源王は玉座を譲らない   作:青牛

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敗者は過去を越えられない

 不動によって執り行われた真・帝国学園のキャプテン争奪戦。

 佐久間との流れるような連携でボールを確保してゴールへ迫っていた寺門だが、眼前で起こった事態に、思わず足を止めてしまっていた。

 

「どうした。そりゃあお前、ゴールの前にキーパーが立ってるなんて当たり前だろ?」

 

「て、てめえ、源田に何しやがった!?」

 

「野暮なこと聞くなよ、アイツはもう真・帝国学園のゴールキーパーなだけだぜ。遠慮なく打てよ」

 

 余裕たっぷりで涼しい顔をする不動に歯噛みしながらも、寺門は足を踏み出せなかった。

 彼の援護に動こうと走っていた佐久間も、止まったまま動けなかった。

 

 寺門が、佐久間が、ゴールの前に立つ源田と向かい合ったのはこれが初めてではない。

 初めて彼と出会った時は敵同士だった。

 帝国学園で背中を任せる仲間になってからも、シュートの相手をして貰った回数は数え切れない。

 

 ただ、自分達が対峙している相手が源田であると、頭ではわかっているのに信じられなかったのだ。

 だって、ゴールで仁王立つ彼の姿は見慣れたものである筈なのに、決定的に違っていた。

 

 離れたこの場からでも、彼が吐かれる息は、これ以上進めば吹き飛ばされる嵐のような強風のように感じて、意識が離せない。

 筋肉は、ユニフォームの上からでも感じる程に、次の瞬間には破裂するのではないかと心配になるほど緊張し、山のような揺るぎない力強さで張り詰めている。

 彼の両の足が踏みしめるゴールエリアは、踏み込めば帰れない森林のような不気味な空気が漂っている。

 そして寺門――正確には、彼の足が抑えるボール――を見つめる瞳には、こちらを認識しているか怪しいほど虚ろなのに、触れたものを瞬く間に焼き尽くしてしまいそうな火があった。

 

 寺門達が源田と仲間として共に過ごすなかで、朧気ながら感じていた不安。

 源田の中にあったその根源が、剥き出しになったかのようで。

 それを刺激してはならないという自分自身の無意識の警告が、寺門と佐久間の体を縛っていた。

 

「なにボーッとしてんだヨォ!」

 

「っ、おい、待てッ!」

 

 そして、追い付いた比得が、棒立ちになってしまっていた寺門からボールを奪い、源田へ駆ける。

 呼び止める寺門の声を背にしながら、彼は不動の脇を抜けてシュート体勢に入った。

 

「一回ぶちのめされてまだ足りねえのなら、もういっぺんぶちのめして思い知らせてやるゼェ!」

 

 比得自身も、帝国の二人程はっきりしたそれではないが、底知れない何かを感じとってはいた。

 だがその警告以上の、心の(うち)に渦巻く強迫観念に近い衝動が、彼の体を衝き動かしたのである。

 一見、先日の勝利に基づく自信に満ちた強気な姿勢に見えるが、実態は真逆だ。

 源田の佇まいが、その瞳が、比得の暗い過去(トラウマ)を刺激した。

 

 それは、忘れようがない敗北の記憶。

 栄光の終わり。屈辱の始まり。

 当時のことを、比得は昨日のことのように思い出せる。

 

 小学生時代。比得呂介のサッカー人生は絶頂にあった。

 誰も彼のシュートを止められず、誰も彼の動きについていけない。

 自分に向く、畏怖や嫉妬の視線も心地がよかった。

 どんなに不満があろうと、彼らは結局自分の強さに敵わないのだから。

 しかしある日、あまりにも呆気なく、比得はその絶頂から突き落とされた。

 

 完敗だった。

 もともと名前は知っていたものの、自分の敵ではないと侮っていた相手に、手も足も出ず負けた。

 それまで打てば打つだけ点に変わっていたボールが、その日は一度もゴールネットを揺らすことがなかった。

 ゴールに立つ番人の前に、完封されたのだ。

 そこまでは、まだよかった。

 

 負けたことは全くよくない。負けた時点で、比得の没落は決定的なものだ。

 どのみち源田への逆恨みは起こっていた。

 だがそれでも、これ程の憎悪と執着を宿すには至らなかっただろう。

 比得が源田を蛇蠍の如く忌み嫌い、憎むようになった切っ掛けは、何てことのないことだった。

 試合終了のホイッスルが鳴り、ショックで膝から崩れ落ちかけた比得はせめてもの反抗として、怒りを込めて源田を睨み付けた。

 

 そして、チームメイト達の下に歩きだした源田と、目が合った。

 個人的に関わりがあったわけでも、試合前に何か因縁を付けていたわけでもない。

 二人の間に起こったのは、たったそれだけのこと。

 しかしその数秒、視線の交わった刹那が、比得に未だ消えない影を落としていたのである。

 

 目は口ほどに物を言う。

 それが偶然であったことも手伝ったのか、比得は交錯した視線を通して、自身を下した男の飾り気のない心を明瞭に、実にクリアに感じ取れた。

 彼の瞳に映っていたのは――

 

 話に聞いていた程ではなかったな、という落胆。

 

 あんなに自信満々だったのに、という失望。

 

 こんな試合(もの)ではまだまだ足りないという不満。

 

 そして、次に戦うまだ見ぬ相手への、どれだけ自分を高めてくれるのかという期待。

 

 既に彼の意識は敗北者(比得)から外れており、次なる戦いに向いていた。

 決着が着いたので、もう相手への興味を失った。

 実にあっさりとした切り替えだったが、それが何よりも深く、鋭く、痛烈に比得のプライドを傷付けた。

 

 この男は、自分を負かしたことに何の感慨も覚えていない。眼中に入れていない。

 彼にとって試合とは最も実戦に近い特訓であり、備えていたのはいずれ来る“本番”だ。

 余程の相手でなければ、修練でいちいち勝ち負けに一喜一憂することなど無意味である。

 つまり。

 あの源田幸次郎という男からしてみれば、比得呂介は比得が見下す弱者達と大差がないのだと、気づかされたのだった。

 

 だから、比得は比類なき憎悪と執念を燃やしたのだ。

 源田への雪辱を果たして、完膚なきまでに粉砕されたプライドを取り戻すため。

 また自分が“楽しく”サッカーをするために。

 そしてこの真・帝国学園で待ち望んだその機会を得て、遂に屈辱を晴らし、栄光を取り戻した。

 

 取り戻した、筈なのに――

 

 源田の瞳には、エイリア石という卑劣な力を借りて自身を下した比得を前にしていながら、比得が源田に抱いたような憎悪や執着、怒り、卑怯者と罵る軽蔑すらも、映っていなかった。

 眼中にない。

 あの男はまた、自分を有象無象の“相手選手”の一人として認識している。

 許せない。認められない。

 何よりも、アレに自分が恐怖しているという現実が。

 

 壊さねばならない。

 自分がまた敗北を思い出さないために、あの男を今度こそ徹底的に、完全に打ち破らなければならない。

 

「もう、二度と負けねエェーー! 百烈ショット――」

 

 その一心で、比得は浮かせたボールに足を打ち込む。

 比得のキックの乱れ打ちには、一発一発に未だかつてない力が込められていると、寺門はその必殺シュートの使い手の一人として感じ取った。

 佐久間は、無意識に唾を呑み込んで喉を鳴らした。

 爆弾が爆発するカウントダウンが目の前で行われているような緊迫感があった。

 

「――V2ゥゥゥゥウ!!」

 

 そして、両足での押し込みを最後に、ボールは蓄積された力を解放しながら空を走り出した。

 真っ直ぐに迷いなく、ゴールとその前に立つ源田へ向かって飛んでいく。

 今の比得が出せる、掛け値なしのフルパワーが込められたボールが源田の眼前に迫り――

 

 

 

 

 

 限界までボールに蹴りを打ち込み続けた比得が、どさりと背中から着地した。

 そしてすぐ、跳ねるように勢いよく飛び起き、シュートの行方を見て固まった。

 攻防が終わるその瞬間まで誰も、身動(みじろ)ぎ一つできなかった。

 決着までに何秒かかったのかは、よくわからない。

 ただ、あまり長くはなかっただろう。

 

 

 

 放たれたボールはこの場の全員の視線を集めながら、開かれた源田の掌で完璧に抑え込まれていた。

 ギュルギュルという耳障りな摩擦音を立てながらグローブの中で暴れているが、勝ち目はない。

 暴れ狂うボールを腕一本で受け止めていながら、源田の足が僅かほどもその場から動いていないからだ。

 そして、その勝負は観戦者達の予測を裏切ることなく、呆気なく決着した。

 

「――――ハ」

 

 比得は膝から崩れ落ちた。

 一欠片に至るまでが木っ端微塵に打ち砕かれたプライドと同様に。

 膝立ち顔はゴールを向いていたが、シュートが死んだ瞬間から彼は源田を視ていない。 

 完全に心が折れてしまっていた。

 意識が現実から離れていき、全てがどうでもいいものに成り下がる。

 

 だから、(おもむろ)に源田が投げつけてきたボールが自分の顔に激突したことにも比得は何ら関心を抱かず、意識を手放した脱け殻に成り果てた。

 鳴り響く、破裂音。

 次いで、重いものが地面に落ちる音。

 

「――え?」

 

 そんな間の抜けた声を出したのは、誰だったか。あるいは全員だったのか。

 だが、声を上げたのが誰であったとしても、不動以外がこの状況を理解できていないことに変わりはなかった。

 

 比得のシュートを源田が受け止めた。

 

 源田が、受け止めたボールを投げ返した。

 

 投げられたボールが顔面に激突し、比得が倒れた。

 

 この短い時間で起こったのはたった三つの事柄だったが、帝国学園も真・帝国学園も例外なく、混乱しきっていた。

 その中で、不動だけが煽るように笑う。

 これは猛獣ショーだ。主催者は影山。司会者は不動。そして参加者はチームの者達。

 ただし、参加者達は猛獣の檻の中に閉じ込められ、喰らわれる様を眺められる、という内容の最悪の見世物だが。

 

「おいおぉいどうしたぁ? 一本止められたくらいで諦めんなよ」

 

「ふ、不動! なんだありゃあ!? ひえ、比得の奴が……」

 

 今の光景を見せられて完全に闘志が消え失せた弥谷が、顔を青くして不動に詰め寄った。

 あんなもの、想定していなかった。

 源田の投球はボール自体が当たった途端に耐えきれず破裂する程の威力だった。それを受けた比得の体は衝撃で少し浮き上がっていた。

 シュートを止めるだけならばいざ知らず、なぜ源田(ゴールキーパー)がこちらにあんな攻撃までしてくる――!?

 

「源田はボールを返しただけだろ。これはシュートを決めるゲームだぜ? キーパーがいつまでも持ってるわけにはいかねえだろう」

 

「か、返しただけって……! あんな強くっ」

 

「あいつは随分特訓してたからなぁ、まだ力加減ができてねえんじゃねえかぁ? こいつは予想外だったぜ! シュートする時は気を付けろよ!」

 

「ハァ!? ふざけんな! それってつまり……」

 

 不動の返答に弥谷が半狂乱になるが、そのやり取りを聞いていた殆どの者は、少し状況を理解できた。

 つまり。

 シュートを源田に止められたら、自分達もあの豪速球を投げつけられるということ。

 

「こんなのやってられるかっ。キャプテンの座なんかいらねえ、俺は降りるぞ!」

 

 そう叫んだ真・帝国の一人と、それに同調した数人がスタジアムから艦内に繋がる扉へ駆け寄る。

 駆け寄って開けようとするものの、彼らの意思に反して、扉は開いてくれない。

 いつの間にか、内側から施錠されていた。

 

「なんで……」

 

「ゲームは日が暮れるまでって言ったろ? 途中退席なんて冷めることすんなよな!」

 

 不動は新たに投げ込まれたボールに駆け寄り、それを源田へ蹴り飛ばした。

 必殺技でないシュートは一瞬で源田の手に収まり、源田の目線がスタジアムの扉に群がる真・帝国イレブンに向く。

 狙いを察知して何人かは離れたものの、現実の理解を拒み扉に固執する者も居る。

 その()()目掛けて、猛獣が牙を振りかざした。

 思い切りボールを持つ腕を振りかぶり、握力で大きなサッカーボールを留めながら、発射する。

 砲弾(ボール)は逃げ遅れた者の腹を正確に捉え、腹を押さえてもがく芋虫に変貌させた。

 

 ここでようやく、彼らは状況を正しく理解した。

 確かにこれはゲームだ。ただし、参加者である自分達にはなす術のないワンサイドゲームなのだと。

 そこまで全員が理解して、グラウンドは騒然となる。

 

「おいおい、そんな簡単に諦めるなよ。そうだ、皆でシュートを打てば、どれかは決まるかもしれねえなぁ!」

 

 不動の言葉に応じてスタジアムの上階、観客席に立っていた黒服がボールを更に二個投げ込む。

 もはやあの守備を破るしかないと、遮二無二ボールを入れようとして立ち向かう者。

 すっかり心が折れて逃げ惑う者。源田の変貌が信じられない佐久間達。

 そしてそれらを相手に蹂躙する不動と源田。

 グラウンドは、彼らの思惑と三つのボールが入り乱れる戦場と化した。

 

「不動ーー!」

 

 郷院が、この状況の中心である不動に憤怒の形相で向かう。

 

「どうした郷院。ボールは他所だぜ?」

 

「てめえ、源田(あいつ)に何しやがった……!」

 

「さあな。俺は関わっちゃいねえよ。俺だって総帥の全部を知ってるわけじゃねえ」

 

 その剣幕は、彼の寡黙な性分を知る不動には少し意外なものだったが、やることは変わらない。

 

「それに、総帥に従ってエイリア石に手ぇ染めてるお前が今更源田にどうこう言えるか? 源田の奴だって心変わりくらいするだろうよ」

 

「確かにな。だが、どんな心変わりをしたとしても、あいつがチームメイトに手を上げるわけねえだろうがッ!」

 

「へぇ……お前、結構()()()()()()()()。初めて本音が聞けた気がするぜ」

 

「っ!?」

 

「けど無駄だ。お前には何もできやしねえよ」

 

 不意に横合いから飛来したボールが郷院の顎を揺らす。

 彼は胸にしこりを抱えたまま、過去を悔いながら倒れることしかできなかった。

 

 

 

 一方、帝国学園の二人はそれぞれ源田の目を覚まさんと決死のシュートを放ち、呆気なく地に伏していた。

 エイリア石の力を得たストライカーの渾身のシュートを容易く止める源田に、彼らのシュートが通じる道理はなかった。

 投げ返されたボールももろに受けてしまい、起き上がることもできない。

 いつの間にか静かになっていたグラウンドで、肉体的な痛みと精神的なショックに揺さぶられて、佐久間の頭はぐるぐると回る。

 

(俺は、また何もできないのか……)

 

 こんなにも己の無力を思い知らされたのは、二度目だった。

 一度目は世宇子中との戦い。

 圧倒的な力を見せつけた彼らに対し、佐久間達帝国イレブンは確かに一矢報いることができた。

 しかし病院で過ごす内に、暗い思いが彼の心の中で首をもたげるようになったのだ。

 

 最後に世宇子中から点をもぎ取ることができたのは、土壇場で駆けつけてくれた鬼道のお蔭だ。

 

 一矢報いるチャンスがもたらされたのは、それまでの猛攻を真っ向から防ぎ続けた源田のお蔭だ。

 

 では、自分はあの場で何を成せたのか。

 自分は弱く、二人との距離はあまりにも遠いという劣等感が、佐久間の心に巣食っていた。

 病院を出てしばらくは鳴りを潜めていたが、ここに来てそれが燃え盛り始めてしまう。

 

 ふと意識を外に向ければ、自分を見下ろす人影が居た。誰かかにまでは興味が湧かなかったが。

 徐にその影が翳した妖しい紫色の光がぼやけた視界を埋めつくしたのに対し、眩しいな、と場違いな感想を佐久間は抱いて、暗闇に意識を沈めた。

 

 

 

 そんな死屍累々といった有り様のグラウンドを見下ろす者が居た。

 一人は影山零治。言わずとしれた元凶である。

 

『クックック……影山よ。貴様の手駒は、なかなか良い実験台となったわ』

 

 そしてもう一人は、パソコン越しに悪意の滲んだ笑い声を届けてくる卑劣漢。

 

『まだまだ不完全だが、制御面は概ね満足できるデータが得られた。これで()()()()()の開発も進む。兼ねてより聞いていたエイリア石も、“強化人間”を作る上では実に興味深い。そちらのデータも、例の雷門中との戦いで取って送れ』

 

「はっ……」

 

 影山は恭しく、声の主に礼を取る。

 彼の返答に満足した相手は会話を打ち切り、パソコンの画面が暗くなったが、立て続けに影山の下に連絡が届く。

 

「フン。ジェミニストームが敗れた、真・帝国を動かせ、か。言われずともそのつもりだとも。さあ、鬼道。お前も我が下に……」

 

 その掌で少年達を弄びながら、影山は不自然な程穏やかに笑った。

 




比得呂介
相手にされないことが、何よりも彼のプライドを傷つけていた。
再び負けて心が折れる。

佐久間&寺門
敗北。始めから彼らに勝ちの目は万に一つも用意されていなかった。

その他の面々
(格の差を)わからされた。
不動もジャッジスルー2を打ち込んだりしてる。

影山零治
源田を開発中のプログラムの実験台にさせた。

長かったですが、次回で導入、次次回くらいでようやく真・帝国と雷門イレブンの試合に入れそうです。
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