レユニオン幹部が1人、アルサシアン!   作:調味のみりん

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bye-bye Alsatian 2

 それは、凄絶な時間だった。

 地獄と称するのにも生ぬるい、血みどろの戦い。

 

「──ふっ!」

 

 アルサシアンが鎚を横流しに振るう。それを黒装束の者は器用に躱し、返えす刃を振った。アルサシアンがそれを避けようと身を屈めれば、見計らったかのように別の刃が背後より突き出される。

 

「……ぐッ!?」

 

 常に三人、黒装束を着た者たちはアルサシアンを囲むように隙間なく攻撃を仕掛けていた。

 

 運良く雷で巻き込めたとしても、まだ負傷していない黒装束と交代し攻め手が止まることは無い。

 何人下がらせた? 何人仕留めた? 

 

 

 アルサシアンの頭部装備は壊れ、一部から髪の毛が溢れている。

 その毛先も、根本から伝う滑った血液で赤く汚れていた。

 

「ハアッ、ハァッ……」

 

 酸素が足りない上に、アーツで背後の嵐も発生させ続けている。

 先程戦闘の最中に確認したが、近衛局の主力部隊がスラムに到達する前に雷で道を塞ぐことが出来たようだった。

 

 ここで気を緩めてアーツを切ってしまえば、すぐさま彼らはスラムに流れ込む。それではまだレユニオンが逃げるには時間が足りない。

 きっと近衛局は血眼になって術者の私を探しているか、地下水道を通っているのだろう。後者であっても道が狭いので行進を大幅に遅らせることが出来る。

 

「う、らぁ!」

 

 押しつぶすように鎚を叩きつける。それもすんでのところで回避されるが、想定内。固めた大気が擦り合わさって電撃を発生させた。

 それによりまた一人、後ろに下がらせることが出来た。しかしすぐに別の無傷のやつが飛び出してくる。 

 

(一息入れる暇もない!)

 

 常時展開する背後の嵐の壁と、戦闘で使用するアーツの二重負荷にかつてない程の速度で右腕の源石が成長する。

 アルサシアンの耳にいやに、バキバキという何かが砕ける音が響いた。

 

 そんな至る所から流血をしている彼女を見て、“もう倒せる“と判断したのか黒装束が屋上から離脱しようと、何人かが距離を取り散開する。

 普通であるなら、引き止めておきたかった相手が場を離れるという緊急事態。だがアルサシアンは慌てていなかった。

 一人の黒装束がジャンプし、屋上の柵を越えようとしたその時

 

 アルサシアンはニヤっと笑った。

 

 

 

 

 

「──! 視認不可の障壁。敵のアーツによるものと推測」

 

 

 

 

「あぁ、正解だよ」

 

 勢いよく“壁“にぶつかったせいで体勢を崩している相手を見やる。

 

 私のアーツは雷じゃない。

 大気の硬質化だ。

 

 すでに私から見て正面、右、左は全て固めた大気で蓋をした。

 ここから抜け出したいのなら、未だ雷鳴轟く私の後ろを抜けるか、術者である私を倒すしかない。

 

「対象の背後に障壁の反応なし。──離脱する」

 

 相手の一人がとびきりアーツ探知が得意なのか、私の背後には壁がない事に気づくと、後ろを抜けて嵐の中へ飛び出していった。

 自然現象の雷には打たれないだろうという算段だろうか。

 

「甘いよ」

 

 直後、落雷が相手に三方向から襲いかかる。

 直撃を受けた相手は白煙を上げながら地上へと流れていった。

 

「追尾性の確認。脅威度の更新」

 

「はは、わざわざ目立つため()()の嵐だとでも思った? ──ッ!」

 

 その台詞を言い切る前にアルサシアンは堪らず口元を押さえ呻く。

 

「こ、ぉ……」

 

 そして苦悶の声と共に口からドロリとした液体を吐き出した。

 

 普段は鎚の先端にのみ使用している、雷を発生させる方法──細かい大気の粒を作り出し、擦り合わせることで電位を偏らせる──を()()()()()使ったのだ。

 どう動くか自分で操れない対象を捉えながら位置を微調整し続けることは当然ながら消耗が激しかった。

 

 つまるところ地面に染みを作ったその液体は、彼女の限界が近いことを示していた。

 

 

 ──ぽつぽつと雨は降り始め、やがて強さを増し始める。

 

 

 

 ◆

 

 相手の足元、踏み込みの瞬間にアーツで空気の塊を作る。

 足を引っ掛けられた相手は、前に進むはずだった力の方向を乱され頭が下にさがる。そこを下からかち上げるように叩く。

 

 また一人下がらせたという達成感と共に、アルサシアンは右腕に生じ始めていた異変を認識していた。

 

 アーツの過剰使用により、使えば使うほど源石が急激に成長する。やがてそれは分厚い装備を突き破り、右腕を手首から肘にかけてどんどんと覆い始めていた。

 

 表皮を突き破り、骨に絡みつき。

 毛細血管から、筋肉、体細胞至る全てをアーツに変換してゆく。

 

「オオォッ!」

 

 状況は僅かに相手側に傾いている。それでもすぐさま決着が付かない程度には拮抗状態を作り出せていた。

 雷により熱せられた鎚に雨が当たり、シュウというと音と共に白い煙を出している。

 

「シィッ!」

 

 一振りするたびに腕が痺れる。熱が消えてゆく。

 神経に直接イバラが絡みついたように、痛みが脳を焼いていく。

 それでも構わずに暴れ続け、また一人、黒装束を後ろへと下がらせた。

 そう思った瞬間。アルサシアンのすぐ下から声がした。

 

「──排除する」

 

 死角だった。

 振り切った腕の、斜め下に隠れるようにもう一人が潜んでいた。

 なぜ気がつかなかったかと言えば、左目だ。見えていない左目が悟られてそれを利用されたのだ。

 

「ぐぅ!?」

 

 相手が突き出した刺突がもろに腹へと衝撃を伝える。

 近距離で攻撃された為か、それほど速度と威力は無かったが、今のアルサシアンの体力を削るには充分すぎた。

 

 それでも戦闘を続けようとアルサシアンは膝を使い、相手の腕から伸びた武具を脇腹で畳むように挟み込み動きを止めた。そしてそのまま右手に持った鎚で横薙ぎをし、相手を吹き飛ばそうとする。

 

 

 

 結果から言えば、相手はアルサシアンの目論み通り吹き飛び、“壁“へとぶつかった。だが、同時に飛んでいった物があった。

 

 

 鎚だ。

 

 

 正確に言うならば鎚と、それを持つ右腕の手首から肘まで。まるでチキンの骨が外れるように肘から抜けて宙を舞い、アルサシアンの元を離れた。

 理由はすぐに分かった。源石が右腕を食い過ぎたのだ。それこそ遠心力で吹き飛んでしまうくらいまで。

 

「……ッ! 、……!!」 

 

 声にならない叫びが喉を裂いて飛び出す。

 不思議と出血は殆どなかった。歪む視界で見てみれば傷口を源石が塞いで流血を阻止していた。少し前に見た、瀕死だった彼のように。

 

 不思議な色合いの源石だ。

 出来た源石は、外側が透明に透けていて、中のものが見える不思議なクリスタルみたいな。少し青みがかった変色をしている。

 

 

「…………ぐッ」

 

 

 アルサシアンは動けない。

 突然バランスを欠いた半身と、全身の傷口からこぼす血液に片膝を突き、体は震えていた。

 

 

 それを好機と見たのか、二人が一度に飛びかかってくる。

 当たればアルサシアンを仕留められるであろう、必殺の威力を孕んだそれぞれの一撃は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──横合いから飛んできた鎚に体ごと持っていかれた。

 

「……はは」

 

 片膝をついたまま。雨に打たれながら。白い煙を発しながら嗤う。

 空中には、まるで“透明な手“に持たれたような鎚がアルサシアンに従うように佇んでいた。

 

 

「はひ、ふふふ」

 

 空気を固めて動かす。空気を任意の地点で操る。

 アルサシアンにアーツの威力と火力はない。それこそ人一人抑え込むのに無理をしてしまうくらいに。だがその分、精密動作は人一倍長けていた。

 

 今の彼女は、一時的に火力不足が疑似的な活性源石により補われ、源石術(オリジニウムアーツ)は精密動作と高火力を備えた不可視の攻撃と化していた。

 

「ハハハハハ!」

 

 見えない腕を何本も、薙ぎ払うように、屋上を掻き混ぜる。

 対処がわずかでも遅れた者は“壁“に叩きつけられ、バウンドし、また吹き飛ばされる。

 

 ここに来てエレノアのアーツは生涯最高に冴え渡っていた。

 残った右肘から二の腕へ、“もっと寄越せ“とばかりに源石は恐ろしい速度で侵食していく。だが、それと比例するようにアーツの出力も高まっていった。

 

 卸金に削られるように己の身を消費しながらの時間制限付きではあるが、この時のエレノアは、間違いなくこの世界の最高峰に手を伸ばしかけていた。

 

 

「対象の生命活動の著しい低下を確認──。120秒程で限界と推測」

 

「やって、見ろよッ!」

 

 彼女は無様にも隻腕となった。

 だが、見えない腕を何本と増やし荒れ狂うその様は、ヒトの形をした嵐だった。

 黒装束達が風圧を感知して避けても、その瞬間“腕“が枝分かれし掴もうと迫ってくる。それにばかり気を取られていると、後ろからも襲いくる“腕“に掴まれ投げ飛ばされる。

 

 そして何より、忘れてはいけないのが。

 彼女は雷を使用するということ。

 今までは鎚の先端。もしくは足先や腕の先にしか発生させていなかった雷は、暴れ回る()()()腕を起点に点火した。

 

「──ッ」

 

 囲われた透明な空気の檻のなか。

 意志を持った大気と、雷鳴が暴れ回った。

 

 

「ッぉぉ……ッ! ぉぇぇ……」

 

 

 だが体力は正直であり。

 永遠にも似た雷雨は、唐突に終わりを迎えた。

 エレノアの限界だ。

 四つん這い──今は三本しか四肢は無いが──になり、粘ついた嘔吐(えず)きを繰り返す。アーツは既に霧散し、背後の嵐も弱々しくなっていた。

 

 

(──雨だな)

 

 首だけを斜めにして、目を限界まで動かし空を見上げる。

 ぼやけた視界に最後に空を映したのは、星が見たかったから。

 

「…………っ」

 

 何か呟こうとしても、喉から漏れるのはかひゅう、という気の抜けた音だけ。とうとう意思だけでは体が動かなくなった証拠だった。

 

 目の端に迫る凶刃が見える。死を前にした、ゆっくりとした世界で、数秒後に首を跳ねる刃がくっきりと認識出来る。

 抵抗してみようとしたが、鎚はどこかに飛んでいって手元に無かった。

 エレノアはとうとう自分の終わりを悟った。

 

 

 

 みんな、みてるかな。

 わたし、がんばったよ。

 すごい、辛かったけど、がんばったよ。

 

 もうアーツも維持が限界だ。

 

 

 

 

 

 ここに来て湧いてきた感情は“寂しい“。それだけだった。

 

 私はここから先には行けない。

 ずっと続いてくみんなの未来と違って終わりがすぐそこにある。

 

 私だけがみんなのいる未来に行けない。

 ここに、いつか過去になる場所に留まる。それが何より寂しい。

 みんなの事を見ているしか出来ないんだから。

 

 死にたくは、ないなぁ。

 

 

 刃が振り下ろすその瞬間。世界が回ったように見え。

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに襟を掴まれて、後ろに飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「行けいけいけ! 野郎どもッ!」

 

 直後、響き渡る野太い怒号。

 流れていく景色の中で、何人もの灰色の装備を纏った人が屋上に上がってくるのが見えた。

 

 

(──なんで!)

 

 その姿は知っている。

 ここに居ないはずの、レユニオンの部隊。

 言うなれば便宜上私の部下になっている者たち。

 

 

「なんっ……で! 戻ってきた!?」

 

 

 飛ばされて、誰かに受け止められて。そのまま屋上の階段の近くの塀が高くなっている所へと運ばれて。背中を壁に預けるように座らせられた。すぐさま私を受け止めた人物が包帯を取り出し、応急処置を始める。だが、私はそれどころではなかった。

 目の前では黒装束と、割り込んできた灰色の装備のレユニオン達が戦いを始めていた。数では勝っているが、一人、また一人と怪我を負っている。

 

 その時、肩にぽんと手を置かれた。

 見上げると、私とよく似た仮面を被った男が一人。

 

 男は、ぽかんとする私に気をよくしたのか、愉快そうな動作で仮面をずらした。

 

「──!」

 

 そこにいたのは、何度か顔を突き合わせた人物。

 初めはシラクーザからチェルノボーグまでの車で。

 最後は龍門の裏道で。

 

 何度も何度も私が拒絶した、あの男だった。

 

「だから言ったろ、無理はすんなって」

 

 それだけ言うと、すぐに仮面を元に戻し戦いの場へ走っていった。

 つられて戦場に目を戻すと、ガスマスクを付けた、よく見知った姿も見えた。

 

(なんで……)

 

 ここに戻ってきたということは、彼らはもう龍門を出られないということ。ここで捕縛されるか、殺されるか。未来のない二択しか残っていない。

 

『手前ぇら、意地見せやがれッ!』

 

 私の、稼いだ時間は。

 せっかく、いろいろ思いを飲み込んでここに留まったのに。

 少しでも、みんなが明日に生きられるようにって。

 

「……どうして」

 

 私に助けさせてよ。これ以上居なくならないでよ。

 どうして、どうしてッ! 

 

「そりゃ、アンタに生きて欲しいからよ」

 

 呟いた声に、すぐ横から返事があった。

 答えたのは今まさに私の手当をしている人物。

 

「アンタが、他の命を優先して、託したんだろ? メフィストに、ファウスト、フロストノヴァ。そして──タルラに」

 

 話しながらも手際は良く、穴が空いた腹には包帯を丸めて突っ込み、裂傷から出血があれば縛って止める。

 その鮮やかな動きは、彼が何度も治療に携わっていた事を物語っていた。

 

「だがな、いいか」

 

 右脚の包帯を巻き終えると、彼は一度止まりこちらを見上げる。

 

 

 

 

 

 

「俺らの希望は()()()だ」

 

 

 

 

 真っ直ぐ。ただ、真剣な声で。

 エレノアを希望だと言ってみせた。

 

「他の誰でもない。何度も何度も俺らを見捨てなかった、アンタに明日を見た」

 

 やめてくれ。そんな。

 そんなことを言われたら。

 

「こんなクソみたいな世界でも、アンタみたいな奴が生きていれば多少はマシになる。そう、思えた」

 

 

 私が? 

 何度も何度もレユニオンの暴走を止められなかった私が? 

 

 

「だから、アルサシアン」

 

 

 彼は私の手を握る。

 きつく握りすぎて血が滲んでいる手を解くように。

 

 

 

 

「生きてくれ」

 

 

 

 優しく、力強く。

 これまでの全てをひっくるめて。

 

 

 

 

「アンタが明日に生きてくれ」

 

 

 

 

 その声に魂すら滲んでいるようで。

 人知れずエレノアはぶるりと身を震わせた。

 

 

 

 

「俺たちの希望を明日に繋げてくれ」

 

 

 

 涙が出そうになる。

 “生きろ“と。ただ私にそう願ってくる。

 

 

 

『歯ァ食いしばりやがれッ!』

『ああん? 手前ぇ誰に向かって口聞いてやがる!?』『いいからとっとと行け!』

 

 戦場の声が、ここまで聞こえてくる。

 (希望)を生かすために、命を削っている人がいる。

 

「だから、な」

 

 彼の姿がブレて、いつかの、まだリーダーと呼ばれていた時の光景に重なった。

 

       リーダー』

「しっかりしろよ、隊長」 

 

 

(──ッ!)

 

 

 まるで頭を鈍器で殴られたかのようだ。

 こんな簡単な、目の前にあることに気が付かなかったなんて。

 

 私は周りを見れてなかった! 

 あの雪の日に、心を閉ざして、仲間と思っていても“共に戦う者“としては見ていなかったのだ。

 孤独に引きこもっていた。壁を作っていた。

 目の前の、今戦っている彼らは私のことを見ていたのに、私は彼らのことを正面から見れていなかったのだ。

 

 

「……ゴホッ、少し、肩貸して」

「おい、急に動くな」

 

 私の命は、去っていった人たちで繋がっているのではなく、いま、目の前にいる彼らでも繋がっていた。

 過去と今との両方が私を生かしてくれている。

 

 ──そんな簡単なことに、今。思い至った。

 死んでしまう前に、気がつけてよかった。これが終わったら謝ろう。そして改めて言おう。『私と一緒に来てくれ』と。

 

 

 

 私は彼らの隊長だから。

 

 

 自分たちの命と、村の住民の命を天秤にかけ、より多くの他の命を守った、誇り高い戦士の、その彼らの。リーダー()()()のだから。その、家族なのだから。

 

 

「一つ聞かせて……。私は、……君の隊長?」

「? そうだろ?」

 

 しっかりしろ。前を向いて、希望を捨てるな。

 でないと、またからかい気味に笑われてしまうから。

 家族に心配をかけてしまうから。

 

 

「じゃあ……君たちの隊長?」

「当たり前だろ」

 

 

 だからもう、私は大丈夫。

 私は彼らが信じてくれたリーダーで、隊長だから。

 

 

「なら……指示を出さないとね」

「言ってみろ、なんだって従ってやるさ」

 

 

 この想いに応えるために、今の私が言うべきなのは決まっている。

 “私“に希望を見てくれたのなら、その私のやりたいように。

 

 

 

「生きて、帰るよ──

 

 

 

 

 ──みんなで!」

 

 

 

 

 その言葉に彼は嬉しそうに笑って。

 

「応! 了解した!」

 

 

 応えてくれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 降り続いていた雨が上がり、陽光が水溜りを照らす頃。

 崩れかけたビルの前に数十人の近衛局員が武装し集結していた。

 その傍らにはロドスアイランドの姿も確認できる。

 

「ッ! 来ました!」

 

 双眼鏡を持った一人が声を上げると、その場に緊張が走る。

 やがてビルの入り口からボロボロの一団が出てきた。

 何名もお互いに肩を貸し合い、足を引きずり、一番前の彼女も肩を借りながら行進していた。愉快そうに下品に笑いながら少なくない怪我を負った男たち。アルサシアンは、待ち構える全員に対して蒼い髪を揺らしながら顔を上げた。

 

 

「──良い、天気だね」

 

 それきり力を失ったように顔を伏せ、動かなくなった。

 

 

 嵐が去った龍門には、青々としたどこまでも続く蒼穹が広がっていた。

 

 

 

 


 

◇◇◇◇◇

 ──夢を、見ていた。

 とても綺麗で、懐かしく、嫌な夢を

 

 

 もし(うな)されるモノを悪夢と呼ぶのなら、あれは間違いなく悪夢なのだろうあれは何と言えばいいのだろうか。

 

 そんな夢を見ていた。

 


 

 

『なぁ、リーダー。次は何処に行くんだ?』

 

 荒野の中、軽い調子で男が声を上げた。

 見つけた大岩を影にして、寝泊まりの準備をしている最中の事だ。真ん中で燃える炎はパチパチと音を立てて、冷える夜を温めている。

 

「うーん、どうだろうね。実は、もう決まってるんだ」

 

 ここでしっかりと言おう。

 宣言してしまおう。

 

「次は──日の、昇る方に行こうと思ってる」

 

 思考を纏めようと上を見上げれば、満点の星空が飛び込んでくる。

 辺り一帯に光源がない分、随分と細かいものまで視認できるのだ、今はそれが酷く懐かしい。

 

「明日へ。ほんの少し先へ歩いてみようと思う」

 

 彼は何も言わず、空を見上げた。

 

 

 

 

『なんだよ、もう夜が明けてんじゃねぇか』

 

 

 

 まるで話を聞いていなかったかの様なトーンでそう呟く。

 つられて上を見上げると、空の端から段々明るい色に変わり始めていた。紺色とオレンジが混ざった、不思議な色合いをしている。

 とても綺麗な、夜明けの時間だ。

 

 私がそれを見ていると、アヴェニーがすっ、と立ち上がった。そして『この火はもういらねぇな』と言っては砂をかけて消した。

 見渡せばみんなは出発の準備をしていて、後に残ったのは野営の跡である燃えた木だけだ。

 

 

『リーダー、お腹出して寝ちゃダメだよ』

 

「もうあれには懲りたよ」

 

 あの、彼らと別れた最後の日のように。

 皆んなが口々に言いたいことを言っていく。

 

『あんまし無茶しないで、休めよ』

 

「それは、さっきも言われた」

 

 懐かしさと、寂しさで鼻の奥がツンとする。 

 でも、まだダメだ。彼らに心配を掛けてしまう。

 

 

『変なもん食って腹くだすなよ』

「はぁ? ラスティは後でお仕置き……は、出来ないか」

 

 私がそう言えば、少年は可笑そうに笑った。

 この笑顔も随分長い時間見てきた。だから、よく覚えている。

 

「そしたら、私がそっちに行った時だね。覚えてな」

 

『なら、当分はねぇな』

 

 おどけたように、揶揄うように。

 どこまでも軽く、さわやかに。

 

 最後にアヴェニーが首だけをこちらに向けた。

 逆光に彼の表情はうまく見えない。

 

『なぁ、リーダー』

「なに?」

『達者でな』

 

「……うん」

 

 それだけ言うと、みんなは歩き出した。

 朝靄がかかって、その姿がだんだんと薄れていく。

 ひとつ瞬きをすると、日が差している景色の奥に大勢のひとの姿が見えた。

 

 彼らはわたしの“家族“を歓迎するように手を振り、その後ろにいる私にも気がつくと大きく手を振ってくれた。

 その姿や服装は様々で、武装した人もいれば、病衣を着た子供もいる。

 防寒具を纏った若い女の人が居る。

 

 みんな、かつて見送った仲間たちだった。

 

 

 私は息を思い切り吸い込んだ。

 朝の冷涼な空気が流れ込んできて、肺を満たしてくれる。

 それを一気に吐ききるように、思い切り叫んだ。

 

「みんなー! またねー!」

 

 言い終わると、すぐに踵を返してみんなとは反対へ歩き出す。

 振り返らないのは、そうするべきだと思ったから。

 

 遠ざかっていくざわめきに、『またね』とか『じゃあな』の声を聞きながら、足を早める。

 やがてだんだんと景色がぼやけていって、音も遠くなっていく。この感覚は知っている。

 

 

 

 

 

 ──目覚めはすぐそこに。

 

 

 

 

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