源王は玉座を譲らない   作:青牛

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お待たせしました。


神は借りを残さない

 彼は、夢を見ていた。

 

 

『俺たちも鬼道と同じ意見です!』

 

 

『パワーシールドは衝撃波でできた壁、弱点は薄さだ!』

 

 

『たとえこの腕が壊れようとも……!』

 

 

『頼んだぞ』

 

 

『お前には勝利の喜びがあったろうが、俺たちには敗北の屈辱しかなかったんだよ!』

 

 

『敗北は醜いぞ』

 

 

『俺たちは勝つ。どんな犠牲を払ってでもなァ!』

 

 

『みんな、サッカーやろうぜーー!』

 

 

 何か違うような、見覚えがあるような。

 

 出会ってからずっと己の底にあった、長らく見失っていた、懐かしいもの。

 

 熱狂。郷愁。憧憬。

 

 それについて考えると、様々なものが交ざり合う。

 

 何かを思い出しそうになった時――

 

 

 

 

 肩に手がかけられ、引き戻されるような感覚。

 

 水底から急激に浮き上がるように、離れていく不思議な光景。

 

 自分を引き戻した誰かの背中を最後に、なにもわからなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 源田が目を覚まして最初に見たのは、見覚えのない天井だった。

 ただし今回の場合、直近の類似例と違って身体の拘束はなく、天井も清潔感と安心感に満ち溢れたものであったが。

 

「おお、起きたか」

 

 目を開けた彼に気づいて声をかけたのは響木だった。

 丁度部屋に入ろうとしていたのだろう、半開きにした扉に手を掛けたままこちらを覗き込んでいる。

 

「響木監督……!?」

 

「おいおい、無理に動こうとするな。他の奴らほどの傷はないが、体はかなり衰弱してるって話だぞ……」

 

 源田の最後の記憶は真・帝国学園で終わっている。

 彼に何があったのか訊ねようとベッドから身を起こそうとする源田だったが、それには予想外の労力を必要とした。

 原因は、身体に纏わりついていた異様な倦怠感である。

 あるいは、休みなくハードなトレーニングを熟したかのような強烈な疲労感。全身の筋肉が、上体を持ち上げるという単純な動作にすら激しい拒否反応を示していたのだ。

 そんな身体でも、小刻みに震えながら徐々に起き上がり始めている様には、響木も流石に言葉を詰まらせた。

 

「他の……?」

 

 響木の困惑に気づかない源田は、たったいま聞いた言葉の気になった箇所に反応する。

 その問いに対し、響木は深刻な面持ちを取り戻して問い返した。

 

「……お前の最後の記憶はどこだ?」

 

「それは真・帝国学園、で……!?」

 

 真・帝国学園というキーワードで、眠っていた脳が覚醒したのか。

 自分で思っている“最後の記憶”を口にした瞬間、源田の脳裏には途切れていた先の記憶が断片的に駆け巡った。

 覚えはない。しかし、これが実際にあった真実なのだと語りかけるような光景が浮かび上がる。

 自らの手で仲間にボールを投げつけた光景も例外なく――

 

「……ッ! ……ハァッ……ハァーッ……」

 

「落ち着け、ゆっくり息をしろ」

 

 乱れた呼吸で激しく上下する源田の胸に、響木は手を置いてそう言い聞かせる。

 源田が、言う通りに何度も深呼吸を繰り返すこと数十秒。

 呼吸は穏やかになったが、響木には目の前の少年が以前とは比べ物にならないほどに弱々しく映った。

 俯いたままの源田が、響木へ問いかける。

 

「……あの試合から、どれくらい経ちましたか?」

 

「三日ってところだな」

 

「寺門と佐久間は?」

 

「無事だ、安心しろ。あいつらの方が、お前が目を覚まさないのを心配していたぞ。残念ながら、いますぐに会わせてやることはできんが」

 

「そう、ですか……」

 

「こっちも聞きたいことがいくつかあるが、まずは何か口に入れ……動けんか。いや、動くなよ。なにか消化にいいものを貰ってきてやる。お前が目を覚ましたことも、知らせなきゃあならんしな」

 

 大人しく寝ているように念を押して、響木は部屋を出ていった。

 

 そして戻ってきたとき。

 ベッドからは、源田の姿が消えていた。

 窓を開けられた窓辺は、外で降る雨が入って濡れている。

 

「あんの小僧……!」

 

 診察してもらうために連れてきた医師が青ざめ、その更に後ろにくっついて来ていた鬼瓦が即座に部下たちを呼び集める。

 (にわか)に騒然とし始める大人たちをよそに、雨で濡れたカーテンからは水滴がポタポタと(したた)っていた。

 

 

 

 

 

 建物を出た源田は既に、大人たちの――鬼瓦の怒号の混じった――喧騒など聞こえもしないほどの距離を走っていた。

 自分がどこに居るのか、どこへ向かおうとしているのか。

 そんなことを思考から追い出し、雨の降り頻る森の中を、草と土を踏み締めて無我夢中で駆け抜けていた。

 

 有り体に言えば、それは逃亡だ。

 

 走る彼の頭の中では影山の言葉が、何度も何度も反響していた。

 

『勝利という一事のために、他人を容易く切り捨てられる人間。それがお前なのだ』

 

 心に刺さって残り続けるその呪詛を振りほどこうと、源田は必死に足を動かしているのだ。

 響木や鬼瓦たちは必ず、源田に真・帝国学園のこと、影山のことを尋ねようとするだろう。影山やエイリアを追わねばという心情は勿論のこと、源田という拐かされた被害者から事情を聞かないなどあり得まい。

 

 彼らに、当人の話したくないことを根掘り葉掘り聞き出そうとする無神経さはない。

 

 しかし真・帝国学園でのことを話そうとすれば、否応なくあの影山の宣告にも触れなければならなくなるのは自明だ。

 試合での凶行の記憶がフラッシュバックする今の己は、傷口に塩を塗り込むよりも痛烈であろうそれには、耐えられない。

 記憶自体は朧気なものだというのに、そんな奇妙な確信が、石のように固く重い彼の身体を突き動かしたのである。

 

 とにかく、一人になりたかった。

 

「――ハーッ、ハーッ……ゼェ……」

 

 つい先ほどまで眠っていた身体はすぐに、苦しい呼吸、棒に変わった足で限界を主張した。

 雨水で泥濘に変わっている地面。乱暴な足取りによってそこから飛び散る泥が、清潔感溢れる病人服を汚していく。

 それにも構わず走ろうとして、突き出していた木の根に躓いてしまう。

 勢いよくつんのめって、当然受け身も取れず、べシャリと勢いよく泥水の海にダイブする形となった。

 

 跳ねてきた泥の飛沫を浴びるのとはわけが違う。

 一発でほぼ全身が泥(まみ)れになったのだが、彼はそんなことになど気づいてもいなかった。

 体を地面に打った痛みも、泥と雨の汚れも気にならない。

 再び走り出すために起き上がろうとして、這いつくばった姿勢で動きが止まる。

 前方の大きな樹木の根元に鎮座する、古びたボロボロのサッカーボールが目に留まったからだった。

 

 中学生(自分たち)の使うようなものより小さな、幼い子ども用のボールだ。

 なぜそんなものが、建物が近いとはいえこんなところにあったのか。

 子どもが森の中にこれを持って入って、そのまま失くした、というのがすぐに思いつくありきたりな理由だろう。

 

 だが、源田の脳内にあったのはここにボールがある理由などではない。

 

『源田さん、シュート練の相手してくださいよ!』

 

『俺も俺も! お願いします!』

 

 向こう見ず、周りも見ずで1人で居た自らに歩み寄った後輩たち。

 

『ククク……本当に精が出ますねぇ、流石は帝国の誇るNo.1キーパー』

 

『むしろ、お前いつ休んでんだ? ……いや、別に心配してるんじゃねえぞ。キーパーがオーバーワークでぶっ倒れたなんて帝国の恥もいいとこ――おい五条なにニヤついてんだコラ』

 

『よう源田! お前いつもこんな朝早くからトレーニングしてんだな。帝国守備の一員なんだ、俺も付き合うぜ』

 

 当然のように共に歩いてくれた仲間たち。

 

『俺が大胆にチームを動かせるのは……後ろにお前が居るからだ、源田』

 

『見てろよ源田。俺は、お前に背中を預けるのに相応しいストライカーになってやるぜ』

 

 自分を信じ、託してくれた同志たち。

 

「くっ…………」

 

 思わず彼らの姿が脳裏に浮かんで、歯を食い縛った。

 歯そのものを噛み砕かんとばかりの圧力で、それを受け止めている奥歯が軋みを上げる。

 

 なんて不様。

 自分は影山の言葉に容易く揺さぶられて、彼らに裏切り同然のことを仕出かした。

 よりにもよって、己の手で、仲間を傷つけた。

 

「ゥ……ウオオオォォォォォオ……!!」

 

 空を覆う雲を引き裂かんとばかりに、獣のように天へ吠える。しかしそれは、常のような戦意を昂らせる咆哮ではない。

 目の前のボールに懺悔するようなその慟哭は、全身を襲う風雨をものともせず、何度も何度も空へと放たれ続けた。

 

 

 

 

 

 叫び続けて喉が嗄れた頃。

 降り注いでいた雨粒は示し合わせたように打ち止めとなり、その代わりとばかりに眩い陽光が地上へ向かって差し込み始めた。

 辺りが照らされて俄に明るくなるが、源田はただ一人、先の時間の中に置き去りにされたような姿で、呆然と空を見上げるばかり。

 空とは違い、心は未だ晴れない。しかし不思議と、このボールの前を離れる気も起きない。

 煮え切らない淀んだ心境で、俯きそうになったそのとき。バサッ、という微かな音が耳に届いた。

 

 

 

 雨が止んだのを見た小鳥が羽ばたいて飛び立ったのかと、源田は無感動に考えていたが、繰り返すその音はだんだん大きくなってくる。

 小鳥が出せる羽音ではなかった。

 彼の前に生まれた影もまた、小鳥とは違う。鷲や鷹でもない。

 否、そもそも羽音の主は鳥ではない。

 

 地面に映るそのシルエットは、()()()()()()()だった。

 

「――おまえは」

 

 純白の翼を羽ばたかせながらゆっくりと、その少年は優雅に源田の前へと降り立った。

 先ほどの雨に当たったのだろう。身に纏う装束(ユニフォーム)は濡れ、揺れる長い金髪からは、水滴が滴り落ちている。

 

「――そんなに体を濡らして。風邪をひいてしまうよ」

 

 自分自身も濡れているのがなんでもないように、少年は言った。

 そして微笑んで、地べたに膝をついたままの源田へ手を伸ばした。

 

「アフロディ……!?」

 

「また会えたね、源田くん」

 

 微笑みは神々しく、晴れた青空のように輝いて。

 

 差し伸べられた手は、女神のような慈愛に満ちて。

 

 亜風炉照美は、かつて戦った男と再会した。

 自らの罪と、恩義を精算するために。

 

 




源田幸次郎
目覚めた。
蘇る真・帝国の思い出に心の整理がつかずに飛び出し、雨に当たって捨て犬のような姿に。

響木正剛
雷門中の監督。現在はその座を瞳子に譲って別行動中だが、源田の見舞いに訪れていた。

亜風炉照美
アフロディ。世宇子のキャプテン。
超次元なのでファンタジー染みた登場もお手のもの。

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