源王は玉座を譲らない   作:青牛

47 / 65
アツヤは涙を流さない

 円堂大介の遺したという“究極奥義”を求め、雷門中が訪れたのは福岡の陽花戸中。

 そこでは目的だった円堂大介の“裏ノート”を首尾よく入手できたのに続き、全国大会の決勝戦を見て円堂に憧れてGKにポジション転向したうえに、見よう見まねの特訓から習得した“ゴッドハンド”を披露した少年立向居(たちむかい)勇気(ゆうき)との出会いもあり、雷門中の面々はエイリア学園との戦いを一時忘れさせる暖かなひとときを過ごしていた。

 

 ただ、それは必ずしも全員がそうではない。

 

 キャラバンの屋根の上で星空を見上げるアツヤも、その1人だった。

 

 陽花戸中サッカー部と行った合同練習。

 大介の遺した究極奥義“正義の鉄拳”を習得すべく試行錯誤する円堂と、“ゴッドハンド”の力を見せつける立向居の2人を中心として、充実した時間となった。

 しかし、アツヤとしては振るわない結果だったのである。

 

 それというのも、シュートを打つ機会は度々あったが、彼が今回打ったのは“エターナルブリザード”ではなかった。

 目指したのは士郎との協力を必要としない、自分1人で放つ“ウルフレジェンド”。

 

 当然だが、それまで2人でやっていたことを1人でやるのは容易ではない。

 そのため実際に放たれたシュートは、2人で打っていたときには到底及ばない、それこそ必殺技の完成度、威力では“エターナルブリザード”にも及ばないものであった。

 

 士郎はその挑戦を無理に止めることはせず皆と共にフォローに回ったが、結局練習の最後まで、アツヤがその“ウルフレジェンド”を完成させることは叶わなかった。

 目に見える成果が出てこない現状もあり、この夜も日課になった練習を一通り熟したが、まだ寝る気にはなれなかった。そして寝袋を抜け出したが、流石に“練習はここまで”だという士郎の言いつけは破れない。そんな煩悶の間を取り、外に出て夜風を浴びることにしたのだった。

 

 広がる星空は、北海道で見慣れたそれとは随分違う。

 星の散りばめられた黒いキャンバスが、いまはもっと近くに見えた。

 観測者の立つ位置によって、空の星の見え方もまた変わる。

 それが、これまで自分は本当になにも知らずにサッカーをしていたのだと突きつけているようで、遥か遠くの星の放つ光さえ、アツヤには目を背けたくなるほど眩く思えた。

 

「あれ? ここにいたのか」

 

 そんなとき、すっかり聞き慣れた声が背中にかかる。

 首だけで振り向いて見れば、梯子から円堂が顔を覗かせていた。

 

「キャプテン……」

 

 アツヤは正直、彼をそう呼ぶのに未だ慣れない。

 長い間、彼は士郎の率いるチームでサッカーをしていて、キャプテン=士郎という図式が染み付いている。

 その兄以外をキャプテンと呼ぶなど、エイリア学園を倒すまでの一時とはいえ雷門中の一員としてサッカーをするまで考えたこともなかった。

 

「なあ、キャプテン。俺、ちゃんと雷門のストライカー、できてるかな?」

 

 1人で物思いに(ふけ)って感傷的になっていたのか。

 当人に自覚はないが、兄である士郎ぐらいにしか聞かせたことのない弱々しさを抱いた調子になって、アツヤは隣で横になる円堂に尋ねていた。

 試合での荒々しい姿、試合以外でも、染岡をからかったりする年上にも自重しない生意気さ、そして活発さを見せていた印象とはそぐわない雰囲気だったので円堂は少し目を丸くしたが、間を置かずその問いに答える。

 

「ああ! この前のイプシロンとの試合だって、お前が居たから染岡が抜けちゃった後もあいつらと戦えたんじゃないか」

 

「そうか?」

 

「そうだよ。流石、伝説のストライカーだ。お前はその実力を完璧に証明したよ」

 

「……そうか」

 

 アツヤは、円堂のかけた言葉を反芻するように相槌を繰り返す。

 同じ言葉であるが、そこに籠った感情は少し違っていた。

 

「キャプテン。豪炎寺って、どんなやつなんだ?」

 

「ん、染岡から聞いてないか?」

 

「そりゃあ、うるさいくらい聞いたけどよ。アンタからも聞いてみてぇ。エースストライカーってやつをよ」

 

「そっか! ……豪炎寺は、普段はクールって感じなんだけど、胸にはサッカーへのスゴい情熱が燃えてるって感じだ。あいつとの出会いが、俺たち雷門イレブンのサッカーの始まりで……」

 

 その声音にいつもの調子が戻ってきたと感じた円堂は笑って後輩の質問に答え、いまはここにいない仲間のことを語り出す。

 話が出会いから、フットボールフロンティアでの快進撃、そして地区大会決勝にまで差し掛かる頃には、すっかり円堂の方が興奮していて、涼やかな夜風も熱風に変えてしまいそうな彼の話ぶりは、寝つけなかった立向居がやってきて“究極奥義”に話題が移るまで続いた。

 

 エースストライカー。

 これまでただ強さでそう呼ばれてきた少年がその称号のなんたるかを考え出したのは、それまでの彼の世界が根本的に自分と兄だけだったことを鑑みれば、チームというものを明確に意識し始めた成長の始まりと言えるだろう。

 しかし、世界のもたらす苦難と試練はまだまだ幼い少年の成長を待ってはくれなかった。

 

 

 

 この夜の2日後、エイリア学園のマスターランク“ザ・ジェネシス”を名乗るチームが彼らを襲ったのだ。

 

 

 

 チームを率いていたのが旅の節々で円堂の前に姿を見せていたヒロトという少年――ジェネシスのキャプテンとしてはグランと名乗った――であったことには円堂も動揺を見せ、風丸などは未だイプシロンとの決着もついていない中で現れた新たなチームに、絶望に近い衝撃を受けていた。

 

 とはいえ彼らが雷門イレブンで相手がエイリア学園である以上、戦うしかない。

 だが、ジェネシスの強さはイプシロンと渡り合った雷門イレブンをもってしても異次元の領域にあった。

 そのパスワークで回されるボールは流星のように雷門の選手たちの隙間を縫って瞬く間にゴールへ迫り、フィールドを走る彼らには吹雪兄弟や風丸などのスピード自慢のメンバーでも追いつけない。

 そしてシュートは、必殺技でもないありふれたもので円堂の“マジン・ザ・ハンド”を容易く破ってしまう。

 

 試合展開を一言で表すならば、まさしく蹂躙だった。

 

 円堂がシュートを受ける度傷ついていくこと以外には、ジェネシスのサッカーにラフプレーと呼ばれるような要素はない。ただ彼らが、彼らのペースでプレーすることに、雷門イレブンがまるでついていけないのだ。

 ひたすらに速さで、技術で、力で、強さで圧倒される。

 

「うおぉぉっ! エターナルブリザード・V2!!」

 

「フン」

 

 アツヤもまた、渾身の一撃をジェネシスのGKネロに必殺技も使わず受け止められた。

 ネロは小柄な体格にもかかわらず、その場から微動だにせずに防いでみせる。

 デザーム相手でさえ、遠距離からの“エターナルブリザード”でもその場から動かすことはできたというのにだ。

 

 それを皮切りに、過去の叫びが再び脳内に木霊する。

 

『エースこそが攻撃の要!』

 

『エースだけは点をもぎ取らなきゃいけねえんだ!』

 

 それだけではない。言葉はやがて彼の中で呪いのように変わっていく。

 

『点が取れなきゃエースの資格はない』

 

『お前にエースの資格はない』

 

「アツヤ!」

 

「……ぁ」

 

 心の内に響く囁きに気を取られ、いままで手足同然に操れていたボールを取り落とすという素人のようなミスさえしてしまう。

 

 足が震える。

 

 もう一度止められてしまったら。

 

 自分(おまえ)のせいで。

 

 極度の緊張は身体と感覚を鈍らせる。不安は怯え、恐怖に変わって肉体を支配する。

 その後もミスはなくならず、チーム全体のリズムが乱れ、オフェンスは機能を停止した。

 相手にボールを与えれば与えるだけ、円堂が受けるシュートが増えていく。

 もはや試合の体を成していない惨状は終了のホイッスルが鳴り響くまで延々と続いた。

 

 

 

『雷門のストライカー、任せたぜ』

 

 

 

「っ……! おれは、なにをしてんだよ……」

 

 敵を止められず、シュートも決められない。

 無念ながらもチームを去った染岡に託され、誓ったことが、まるで守れていないではないか。

 試合終了直後、グランから必殺技を受けて倒れた円堂へ駆け寄る雷門中の面々の後方。

 フィールドに点々と残る、雨が降ったような水滴の跡に気づく者は、誰一人としていなかった。

 

 

 

 ジェネシスとの邂逅の後。

 見せつけられた力の差と終わりの見えない戦いに心が限界を迎えた風丸、栗松の立て続けの離脱、キャプテンである円堂までもが塞ぎ込んでしまい、チームの空気は底まで落ち込んでいた。

 

「おらっ、お前ら! 気合いねーぞぉ!?」

 

 皆、練習にも身が入らない中、1人威勢のいい声をあげるのはアツヤだった。

 

「……1年がああしてるのに、先輩(おれたち)がいつまでも凹んでられないな」

 

「あの生意気さも、いまはありがたいな。みんな、声出していこう!」

 

 土門と一之瀬が彼の声に応えて気合いを入れ直す。

 ジェネシスの底知れない恐ろしさを味わったのは全員同じだ。

 離脱した者、戦いの爪痕で立ち上がれない者もいるなかで闘志を燃やし、円堂にも匹敵する熱量で練習な打ち込む彼の姿は、チームの活気をギリギリのところで繋ぎ止めていた。

 

「アツヤ……」

 

 そんな彼の姿に不安を覚えるのは、弟の気質を知る士郎と、ゴーグル越しに彼の背を見詰める鬼道の2人のみ。

 鬼道には彼の活力が空元気(からげんき)に思えてならなかった。

 あと、ちょっとした一押しで、あの勝ち気な笑みが薄氷のように砕け散ってしまうのではないかと。

 

 その懸念は、立向居のひたむきさに心打たれた円堂が復帰してからも消えることはなかった。

 

 いまのアツヤの心は、チームにいながらにして1人だ。

 彼にボールを託すのではなく、後ろから見守るのでもなく、肩を並べてプレーする人間が必要なのだと。

 いまそれができるのは、鬼道の知る限りで最も炎の似合う男しかいない。

 

 沖縄で目撃されたという“炎のストライカー”。

 それが彼であると信じて、雷門イレブンは海を行く。

 

 

 

 

 




吹雪アツヤ
寺門の叫びと染岡ショックが頭から離れない。
チームのエースとしてボールと期待が集中する重圧は変わらないが、原作士郎の二重人格のようなわかりやすいサインがないため、気づけている者は少ない。

風丸一朗太&栗松鉄平
離脱の経緯はアニメ版を採用。
中学生としては仕方のないことだとは思う。
戦い続ける円堂たちが凄いのであって、彼らを責めることはできない。





お察しの方がいるかもしれませんが、このパートはアツヤが追い詰められていく感じです。

この辺りをぶつ切りにしちゃうとなかなか心苦しい話が続いちゃうので、連続更新で一気に明るい方へ進める必要があったんですね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。