絢の軌跡   作:ゆーゆ

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白衣の先輩

駅に置いてあった観光案内によれば、あの純白の台地は「石灰棚」と呼ばれるものだそうだ。

特に神秘的な何かがあるわけでもなく、その正体は学術的にしっかりと研究がなされているらしい。

とはいえ、ああいった地形は途方もなく長い年月を掛けて形成されるそうだ。

それはそれで感慨深いものがある。

セントアークは観光業も盛んである聞いていたが、間違いはないだろう。

あの光景は確かに一見の価値があるはずだ。

 

「へぇ・・・・・・雰囲気は帝都に似てるね。何だか落ち着くなぁ」

 

セントアーク駅前の広場に降り立った私達は、周囲の街並みを見渡していた。

エリオットが言うように、五大都市の1つであるセントアークは帝都ヘイムダルに近い様相を呈していた。

緋色を基調とした帝都に比べ、白色の建造物が多い点は特徴の1つと言えるだろう。

天気は快晴だし、気温もトリスタと大差無い。過ごし易い環境だ。

 

「すごい人だかりだな。少々息が詰まる感覚だ」

 

ガイウスの反応は・・・・・・無理もない。ここまで大きな都市を訪れるのは、彼にとって初めての経験だ。

 

「ふむ。まずは今回の実習の案内人を訪ねる必要があるな」

「んー、ちょうど昼時だけど・・・・・・どうしよっか?」

 

私は後方を振り返り、誰もいない空間に視線を向けた。

ガイウスを除いた他の3人も同様にして、4人の視線が一点に集まる。

やはり誰の姿もなかった。それもそのはず、お目当ての人物は直線距離でも2,000セルジュ以上離れた遠地にいるのだ。

ガイウスだけが、怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「・・・・・・先が思いやられるわね」

「・・・・・・同感だ」

 

先月の特別実習。先頭に立っていたリィンの存在感を、今更ながらに理解した。

何て情けない。初っ端からこれでは、アリサが言うように先が思いやられる。

 

「なるほどな。なら今のうちに、リーダー役を決めておけばいいんじゃないか」

 

私達はガイウスの提案に賛同し、今回の実習のリーダー役を決めることとなった。

必須ではないだろうが、皆の意見を取りまとめる存在がいた方が、何かとスムーズに事が進むはずだ。

 

「じゃあ、誰がやろうか」

 

エリオットが皆に投げ掛けると、自然に4人の視線が私に集まってきた。

どうしてそうなる。余りにも安易すぎるだろう。

 

「ちょ、ちょっと。タイムタイム」

 

私は両の腕でTの字を作り、戸惑いながら異を唱える。

 

「今絶対に年齢で決めたでしょ。それは少し違うと思うな」

「・・・・・・言われてみれば」

「・・・・・・思慮が浅かったようだ」

 

再び振り出しに戻る。

誰もが決めかねている様子だったが、私からすれば1人しか適任者はいないように思えた。

 

「アリサ、あなたがやれば?」

「わ、私?」

 

視野の広さと皆を気遣う姿勢。冷静な判断力。

彼女の人となりは理解しているつもりだ。この中で皆の中心になれるとしたら、アリサしかいないはずだ。

 

「うん、私に異存はない」

「俺もだ」

「僕もだよ。どうかな、アリサ」

 

少し間を置いてから、アリサは戸惑いながらも承諾してくれた。

彼女にも思うところはあるだろうが、別に彼女に頼り切るつもりは毛頭ない。

それは私以外の3人も同じだろう。

 

「じゃあ、まずは案内人を訪ねましょう。先に今日の実習内容も把握しておきたいわ」

「リーダー、私お腹減ったよ」

「我慢しなさい。えーと、5番の停留所でバスに乗って・・・・・・そのまま終点へ向かえばいいみたいね」

 

サラ教官から渡された案内書を見ながら、アリサは先頭に立って歩を進めた。

私の冗談を軽く受け流すあたり、心配はないようだ。

 

「あれかな?ちょうどバスが来てるみたいだよ」

 

エリオットが言うように、目的の停留所には中型の車両が停まっていた。幸先いいスタートだ。

遠くから見た感じでは、中も空いているように思えた。

 

「・・・・・・え?」

 

バスの入り口に向かって歩き始めたと思いきや、突然足を止めたアリサに思わずぶつかりそうになる。

 

「っとと。どうしたの?」

「ほら、これ」

 

アリサが指差す方向に目を向けると、停留所の一覧と路線図が張り出されたポールが立っていた。

それによれば、この停留所のバスは東の街道を出てから途中の三叉路を左、北側の外れに向かうようだ。

その先にある終点が目的地であるはずなのだが―――

 

「・・・・・・セントアーク理科大学、行き?」

 

______________________________________

 

バスに揺られること約40分。

三叉路を曲がる頃には都心部からかなり離れており、周囲には街道らしいのどかな風景が広がっていた。

 

「ふむ。アリサ、ここで間違いないのだな」

「え、ええ。そのはずよ」

「美しい建造物だな。士官学院とも趣が違うようだ」

 

そんな街道の外れに、目的地は確かにあった。

目の前には、石造りの巨大な建物。美しく壮大で、外壁を覆うテラコッタタイルには様々な動植物像が刻まれている。

見た目だけなら美術館や博物館と勘違いしてしまうことだろう。

ルーレ工科大学を知っている分、ここが同じ大学であると言われてもにわかには信じがたい。

 

「せ、セントアークに大学があることは知ってたけど、まさか特別実習で来ることになるとは思ってもいなかったよ」

「私も・・・・・・ジョルジュ先輩が言ってたのは、ここのことだったんだ」

 

時間があれば訪ねてみる、どころの話ではなかった。

案内人がいる以上、私達の特別自習はここが中心となるはずだ。

 

「と、とりあえず正面の建物に入りましょう。多分ここが本校舎のようなものだと思うわ」

 

困ったことに、敷地内のどこに向かえばいいのかまでは案内書に記されていなかった。

アリサに従い正面玄関から建物内に足を踏み入れると、外見との違いに再度驚かされた。

 

中は士官学院以上に現代的で、導力式の設備がそこかしこに目立っている。

まるで時間旅行をしているかのような感覚だ。

エントランスホールは最上階まで吹き抜けになっているようで、開放感に溢れていた。

 

「もしかして、君達が士官学院から来たっていう生徒かい?」

 

正面玄関の前で立ち尽くしていると、後方から男性の声が聞こえた。

振り向くと、そこにはラフな出で立ちの男性が立っていた。

紅色の長髪が特徴的で、それが大雑把に後ろでまとめられている。

髪の毛だけで言うなら、エリオットとガイウスを足して2で割ったような男性だった。

 

アリサがトールズ士官学院から来た旨を説明すると、男性に連れられて入り口に程近い小部屋へと案内された。

 

「今教授を呼んでくるから、ここで少し待っていてもらえる?」

「はい。ありがとうございます」

 

男性が部屋を後にすると、私達は机を囲むように用意されていた椅子にそれぞれ腰を下ろした。

 

「・・・・・・今、教授って言ったよね?」

「そうね。多分、その人が今回の案内人に間違いないと思うわ」

 

あの男性が案内人かとも思ったが、彼が言った『教授』とやらがそうなのだろう。

それにしても、色々と予想の斜め上をいく展開だ。

もしかしたら都心部の旧宮廷を見学できるかもしれないと思っていたが、そうもいかないようだ。

 

「入るわよ」

 

ドアをノックする音と共に、女性の声が耳に入ってきた。

ドアの先から現れたのは、純白の白衣を身に纏った女性。

30代前半ぐらいだろうか。線が細く、整った顔立ちからは溢れんばかりの知性が感じ取れる。

真っ直ぐな琥珀色のショートヘアが、その端整な小顔を縁取っていた。

 

「初めまして、テンペランス・アレイよ。今回の実習であなた達の案内役を務めさせてもらうわ」

「こちらこそ初めまして。アリサ・Rです。宜しくお願いします、アレイ教授」

「テンペランスでいいわよ。そう畏まらないで?」

 

アリサに続き私達も一通り自己紹介を終えると、テンペランスと名乗った女性に連れられて一旦学外へと足を運んだ。

石造りの建物の裏側。向かった先には、大きなアパルトメントのような建物があった。

 

「ここはこの大学の学生寮、あなた達の滞在先よ。1階に来客用の部屋を用意してあるから、一旦荷物を下ろしてくるといいわ・・・・・・昼食はまだかしら?」

「はい!!」

「ちょ、ちょっとアヤ」

「ふふ、ならあそこの建物で待ってるから。食事をとりながら話すとしましょう」

 

__________________________________

 

一旦荷を下ろした私達は、食堂で食事をとりながら敷地内の設備、実習の注意点等の説明を受けていた。

 

「―――導力式の武具は勿論、ARCUSの調整もそこで可能よ」

「2階の工学エリアですね。分かりました」

 

案内役である以上当然かもしれないが、こちらの事情は大方把握している様子だ。

説明も細部に渡って無駄がなく理解しやすい。時間が限られているこちらとしては大変助かる。

 

テンペランスさんによれば、この大学は士官学院同様、石造りの建物―――メインの研究棟を囲うようにして、食堂や学生寮といった設備が点在しているそうだ。

位置関係までもが似通っており、すんなりと頭に入れることができた。

 

「さて、大体のことは説明したと思うけど。何か質問はあるかしら」

「「・・・・・・」」

 

質問のしようがない。知りたい情報は全て受け取っている。

あるとすれば、実務的な情報以外だ。それを今聞いてもいいものだろうか。

 

「ふふ。当然、気になるわよね・・・・・・ヴァンダイク先生に変わりはないかしら?」

 

・・・・・・思考が追いつかない。こちらの思惑を見抜かれ、先回りされているような感覚だ。

それは私だけではないようで、誰も彼女の質問に答えることができないでいた。

 

「今は学院長をされているそうね。私がいた頃は、まだ軍を退役していなかったわ」

「じゃ、じゃあテンペランスさんは」

「1179年度卒、元トールズ士官学院生よ。今回の実習の件は、恩師であるヴァンダイク先生から相談されていたの」

 

今日1番の驚きだ。だが、これで合点がいった。

紛れもない私達の大先輩だ。それが彼女が選ばれた理由なのだろう。

私達の案内人としては打って付けの女性のはずだ。

 

「士官学院も随分と様変わりしたと聞いているわ。と言っても、あなた達には知る由もないわね」

 

もう20年以上前、私達が生まれる前の話だ。

設立当初とは比較にならないだろうが、その頃は卒業生の多くが軍の道を選んでいたと聞いている。

 

「・・・・・・ガイウス、どうしたの?」

 

隣に座るガイウスに目を向けると、彼は眉間に皺を寄せながら、指を折って何かを数えるような仕草をしていた。

 

「いや、とても見えないと思ってな」

「何が?」

「1179年度卒だろう。今が1204年だから、少なくともよんじっ―――!?」

 

私は右から、アリサが左から。

とんでもなく失礼なことを口走ろうとしていた弟の脇を小突き、全力で阻止する。

『くの字』の先が私を向いているあたり、アリサの容赦のなさが窺える。

 

「どうかした?」

「いえ、何でも。テンペランスさん、そろそろ実習の内容を聞かせてもらえますか?」

 

アリサの言う通り、そろそろ実習の内容を把握しておきたいところだ。

もっと色々な話を聞いてみたいところではあるが、それが今である必要はないだろう。

 

________________________________

 

私達が今日課せられた課題は2つ。

『東サザーランド街道の手配魔獣の討伐』、そして『とある学生への事情調査』だった。

 

前者については、領邦軍に勤める友人のツテを利用して回してもらった案件と聞いていた。

穏健派として有名なハイアームズ侯爵家の本拠地ということもあり、領邦軍と領民の間には良好な関係が築かれているようである。

エリオットは「やっぱり手配魔獣がいるんだね」と肩を落としていたのだが。

 

そして後者は、テンペランスさん直々の依頼だ。

彼女の研究室に所属する学生の1人が音信不通となっており、もう1ヶ月以上大学へ姿を見せていないらしい。ライアンという男子学生だそうだ。

年齢も近い分話しやすいだろうし、可能であれば一度私の前に連れてきてほしい。それが依頼の内容だった。

 

私達は手配魔獣の討伐を後回しにし、一旦バスで街道の入り口に戻り、そこから程近い場所にある建物を訪れていた。

 

「アパルトメント『ガーデン』・・・・・・207号室だから、ここの2階ね」

「へぇ、1階は喫茶店になってるんだね」

 

エリオットが言うように2階から上が居住スペースで、1階にはお洒落なカフェテリアが存在していた。何とも羨ましい環境だ。

 

私達は階段を上がり、通路を向かった先の突き当り。207号室の前に立っていた。

 

「御免下さい、ライアンさん。いらっしゃいますか」

 

アリサが呼び鈴を鳴らし、ドアをノックしながら声を掛ける。

たっぷり30秒は待ってみたものの、反応は無かった。

 

「変ね、外出しているのかしら」

「ふむ。もしそうなら、最悪の展開だ。手掛かりが無い以上、旧都中を探し回ることになるな」

「・・・・・・安心するといい。確かに気配は感じるぞ」

 

ガイウスの言葉に、皆が安堵の色を浮かべた。

要するに、居留守を使っているのだろう。

 

「あの、ライアンさん。私達アレイ教授の使いで来た者です。少し話を聞かせてもらえませんか」

 

アリサが再びドアをノックしながら声を掛ける。

たっぷり1分間は待ってみたものの、やはり反応は無かった。

 

「これぐらいなら一太刀で壊せると思うよ?」

「物騒なこと言わないでアヤ・・・・・・でも、どうしよう」

 

勿論、強硬策は冗談だ。だがこのままでは埒が明かない。

1ヶ月も大学に顔を出さない以上、何か事情があることは察せられる。

こうして居留守を決め込むことにも、何か理由があるはずだ。

 

「あのー、ライアンさん」

 

考えを巡らせていると、今度はエリオットがドアの向かって声を掛けていた。

何か策があるのだろうか。

 

「これ以上欠席が重なると、退学扱いになってしまうそうなんです。何か事情があるなら、話だけでも聞かせてもらえませんか。力になれるかもしれません」

 

前半部分は口から出任せだろう。

だがこのままではそう遠くないうちに、現実となってしまうであろうこともまた事実のはずだ。

 

固唾を飲んで見守っていると、ガチャリと鍵を外す音がドアの向こうから聞こえた。

これで一歩前進だ―――そう思っていた私達を待ち受けていたのは、大きな挫折感に他ならなかった。


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