源王は玉座を譲らない   作:青牛

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新情報公開おめでた!

ということで張り切って書き上げました。


少年は心を偽れない

 帝国学園のユニフォームに身を包んでゴールに立つ源田と、世宇子のユニフォームを纏ってペナルティアークに立つアフロディ。

 両者の立ち姿はまさに、全国大会1回戦で衝撃を巻き起こした凄惨な試合の幕開けの再現だった。

 ただし、その場で向かい合う選手たちの佇まいは、当時とは大きく違う。

 

「さぁ、いくよ。ゴッド――」

 

 ストライカーは、その背から広げた黄金の翼で空へと舞い上がった。

 ともに浮かび上がったボールを中心に巻き起こる力で風が吹き荒れ、強まっていく光。

 決勝戦の最後で見せた新たな必殺技、不完全だったそれは、以前より研ぎ澄まされていた。

 ボールへ向けて足を振り上げるアフロディは、身体に満ち満ちる充足感で口角を上げる。

 

「来い!」

 

 迎え撃つゴールキーパーは、上空からいまにも打ち下ろされそうなシュートを見上げながら、眉一つ動かさずに両腕を構える。

 左右に生み出した気の塊。

 それらは、拳を打ち合わせるのに連動して一つに合わさり、腕から注がれる更なる気によって獅子の盾へと成形される。

 かつての戦いでは世宇子の猛攻に一歩も引かなかった、帝国の絶対防御だ。

 

キングシールド!

 

 翳した両手を照準のようにしてその大盾を操り、天から迫ろうとする一撃に真っ向から向かい合う。

 

「――ブレイク!!

 

 そして大盾が構えられたのとほぼ同時に、アフロディの足がボールに振り下ろされた。

 放たれたシュートは天から地に向けて、大気を滑るようになめらかに高度を下げて、ゴール、その前にある盾へと向かっていく。

 程なくして両者は激しく激突した。

 その余波は、夕陽にも負けない眩い光となって2人を照らす。

 

「ぬっ」

 

 だが、激突は長くは続かなかった。

 盾に備わった獅子の装飾が欠け、そこから溢れた衝撃波が辺りを震わせる。

 これを受けたボールは纏っていた光を失い、進路をゴールからコーナーエリアの方へと弾け飛んでいった。

 

「うーん……いけると思ったのだけど、まだ完成と呼べる出来にはならないね」

 

 ゆっくりと地上へ降り立ちながら、アフロディは憂いを帯びた表情で自らのシュートへの評価を口にする。

 彼らの特訓というのは至ってシンプル。

 アフロディは決勝戦で見出(みい)だした新たな必殺技“ゴッドブレイク”の完成、源田は“キングシールド”の進化を目指し、互いにそれらをぶつけ合うというものだった。

 

「だが、ボールへの力が安定して、確実に威力は増しているぞ」

 

 顎に手を添えて改善点を思案するアフロディに、飛んでいったボールを拾ってきながら源田は進歩は確かだと言う。

 実際、彼のシュートを受けている源田からすれば、“ゴッドブレイク”の力は既に以前の試合のシュートに迫るものだと感じていた。

 

「うん。“練習はおにぎり”……もう、一歩一歩の歩みを軽んずるつもりはないさ」

 

 焦りを窘めるような言葉に、かつての自分が笑ったフレーズを用いながらアフロディは余裕ある態度で応える。

 

「とはいえ、ボクは円堂くんたちの力になりに行くつもりだからね。テレビから見るだけでも、彼らの戦いは予断を許さない。どうしても気が急いてしまうよ」

 

 先日も、雷門中とイプシロンの戦いが全国に放送されていた。

 テレビに映されたイプシロン、そのチームを率いる男、デザームの力はサッカーをしている者ならば画面越しでも感じられる強大さだった。

 

 雷門イレブンは前半、吹雪兄弟、そして染岡の3人の連携によってついにデザームから得点し、他のメンバーもイプシロンに一進一退、互角の戦いを繰り広げていた。

 しかし後半、染岡が不調により離脱。

 染岡がいなくなったことによる手数の減少、士郎の攻撃参加が生むカウンターのリスクの増大、それらが雷門の攻撃力を半減させてしまう。

 士郎は迂闊に動けず、アツヤ1人ではデザームの守りを崩しきれず、その試合は引き分けという結果で幕を閉じた。

 

 いまの雷門のオフェンスは染岡とアツヤの二枚看板だったのが、今回その片割れが欠けてしまった。

 あくまでも士郎はDFである以上、これは変えようがない。

 これは仲間である円堂たちの心情はもちろんのこと、チームの戦力としても大きな損失(ダメージ)だ。

 

 アフロディはこの半減した雷門イレブンの攻撃力を補うべく、力を磨いているわけだ。

 

 目覚めた直後からの3日間程はアフロディたちの特訓を見ながら、ドリンクを用意するなどのサポートをしていた源田が、自身も特訓を始め、“ゴッドブレイク”の練習相手も務めるようになったのは彼にとって幸運だった。

 源田という明確な壁への試行錯誤は、ただ1人でシュートを打ち続けるよりも得るものが多く、技の開発は加速度的に進んでいる。

 

「焦ることはない。円堂や鬼道、あいつらは勝ちを諦めたりしない」

 

「……そうだね」

 

 だが、そのやり取りで感じられることがもう一つあった。

 

「キミも、そうだ」

 

「なに?」

 

「キミも、このまま燻っているような男じゃない。そうだろう?」

 

 目の前の少年。

 打つたびに力を増していく実感のあった自らの必殺技に対して、彼の必殺技には殆ど変化が起こっていなかった。

 現在進行形で完成させようとしている技と、一度出来上がっていて、更なる進化を目指す技とでは単純な比較はできないだろうが、いまは技の使い手にこそその停滞の根幹が根差しているのだとアフロディの直感は囁いていた。

 

 はじめから、アフロディには違和感があった。

 源田はサポートから特訓に混じってきたころ、もう運動して大丈夫なのかと問われるのに、こう言っていた。

 

『身体を動かさねば、余計なことを考えてしまう』

 

 サッカーを前にしては居ても立ってもいられない、というのが彼や円堂のような人間なのだろう、とアフロディは考えていた。

 しかし、あの源田の言葉はその印象に対して大人しすぎる、やや消極的なように感じた。

 それだけならば違和感はただの違和感で片付けられたかもしれないが、こうしてともに必殺技をぶつけ合う中で、違和感は確信へと変わっていった。

 

 彼はサッカーに力を入れきれていない。

 手を抜いているのではない。しかし、本気で臨むことへの踏ん切りがついていないような迷いだ。

 その原因は身体ではない。

 怪我がないのは確かで、はじめは体力を取り戻す基礎トレーニングに終始していたところからも、故障の線はない。

 ならば、問題(それ)は肉体ではなく心の内にあるのだろう。

 

「……こんなことを言うのは図々しいと思うけど。ボクはキミと、もう一度戦いたい」

 

 源田の目に、アフロディはサッカーへの真摯な光を宿した瞳を重ねる。

 

「“真・神のアクア”ではないボク自身の力で、キミと競い合いたい。ボクだけじゃダメだ。キミにも共にフィールドに来てくれなければ」

 

「アフロディ……」

 

「だからどうか、キミの迷いを教えて欲しい。一体なにが、キミを以前のようにサッカーへ打ち込むのに躊躇わせる?」

 

 その問いに源田は少しの逡巡の後、自嘲気味な苦笑を見せた。

 

「……つくづく自分が情けない。自ら言い出すこともできず、お前に問い質されてようやく腹が据わるとは」

 

 抱えていたボールを置いて、源田はアフロディは見つめ返す。

 

「少し長くなるが……聞いてくれるか?」

 

「ああ、もちろん」

 

 夕陽に横顔を照らされながら、アフロディは笑って頷いた。

 

 

 

 

 

 ベンチに隣り合って腰かけて、源田はゆっくりと語り出した。

 その内容は、響木たちにはさわりを話しただけだった真・帝国での影山との対話である。

 

「あの日、世宇子中(おまえたち)とこのまま戦えばタダじゃ済まないのはわかっていた」

 

 警鐘を鳴らしていたのは、この世界で(つちか)ってきた選手としての直感か、或いはこれが運命だと告げる自らの魂に根付く錆びついた記憶か。

 それでも自分は、既に怪我人も出ていた中で徹底抗戦を選択した。

 

「それを影山(やつ)に、“勝利のために仲間を切り捨てた”と言われて俺は、その言葉を否定できなかった」

 

 鬼道が来る。

 そのたった一点に賭けて、それまでに生まれるであろう――事実生まれた――傷つく仲間たちの可能性に見ないふりをした、と言っても過言ではない。

 否、わかっていたはずだ。

 鬼道が来るまでに何人も倒れることになる、可能性などという生易しい表現では済まない確定的な未来を。

 

「影山のやり方を肯定することはできん。だが俺は、やつをとやかく言えないくらい、“勝利”に拘り、囚われていたように思える」

 

「……キミが?」

 

 アフロディは源田の述懐に、信じがたいという風に目を丸くした。

 かつて、正真正銘単なる無名校だった頃の世宇子にいたアフロディにとって、力と名声を(ほしいまま)にする帝国学園、とりわけその中でも個人としても不敗神話で名を売っていた源田は、まさしく全能の神のような男だった。

 そして実際に関わりを持っても、周囲の期待、帝国の常勝の伝統、いずれにも潰されるような人間には思えない。

 

「……無失点神話だとか、帝国の伝統だとか、そんな外付けの名声なんかよりもっと根本的なものだ」

 

 アフロディに、源田は俯き加減で言う。

 それは彼の語る通り、経歴や肩書の問題ではない。アフロディはもちろん他の誰も知る由のない、彼が彼であるという魂の根源。

 ずっとその胸の内に秘めてきた思いを、初めて言葉に変えて口に出す。

 

「俺は本来、ここにいるはずのなかった者だ」

 

 それがどういう意味なのか、アフロディにはさっぱりわからなかった。

 しかし、ぽつりぽつりと語り出した源田の声音の真剣さを感じ取り、問いを口の中で留める。

 語られるそれはさながら独白、あるいは告解のようだった。

 

「それがどういうわけかここにいる。本来居るべき者を押し退けて」

 

「俺はそれに意味が欲しくて、ここにいていい理由が欲しくて、最もわかりやすい成果、勝利を目指し始めたんだ」

 

「どんな強い敵も、絶対の運命もなにもかも跳ね退けた頂点。それを俺が掴めたのなら、出した結果こそが俺の証明になる。……許されるはずだと信じて」

 

「だが、いつしかそれは敗北への怖れになり、勝利への執着に転じていった」

 

「影山の言葉に俺は、そんな根源を突きつけられた」

 

「そして、まんまと俺はその望みのまま、仲間に手を上げる真似をした。それは許されざることだ。ここにはいられない。だから……」

 

「――サッカーをやる資格はないと?」

 

 そこで、アフロディは少年の言葉を断ち切った。

 

「……先日キミに言ったことを、もう一度言おう。それは違うよ」

 

 あの雨上がりの森での言葉を繰り返したアフロディは、ここまで聞いていた代わりとばかりに口を開く。

 

「キミはただ勝つことでしか自分を肯定できなかったのかい? そんなはずはない」

 

「なんだと?」

 

 アフロディはベンチから立ち上がり、前屈みになって、目線を合わせて彼と向かい合う。

 覗き込む瞳は夕陽のように赤く、そして心の奥まで照らし出そうとするような眼力を孕んでいた。

 

「あの日、力に溺れていたボクでも覚えているよ。ゴールを守り続けるキミの言葉、それに宿っていたプレッシャーを」

 

 何度も何度も打ち込まれたシュートを止めていたボロボロの身体で、目の前の少年はそれでも、ゴールキーパーとしての矜持を以て立ち続けた。

 甘言を一も二もなく払いのけ、叫んで見せた姿。

 

『俺は、帝国のGKだ。皆がそう呼ぶ限り、俺がキング・オブ・ゴールキーパーだ! あらゆる守護者達を差し置いてそう名乗る俺が、ゴールを捨てられるわけがないだろうが!!』

 

 それは自分だけのための、独り善がりなものではなかったはずだ。

 

「キミは確かに背負っていたよ。それがなんだったのか、まではボクが言うものじゃないと思うけどね」

 

「………………」

 

「それに、だけどね」

 

 その言葉をアフロディは、答えのわかりきった問いを投げかけるような気恥ずかしさを帯びて、はにかむように微笑んで告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミ、サッカー好きだろう?」

 

 目を見開く少年に、アフロディは笑みを深める。

 

「好きなんだ。どうしようもなく。だからやめられない。ボクだって、あんなことをしたけれど、それでも戻ってきてしまった」

 

 ――キミもそうだろう?

 

 その言葉は、否定のしようがなかった。

 否定してしまっては、かつてあった想いを、感じた熱を、全てを否定することになる。

 

「だから、サッカーやろうよ」

 

 

 

「――ああ。そうだな。お前の言う通りだ」

 

 逆らいようのない誘いである。

 彼は差しのべられた手に手を重ね、強く握って立ち上がった。

 傍らのボールを拾い上げ、アフロディと肩を並べてゴールへ向かって歩いていく。

 

 ややあって。

 

 鳥が翼で羽ばたくような音。

 

 夕焼け空を塗りつぶすような黄金の光が、グラウンドから放たれた。

 

 

 




サッカー少年
サッカー大好きボーイズ。
余程ひねくれた大人でもなければ、そこに嘘は吐けない。



次回は雷門中側の話になります。
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