1204年 3月30日 夜
記念すべき19回目の誕生日の夜、アヤ・ウォーゼルはグラスを片手に窓の外の景色を眺めていた。ミディアムショートに切り揃えた黒髪を弄りながら、ふと壁に掛けられている時計に目を向ける。時計の針は、午後8時過ぎを指していた。
(……あれからもう、3年も経つんだ)
私にとって3月30日という日付は、誕生日の他にも色々と縁があるように思えた。
お父さんが病でこの世を去ったのは、私の8歳の誕生日だった。本格的に武術をお母さんから教わり始めたのは、10歳の誕生日からだったか。
そして、私が二つ目の故郷を手に入れたのが・・・・・・ちょうど3年前の、16回目の誕生日。
「アヤ、いるか」
不意に、ドアの向こうから聞きなれた声を耳にする。
「あ、うん。ちょっと待って。今開けるから」
ドアを開けると、長身で浅黒い肌の男性が立っていた。
ガイウス・ウォーゼル。私の弟・・・・・・と言っても、血が繋がっているわけではない。
「……飲んでいたのか?」
テーブルに置かれたグラスを眺めながら、彼は大きな溜息をつく。
「いやいや、これノンアルコールだから。お酒じゃないって」
嘘は言っていない。マスターにそれとなく頼んでみたら、サービスで出してもらったものだ。
「ならいいんだが。明日からはお互い、忙しくなりそうだからな」
「分かってるって。ガイウスこそ、ちゃんと明日の準備しときなよ」
トリスタの駅から程近い場所にある喫茶宿場「キルシェ」に、私達2人は宿を取っていた。
朝一にゼンダー門を出発、アイゼンガルド連峰を貫くトンネルをいくつも通り、鋼都ルーレ・帝都ヘイムダルを経由しながら―――トリスタ駅に着いた頃には、既に日が暮れかけていた。移動だけで丸1日掛かってしまうことは、事前に分かっていたことだった。こうして現地に前乗りし、滞りなく宿を取れたのも、学院側の配慮によるものだ。
「ねぇ、ちょっと外に出ない?」
「今から、か?」
「こっちに着いてからバタバタしっ放しだったから。少し、風にあたりたいしね」
「……そうだな。そういうことなら、付き合おう」
一旦自分の部屋に鍵をかけ、ガイウスの部屋に向かい同様に施錠をする。「鍵を掛ける必要があるのか?」という彼の台詞に対し、「当然でしょ」と少々強めの口調で返す。こういった部分は、開放的なノルドの地では身に付かない習慣なのだろう。ノルドの外で暮らすために必要なことは、私が面倒を見てあげなければいけない。
それから2人で1階の喫茶スペースに降り、カウンターのマスターに声を掛ける。
「すいません、ちょっと外に出てもいいですか?」
「ん?ああ、構わねえが・・・・・・もうどこの店も閉まってるぜ?」
「少し、散歩してくるだけですから」
「ならいいけど・・・・・・あぁ、ちょっと待ってろ!今行くって!」
テーブル席に座る酔っ払いの客達の催促に怒鳴り返しながら、マスターは渋々オーダーを取りに足を運ぶ。
「随分賑わっているな」
「夜の酒場なんて、いつだってどこだってこうだよ。まだまだこれからが本番って感じ」
「そうなのか・・・」
学院側からは喫茶店を兼ねた宿屋、と聞いていたが、むしろ食事処や酒場として利用されているように見えた。
「・・・・・・ほら、早く行こ。ボーっとしてると絡まれちゃうって」
「あ、ああ」
気が付けば、周囲から好奇な視線が注がれていた。宿泊客とはいえ、今私達が身に着けているのは、紛れもない士官学院の制服だ。唯でさえガイウスの異国風の出で立ちは周囲の目を引くのだ。夜の酒場となれば、尚更であった。
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「んー。何ていうか、落ち着くね」
「そうだな。いい風が吹いている」
私たちは今、公園のベンチに座り、夜のトリスタを堪能している。時刻は午後8時半過ぎ、中央公園広場は深い静寂に包まれていた。導力灯と月明かりに照らされたライノの花が、深い情緒を感じさせる。
「トリスタに来るのは、初めてではないと言っていたな」
「まぁね。でも随分前のことだし、もうあんまり覚えてないかも」
ガイウスの言葉に、私は星空を眺めながら返す。事実、余り覚えていない。もう何年も前のことだ。
それでも、ハッキリと覚えていることがある。
あの時もこうしてベンチに座り、遠目に士官学院の校舎を見やりながら―――私は、士官学院へ向かう学生達を眺めていた。彼らには笑顔が溢れ、将来への光と希望に溢れていた。
それに比べ、あの頃の私には、何も無かった。大切な家族も。居場所も。未来への希望も。生への執着心すらも薄れていたかもしれない。私と彼らとの間に感じる、絶望的なまでの差。
全てはあの日。7年前の、3月30日―――
「アヤ?」
「・・・・・・ごめん、ちょっとボーっとしてた」
心配そうなガイウスの表情から察するに、表情に出てしまっていたのかもしれない。
「長旅で疲れているんだろう。そろそろ宿に戻らないか?」
そう言って彼は立ち上がり、私に手を差し伸べる。
思わず、笑みがこぼれる。
3年前もそうだった。
あの日も私は、彼が差し伸べてくれた手に救われた。今の私には、帰る場所がある。そして、愛すべき家族がいる。
弟の手を取りながら、私は遠目にトールズ士官学院の校舎を見やる。夜が更けた今となっては、暗闇しか目に映らない。それでも今の私には、光が溢れているように思えた。
はじめまして。ゆーゆと申します。
初投稿になりますので、読みにくい部分が多々あるかと思います。
基本的には原作のストーリーをなぞりながら、独自の設定をその都度入れていく予定です。
拙い文章ではありますが、よろしくお願いします。