源王は玉座を譲らない   作:青牛

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手負いの獣は止まらない

 パンチングらしき一撃で吹き飛ばされたボールは、雷門のゴールを大きく飛び越えて海に消えていった。

 その思わぬ事態に、新しいボールの準備のため試合が一度止められたが、ピッチの選手たちは試合の中断が伝わる前から時間が止まったような感覚だった。

 

「は、ハンパないでやんす……!」

 

「前に戦った時より怖いッス……もしかして、イプシロンよりも……」

 

「おい、弱気になるな!」

 

 栗松と壁山が漏らした弱音を土門が叱りつけるが、同点で俄に活気づいていた雷門イレブンの勢いは、今の一瞬で完全に死んでしまっていた。

 

「源田……」

 

 返事が返ってくるはずがないとわかっていても、鬼道は彼の名を呼ばずにはいられなかった。

 その姿はもはや、仲間の背後を預かる頼もしい守護神ではない。

 今の彼は、ゴール周辺を縄張りにする獣。それも、手負い(失点)で飛び切りに気性の荒くなった猛獣だ。

 

「鬼道くん、ごめん。決められなかった」

 

「いや、あれは仕方がない。お前たちは宣言通りに1点取ったのだから、あとは俺の仕事だ」

 

 士郎が気落ちした顔で言うのにフォローしつつ、鬼道自身も気を取り直す。

 感傷に浸っている暇はない。彼らを助けるためには、自分たちが彼らに勝たなければならないのだから。

 

「……」

 

「おいアツヤ、1回止められたくらいで落ち込んでんじゃねえぞ!」

 

「ッアア!? 別に落ち込んでねえよ!」

 

 染岡の言葉に顔を真っ赤にしたアツヤが食って掛かった。

 珍しく染岡がからかう側に回っているストライカー2人のやり取りを横目に、鬼道はあのゴールを攻略するべく、思考を巡らせる。

 

 対する真・帝国イレブンの不動も、冷静さを取り戻してこれからの作戦を考え直していた。

 カウンターは源田が防いだが、不動の指示がなければチームが機能停止するという、鬼道が見抜いた弱点は変わっていない。

 それが見抜かれた以上、ここから雷門のゴールを奪うのには難航するだろう。

 

「……だが、勝つのは俺だ」

 

 しかし、敗北の不安はない。不動には佐久間たちという、雷門イレブンに対して戦力的・精神的な楔となる人材が居る。

 その優位が揺るぐことはあり得ないし、チームが使えないのならば自分の手、いや()で壊すまで。

 勝利を疑わず、不動はほくそ笑んだ。

 

 両チームの司令塔が策を練る束の間の間断は、新たなボールが用意されてきたことで終わりを告げた。

 

「いくぞ、皆!」

 

 円堂のゴールキックでボールが飛び、雷門の攻撃で戦いが再開された。

 受け取ったのは一之瀬。FWに届けるべくボールを運ぶ。

 

サイクロン!」

 

キラースライド・改!」

 

 しかし、真・帝国イレブンも今までにない激しさでボールを奪おうとする。

 なんとしてもボールを佐久間たちに渡し、“皇帝ペンギン1号”を打たせる腹積もりなのだ。

 

「取られるわけにはいかない!」

 

 それに対し、一之瀬は“フィールドの魔術師”と謳われたテクニックを遺憾なく発揮して、ディフェンスをかわす。

 雷門イレブンはそのまま真・帝国の陣地に切り込んでいき、パスを回してゴールに迫っていった。

 

「染岡!」

 

「おう! ――ッ」

 

 ペナルティエリアの近くでパスを受けた染岡が、唐突に寒気を感じて足を止めた。

 その原因となった視線を辿れば、そこに居るのは源田である。

 試合開始から前半までの、不動の山のような佇まいとは打って代わって、牙を剥き出した獣のように殺気だった様子だ。

 

(踏み込めば、やられる……!?)

 

 とはいえ、このまま躊躇していてボールを奪われるのが最悪のパターンである。

 突破口を見出だすため、染岡は虎穴に足を踏み入れた。

 

「飛びかかって来ねえ? ……いや」

 

 アツヤの時のように一気に詰めてきたりはしなかったが、源田はボールを凝視しながら姿勢を低くした。

 思い切り地面を蹴って飛び出すための準備だろう。

 おそらく、こちらがシュート体勢に入るという隙を見せた瞬間に飛んでくる。

 

「……くそ、アツヤ!」

 

 無念ではあるが、単独でこの状況を打破する術が染岡には思いつかなかった。

 一先ず様子を見るべく、逆サイドのアツヤにパスをする。

 だが、それも甘かった。

 縄張り(ペナルティエリア)に踏み込んだ時点で、彼は染岡の一挙手一投足に至るまでを観察していたのだ。

 

「オォォァアァ!」

 

「なっ!?」

 

 弾かれたようにゴールエリアから飛び出した源田が、染岡から離れたボールを掴んだ。

 

「よぉし、源田ァ!」

 

 悪辣な笑みを浮かべた不動に呼ばれ、ボールを片手で握り締めた彼が目を向けたのは――

 

「ッ佐久間!」

 

 まさかという思いと、間違いないという直感がない交ぜになった声音で、鬼道は佐久間に叫ぶ。

 だが、その声は数秒後に起こる出来事を止められない。

 

「――ぐうぅ!?」

 

 鬼道が駆け寄ろうとするよりも速く、キーパーが味方に投げるものとは思えない豪速球が、佐久間の腹を捉えていたのである。

 腹に突き刺さったボールの勢いだけで、佐久間はペナルティエリアの内側にまで押し込まれた。

 雷門イレブンはその光景に戦慄し、思わず動きを止めてしまう。もはやラフプレーなどといった次元を越えている凶行に、彼らの理解が追い付かなかったのだ。

 ゆえに、ボールを受けて(うずくま)っていた佐久間が、よろよろと立ち上がってシュート体勢に入るという動作に、反応が遅れてしまったことは責められないだろう。

 

「ぅ…はは…皇帝ペンギン……」

 

「ま、まずい!」

 

「やめろ佐久間ァー!」

 

 雷門イレブンが慌てて佐久間を止めようとするものの、間に合わない。

 使わせてはならない“禁断の技”が、いま再びピッチで放たれた。

 

1号!!」

 

 鮮血を浴びたような5匹の赤い悪魔(ペンギン)が、凶弾と化したボールと共にゴールを目指す。

 唯一それを見据えていた円堂が、覚悟を決めて力を解き放つ。

 

マジン・ザ・ハンド!!」

 

 その身体から現れた魔神が、大きく厚い掌でボールとペンギンたちを受け止めた。

 ペンギンたちに掌を激しく啄まれ、鋭い痛みに襲われたが、円堂は一歩も退かない。

 

「許せない……! こんな、仲間を傷つけるやり方になんて! 負けるわけには、いかないんだァーー!」

 

 魔神の掌は、円堂の叫びに呼応するように一回り大きくなり、シュートを力強く握り潰した。

 止められたボールは、円堂の掌中に収まる。

 しかしこの凶悪なシュートを、既に一度喰らった身体で再び止めたことは、代償を払わざるを得ない無茶であった。

 

「くぅ……」

 

「円堂!」

 

「キャプテン!」

 

 ボールを握りしめたまま、右腕を震わせて膝を突いた彼に、仲間たちが駆け寄った。

 限界だ。一度“皇帝ペンギン1号”をその身にまともに受けた身体では、止めたとはいえ再び同じ技を受ける負荷には耐えられなかったのだ。

 下ろした腕が上げられない様子では、もう普通のシュートも受け止められるか怪しい。

 

「くそっ……」

 

「円堂、これ以上無茶するな!」

 

「でも風丸、俺たちが勝たないと源田たちを助けられない! ここで逃げるわけにはいかないんだ!」

 

 しかし風丸が退がるように言っても、円堂は聞き入れなかった。

 それに、交代するにもいったい誰と代わるのか。雷門イレブンには、キーパーが出来る選手が円堂の他に居ない。

 

「円堂くん! 試合はまだ終わってないわよ、立ちなさい!」

 

 チームが止まりかけたその時にベンチから飛んできたのは、瞳子の凛とした声だった。

 

「監督! どうしてそんなことを!」

 

「キャプテンはもうボロボロです!」

 

 木野や音無から抗議が飛ぶが、彼女は意に介さずにまっすぐ円堂を見ている。傷ついた円堂の姿が見えていないかのような、冷たい聞こえる言葉だった。

 

「円堂……」

 

「皆戻れ。監督の言う通りだ。まだ試合は終わってない」

 

 しかし、今の円堂には“戦え”という声がなによりもありがたく感じられる。なぜなら、円堂の心身には今、かつてない闘志が漲っていたからだ。たとえ監督が身を案じて下がれと言ったとしても、絶対にその命令は聞かなかっただろうと、円堂は他人事のように思っていた。

 佐久間たちの選手生命を人質に取った戦法の時点で、当然円堂には許しがたいものだったが、先の凶行は円堂の堪忍袋の緒を引きちぎって余りある所業だったのだ。

 よりにもよって、仲間の信頼を受けてゴールを守るキーパーに。仲間を守るため、命を削って戦った男に。その手で仲間を傷つけさせた。

 

 それは源田にとって、どれほど辛いことなのか。彼が正気に戻ったとき、どれだけ傷つくのか。

 

 こんなものを見せられて、我が身かわいさに逃げ出すことなど出来るはずがない。必ず勝って、あのチームから源田を助け出さなければならない。

 そんな固い決意が、限界に達した円堂の身体を動かしていた。

 

「……わかった」

 

「鬼道、あんたまで! わかってるんだろ? 円堂はもう限界だ!」

 

 試合に戻ろうとする鬼道の背に、塔子が思わず叫ぶ。

 

「そんなことは俺にもわかるが、こういうときの円堂は梃子でも動かんぞ」

 

「だからって――」

 

「だから、次のシュートで決着をつける」

 

 言い募る塔子に対し、鬼道はそう宣言した。その強い語気に仲間たちも思わず息を呑む。

 

「染岡。アツヤ。お前たちが要だ」

 

「それはいいが……決着をつけるって、どうやってだ」

 

 サッカーは基本的に、どれだけ点差がついたとしても、それで勝負が終わりとはならない。

 実質的に勝敗が決定付けられるほどの点差があったとしても、ホイッスルが鳴るまではボールが奪い合われ、シュートも放たれる。

 だが雷門イレブンは、真・帝国イレブンにもう一本もシュートを打たせるわけにはいかなくなった。

 

「単純なことだ。一発勝負……終了と同時にシュートを決めて、反撃の余地を残さない。あいつらにシュートを打たせずに勝つには、これしかない」

 

「なるほど……」

 

「ロスタイムを加味しても、残り時間はあと僅か。その時間をフルに使って、必ず点をもぎ取るんだ」

 

「ってことは、突破口は見えたんだな?」

 

「ああ。もちろんだ」

 

 問いに深く頷いて答えた天才ゲームメーカーに、仲間たちも信頼を預けて動き出す。

 

「いいか、時間まで絶対にボールを奪われるな。もう一発も、奴らにシュートを打たせてはならない」

 

『おうっ!』

 

「さぁ、いくぞ皆! 絶対に勝つんだ!」

 

 立ち上がった円堂は、思い切りボールを蹴った。

 最後の攻防が、幕を開ける。

 

 

 




源田幸次郎
本能で生きるサッカーの獣に。
ボールを取ること以外頭にない。

佐久間次郎
砲弾パスを腹に受けながらもシュートを放った。
執念の賜物。

円堂守
限界になるが試合続行。
割と本気で怒ってる。
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