大神マシロ様の道中記 ~二人の白皇 after~   作:しとしと

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最近、良質なうたわれ二次の投稿が増えて嬉しい限りです!


今回、斬2一部追加シナリオのネタバレ注意です。


第二話 ネコネ編

「ふむ……」

 

 クオンと離れ幾数ヶ月。

 

 クオンは再びトゥスクルへと戻り、ハクオロと再会できたようだ。

 今はベナウィ指示のもと皇女としての責務を果たそうと躍起になっている。

 

 自分の言葉が響いたようで何よりであるが、政務に向かう鬼気迫る様子からいずれ自分の旅についてくるためだというのは理解できた。

 

 知覚できる未来を探れば元の軌道に戻ったようにも見えるが、所々靄がかかったように未来への道はぶれ始めている。

 

「これも、自分が関わった弊害か」

「確定じゃない」

「定められた大いなる意志以外は、道は数多に移ろうものです」

 

 ウルゥルとサラァナが慰めるように言うも、本来生まれるはずだったものや救われるものが消えていくことを知れば、幾許かの罪悪感を得ると言うものである。

 

 しかし、クオンだけではない。

 

 自分を探したり、帰りを待ったりと本来の未来とは違う選択を選ぶ者もいる。

 それを思えば、自分が過度に気にし過ぎているだけなのかもしれない。

 

「もう少し気楽に考えても、会っても構わんのかもしれんな……どうだ?」

「御心のままに」

「主様の選んだ道こそが、大いなる意志の定めた道なのです」

「……」

 

 双子の答えはいつも変わらない。

 

 自分こそが未来を自由に変えうる存在であると疑いなく信じてくれている。

 しかし、それをやっちまうとかつてのウィツアルネミテアと同じ存在となってしまう。

 

 今のように見守る存在であることが、一番変に影響しない距離感というか、波風絶たないようにも思うのだが。

 自分も、誰かにせっつかれないまま、気楽に旅ができるしな。

 

「おっと……そろそろか」

 

 エンナカムイから少し離れた森の奥。

 位相を元へと戻し、その正体を世界と一体化させる。

 

 さく、と踏みしめる足音が響き、街道に自分とそれに付き従う二人の女性の姿をあらわにした。

 

「ここに直接来るのも、母上の眼を治しに来て以来か……緑が戻って喜ばしい限りだな」

「全ては」

「主様のお力です」

「自分だけじゃないさ」

 

 森の中にも関わらずよく整備された道を、眩い陽光が照らしていた。

 彼女は毎日のようにここを通り、その度に綺麗にしているのだろう。

 

 自分が大神となって人の理からは外れたが、前帝──兄貴から託された最後の真人としての使命を優先し、タタリを安らかに成仏させることを成そうとしている自分は、何だかんだ忙しい。

 

 故に、こうして力を余り使わずとも常世と繋がりやすい入り口を、大事に管理してくれていることが嬉しい。

 よく来るのは、きっと……心当たりのある人物は何人もいるが、こうして綺麗に整備してくれているのは、一人しかいない。

 そう、彼らを大事に思っているのは自分だけではないのだ。

 

「ネコネ……元気そうで何よりだ」

 

 手持無沙汰に鉄扇をいじりながら、しばしの郷愁に心を支配される。

 会って話したい気持ちは無いでもないが、わざわざ実体化してまで会う理由もないのだ。

 

 暫く道を歩いていると、少しあけた広場に出た。

 目の前の存在に手を当て、世界を繋げる。

 

「久しぶり、だな……オシュトル、マロロ」

 

 そう呟き、目の前の墓に、奴らと呑み交わしたあの酒を置く。

 

「自分が死んだ時、二人に沢山土産話ができると思ったんだが……どうやら大神になっている間は、そちらで宴会はできそうにない。ま、許してくれるよな。お前らが行けって言ったんだ……だから……今は、この酒で勘弁してくれ」

 

 そう言い、三つの杯を懐から出すと、それぞれの墓に乗せ、酒を注いだ。

 自らも手酌で注ぐ。そして杯を高く掲げ、呟いた。

 

「乾杯」

 

 くいっと酒を飲み干すと、息を吐いた。

 

「ふぅ……美味い。友と飲む酒はまた格別だな」

 

 大神になっても酒が美味くて良かった。

 人の理は外れても、人であった頃の機能はあるようだ。ま、前のハクオロもそうだったようだし、人を憑代とする以上はそうならざるを得ないのだろうが。

 

「ま、常世から見守っていてくれよ。お前らに顔向けできないことは、やらないよ。お前らの願いは、まだ背負っているつもりだからな……」

「「お注ぎします、主様」」

「おぅ、ありがとう、ウルゥル、サラァナ」

 

 杯が空になったのを確認したウルゥル、サラァナと呼ばれた双子の美女が、ととと、と小気味良い音を奏で乍ら杯を満たしてくれる。

 

 そうして酒を飲み交わして随分経った頃だろうか。目の前のオシュトルから、ウルゥルサラァナの二人について言及された。

 

「ん? 二人も随分美人になったって? ま、まあ、そうだな」

「「……」」

 

 遺伝子のせいか、日に日にホノカさんの美貌に近づいているというだけではない。

 誘惑の手段も日に日に増して、こちらとしては一線超えない理由を作るのが難しくなってきているのである。

 

「いやいや……相手してやれって言われてもなあ」

「ばっちこい」

「私達はいつでも主様のものを受け入れる準備はしているのですが……」

 

 二人はオシュトルが応援してくれていると感じたのだろう。

 空になったオシュトルの杯に注ぐ配分が多くなる。

 

「勘弁してくれ。たとえ応えるとしても、人に戻ってからさ」

 

 それでも相手してやれと言われたじたじになる自分と攻めのウルゥルサラァナ、そしてそれを面白がるオシュトルとマロロの和やかな宴会が続いたのだった。

 

 そうして日が落ち始め、湿った風が頬を撫でる頃、手持ちの酒を全て飲んでしまったため、お開きにすることにした。

 今日はオシュトルの命日だ。アンジュ他仲間達は、もう早朝には手を合わせてネコネのところに挨拶しては帝都に帰っていた。

 

 ネコネも皆の対応にかかりきりだったようだから、そろそろ毎日の日課である掃除に来たネコネが顔を出す頃だろう。

 

 今捕まれば、引っ張りだこでは済まない。そろそろお暇することにしよう。

 

「楽しかったよ。次はマロロの命日に来る……また会おう」

 

 そう呟いて、立ちあがった──その時であった。

 

「──ネコネに会ってやっちゃくれないか、アンちゃん」

「……」

 

 常世から、オシュトルの声が響いた。

 思わず足を止め、墓の前に佇んでいる──影の映らぬオシュトルへと目を向ける。

 

「……それがお前の願いか?」

「ああ」

 

 オシュトルは、常世の世界から酒を一献取りだすと、自分へと差し出す。

 

「誰かの願いがあれば、今のアンちゃんでも実体化しやすいだろう?」

「まあ……な」

 

 オシュトルからの盃を受け取りながら、実体化の手順を踏んでその酒を飲み干す。

 常世の酒は相も変わらず己を魅了する不思議な味がした。その味に思考を蕩けさせながらも、一応の意味も込めてオシュトルに釘を刺す。

 

「前にも言ったが……自分はあまり世界に干渉しないようにしているんだが」

「だが、干渉できないわけじゃない。そうだろ?」

「……しかし、未来は大きく変わるぞ」

「そんな未来はどうだっていい」

 

 オシュトルは断言するようにそう言う。

 

「その未来にはアンちゃんがいねえ。そうだろ?」

「……」

 

 確かに、その通りである。

 世界から抜け落ちたかのように、まるで異物であるかのようにこの世界の未来に自分の存在は無い。

 

 世界のどこにでもいて、どこにもいない、果ての無い孤独──

 

 かつてのウィツアルネミテアもこういった気持ちだったのだろうか。

 奴も、自らの孤独を恐れ、干渉し、自らの力による種の進化を促し続けていた。

 

「アンちゃんよ、ウィツアルネミテアの真似事をする必要はねえ」

「……してないぞ」

 

 そうしないように過干渉はあえて避けているのだ。

 しかし、オシュトルの論調は変わらない。

 

「いいや、このままじゃ一緒だ。アンちゃんは、もう偽りの仮面を被る必要はねえんだ」

「偽るって……」

 

 お前に託されてから偽りっぱなしだってのに。

 

「言っただろ? アンちゃんは、全力の俺に勝てるくらいの漢さ……誰の真似をする必要もねえ」

 

 オシュトルに勝った──ねえ。

 自分はまだまだ神として修行中である身。かつて、己の神としての力を高めんがために、夢幻の中で仮面の者となったオシュトルと全力で戦ったことを言っているのだろう。

 確かに勝ちはしたが、神の身にあそこまで迫るオシュトルもとんでもない存在なんだがな。

 

「……」

「アンちゃんは、アンちゃんのままに行動すりゃいいんだ」

 

 様々なものや人に干渉する際、何度もウルゥルサラァナから言われたことである。

 御心のままに──彼女達は自分を全肯定する立場であるからそういったことを言っているのかとも思っていたが、目の前のオシュトルもそういうつもりだったようだ。

 

「アンちゃんのいない未来なんて、あいつらは納得しないぜ」

「……そうかい」

「ああ、俺が認めた……いや俺の想像以上を行く親友なら──全部掴み取ってくれるだろうさ」

「ったく……相変わらず……言いたいことだけ言ってくれるな」

 

 そう不満を返すも、オシュトルの返答はない。

 

 ただ、にいと笑みを浮かべ、盃を高く掲げると──

 

「アンちゃんよ──妹を、ネコネを頼んだぜ」

 

 オシュトルは、そう言い残し、その存在を常世へと消していった。

 

「お前はいつもそうだ……勝手に後を託して消えていく……」

 

 文句を言おうにも、既に常世への繋がりを切られている。

 自分とネコネを会わせるために、オシュトルは何かしらの代償を払ったのかもしれん。

 

 次に会えるのは、いつになるか。

 

 次にここへ来る時は、マロロの命日だ。

 今回の件はマロロにも愚痴を聞いてもらおう。そのまま言伝でも頼めば、文句は言えるか。

 

「兄……さま……?」

 

 振り返ると、そこには以前より少し背が伸びた──ネコネの姿があった。

 

 ──まいったな。

 

 自分は会うつもりはなかった。

 だが、オシュトルの願いによって暫く実体化した手前、その姿を捉えられてしまったか。

 

「……」

「兄さま!? 兄さまぁっ!!」

 

 ネコネはだっと自分へと駆け寄り、その手をこちらに差しだしたところでぴたりと止まった。

 

「……?」

「また……また見てしまったのです……私のところに帰ってきてくれる、幻を……」

 

 涙を流し、幻影を振り払うように首を振る。

 そして、希望は無いと眼をぎゅっと瞑って俯く姿。

 

 きっと、自分が何も応えなかったことがネコネに不安を与えたのだろう。

 そして、ネコネは何度も自分がここへ帰ってくる夢を、自分の幻を夢想していたのかもしれない。

 

 まあ、それは幻影でも何でもなく、単に位相をずらした自分を薄ら感知していただけなのだが、実際に会って話せないとなれば、ネコネにとっては幻と同じか。

 

 ──ネコネに会ってくれ、か。

 

 すっと墓に目をやる。

 狭間で自分を見ていた時と同じオシュトルがいるように見えた。いや、その時よりもちょっとじとっとした非難の目線が見える。

 

 ──お前らに顔向けできないことはやらない、と言ったばかりだったな。

 

 繰り返される絶望に泣いている妹の涙を拭うくらいはしなければ、常世にいるあいつらにまたもや追い返されそうである。

 ネコネにも、母上にも、ここ暫く話してはいない。久しぶりに声をかけるくらい、いいか。

 

「……夢じゃないぞ、ネコネ」

「えっ……?」

 

 かつて兄妹のように共に戦った日々を思い出しながら、慈愛の笑みを浮かべた。

 

「あに……さま?」

 

 戸惑うネコネの涙を拭う。

 そしてもう片方の手を頭に乗せ、優しく撫でた。

 

「泣かないでくれよ。ミカヅチじゃないが、自分も妹の涙には弱いんだ」

「夢……じゃ……」

「ただいま、ネコネ」

「あ……」

 

 ネコネの言葉に応えた自分に大層驚いているらしい。

 安心させるように、かつての兄としての言葉を紡いだ。

 

「ふ……某は夢ではないぞ」

「あ……あぁ……兄さま、兄さま!」

 

 ひしっと小さな体に似合わない力で抱きしめられる。

 

 ぐすぐすと、ネコネの泣きじゃくる姿を見て、クオンの時のように影より見守るだけでは彼女達の寂しさまでは取り払えないことを改めて知ってしまった。

 

「ひっく、兄さまが、ようやく……私のところに……帰って来てくれたのです……!」

「ああ……」

「兄さまの、匂い……兄さまの声……本物の、兄さまなのです……!」

「おいおい……本物の兄さまは、オシュトルだろう?」

 

 胸元に顔を埋めるネコネに冗談めかして言ったつもりであったが、ネコネの潤んだ視線がこちらへと向いた。

 

「ハクさんも……私の、本物の……大事な兄さまなのです……」

「っ、そうか……そう、だったな」

 

 真正面から響く、親愛なる言葉に思わず心が揺れる。

 クオンと同じように、随分寂しい想いをさせてしまったようだ。

 

「? 兄さま」

「ん? いや、何でもない」

 

 まさかネコネにときめかされるとは、と照れを誤魔化すように別の話題を持ちだした。

 以前より背が伸びたこともそうだが、以前とは違うその服装である。

 

「何だか、前と服装が違うようだが。そんなに肩を出して……寒くないのか?」

「こ、これは正式な殿学士の服装ですから……大丈夫なのです。最近は温かいですから」

 

 いきなりそんなことを言われたからか、少し頬を高揚させながら、むき出しの肩周りを抑える。

 しかし、日が落ちればここエンナカムイもかなり冷え込む。

 

 かつて使っていた外套を渡そうとするも、そういえばクオンに渡していたと手が宙を彷徨う。

 無いものは仕方が無い。機会があれば何かで作ろうと思考しながらも、正式な殿学士の服装へと改めて眼を向けた。

 

 そういえば、殿学士の試験に合格したんだったな。

 まあ、貢献度と優秀さから言えば、なってもおかしくないしな。

 

「そうか、殿学士になったのだったな……自分も誇りに思うぞ、ネコネ」

「あ、ありがとうなのです。あ、あの……」

「ん?」

「おかえりなさい、です……兄さま」

 

 ネコネは、心底ほっとしたかのように安心した笑みを浮かべた。

 何度も何度も泣いていたことは知っている。それでも、会わないことが未来にとって、世界にとって良いことなのだと、そう考えていた。

 

 しかし──

 

「……ああ、ただいま……寂しい思いをさせてすまない、ネコネ」

「いいのです。こうして、戻ってきてくれたのですから」

 

 ぎゅっと、強く服を掴まれ、そう思いの丈を伝えられる。

 自分の体にすっぽりと収まるその小さな体は、何かに浸るようにただ静かに寄りかかってきていた。

 

「……何も、聞かないのか?」

「……はい、兄さまが自分から話してくれるまで待ちます」

 

 クオンと違い、根掘り葉掘り聞こうとは思っていないようだ。

 それは、今の自分にとってとてもありがたかった。

 

「今は、夢じゃなかったことが、本当に嬉しいのです」

 

 そう喜色満面に微笑む姿に、再びどきりとした。

 人の理を外れても、こうして人の表情に、仕草に、心が揺らぐ。

 

 大神としては不完全でも、人間らしい心が残っていることを、嬉しく思うことすれ嘆くことなどなかった。

 

「……母上は元気にしているか」

「はい……勿論なのです。兄さま」

「では、母上に会わせてくれるか」

「はいなのです。ただ、兄さまとマロロさんのお墓を綺麗にしてから……あっ」

 

 ネコネはそう言って墓をみれば、既に土や葉が綺麗に取り払われた場所を見て、掃除の必要のないことに気付く。

 

「……兄さまがやってくれたのですか」

「いや、元々綺麗だった……少し葉を払っただけだ」

「ありがとうございます。では、手を合わせるだけ……待っていただいてもいいですか?」

「勿論だ、そのくらいなら、待てるさ。ネコネも悼んでやってくれ」

「……はい」

 

 そう言いながらも、自分が消えるのではないかと思っているのだろう。

 ちらちらと目を離すのを不安そうにしながらも、墓の方に目を向け、手を合わせるネコネ。

 

 ま、約束を破りまくった自分が、何を言っても安心はさせられないよな。

 

「兄さま、マロロさま……を連れ……くれて……あり……ございます……」

 

 墓に向かって何か呟いたようであるが、風の音に消え、その全ては聞き取れなかった。

 しかし、何か伝えたいことはあったのだろう。ネコネの表情には感謝の念が込められていた。

 

「……」

 

 ネコネが終わるまではどうするか、と周囲を見回せば、ウルゥルサラァナは家族団欒を邪魔しまいと空気を読んで退散中である。

 オシュトルの願いの効果があるのか、実体化を保つのもそれほど苦ではない。思念で暫く旅は中断だとだけ言伝をする。

 

 そして、改めて見る周囲の綺麗さに、ネコネがここを管理してくれていた礼を言っていなかったことを思い出す。

 今の自分の力量では、常世に繋がるには適した場所が必要である。こうして常世にいる友に会いやすい場を管理してもらえることは本当にありがたい。

 

 その礼は、今ここで言っておこうと思い、傍に寄る。

 

 ネコネが墓にお参りするのが終わる頃に声をかけた。

 

「ここの管理は、ネコネがしてくれているんだな」

「え? は、はいです」

「帝都で働かなかったのはそのためか? わざわざ、ありがとうな、ネコネ」

「そんな、当然なのです……でも、それだけでは、ないのです」

「ん?」

 

 ネコネは一瞬ためらいながらも、少し頬を染めて、自らの胸元に手を添えて言う。

 

「兄さまが……気軽に帰って来れる場所を、作りたかったですから……」

「……そう、か……ありがとうな」

 

 上目遣いで、こちらの反応を窺いながら言われたためなのか。言葉も言葉でこちらの心をえぐるもので、ぐらっときた。

 

 ──そうか、自分の帰れる場所をね。

 

 いじらしい妹の姿に、胸が暖かくなるが、今まで何も言わずに放置していた罪悪感も少し芽生えてしまう。

 

「では、兄さま。お墓参りは終わったので、母さまのいる家までご案内するです」

「ああ」

 

 ちらりと、位相をずらしたまま姿を見せない双子を見る。歩けば、こちらについて来るが、目を瞑り、邪魔しないように少し後ろにいる。

 こちらを気遣い、大事な家族との逢瀬を大事にしてくれているようだ。

 

 そのままネコネと並び、エンナカムイの道を歩く。

 あの頃と変わらない、のどかで緑の多い街並みを見て、無性に懐かしくなる。それと同じくらい、あのころの激務を思い出し、少しげんなりするが。

 

 寝る間もなく働いた。それに、オシュトルとしての振る舞いを徹底するために、色々無茶をした。

 

 特にキウル、オウギやヤクトワルトに見せるための必殺技の披露は骨を折った。いや比喩とかでなく本当に折ったからな。

 オシュトルではなくハクであることを薄々勘づいていたらしいオウギとヤクトワルトの二人は、結局わざと振ったわけだ。今度会ったら仕返しくらいはしてもいいだろう。

 

 少し苦い顔をしていたのだろう。

 ネコネが心配そうにこちらの顔を窺ってくる。

 

「どうかしたですか? 兄様」

「ん? いや、ネコネと並んで歩いていると懐かしくてな。あの頃は忙しかった」

「そう、ですね……」

 

 それを聞いて、ネコネが少し悲しそうに顔を伏せた。

 まだ自分がオシュトルの仮面を被り、なり変わったことにたいする負い目があるのだろうか。

 

「……だが、ネコネが支えてくれたからな……なんとかやってこれた。いい思い出も沢山あるさ」

「そ、そうですか」

 

 ほっとしたのか、ネコネの表情に安堵が広がる。

 

「ま、その反動で、今はぐうたらしてるけどな」

「……はぁ、兄さまは、神様になっても相変わらずハクさんのままで安心したのです」

 

 ただのハクとネコネであった時のような会話に、思わず頬が綻ぶ。

 ネコネもまた、その憎まれ口を叩くのが懐かしいのだろう。その声色には一切の嫌味は含まれていないものであった。

 

「褒め言葉だな」

「ふふ……兄様は確かに頑張りましたから、今は……ゆっくり休んでほしいのです」

「……」

「? どうしたのです?」

 

 いや、まさか、ネコネから休むよう言われるとは。

 まあ、でも、そうか。二人で、頑張ったもんな。

 

「いや、何でもない。ネコネも休んだほうがいいぞ」

「大丈夫なのです。あの頃より、はるかに仕事量は少ないですから」

「やっぱり、無理させてたんだなぁ」

「しょうがないです。でも、そのおかげで、こうして平和に戻ったのですから……」

「……そうだな」

 

 そこで、ふと思い出す。

 ネコネの思い詰めたあの表情を和らげたくて、提案したことを。

 

「そうだ、久々に神代文字の勉強を見てやろう」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。ひらがなとカタカナは……もう覚えたと言っていたな」

「はいなのです。あるふぁべっとと、漢字を少しだけ習っているところで……」

 

 そこで、何かを思い出したのだろうか、表情が曇る。

 帝都を取り戻してからも、最後の方は、忙しすぎて見てもやれなかったしなあ。それにその頃は──自分が仮面の力を使いすぎて、心も体もボロボロだった。

 とても教える体力はなかった。だが、会得していると言えるということは、自分が教えていない時も、自分で復習していたのだろう。

 

「そうか。なら、帰ったらちゃんと覚えているか試験をして、その後新しい文字を教えよう」

「は、はいです」

「ま、殿学士様なら、簡単な問題だ」

「う……任せるのです。バッチリなのです」

 

 少し思案したが、自らを奮い立たせるようにして答えるネコネ。

 まあ、本当に勉強しているんだろうから、完璧なんだろうな。

 

 試験問題はどんなものにしようか悩んでいると、足繁く通ったあの道に出る。

 

「そろそろ……だな」

「はいです。母様も目が快方に向かってからは出歩くようになりましたが、やはり慣れた家がいいだろうと場所は変わってないのです」

 

 ネコネと二人歩き、古めかしくも、きちんと手入れされ、気品のある家が目に入る。

 戸の前には、ネコネの帰りを待つトリコリの姿があった。

 

 ──母上。

 

 自分がオシュトルではないことを知りながらも、自分を息子だと言ってくれた存在。

 結局、恩返しすることのできぬまま、自分は旅立ってしまった。その代償を少しでも返せるようにと、母の眼を治したのだ。

 

 ──肩をもんであげなきゃな。

 

 自らが治したと誇るつもりもない。

 ただの息子として、オシュトルを偽っていた時のように、トリコリの肩をもみ、安らぎを感じてもらおう。

 

「ただいまなのです、母さま」

「おかえり、ネコネ……あら?」

 

 閉じていた目を開き、ネコネの隣に立つ自分を見て、微笑んだ。

 

「あなたも……お帰りなさい」

 

 自分の顔を見たこともないというのに。声も出していないというのに。

 ただ、自分の姿を見て、かつての息子であると認めてくれる言葉であった。

 

「……ただいま帰りました。母上」

「ふふ、元気そうな顔を見て、安心したわ。ネコネったら、あなたがいないことで随分落ち込んでいたから……」

「は、母さま」

 

 わたわたとトリコリと自分に視線を送るネコネ。その頬は赤く染まっていて、聞かれてほしくないことを言ったようだ。

 

「ネコネにも……寂しい想いをさせました」

「……オシュトルに似て、貴方も忙しいものね……また直ぐに出かけていくのでしょう?」

「……はい」

「そう……でも、今日くらいはゆっくりできるのね?」

「……はい」

 

 全ては聞かぬと、母としてただ迎えてくれたことが嬉しい。

 

 ネコネは自分が直ぐ出ていくと聞いて不安げな顔となったが、今日はゆっくりしていくと聞いて少し安心したようだ。

 今の調子であれば、明日の朝型くらいまでは実体化が保てる筈だ。暫く疲れて何もできないだろうが、まあ仕方ない。

 

「さ、夕餉にしましょう。ネコネ」

「は、はい。お手伝いするです」

 

 ぱたぱたと慌ただしくなる台所で自分にできることはない。

 いつもの二人分ではなく、自分の分も作ってくれようとしているのだろう。

 

 そうして居間にて暫くの時間を過ごした頃──懐かしい母の味と、少し不器用な妹の料理に舌鼓を打つ。

 こっそり位相をずらして付いてきていたウルゥルサラァナにもこっそり分け与え乍らも、和やかな時間を過ごしたのだった。

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 あれから、母上の肩を揉んで親孝行し、ネコネに神代文字を教え、夜更けにさあお暇しようとしたところ、泊まっていきなさいとほぼ強制的に寝床につかされた。

 

 実体化している手前、二人から突然消えるような様子を見せる訳にもいかず、結局寝床について二人が寝ている間にお暇させてもらうことにした。

 

 ウルゥルサラァナにそう伝え、いつものように一緒に寝るかと思って声をかけようとするも、何故か二人はその場を離れた。思念で呼びかけるも、返事が無いのだ。

 

 何かしたかなと思いながらも、トリコリ家の一室にて久々に屋根の下で寝るなあと思いながら寝転んでいると、襖の向こうから控えめな声がした。

 

「……起きていらっしゃいますか、兄さま」

「? ネコネか、どうした?」

「あの……入ってもいいですか?」

「ああ」

 

 そうして促すと、ネコネは襖を開ける。

 そこには、白い寝間着に着替え、幾分俯きがちに頬を染め、緊張した様子でこちらを見るネコネの姿があった。

 

 ただ、ネコネは部屋に入ったはいいものの、こちらに足を踏み出すのを戸惑っているようであった。

 

「……」

「どうした?」

「あの……そ、その……」

 

 よくよく見れば、もじもじと体を動かし、小さな枕を抱えている。

 その様を見て、ああチィちゃんみたいに一緒に寝たいのだと気づく。

 

 本物の兄妹ではないが、ネコネも兄に甘えたい年頃なのだろう。

 以前は十分に甘えさせてやれなかったのも含めて、今その代償を返すべきなのかもしれない。

 

 いつまでも、もじもじと体をくねらせ二の句の継げないネコネに代わり、その言葉を口にした。

 

「一緒に寝たいのか?」

「なっ……そ、そ」

「そそ?」

「そ……そう、なの、です。一緒に、ね、寝てもいいですか? 兄さま」

 

 蝋燭のぼんやりとした灯りでもわかるように、頬を真っ赤にしたかと思えば、照れよりも何かが勝ったのだろう。

 それでも一緒に寝たいと要望を口に出した。

 

「ああ、いいぞ」

「ほっ、本当ですか?」

 

 恩返しもあるのだ。

 それくらいならばお安い御用だと、招く様に布団を捲った。

 

「ああ、兄に甘えたい時もあるだろう。ほら、おいで」

「あに……」

「?」

「……し、失礼するです!」

 

 そこで少しネコネの表情が曇るも、再び覚悟を決めたような顔をして布団の中に潜り込んだ。

 

「……っ」

「おっと……ふ、甘えん坊だな」

 

 布団に、というか自分の胸の中で包まれるようにネコネの体がすっぽりと収まる。

 以前より少し成長したといえども、その体はまだまだ小さい。慈しむように、その頭を撫でた。

 

「っ……あ、兄さま……わ、私はもう子どもではないです」

「ふ……自分にはまだまだ可愛い妹みたいなものだ……」

「……」

 

 途端に、唇を噛んで声も無く縮こまるネコネ。

 文句は無いのならば、嫌ではないということである。

 

 撫でるのを続け乍ら、そういえば、以前もこうしてネコネが布団に潜り込んだ時があったなあと夢想する。

 あれはヴライとの決戦後だったか、いやそれよりも前だったな──と、そこまで考えた時であった。

 

 ネコネの未来が、ぼんやりと曇り始めたのだ。

 

 思わず、その行為を咄嗟にやめるほどの衝撃であった。

 

「? あ、兄さま……?」

「む……す、すまない。ネコネ」

「いえ、どうか、したのですか?」

 

 行為をやめても、未来は曇ったままである。

 

 ネコネや母上と関わっても、余り未来に変化が無いとは思っていた。

 それは、彼女達が深く聞いてこないために、最低限の関わりで済んでいたからである。

 

 しかし、この頭なでなで行為は、未来に影響を及ぼしかねない干渉であったようだ。

 クオンの時と同じく、またもや己の干渉が行き過ぎた結果、本来の未来が歪み始めている。

 

 ──そんな未来はどうだっていい。

 

 後悔に苛まれる自分の頭に、オシュトルが告げた言葉が過る。

 

 そうかもしれない。

 このままネコネに寂しい想いをさせて悲しませ続ける未来よりも、自分が干渉して幸せにすることこそが正しい未来なのではないかとの考えも頭を巡り始める。

 

 そんな時であった。

 

 ネコネは、固まってしまった自分を不安げに見つめ、声をかけてきた。

 

「兄さま、やっぱり……迷惑でしたか?」

「! いや、そんなことはない」

 

 すぐさま否定するも、ネコネは聡い。

 何かしら悟ったように、言葉を紡いだ。

 

「……兄さまの旅に、私がついていけないことは理解しているのです」

「! ……ネコネ」

「兄さまの、使命に、私がもう力を貸せないことも、知っているです」

「……」

「兄さまが、何かを抱えていても、私に話せないことは……仕方が無いのです」

 

 今まで何故、自分が会わなかったのか、何をしているのか、色々と考えて導き出した結果なのだろう。

 実際、ネコネが何も聞かなかったからこそ、クオンと違いこれまで未来が変わるような過干渉を免れていたとも言える。

 

 自分の油断が、ネコネの未来を変えてしまった。

 それは、ネコネのせいではなく、神の力を未だ扱いきれていない自分にあるのだ。

 

「気にするな、ネコネ。こうして、ネコネの傍にいられるだけで、自分はまだ人であると安心できる」

「……」

「だから、謝るのは自分の方だ。何も言えず、すまない。ネコネ」

 

 ネコネは、真正面から放った自分の本心をどう受け止めたか、暫く唇を噛んで悩んだ後、思い詰めたように、こちらを見上げた。

 

「? ネコネ?」

「兄さまに……願いを……言ってもいいですか?」

「……何だ」

 

 ネコネは、何度か口をぱくぱくとさせた後、ぎゅっと自分の胸元の服を掴み、懇願するように願いを言った。

 

「私とハクさんの──こ、子どもが欲しいのです」

「子ども……? ああ、子ども……って、子ども!!?」

 

 未来って──そっちに傾いたのかよ! 

 

 一瞬、言われている意味がわからず、思考が真っ白になったが、その願いの意味を理解してからというもの、己の布団の中へとネコネを招いたことから未来が狂い始めたことに気付く。

 

 咄嗟に曇り始めた筈の未来を探れば、ネコネが神の身に操を立てて生涯独身を貫く光景へと変化しつつある。

 

「兄さまがここに戻ってくるまで……私は今日の思い出を抱いて生きていくです」

「お、おも……っ!?」

「……重い女と思われてもいいです。それでも、兄さまの家で、いつまでも待っていられるように……兄さまの子を育てていきたいのです」

 

 思い出ってなにって、聞きたかっただけで、決して重い女だと言ったわけではないが、余りの動揺に口が回らない。

 それでも必死に、妹分の狂言を元に戻そうと言葉を探す。

 

「い、いや、ネコネはまだ小さい……」

「兄さま」

「っ?」

「私ももう……一人の女性なのですよ……?」

 

 小さくとも、自分はもう大人であると断言するその声色に、ネコネの本気が窺える。

 今まで見てきた妹としての姿ではない。想い人に本心を曝け出す、一人の女性の姿がそこにはあった。

 

 しかしそれでもと、ネコネが傷つかないで済む理由を、ライコウとの知恵比べ以上に頭を回転させて羅列する。

 

「し、しかし、ネコネは妹でだな……」

「本物の妹ではないです」

 

 詰将棋のように冷静に返すネコネ。

 

「そ、それでも、親友の妹だぞ」

 

 手なんか出せるか。ましてや、恋愛対象にするわけがない。

 

「兄さまも、ハクさんならばいいという筈です」

「そ、そんな訳……」

 

 ──頼んだぜ。アンちゃん。

 

 オシュトルの言葉が思いだされる、のではない。

 これは、間違いなくオシュトルの声である。常世からどう一方的に繋いできているのか知らんが、頭の中に喜色を帯びた声色が響き始める。

 

「いや、その……だな」

 

 というか、ウルゥルとサラァナはどうした。

 クオンの時はあれだけ徹底抗戦を見せていたのに、ネコネに対しては関所もびっくりな全開素通り状態である。

 

 いっそ止めてくれと思念を送るも、ウルゥルサラァナからの返答は未だない。

 

 追い討ちのように、ネコネから外堀を埋める言葉が重なっていく。

 

「母さまも、孫の顔が見たいといつも言っているです」

「う……」

「母さまの願いでもあるのです。だから……」

「……!」

 

 そこで、気付いた。

 ネコネの瞳が潤み、拒絶される恐怖で体が震えていることに。

 

「っ……ネコネ。だが、お前には、お前を守ってくれる相応しいヒトがいるんだ、自分ではなくな……」

 

 本来の道筋を言うことはできない。

 しかし、ネコネに好意を寄せ、その命を身命で以って守る漢はいるのだ。自分を超える、いや、オシュトルすら超える漢にやがて成長するその漢こそが、ネコネの本来の──

 

「姉さまを差し置いてとも思いましたが……やっぱり、私が一番頼りにしているのは……好きなのは……ハクさんなのです」

「……ネコネ」

「昔の私は、兄さま以上に、私を、支えて、守ってくれる男の人なんていないと思っていたのです……ハクさんという、もう一人の兄さまができるまでは……」

「……」

「私を、命を削ってまで守って、頼らせて、勝手にいなくなって、泣かせて……でも、こうして戻ってきてくれたなら……私には、もう兄さま以外には考えられないのです」

 

 押し黙る自分に、ネコネは互いの息がかかるような距離で、その唇を震わせる。

 

「兄さま……いえ、ハクさん……私では、興奮できないですか?」

 

 クオンの時のような、いや、それ以上の本気の好意を感じた。

 

 これまでに過ぎた長き時は、ネコネにとっては自分のことを忘れていくのではなく、より強く深く秘めたる想いを増長させていく結果となってしまったのだろう。

 

 オシュトルが会ってやれと言う理由もわかった気がする。

 

 ここまでの気持ちを抱えて、ただ待っていてくれたのだ。

 不甲斐ない兄を──いや、ただの男をか。

 

 ここで自分にできることは何なのか。

 言えることは何なのか。

 

 様々な考えが頭を巡り、そして目の前のネコネを守る──傷つけることだけはしまいと、その言葉を発した。

 

「……待っていてくれないか、ネコネ」

「え……?」

「今の自分は神の身……今はこの力を上手く使って、同胞達を解放しているところだ。そして、最後には、何とか皆と気楽に過ごせるような状態にできないか、色々試行錯誤しているところだ」

「……」

「自分が、ただの人として皆のところに帰ってくるまで……待っていてくれ。その時に、ネコネの想いが変わらないならば、その想いに応えたい」

 

 ネコネは、その言葉を感じ入るように俯いた後。

 自分の瞳を真っ直ぐに射抜いてきた。

 

「兄さまは……本当に、大事なところで、ぐうたらでダメダメな人なのです」

「……すまん」

 

 その声と視線には非難の色。

 しかし、ネコネはぎこちなく微笑んだ。

 

「でも……いいのです。本当の本当に大事な約束は……絶対に守ってくれると信じているですから」

「ネコネ……」

 

 ネコネは自分の胸元に顔を埋め、背中へと手を回す。

 ネコネの柔らかな肢体を強く感じ、緊張と照れのためか熱く汗ばんだ甘い香りが漂う。

 

「兄さまは、いつだって、私を守ってくれたのですから……今度こそ、今度こそ、兄さまと、一緒に……っ」

 

 そして、ネコネが未だ不安げに肩を震わせていることに気付いた。

 胸元に感じる、じんわりとした涙の色。

 

 その震えを、不安を、涙を、無くすためには何ができるのか。

 

「……ああ、守るさ」

 

 ネコネの震える肩を、強く強く抱きしめる。

 

 そうすると、ネコネの震えは止まった。どうやら、届いたようだ。

 

 互いの吐息すら感じられる距離で、ネコネの瞳が潤む。

 

「兄さまを、いつまでも信じているです……だから、ここで母さまと一緒に待っているのです」

「ああ」

 

 沢山、約束を結んで、沢山破ってきた。

 それでも、信じてくれるというならば、自分も気張らねばなるまい。

 

 待つと言ってくれた礼に何かできないかと、聞いた。

 

「何か……他に願いはないか?」

「?」

「いや、その……今叶えられることなら、何でもするぞ」

「ん? 今何でもって……」

「いや、何でもは言い過ぎたな……!」

 

 聡いネコネに言質を取られると、またもやとんでもないお願いが飛んできそうである。

 しかし、まさか妹だと思っていたネコネからの求愛は、自分にとってとんでもない衝撃があったのだ。動揺にて言葉が上手く出てこなくとも些か仕方あるまい。

 

 ネコネはそんな困り顔の自分に気付いたのだろう。

 ふっと、柔らかな笑みを浮かべると、妹のような可愛い願いを言う。

 

「では……兄さま、もう一度、頭を撫でてほしいのです」

「……ああ、そんなことでいいのなら、いくらでも」

「ふふ……安心するのです。兄さまの手──」

 

 今はまだ、兄妹のままで。

 自分の、ネコネの気持ちがまだ揺らいでいる間は──

 

「──逃げた」

「求めるより多くを施すのは、主様の務めと存じます」

「な、お、お前ら!?」

 

 折角いい雰囲気に落ち着いたと、一件落着だと思っていたのに。

 急に道を繋いで飛び込んできたかと思えば、一言目がそれか! 

 

「う、ウルゥル様、サラァナ様!?」

 

 ウルゥルとサラァナが突然現れても自分は驚かないが、誰もいない二人きり状態だと思っていたネコネの衝撃は大きく、大きく口を開けて唖然としていた。

 

 そして、意識が戻った瞬間。

 これまでの自分の想いや光景を振り返ったのか、その表情が火を噴く様に真っ赤になった。

 

「み、み、見ていたですか!?」

「最初からばっちり」

「小さな体に秘めたる大きな愛。背徳感たっぷりな兄妹での愛情表現、私たちにはできないとても羨ましい行為でした」

「そ、そういうのではないのです! 誤解なのです!」

 

 和やかな兄妹愛へと回帰しそうだった寝室の雰囲気が、二人のハチャメチャが押し寄せてきたことで、泣いている場合じゃないワクワク100倍な空気となってしまったのであった。

 

 そして──

 

 ウルゥルサラァナを外へと叩き出し、動揺するネコネを宥めすかし、再び二人で寝床について暫くである。

 ネコネは、安心したように目を瞑ると、やがて胸の中で深い眠りについた。

 

「──すぅ……すぅ……」

「寝たか……」

 

 ネコネの想いに応えきれず少し悲しげな様子だったことが心残りではあるが、もうそろそろ実体化も保てない。

 ネコネに神代文字で書いた手紙だけ残し、その場を後にすることにした。

 

 暗闇の中、トリコリ家を出ようと玄関に赴けば、人の気配。

 

「行くのですね……」

「……はい、母上」

 

 そこには、未だ眠らぬ母の姿があった。

 止めるためではないのだろう。母として見送るためだけに、ずっと起きていたのだ。

 自分が、朝にはいなくなるだろうと確信を持っていた。

 

 ──やはり、母は誤魔化せぬということだ。

 

「何故、一人で行くのかしら」

「皆との……約束を守るためにです」

「そう……疲れたら……いつでも、帰って来て。私は、ネコネと一緒に貴方の家を守っているから」

「……はい、必ず」

 

 寂しい笑みを浮かべ、尚見送る母に背を向ける。

 その背に届く様にと、母上の声が木霊する。

 

「ネコネの想いに、今度こそ応えてあげてね。私も、孫の顔を楽しみにしているんだから」

「……はい、母上」

 

 母上は聡い。ネコネの想いにも、以前から気づいていたのだろう。

 背を向けたまま答えを返し、未だ朝日の見えぬ闇夜に向かって足を踏み出す。

 

 そして、ウルゥルサラァナと共に次なる旅先へとその姿を消したのだった。

 




 もっとギャグにしたかったのに、結局前置きにシリアス多くなってしまうのはマシロ様の性なのか……作者の力量なのか。

 私用にて色々ありまして、次話が遅くなって申し訳ないです。
 今後もゆっくり更新します。
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