絢の軌跡   作:ゆーゆ

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2回目の実技テスト②

辺りに午前の部終了のチャイムが鳴り響くとともに、学院全体がガヤガヤと騒ぎ出す。

教室や中庭のベンチ、屋上に学生食堂。そこかしこで皆が昼食をとりながら、1日の折り返し地点である昼休みの時間を満喫していた。

 

今日のお昼ご飯は遅くなりそうだ。アヤは心の中で一人ごちながら、目の前の少女を見詰めた。

 

「アヤ、受けてもらえないだろうか」

 

サラ教官に視線を送り、判断を委ねる。

数分前にチャイムは鳴り終えているし、時間外にグラウンドで私闘ともなれば色々な面で大問題だ。

 

「君達の好きにしなさい。全てを実技テストの補修として認めるわ」

 

ラウラはほっと胸を撫で下ろしたようで、再び私に向き直る。

別段断る理由もない。彼女の意思を尊重するまでだ。

 

「私も構わないよ」

「・・・・・・そなたに、感謝を」

 

私がラウラの申し出を受けると、棒立ち状態だったユーシスとマキアスは、ガイウス達が立つ位置へと引き下がった。

彼らからすれば、悪戯にプライドを踏みにじられただけと言っても過言ではない。

それに、先程は私も言葉が過ぎたかもしれない。後で2人には非礼を詫びよう。

 

「正々堂々、1対1と言いたいところではあるが・・・・・・到底敵わぬであろうことは承知している」

「そうかな。じゃあ、どうするの?」

「先程と同じだ。リィン、立てるか」

 

ラウラが手を差し伸べると、リィンは苦笑しながら彼女の手を取り、尻の砂を掃いながら立ち上がった。

 

「ああ、何とか・・・・・・はは、油断したなんて言い訳はできないな。正直、驚いたよ」

「私とて同じだ」

 

予想はしていたが、2人には思い当たるところがあるようだ。

 

「『気』を操作して身体能力を向上させる術技だな。我がアルゼイド流にも伝わる発想だ」

「ああ。俺もユン老師から指南を受けたが・・・・・・今の俺には、とても。練度が違い過ぎる」

 

私も自分なりにこの力の正体を調べたことがあった。

気を利用する技術というのは、流派を問わず存在すること。

その中でも体の『外』ではなく『内』へと気を向ける技術は、大変な危険が伴うこと。

扱いに長けた熟練者にしか到達できない領域であること。

調べれば調べるほど、自分が普通ではないことを突き付けられたかのようだった。

 

「練度が違う、か。リィン、それはちょっと違うと思う」

「え?」

「それ、鍛錬を積み重ねた程度を示す言葉でしょ。私は何もしてないよ」

「な、何もって・・・・・・そんなはずないだろう」

「信じられないかもしれないけど、気付いた時にはこうなってたんだ」

 

嘘は言っていない。ある日を境にして、突然与えられた力。

気の操作法なんて知らない。扱い方も分からない。

私が知っているのは、必死の思いで見出した、溢れ出る力を抑える術だけだ。

 

「私は・・・・・・」

 

次の言葉が出てこない。途端に、途方もない孤独感に襲われる。

 

「アヤ?」

 

リィンとラウラが怪訝そうな表情で私を見ている。

2人だけではない。ガイウスを除いた《Ⅶ組》全員の視線が、私に注がれていた。

 

多分、私は怖いんだ。皆から奇異の目で見られることに、耐える自信がないだけだ。

・・・・・・我ながら情けなくなってくる。何度足踏みをすれば気が済むんだろう。

 

(成長しないなぁ、私)

 

目を閉じ、深呼吸を2つ半繰り返した後、息を軽く止める。

右の握り拳を額の数リジュ前に構え―――力の限り、拳打を叩き込んだ。

 

「あ、アヤ!?」

「っ・・・・・・大丈夫。気が触れたわけじゃないから」

 

ケルディックの『風見亭』でのやり取り。あの時の二の舞を演じてどうする。

何を疑う必要がある。躊躇う必要がどこにある。私の二の舞は『円月』で間に合っている。

リィンとアリサの言葉を信じよう。どんな事情があるにせよ、私は私。一番食い意地が張ってて、一番―――

 

「・・・・・・アリサ、何だっけ?」

「何のことよ。ああもう、あなたさっきからワケが分からないわよ」

 

アリサ同様、皆何が何だか分からないといったような面持ちで私を見ていた。

1人であれやこれやと考え込むのはもうやめだ。私らしくもない。

 

「ごめん、ちょっと気合を入れ直しただけだから。そろそろ始めよっか。ラウラ、リィン」

「・・・・・・その前に、1つ訊いてもいいか」

 

リィンは左手を胸に当てながら、私に問いかける。

その表情には先程のラウラ同様、様々な感情が入り混じったかのように、複雑な色が浮かんでいた。

彼のこんな顔を見るのは初めてかもしれない。

 

「察するに君のそれは、望んで手に入れたものじゃないんだろう」

「そうだね。さっき言った通りだよ。それで?」

「それでって・・・・・・その力に、何か思うところがあるんじゃないのか?」

「それはそうだけど、それを全部ひっくるめて私だから」

 

つい今し方、自分を見失いかけたことは伏せておこう。

2歳分の虚勢を張りたいだけかもしれないが、それでも構わない。

 

「それにこの力のおかげで、守ることができた人だっているんだよ」

 

ノルドでは大切な家族を。先月の特別実習では、アリサを。

 

「私が力を振るうことが、みんなのためになるなら・・・・・・迷う必要なんてどこにもない。全部、私だよ」

 

私は足元の開始線を見下ろす。

文字通り、漸くスタートラインに立てた気がする。

私の過去も、今の私も、全部私だ。全てを受け入れて歩を進めよう。

これからが本番だ。入り口を見つけることよりも、そこからの道のりを探すことの方が遥かに難しいはずだ。

 

「・・・・・・自分自身以外のために剣を振るう、か。そなたのことが、少し理解できたような気がするな」

 

目の前に映るのは、いつものラウラ。

見惚れてしまいそうになる彼女の真っ直ぐな瞳も、いつも通りだ。

 

「唐突に力の差を見せつけられ、面食らってしまったが・・・・・私はそなたの剣が好きのようだ。少し、安心した」

「ああ。全部ひっくるめて私、か・・・・・・アヤは強いんだな」

 

リィンもリィンで、どこか清々しい顔付きだ。

何か思うところがあったのだろうか。

 

「君が《Ⅶ組》にいてくれてよかったよ。ありがとう、アヤ」

「・・・・・・あ、うん。その・・・・・・え?」

「・・・・・・リィン」

 

私が言葉を詰まらせていると、パンパンと両の掌を叩く音が鳴り響いた。

 

「ほらほら君達、いつまで話し込んでる気?やるならさっさと構えなさい」

 

腰元のARCUSを見れば、既に昼休みの時間は半分しか残されていなかった。

学生食堂は夕方まで開いてはいるが、サラ教官の言う通りぐずぐずはしていられない。

 

「リィン、手を貸してもらえるか」

「勿論だ。負けっ放しでいられるほど、俺も達観しちゃいないさ」

 

2人にとって、この立ち合いはどんな意味を持つのだろう。

そもそものキッカケすら曖昧になりつつある気がするが、こうなっては私も引くに引けない。

 

先程のように奇襲を仕掛ける隙はない。

それに、2人は既に戦術リンクで繋がっている。その効果を存分に活かしてくるはずだ。

相手にとって不足は無い。そんな私の予想を、彼らがいい意味で裏切ることになるとは、思ってもいなかった。

 

_______________________________

 

アヤ・ウォーゼル。19歳。女性。旧姓、旧名共に公の文書からは既に抹消されている。

 

7年前に大陸横断鉄道を介してクロスベル自治州より入国。

その際の入国申請書を最後にして消息を絶つ。

同時期に発生したとある事件の重要参考人として捜索が進められていたものの、足取りは掴めず。

彼女の生存が確認されたのは、その約6年後。

但し、これも公式なものではない。

 

既に彼女は全くの別人として、ノルドの民「アヤ・ウォーゼル」として、第2の人生を歩んでいる。

 

《Ⅶ組》の担任として、私がアヤについて聞かされていたのは、ざっとこんなところだろうか。

正確に言えば、個人的なツテを頼ってかき集めた情報も混ざってはいる。彼女が抱え込む力についてもそうだ。

フィーもそうだが、彼女の生い立ちも相当ワケ有りと言えるだろう。

 

(・・・・・・それで、あんな真っ直ぐに育つものかしら)

 

アヤがどういった経緯でノルドの地に至ったのか、私には知る由もない。

だが彼女の人生の中で、それが大きな転機になったことは容易に想像がつく。

私の目に映るのは、必死になって何かを見つけようともがく少女に他ならない。

何かを失うことを過剰に恐れているように見えるが、それもきっと時間が解決してくれる。

 

「さてと、ちょうどいい機会だわ」

 

予想していた通り、彼女の力は本物だ。

まだまだ荒が目立つが、その分育てがいがあるというものだ。

むしろ彼女と対峙する2人。こちらは正直、想像以上だ。

 

「す、すごいや。2人を同時に相手にするだなんて」

「そうですね。で、でもこの場合・・・・・・」

「2人とも、息合いすぎ」

「ああ。あれが2人のリンクの力なんだろう」

「ガイウスの言う通りよ」

 

こうして客観的に見て、初めて理解できることもあるだろう。

 

「アヤの腕は本物だし、中々頑張ってるけど・・・・・・あれが君達が持つ可能性よ。私に挑むつもりなら、あれぐらい使いこなせるようになってからにしなさい」

「ぐっ・・・・・・」

「フン」

 

立ち合いに目を奪われていたユーシスとマキアスに声を掛ける。

この2人も何かと抱え込んでいるものがあるようだが、私にできることは限られている。

あとは彼ら自身が道を切り拓くしかない。

 

「フフ、精々悩んで考えることね。君達には、それだけの時間があるんだから」

 

________________________________

 

速いし、それに重い。何より手が読めない。

どう捌こうとも思うように間合いが取れない上に、互いの体をすり抜ける様にして斬撃が襲ってくる。

こうして対峙してみて、初めて理解した。これは脅威だ。

力技でどうこうできるレベルではない。

 

「「はあああっ!!」」

 

戦術リンクを抜きにしても2人は腕が立つし、息が合っている。

それも相まって、戦術リンクをより確固たるものにしている。押し切られるのは時間の問題だ。

 

「せぃあっ!!」

 

ありったけの力を込めて地面に長巻を叩きつける。

その衝撃に合わせてリィンとラウラは後方に引き下がり、漸く手が止まった。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・っど、どうしたリィン。もう限界か」

「ら、ラウラこそ・・・・・・はは、まだまだこれからさ」

 

肩で息をしながらも構えには隙が無い。まさかここまで苦戦するとは思ってもいなかった。

しかも2人は笑みを浮かべている。少々ハイになっているようだ。

 

(わ、笑えない)

 

そう思うやいなや、ラウラの大剣の刀身が青白く輝き始めた。

あれは前にも見たことがある。ここでその技を出されてはひとたまりもない。

 

「させない!」

 

私はラウラに向けて『飛燕』の斬撃を繰り出す。

次の瞬間、大剣から輝きが消え、ラウラは不敵に笑いながらそれを上段に構えた。

 

「え―――」

「『地裂斬』!!」

 

振り下ろされた大剣の先から、地を這うようにして衝撃波が走り始めた。

私と2人の間で衝撃波同士が激突し、辺りに砂埃が舞い上がる。

 

不利な展開だ。視界が遮られ、途端に2人の姿を見失ってしまう。

それはあちらも同様のはずだが、少なくとも2人はリンク介して互いの位置を把握し合っているはずだ。

 

視界を広げるため後方に飛び距離を取ろうとした矢先、左右の砂煙が静かに揺らいだ。

私が後方へ着地するのを待たずして、その中から2人が同時に襲い掛かってきた。

 

(や、やば)

 

何通りかの捌き方が頭に浮かんだが、そこで考えるのを止めた。

全く同じタイミングで来られては、躱しようがない。これは流石にお手上げだ。

 

「そこまで!!」

 

サラ教官の合図と同時に、私は剣先を下げ構えを解いた。

リィンとラウラも同様にして技を止めたが、ラウラは反動で足がもつれてしまったようだ。

 

「っとと。大丈夫?」

「・・・・・・心配ない」

 

ラウラは体勢を立て直すと、呼吸を整えようともしないうちに喋り始めた。

 

「そなたに感謝を、アヤ。こんな感覚、初めての経験だ」

 

興奮覚めやらぬ様子のラウラは、全身が砂と泥だらけ。

顔にはびっしょりと汗が浮かんでおり、額には髪の毛が無造作にまとわりついている。

そしてその瞳は、相も変わらず純粋無垢で真っ直ぐだ。

 

「っ・・・・・・あ、あはは。リィン、パス」

「え?わわっ」

 

私が男性だったら、と思うとぞっとする。

というより、そんな事を考えてしまう時点で非常に不味い気が―――

 

(あ、あれ?)

 

途端に、視界が狭まる。膝の力が抜け、地面が傾いていくような錯覚に陥る。

 

「あ―――」

「無理をするなと言っただろう」

 

聞きなれた声に、ほっとする。

視界と意識がぼんやりとしているせいで、自分が今どんな体勢なのかすら判断できない。

 

「立てるか?」

「・・・・・・ダメ。飛びそう」

「仕方ないな」

 

既に全身に力が入らない。耳鳴りのせいで、周囲の声も耳に入らなくなってきている。

皆に余計な心配は掛けたくないが、今はそうも言っていられない。

 

「もう喋らなくていい」

 

昔からそうだ。頼んでもいないのに、私が彼を必要とする時には必ずそこに居てくれる。

私には、勿体無い男性だ。

そこまで考えて、私は深い眠りに入っていった。


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