「お、メフィストにファウスト。訓練終わったの?」
一仕事終わり、一度自分が使っている部屋に戻って荷物を取ろうとした時、ちょうど訓練を行っていたレユニオンの人たちが帰ってきている所と出会した。
その中でも目立つひとつふたつ分、小さな頭の知り合いを見つけた。
声をかけると、その頭達はこちらに気がついたようだった。訓練用の装備をつけたままこちらに走り寄ってきたのは白い髪をしたメフィスト。
その後ろからゆっくりと歩いて来るのは鱗が特徴的なファウスト。
何故だかよく分からないが、メフィストの方は私に懐いてくれていた。
「うん、エレノアはまたみんなに教えてたの?」
メフィストは嬉しそうに私に聞いてくる。
……だがね、メフィスト。私も聞きたいことがあるんだよ。
「そうだぞー、……で、メフィスト。私になんか言うことない?」
「え? ないよ?」
目の前の白髪の少年はさも不思議そうに首を傾げる。なにもおかしな事などないといった風に。
いや、私は知ってるぞ。教官役をやってるゲッツさんから私がメフィストに懐かれているのを知ってか、相談に来るんだぞ。
相談というか、あれは半分愚痴になってるけど。
「ゲッツさんがまた、メフィストが言うこと聞かなかったって言ってたけど?」
「それはそうさ! どうして僕があんなやつの言うことなんか聞かなきゃ……いたいいたいいたい! エレノア、痛いよ!」
「こーのーおーばーか! ゲッツさんだって意地悪して言ってる訳じゃないんだからやーめーなーさーいー」
「いたた、わかった、わかったから! ……もう」
なんとか頭をよじって、ぐりぐりを抜け出したメフィストは涙目でこちらを見つめた。
「これに懲りたらちゃんとゲッツさんの言うこと聞いてあげること。ま、サボらずにいってるのは偉い偉い。よしよししてあげよう」
そうしてまた、素早く頭に手を伸ばす。あまり私に警戒していないのか、警戒するほどの人と思われていないのか。たぶん後者だろうけど。すぐに頭に手が届いた。
「ほーれよしよしよしよしー」
「わっ、エレノア、くすぐったいよ」
「よーしよしよし……ファウストもやる?」
「……いい」
少し離れたところで見ていた、ファウストにも尋ねてみる。が、返ってきたのは案の定。
ま、恥ずかしいんでしょう。
「もう、エレノア。早く歌の練習しようよ!」
「おぉ、わかったわかった。ここ風強いから向こう行こうか。あ、ファウスト。昨日渡した計算は解けた?」
「あぁ」
「おぉ! 凄いよファウスト! 何回か教えただけで解けるなんてさ。これが出来るようになれば、ちょっと応用加えると、遠くの物との大体の距離が出せるようになるんだよ、次はほんとにやってみよっか」
◆
嵐のような騒がしさのエレノアに連れられて、イーノは向こうの方へと行ってしまった。しばらくそちらを見つめていると、やがてエレノアの声と、必死になんとか歌にしようとするイーノの声が聞こえてきた。
こんな風になったのは思えば、何がきっかけだったのか。
初めて会った時の気がする。
◆
『おや、君は……』
『……何だ?』
『あれ? 私だよ、わたし』
『? 誰だ? 俺はアンタの事を知らない』
『え? あー……。あ、そっか。今なにも付けて無いからか。ま、思い出さなくてもだいじょーぶ、だいじょーぶ。おや、向こうに居るのが君の友達?』
その日も今日と同じような訓練終わりだった。寝床に帰る時にいきなり蒼い髪の、妙に馴れ馴れしいペッローの少女に絡まれたのだ。
『そうだが……アンタに話したことがあったか?』
その、自分より歳がいくつか上程度の少女は訳の分からない事を言うと、少し離れていたイーノも捕まえ質問攻めにしていた。
『いやいや、細かいことは気にしない、気にしない。あ、きみ。そこの白い君。名前は? ……へぇ! 良い名前だね!』
──────────
『……は? 喉に源石を? 親が? なんて……。大丈夫、また歌えるようになるから。きっと君の大事な友達にもまた歌を聴かせてあげられるよ。そんな酷い親、私があったらとっちめるから』
『いいや、もう居ないよ』
『え?』
『僕が殺したから。みんな殺してやったんだ。……そう、みんな、僕が殺した! あの親も、いつも僕に酷いことするヤツらを使って殺してやった! だって当然の報いさ! 僕が、僕が……!』
『そっか、そっか』
『? なんで頭を撫でるの?』
『そうしたいから。……あ、鱗の君もどう?』
『……遠慮しておく』
『アハハッ! 照れちゃってまぁー』
◆
手元の新しく渡された紙を見る。先程エレノアに渡されたそれは、いくつかの計算問題と解説、綺麗な字でヒントが書いてあった。答えはいつものように付いていなかった。
変なやつだと思う。イーノはいつのまにか懐いていたが、自分はどうだろうか。
そういえば、彼女はあの仮面の男達に連れられてレユニオンに来たのだという。実はファウストは昔、彼らに会っていた。
あの薄汚い下水道で、そこを通りかかる彼らに会っていた。そうして袋に入った食料を分けてもらった。そのおかげで大した怪我もなく、イーノと共にここまで逃れることが出来たのだ。
だからこそ再びレユニオンで再会出来るとは思っていなかったのだ。礼を言えば、彼らは愉快そうに笑っていた。
だが、あの時にいた筈の、黒い仮面を付けていた奴は再会した彼らの中には居なかった。
そのことについて疑問には思わなかった。
居ないということは
ただ、あの優しい手つきで頭を撫でてきた奴が、素顔も知らぬまま居なくなっていたことは──
少し残念に思った。
◆
「エレノア、ここか」
「どうしたの?」
メフィストとしばらく歌を練習した後、今度こそ本当に戻ろうという時、慌てた男が駆け寄ってきた。
「ケリーの調子が急変した……、もう時間は……。あの子がエレノアに会いたいと」
「わかった」
男が持ってきた知らせは、少し前に倒れてしまった男の子、ケリーの事態を知らせるものだった。
◆
「や、ケリー。キュートな私が会いに来たぞー」
「あ、エレノアちゃん……ごほっ、ごほっ……」
そう言って部屋に入る。ベッドの上で上半身を起こしているのは栗色の髪を持ったフェリーンの少年。その首から下、そして顔の一部を源石の結晶が覆っていた。
「さっき、アリーナさんからドライフルーツ貰ってきたんだ。食べられそう?」
「うーん、最近味が分からなくなってきたから、エレノアちゃんに上げるよ。どうぞ、どうぞ。こんど3倍にして返してもらうから」
「わー、優し……利息高いなぁ!?」
「アハハ……ごほっ……」
ケリーはそう言ってからからと笑った。咳は少し前よりもずっと重たい音をしていた。
医術の心得があるレユニオンの人曰く、普通よりも進行が早い少々特異な体質を持っているのがケリーだったらしい。
それが、芽吹いてしまったのだという。
「じゃあまた歌でも歌おうか。ケリーが気に入った歌なんかも歌ってあげよう」
「えー、いらないよー」
「なっ! 私の歌を拒否するとは」
「エレノアちゃん、話そうよ。今、結構元気なんだ」
「おっ、私とお話しがしたいとは。なかなかお目が高い」
窓の外をちらりと見ると、日が落ちかかり薄暗くなり始めていた。
◆
「それで……ふぁ……。……なんだか疲れてきちゃった」
「そうかー、じゃあ特別に子守唄でも歌って寝かしつけてやろう」
時折笑いながら話したあと、ケリーはあくびをひとつした。窓の外を見ればすっかり日は落ちて、暗くなっていた。
随分、話し込んだようだった。
「そんな子供じゃないよ……ふぁ……。限界、もう僕寝るね。じゃあ、おやすみ、エレノアちゃん」
「うん、おやすみケリー。いい夢を」
そうして目の前の少年はゆっくり目を閉じ、眠りについた。
ふかい、ふかい、眠りに。
◆
「エレノア……あの子は」
「眠ったよ。最近あんまりよく眠れてなかったから、すごく幸せそうに」
自分の部屋に袋を取りに行こうと、扉を開けるとそこにアリーナさんが立っていた。
「……そう」
彼女もケリーを教えていた一人。気がかりだったのだろう。伏せたその表情を見る気にはなれなかった。
「すこし、出てくるね。治安維持隊とか、人が居ない場所に埋めてあげないと」
「あなた一人で? 危ないわ」
「あー、じゃあラスティとか辺りに着いてきてもらうよ。ま! そんな事しなくても私、結構つよいから大丈夫だと思うけどね!」
◆
「エレノアか。あの子はどうなっ、…………そうか」
袋を持って外へ出ると、先程の男が訪ねてきた。しかし私が背負っているものを見ると、悟ったように呟いた。
「北の方は、駄目だ。この前奴らが来ていた。行くとするならば、東寄りの方がいいだろうな」
「わかったよ」
「……じきに、雪が降り出す。俺は……俺は他の子供達の方を見てくる」
そう言って男は外套を一枚投げ渡して、村の方へと消えていった。
「ありがとうね」
後に残るは風の音ばかりだった。
◆
深夜、一仕事終えたエレノアは先程まで仕事をしていた場所を眺めていた。
そこは地面が微かに盛り上がり、薄く雪が積もっている。
見回りのみんなはずいぶんと離れて、そこにはエレノアだけだった。耳に痛いほどの静寂が、夜の帷と一緒に辺りを満たしていた。
徐に、近くの倒木に腰掛ける。エレノアは静かに、じっ、と先程土をかけた場所を見つめていた。
持ってきたランプに照らされて、ちらちらと雪が舞う。
それを少し眺めるとエレノアは、ちいさく息を吸った。冬の夜の冷たく鋭い空気が肺へと流れ込んでいく感覚がした。
最期に、好きな歌を歌ってあげようと思った。
ケリーが好きだった歌を。
歌い始めようとすると、やおらに地面から橙色の光の粒たちが空へと昇りだした。
それを見てエレノアはランプを消した。ランプの光はもう、要らないと思った。
オレンジ色に淡く光るそれらは源石の悪辣さと裏腹に、とても暖かい色で辺りを照らしていた。
これが鉱石病の終わり。死んだ体は時間が経つと、やがて端から崩れて空を目指すように昇る。そうして地面に落ちて、また新しい感染源となってゆく。
エレノアはそれを、蛍みたいだな、と思った。
そうして改めて歌を、歌い出した。
◆
「きらきらひかる」
たくさん、記憶が思い出されていった。そうしていく度に思った。彼はこんなところで終わっていい筈じゃなかったな、と。
「お空の星よ」
世界に祝福されて生まれてきたんだ。
彼だってきっと望まれて生まれてきたんだ。
なのに終わりがこんな片隅で。隠れるように一人に見送られる最期なんて。
「まばたきしては」
あぁ、彼の夢は学者だった。クルビアで学者になってきっと鉱石病を治して見せると言っていた。
「みんなをみてる」
すこし、違えば。学校なんかに通っていたのだろうか。放課後には友達と街に繰り出したりして。遊んで、勉強して、たまにサボって、怒られて。もしかしたら彼女なんかも作ったかもしれない。失恋なんかも。色々あって。
そうして暖かい家に帰って。
そんな日々があったのかもしれない。
その彼の体は、今目の前でオレンジ色の光になった。
夢を語っていた口は今は冷たい土の下に。未来を映した瞳もしずかな雪の下へ。
私が埋めた。
「きらきらひかる」
間違っても、そのどれも知らないで逝ってしまうような事をしたわけじゃなかった。
「お空の星よ」
◆
◆
エレノアはちいさな瓶にその光の粒をいくつか入れると、厳重に栓をした。
彼は源石に対して特異な体質だったという。
もし、いつか鉱石病を治そうとする人と会えたなら。
本当にそんな人が居るとするならば。
その意思が本当だったなら、この子を託そう。
その人にとって、きっと役に立つだろうから。それがこの子が願ったことに繋がるから。
それまでは。
その時までは、私が預かっておこう。
ただ、どうしても。考えてはいけないと思いながらも少し考えてしまう。思ってはいけないと分かっていても、思ってしまう。
こんな、こんなものが彼の生きた証なのか。
こんなものしか残せないのか、と。
「考えるな。ケリーをそんな目で見るんじゃない」
頭を振って考えを追い出そうとする。しかしずっとこびり付き、溜まり続けたそれは容易に振り解けるものでもなかった。
「私は、私は……」
でも、考えてはいけないのならこの気持ちは何処にぶつければいい?
私は一体、どうすればいい?
「こんな……こんな気持ちはもう嫌だよ……」
◆
「あ、パトリオットさん。帰られてたんですね」
「先程な」
「そうですか、目立った怪我がなくて良かったです。……状況はどうでしょうか?」
「あまり、良くは無い。段々と綻びが出てきた。ウルサス帝国とて、座して待つことはしないだろう」
「そうですか……」
その時、森の奥から一人少女が出てくるのが見えた。
「あれは……」
蒼い髪の彼女のことをパトリオットは知っていた。直接面識はないが子供が逝ったときは彼女が埋めに行っているのだと、そう聞いていた。
時折、彼の娘もまた彼女の話をしてた。
「スープを用意してやろう。きっと、体が冷えている筈だ。私の分から出して構わない」
「それは……そうですか」
そう言って男は村へと戻って行った。パトリオットは森の奥を目を細めて見つめた。また、子供が冬の中へ散って行った。それを看取ったのもまだ子供と呼んでいい年の少女だった。
「……抗わねば。間違いは、正さなくては」
──ウルサス帝国よ。
そう、呟いて彼は歩き出した。
使用楽曲 きらきら星
作品コード024-2440-1
なんだぁ、この辛い展開はぁ……
ロドス来ました?
あっ、もうお見えになってるんですね?
今どちらに?