源王は玉座を譲らない 作:青牛
明らかな異常にベッドから跳ね起きようとして、源田は手から鳴ったじゃらりという音と共に引き戻された。
目をやれば、源田の右手には手錠がかけられており、さらにそれがベッドの近くの壁と鎖で繋がれていた。
「くっ、これではサッカーもできないじゃないか…!」
当然だが、鎖は人間の腕力で千切れるような代物ではない。
苦々しい現実に呻きながら、それでも源田は繰り返し腕を引っ張ってなんとか出来ないかと試みるが徒労に終わる。
諦めて、今居る場所は何処なのかを見渡して考えようとする。
源田が見る限り、閉じ込められているこの部屋は、寝かせられていたベッドに加えて机と椅子しかない非常に簡素なものだった。
帝国学園のサッカー部で、レギュラーが秋に連れていかれる合宿所の部屋に似ている気がした。
そこまで考えたところで扉の向こうからコツコツという足音が響いてきた。
鎖を引っ張って音を立てていたので、自分が目覚めていることに連れてきた何者かが気づいたのであろう。
「お目覚めかい? キング・オブ・ゴールキーパーさん」
「……誰だ」
開かれた扉から覗き込んで来たのは、モヒカン頭をした見覚えのない少年。
その眼は非常にギラついていて、明らかにまともな人間ではないとわかった。
本人は源田が自分に対してそんなことを考えていることなど知る由もなく、不気味な笑いを洩らしながらベッドに歩み寄ってきた。
「ハッ、まあ細かいことはどうでもいいだろう? 俺がここで長話するより手っ取り早く状況を理解する方法がある。ついてきな」
少年はそう言うと、源田の手錠に懐から取り出したリモコンを向けてボタンを押す。
すると、甲高い機械音と共に鎖と手錠が離れた。
右手首に手錠がついたままとはいえ一先ず手に入った自由を確認しながら、源田はモヒカンの少年に目を向ける。
「“俺を自由にしていいのか?”って顔だな。問題ねえよ、どのみち逃げられやしない。それもすぐにわかる。大人しくついてこいよ」
「……いいだろう」
源田の心を見透かし、先んじて疑問に答えた少年に警戒を見せながらも、源田は彼に従って歩いていく。
廊下に窓は1つもなく息が詰まるような重苦しい空気だけが流れている。
ただ、所々に帝国学園を思わせる装飾が散見されることが、源田の嫌な予感と警戒心を最大限に刺激した。
しばらく少年の後ろを歩き続けた末に、一際大きな扉の前に辿り着いた。
足を止めた少年は、意地の悪い笑みを浮かべながら源田を振り返る。
「恩師との再会だ。感動しろよ」
源田の反応を待たず、少年は足を前に踏み入れた。
自動だったらしい扉が横に動いて開き、部屋の中が露になる。
それは、帝国学園にあった総帥室とほぼ同じ内装。
中央の豪奢な椅子に腰掛ける人物が何者かなど、わかりきっていた。
「馬鹿な――なぜアンタがここに居る、影山ァ!」
「久しいな、源田よ」
「あり得ん……捕まったアンタは刑務所に入った筈だ」
「あり得ぬものか。現に私は今ここにいる。そしてお前をここに連れてきた」
かつての師であり、自分達帝国学園を貶めた仇敵である影山零治。
彼は相も変わらぬふてぶてしい態度で源田を出迎えた。
身構える源田を見ても、その不敵な笑みはますます深くなるばかり。
「さて、まずは改めて自己紹介をするとしよう。私は“真・帝国学園”総帥影山零治だ。ようこそ、源田幸次郎。我らが真・帝国学園へ」
「“真・帝国学園”……だと……!?」
その異様な名に、源田は驚愕を隠せない。
同時に、ここまで彼を連れてきた少年が影山の隣に歩いていった。
「そしてお前を連れてきたその男が、真・帝国学園のキャプテンである
「ご紹介に預かりました、不動明王でぇす。よろしくな、源田クン。アンタのことはよく聞いているぜ。無敗神話も、それが最近破れたこともなぁ」
「そうか。こいつがキャプテンということは、サッカーチームがあるんだな?」
人を食ったような態度の不動の発言を聞き流し、源田は影山に質問する。
「愚問だな。私が率いるものがサッカーチーム以外にあるとでも?」
「ないな」
「ククク……結構。お前の入学記念に、面白いものを見せてやろうか。真・帝国学園の力の、ほんの一端を」
「なんだと? ――うおっ!?」
影山は、今度は源田の疑問に答えず立ち上がった。
直後に少し大きめの揺れが源田達を襲う。
足下を見ながらバランスを保つ源田を眺めながら、影山は慣れた足取りで窓に向かう。
そして窓辺に立って、源田にも外を見るよう顎で促した。
この男に従うのは嫌だが、この場所のことを知らない限りは何も始まらない。
影山の隣に立ち、外の景色を見てみれば思わず声が出た。
真・帝国学園などという名を聞かされた先程の比ではない。
「なんだ、これは!?」
眼下には、今まさに天井が開き、内のサッカーグラウンドが現れようとしている所だった。
加えてその周囲に広がるのは見渡す限りの大海原。
源田達が居たのは艦橋。真・帝国学園とは、巨大な潜水艦だったのである。
「海を渡りながらサッカーが出来る船だと……!」
「ククク……これが真・帝国学園だ。気に入ったかね?」
「………」
「では、これから共に戦うチームメイトに顔を合わせてくるといい。お前達には、ゆくゆく雷門を倒してもらうことになる」
「ちょっと待て。なぜ俺がアンタの下で戦うと思ってるんだ。この船のことはともかく、アンタに従ってサッカーをするつもりはないぞ」
源田が、彼を既に従えたように語る影山に口を挟んだ。
勝利のために卑劣な手段を躊躇わず、仲間達をも毒牙にかけた男に進んで従う筈もない。
影山はそれに特に気を悪くした様子もなく、ただ笑い声を上げる。
「ククク……それもいいだろう。すぐにそんなことは言っていられなくなる。真・帝国学園のメンバーには会っておくといい。これから苦楽を共にする仲間だからな。どのみち、お前はここから逃げられん」
そう言い残し、影山はせせら笑いながら源田の前を後にした。
「さ、行こうじゃねえか。案内してやるよ。艦内を無用心に彷徨かれて変なことされたら、お前どころか俺達までお陀仏なんてことになりかねないからな」
「……ああ」
不動に再びついて歩き、真・帝国学園内の大まかな構造や危険な場所等の説明を受けることになった。
今すぐにでも脱出したいが、ここは影山の本拠地である上、抜け出してもそのまま海へ飛び込むしかない。
逃げ場がないこの状況では従っておく他に打てる手はなかった。
やがて食堂やトレーニングルームなどの主要な施設の案内が終わると、先程見せられたサッカーグラウンドへやって来た。
「今は練習してるとこだぜ。挨拶といこうじゃねえか」
そう言って、不動は薄笑いを浮かべながら扉を押し開けた。
開かれた扉から潮風が吹き込み、不動と源田の髪を揺らす。
波が潜水艦に打ち付けられる音に混じって聞こえてくる、サッカーボールを蹴る音のする方を向けばそこには不動と同じユニフォームに身を包んだ集団が見えた。
「あれが、真・帝国学園サッカー部だ。って言っても、
真・帝国学園は、影山が雷門と戦うために創設した組織。
サッカーをする者しか集まらないのは当然ではある。
「おいお前ら、練習止めろ! 新入りを紹介してやる!」
練習している真・帝国のサッカー部に、近づいていった不動がそう声をかけた。
その声に反応し、皆一様に不動に振り向く。
不動はそれを確認してから、後ろに居る
練習中に丁度ボールを持っていた少年だった。
1つに纏めた緑色の髪を振り乱しながら不動達に、否、源田目掛けて走り寄ってくる。
「――ヒャア!」
そして、その少年は奇っ怪な掛け声と共に、ボールを源田目掛けて思い切り蹴り飛ばした。
ボールの凄まじい回転は吹き寄せる潮風をも切り裂き、恐るべき速度で源田の眼前に迫る。
「っ! くっ……!」
源田は咄嗟に両手をボールに合わせて押さえ込んだが、その威力はノーマルシュートだったにも関わらず、下手な必殺技を凌駕するものだった。
ボールは源田の両手に収まりながらしばらく回転して、ようやく動きを止めた。
「ン~――久しぶりだネェ源田クゥ~ン! 腕は落ちてないみたいじゃない?」
源田が受け止めた様子を見届け、少年は赤いペイントを施した口を歪める。
加えて顔全体も真っ白に塗っている、ピエロを思わせる容貌の少年が笑いながらステップを踏んで源田に近づいてきた。
少なくとも源田からは、初対面の筈だが妙に馴れ馴れしい。
「誰だお前は。どこかで会ったか?」
いきなり顔目掛けてボールを蹴られた源田の彼への印象は既に最悪だ。
そのため、特に気遣うことなく率直に尋ねた。
対するピエロ顔の少年はその言葉に、ピタリと動きが止まった。
しかし、火が着いたようにすぐに動き出した。
ジリジリと怪しい動きで、何故動きが止まったのか理解していない源田に詰め寄っていく。
「ハァ? 覚えてない? 俺を? KOG様は、いちいち戦った相手を覚えやしないってか? アァ!?」
飄々とした振るまいが一瞬で消え去り、捲し立てて怒鳴りつけてくるピエロ顔の少年の異様な迫力に、源田は若干引いてしまうが、とはいえ知らないものは知らない。
「そんなことを言われてもな。お前のような
「この野郎…!」
「やめとけよ比得、源王様はお前なんぞ覚えてないってさ。……クク」
本気で心当たりのない様子の源田に、プルプルと震えた拳を振り上げかけた所で半笑いの不動から待ったがかかった。
不動の呼んだ彼の名に、源田が目を見開く。
「比得? お前、
「やっと思い出したかよ」
「思い出したも何も、全然違うだろう……」
「こいつらは俺が集めてきた。全国各地で戦ってたっていう源田クンには、見覚えのある面子も居るんじゃねーの?」
ピエロメイクの少年の正体に驚愕する源田に、不動は芝居がかった動きで腕を振って残りのメンバーを示す。
それに従って真・帝国学園の面々を見渡してみれば、確かに何人かは源田にも覚えのある者達がいた。
「またアンタなんかに会うことになるなんてね。不動、私達にこいつと一緒に戦えって、いくらアンタがキャプテンって言っても限度があるわよ」
言葉と表情に、隠すこともなく源田への嫌悪感を込めて鋭い眼光を不動に差し向けた、左目を眼帯のようにした髪で隠している少女は
「へっ、“源王”がなんだよ。あいつも負けたんじゃねえか」
そう吐き捨てるように言ったバンダナの少年は
「…………」
無言でこちらを見つめている厳つい巨漢は
他に、正真正銘の初対面の者も中には居たが、殆どが源田と戦ったことのある者達だった。
吹雪達と戦った後も、源田は影山の後押しもあり各地のチームと戦ったことで彼らに出会っているが、この場に居るいずれの者との試合も、思い返す源田としてはあまり気持ちのよくない記憶だ。
なにせ――
比得 呂介:FWとしての個人技は目を見張るものがあったが、非常にスタンドプレーを好みパスをしないどころかチームメイトからボールを奪う程の自分本位なプレーを行っていた。
小鳥遊 忍:MFとして非常に高い実力があったが高飛車な性格で、自分とチームメイトの関係を主人と奴隷と言って憚らない独裁体制でチームを支配した。
弥谷 剣五:DFとして相手チームのエースへ執拗なマークを行い、時に悪質なラフプレーも厭わなかった。
――このように、実力こそ高かったが性格やチームワークに難のある問題児ばかりだったのだ。
「お前の――」
比得はかつてチームのエースストライカーとして負け知らずだった。
当時のチームメイトの中には始め、比得の振る舞いに対する非難の声を上げる者も居たが、一人で試合に勝てる彼の実力に黙らせられ、次第に広がった“勝てるならそれでいい”というある種の諦観と共にチームは日々を過ごしていた。
そこへ、彼の実力の噂を聞きつけた源田がやって来たのだ。
吹雪兄弟との激闘を終えていた彼の次なる相手が、比得だったのである。
今まで止められる者が居なかった彼のシュートは源田の“パワーシールド”に完封され、比得一人の個人プレーに任せ切っていたチームではリトルプライドのオフェンスにろくな抵抗もできず、彼らは完全敗北を喫した。
更に、初めての、あまりに呆気なく、圧倒的な敗北を受け入れきれていなかった比得に続けて畳み掛けるように、チーム内での比得への反発が再燃した。
敗北は比得のせいだと、彼らは激しく責め立てたのだ。
「――お前のせいで――」
ある意味、当然のことではある。
試合の敗北は誰か一人の責任などでは決してない。
しかし今まで自身の独善的な振る舞いへの反感を実力で押さえつけていたのだから、その実力が通じないとなればもう反感が収まることはない。
そうしてチームを追放されて途方に暮れた比得の胸にあったのは敗北の屈辱と、新たに灯った心の炎。
比得は敗者になった。そして敗者に価値はない。
自分から勝利を奪っていったのは誰か――
「――お前のせいで、俺のサッカー人生にケチがついたんだよ! 源田ァ!!」
心に灯った憎悪の炎に従い、比得は力の限り叫んだ。
他の者達にも、概ね比得と同じ経緯で大なり小なり源田への憎悪がある。
それらに呼応するかのように、彼らの胸元からは紫色の妖しい光が溢れ出す。
「――だからさ、勝負しようじゃないノ。ネェ?」
胸を焼き続ける炎を消すには、勝利を得るしかない。
「……いいだろう。サッカーで挑まれて、拒む理由もない」
影山は、一触即発なグラウンドの様子を見下ろしてほくそ笑んでいた。
真帝国のメンバーがなかなかアレなキャラになったりしていますが、彼らの経歴は本作の妄想による捏造ですので悪しからず。
源田幸次郎
病院から誘拐されて真・帝国学園にやって来た。
比得達から憎悪を向けられ、勝負を挑まれる。
影山零治
源田を病院から誘拐し、真帝国に連れてきた。
不動明王
真帝国のキャプテン。
サッカーに関わっていた者として“勝ち続けていた男”のことはよく知っている。
小鳥遊忍
真帝国のメンバー。
独裁的な司令塔としてチームを支配していたが源田に敗れてその支配が崩壊し、彼を恨んでいる。
比得呂介
真・帝国のFW。
小学生時代に源田と戦い負けたことがあり、彼を恨んでいる。
口調が安定しない。
ピエロメイクは中学生から始めた。