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「これで、一先ずの処置は終わった。ここから目が覚めるかは……この子の体力次第だろう」
「そうか。本当に、助かった……なんて礼をしたらいいか……」
「はは、礼ならいいさ。それにしてもこんな子供が、なぁ……。……あぁいや。なんでも無いさ。俺はこれで失礼する」
そう言って部屋を出ていったのは先ほどまでエレノアに治療を施していた男。
エレノアは木のベッドに横たえられ、眠っていた。薪が燃えている部屋にいるせいだろうか、それとも治療が功を成したのか幾分か穏やかな顔つきになっていた。
あの後、レユニオンと呼ばれる集団の拠点へと連れられた。
エレノアが寝かされていたのはその内の一室、今は誰も使う者が居ない小屋を借りていた。
『酷いもんだ。あの子の傷……一度開いたものを無理やり焼いて塞いでやがる。目覚めたとしても、何か残るかもしれねぇ』
『目覚めたとしても暫くは療養だろうか』
『多分な』
部屋の扉の前でそんなやり取りが聞こえてきた。話していたのは先ほどの男と、落ち着いた声の女だった。
「失礼する」
すると扉を開けて先ほどの女が入ってきた。
──見たことのない種族だった。灰色の髪に角。まだ、若いうちのリーダーと同じくらいだろうか。
「タルラだ。ここを纏めている」
「アヴェニーだ。本当に助かった、感謝する」
それにしても、さっきの男、“こんな子供“って言ってたのか。
「では、彼女が君たちのリーダーだと?」
「あぁ、そうだ。俺らはリーダーに着いて行動している」
「……君たちの噂は何度か聞いた。ここより南で、感染者を解放して回っている者達が居る、と」
「それが俺たちのことを指してんのかどうか分からんが……もしそうならみんなリーダーが言い出した事が発端だろうな」
「なぜ、この少女がリーダーを? 見たところ彼女が一番若いように思えるが」
「そりゃ、俺たちは皆、結果的にリーダーに助けられたからさ。見てて危なっかしいこの子を放っておけないって奴もいりゃ、リーダーと一緒に行きたいって奴も居る。そんな奴らが集まって、いつのまにかこうなった」
「そうか。いや、彼女が助けたのか? 武勇が聞こえてくる程の君たちのことを?」
「ははは、そんな俺たちはそんな大層なモンじゃ無いさ。だが、まぁ。そりゃそうだな」
「なんて言ったってウチのリーダーはな──
────俺たちよりも強え。文字通り
◆
うっ、……あたまいたい……
……きもちわるい。……ねよ……
あー、何してたんだっけ……
薄ぼんやりとしていた目もだんだんと焦点があっていく。
あー、まだボケてる……
目で首だけを僅かに動かして辺りを見渡すと、そこは見たこともない部屋だった。誰もいない室内を見れば、木枠の窓が一つあって外の雪を映していた。
確か、お腹の傷が開いて……
「あっ──?」
そうだ、確か倒れたのだ。それでみんなに背負ってもらって……
「……みんなは?」
部屋の中には誰も居ない。起きた時から違和感があったが、一緒にいたみんなが誰一人居ないのだ。
「どこに? ……まさか。まさか……!」
──何かあったのではないか?
そんな考えが頭によぎった。そうして湧き出してきた焦燥感に突き動かされるようなベッドから降りる。
「──ッ! あうっ」
が、立ち上がった足には力が入らなくて転んでしまう。
みんな、みんなは?
部屋の中には誰もいない。外にも誰も見当たらなかった。
まずい事態になってるかも知れない。手遅れになっているのかも知れない。
テディ、リッド、アヴェニー、ラスティ……?
「みんな、みんな何処?」
掠れていたが、捻り出すように声を上げる。それでも帰ってきたのはしん、とした静寂だけだった。
「ふぅ、ふぅっ……!」
足は動かない。なので床を這うようしてドアに近づく。
気づいた時には手遅れだなんて、そんなことは。
──嫌だ。それだけは嫌だ。
ドアノブまでが遠い。必死に動かそうとしてるのに力が全然入らない。
「ハッ、ハァッ、ハァッ……!」
ほんの少ししか動いていないのにやけに息が上がる。それでもドアに近づこうと──その時、目の前でがちゃりとドアが開いた。
「リーダー!? 何やって……てか目が覚めたのか!?」
ドアを開けたのは全身を装備で身を包んだテディだった。テディは床に伏している私を見て驚いたように声を上げた。そして私の両脇に手を挟み込むとそのままベッドへと運ばれてしまった。
◆
「……え? じゃあ私の早とちり? みんな元気満々?」
「元気満々……? まだ、少し寝ぼけてるんじゃねリーダー」
「テディ、茶化さないでってば」
「悪い悪い。皆生きてる。あの後レユニオンっていう感染者を受け入れてくれる集団に助けられたって訳だ」
あの後ベッドに戻された私は上半身だけを起こしてテディの話を聞いていた。然るに私たちは噂でしかなかった
「それで、他のみんなは?」
「それなら見回りに出掛けてて……おっ、噂をすればとやらだな。帰ってきたみたいだぞ」
そうテディは面白がるように言った。その証拠に玄関口からがやがやと声が聞こえてきた。
『ラスティ……雪でこけて転がってくのはもう勘弁してくれよ』
『あぁ!? そりゃ俺はずっと南の方に住んでて慣れてねぇんだから仕方ねぇだろ! てか2回しか転んでねぇし』
『いや、今回で4回目』
『リッド! お前それ言うなって言ったろ!?』
そんな皆の騒がしい声がだんだんと近づいてくる。
「今度こそはお前が転んでんの見て笑ってや……リーダー!? 起きたのか!」
「何? マジに起きたのか!?」
「……本当だ」
喧しく部屋に入ってくる。
思ってたより数倍元気そうだった。
◆
「やー、みんな本当にたどり着けたとは。私はもうダメかもって思ってたんだけど。うん。あの、ホントごめんねー。途中からずっと寝てて……」
「そうだなー、意識ないリーダー背負ってくのは実家の母ちゃんにしばかれながら藁束を運ばされた時を思い出したなぁ」
「うっ」
「リーダー、途中からしがみつくことすら放棄してたしな」
「うぐっ」
「お前途中、何回か呼吸止めてやがったしな。あー、心臓に悪い悪い」
「うぐぐっ」
皆はベッドに居る私を取り囲むように集まっていた。そして口々に今回の私の体たらくについて言っていく。
「リーダー」
「リッド……な、何?」
「気持ち、良さそうに寝てたね」
「ウヮー! ほんと、ほんとうにゴメンナサイ……わたしだけ早々に倒れて、寝てて……」
そう、思わず頭を下げると上からくすくすと溢すような声が聞こえた。
「……ぶっ。あはははっ! ひー、キッツイ……。なんて声出してんだよリーダー。そんな、そんな……ぅくく……!」
思わず顔を上げてみればテディが辛抱たまらんといったふうに大笑いしていた。見渡してみれば他のみんなも顔を背けていたり、ぷるぷると震えている。
……んん?
目の前ではテディが最早隠すこともせず腹を抱えて笑っている。
アヴェニューやラスティ、リッドまで肩を震わせていた。
…………もしかして、もしかしなくても、謀った? テディを筆頭にわたしを謀ったな?
「ぶくくっ……ヒー、キッツイ……! あぁ、リーダー、そんなに睨むなって。いつにも増して子供っぽいぞー!」
「……うるさい。子供じゃない」
「なんだ、良いじゃないかリーダー。実際にリーダーはまだ子供なんだ」
少し後ろの方で立っている最年長のアヴェニーも、その山のような巨体を揺らしながらそう言って笑っていた。
「そりゃ、違いねぇな」
「……ラスティは後でお仕置きね」
「俺同意しただけなのに重くねぇか!?」
「つーん」
中学生くらいの男子には思いあがらせないのが私の主義だ。
「うくくっ……! ふぅ、……まぁ、なんだ。リーダー。1つだけ言わせ……ぶふっ」
「テディ笑いすぎ」
「まぁまぁまぁ」
「まぁまぁまぁ、じゃないよ! なに!?」
「一つ、これだけは言おうと思ってな」
目尻の涙を拭いながらテディがこちらへと向き直った。
さっきとは違って、少し真剣な声をしていたので釣られるように思わず私もそちらを向く。
「おはよう、リーダー」
テディの顔は、穏やかだった。
みんなの顔が目に入る。みんな、こっちをみて優しく笑っていた。
おはよう。おはよう、か。
「────。うん、うん……おはよう、みんな」
私はまた、みんなに『おはよう』を言えたのか。
そうか。
……生きて、いたのか。私は。死なないで済んだのか。
「そっか。わたし、生きて……。まだ生きてて……。うぅ、いきてる、いぎでるよぉ……!」
「あぁ、リーダー。まだ生きてるな」
「うぅぅ……」
俯いた手のひらに温かいものが落ちていった。
その温度が、生きてることを肯定しているような気がした。
◆
「タルラか? 扉の前で何してんだ?」
「いや、彼女が起きたらしくてな」
「じゃあなんでそんな外で立ってんだ……あぁ、なるほど」
不思議に思った男が耳をすませば、部屋の声がここまで聞こえてきていた。
「優しいんだな」
「そうでもないさ」
そう言って軽く笑った。
◆
あの後、しばらくしたらみんなはやる事があるからと部屋を後にしてしまった。それと入れ違いになるように灰色の髪の子が部屋に入ってきた。
わ、めっちゃかわいい。
彼女は自分をタルラと名乗った。私を治療してくれた集団、レユニオンのまとめ役をしているという。
え、この歳で? すごくない?
「君が、彼らを束ねていると聞いた。少し話をさせてくれないか」
タルラはそう言うと、ベッドの近くに置かれている丸椅子に腰を下ろす。
いい子そうだな……
ハッ! いけない、いけない。私を治療して、みんなを受け入れてくれたとはいえ裏があってもおかしくは無いのだ。私の判断は私と一緒に来てくれるみんなの意思を背負っているのだ。ここでしっかりと見極め、もしダメそうならば治療と食料の義理を果たした後にまた、どこかに行こう。
「うん、是非。足が動かなくってベッドの上からごめんねタルラさん」
「君は生きるか死ぬかの境に立っていたんだ。そんな事気にしないさ。君が生きていたという事が重要なのだから。……それと、タルラ“さん“はいらない。タルラで構わない」
「そっか、じゃあタルラ。私のことはエレノアで。まずは、本当にありがとう。私の治療もそうだし、みんなに食料も。本当に、ありがとう」
「気にすることはない。それに君を連れてきた者たちも色々と協力してくれた」
「みんなが……うん、じゃあそれはそれで。で、話って具体的には何から?」
「そうだな、まずは──
ここからが大事だ。みんなの今後も左右する、重要な話し合いだ。頭がしっかりと働いているうちに見極めなくては。この、レユニオンという組織を。そしてタルラという人間を。
──私達の目的と、この後君たちがどうするか、だ」
◆
「では、失礼する。目覚めたばかりなのだからあまり無理はしないようにな」
「うん、ありがとう」
「では」
そう言って先程まで話をしていたタルラは部屋を出て行った。すぐに足音が遠ざかって行ったので何処かに行ったのだろう。
うん。
めっちゃいい子だった。
『虐げられている感染者の現状を変える。ウルサス帝国の暴虐を、この冬を、終わらせてみせる』
そうやって語る彼女の目は何処までも真剣だった。
言葉は重みを持っていた。正に
『だから、力を貸してくれないか』
それに、助けられた側の私たちのへお願いをしてきた。普通、助けたんだったら恩に着せて無理やりだって出来たはずなのに。助けられた側なのに、お願いをされるなんて状況がすこしおかしくって。や、笑っては居ないけど。
『共に戦ってくれないか』
言葉と態度だけで、ここまで人の本気が伝わるものかと感心した。
『不当な扱いを受けている同胞のために。今も苦しんでいる兄弟たちの為に』
そんな、想いがどこまでも伝わってきた。すごいなぁ、ほんとに。
あんな歳で、偉いなぁ。
それに──
『分かった。ぜひ協力する、って言いたいんだけどね。私もみんなの意思を背負ってるから、そう簡単に頷けないんだ。ごめんね。でもこれはタルラが信用できるできないじゃなくて仮にもリーダーなんて呼ばれてる私の役割だから。……でも受けた治療と食料、それと私たちを受け入れてくれた恩はしっかり果たすよ。いや、果たさせて欲しい。私の怪我が治るまで、私たちはレユニオンに協力するよ』
『十分だ、ありがとう』
『あっはは……なんかちょっと助けられた側なのに偉そうになっちゃったね。ホントに命を救ってくれて感謝だよ。それに、協力しようって思ったのもそれだけじゃなくてタルラ
ちゃん付けで呼んでしまったのだ。仮にもトップの人を。
『ご、ごめ……!? わざとじゃ……』
ベッドの上であたふたとする私を見て彼女は小さく声を漏らした。
『…………ふふっ。呼びやすいならタルラちゃんでも構わない』
『えっ、嘘!? いいの?』
そうして晴れてタルラちゃん呼びが許可された。
それにしても。あの時の真剣な顔からの、ちょっと笑った表情はほんと可愛かったなぁ。
◆
「西の方の村に治安維持隊が来たそうだ。私たちと交流はなかったから村の人たちの心配は無いと思うが──少し、村との交渉も控えていかなくてはな……アリーナ、なんでそんな見るんだ」
「タルラ、何か良いことでもあった?」
「何を急に……良いこと? いいことか」
『お前の語るのは理想に過ぎん。拙い、甘さに塗れた理想論だ』
『私はそんなものが実現出来るとは思わない』
『甘い』『夢物語だ』『この冬の寒さに、帝国に。いち感染者が抗えるとでも?』『必要だからやったんだ。アンタの理想とやらに付き合ってるほど余裕はないんでね』
『目が覚めたばっかで言うのも何だけどさ。私は結構タルラちゃんのその考え、好きだよ』
「ちょっとあったかもね」
「そう? よかったわ」
◆
「うーん……」
人が居なくなった部屋でエレノアは自身の腕を体の正面まで持ち上げて、まじまじと見ていた。
「左目が殆ど見えなく……後遺症かな? それとも、鉱石病か……」
起きた時から変だったが、時間が経っても改善されなかったので確信した。
左目からの景色が全て、ひどいすりガラスを通して見たような風景に見えていた。
「後遺症、だったらいいなぁ……」
ロドスまだ? まだ!