皆さんから貰ったひとつひとつが嬉しいです。
では、どうそ。
彼らの全滅が言い渡されて数日。その間エレノアは沢山レユニオンのメンバーから声をかけてもらっていた。
レユニオンのメンバーとて、あの騒がしい一行が一度に逝ってしまったことは少なからず衝撃を与えていた。
『彼らは、誇り高い戦士達だった』
フロストノヴァは、彼女の故郷の歌で弔った。
エレノアは『すっごく綺麗な歌だね、ありがとう』と返しただけだった。
『エレノア……』
メフィストもその喉で、できる限り弔おうと歌った。
歌にはなっていなかったが、エレノアは満足そうに笑っていた。
タルラも、アリーナも、ファウストも。そして初めて話すパトリオットという者も口々にエレノアを気遣った。
それら全てをエレノアは笑って対応した。
『あまりに大きな悲しみは、一度にはやって来ない。彼女にはまだ、時間がかかるのだろう。そうなった時こそ、支えてやれ』
パトリオットは娘へそう告げた。
数日経って、どうしてもエレノアは抑えきれず件の村へ向かっていた。
特に明確な理由があってのことではない。ただ、一目、一目でいいから皆んなが命をかけても守った村を見たかった。
場所は、彼らの最期を教えてくれたレユニオンの男から聞いていた。大きな亀裂が二箇所入った岩が目印だと。
「……あ、あった」
そうして、違和感に気がついた。
「なんで、家が一軒も無いんだ?」
そこは、雪が降り積もり少し小高い丘のようになっていた。
今立っている所よりは少し窪んだ盆地のような地形。少し離れた所に川が流れるそこは、本来ならば家々があるはずの場所だった。
「……なんか変な匂い……」
種族柄、匂いを探知することが得意だった鼻が雪原に似つかわしくない匂いを拾った。
(この匂いは……)
ふらふらと、かつて村があった筈の場所へ歩いて行く。
「あうっ」
足元を注視していなかったせいか、雪の中に埋まっている何かに足を取られて転ぶ。手をついてみると、足元とは別にそこにも何か埋まっている事に気がついた。
手元の方を掘り起こしてみると、それは炭化した木材の一部だった。
そうして、そのまま足元の
「………………あ」
家がない村の跡。雪に混じる変な匂い。
なだらかに膨らんだ雪。
そうして足元に埋まっていた
それら全てが繋がって、理解してしまった。
足元の炭は
裏切った、村は。信用されない。
焼かれたんだ。殺して焼いたのか、焼いて殺したのか分からないけど。
この目の前に広がるのは村の残骸だ。
「あ」
掘り起こした動きで腰から小瓶が雪へと転がり落ちる。エレノアの大事な小瓶が。
それを拾おう手を伸ばして──エレノアは膝から崩れ落ちた。
「うっ」
膝に力が入らず、ぺたんと雪の上へと座る。その拍子に地面に落ちた小瓶がエレノアの元へ転がってきた。
小さな、小さな手のひらに収まるくらいの小瓶が。1人の少年のたったこれだけの生きた証がエレノアの元へ戻るように転がってきた。
「はは」
口から乾いた笑い声が漏れた。
「ははは……、はははは……」
なにが、何が『村を守って逝った』だ。何が『立派な最期』だ。
彼らの残したすべては今ここに灰となった。
いずれその灰は飛んでいって、土壌の栄養にでもなるのかもしれない。
それだけ? みんなの必死に生きてた最後がこれ?
「まったくの無駄死にじゃないか」
おかしくもないのに、心底笑えた。
「膝に、力が入らないや」
その事実に。
どんなに足掻いても、たくさん苦労してここまで来ても。最後はこんなにも無為に終わった。
死んだ、死んだ、死んだ。
今まで子供たちを何度も埋葬してきた。その度に涙が出てきた。それでも、いつかこんな現状が変わると信じて動いてきた。命を賭してでも動けばきっと何か変えられるのだと根拠もなく信じていた。
そんな愚かな盲目の結果は、目の前に広がる残骸が語っていた。
きっと、エレノアが見つけなければ彼らの献身が全くの無駄だったことさえ、誰も知らなかったのかも知れない。
幾度も、辛いことがあった。痛い思いもしたし、怖気付いたりもした。
その度になんとか歯を食いしばって。皆んなで支えながら乗り越えてきた。
だが。それでも容赦なく襲い来る現実に。
エレノアの家族とも呼べる彼らが命をかけた結果に。
折れてしまった。幾度も積み重なったものが今度こそエレノアの膝を折ってしまった。
「あはは……」
膝立ちの状態から目の前へと倒れ込む。
うつ伏せのまま、エレノアは笑った。口だけで笑った。
頭が重たかった。手足を動かすのが億劫だった。ふかい、深い水底を。冷たく暗い水底に沈んでひたすらそこを歩いているような気分だった。
エレノアは1人になってしまった。みんなはあっけなく去っていってしまった。
頬に触れる雪が冷たい、頬が熱い。指一本すら動かしたくなかった。かと言ってこのまま全てを拒絶して眠りたくもなかった。
ただただ、存在していることが苦痛だった。
「くそ……くそ、ちくしょう」
「わたしの……わたしの家族は無駄死にじゃないか、ちくしょう」
「くそ、くそったれ……」
「う、あぁぁぁあぁぁ」
『リーダー、娘をやっと抱き上げられたんだ、ありゃ柔らけぇな。リーダーも抱っこするか?』
『リーダー! 紹介するよ、うちの兄、ほらまぁ少しはサマになっただろう?』
『リーダー、なかなか立派でしょ。うちで焼いたパン、ぜひ食べてってよ』
『どうだ、見てみろ、エレノア! 一番の成績取ってやったぞ! お前はどうなんだ』
あり得たかもしれない、幸せな未来がエレノアを嘲笑っていた。鮮明に
風が強くなる。いやにその音が耳に響いた。
いつか訪れると信じて目指していた、暖かな幸福は今、目の前で永遠に手の届かない物へと変わってしまった。
「ゔぁぁぁ……ぁぁ……」
たとえ帰る家が無くても、温かいご飯が無くてもよかった。そんなもの初めから諦めていた。寒さに震えても、辛くても。痛くても、苦しくても。
皆んなが居ればよかった。それで、十分だった。
「ハアッ……ハアッ……ゔぅぁあぁ……」
取り繕わない、もう取り繕えない。
悲しみが、実感がエレノアに追いついてしまった。エレノアは、ただただ雪の上で蹲って泣いていた。
「うぅっ……あぁぁぁ……みんな、みんなぁ……」
みんなが居ないと
寂しいよ、つらいよ。
私を置いてかないでよ。
かえってきてよ……
(もう、疲れたよ。息をすることだって辛いんだ)
(もう、たてないよ。また、立った所で辛い現実が待ってるだけじゃないか。何回、何十回耐えればいいんだ。私はもう、耐えられないよ)
(ここで静かに消えよう。タルラちゃんに、ノヴァちゃん。それにメフィストとファウストとかにも悪いけど。ごめんね、ひっかき回すだけ何もしなくて)
そうしてエレノアは雪が自身に積もる中、静かに目を閉じた。
(まぁ、直接言わないと謝ったところで意味は無いんだけどね)
こうしていれば、終わりが向こうからやってくる事を知っていたから。
自分で終わりへと歩くことすら出来なかった。
エレノアは動かなかった。
吹雪き始めた雪がエレノアの蒼色の髪を白へと染めていった。
(……………………待て)
だが、動きを止めた身体とは裏腹に、思考だけはぐるぐると回り続けていた。考えたく無くても止まることは無かった。ぐるぐる、ぐるぐると、考えは回った。そうして一つ結論を出した。幸か不幸か不明のまま。
(待て待て待て待て)
彼らが残したものは炭と灰に消えた?
いいや、まだある。
ひとつだけまだ、彼らが救った命が生きてる。
私だ。
私だけがまだ生きている。
彼らの残したものが私で繋がっている。
そうであるならば。そうならば。
膝を折ることは許されない。許さない。
止まることは、許可できない。
私が止まったらそこで途絶えてしまう。
本当に意味のなかったものになってしまう。
それは、ダメだ。
糸に引かれる操り人形のように。
回路で動く機械のように。
エレノアの手足は意思とは関係なしに立ち上がった。
◆
雪がちらちらと舞う中、8名の男たちが雪の中を進んでいた。彼らは全員が武装しており、荒事に慣れた手練れの雰囲気を醸し出していた。見る人が見れば彼らが誰だか分かっただろう。彼らこそ治安維持隊と呼ばれるものたちだった。
彼らはひとつ、感染者が居たと通報された村での任務が終わった後で拠点に戻るために歩みを進めていた。
「あれは女? ……子供か?」
不意に彼らのうちの一人が、遠くの雪原をふらふらと歩く蒼髪を見つけた。
「何でこんな所に……」
「肩をみろ、感染者だ。一撃で終わらせろ」
「了解」
その報告と同時に戸惑いは消え去り、彼らはいつものように動き出す。
そうして、殺傷力に特化したクロスボウを引く。恐ろしいまでの力で引き絞られたそれはきりきりと、音を立てながら狙いを定めた。
「撃て」
射出されたボルトは空を切り裂き、少女の頭へと吸い込まれていった。
命中する瞬間、少女の体はあまりの衝撃に頭だけが後ろに弾かれ、遅れた体がゆっくりと雪に沈んでいった。
それを見て、後ろで待機していた数人が喋り出した。
射手は、クロスボウを見つめながら黙っていた。
「死体はどうするんですか?」
「放置しておけば、問題ないだろう。あの村の生き残りかもしれんな」
「あそこですか……また、愚かな真似をしたものですよね」
「まぁ、お陰で厄介な奴らを無抵抗なまま処理できたのは良かった。それだけがあの村の唯一の存在理由だったんだろうな」
「はは、そうかもしれませんね」
「おい、行くぞ。……お前なんでずっと黙ってるんだ?」
そうして指揮官の男がずっと黙っていたクロスボウの男に声を掛ける。声をかけられた男は振り返らずに、撃った先を見つめていた。
「おい、おい! なんとか言ったらどうだ」
「……アイツ、死んでません」
「は?」
「着弾時に少しだけ、少しだけボルトが
「あんな子供が逸らした? そんなことがある訳……」
「ガッ!?」
そう、男が否定しようとした瞬間、離れた位置に居た一人が鈍い音を響かせながら吹き飛んだ。
「ッ! 構えろ!」
「……あぁ、やっぱり……」
そこに立っていたのは先ほどの少女だった。左の額から血を流しながら、鎚を構えて立っていた。
だが、彼らは不意打ちこそされど、曲がりなりにも治安維持隊。その練度は高く、一般の人間では同数以上でも太刀打ちが出来ない存在。
すぐに少女を取り囲むと盾を構え、持ち直した。
数の差は1対7。少女を囲んでいるのは指揮官の男を除いた6人の屈強な精鋭たち。戦力差は明らかだった。
じりじりと盾の包囲を狭めていく。少女は、脱力をしたまま鎚の先を地面に向けていた。
一人が盾の隙間から刃を振るう。予備動作が盾に隠されたソレは今まで何人も愚か者を葬ってきた。
刃をが当たるという直前、少女が鎚を振るった。脱力からの無駄な動きが限りなく抑えられた一振りは迫った剣を弾くと空中で方向を変え、男へと襲いかかった。
「甘いんだよ……!」
だが、それも盾によって容易に防がれてしまう。
「なっ……重っ……!?」
しかし防いだ男は、
同時に発生した爆音の痛みに一人が思わず耳を押さえる。
◆
『確かに、酒に酔った勢いで使うとは中々な使い方だな。それにしても彼女のアーツは物質を動かす類のものだったか』
『いや、そりゃ違ぇぞ』
『なに? では、彼女のアーツは一体……』
『リーダーのアーツゥ? あー、確か本人はなぁ“大気を固める“とかって言ってたなぁ』
『……そんな簡単に教えて良いのか? いや、そもそも彼女のアーツが大気を固める?』
『良いんだよ、アンタにだったら多分言ったところでリーダーは怒らねぇ。それにアンタが思ってるのは多分“エゲツない方“の使い方だぜ』
『それは、どういう……』
『リーダーは、アーツをそのまんま使わねぇんだ。そんなに出力がないからってな。──だから工夫をして使う。俺はその理論を聞いた時頭がおかしいのかって思ったね』
『その、工夫とは……』
『そりゃあな──』
◆
また、一人男が轟音と閃光に飲まれて飛んで行った。
エレノアが鎚を振る度、その不明な攻撃が発生する。
指揮官の男は悪夢を見ているようだった。
「ぐっ……。おぉッ!」
そうして気が付けば目の前に立っているのはその化け物だけで。
振りかぶった鎚を見て──それが最後だった。
◆
『大気を無数の大小の粒に固めるんだよ。有りえねぇくらい細かく、大量に。そうして、それを鎚の先にも発生させて──思い切り振る。するとどうなるか? 発生した無数の大気の粒は擦れ、弾き、電荷が偏る。そうなるように大きさを変えてるって言ってたな。一瞬で限界まで溜められた偏りはどうなると思う? 弾けるのさ、ありゃ本物の雷だ。本人も焼く雷だな』
◆
エレノアは自身のアーツはあまり強くない事を知っている。
何度も身をもって体験してきた。だからこそ頭にあった知識でこの方法を思いついた。
空気を小さな粒と大きな粒に固め、擦り合わせ正の電荷と負の電荷を作り出す。電位差が拡大し、空気の絶縁の限界値を超え放電する。
雷とは──一度の放電量、数万から数十万A。
電圧は10億Vにも及び、電力換算で平均約900GW、エネルギー換算で900MJ。
加えて、実は雷が鳴った時に発生する音は雷が地面に衝突した時の衝撃音などではない。
放たれた熱量によって局所的に2〜3万℃という高温まで加熱された大気が急速に膨張し、音速を超えた時の衝撃波である。
それを──、自然現象の中でもトップクラスに強力なものを無理やり再現しているのだ。
いくら本物に比べたら威力が劣化するとはいえ、エレノアの戦闘力は高いものとなるだろう。
だが、忘れてはならないのがあくまで彼女のアーツは大気の若干の変成と操作、という点だ。
雷は無理やり生み出しているに過ぎない。
故に雷は彼女を守りはしない。雷は区別なく彼女も襲う。
大空の電撃を僭称する
その超至近距離で何度も繰り出される爆音は聴力を低下させ、瞳を焼くような、暴力的な閃光は視力を奪って行く。
流れる電気は彼女の神経系を侵し、肌を伝う電撃は皮膚を焼く。
防護服として絶縁体の装備を纏わなければ、自滅ともとれる狂気の攻撃。エレノアが編み出した唯一にして最高の、脅威に対する対抗策である。
◆
肉の焼ける匂いがした。
「ハアッ……ハアッ……!」
肉の焦げる匂いがした。
「ハアッ……ゲホッ……」
自分の体から。
エレノアは鎚を支えに、雪原の中一人立っていた。
人体の許容値を遥かにこえた音を聞きすぎたせいで耳鳴りだけが聞こえていた。
目を閉じても無理やり入ってくるあまりに強い光に瞳は景色を写せていなかった。
皮膚の至る所が焼け、爛れあちこちに電流の模様が火傷として走っていた。
それでも、エレノアは立っていた。
「ゲホッ……は、ははは! ……ゴホッ……」
人だったモノの上に立っていた。
立って笑っていた。
「なにが『なるべく話し合いで』だ。なにが『相手だって生きている』だ」
それは今までエレノアが戦闘を避けていた理由たちだった。それをエレノアの仲間達は理解していたし、その考えを守ろうとするエレノアを尊いとも思っていた。
(なんて、甘いふざけた考えだろうか)
もう、その考えを肯定する者たちは居なくなった。
「……ゴホッ、ゴホッ……。ははは、私は何度も見てきたじゃないか」
追い出された人達を、迫害のために拳を振るわれ続けた人達を。
なんども、何度も見てきた。そんな現場をいくつも見てきた。
そうして、変えることは出来なかった。
管理されるしか道が選べなかった人達を沢山見てきた。
それも、変えられなかった。無理矢理、命を晒す労働をさせられている話を嫌というほど聞いた。変わったことなど何ひとつ無かった。世界は平常通り動いていた。
私は、役立たずだ。大事なところで目を背けて見えないフリをしてきた。
『話し合いで解決する?』
そんなわけがない。ありえない。だって。
だって──
私たちは家畜とは違う? あぁ、違うだろさ。でもそれは
奪われ、蔑まれ。都合の良い労働力として数えられ、仕方なく管理されて生きている。そんな私たちは何に見られているかなんて考えて見れば簡単に分かることだった。
「……」
村が、彼らが眠っている跡地が目に入る。
きっと、世間の誰もが逃げ出した
武器で武装した人間は、相手もまた武装した人間となって初めて交渉しようという気になる。
今の私たちには、席すら用意されていない。
あぁ。今まで直視を避けてきた臆病者め。
覚悟がないからそんな甘えたことを言っていたのだ。
助けるだけではダメなのだ。手を伸ばすだけでは不足なのだ。
砕かなくては。
躊躇いなく砕いて進まなければ、何も変えられない。変わらない。
表面だけ変えたところで何も変わらない。
私たちが人間であると、示さなければこれからも世界は
荒い呼吸でハンマーを支えに立っていたエレノアは息を深く吸い、整えた。そうして、その表情をふっと和らげると空に向かって笑いかけた。
「世界は、みんなはそんなに“私たち“のことが嫌いかな?」
「こんな、こんなにも辛い結末を沢山作るんだもの」
「それとも、“私のこと“が嫌いかな? さんざん取られても我慢してきたのに。いちばん大事なものだけは守ってきたのに。それも簡単に盗っては価値のないものみたいにぐしゃぐしゃにして捨てるんだもの」
「世界は、みんなは私のことが嫌いかな?」
「私だってお前が大ッッッ嫌いだよ!」
◆
エレノアはハンマーを握りしめた。
もし、普通ならば。
誰か家族が止めてくれたのかも知れない。慰めてくれたのかもしれない。だが、それもこれもすべて奪ってしまった。世界がそう出来ていた。
だから、彼女に声をかけるものはこの雪原には誰もいなかった。
もう、そこには泣いてうずくまっていた少女なんて居なかった。
雪の中、ハンマーを握りしめてただ一人立っていたのは──
Happy birthday! lady?
Happy birthday, Alsatian!
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疲れたら、ちゃんと休むべきです。