源王は玉座を譲らない 作:青牛
試合終了と同時に――鳴らずとも彼らは踏み込んだだろうが――マネージャーたちと目金、雷門ベンチに居た者たちはフィールドに駆け込んでいった。
行く先は、あの凶悪な必殺シュートを足で受けた染岡の下だ。
既に円堂たちも集まっており、仰向けに倒れている彼の顔を無事か、無事かと覗き込む。
「……はっ、なんだお前ら。揃ってこっち見んじゃねえよ、恥ずかしい」
彼らに対し染岡は素っ気ない口調で応対するが、それが強がりなのは誰の目からも明らかだった。
「染岡、やっぱりオレたちも一緒に止めてりゃあ……いや、そもそもオレがボールを取られなけりゃ……!」
「そんなこと言うなアツヤ。皆全力だったんだ。誰かのせいなんかじゃない!」
「円堂の言う通りだ、アツヤ。……いいシュートだった、ぜ……」
「オレ……オレは……染岡ーー!」
アツヤへの言葉を最後に目を閉じた染岡の姿にどよめいた選手たちの輪を割って、救急箱を手に提げた木野がやって来た。彼女は急いで取り出した湿布をひどい痣ができている染岡の右足に貼り付け、応急処置を進める。
鬼道はそれで染岡は一先ず任せてよいと判断し、源田の方へ向かおうとした。
“皇帝ペンギン1号”を上乗せされた“ウルフレジェンド”を受け、更に郷院の巨体とゴールネットに挟み込まれたのだ。如何にタフな源田とはいえ、流石にただでは済まないだろうと考えて心配していた鬼道だったが、それがまだ甘い考えだったと悟る。
「……! 源田……!?」
気を失っていたと思われていた源田が、動き出したのだ。
のしかかる郷院の巨体を押し退け、ユニフォームの袖や裾の内からパラパラと
「よせ、源田! 試合はもう終わったんだ!」
そう呼び掛けるが源田は止まらず、郷院を自分の上から退かして立ち上がる。
もう試合も終わったのに、これ以上どうやって止めればいいのかと考え出した鬼道だったが、そこで油の切れた機械のように源田の動きが停止する。
見てみれば、彼の身体中からはじっとりとした脂汗が滲み出ていた。
先ほどまではなかった、そして鬼道がこれまでに見たことのない、試合での運動量を考えても異常に思える量だった。まるでこれまでの疲労が一気に身体に表れているかのように。
更に目を凝らせば、手足も小刻みに震えている。明らかに尋常ではない。
その鬼道の予想は正しく、源田はそのまま膝から崩れ落ちて、今度こそ完全にその動きを止めた。
「ッ……源田! 源田!」
鬼道は何度も名前を呼び掛けながら源田を揺さぶるが、閉じられた彼の目は開かず、返事も返ってこなかった。
「くっ……」
試合には勝った。それは確かに間違ってはいなかった筈だ。
だが、その結果はどうだ。
共に戦ってくれた仲間が倒れた。助けたかった仲間たちも、あの日と同じように傷つき倒れている。自分を信じて送り出してくれた帝国の仲間たちに、なんと言えばいいのか。
自責、他に最善手があったのではないかという迷い、それらの思いをない交ぜにして、鬼道は全ての元凶である男の名を叫んだ。
「影山ァァァーーーー!!!」
フィールドで叫ぶ鬼道の姿を、影山は艦橋から仏頂面で見下ろしていた。
否、鬼道だけでなく、試合の終了と同時に倒れた佐久間と寺門、糸の切れた人形のように立ち尽くす真・帝国イレブンの面々、フィールドの全て。
それらを眺めて、この男は静かに眉をひそめていた。
「……クソッ、どいつもこいつも使えねえ奴らだ。ねえ、影山総帥?」
屈辱と怒りで心を埋め尽くされ、その様子にまだ気づいていない不動は迂闊にも影山に話しかけてしまう。
影山は自分の機嫌が悪い時に、それを察せず声をかけてくる者へ怒りをぶつけることを自制する程寛容ではない。ましてや、傍らに居る少年こそがこの醜態の一端を担っていたのならばなおのこと。
ゆえに影山は、
「使えないのはお前だ」
「なっ」
「私は一流の選手を集めろと言った。だが、お前が連れてきたのは二流ばかり。お前自身を含めてな」
「なんだと……! 黙って聞いてりゃあ、この俺が二流だと!?」
「何が違う? お前が集めたチームを、お前が指揮して戦った結果だ。与えてやった玩具も、お前が隠しているつもりになっていた野心も、お前には過ぎた代物だったということがわからんか。まさか、これだけやって負けるとはな」
「てめえ!」
そして不動は、サッカープレイヤーとしての自分への愚弄を極めた雑言を浴びせられた。サングラス越しでも、向けられた視線の冷たさが不動には鋭く感じ取れる。なにせ彼が幼い頃から味わってきたものだ。
不動が身体を怒りに震わせて拳を握り締めるが、影山は彼の反応を待たずに椅子を稼働させ、上へ上へと昇っていった。
ハッチが開き、椅子に腰掛けたままに外へと姿を現した影山を出迎えたのは、バタバタと風を巻き起こしながら艦に近づいてくるヘリコプターだった。
「見つけたぞ影山ァーー! もう逃げられんぞ!」
開いているドアから身を乗り出して影山に怒鳴るのは、刑務所への移送中に脱走した彼を追いかけていた鬼瓦だ。
響木の連絡により、影山が脱走した現場だった北海道から文字通り飛んできたのである。
ここは海のど真ん中。本来ならば海に潜って監視の目を欺く潜水艦も、海上に出て見つかってしまっていては逃げ場のない棺桶と変わらない。
もはや影山にはなす術なく捕まる未来しかないように思えるが、この男は余裕の態度で、歯を見せる不敵な笑みを鬼瓦に向けた。それと同時に、閃光と激しい轟音が起こる。
潜水艦の――未だ円堂たち多くの人間を乗せている艦の――爆発である。影山の落ち着きようからして事故ではない。間違いなく意図的なものだ。
「自爆!? 正気か!? くっ……全員、脱出しろーー!」
思わず鬼瓦も怯むが、彼はすぐに優先順位を定め、まだフィールドに居る子どもたちに退避を呼びかけた。
「壁山、佐久間たちを!」
「はいッス!」
「俺は源田を……ぅ重っ!?」
土門は痛みと疲労で歩けもしないほど消耗した佐久間と寺門の二人を壁山に預け、自身は源田を背負おうとする。
しかし、完全に意識のない人間の身体の重さは土門には予想外で、耐えきれずに一緒に倒れかけてしまう。
「…………」
それを支えたのは、自身も先程の“ウルフレジェンド”を受けていた郷院だった。
「……た、助かった……」
「……急ぐぞ。溺れ死ぬなんてゴメンだ」
他の真・帝国の者たちは茫然自失としているが、夏未たちが引っ張って避難させようとしている。幸いか、爆発も最初の一度だけでそれ以降は起こっていない。
どうにか順調に脱出が進んでいくのを見届けていた円堂だったが、そこへ音無が焦った様子で駆け寄ってきた。
「キャプテン! お兄ちゃんが居ないんです! さっきまでそこに居たのに……」
「鬼道が? まさか……!」
音無の言葉で円堂は鬼道の行方に当たりをつけ、視線を上げた。
見上げた先には、艦橋に立つ影山へと詰め寄っている鬼道の姿があった。
「あいつらをあんな目に遭わせて満足か!?」
潮風に髪を靡かせる影山を、鬼道はゴーグル越しに睨み付けながら問い質す。
この試合、否、悲劇の一連の黒幕である影山に、怒りをぶつけずにはいられなかったのだ。
対する影山は鬼道の憤りに満ちた声にまるで怯まず、心外だとでも言いたげに答えた。
「満足? この私が、こんな出来損ないのチームでか? 悪い冗談だ、鬼道!」
「貴様……」
「常に、どんな相手も完膚なきまでに叩き潰して勝利する最高のチーム! その完璧な作品で以て、この世のサッカーを支配する! それだけが私の理想、私の人生だ! この、
こともなげに言い放った言葉は、各々の動機がなんであれ曲がりなりにも影山の下で戦った選手たちへの、許しがたい侮辱だ。
そう受け取って歯噛みした鬼道に向けて、影山は不意に腕を掲げ、指を指す。
「……これまでに私が手掛けた最高の作品を教えてやろう」
その言葉は鬼道にはまるで、聞かないようにしていたことを宣告されたように感じられた。
だが、それを考える暇もなく彼の身体は影山から強制的に引き離された。
今にも沈みそうな艦に残る鬼道を、ヘリの梯子にぶら下がった鬼瓦が抱えたのである。
「影山ァーー!」
再びハッチを開き、海中へ姿を消そうとする潜水艦に戻る影山に、鬼道の叫びはもう届かない。
真・帝国学園は鬼道と、既に脱出していた円堂たちの見ている前で、巨大な水柱を残して海に消えた。
埠頭では、鬼道たちの帰還を心待ちにしていた帝国イレブンや、瞳子の呼んでいた救急車、鬼瓦の引き連れてきた警察などが集まっていた。
「……すまない、鬼道、皆……俺たちの勇み足でこんなことになってしまって……」
目を覚ました佐久間は担架に寝かされながら、仲間たちを見つめて力ない声で謝った。
しかし、傷ついた身体で謝る彼を責める者などここにはいない。
「バカ野郎、悪いのは影山のやつだ! だから、そんなこともう言うんじゃねえ……!」
「いいや、辺見。俺は、俺の行いを影山だけのせいにはできない」
辺見が言葉をかけるが、それに佐久間はゆっくりと首を横に振って、鬼道を見た。
「鬼道。俺は、お前が羨ましかったんだ。もしかしたら、お前に背中を預けられる源田のことも。……だから、お前と同じ景色をこの目で見たかった。先へ行くお前に追いつこうと必死になって、そのために仲間を言い訳にして、結局傷つけたんだ。この身体じゃあ頭も下げられやしないが、本当にすまない」
「佐久間……」
「だがな。こんな形でも、ほんの一瞬でも、お前と同じ景色に手が届いたことが嬉しくもあるんだ。こんなどうしようもない俺を笑うか、鬼道」
「笑わないさ。身体を治したらまたサッカーしよう。今度は、肩を並べてな」
鬼道の言葉に佐久間は安らかに笑って頷き、眠るように目を閉じた。
「鬼道……」
「寺門、目が覚めたか」
そこで、隣の担架に乗っていた寺門が鬼道を呼んだ。
真・帝国学園では普段よりも痩せ細っており、土気色をしていた寺門だったが、僅かに顔を動かす彼の顔色には幾分か血色が戻っていた。
「俺は……源田が心配だ」
「!」
寺門が言及したのは、未だ目を覚ましていない源田のことだった。
「あいつには、俺と佐久間とはまた違うことがされたようだ。それに……お前も見ただろう?」
寺門の言わんとするところは、鬼道もわかる。不動に命じられた源田の行ったあの暴挙のことだろう。
「ただの無茶なら、あいつはもう何度もやってきたが……」
そこまで言って寺門は言葉を濁した。
佐久間と寺門は真・帝国学園に居たこと、試合のことをおおよそ覚えている。源田がその例に漏れないのならば、彼もまた自責の念に囚われてしまうのではないか、というのが寺門の懸念なのだろう。
「……確かにな。だが、俺はあいつを信じようと思う」
「鬼道」
「源田は必ず立ち上がる。俺たちが背を預ける守護神は、いつだってそうだったろう? お前も信じろ。帝国のエースとしてな」
「……そう、だな」
そのやり取りを最後に、佐久間と寺門は救急車の中へと運び込まれていく。
やっと一区切りかと思った瞬間、埠頭に怒鳴り声が響いた。
「ふざけんじゃねェ!」
それは、怒りというよりも、怒るしかない現実への逃避のような声色だった。
鬼道が声の方を見ると、真・帝国イレブンの比得が、彼らを連れていこうとする警察を相手に暴れていた。
試合中も、終わった後も、先程まで魂の抜けた人形のようになっていた者たちだが、比得は今ようやく意識が現実に追いついてきたらしい。
「不動ォ! どこ行きやがった! もう一回、もう一回だァ!」
壊れたように“もう一回”と喚き立て、汗と湿気でピエロメイクが崩れた顔を振り乱す比得。
「こんな、こんなの認められるか! てめえは勝つって言ったじゃねェか!?
その血走った目が今度は、異様な姿に面食らっている雷門イレブンに向けられる。
「まだオレは負けてねェ! 勝負しやがれェーーー!」
比得は激情に身を任せ、足下に転がっていた空き缶を彼らに向けて蹴り飛ばした。
それを察知して動こうとする円堂だが、彼も佐久間たちに劣らず満身創痍だ。緊張が解けた今、満足に動ける身体ではなかった。
鬼道もまた走り出すが、距離からして間に合わない。
蹴られたのがボールではないために、軌道が集団からは逸れたものの、その先には一人海を向いて立ち尽くしていたアツヤが居た。
「アツヤ、危ない!」
士郎が叫ぶが、心ここにあらずといった風で反応が鈍い。顔を目掛けて飛んでくる空き缶を避けることはできなかった。
しかし、アツヤにそれが届くこともなかった。
「ッ!?」
「お前……」
郷院が、その巨体で空き缶を弾いたからだ。シュートならばいざ知らず、衝動的に蹴り飛ばされたガラクタでは彼の恵体には傷一つつかない。
「郷院、てめェ……っ!?」
「これ以上、みっともねえ真似すんな。……俺たちは負けたんだ」
郷院は、最後の抵抗を仮にも味方だった者に邪魔されて震える比得に語りかけながら近づいていき、腹部への一撃でその意識を刈り取った。
彼は倒れかかる比得を腕で受け止めながら、源田の乗る救急車の方を一度振り返る。
それから、他の真・帝国イレブンを引き連れて警察の下へと歩いていった。
こうして雷門中と真・帝国学園の戦いは、多数の怪我人と深い傷を生み出しながら終焉を迎えた。
源田幸次郎
二度目の病院送り。
試作段階のRHプログラムによる負荷をエイリア石効果で試合終了直前までカバーされていた。
倒れた原因は、世界編のロニージョのようにRHプログラムのせいで激しく消耗していたため。
佐久間&寺門
皇帝ペンギン1号は二発ずつのため、三発打った原作よりは軽傷。
同じく病院送り。
雷門イレブン
試合には勝ったものの、染岡が負傷。
真・帝国イレブン
試合に負け、メンバーは皆警察の事情聴取のため保護された。
郷院猛
彼がジュニアチームから姿を消す原因となった事件の詳細は、
体育にてサッカーのゲームが行われた際、郷院が手加減のために力を発揮できなかったことで、“サッカーチームに居る割に弱い”と侮られ、悪口がチームにまで及んだためカッとなった。
というもの。
不動明王
試合には負けるわ影山にはいびられるわと、ろくな目に遭っていない。
影山零治
真・帝国が試合に負けたので、八つ当たりに不動をいびりながら潜水艦を自爆させた。
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