絢の軌跡   作:ゆーゆ

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2回目の実技テスト①

「今回の実技テストは以上。続けて今週末に行う特別実習の発表をするわよ・・・・・・リィン」

「はい」

 

サラ教官は軽く目配せをした後、茶色の封筒をリィンに手渡す。前回同様、あの中に今回の実習の詳細が記されているのだろう。

リィンは中身を取り出し確認すると、それを1枚ずつ各《Ⅶ組》メンバーに配り始めた。

 

私達《Ⅶ組》の代表といえば、当然クラス委員長であるエマだ。クラス内で何かを議論したり決め事をする際には、彼女が先頭に立ってその場を取り仕切るのが常である。

だがサラ教官はリィンをよく名指しするし、当のリィンも自然に応じる。エマもエマで、それを当然のように捉えているように見える。

言葉では表せないが、2人にはそれぞれの役割があるのだろう。

 

私の背後では、エリオットが右手の掌を擦りながら肩を落としていた。

今の実技テストで負った傷だ。気にならない程度の軽症だが、軽く皮を擦り剥いてしまったようだ。

 

「手、大丈夫?」

「うん、軽い掠り傷だから・・・・・・あはは、ダメダメだったね」

「見ていて気の毒になるぐらいダメダメだったね」

「き、キツイなぁ」

 

今回の実技テストは前回と同様、対『動くカカシみたいなもの』。今回は5人ずつ、2班に分かれて実施された。その第2班―――マキアス、ユーシス、エリオット、エマ、フィー。

戦術リンクどころか、それを抜きにしてもまるで連携が取れていなかった。

多対一というよりは、一対一の集まりとでもいったところか。

フィーの個人技に目が止まったぐらいで、それ以外はエリオットが言うように、ダメダメな結果だった。

サラ教官が言うように、責任の大半は彼ら『2人』にある。それは誰の目から見ても明らかだった。

 

「ありがとう、ガイウス」

「何のことだ?」

「前回の実習、無事に帰ってきてくれてありがとう」

「・・・・・・漸く俺の苦労が理解できたようだな」

 

大きく溜息をつきながら、リィンが手渡してくれた用紙に視線を落とす。

それによると、私は今回B班。アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウス、そして私の5人編成のようだ。

 

「あ、私達一緒の班だよ」

「同じ班か。いい風が吹いたようだ」

 

私とガイウスが声を上げ、視線を交わしながら笑顔を浮かべる。

それと同時に、皆の視線が瞬時に私達2人に向けられた。誰しもが『今は黙っていてくれ』とでも言いたげな表情だ。

 

「・・・・・・失礼」

「・・・・・・失礼した」

 

無理もない。皆の関心は今『A班』の方に向いている。

 

「冗談じゃない!」

 

その当事者であるマキアスが声を荒げて続けた。

 

「サラ教官!いい加減にして下さい!何か僕達に恨みでもあるんですか!?」

「茶番だな。こんな班分けは認めない、再検討をしてもらおうか」

 

マキアスに同調するように、ユーシスも意義を唱える。

 

「入学当初を思い出すな」

「・・・・・・そうだね」

 

ガイウスの言う通り、あの時も今回と似たやり取りがあったことを思いだす。

たった2ヶ月間前の出来事だというのに、それが遠い昔の出来事のように思えてくる。それだけ濃密な日々を過ごしてきたという証だ。

 

その一方で、目の前のこの2人。マキアスとユーシスはあの時と何も変わってはいない。

何かいいキッカケがあればいいのだが。

 

(ああ、だからか)

 

多分、そういうことなのだろう。決して単なる思い付きではないはずだ。

班分けだけではない。A班の実習地にも、きっとサラ教官の思惑が込められているに違いない。

 

「あたしは軍人じゃないし、命令が絶対だなんて言わない。ただ、『Ⅶ組の担任』として君達を適切に導く使命がある」

 

そう語る彼女はいつもと同じ、こちらを見透かしたような余裕のある笑みを浮かべている。

だが、言葉は真剣そのものだ。普段は軽口が目立つ分、その重みを一層感じることができる。

 

「それに異議があるならいいわ。2人がかりでもいいから・・・・・・力ずくで言うことを聞かせてみる?」

「・・・・・・面白い」

 

(前言撤回)

 

どうしてそうなるのだ。多分、あれは単なる思い付きだ。

 

男のプライドとやらに障ったのか、マキアスとユーシスはいきり立ちながらサラ教官の前へ歩を進める。

リィンやエリオットの制止の声も、もはや耳に入っていない様子だ。あれではもう引き下がれない。

 

「フフ、そこまで言われたら男の子なら引き下がれないか。そういうのは、嫌いじゃないわ」

 

サラ教官もまた不敵な笑みを浮かべながら、躊躇なく2人の前へと歩み出る。

と思いきや、身構える2人を無視するかのように、彼らの間を通り抜けてしまった。

 

(え?)

 

彼女はそのままこちらへ向かって歩を進め、私の前で足を止めた。

 

「出番よ、アヤ」

「はい?」

「だから、あなたが2人の相手をしてあげなさい」

「・・・・・・」

 

「「ええっ!!?」」

 

周囲に私を含めた《Ⅶ組》全員の声が響き渡った。

 

「な、何で私が・・・・・・無理ですよそんなの」

「そう?私にはそうは思えないけど。それに愚弟の面倒は長女が見るべきでしょう」

「勝手に弟を増やさないで下さい!」

 

本気なのか冗談なのか。表情から察するに、おそらく前者だろう。

理解できない。自分で彼らをそそのかしておいて、どうして私が巻き込まれる。

サラ教官の理不尽な振りに納得できない一方で、私以外のメンバーは別のところに意識が向いていた。

 

「ふざけるのも大概にするがいい!!」

「この男の言う通りだ!!どれだけ僕達を侮辱すれば気が済むんですか!!」

 

ユーシスとマキアスは隠そうともせず、感情に身を任せて怒りを露わにしていた。

彼らの反応は当然だろう。場の勢いとはいえ、2人がかりで教官に食って掛かった先に待っていたのが、私だなんて。

 

サラ教官は彼らの言葉を無視するようにして、私の顔を覗き込んでくる。

 

「ちょ、近い、近いです」

「それに、そうやっていつまでも目を背けているわけにはいかないでしょ?」

「えっ・・・・・・」

 

既にサラ教官の顔は、私の目と鼻の先にまで近付けられている。

おでこ同士が接触し、互いの熱を測りあうような体勢だ。

 

「大まかな事情は聞いてるわ。私も知っておきたいのよ、あなたの担任としてね」

「そう、言われても」

「とはいえ、アヤにも思うところがあるだろうし。この場は任せるわ」

 

サラ教官は私から顔を離すと、私を見守るような面持ちで続けた。

 

「どう?やれる?」

「・・・・・・私は」

 

周囲の様子を窺う。私とサラ教官のやり取りに、皆戸惑いの色を隠せないようだ。

唯一、ガイウスだけが皆とは別の意味合いで、少し不安げな視線を送ってくる。

 

サラ教官の言う通りかもしれない。多分これは、私にとって避けては通れない道だろう。

 

「・・・・・・分かりました。立ち合います」

「フフ、決まりね。リィン、ついでに君も入りなさい」

「りょ、了解です・・・・・・どちら側にですか?」

「あっちに決まってるじゃない」

 

サラ教官は溜息をつきながら、ユーシスとマキアスの方角へ指を向けた。

周囲にどよめきに近い声が上がる。

ダメ押しと言わんばかりのリィン参戦に、既に2人の怒りも限界点に達しているようだ。

 

「アヤ、無理はしないでくれ」

「大丈夫。ただ、危なくなったらお願いね」

 

ガイウスと小声でやり取りをしていると、リィン達3人は既に開始線の前に立っていた。

私も遅れて反対側に位置する開始線を目指しながら、考える。

 

まともにやり合えば勿論勝ち目はない。

だが『制限無し』なら、やりようによってはいけるだろう。

幸いにも、3人中2人は浮足立っている。付け入る隙はいくらでもある。

 

「フン、さっさとこの茶番を終わらせるぞ。それで全て解決だ」

「言われるまでもない。アヤ君、悪く思わないでくれ」

 

ユーシスとマキアスが、剣先と銃口を私に向けた。

刃を落とした訓練用の刀剣に、殺傷力を抑えた訓練弾。訓練用とはいえ、どちらもまともに受ければ無事では済まない。

 

私のことはどうだっていい。本来ならこの場に立っているのはサラ教官だ。

元凶は彼女の挑発だし、勢いと流れに乗っただけとはいえ、彼らは自分の意志でこの場に立っている。

何か特別な事情があるのは理解できる。もしかしたら、凄惨な過去があるのかもしれない。

だからといって教官に刃向っていい理由にはならない。

先月の特別実習に、今回の実技テスト。巻き込まれた側のことを考えているのだろうか。

 

段々とイライラしてきた。余りにも2人は周りが見えていない。

 

「あのさ。何か事情があるのは分かるんだけど、少しは周りのことを考えたら?」

「・・・・・・何だと?」

「迷惑だって言ってるの。身分の違いの前に、人となりを見ようよ。貴族だから何だっていうの?」

 

私はマキアスに問いかける。膨れ上がった風船を針で突いたかのように、彼は反発してきた。

 

「君に僕の何が分かるっていうんだ!!!」

「分かるはずないでしょ。何も話してくれないんだから当たり前じゃん」

 

私は捲し立てるように続けた。

 

「歩み寄ろうともしないくせに、自分が抱えるものを私達に理解しろって言うの?無茶言わないで。身勝手にも程があるよ」

「・・・・・・そ、それは」

 

口ごもるマキアスの隣、ユーシスに目を向ける。

 

「ユーシスもだよ。『身分はどうあれ、士官学院生はあくまで対等』。自分で言ったことでしょ。もう忘れたの?」

「言っている意味が分からんな。だからこうして茶番に付き合ってやっているのだろう」

「・・・・・・ああ、そう。もういいよ」

 

私は開始線の前に立ち、長巻の鞘を払って勢いよく投げ捨てる。

その先にいたガイウスが鞘を受け取ったのを確認し、2人に鋭い視線を向けた。

 

「1つだけ言わせて。エリオットの右手の傷、気付いてる?」

 

突然名を挙げられたエリオットは、誤魔化すようにして右手を後ろ手にして隠した。

 

「これ以上、戦いの場に私情を持ち込まないで。次は掠り傷じゃ済まないかもしれない。自覚してよ、お願いだから」

 

胸の奥がズキリと痛む。まるで自分自身に言い聞かせているようだ。

だが、誰かが言わねばならない。事が起こってからでは遅い。後悔するのは彼ら自身だ。

 

「抜きなよ、リィン。まとめて相手をしてあげる」

「・・・・・・ああ。本気なんだな」

「ふふ、そろそろ始めるわよ。両者、構えて―――」

 

サラ教官の合図を待ちながら、目を閉じ呼吸を整える。

意識して全身を弛緩させ、『枷』を外す。

サラ教官が言うように、存在を否定しても意味が無い。そろそろ正面から向き合ってもいい頃だ。

 

「・・・・・・あ、あれは」

 

私の変化に初めて気付いたのはリィンのようだ。

私達を見守るラウラ、フィーの顔色も変わった。先の特別実習で一度だけ目の当たりにしたアリサも後に続いた。

 

「―――始め!!」

「一の舞、『飛燕』!!」

 

サラ教官の合図とともに、やや下方に向けて袈裟切りを放つ。

その斬撃はリィン達の足元に向かって飛来し、地面の土砂を頭上高く巻き上げた。

 

「な―――」

 

いい具合に視界を遮ってくれたようだ。私が3人の頭を飛び越えるようにして背後に回った今でも、後方に位置するマキアスの視線は前方に向かれたままだ。

 

「1人目」

 

私はマキアスの後頭部を軽く剣の腹で叩く。

彼はその意味を理解できていないようだが、今はどうだっていい。

 

リィンとユーシスがこちらへ振り返るのと同時に、合わせるようにしてユーシスの左方へと回り込む。

彼の手元に向けて力任せに長巻を振り下ろすと、両刃剣は彼の手を離れ地面に叩きつけられた。

 

「2人目ね」

 

長巻の先端をユーシスの首筋に当てると、彼は呆気にとられた表情で私を見詰めていた。

これで数の利は無くなった。残すところはリィン1人だ。

 

「っ・・・・・・はあああっ!!」

 

躊躇ないリィンの連撃が私に襲いかかり、辺りに剣戟の音が鳴り響く。

相変わらず見事な太刀筋だ。

多分、技は互角だろう。差があるとすれば、それは身体能力の違いに他ならない。

 

「たぁっ!!」

 

リィンの薙ぎ払いを刀身で受け止め、返すように逆側から中段蹴りをお見舞いする。

呻き声を上げながら地に膝をついたリィンの頭を、手刀で軽く小突きながら言った。

 

「3人目。文句ある?」

「・・・・・・ま、参った。降参だ」

 

力なく呟いたリィンの言葉に、サラ教官が満足気に立ち合いの終了を宣告した。

再び周囲にどよめきが起こる。さて、この事態を皆にどう説明すればいいのやら。

 

考えを巡らせようとした矢先、1人の女子生徒―――ラウラが、私とリィンの間に立ちはだかった。

 

「サラ教官。この場を少しお借りしてもよいだろうか」

 

ラウラは私の目を真っ直ぐに見据えながら、力強く言った。

 

「アヤ、そなたと手合せ願いたい」

 

その顔に浮かぶのは、覚悟と緊張感。

そして得体の知れない『何か』を目の当たりにしたかのような、戸惑いと畏怖に他ならなかった。


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