絢の軌跡   作:ゆーゆ

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追跡

(どうして本気を出さない、かぁ)

 

『風見亭』の裏地、時刻は夜の7時半ぐらいだろうか。私は横で剣を振るうラウラに目をやる。

ラウラ・S・アルゼイド。ヴァンダールと双璧を成す武の名門であり、帝国の騎士剣術の総本山『アルゼイド流』を修めた少女。武人と呼ぶに相応しい凛とした佇まいは、彼女が私より年下であることを忘れさせる。

ちなみに身長は私とほぼ変わらない。彼女とは自然と視線が合うことが多い。

 

「・・・・・・・剣を振るっても雑念は拭えぬ、か」

「え?」

「いや、こちらの話だ。付き合わせてしまいすまなかったな。一息付いたら、我々も部屋に戻ろう」

「そうだね。そろそろ切り上げよっか」

 

私とラウラは『風見亭』の表に回り、通り沿いのベンチに腰を掛ける。窓明かりがある分それなりに視界は良好で、夜のケルディックを見渡すことができた。

一方のラウラは、抱え込むように手にしていた大剣の腹を指でなぞりながら、静かに口を開いた。

 

「アヤ、そなたに1つ問いたい」

「小難しいのは勘弁してね」

「心配ない。そなたにとって、剣の道とは何だ?」

 

・・・・・・私の前置きを聞いていなかったのか。随分スケールの大きい問いだ。

だがラウラも興味本位で聞いているわけではないだろう。私はラウラと同じように、長巻を抱きかかえながら返す。

 

「お母さん」

「え?」

「お母さんから貰った、数少ない宝物。それが私の剣」

 

私は膝を抱えるようにベンチに座り直し、鞘に彫られた文字を見詰める。

鞘は勿論のこと、柄も刀身も当然ながら何度も交換した。だが鞘だけは、交換の度に同じ文字を刻んできた。

 

「私、お父さんを小さい頃に亡くしてさ。それからお母さんが女手一つで育ててくれたんだ」

「共和国の遊撃士、だったか。察するに、そなたの流派は母君の?」

「流派って程のものじゃないよ。剣術の基礎と技を教えてくれたのはお母さんだけど、大分我流が入ってるし。それに、2年ぐらいしか習ってないんだ」

 

その言葉の意味を察したのか、ラウラは戸惑いの色を浮かべる。

 

「・・・・・・すまない。無配慮過ぎたようだ」

「いいよ。私が好きで話してるんだから。それに、私も1つ訊いてもいい?」

 

私はラウラに向き直り、彼女の目を見る。

 

「ラウラにとって、八葉一刀流って何?」

「・・・・・・やはりそなたも知っていたか」

「名前と存在ぐらいはね。でもこんな身近に使い手がいたなんて、びっくりだよ」

 

剣の世界に身を置く者であれば、誰もが一度は耳にする東方剣術。その使い手は帝国に限らず、ごく僅かと聞いている。リィンが振るう繊細にして雄大な太刀筋。あれがそうであると言われれば納得がいく。

一方のラウラは、彼に対し思うところがあるようで―――それが何であるか、ある程度想像がついていた。

 

「ふむ。どうやらそなたに隠し事は無駄のようだ」

「ふふん、これでも2年は人生の先輩だからね」

 

ラウラはベンチから立ち上がると、観念したかのような様子で語り始めた。

 

「父上からずっと聞かされてきた。皆伝に至った者は理に通ずる達人として認められるという八葉の剣。私は自身でも気付かぬうちに・・・・・・その神秘的な魅力に憑りつかれていたのだろう」

「幻想を抱いていたってこと?」

「かもしれぬな」

「そっか。でも、リィンはリィンだよ。八葉一刀流じゃない」

「そなたの言う通りだ。私もまだまだ未熟だな」

 

ラウラはそう言うと、『風見亭』の2階に目を向ける。

その先にあるのは、私達A班が宿泊する部屋だ。今頃リィン達はレポートをまとめている頃だろう。

 

「だが、それとは話が別だ。『限界』などという言葉を軽はずみに口に出すべきではない」

「何か事情があるんだろうね。人のこと言えないけど」

「ああ・・・・・・そろそろ戻るとしよう。これ以上3人を待たせるわけにはいかないからな」

 

ラウラの言葉にハッとする。大分話し込んでしまったようだ。

気付けば、さっきよりも窓明かりの数が減っているように思えた。

 

「そなたに感謝を。おかげで私はリィンと正面から向き合えそうだ」

「こっちこそ。思い出させてくれてありがとう」

「・・・・・・何の話だ?」

「何でもないよ」

 

私は再び鞘に彫られた文字に視線を落とす。

ラン・シャンファ。私が振るう剣に流派名を付けるとすれば、シャンファ流長巻術。

中々いい感じだ。名前というものの重要性を思いながら、私は宿に戻るのであった。

 

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4月25日。午後13時前。

 

「ぃよっふぁあい?」

「うん、酔っ払い。あと飲み込んでから喋ろうよ」

 

エリオットの言葉に、私はマゴットさんが出してくれたふわとろオムレツを頬張りながら返す。

 

朝方に発覚した屋台の襲撃と盗難事件。それを巡る喧嘩沙汰と領邦軍の目に余る対応。私達A班は一連の騒動の真相を掴むべく、調査に乗り出していた。

発端はリィンの一声だ。彼の言葉は不思議なもので、その1つ1つが心の奥の方へストンと落ちてくるような感覚を抱かせる。

ラウラもリィンの真っ直ぐな目に応え、事件への調査に同意した。思った通り、2人には何の心配もないようだ。むしろ以前よりも絆は深まったように思える。

そんなわけで、私達は男女二手に分かれて実施した聞き込み調査の成果をまとめるべく、一度『風見亭』に戻り軽食をとっていた。

 

「それで、その酔っ払いがどうしたのよ」

「あ、ああ。何人か町の人にその男性のことを聞いてみたんだけど、どうやらこの辺りじゃ見ない顔らしいんだ」

 

アリサの催促に、リィンが返す。

 

「ふむ。それで、本人は何と?」

「それがね・・・・・・かなり酔っ払っちゃってて、要領を得ないっていうか」

「すまない。結局何も聞き出せてはいないんだ」

 

リィンとエリオットの言葉に、女性陣は落胆の色を隠せない。

とはいえ、こちらもこちらで有益な情報を得られていない以上、責めることはできない。

 

「どうしよう、他に手掛かりらしい手掛かりは無いんだよね」

「ああ。もし本当に領邦軍が加担しているとすれば、午前中の接触で何か手を打たれているのかもしれない」

「ひぉっほあっへぉ、あは―――」

「食べながら話さないの」

 

アリサに叱られた私は、とりあえず口の中身を飲み込む。

その間にも「ていうかどこが軽食よ?」とアリサの突っ込みが聞こえた気がしたが、今はそれどころではない。

 

「・・・・・・ふぅ。手掛かりはまだあるでしょ。その酔っ払いの男性」

 

私がそう言うと、皆が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「まともに話すらできないんだよ?」

「まともに話そうとするから駄目なんだってば。酔っ払いの視線に立たなきゃ」

 

リィンとエリオットが「無茶を言うな」と言わんばかりの顔を向けてくる。

実際、彼らには到底無理な話だ。

 

「まぁ、酔いが醒めるのを待つって手もあるけど、それじゃ時間が掛かり過ぎるし。もう一度掛け合ってみようよ」

「アヤに賛成だ。他に手掛かりが無い以上、可能性が残されているならば動くしかなかろう。それに、何か策があると見えるが?」

 

ラウラに続くように、再び皆の視線が私に注がれる。

そこまで期待されても困るのだが。それに策と呼べるようなものがあるわけではない。

 

「とりあえず行ってみるか。場所は西の街道への出口前だ」

 

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「・・・・・・うぅ、うぇぇ・・・・・・ヒック」

「さ、酒くさっ」

「何かさっきより酷くなってない?」

「ああ・・・・・・少なくとも、泣いてはいなかったな」

 

目の前の泥酔した男性をまじまじと見詰める。

なるほど、泣き酒か。ノルドで言えば、お義父さんやアムルさんのようなものだろう。

お義母さんやサンさんタイプだったら私の手には負えないと危惧していたが、その心配はないようだ。

 

「それで、どうするのだ?」

「どうもこうもないよ。普通に話すだけ」

 

アヤは膝を抱えるようにしてしゃがみ込み、男性の顔を覗き込む。

 

「どうしたの、おじさん」

「ぅぅ~・・・・・・ぁねえよ。らぁ・・・・・・」

「それ、もうお酒入ってないじゃん。ほら、新しいの持ってきたから」

 

マゴットさんが特別に持たせてくれた酒瓶を取り出す。

これ以上飲ませるのは得策ではないが、度数の低い酒を薄めたものならば問題ないだろう。

 

「お酒だけじゃ口が寂しいでしょ?干し肉も持ってきたよ」

 

(随分と手慣れているようだな)

(はは・・・・・・ここはアヤに任せよう)

 

アヤは繰り返し、且つ拒絶されない程度に何度も声を掛ける。その甲斐あってか、相変わらず会話は成り立っていないものの、いくつかの単語は聞き取れるようになっていった。

もう少しだ。アヤはそう意気込むと、男性と同じように胡坐をかいて地べたに座り込む。

 

(ちょちょ、ちょっとアヤ!見えてる、見えてるって!)

(邪魔しないでよ、今いいところなんだから)

 

アリサの制止を振りほどき、アヤは男性に向き直る。

 

「そっか。ひどい話だね。そんなに頑張ってたのに」

 

アヤは男性の頭を撫でながら、献身的に接する。

その後方ではラウラが男性陣の視力を奪いに掛かり、ついでにHPの大部分を奪われる悲劇が起きていたが、アヤの知るところではなかった。

 

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ルナリア自然公園。

延々続くかと思われた田園風景の中から突如として現れたそれは、トンネルを抜けた先の風景を連想させる。ラウラの説明によれば、精霊を鎮めるための『鎮守の森』に近いそうだ。魔獣の潜入を防ぐためとはいえ、入り口が鉄格子というのは雰囲気に合っていないような気がする。

 

「それがこんな所に転がっているってことは・・・・・・」

「ああ。犯人達がこの中に潜んでいる可能性は高そうだな」

 

アリサの手には、商人のハインツさんの品物と思われるブレスレット。リィンが言うように、十中八九犯人達はここを通ったに違いない。

 

「アヤ、出入り口はここだけなのか?」

「・・・・・・いくつかあるみたいだけど、道順を考えてもここから入るのが一番じゃないかな」

 

私はルナリア自然公園の管理人、ジョンソンさんから託された園内の地図を見る。

正面の出入り口以外は、ここからでは遠すぎる。

 

「そうか。ならば―――」

「いや・・・・・・俺がやろう。その大剣よりも静かにできるはずだ」

 

そう言ってラウラの前に出たのは、リィンだった。

心配ないだろう。リィン程の腕があれば、斬鉄ぐらいやってのける。あとは心の問題だ。

 

私は手にしていた園内の地図を再び見下ろす。

ボロボロに使い古されたその地図には、ありとあらゆる情報が細かく手書きで記されていた。おかげで迷うこともないだろう。ジョンソンさんは酒に溺れながらも、肌身離さずこれを持ち歩いていたのだ。おそらくは私に手渡したことさえ覚えていない。

 

私は今一度、一連の騒動を振り返る。

私に政治経済の事情は理解できない。程度の差はあれど、増税が悪とは限らないのかもしれない。

だが、それを正当化するために他人の人生を利用するなど、あってはならない。

ジョンソンさんだけではない。オットーさんも、ハインツさんも、マルコさんも。

 

金属の落下音が聞こえる。道は拓けたようだ。

 

「時間もない。犯人達の追跡を始めよう」

 

リィンに従い、私達は園内へと歩を進めた。


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