源王は玉座を譲らない   作:青牛

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源王は再会を喜べない

 勝負の形式は単純だった。

 比得がペナルティアークからシュートを放ち、源田がそれを迎え撃つというもの。

 

「あんまりやり過ぎんなよ、そいつは試合で“使う”んだからな」

 

 不動が、ペナルティアークのすぐ外に立つ比得にそう念を押す。

 その比得は聞いているのかいないのか、相当柔軟らしい体を伸ばしたり曲げたりと独特な体操をしている。

 彼と対峙する源田は、先程比得や他の真・帝国のメンバー達の胸元から溢れた光について考えていた。

 人体が発光するとしたら普通ではないし、そうでなくとも、それはそれで光るものをわざわざチームが揃って身につけていることになる。

 仲のいいチームがそうするならばまだしも、真・帝国学園(このチーム)にそのような雰囲気は皆無だ。

 つまり、彼らが身につけている何かには明確な理由があるということ。

 そこまで考えた所で比得が体操を終えたので、源田も思考を切り替えた。

 

(比得(あいつ)のシュートは確か、寺門と少し似ていたな……)

 

 比得呂介というストライカーについて特筆すべきは、手足の柔軟さだ。

 その柔らかさを生かして、彼は多少無理な体勢からでも殆ど威力を落とさずにシュートを打てるため、いくつものフェイントをかけてきたり激しく動き回ったりしてGKの隙を狙ってくるトリッキーなストライカーである。

 もし吹雪兄弟と対戦の順番が逆であったなら、問答無用で広範囲をカバーできる必殺技“パワーシールド”がなければ。

 源田が苦戦することもあり得ただろう。

 

 だがその反面、比得のシュートは厄介だが威力そのものはそこまで高くない。

 無論それは小学生時代の話で、特訓を積んでいるであろう比得のシュートを侮るのは危険だが、恐らく根本的なプレースタイルは変わっていない。

 その上、源田自身の世宇子中との戦い以降の入院生活による肉体の衰えも考慮しなければならない。

 彼は入院していた頃の、自身の担当医の言葉を思い浮かべる。

 

『退院しても、激しい運動はしばらく控えてくださいよ。確かに適度に動かした方が回復にはいいですが……ちょっとトレーニングメニューを教えてください――こんなのダメに決まっているでしょう! 病み上がりでこんな練習したらまた病院(ここ)に逆戻りですよ!』

 

『しかし、早く鍛え直さなくては――』

 

『シャラップ! ドクターストップですよ! 医者の命令は絶対ですよ! ……あんな試合の後で怪我がそれだけで済んでいるのは本当に幸運なんです。絶対に体に負担をかけないように。完治まで、必殺技なんてものも禁止ですからね!』

 

 医師には耳にタコができる程“体に負担をかけるな”と言われていた。

 確かに彼の見立て通り、病み上がりの体で“キングシールド”や“ビーストファング”を使うのは無理だとわかる。

 もし使えば、今度こそ本当に腕が壊れてしまうだろう。

 

(“フルパワーシールド”以上の技を使うにはまだ不安がある。使えるのは“トリプルパワーシールド”までだな)

 

 しかし負担が大きく高威力な技から負担のない低威力な技まで、必殺技のレパートリーが多いのも今の彼の強み。

 こうした制限もあるが、決して不利なだけではない。

 比得のスタイルも、この勝負の形式とは合っているとは言えないのだ。

 彼は比得のスタイルはどちらかと言えばテクニック重視で、真正面からの力のぶつけ合いは苦手な筈。

 わざわざそれで力比べを挑んでくる辺り、彼の執念の深さが窺える。

 そして源田は、1ヶ月ぶりにその腕に気を込めた。

 

「さあ、いつでも来い」

 

「余裕じゃないの。すぐに思い知らせてやるよ」

 

 向かい合う2人の対決を、他の真・帝国学園のメンバーが観戦していた。

 といっても、観戦しているほぼ全員が源田に負けろ負けろとブーイングを浴びせているが。

 マナーもスポーツマンシップもあったものではない。

 閑話休題。

 いよいよ比得が、シュート体勢に入った。

 ボールを上に蹴り上げ、自身も跳び上がって後を追う。

 

「食らいやがれってんだよォーーー! 百烈ショット――」

 

 叫びながら比得は、猛烈な連続蹴りをボールに高速で浴びせる。

 その動きは、源田にも見慣れた帝国伝統の必殺シュートだ。

 しかしボールに打ち込まれている蹴りの一発一発は、今まで受けてきた“百烈ショット”とは比べ物にならない力が込められていた。

 やがて、名の通り百回ボールを蹴り終えて、凡百の選手が使うそれとは格が違うシュートを、比得は胸元を光らせながら打ち放つ。

 

「――V2!!」

 

 浴びせられたキックの力が蓄積されたボールは風を切ってゴールと、その前に立つ源田目掛けて飛んでいく。

 源田も、それをただ立って見てはいない。

 両の拳に気を込めて跳び上がり、ボールが迫るタイミングに合わせてをそれらを地面に叩きつける。

 

トリプルパワーシールド!」

 

 展開された3枚の衝撃波の壁が、シュートの進路上に立ち塞がる。

 そして次の瞬間には激突して、激しい突風を周囲に撒き散らした。

 

「ぬぅ……!」

 

 力を注ぎ続けるように、両拳を地面に突き立てた逆立ちの姿勢のままの源田が唸る。

 ボールの回転は止まらず、勢いが衰える気配はなかった。

 ついに、1枚目の壁がシュートの力に耐えきれず砕かれる。

 

「おぉ…!」

 

 次に2枚目の壁に罅が走り、それが全体に回った瞬間に砕け散った。

 

「――ぐぁぁ!」

 

 最後の壁もガラスのように粉砕され、ボールは源田を巻き込みながらゴールに飛び込んだ。

 

「……ハハ、ハハハハハハハハハハァ! 勝った! 俺の、勝ちだァ!」

 

 目の前でこれ以上ない程明確に示された勝負の結果に、比得は狂ったように身を捩らせながら笑い声を上げる。

 笑い声は長く、そして大きく、海に響き渡っていった。

 数年越しのリベンジに成功したその興奮はしばらく冷めることはないだろう。

 

「がはっ……ぐ……」

 

 ボールが背中から突き刺さって吹き飛ばされた源田が空気を肺の中から絞り出し、絡まった体で身動(みじろ)ぎして、ゴールネットから抜け出そうとする。

 だが、源田のキーパー技を挟んで尚、先程のシュートは鈍った体で受けるには強力過ぎた。

 

「くっ……ぉ……」

 

 入院生活で鈍っていた体で凄まじい一撃をもろに食らってしまった源田は、痛みと痺れで動かない体に歯噛みしていた。

 

(比得のシュートは、確かに強くなっていた。それでも、“パワーシールド”ならばともかく“トリプルパワーシールド”が破られるとは……ここまで鈍っていたか……!)

 

「やっぱり()()()は最高だ!」

 

「……?」

 

「あーあー、だから加減しろって言ったんだ。源田クンは病み上がりだぜ? ったく、おらよっと」

 

 最早源田から興味が消えて、何かに酔いしれる比得。

 彼が何を言っているかも聞き取れず、芝生を握り締めるも起き上がれず、意識も霞んでいった源田を、やれやれと言った様子で不動が手を出して立ち上がらせた。

 そのまま肩で背負うように運ぼうとするが、そこで予想外な源田の重さに倒れかける。

 

「ちっ、結構重いなこいつ……」

 

 不動は忌々しげに呟き、誰かに手を貸せと命じようとしたが、他のメンバーは比得の周りに集まり、大層仲がよさそうに話していた。

 おおよその内容を要約すれば「源田ざまあ見ろ!」である。

 血も涙もないが、この真・帝国学園には勝利を至上とする影山の価値観が浸透しており、加えて源田は彼らから半ば逆恨みとはいえ恨まれている。

 積年の恨みが発散されて、普段は練習中に喧嘩し出すような者同士も騒ぎあっていた。

 

「あいつら、いつもああならもっと楽なんだがなぁ……おい郷院。手伝え」

 

「……おう」

 

 集めてきたはいいものの、普段の練習から何かと反抗してくる厄介なチームメイト達に不動はそうぼやいて、集団から少し離れて突っ立っていた巨漢に気付き、これ幸いと源田を運ぶ役を押し付けた。

 郷院は仏頂面で返事をして源田を肩に担ぎ、医務室を目指す不動の後を追って歩いていった。

 

 

 

 

 

 源田が目を覚ましたのは、またベッドの上でだった。

 近くには

 違いを挙げるならば、今回は初めから鎖に繋がれたりしていないことか。

 背中に湿布が貼られているらしいのが感覚でわかった。

 

「目ぇ、覚めたかよ」

 

「……郷院」

 

 丁度扉を開けてきて、ぶっきらぼうな声をかけてきたのは真・帝国学園の巨漢DFである郷院猛だった。

 彼は源田と小学生時代に戦って負けた経歴を持つ比得達とは、少し事情が違う。

 郷院はかつてリトルプライドに所属していた。

 

 

 

 源田の、元チームメイトだったのだ。

 

 

 

 郷院は源田がリトルプライドに加入したばかりの頃から居たメンバーだったが、源田が彼と6年間共にプレーすることはなかった。

 学校で同級生に大怪我を負わせてしまい、転校していったからだ。

 遠い場所に引っ越したので、自動的にリトルプライドからも脱退した。

 源田からはおよそ6年ぶりの再会となる。

 

「お前……ここに居るということは、まだ()()()()()()をしているのか?」

 

 源田がベッドから身を起こして、郷院に厳しい視線を向ける。

 彼は幼い頃から体格に恵まれていて、非常にパワフルなDFだった。

 しかし、チーム内では恐れられ、遠巻きにされていた。

 

 端的に言えば、郷院は加減というものを知らなかった。

 

 郷院は試合中に熱くなりやすく、ラフプレー染みた荒っぽい動きで強引にボールを奪うことが多かった。

 小学生のレベルなら体がぶつかり合うことぐらいは比較的珍しくないアクシデントだが、彼の類い希な体格でそんなことが起こっては、大抵の相手は耐えられずに怪我をする。

 そうして、練習・試合問わず彼がボールに触れれば誰かが怪我をするという事案が多発し、監督が彼に加減をするよう指導することもあったが――

 

『手加減ってなんだぁ?』

 

 ――といった具合で、いい効果が出ることはなかった。

 なにも彼自身、相手を傷つけようとしてプレーしている訳ではない。

 郷院からすれば自分がただ全力でボールを奪いに行くと、気付いたら相手が怪我をしていたというだけのことなのだ。

 加減をしろと言われても、全力でやらねばボールは取れない。

 そうしていよいよ練習でチームメイトに避けられ始めた頃、源田がチームにやって来た。

 

『源田幸次郎だ、これからよろしく頼む!』

 

『誰かにシュートを打って欲しいんだが、(あらた)達は杉森先輩の特訓に付き合ってて打ってくれる人が居ないんだ。すまないが、打ってみてくれないか? 今度、お前の練習にも付き合うから』

 

『ははっ、強いな郷院は。同い年とは思えん。ん? 大丈夫だこれくらい。俺はもっと強くならなければならないからな、こんな鼻血ぐらいじゃ泣いていられん。……ただ、ちり紙持ってるか? 使い切ってしまった』

 

 当時まだサッカーを始めたばかりで、控えキーパーとして扱われていた源田は郷院にシュートを頼み、その代わりといって一対一の練習を申し入れた。

 ボールを持った源田を郷院はあっという間に吹き飛ばしてしまうが、他の子供が泣き出したそれを、源田は鼻から血を流しながら褒めてきた。

 そして、郷院との練習をやめることもなかった。

 彼との日々が続いて、ようやく郷院も加減というものを意識し始めるようになった。

 とは言っても、郷院はとにかく加減が下手で、小動物の相手をするかのようなおっかなびっくりなプレーのザルディフェンスになってしまい、劇的な改善とはいかなかったのだが。

 

『郷院。手加減、難しいか? でも、サッカーは誰かが泣いてるより、皆笑ってた方が楽しいぞ! 今度、お前の学校でサッカーの授業があるんだろう? 怪我させないで、気をつけてやるようにな。約束だ』

 

 数日後、郷院の通う小学校の体育の授業でサッカーが行われたのだが、そこで彼は同級生に大怪我を負わせて、チームから去ったのである。

 それが、源田の郷院に関する記憶だ。

 

「郷院、なぜあの人に従う。サッカーは――」

 

「俺は、勝ちてぇ。勝つことが許されるチームで、戦いてえ」

 

「待て――」

 

 問い詰める源田に対して郷院はそれだけ早口で言って、どこか逃げようとするように、医務室を後にした。

 室内が静寂で包まれる。

 確かに、友人だった筈だったのに。

 

「なぜだ……郷院」

 

 既に答えを返すべき者が居なくても、言葉が口から出てしまった。

 彼の学校での顛末を聞いても、源田は彼がサッカーを続けてまた出会えることを願っていた。

 だが、このような場所での再会など望んではいなかった。

 勝利のためならばあらゆる手段を是とする影山だ、強引なプレーくらい何の問題にもしないだろう。

 しかし、誰かを怪我させないように頑張っていた彼が何故再びその道を踏み外してしまったのか。

 

「――弱いからだ」

 

「っ、影山……!」

 

 打ち(ひし)がれる源田にいつの間にか医務室に居た元凶が、その口を悪辣な笑みで歪めながら立っていた。

 

 




源田幸次郎
比得との勝負に負け、続けて元チームメイトと望まぬ再会を果たす。

比得呂介
病み上がりの源田に勝つ。
相手が万全でなかろうとなんであれ、勝てばよかろうなのだァーーっ!

郷院猛
源田の元チームメイト。荒っぽいプレーが多かった。
源田との交流で軟化していた矢先に、小学校で問題を起こしチームを去る。

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