源王は玉座を譲らない 作:青牛
お待たせしました。
真・帝国学園が擁する修練場の中、向き合っていた二人の少年。
不動の言葉を最後にその場に訪れた沈黙は、ほんの数秒にも、一時間経ったようにも感じられた。
「……理由など、話す必要はない。俺は負けるわけにはいかない。それだけだ」
投げられた問いに押し黙っていた源田は、辛うじてそう口を動かした。
それだけ言いきり、特訓を切り上げて修練場から立ち去ろうとする。
一刻も早くこの男の前から離れ、この話を終わらせるべきだという虫の知らせのような警告を感じていたからだ。
「そんなに急いで何処へ行くのだ、源田よ」
しかし、いつの間にやって来ていたのか、新たにこの場に加わった影山が行く手を塞いだ。
「話せんか? 何故お前が勝利に執着するのかを。……ククク」
「それを何がなんでも知らなければならない事情でもあるのか!? たかが俺一人の戦う動機がなんだというんだ!」
その声は、もはや冷静さが失われ出していることを二人に示していた。
影山にしてみれば、この程度の敵意などそよ風にもならない。
余裕たっぷりの態度で、笑う。くつくつと押し殺したような笑い声を響かせる。
「いや、そこまで拒むのなら無理には聞くまい。好奇心から湧き出たちょっとした興味に過ぎんよ。少々不動の口が過ぎたかな」
「おいおい、影山総帥だって気になってたから、俺にちょっと聞いてこいなんて言ったんだろ? 責任擦り付けるなんて大人気ねぇなぁ」
「クックックック……!」
白々しい言葉を言い合い、笑っていた影山と不動の二人だが、源田は笑う気分になど、とてもなれなかった。
「ククク…! あぁ、構わんよ。答えられんのならばそれはそれで構わん。だが、確信したぞ」
次の瞬間、影山はサングラス越しでも感じられる鋭い視線を、揺れる源田の瞳に向けた。
見透かされるような感覚に、源田は動くことができなかった。
「やはり、お前は私に近しい。お前のその勝利への渇望は……必ずしも、仲間を必要としていないのだ」
「ふざけるな……!」
源田は反射的に否定しようとするが、その反応は影山の言葉が効いているのだということを白状するに等しい。
彼の言葉はどんなに強力なシュートよりも強烈に源田を揺さぶり、杭のようにその心に深く、鋭く突き刺さっていた。
影山は、声色に愉悦を滲ませて言葉を継ぐ。
「ここに来てからお前がトレーニングに打ち込んでいる様は、“帝国学園一年生の源田幸次郎”を思い出したぞ。必要最低限以上の交流が端から頭に無く、勝利以外が眼中に無かった頃をな」
源田も、その言葉は否定できなかった。
当時、中学生になっていよいよ
元より帝国学園サッカー部自体が徹底した実力主義であり、同じ部員とてレギュラーを奪い合う油断ならないライバルでもあったことを考えれば、彼が他の部員と険悪な仲だったわけではない。
しかし、多くの者がしのぎを削る中ですぐにチーム内で頭角を現した一人であった源田と、他のチームメイトとの間に距離が生まれていたことや、彼がそれを自ら埋めようとしなかったことは事実である。
源田が人付き合いを嫌っていた訳ではなかったが、新たにやって来た成神達一年生との関わりで、初めて彼の好きな食べ物などが判明した程、関心の大半がトレーニングに向けられていた。
そのあり方は、同様にチーム内で一線を画す実力を持ちながら、チームを率いる者として、彼らと多くの交流を結んでいた鬼道とは対照的だったと言えるだろう。
「帝国で絆されたかと思ったが、健在だったのは嬉しい誤算だったぞ」
「ここの連中を、仲間と呼べると思うか?
しかし、それとこれとは話が別だ。
なにせ真・帝国学園のメンバーはその殆どが源田に対して歪んだ憎悪を抱えている。
比得達とは初日の決闘で別れてそれきりだが、一度自分を下したぐらいで彼らが満足するとは到底思えない。
というより、元々
その気が晴れたとして、現在勝負という明確な形で自分の上に立った彼らがまともなチームメイトとして接してくれるかどうかなど、円堂でも期待はしないだろう。
単純に、可能な限り関わりたくないのだという思いを顔に表しながら、源田は言い放った。
「ククク……そうかな?」
それに対し、影山の笑みは変わらなかった。
「仮にも学友を人質に取られているというのに、そのせいで私の要求を呑んだというのに……それ以降、お前が奴らのことを気にしていたようには見えなかったぞ?」
影山の言葉に、今度こそ源田は凍りついたように固まった。
「要求を呑んだ以上、私も約束を守るだろうと信用したとでも言うのか? この”私“を?」
例えば、帝国の面々の無事を尋ねていたとして、潜水艦という閉鎖された環境で外部からの情報を独占している影山からどんな答えを貰っても、信用できはしなかっただろう。
ネガティブな感情を引き起こすだけの、無意味な行動だ。
それに艦内がほぼ全員敵という状況で弱みを見せないよう、気丈に振る舞っていたとも考えられる。
影山が”源田が帝国の仲間たちを気遣っているようには見えなかった“等と言ったところで、言い掛かりでしかない筈だった。
「そんな馬鹿な。俺が……?」
真実が、何であったにせよ。
激しい特訓で体が温まっていた筈なのに、源田は今、未だかつて感じたことのない寒気に襲われていた。
夏であり、空調設備が機能している艦内で、そのようなことはまずあり得ないというのに。
影山は、畳み掛けるように、突き立てた杭を深く打ち込んで岩を砕こうとするように次なる言葉を口にした。
「ああ……郷院猛も居たな。旧友が私の下に囚われていたというのに……確かに動じていたのに……お前は、奴と話をしようとも、しなかったな」
異様に渇き出した喉は、呼吸さえも辛いと痛みを訴えていた。
「世宇子との戦い。始めから勝ちなどない戦いにチーム総出で挑み、満身創痍になったな。戦えば、己はもちろんチームメイトもそうなることがわからない筈がないだろうに、何故一点取られた時点で棄権を主張せず戦った?」
この世に生まれてこの方、貧血等とは縁がなかったにも関わらず目眩が起こり、顔色は蒼白になっていた。
「お前はただ勝利が欲しいだけで、本当は他人のことなどどうでもいいのではないか?」
立っていられず、床に膝を突き、倒れ込みそうになるのを咄嗟に伸ばした手で辛うじて支えた。
「俺は、本当は皆のことを……何とも……?」
サッカーは一人でできるものではない。
それが理解できているから、試合中のプレーの質に関わるチームメイトの
自分を高めることが勝利には不可欠だから、練習熱心な者、高め合える者には好意的になる。
その一方、それがサッカーと直接関わることがないものならば怒り、悲しみも容易く脇に置き、試合に臨む気持ちに切り替えられる。
勝利以外への無関心が自分の本性なら。
(そんな俺が、皆の仲間と本当に言えるのか?)
考え出せば自身の何もかもが信じられなくなり、思考の沼に沈んでいく。
体が硝子でできていたのなら、ひとりでに崩れていそうな程弱々しい姿が見えていないかのように、影山は源田を見下ろして告げた。
それはまるで、罪人へとその罪を突き付けるかのようだった。
「そうだ。
――勝利という一事のために、他人を容易く切り捨てられる人間。それがお前なのだ」
「――――」
返ってくる言葉はなかった。
それから浅く荒い呼吸を数度繰り返した後、彼はその場に倒れ伏した。
「……ヒュー、えげつねぇ」
何処に隠れていたのか、幾つもあるトレーニングマシーンの陰からぬるりと現れた黒服達が、意識のない源田を何処かへ連れていく。
一部始終を見守っていた不動は飄々とした態度でそう零した。
「不動、お前も行け。二日後、指定の場所に奴らを連れてくるのだ」
「へーへー。了解しましたっと……」
影山は不動にそう命令し、彼が修練場から居なくなったのを見届けると、自身も仏頂面になりながら歩いていった。
(全く、面倒なことになったものだ)
新たにやって来た命令で予定よりも動かねばならなくなった影山は、口には出さないものの、内心で独りごちる。
よくも悪くも、関心がサッカーという一つの世界のみに終始している影山には、上役の目論む世界征服などどうでもいい話だった。
とはいえ、上役がそれを目的としており、その布石の一つをここで打つと決めてしまった。
逆らえば命はないし、命を懸けて歯向かう理由もないので、命令された以上は億劫だが従うほかない。
たったそれだけのために、源田を揺さぶったのだった。
サッカーとその勝利が関わらない時、彼はあっさりとある対象への関心を捨てる傾向がある。
笑い、怒り、悲しみもするが、それらよりサッカーを優先するのだ。
本人にそう突き付けて効果があったことからも、その見立ては概ね間違っていないだろうと信じている。
影山は、あの源田の分析がかなり正確だという強い自負があった。
結局わからなかった、何故そのような執念を持つに至ったのかについて等の疑問はまだ残っているが。
特に――
(そんな性質でありながら、奴は円堂守だけは明らかに意識していた)
それが奇妙だった。
考え出したものの不愉快だったので、影山はすぐにその思考を捨てた。
“なぜ、敗北を恐れるのか”
孤高の反逆児にそう問われた時、彼が真っ先に頭に浮かべたのは――
“勝たねばならないから”
では、なぜ勝たなければならなかったのか。
そこまで考えて源田は、その名を背負った“とあるサッカー好き”は、自分の
それは、源田幸次郎が小学校入学を間近に控えていた頃。
“彼”の開けた視界に最初に映ったのは、白い天井。次いで、目を開けた自身を覗き込んだ
両親や医師から説明された内容によると。
自分は両親と共にサッカーの試合を観戦していた所、激しい戦いで客席に飛んで来たボールに頭をぶつけて倒れ、およそ数時間程意識を失っていたのだという。
当の彼には自分が病院に居る事情どころか、呼ばれる自分の名前にも、そもそも両親にも覚えがなかったのだが。
彼は訳のわからない状況で混乱しながらそのことを主張したが、半ばパニック状態だった彼の言葉は、彼の思う通りに周囲の人々に伝わることはない。
病院に来た原因が頭部の負傷であったこともあり、記憶喪失であると判断された彼は入院させられることとなる。
息子がそのようなことを言い出しても、両親は自分たちの動揺を見せないように努め、医師たちも不幸な患者に親身になって気遣いを見せていたが、それらが彼の心に安らぎを与えることはなかった。
胸の底にあったのは、名前も思い出せないがしかし、今呼ばれている名前は絶対に自分のものではないと感じるという、奇妙な感覚。
それが確信に変わり、状況を理解できたのは、病室のテレビに映ったサッカーの試合が切っ掛けだった。
聞いた時から、頭に当たったとはいえ比較的軽く柔らかいサッカーボールで倒れたという話が腑に落ちていなかった彼だったが、その時ようやく得心する。
画面の向こうで繰り広げられていたのは、ピッチで風が吹き荒れ、炎が舞い、人が常識外の速度で駆ける戦い。
それは彼の“経験しているサッカー”とは程遠いものだったが、同時にそのサッカーへの既視感も確かなものとして存在していた。
身に染み付いている経験に基づくならば“非常識”な、しかしあえて言うならば“超次元”と評すべきこの
後は堰を切ったように、答え合わせをするように、次々と思考に鎮座していた疑問と混乱が氷解していき、違和感の正体が理解できた。
しかし今度は別の意味での混乱が生まれた。
何故、自分がかつて慣れ親しみ、サッカーを始める原点にもなった世界に居るのか。
それも最も好きになり、憧れた少年の皮と名を被って。
こうなった原因を筆頭とした殆どの事柄について、彼には答えがわからないことしかわからなかった。
ただ一つ、己が正真正銘の異分子であるということを除いて。
そんなこと、誰にも明かすことなどできなかった。
本来の少年の意識がどうなったのかもわからない。消えてしまったのか、はたまた眠っているような状態なのか。
幸い、それだけは答えを出すのに然程時間を必要としなかった。
彼の知る限り、源田幸次郎はこの超次元サッカーの世界における日本一の王者の一員であったが、頂点の争いを制することは叶わなかった。
そして、円堂守率いるイナズマイレブンが世界の頂点に輝いたのだということだけが、確かな
――ならば、自分は勝とう。
円堂守を始めとしたあらゆる相手に打ち克ち続け、
知っている物語をなぞるだけならば、自分は本来の役者を舞台から追い落とした者でしかない。
しかし、もし何かを成せたのなら。
その成果だけが、未来の王者たる少年の舞台を奪った自身の表現できる自身の価値だから。
お誂え向けなことに、やることはサッカーだ。
わからないことだらけの始まりだったが、それこそが今の源田幸次郎を形作る決意であった。
故に、彼は勝つ。勝たなければならない。
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源田幸次郎に宿った者。
何もかもが借り物の中、勝利という成果こそが彼のアイデンティティである。