源王は玉座を譲らない 作:青牛
カオスとの死闘を終えた雷門イレブンはその喜びも束の間
夕陽に焼けた空の下、ここまで彼らを導いてきた瞳子監督の前に険しい面持ちで集まっていた。
発端は、リカたちの目撃証言である。
彼女たちの話では、昼間カオスを連れ戻しに来たグランが先程一人で現れ、瞳子に接触していたのだという。
それも、グランから「姉さん」と親しげに呼ばれていたと。
雷門イレブンはこの旅の中で彼女の監督としての能力を知ってきたが、吉良瞳子という人間については殆ど知らない。彼女も自分のことを語ろうとはしてこなかった。
「確かに私には、あなたたちに隠していることがある。でも、もう少し待って欲しいの」
そして今回も瞳子から明確な答えは返ってこなかった。
だが代わりに、彼女は富士山麓で全てを話すと言って、その場を後にしたのだった。
残された雷門イレブンはといえば、殆どはそれを受け入れられてはいない。
スパイ、宇宙人疑惑まで出たが、当の瞳子は否定も肯定もせず、結局この場では何も答えてくれなかったのだから無理もない。
彼女は普段から多くを語らない人物だったが、このやり取りに納得できる者はいなかった。
瞳子は冷徹にも映る手腕でチームの反発を買うことが多々あった。その度、監督としての手腕や目を逸らせない現実によって理解と納得を得てきたが、今回ばかりはそうはいかないというのも無理からぬことだった。
しかし、彼女が豪炎寺を守るために敢えてチームから追放したことや、的確な指揮がエイリア学園との戦いで大きなものだったのも確かである。
結果として雷門イレブンでは意見が割れた。
瞳子についていくのか否か、次々に自分の意見を口にする。
円堂は皆に富士山へ行こうと呼び掛けたが、そこで鬼道は比較的最近加入した源田たちに話を振ってきた。
「源田、アフロディ。お前たちはどうだ?」
「そうだな……」
「ボクらはつい最近来たばかりだからね。君たちと比べれば、監督について知っていることは殆どない」
「そりゃあ……確かにな」
一之瀬と共に瞳子への反発が特に強かった土門が、アフロディの正直な言葉でクールダウンした。
「だが、それでも多少なりともわかることはある」
源田はアフロディの言葉を継いで言う。
彼が加入したのはダイヤモンドダスト戦が始まる寸前。しかしその中で瞳子は、すぐさま円堂のポジション転向を打ち出し、源田をGKに据えてチームの早い変革を促すべく手腕を振るったのである。
彼女の果断な采配、エイリア学園との戦いへの真剣さに偽りはなかった筈だ。
「隠し事は多いのだろうが、あの人に嘘はなかった。それは確かだと思う」
「ボクも、ボクを送り出してくれた仲間たちがいる。立ち止まるという選択肢はないよ」
「だよな! 皆行こうぜ、全ては富士山にあるんだ!」
「落ち着け円堂。皆の戸惑う気持ちも理解できる。どのみち出発は明日の朝……ならば、一度冷静になって、明日の朝までそれぞれ考えよう。……俺も考える」
彼らの言葉に同意し、呼び掛けようとする円堂だったが、迷いにも理解を示す鬼道が待ったをかけた。
鬼道の提案は皆に受け入れられ、その日はそれで解散となる。
瞳子についていって富士山へ向かうのか。その答えは各人に委ねられることになった。
陽が沈み、夜の闇に包まれた稲妻町。
その静けさには、チームの不安が浮き上がったような不気味さが混じっているように感じられる。
各々、明日に向けて準備をしたり心の整理をつけたりして、その静寂に向き合っていた。
「ふん!」
そんな中、夜空の下の稲妻町の更に下。
雷門中の地下、イナビカリ特訓場にて源田は居た。
「アフロディ!」
「ああ!」
ボール発射装置から受け止めたボールを間髪入れずにアフロディへ投げ渡し、アフロディがシュートする。
先のカオス戦で誕生した“キマイラブレイク”、その感覚を忘れないための調整だった。
「よし。これなら、次の試合でもこの動きを同じ精度でやれるだろう」
「ふふ。暴れる君のボールを捉えるのは、ボクをしてもかなり大変だけどね」
「加減はどうにも苦手でな」
「まあ、それはよくわかるよ」
「? そうか」
なんとも言えない顔をする源田に、アフロディはくすりと笑って言った。
「恐らく、次が最後だ。……短い間だったけれど、君と一緒に戦うことができてよかったよ、源田くん」
「フッ。それは、終わったときに言うことだ」
それに源田も、笑って返すのだった。
そして迎えた運命の朝。
出発を控えたキャラバンには雷門イレブンの殆どが集まっており、最も反感を示していた一之瀬たちも、リカに引っ張られながら遅れて合流することになる。
結論として、雷門イレブンは誰一人欠けず出発のキャラバンへ乗り込んだのだった。
キャラバンでいつものように過ごす彼らの視界に入ってきたのは、富士山嶺に突き刺さるように鎮座する、UFOのような巨大建造物。
そのゲートを潜った先の通路は、広いが薄暗く、不気味だった。
通路を走っていても人影は見当たらず、“学園”と言うには、あまりにも無機質。
やがて広場のような場所に行き当たったところでキャラバンは停まり、皆が降りてみたが、やはり誰かが来る様子はない。
「監督。ここは一体何の施設なんですか?」
「吉良財閥の、兵器研究施設よ」
「吉良というのは、まさか……」
「あの吉良財閥が兵器を?」
鬼道財閥の跡取りである鬼道は、そうした経済界の大物にも詳しいのだろう。源田も、伊達に全国トップである帝国学園で学んでいない。二人ともその名には心当たりがありすぎた。
なにせ吉良財閥は、鬼道財閥にもひけを取らない日本の一大勢力である。
「吉良って、監督の名字と同じっスよね?」
壁山の問いに瞳子は頷き、響木の補足を交えながら説明する。
その話を要約すると、この施設の主は件の吉良財閥の総帥にして瞳子の父である吉良星二郎。彼は自らの作った兵器で世界征服を目論んでいる危険な男だというのだ。
宇宙人相手とはいえ、これまであくまでもサッカーしかしてこなかった雷門イレブンは、話の規模の大きさに理解が追いつかなかった。
「その兵器開発とエイリア学園、どんな関係があるんですか?」
「……全ては、エイリア石から始まった」
核心を突く夏未の問いに瞳子が答えようとしたその時、さらに奥へと続くゲートがひとりでに、来訪者たちを招くように開く。
『侵入者発見。排除』
入った廊下の奥から出迎えてきたのは、人型のロボットたちだった。
整列した彼らは一言一句同じ機械音声を呟きながら、足下のサッカーボールに脚を振りかぶる。
そして、侵入者である雷門イレブンを目掛けて、一斉に蹴りだした。
「っ! みんな、横の通路へ!」
「パワーシールド!」
瞳子の声と同時に彼らの行動を予期していた源田が放った“パワーシールド”で、ロボットの第一射は見事に弾かれた。
その間に全員が通路の横道に駆け込んで難を逃れる。
しかしその横道に先はなく、ロボットたちは雷門イレブンが隠れている状態でも延々とボールを蹴り続けてきている。
先へ進むには、彼らをなんとかするしかないだろう。
「……持ち出してくるのがサッカーボールで安心したな」
「ふふ、そうだね。サッカーなら、ボクたちに負けはない」
源田の呟きに、アフロディが自信ありげな笑みで言った。
円堂や豪炎寺たちも、ここにやって来た全員、今更ロボットなどに怖じ気付いて逃げるつもりはない。
「さあ、行くぞ!」
暫くして通路から、源田が一人飛び出した。
ロボットたちは待っていましたとばかりにボールを彼へ集中させる。
「パワーシールド!」
だが、源田が再び放った衝撃波の壁でそれらは悉く弾かれ、ボールは通路のあちこちに転がった。
『排除』
『排除』
『排除』
ロボットたちは、それでも躍起になってボールを源田目掛けて蹴り続ける。
「残念だったな、“パワーシールド”は連続で出せる! ……さあ、いいぞお前たち!」
『おう!』
それらも完全に防ぎきった源田が、他の者たちの残っている通路へ声をかけた。
円堂や豪炎寺、鬼道やアフロディなどキック力に長けたメンバーだ。
「はぁっ!」
「おぉーっ!」
彼らは、ロボットたちがしこたま放ち、源田に弾かれて通路に転がっていた数多のボールを、ロボットたちへ手当たり次第に蹴り返した。
『ガッ』
『ピー、ガー』
「道を、開けろ!」
『排除、ハイーー』
最後に残ったロボットの首が、源田の投げ飛ばしたボールの直撃でへし折れて、ついに雷門イレブンの道を阻むものは一掃されたのだった。
そうして進んだ先で、一行は広いスペースに出た。
中は暗く、上を見ても高い天井が見えなかったが、彼らを待ち構えていたように広間に明かりが着き、空中に人の姿が現れた。ホログラムだ。
瞳子は厳しい顔でその人物を見上げる。
大仏を思わせる面貌をした彼こそが、瞳子の父親――吉良星二郎だったのだ。
『日本国首脳陣の皆様、そして雷門イレブン諸君、こんにちは。私は吉良星二郎。吉良財閥を導く者です。本日は私からあなた方へとあるプレゼンテーションをさせていただきます』
仏のような優しげな顔をしている割に、その口から出てきたのはまるでありがたみのない話であった。
まず明かされたのは、これまで宇宙人を名乗って破壊活動を行ってきたエイリア学園の正体。
彼らは宇宙人ではなかった。歴とした地球人──普通の人間だったのだ。
そんな彼らが発揮していた尋常ではない力の源は、とある鉱物。
5年前に富士山麓に落下した隕石に含まれていた、人間の潜在能力を引き出す物質。
その名も”エイリア石“。
吉良星二郎たちはこの物質を有効利用するために研究し、エイリア石によって人間の身体能力を飛躍的に向上させられるまでになった。
そのエイリア石と共に、彼は財前総理へあるプロジェクトを提案した。
“ハイソルジャー計画”という、おぞましいプロジェクトを。
一言で言ってしまえば、エイリア石の軍事転用。
エイリア石によって強化した戦士、ハイソルジャーによって日本の地位を高めようというものだ。
しかし、倫理を踏み越えたそのプロジェクトが、財前総理に認められることはなかった。
諦めなかった星二郎は、エイリア石の力がどれ程素晴らしいものなのか、財前に見せつけようと考えたのである。
大のサッカー好きで知られる財前総理に、最もわかりやすい形で。
それがエイリア学園。
ジェミニストームも、イプシロンも、彼らによって破壊された学校、傷つけられた人々も、全てはそのためだった。
「あいつらは、そんな計画のために……」
「なんてことを…!」
激闘の末、雷門の勝利と引き換えに消されてしまったデザームたちイプシロン。
最後に見た彼らの姿を思い起こしたアツヤと円堂が、拳を握る。
だが、一方通行な星二郎のプレゼンは、雷門イレブンを無視して最終局面に至っていた。
計画を総理たちに認めさせるためだけに幾つもの犠牲を出した、このデモンストレーションの集大成。
それがエイリア学園最後のチーム、最強のハイソルジャーであるジェネシスと、ここまでエイリア学園と戦ってきた雷門イレブンによる最終決戦へと。
「研崎……」
「……瞳子様、そして雷門イレブンの皆様。旦那様がお待ちです」
プレゼンが終わったと同時に部屋の扉が開き、スーツに身を包んだ痩せぎすの男がやって来た。
瞳子に研崎と呼ばれた彼によって、雷門イレブンは日本家屋のある空間へ案内され、その縁側に立つ、先ほどホログラムで顔を見た星二郎と対面した。
「お父さんは間違っています。今すぐハイソルジャー計画を止めてください!」
開口一番、瞳子は父に向かってそう言い放つ。
あまり感情を表に見せない彼女には珍しい姿だった。
しかし、星二郎は泰然としており、娘の言葉が響いた様子はない。
「……どうやら、プロモーションは伝わらなかったようですね。あなたたちも、計画の一部であるということが」
「どういう意味です…?」
「プロモーションで、ジェネシスの対戦相手は雷門イレブンだと言ったでしょう? 我々は、あなた方がジェネシスの対戦相手に相応しいチームになるまで、待っていたのですよ。瞳子、お前はよく、私の役に立ってくれた」
それどころか、追い討ちのように明かされた星二郎の思惑に、瞳子の方が沈み込んでしまった。
「そん、な……」
最悪の種明かしだけして、話を打ち切った星二郎が去り、残された瞳子は呆然と立ち尽くす。
彼女はこれまで、時に冷酷とも思われる指揮で雷門イレブンを導いてきた。時に、傷ついた者を切り捨てる判断もしてきた。
それも全ては父の計画を止めるため。
だというのに、それすらも父の掌の上だったのだ。
これまでエイリア学園を倒すという使命のために払ってきた犠牲が、彼女の肩に呪いのようにのし掛かる。
「……皆。私は今日までエイリア学園を倒し、あの人の計画を阻止するために戦ってきた。でも、貴方達を利用することになったのかもしれない……私には、監督の資格は……」
「違う!!」
「……円堂君」
だが、折れかかった瞳子の自責の言葉を、円堂が勢いよく否定した。
「監督は、俺達の監督だ! 監督は俺達が強くなるための作戦を考えてくれた! 次に繋がる負け方を教えてくれた、俺達の挑戦を見守ってくれた! だからここまで来れたんだ!」
「……監督のやり方は好きじゃなかったけど、今なら分かる。監督はずっと、俺達のことを思ってくれてたんだって!」
彼の言葉に、これまで瞳子のやり方に反感を示していた一之瀬が続き、チームの皆が、口々にここまで共に戦ってきた瞳子への思いを叫んだ。
「監督。この戦いのはじめからあなたと戦ってきた円堂たちがそうであるように、俺たちもあなたへの疑いはない。あなたは常に、エイリア学園を止めるため……勝利のための指揮をしてきた。だが、
「源田君……」
「そうだろう、アツヤ?」
「……ああ。監督、今だから言うぜ。あの時、チームから外してくれって言った俺をここに残してくれて、感謝してる」
「アツヤ!、外れるって何のことだよ!?」
「ほっとけ、一時の気の迷いだ! ……だから、あんたも最後まで付き合ってくれ。このチームの監督をやれるのは、あんた以外にいないだろ」
「アツヤ君……」
「アツヤの言う通りです、監督! 俺たちには瞳子監督が必要です、最後まで一緒に戦ってください!」
それが、彼女と長い時間を共にしてきたチームの総意だった。
「皆……ありがとう」
案内された控え室で、雷門イレブンは試合の準備を整えた。
長い長い戦いだった。
始めにはなす術なく学校を失い、仲間との別離も数多くあった。
それでもここまで来た彼らは、道半ばで去った仲間たち、戦いで傷ついた者たちの無念を、全てを背負って決戦に臨む。
「貴方達は地上最強のサッカーチームよ、だから私の指示はただ1つ……勝ちなさい!!」
瞳子の言葉は、何も飾らない力強い言葉だった。
それ以上の言葉は、もう必要ない。
グラウンドに足を踏み入れた彼らは、待ち受けていたエイリア学園最後のチーム“ジェネシス”と対峙した。