源王は玉座を譲らない 作:青牛
外出許可が出た源田は、今練習をしている筈の雷門中へ向かっていた。
稲妻町の閑静な住宅街を歩いていると、後ろからエンジンの音が聞こえてくる。
振り返って見ると、黒い車が後ろから走ってきて、スピードを落として源田の側の路肩に寄ってきた。
彼の横に止まった車の窓が開き、乗っていた者の正体が露になった。
「久しいな源田。ボールにも触れられない、惨めな姿になったものだ。自らの愚かさを痛感したかね?」
「影山……!?」
現れたのはサングラスをした細長い横顔。
忘れもしない。かつて自分達帝国学園を指導し、地区大会決勝で帝国を去り、そして今、帝国を潰した世宇子中の背後に居る男だった。
「まったく、お前も総帥とは呼んでくれないのか。鬼道もお前達も、今まで育ててやった恩師に対して薄情なことだ」
「アンタに“恩”があればの話だ…! その育てた教え子達をあんな目に遭わせておいてよくもそんなことが言えたな」
「クックック……怪我をするのは弱いからだ。そして弱者に、敗者に価値はない。私はお前達に今までそう教えてきた筈だぞ」
卑怯にして卑劣、サッカーを蝕む邪悪の権化の如きこの男を相手にして、源田の態度にも棘が混じる。
しかしその言葉を受けても涼しい表情の顔を向けもせずに、影山は言い返した。
勝利こそが全て。
影山が人生を通して得た持論であり真理。
敗北したならばあらゆるものは無価値であり、勝利のためならばあらゆる非道も正当化されるという彼の思想に、帝国イレブンは賛同できなかったからこそ鬼道と共に反旗を翻した。
この男の謀略と工作を排して、自分達の手で勝利と栄光を掴むために。
「だがお前達は神の力の前に敗れた訳だ。どれだけ足掻いていたとしても、残るのは敗北のみ」
「……残るのは敗北だけじゃない」
「ほう……?」
源田の反論に、影山は興味深そうに顔を向ける。
「勝ちたかった奴らの思いが残る。まだ鬼道がいる。雷門中がいる。あいつらが、その思いを一緒に連れていくんだ。」
「フン、何を言うかと思えば。世宇子中に負けた
「鬼道一人で勝てるなんて思っちゃいない。雷門中が居ると言った。あいつらは必ず、鬼道と一緒に世宇子中を倒す」
「何故雷門中にそのような期待が出来る」
影山には源田の考えが心底理解できなかった。
雷門中。彼らは帝国を相手に互角に戦った。全国大会でも決勝戦まで勝ち進んできた。
確かに強いだろう。それなりには。
だが世宇子中には勝てはしない。
絶対の自信を以て影山は告げる。
「円堂は、どんな強い相手でも絶対に諦めない。アンタのような奴が相手ならなおさらにな」
「円堂守……」
神に一矢報いたこの源田と同じポジションの少年。
自分の人生を狂わせた憎むべき男の血を受け継ぐ者の名を聞いて、影山の声から感情が抜け落ちた。
正確には、許容量を超えた感情を表現することができなくなった。
もうこれ以上話す気が失せる。
もともと響木のことを煽るために稲妻町まで来たのだ。
この会話は正真正銘の寄り道に過ぎない。
そんな理屈を心の中でつけて、会話を切り上げた。
自分が多少とはいえ目をかけた男が、よりにもよってあの男の孫を認めているかのように語ることが気に入らなかったのだ。
「貴様の円堂への期待がまったくの的外れだということは、試合でわかることだろう。もっとも、既に倒されているかもしれんがな」
「なんだと?」
源田の疑問には答えず、影山は窓を閉めて停車していた車を再び走らせた。
すぐに距離が離れて小さくなっていく車を見送り、源田は雷門中の方の空を見る。
地区大会でこそ源田は円堂達に競り勝ったが、今もその実力差だとは思っていない。
何故なら、彼らはどこまでも成長するから。
円堂はどんなに強い相手が居ても腐らず、諦めず、超えようと足掻き続ける。
そういう男だから、王者を超えていけたのだと彼は
だがそれは成長してからの話。
言い様のない不安から、少し歩く足を速めることにした。
一方。準決勝を制し、FF決勝戦を目前にして練習に励んでいた雷門中では剣呑な空気が流れていた。
その空気の中心に居るのは雷門イレブンのキャプテンである円堂と、練習中に突然現れてシュートを止めた少年アフロディ。
「自己紹介させてもらおう。ボクはアフロディ、世宇子中のキャプテンだ。鬼道くんは知っているだろうけどね」
「アフロディ……!」
「お前が世宇子中……」
帝国の仲間達を痛めつけた張本人の登場にいきり立つ鬼道と、アフロディの超然とした佇まいに呆気にとられる円堂。
そんな円堂を見つめて、アフロディは微かに口角を上げた。
「円堂守くんだね? キミのことは影山総帥から聞いているよ」
「鬼道から聞いちゃいたが、本当に影山がお前らのバックに居やがるのか…! 宣戦布告に来やがったな!」
「宣戦布告?」
いの一番に噛みついた染岡の言葉にアフロディが反応する。
自分達の頭上に鉄骨を降らせて殺しにかかってきた男の下でサッカーをしている少年を前に、雷門イレブンは警戒を隠さない。
その空気をものともしないアフロディは、警戒した彼の推測を笑わなかった。
「ああ、
「……!」
「ただし、宣言しておこう。決勝戦でキミ達に勝ち目はない。我々世宇子中は、キミ達雷門中を徹底的に叩き潰す」
「待てよ。勝負はやってみるまでわからないだろ!」
勝敗を既に決めつけているアフロディの言い方に円堂が物申した。
反論してきた彼にアフロディが目を向けて口を開く。
「そうかな? 林檎が木から落ちるように、水が低きに流れるように、変えようのないこの世の摂理はあるものだ。それに逆らえばどうなるか……その末路は、そこの鬼道くんがよく知っている筈だ」
「くっ……!」
アフロディの言葉で倒れ伏した帝国の仲間達の光景を思い出した鬼道が歯噛みする。
傲慢極まりないその物言いも、彼が言うのならば真実のように思えてしまう。
「だから、諦めるならば今の内だ。無駄な練習を続けることもないだろう?」
鬼道へ向けていた視線を円堂に戻し、アフロディはそう決定的な言葉を告げた。
絶対に聞き流せないその言葉に円堂の表情が、仲間達が見たことがない程に険しくなる。
「練習が無駄だって……? 取り消せよ、今の言葉……!」
「取り消す必要があるかい? キミ達が練習する間に、ボク達も練習をしている。だが人と神の歩みの速さは比べ物にならない。追いつきようがないのだから、キミ達のそれはやるだけ無駄だ」
「誰だって皆最初は弱い。だから強くなるために練習するんじゃないか! 無駄になんてなりはしない。そんなこと言わせないぞ!
練習はおにぎりだ。俺達の血となり、肉となるんだ!」
「フフ、練習はおにぎり……うん。うまいことを言うじゃないか」
「笑うところじゃないぞ……!」
円堂の魂からの叫びも、アフロディには響かない。
彼も、円堂達が自分の知る絶対の真理を理解してくれないことに困り顔を作った。
「どうもわかってもらえないようだね。それが無駄なことだと、証明してあげるよ!」
そう言って、先ほどシュートを止めてから持っていたボールを高く蹴り上げた。
雷門中の“イナズマ落とし”すら上回る高さ。そこに、先ほどまで円堂達の輪の中央にいた筈のアフロディの姿まで現れる。
「なに!? いつの間に……!」
まったく彼の動きが見えなかった染岡が、思わず先ほどまでアフロディの位置と今の位置に何度も目を行ったり来たりさせる。
他の者達も呆気にとられていた。
ただ一人、既に身構えてシュートに備えていた円堂を除けば。
「フッ」
上空で上げたボールに追いついたアフロディは、軽い様子でシュートを放った。
だがそのボールは回転と共に禍々しいオーラを纏っていき、蹴った瞬間からは想像もできないほど明らかに強力なシュートと化していた。
円堂はただのキャッチで止められるものではないと察知して、気を放出する。
「ゴッドハンド! ――うわぁっ!」
光輝く巨大な掌がそのシュートを受け止めようとする。
しばらくの間激しく拮抗した後に神の手が砕け散ったが、ボールの軌道は逸れてゴールのクロスバーに激突して跳ね返っていった。
だが喜べることではない。
弾かれたボールは今まで見たことがない程怒っていた円堂を見守っていたマネージャー達の方へ飛んでいっていたからだ。
「っ、危ない! 3人とも逃げろ!」
気づいた円堂が、弾き飛ばされて倒れ込みながら彼女達に叫んだ。
まだボールの勢いは死んでいない。当たれば怪我をしてしまう危険もある。
しかし3人は反応できない。周囲に居た雷門イレブンも同じく。
「春奈、避けろーーっ!」
鬼道は妹の危機を察知して走り出したが、距離があり間に合いそうになかった。
彼女らは避けられないと思って、来る痛みを思い目を瞑る。
だがその痛みが来ることはなかった。
「今日は見に来ると伝えたんだが……穏やかな空気じゃないな」
「源田!」
「源田さん!?」
現れた源田がマネージャー達の前に立ち、左手でボールを受け止めていた。
ボールは凄まじい回転で彼の掌と擦れながらと音を立てていたが、やがて収まり地面に落ちて、細かく弾みながら転がっていった。
「あ、ありがとう……」
「怪我がないならいい」
思わぬ人物の登場に理解が追いつかないながらも、夏未がそう礼を言った。
その言葉を受け取りつつ、源田はこの空気の元凶に目を向ける。
ちょうど、そちらも彼を睨み付けていた。
「随分はしゃいでいるな、アフロディ」
「キミは痛々しい姿になったものだね、源田くん」
「おい、もう一発、来いよ! 本気で!」
地に降り立ち、目の前まで歩み寄ってきたアフロディと対峙する。
彼の瞳には今すぐ目の前の男を打ち倒したいという
そこへ、アフロディのシュートを受けてよろめきながら円堂が加わった。
いつも明るい彼らしからぬ危機迫った様相だ。
「円堂……」
「源田、秋達をありがとう。でもちょっと退いててくれ。これはこいつと俺の問題だ。来いよ、あんなの本気じゃないんだろ! 本気でドンと来いよ!」
「……神のシュートをカットしたのは、キミで2人目だよ」
源田、そしてその次に円堂へと、視線を送って、感情を抑えようとした冷たい声色でアフロディが呟く。
自身のシュートは源田にもう止められている。
必殺技ですらないただのシュートとはいえ、止められて面白がれるような余裕は彼にはなかった。
「だがやはり、ただのシュートでそんな様では勝ち目はないね。
――その戦いがキミ達の最後のサッカーとなることを」
「待て! 待てよ!」
最後にそう言い残して、アフロディは姿を消した。
微かに髪を揺らすそよ風だけを残し、最初から居なかったかのように居なくなってしまったのだ。
嵐のように去っていった神の見せつけていった力と警告に誰もが息を呑む中、緊張が解けた円堂がその場にへたり込んだ。
「大丈夫か円堂?」
「いいよ源田、怪我してるのに」
「そうだぞ源田。あのボールを止めただろう。お前こそ左手を見せろ」
「えっ……だ、大丈夫だこれくらい」
円堂は駆け寄ってきた豪炎寺と鬼道が助け起こし、そのまま先ほど跳ね返ったシュートを素手で受け止めた源田へジロリとゴーグル越しに目をやる。
鬼道の指摘にたじろいで左手を背にやる源田だが、背後から突然その手を取られた。
「なんっ……キミは確か……」
「真っ赤じゃないですか! ダメですよこのまま帰ったりしたら! ちょっと救急箱取ってきますから、待っててくださいね! 帰らせちゃダメだよお兄ちゃん!」
真っ赤になった手を見た音無が、鬼道にそう言いつけて部室へ走っていった。
鬼道も妹の言葉に従って源田を見張る。
「鬼道……もしかしなくても、お前妹さんのことが大好きだな?」
「当然だ」
「真顔で言うな、聞いたこっちが恥ずかしくなる」
「大人しく待っていろ源田。そもそもお前に妹を守ってもらって、その手のまま帰すのは友人としても許せん」
「源田! お前右腕怪我してるのに左手まで怪我するんじゃないぞ!」
鬼道に言われて、さらに円堂も加わり源田は観念するしかなかった。
音無に擦り傷がいくつもできてしまった左手の平にガーゼを貼られる。
その様子を眺めながら、主要メンバーが先ほどのアフロディの実力を思い出して語る。
「凄まじい奴だったな。アメリカでもあんなノーマルシュートは見たことがない」
「ああ……あれは必殺技ですらない。源田が止めていたシュートはあんなものとは比較にならん」
「ただのシュートであの威力か……決勝戦はとんでもないことになりそうだな」
「そうだな……源田はやっぱり凄い奴だ。俺も負けてられねえ!」
アメリカ時代の土門と秋の親友にして、フィールドの魔術師と称される天才プレイヤー
アフロディの本気を想像して、円堂は燃え上がった。
「絶対試合ではあいつのシュートを止めてやる! きっと勝てる」
「いや、無理だ。今のお前達には絶対にな」
「響木監督…!?」
円堂の言葉を否定したのは他でもない、彼らをここまで導いてきた響木その人だった。
源田幸次郎
雷門中へ行く道中影山に絡まれる。
左手が擦り傷だらけになった。
アフロディ
源田を敵視してる。
取り繕ってるけどあんまり余裕はない。
雷門には八つ当たり気味。
影山零治
響木の所へ行く前に源田を見かけたので少し話した。
現在の彼の中での選手の評価は
鬼道>(越えられない壁)>世宇子中>=源田>>>その他