(見ていただけるだけでもすっごく嬉しいですよ!)
誤字報告してくれた方、大変に助かっております。ありがとうございます。
皆さんに私から何かしてあげることは出来ませんが、楽しんでいただけたなら幸いです。
ではでは。
「それじゃあこの列をここまで数えたらどうなるかなー?」
「えー、わっかんないよー」
「考えたまえや、少年よ」
はい、私です。杖をついて歩けるようになりました。えぇ、それまでずっとベットの上でしたよ。何が辛いかって一緒に来たみんながいろいろと働いているのを横目に見ているだけってのが辛かったです。アイツらはそれを分かっててか、何度も私のことを揶揄いにきましたね。今度お灸を据えようと思います。
とはいえ、実質ただ飯食らいなのも事実。そのことに心があんまりにも張り裂けそうだったので、歩けるようになるや否や子供達の教師役を立候補しました。
今は椅子に座りながらですが8人くらいの小さな子達に数学を教えております。えぇ、そうですとも。なぁ、そこの少年。それ5分前に教えたぞ。
「ほら、もう一度やるから一緒にやるよ?」
「わかったー」
うん、素直なことはいいことだ。子供は可愛い、かあいい。
ある程度理数的なことならば、教えることが出来ると言った時、レユニオンの人にひどくびっくりした顔をされました。
えぇ……
タルラちゃんにも伝えたら、困ったように何度も本当かどうか確認してきました。最近知り合ったフロストノヴァのノヴァちゃんにはまともに取り合ってすらくれませんでした。
私信用ないなぁ!?
でも結局、アリーナさんという人が口添えしてくれたので教師役を任せてくれました。ワーイ天使!
アリーナさんめっちゃ美人だし。ずっとにこにこしていてすっごい優しい。現在、子供達の後ろでこちらをにこにこしながら私の授業を見守ってくれています。もう保護者だね。
◆
「はーい、じゃあここまでー。みんな分からないところがあったら遠慮なく聞きに来るんだぞー」
「「「はーい」」」
「ばいばーい、エレノアちゃん」
「エレノアちゃんこんど一緒に絵描こうねー!」
そう言って子供達は部屋から元気よく出て行った。たぶん安全が確保されている範囲内で外で遊ぶんだろう。子供は元気だ。
「お疲れ様。やっぱり教えるのが上手ね。……それに子供たちもよく懐いてる」
「うーん、懐かれてるのかなぁ……? 仮にも先生なのにちゃん呼びだし……」
「それは、エレノアがあの子たちと見た目に大差がないからよ。でも、エレノアはしっかり出来てるからみんなもきっとそれは分かってる筈よ」
「えっへへ……照れるなぁ」
◆
エレノア達がやって来てから数ヶ月。彼女自身はもう杖も要らなくなる程まで回復したようで、未だに子供達をアリーナと数人の教師と共に教えていた。
タルラは自身のやる事が戦いの方面である以上、あまり関わりは無かったが何度もその光景を見かけていた。
エレノアはタルラを見つけると毎回、にこにこと笑って名前を呼びながらタルラの方へと向かっていった。あまりに無邪気に向かってくる上、杖をついていた時でさえ無茶な速度で来るのでタルラはひやひやしながらそれを受け止めていた。
「うわっー!?」
「だから、そんなに急ぐなと……」
「えっへへ……ありがとタルラちゃん」
タルラ自身は、拾った子にすごい懐かれているな、といった感覚だった。
◆
『北の村に治安維持隊が……』
『あの村との取引が……』
『俺たちは抜ける! アンタらについていったら命がいくらあっても足りねぇ!』
『何故逃げ出した奴らに物資をあんなに与えたんだ』
『もう、村には来ないでくれ……』
『たす、たすかりました……ですが他のみんなは……』
「はぁ」
思わず吐息が漏れる。なにも上手くいくことだけではない。それは分かっていたが、疲労は否応なく積もっていった。小屋で遊撃隊と他の感染者戦士を含めた会議が終わり、タルラはまた別の準備のために移動していた。
「はーい、じゃあみんな言ってみよー! これはー?」
『さんじゅうにー!』
「これはー?」
『よんじゅうはちー!』
「そーう! いいねー!」
ふと、その時、村の広場で子供たちを教えているエレノアが目に入った。子供たちの前に立ち、何か板を使って数学を教えているようだ。彼女の元気な声と、子供たちのそれに負けじと元気な声が聞こえてきていた。
初め、彼女がある程度、数学や科学を教えることが出来ると言い出した時は本気かどうか判断がつかなかったが、こうした光景を何度も目にしていれば自ずとそれが嘘ではなかったと分かった。
邪魔にならないように、少し離れた横倒しになった丸太の上へと腰掛ける。次もやるべきことがあったが、それほど急ぐことでもない。彼女達はまだ自分に気がついていないようだった。声をかけて邪魔するほどのことでもないので、ただそれを眺めていた。
タルラはこの光景を見るのが決して嫌ではなかった。
子供たちが楽しそうに声を揃えて学んでいる様は自分のやっていることが少なからず無駄ではないのだと感じられた。
そんな中でエレノアは声を張り上げて同じように楽しそうにしている。
思えば彼女が連れてきた面々も、そして彼女自身も遊撃隊や、他の感染者とも違って、少し異質だった。何が異質だったかというと、みな、底抜けに明るかったのだ。大抵いつもわいわいと騒いでいる。
確かに、己の逆境に負けず明るく振る舞う者もいる。辛い中でも楽しくやろうとしている者も居る。
だが、それにしたって彼らは陽気だった。顔見知りの者とは冗談を飛ばし、初めて会うものにもすぐに肩を組むような連中だった。
それが彼らの元々の性格なのか、各地を流浪していた者は皆そのような性格となるのか、判別は付かなかった。タルラ自身は彼らの
一番仲が良いのはスノーデビル達のようでお互い、よく楽しそうに喋っている。リーダーが自分たちよりも年下の女の子という点で仲良くなったのかもしれない。
その、リーダーたるエレノアだってそうだ。彼女は人との間に壁を作らない。弁えるところは弁えているが、それでもぐいぐいと来る。
驚いたのはこの前、いつの間に知り合ったのかフロストノヴァを『ノヴァちゃん』呼びして突撃していたことだろう。
尤も、突撃されたフロストノヴァには軽くあしらわれていたが。
彼女曰く『私に触れれば凍傷となるのに、何度言っても止めようとしない。意味がわからない』だそうだ。
それでも決して振り払ったりしていないので本当に嫌という訳ではないのだろう。
エレノアはよく笑う。耳をぴくぴくと楽しげに揺らすその様は見ている者もつられて少し明るい気持ちになる。
それが、エレノアが彼らにリーダーとして慕われている理由の一つなのかもしれないな、と思えた。
「じゃあ一番凛々しい尻尾はー?」
『せんせいのしっぽー!』
「よぉーし! いい子たちだぁ!」
そう、エレノアが教えているのを見ながら考えていると内容が少々可笑しな方向へとずれ出していた。
子供たちに何を教えているんだ。
決して数学やら、科学について教えることに関しては手は抜かず真面目にやっているのに、こう、少し変なことまで教えているのが彼女の悪い癖だろう。
「じゃあ一番カッコいい耳は!」
『せんせいのみみー!』
「そのとぉーり!」
だが、まぁ。
子供たちも楽しそうにしている。今回くらいは小言を言うのは勘弁してやるか。そう考えて丸太から腰を浮かし、後ろを向くと気になる言葉が聞こえた。
「タルラちゃんの顔はー?」
ほう。思わず振り返る。エレノアは楽しそうに子供たちの前で右手を突き上げながら叫んでいた。
『いつもこわいー!』
エレノアを見る。彼女はこちらに気がついていないようだ。楽しそうに、それは楽しそうに手を振り上げて笑っている。
「タルラちゃんの額にはー?」
『いつもシワがあるー!』
「ふ、ふふふ……」
自分でも驚くくらい暗い笑い声が口から漏れた。
「そうだそうだー! こんどタルラちゃんに会ったら言ってやれ! 険しい顔して、可愛い顔が台無しだぞー! って!」
「随分と、楽しそうじゃないか。なぁ? エレノア」
「ひっ!?」
後ろから近づき、肩に手を置く。その肩が随分と大きく揺れた。
エレノアは錆びついた鉄のようにぎこちない動きでこちらへと振り返った。
「なぁ、私の顔は今どうだ? そんなに怖そうに見えるか? ん? いつも眉間に皺を寄せて険しい顔をしているように見えるのか?」
「え、笑顔が……顔が笑ってるのに笑ってないよタルラちゃん……」
「す・こ・し、話を聞こうか」
「ひ、ひぃぃぃぃ! みんな助け……あっ! 逃げたな! 先生置いて逃げ出したなぁ! あっ、タルラちゃ、ちょっと熱……」
「やぁぁぁぁぁ……!」
◆
「タルラ。エレノアが尻尾の先を焦がされたって私に泣きついてきたわよ」
「あれはアイツが悪いんだ」
「まぁ、あの子のことだから少しは分かるけどね、タルラ。焦がすのはやり過ぎよ。あの子、あぁ見えて尻尾大事にしてるんだから」
「どこから見てもそうだろう」
◆
時刻は既に日付が変わる頃。皆寝静まった夜の中。
フロストノヴァは偶然、それを見た。
月がよく見える晴れた夜だった。中々寝付けなかったので見回りも兼ねて少し散歩に出かけたときのこと。キャンプ地となっている村から少し離れ、林の向こう。そこから風切り音を聞いた。
まさか敵か、と思い警戒しながら木の影から気づかれないように覗く。
果たしてそこに居たのはエレノアだった。
明かりのともった村から離れ、光源といえば月ばかり。
白く鈍い光を放つ雪の上で彼女は一人で鎚をふるっていた。
誰もいない夜闇の中、昼間の彼女とは想像もつかないほど静かに、鋭く、ひたすらに鎚を振るっていた。
「ほぅ」
彼女の蒼く、流れる髪が頭の動きに一寸遅れて追随する。それが何より彼女の一つ一つの動作が鋭いことを証明していた。
確かに戦えるとは聞いていた。彼女の騒がしいメンバー達も口を揃えて『一番強いのはリーダーだ』と言っていた。しかし怪我のせいで彼女は動けずにいたのだ。だからフロストノヴァは彼女が鎚を振るう姿を見たのは初めてだった。いや、他のレユニオンの皆も見たことはないのだろう。
その姿はなるほど、彼らが口を揃えてそう言うのも頷けるほど鋭かった。
所謂、武術の型ではない。それほど洗練された、計算され尽くされた動きでは無かった。しかし、動きに
全長が彼女の身の丈よりも大きな、頭が小さなハンマーを風を切るように振り下ろし、流れるように左右を持ち替え、更に勢いを増して回転させ、下から空気を抉るように石突で突く。
フロストノヴァはそれを静かに眺めていた。こうして夜、周りの景色も見えない闇の中。彼女はずっと、一人で鎚を振り続けていたのか。
息継ぎすら最小限に繰り出されるその様を静かに、静かに見つめる。
ひとつ、違和感があった。拭いきれないそれは彼女が振り続けている間ずっとフロストノヴァの中に蟠っていた。
◆
「なぁ」
「お、おわっ!? ノヴァちゃん!?」
彼女の回転するような連続の攻撃が終わり、深く息を吸い込んでいるときに声をかけると、人がいるとは思わなかったのか、ひどく驚いたような顔でこちらを見てきた。
「──何故お前はそんなに」
ずっと違和感だったのだ。動きではなく、それが。
たった一人なのに。誰もいない虚空に向かって振り下ろしているのに。
「そんなにも苦しそうな顔で鎚を振るっているんだ?」
「えっ?」
普段の、こちらを見つけたら突撃してくるような。いつも楽しそうに笑っている姿と鎚を振っている時の表情はかけ離れていた。あの顔は呼吸が辛いだとか、そのようなものでは決して無い。現に今目の前の彼女は既に息が整っている。だから不思議だった。
◆
「なんでって……え、私そんな顔してた?」
「あぁ、していた」
「そっかー……」
エレノアはそう空に輝く月を見上げながら呟いた。
空には月があるばかりで、あたりの木々は夜に黒く染まっていた。
「感触がね」
エレノアはそうして空を見上げたまま、鎚を地面に立てかけると静かに語り出した。
「ハンマーを振るたびに、人を殴った感触が手に残るんだ。何回もおんなじ動きをしてるからかな? 分からないけど」
「辛いのか」
「んー、あまり好きなものじゃ無いってのは確かだけど……でもノヴァちゃんが言うようにそんな顔してたんなら、辛いのかもね。普段は装備と仮面をつけて戦ってるからそんなこと言われたの初めてだけど」
「止めないのか」
「や、出来ることなら止めたいよ。今すぐに。だって疲れるし、強く握ってないとハンマーが手から離れちゃうからいっつも動いたあとじんじんするし。良いことないんだって」
エレノアはあっけらかんと言い放った。
だが、視線を空からフロストノヴァへと戻すとその空の色をした瞳を以てじっと見つめ返した。
「でも、必要だからやる。私が好きなものが見ているだけじゃ奪われていくなら止める。私が、そうしたいから」
「そう、か」
正直、フロストノヴァはエレノアが少し苦手だった。
今まで会った、誰よりも笑っていて明るく、そして騒がしかったからだ。
鉱石病にかかり、明日も見えぬ身なのにそうしてずっとあっけらかんとして居られるのが理解出来なかった。だから、きっと明日を見ようとせずに、今を刹那的に過ごす。言わば一種の現実逃避のために笑っているのだと思っていた。
フロストノヴァ自身、それが悪いとは思っていない。あまりに厳しい冬の前に正気を失った者も何人も見てきた。
でも、彼女はそうではなかった。
凍えるような寒空の下、一人きりで、鎚を振るう彼女の姿が。その削ぎ落とされていったであろう動きが。表情が。
彼女もまた、前を見て自分を待っているだろう悍ましい未来を座して待つのではなく、武器を取り、抗おうとする一人なのだと確かに示していた。
歯を食いしばりながら、もがきながら。自身の掲げる理想に向かって進んでいく1人の戦士であると示していた。
「ふ、ふふ……」
「の、ノヴァちゃん……? なんでいきなり笑ってるの……? ちょ、ちょっと怖いんだけど……」
愉快な気持ちだった。
目の前に立っているのは、決してお気楽な少女ではなく、奪われるだけの者でもない。泥に塗れた1人の戦士なのだ。
それが
「武器を構えろ、エレノア」
そう言って自身も静かに構える。
武装ならば出歩く以上常に持ち歩いている。やる意義も訓練としてならば十分にある。
そうして何より、彼女が、フロストノヴァ自身が
「──少し、訓練をしようじゃないか」
月が二人を見ていた。
「え、えぇぇぇ……?」
Q、ロドスはまだなんですか?
A、えぇ、まだみたいですね。