源王は玉座を譲らない   作:青牛

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新年初更新。

今年もよろしくお願いいたします


鬼道のサッカーに嘘はない

 俄に暗くなり始めた、スタジアムから見える空。

 合同練習でたっぷりと汗を流した雷門・帝国両メンバーが身体を洗うべくスタジアムのすぐ下に備え付けられたシャワールームへ向かい、人気(ひとけ)のなくなったフィールド。

 

「……シュタタタタタン。ドバババ、バーン……」

 

 そこに居残った立向居は、飛んでくるボールへ目を閉じたまま手を突き出し、“ムゲン・ザ・ハンド”の特訓を続けていた。

 

「ふぅっ……ウルフ――レジェンド!」

 

 彼と共に残ってシュートの特訓をしていたアツヤだった。

 鋭い蹴りがボールに突き刺さる鈍い音は、まさに狼の遠吠えの如く。

 しかし、シュートに追随した狼の幻影はゴールへ届く前に消え去ってしまう。

 

「クソッ、またダメか」

 

「シュタタタタタン、ドババババーン!」

 

 シュートの様子を見て悔しげにするアツヤに対し、立向居はというと。

 閉ざした瞼の裏に浮かぶボールへ伸ばした腕から現れた“ゴッドハンド”のような青い掌で、ボールが受け止められたものの、彼はその成果に納得できていない。

 必殺技の影も形もなく顔面でボールを受けていた頃に比べれば着実に進歩している筈だが、半端な地点まで来てしまった勢いで暗礁に乗り上げてしまっているような、そんな心地さえ感じている。

 これではエイリア学園には通用しない。そんな思いが募っていく。

 

「“ムゲン・ザ・ハンド”……一体何が足りな――ぶぇっ」

 

 雑念が集中を乱したのか、またボールを顔面で受けてしまった。

 

「おい大丈夫かよ!?」

 

「ご、ごめん……ん?」

 

 堪らず尻餅を突いて転んでしまい、駆け寄ったアツヤに謝りながら立ち上がろうとしたた彼は、そこで自分の立っていた所の足下にできていた不自然な窪みに気づく。

 

「なんだろう、これ」

 

 ある一点の芝草が上から思い切り圧し潰されたようにクシャリと折れていて、若干だが周囲よりはっきりと凹んでいたのだ。なにか、太い棒のようなもので何度も何度も突くなどして陥没させたのかと思えるものの、そうした道具が使われたにしては窪みの底が妙に波打っている。

 その形はまるで、握り拳を叩きつけたような――

 

「そうか。これ、源田さんの……」

 

 脳裏に浮かんだのは、キーパーに転向すると決めた立向居が見漁った、強豪キーパーたちの映像。

 同年代で最も多く記録が残り、雷門イレブンの奇跡の優勝があって尚も円堂と並んで最強の呼び声が高かった男だ。

 様々な大会の試合映像で見た彼の代名詞の必殺技(パワーシールド)は、()()()()()()()()()()生み出す衝撃波の壁である。これはまさに、その特訓の跡なのだろう。フィールドにこんな跡が残るほどに、彼が特訓を重ねたという証。

 

「おい、ほんとに大丈夫か?」

 

「大丈夫。もう少し頼むよ」

 

「まあお前がいいならいいんだけどよ……」

 

 先人たちの強さは、ひたむきな特訓の末に身に付いたものだ。

 ならば、そんな彼に真っ向から競い合う相手と認められた自分だって、へこたれてはいられない。

 奮起した立向居に、アツヤは再びシュートを放つ。

 

「……兄貴と一緒にやってることをただ一人でやろうとしてるんじゃダメってことか?」

 

 ただ、先ほどの焼き直しの結果にアツヤは険しい顔で独り()ちる。

 ずっと“ウルフレジェンド”を一人で放つ練習をしているのだが、兄弟二人でやっていた工程を一人で素早くやる、ということしかやろうとしてこなかった。

 しかしどうやっても純粋な力は、一人より二人の方が強い。

 それならば、一人で(こな)せて二人分に匹敵する力を生み出せるような、別のやり方を模索するべきかもしれないと思い立った。

 

(この際だ。思い付いたことはどんどん試す!)

 

 今までのようにやらなければダメだと自分で自分を追い詰めるような思考から、かつて兄と源田を超えるためにこの“ウルフレジェンド”を開発していたときのような思考へと心を切り替えていきながら。

 

「いくぜ立向居!」

 

「さあ来い!」

 

 未だにシュートは独自の進化には至らないが、試行錯誤してがむしゃらにボールを蹴る彼の顔には笑みがあった。

 そうしてまたしばらくシュートを繰り返した頃合いに、スタジアムの出入口から二人を呼ぶ声がした。

 

「お前ら、そろそろシャワーを済ませておけよ!」

 

 声の主は、一番にシャワーを済ませてきた寺門である。

 

「あっ、寺門さん、ありがとうございます」

 

「雷門は飯の準備を始めてる。早くしねえと晩飯食いっぱぐれるぜ」

 

「おうわかった! いくぜ立向居!」

 

「う、うん」

 

 寺門の言葉に頷いて駆け出したアツヤと、彼の後を追っていく立向居。

 前を横切って行ったアツヤの背を、寺門は息を吐いて見守る。

 

(……思ったより、大丈夫そうだな)

 

 かつて真・帝国学園で戦った際に寺門がアツヤへ叩きつけた叫び。

 あの言葉に、寺門は後悔がない。

 確かに彼はあの時、理性(しょうき)がなかったが、さりとて心にもないことを言ったわけでもなかったからだ。

 しかしそれを受け止めてしまった少年がどうなったかを、中継されていた沖縄の戦いで見ていたのだ。

 もしまだ深刻そうなら、借りを返しがてら手助けするつもりだったのであるが――

 

(必要ねえか)

 

 今の彼ならば、わざわざ自分がどうこうするまでもなく立ち上がるだろう。

 或いは先日から加入した、彼と付き合いがあるという源田が何かしたか。

 

「ったく、あいつには借りを返す機会ってもんがねえな」

 

 しかし、雷門にはその機会がまだ残っている。

 明日の練習試合は帝国の誇りにかけて、己が役目を務め切ろう。

 そう静かに誓って、寺門は一人シュートを打ち出した。

 

 

 

 翌日。

 いよいよ雷門イレブンと帝国イレブンで練習試合を行うところだが、フィールドへ出ていく選手たちをベンチから見るマネージャーたちの目は不思議そうだった。

 なぜなら、源田はともかく円堂たちまでもが帝国側に立っていたからだ。

 帝国の必殺技の習得には、帝国の者たちと一緒にプレーするのが一番だという鬼道の言葉によるものだが、深緑のユニフォームに身を包む円堂の姿は彼女たちからしても違和感が拭えない。

 

 それはさておいて。

 帝国のキックオフで、試合開始となった。

 辺見のパスを受けて攻め上がる鬼道の行く手に、一之瀬が向かう。

 

「鬼道! 君とは、やり合ってみたいと思っていたんだ! フレイムダンス 改!」

 

 彼の操る炎を前にして、鬼道は涼しい表情だった。

 スピードはまるで緩めず。ただ自らの背後に走り込んできていた洞面へパスをして、一之瀬の必殺技を掻い潜ったのである。

 

「!? 後ろも見ずにパスなんて……」

 

 それどころか、一之瀬の目には鬼道がアイコンタクトやハンドサインのような指示の類いもしていないことがよくわかっていた。

 

「凄い……! 鬼道には、帝国の選手の動きが全部わかってるんだ」

 

 彼らの動きの真髄を理解して感嘆の声を洩らす円堂。

 帝国のサッカーは組織のサッカー。選手一人一人が全体のプレーを織り成す歯車となる、精密な連携こそが彼らの強さだ。

 今もまた見せている、雷門の守備に切り込むオフェンスも、帝国の面々には呼吸のように染み付いた動きに過ぎない。

 

“こういうときは、こうパスする”

 

“こう来たら、こう突破する”

 

 言ってしまえばそれだけの戦術パターン。だが、帝国の歴史が培ったそれらの数は百にも届く。

 彼らはそれを膨大な回数の練習で肉体に叩き込み、選手としての頭脳に刻み込んでいる。

 故に、後は自分の役目を完遂するのみ。

 自分がボールを運ぶ先には必ず仲間が居るという、確定した事実に近い信頼が、誰一人として足を止めない淀みないプレーを作っているのだ。

 それは、鬼道が一度帝国(ここ)を離れて暫く経った今も尚、健在である。

 

「よし。行くぞ、円堂! 土門!」

 

「ああ!」

 

「三人の息を合わせるぞ!」

 

 あっという間に立向居の立つ雷門ゴールへ接近したところで、彼らはボールと共に飛び上がった。

 帝国イレブンには見慣れた光景。いよいよデスゾーンの実践だ。

 三人が綺麗に三角形でボールを囲み、回転してエネルギーを注いでいく。

 そして、力の籠ったそれを放つ。

 

デスゾーン!!!』

 

 満を持して放たれた必殺技は、帝国の面々が放つものと寸分違わぬ姿でゴールへ向かう。

 そう思われたが――

 

「……?」

 

 途中で唐突にボールから力が消えていき、ただのシュートと変わらないものになってしまった。

 立向居はこれを受け止めるが、彼も“ムゲン・ザ・ハンド”は未だ成らず。

 一連の流れを見ていた者たちはみな困惑したが、誰より釈然としなかったのは“デスゾーン”を打った三人だ。

 

 彼らの回転は過不足がなく、タイミングも特訓では寺門や佐久間たちのお墨付きがあった。

 それにもかかわらず失敗したのは一体何故なのか。

 鬼道も自身が放つのは初めてであるこの必殺技。予想だにしない暗礁に乗り上げて、その表情は険しい。

 この失敗にへこたれずに気炎を揚げた円堂に他の二人も気を取り直し、その後も何度も試行錯誤を重ねながら“デスゾーン”に挑んだが、前半の殆どの時間を使っても、それがついに成功することはなかった。

 

 そうして試合は、ハーフタイムに移る。

 

 前半を終えた鬼道は、ベンチに腰掛けながら物思いに耽っていた。

 “デスゾーン”の特訓を行う場に帝国を選んだ理由は、円堂たちに語ったものだけではない。

 彼が帝国へやって来たもう一つの理由。

 それは、果たして自身の選択が正しかったのか。その確認である。

 

 “雷門の鬼道”は本来、FFで世宇子を倒した時点で終わりの筈だった。

 現実には大会終了から間髪を入れないエイリア学園の襲来によってなし崩しに雷門での生活が続いたのだが、その中で雷門のサッカーに惹かれていく内に、ある思いが彼に芽生えることになる。

 

――俺は本当に、仲間たちを見捨てたのではないのか?

 

 真・帝国で突き付けられた仲間たちの言葉で、その思いは明確な形を得たのだった。

 雷門のサッカーに馴染む度、帝国への後ろめたさが(おり)のように心に溜まっていく。

 そのような迷いを抱えたままでは、ジェネシスとは到底戦えない。

 ゆえにもう一度帝国(なかまたち)とプレーすることで、この迷いに答えを出したかったのだ。

 

「相変わらずのいい動きだったぞ、鬼道」

 

「! 二人とも……」

 

 悶々としていた鬼道の傍に、二人が座る。

 寺門の手渡すドリンクを受け取った鬼道に、佐久間が語りかけた。

 

「久しぶりに帝国の鬼道が見れて嬉しかったよ。でもやっぱり、雷門に居る方がお前は自分が出せてると思う」

 

「佐久間……」

 

「見ているとわかる。雷門の奴らは、常にお前を刺激し、引っ張ってくれる」

 

「源田の奴は帝国に戻るって言ってるが、だからってお前が気に病む必要はねえ。帝国にとってお前は最高の選手だった。だが、それに縛られるな」

 

「寺門……」

 

 気づけば帝国の仲間たち皆が、優しい笑みと共に鬼道を見つめていた。

 

「俺も寺門も源田も、他の皆だって、お前が裏切ったなんて思っちゃいない」

 

「俺たちは、ずっとお前を応援してる」

 

 彼らの言葉に、鬼道は塞がっていた視界が開けたような心地になった。

 後は、背中を押してくれた彼らに応えるのみ。 

 

 

 

 一方の立向居。

 帝国イレブンの絆によって迷いを晴らした鬼道とは対照的に、彼は沈痛な面持ちだった。

 実践形式でも、やはり究極奥義に進展がなかったのだ。

 このままではダメだ、ならばどうする。堂々巡りの心境に陥っていた立向居に、見かねた綱海の声がかかる。

 

「あんまり一人で悩むなよ、立向居。話してみな!」

 

「綱海さん……えっと、裏ノートの言葉なんですけど、“シュタタタタタン、ドババババーン”。これがどういうことなのか未だにわからなくて」

 

「ふーん。シュタタタタ、タンときてドババババーン、ね……」

 

「わかるんですか?」

 

「――まあとにかくだ! 俺は悩んだら海に行くんだ」

 

「は?」

 

 しかし案の定、綱海にも“シュタタタタタン、ドババババーン”の意味はわからない。

 そのまま彼が愛する海の話に変わったが、フィーリングで語られるそれも立向居にはピンと来ない。

 

「はぁ……」

 

「な~んか納得してねぇなぁ。うーん……折角だからあいつにも聞いてみようぜ。おーい、源田ぁ!」

 

 疑問の晴れた様子のない立向居に、綱海は更なる意見を求めてその名を呼んだ。

 振り向いた、守護神の王と称される男が、若き守護神の許へやって来る。

 

 




鬼道有人
帝国イレブンとの絆を再確認。
決戦の前に迷いを断つ。

立向居勇気
ムゲン・ザ・ハンド習得の目処立たず。
そんな悩める少年に、KOGがやって来る。
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