 

「ん? ああ、撃つんじゃないよ。避雷針にする」 

 

 微妙な顔をして矢を渡してくれた彼は、一度動きを止めると、静かに口を開いた。

 

「……お前は、戻る道があるのか?」

「さあ」

 

 そんなものは知らない。

 少なくとも私の道は。

 

「俺たちはお前に従ってるわけじゃない。信用もしていない」

 

 話が終わったと思って、倒れたメフィストとファウストを抱えようとすると、迷彩狙撃の人が固い声で言った。

 

「ただ……これが唯一の方法だと分かっている。ここでお前に刃向かってもすぐに制圧されて終わりだ。だから、さっきの命令にも従った」 

 

 話を続けながらも彼はどこか、悩んでいるように見える。だから何も言わずに黙って話を聞いていた。

 

「……それでも、窮地を助けてもらったのは事実だ」

 

 彼は懐から閃光発音筒、いわゆるフラッシュバンを取り出して差し出した。ここまで取っておいた、貴重で数少ない装備品なのだろう。

 

「二人を任せる」

 

「言われずとも」

 

 エレノアは二人を小脇に抱え、ビルを降りていった。

 

 

 

 ◆

 


 

 

 

 これは、きっと記憶だ。

 

 今はこんな雪に包まれる場所には居ないし、何より視界に映る手足が今よりも小さかった。

 だから、これは記憶だ。

 

 

 確かこの日は、前日にひどく吹雪いた晩のことだった。

 あまり言いたく無いような事が起こって、メフィストが泣きじゃくり、疲れて眠ったころ。

 

 眠気が来ないので外に出たのだった。

 冷気が肌をじわりと刺してくるようで体が震えた。

 

 

「見上げてごらん

  夜の星を」

 

 

 小さな音でさえ雪に吸い込まれて、静かな闇の中。

 その中でもくっきりとした歌が聞こえてきた。

 

 その声で記憶が鮮明に甦ってきた。

 エレノアはたまに、誰もいない空に向けて歌を歌っていたのだった。

 聞いたこともない、綺麗な歌を。

 

 

「小さな星の

小さな光が」

 

 

 さく、さく、と雪を掻き分けて進んでみれば、カンテラの前に座り込んで見張りをしているエレノアがいた。丁度いい大きさの朽ちた木を腰掛けにして、彼女が見上げる空には月が柔らかい光を雪上に投げかけている。

 

 

「ささやかな幸せを

 うたってる」

 

 

 足音で分かったのか、彼女はこちらに気がつくとニコリと笑い、自分の座っている倒木の横をさしてくる。

 そこへ歩いていって座り込めば、無言で毛布を寄越してくれた。

 

 

「見上げてごらん

 夜の星を」

 

 

 エレノアは歌っている。

 何も聞かず、何も言わずに。ただその歌に耳を傾けて。

 決して何かをしてくれる事はないけれど、たしかにそこに居た。その距離が不思議と心地よく。

 

 カンテラの中で炎が小さく揺らめいている。オレンジ色の光を拡散している。感染者の最期のように輝いている。

 

 

「僕らのように

名もない星が」

 

 

 

 やがて声に誘われるように、意識は消えていった。

 今に思えば、エレノアが歌っていたのは決まって誰かがレユニオンを去った時だ。それが彼女なりの弔いだったのかはどうかは、今も知らない。

 

 

 

 

「ささやかな幸せを ──

 

 

 一つ、言えるのは。

 あれは普段より何倍も、柔らかな声だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「──祈ってる」

 

「妙な歌だな」

「そう?」

 

 四方をビルに囲まれた、中庭のような場所。

 声に引かれて振り向けば、ザラックの女性が立っていた。

 彼女はロドスの、正確にはケルシーさんが派遣してくれた人だ。流石に誰も二人を受け取る人が居ないのでは無策だと言うことでわざわざ来てもらった。

 

 

「それじゃあ、えーっと……」

「……スカベンジャー」

 

「スカベンジャーさん。二人をよろしくね」

 

 無言で頷く彼女に、両脇に抱えた二人を受け渡す。

 先にメフィストから。意識がなく、ぐてんとした体は見た目よりも重さがあった。

 そして、ちょうどファウストを抱え直した時。その腰からひらりと何かが落ちた。

 

「これは……」

 

 拾ってみると、“何か“は端がボロボロになった紙。凍原にいた頃、ずっとファウストに対して出していた計算問題だった。

 最後の方は目まぐるしく状況が変わって、いつのまにか途切れてしまったけど。問題を出しては丸付けをして、また新しい問題を出す。

 それの、丸つけのされていない最後の一枚。

 

(ずっと、持ってたんだ)

 

 見てみれば、そこに書かれていたのは丁寧な計算と、弾道予測。

 なんだか堪えきれなくて、胸の奥から笑いが飛び出してきた。

 

 

「ふふっ、マルだ。はなまる」

 

 ペンは持っていなかったから、額から垂れた血を拭って、ぐるっと丸をつける。そうして目で“まだか“と訴えるスカベンジャーに一言断り、ファウストの矢筒に紙を戻した。

 

 

 

 

 ああ、どうか。

 

 たくさん、苦しいことを経験した彼らが、暖かな場所で生きられますように。

 

 

 

 

 ──笑顔で明日を、信じられますように。

 

 

 

 

 

 

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