自室の窓を開けると、やや湿っぽい風が肌に纏わりついてくる。
朝は快晴だったというのに、雲掛かった空からは今にも雨が降り出しそうな気配だ。
誰も傘なんて持っていなかったと記憶している。降り出す前に帰って来れればいいが。
(あっ)
今の自分の姿を思い出し、壊れんばかりの勢いで窓を閉める。
私以外誰もいないのをいいことに、下着しか身に付けていなかった。
一足先に寮へと戻った私は、汗を流すためにさっとシャワーを浴びた後、自室に籠っていた。
6月を迎えようとしているこの時期、トリスタでは半袖姿で街を歩く住民もちらほらと目に付くようになってきた。
今も肌には薄っすらと汗が浮かんでいる。熱が冷めるまではもう少しこのままでいたい。
ベッドに仰向けに倒れ込み、天井を見詰めながら胸の中央の辺りを指でなぞる。
ハッキリと残る、2つの銃創。7年が経った今でも、この傷痕が消えることは無い。
あの日、私は全てを奪われた。私に残されたのは、お母さんが今わの際に発した言葉と、剣。
そして意思とは無関係に溢れ出る『力』。それだけだった。
それに、私は一度死んだはずだ。だから私は名前を捨てた。
気付いた時には、私はお祖母ちゃんの名を借りていた。
お母さんがくれた東方風の名前が好きだったからかもしれない。
私のこの傷を知っているのは、ノルドのお義母さんと妹達、それに数人の女性に限られる。
男性でこれを見たことがあるのは、ガイウスだけだ。
彼は私のほとんどを知っている。
7年前の出来事も、私が帝国を彷徨い続けた4年間も、クロスベルの幼馴染も。
初恋の少年の存在も、その名前でさえも。
私が話したからだ。全部を知って欲しかった。おかげで私は自分を保っていられる。
ガイウスがいなかったら、私はどうなっていたんだろう。
(・・・・・・依存、なのかな)
この2ヶ月で分かったことがある。私は彼の優しさに甘えている。
私の過去で彼を縛っていると言った方がいいかもしれない。
そろそろ『本当の姉』になってあげてもいい頃だ。
ここ最近、何度もそう一人ごちているが、全く心が動いてくれない。
どうしてかが分からない。私はそんなに身勝手な人間だっただろうか。
きっとそうだ。だからこそ今日も、大切な仲間を傷付けてしまった。
普段は無意識のうちに年上振っているが、それはただの虚勢だ。
ガイウスに対してだけじゃない。《Ⅶ組》の皆に対してもそうなのだ。
私は本来自分勝手で、幼くて、小さい人間だ。クラス最年長が聞いて呆れる。
段々と寒気を感じてきた。湯冷めしないようにシャツと上着を羽織る。
ARCUSの時計は18時を示していた。そろそろ皆も戻ってくる時間だが、如何せん合わせる顔が無い。
実習の疲れがあるせいか、目を閉じればすぐにでも眠りにつけそうだ。
昼から何も食べていないし、就寝には早すぎる時間だというのに。それでも、今日はもう―――考えることすら億劫だ。
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目を開ければ、見慣れた天井と導力灯が嫌でも目に入ってくる。
だというのに、今が何月何日の何時かが分からない。私は今眠っていたのだろうか。
「・・・・・・7時、半?」
壁の時計の短針は7と8の間を指している。一瞬朝かと思ったが、そんなはずがない。
窓の外は真っ暗で、ザーザーという雨音が静かに鳴り響いていた。
ARCUSも19時半を示している。段々と頭が冴えてきた。
2時間も眠っていないというのに、すっかり目が覚めてしまった。
無理もないかもしれない。明かりは点けっぱなしだし、ドアの向こうからは足音や会話が聞こえてくる。
(・・・・・・どうしよ)
喉がカラカラに渇いているが、あいにく水差しは空っぽだ。
今日はもう誰とも顔を合わせたくないというのに。
結局私はドアから周囲の様子を窺い、足音を潜めながら洗面所へと向かった。
・・・・・・我ながら情けなくなる。一体何をしているんだろう。
蛇口からコップに3杯目の水を注ぎ、一気に飲み干す。
そういえば、水差しにも水を汲んでおけばよかった。
一度部屋に戻って水差しを取ってこようか。そう思っていると、こちらに向かって誰かが歩いてくる気配がした。
(や、やばっ)
慌てて退路を探すが、当然そんなものはどこにもない。
何とか身を隠そうと、私は目の前の扉―――脱衣所へと繋がる扉を開け、すぐさま内側から扉を閉じた。
「ふぅ」
「あーさっぱりした」
「え?」
「は?」
もたれ掛かるように扉に背を預けると、目に飛び込んできたのは同性の裸体。
鍛え抜かれ引き締まった四肢に、胸元まで伸びた赤髪からは水滴が滴っている。
私達学生には決して纏うことができない、大人の魅力で溢れていた。
「綺麗・・・・・・」
「それはどうも。じゃなくて、他に言うことがあるんじゃない?」
「・・・・・・エロい?」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
その後、私は自室に戻ることなく、サラ教官に連れられて彼女の部屋を訪れていた。
自室に戻ったところですることがないし、今まともに話ができそうなのは、彼女しかいない。
私は教官のベッドに腰を下ろし、部屋の中を見渡していた。
意外と小奇麗で、掃除も行き届いているようだ。そこかしこに放置されている酒瓶を除けば。
お母さんの部屋もこんな感じだった気がする。
「おっ待たせー♪」
ルンルン気分で部屋に戻ってきたサラ教官の手には、キンキンに冷えているであろう数本のビール瓶。
忘れていた。何て目に毒な光景だ。
私は意識的にサラ教官の手元から視線を外し、ついでに話題も逸らすことにした。
「お風呂に入った後なのに、また髪を上げちゃうんですか?」
だからかもしれない。
サラ教官が髪を下ろしている姿を目にしたのは、今日が始めてのことだった。
「いいじゃない。気に入ってるんだから」
「今だけでいいですから、また下ろしてもらえませんか」
「・・・・・・別に構わないけど。変な子ね」
右手でビール瓶をらっぱ飲みしながら、左手で器用にヘアゴムを外す。
直後に、色艶やかな髪がふわりと肩の上に被さった。
部屋だけじゃない。やっぱり似ている。
「は、母親?」
「はい。雰囲気だけですけど」
「あのねぇ。言っておくけど、私とアヤは6歳しか違わないのよ?」
「私は、31歳までのお母さんしか知らないんです。教官とも6つしか離れてないですよ」
言っておいて、少し後悔する。
わざわざサラ教官が気を遣ってしまいそうなことを言うべきじゃなかった。
「そう。どうやらあなたはお母さん子だったようね」
「お父さんのことも好きでしたよ。でも、小さい頃に亡くしたから思い出が少ないんです。だからかも」
言っておいて、今度は気恥ずかしさを覚えた。
この年で「お父さんが好き」なんて言葉にするものじゃない。
誤魔化すようにして体をベッドに預ける。
何だか変な感じだ。サラ教官のベッドに寝転がるなんて、これが最初で最後の経験になるんじゃないだろうか。
目を閉じてそんなことを考えていると、額がヒンヤリとした何かに覆われる。
目蓋を開くと、そこには教官の大きな右手が被さっていた。
先程までビール瓶を握っていたせいだろうか。火照った額に心地よい冷たさが広がっていく。
「な、何ですか」
「どうするの。このまま閉じこもっているわけにもいかないでしょう」
時間は待ってはくれない。眠りにつけば、嫌でも明日がやってくる。
それに、すべきことも分かっている。元々選択肢なんてものは無い。
過去に囚われて現実を捨てるなんて、耐えられない。できるわけがない。
「・・・・・・分かってます。でも私、みんなに・・・・・・フィーに、あんな酷いことを」
「誰もあなたを責められないわよ」
「ただ」と一旦間を置いた後、サラ教官は続けた。
「少し、勘違いをしているみたいね」
「勘違い?」
たっぷり3回、喉を鳴らしながらビールを流し込む。
本当に目に毒な光景だ―――そう思っていると、教官は内ポケットから何かを取り出し、それを私の胸の上置いた。
「何ですか、これ」
「いつ渡そうか迷っていたけど、私が持ち歩いていても仕方ないしね」
「・・・・・・こ、これって」
上半身を起こし、食い入るように手元のそれを見詰める。
学生手帳ではない。使い古された手帳の表紙には、『支える籠手』の紋章が刻まれていた。
「勿論面識はないわ。ただ、知り合いに関係者がいてね。クロスベル支部に保管されていたものを送ってもらったのよ」
何度も目にした記憶がある。不器用な文字にも見覚えがある。
私が10歳の時、お母さんが遊撃士協会を脱退したあの日から、一度も見ることはなかった。
これは―――お母さんの遊撃士手帳だ。
「嘘・・・・・・どうして、これを?」
「立派な遊撃士だったそうね。7年がたった今でも、彼女の話はすぐに聞けたわ」
あの日以来、この帝国で私達を知る人間と出会ったことがなかった。
サラ教官は私のことをどこまで知っていて、どうやって知ったのだろう。
「クロスベルには、彼女の意志を継いだ遊撃士がたくさんいる。彼らの中で、彼女は今も生き続けているのよ」
「生きてる?お母さん、が?」
「ええ。それはあなただって同じよ」
「・・・・・・どういう意味ですか」
「あなた勝手に諦めているでしょう、生まれ故郷であるクロスベルを」
当然だ。鉄道を使えば5時間にも満たない旅路であることは理解している。
それでも、帰ることなんてできない。気持ちだけの問題ではない。
それに私はアヤだ。もう、ユイじゃない。
「人ってのは、愛し愛されて生きていくものよ。みんながユイの帰りを待ち望んでいる限り・・・・・・彼女もまた生き続けるの。というより、あたしの目の前にいるじゃない」
サラ教官の表情を見て、思わず息を飲んだ。
こんな穏やかな顔は、初めて見る。これではまるで―――本当にお母さんと向き合っているようだ。
「辛いのは分かる。でも捨てる必要なんてない、忘れる必要なんてどこにもないのよ」
死んだと思っていた。今でもあの光景は脳裏に焼き付いている。
ユイは死んだ―――ずっとそう思っていた。
「考えてもみて。あなたには愛すべき故郷と家族が、2つもあるじゃない。そんな贅沢聞いたこともないわよ?」
「私・・・・・・私は・・・・・・っ」
いつの間にか、私の身体はサラ教官の両腕の中にすっぽりと収まっていた。
反則だ。普段の教官とのギャップを笑い飛ばしたいところなのに、意思に反して視界がぼやけていく。
同時に、頭の中にたくさんの人々の顔が思い浮かんでいく。
そのどれもがはっきりしない。故郷とはいえ、もう7年も経っている。
それでも、想わずにはいられない。
導力技士になることを夢見る幼馴染も。
兄の背中を見詰める、彼にも。
もう一度会いたい。私には―――忘れることなんてできない。
「彼女と一緒に生きていきなさい。その分だけ、あなたはきっと幸せになれるわ。少なくとも―――あたしはそう信じてる」
「うぅ・・・っ・・・みんなっ・・・・・・」
余り大声を上げると、外に声が漏れてしまうかもしれない。
それでも今は、胸元で思う存分泣かせてほしい。
この温もりと、お酒の匂いですらも。私にとっては、大切な大切な思い出に、そっくりだから。
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たっぷり深呼吸を2つ半。目の前のドアを軽く3回ノックする。
「フィー、いる?」
気負う必要なんてどこにもない。年齢も関係ない。
特科クラス《Ⅶ組》という肩書さえも、今はどうだっていい。
1人の人間として、アヤ・ウォーゼルとして、私は今ここに立っている。
程無くして、ドアがガチャリと開いた。
「・・・・・・何?」
「ごめん、寝てた?」
「ううん、起きてた。まだすることがあるから」
「よかった。ねぇ、入ってもいい?」
私の問いに答える前に、フィーは私の手元に視線を落とす。
「ああ、これ?ノルドから送ってもらったチーズ。美味しいよ」
「そっちじゃなくて、こっち」
左手を上げてチーズの匂いを嗅がせようとすると、フィーは細い目で私の右手を指してきた。
ああ、こっちか。無理もない。
私の右手には、褐色の瓶が3本。中身入りとはいえ、気の恩恵が無くともこれぐらいなら片手でいける。
「サラ教官から買い上げた。信じられる?2000ミラだよ、2000ミラ。安物なのに生徒から金を取るなんて、あの人頭おかしいよ」
「突っ込んだ方がいい?」
「その前に部屋に入れてもらえると助かるかな。ちょっと右手が辛くなってきたから」
半ば押し入るようにして部屋の中に足を踏み入れ、テーブルの上にビール瓶を並べる。
彼女の部屋に入るのはこれが初めてだが、何とも殺風景な眺めだ。無機質と言った方がいいかもしれない。
フィーは床に腰を下ろすと、並べられた様々な道具を器用に操りながら―――よく分からない。何をしているのだろう。
「メンテナンスと補充。今回の実習で色々消費したから」
一目で銃火器の類と分かる物もあれば、歪な形をした刃物もある。
東方風に言えば暗器に属する武具かもしれない。これだけの量だ、手入れだけでも一苦労だろう。
「ふーん。大変だね」
「乙女の嗜み」
「突っ込んだ方がいい?」
「そこのスパナ取って」
「はいはい」
フィーの手元をぼんやりと見詰めながら、ビール瓶を傾けて中身を喉に流し込む。
サラ教官なら「ぷっはああああ」だの「このために生きてるなああ」だの騒ぐところだろうが、私はそんな見っともない真似はしない。
2ヶ月振りのお酒を甘く見ていた。味も然ることながら、一気に酔いが回ってくる。
勢いに身を任せ、たくさん話をしておきたい。
そう思っていると、フィーが工具を床に置きながら口を開いた。
「人を殺めたことは・・・・・・ない。でも同業者に、銃や剣を向けたことは何度もある」
「そう。私はあるよ」
フィーの4時間越しの答えと、私の告白。
彼女は余り感情を表に出さないが、大きく見開かれた琥珀色の瞳からは様々な感情が見て取れた。
場違いかもしれないが、それが何となく嬉しかった。
「っ・・・・・・7年前の、こと?」
「どうしても許せなかったから。人を斬ったのは、あれが最初で最後」
2つの銃創と同じように、決して消えることがない私の過去だ。
2人、斬った。私からすれば、魔獣を切り捨てることと何も変わらなかった。
同じ人間とは思えなかったからだ。
私がユイの名を捨てた理由は、そこにもある。人殺しの過去を背負ってまで生きたくはなかった。
「猟兵が少女に遅れを取るなんて、ちょっと信じられないけど」
「その時だよ、無理やり『力』を与えられたのは」
「・・・・・・そう」
それを最後に、会話は途切れた。
工具を操る金属音と、外から聞こえてくる雨音だけが耳に入ってくる。
間が持たず、2つ目の瓶を開けた。空きっ腹に久しぶりのお酒だ、明日は胸焼けに悩まされるに違いない。
フィーの方も作業が終了したようで、金属製の箱の中へ無造作に工具を放り込んでいく。
「もう終わり?」
「ん。大体は」
言いながら腰を上げ、右手で工具箱を持ち上げようとした途端―――けたたましい音と共に、床に工具が散らばった。
「ちょ、ちょっと。大丈夫?」
「・・・・・・不覚。手が滑った」
「手伝うよ」
私は床に膝を付き、フィーと一緒に箱の中身を拾い始めた。
少し彼女らしくない。そう思いながらフィーの手元を見ると―――すぐに違和感に気付いた。
「フィー、手首見せて」
「何でもない」
「いいから、ほら」
少々強引にフィーの両手首を取る。
一瞬だけだったが、彼女の表情が何かに耐えるようにして歪んだのが分かった。
やっぱりそうだ。彼女は手首の腱を痛めている。
私の胸中を察したのか、フィーは諦めたように大きな溜息をつきながら言った。
「リストの強さが自慢だったのに。ちょっと情けないかも」
片手で拳銃を操ること自体、離れ技であると同時に相当な負荷が掛かるに違いない。
そもそもフィーは運動能力がずば抜けているだけで、体格は年相応の少女と何ら変わりはないのだ。
こんな小さな身体と腕で二丁拳銃を連射すれば、当然の結果なのかもしれない。
「相当ひどいよ、これ。みんな知ってるの?」
「知らないと思う。そんな余裕は無かったし」
「で、でも無茶し過ぎだよ。こんな手で戦闘なんてできるわけないじゃん」
「迷ってる暇なんて無かった。それに、アヤだってそう言ってた」
私が―――言った?
まるで心当たりがない。フィーは一体何のことを言っているのだろう。
「『力を使うことがみんなのためになるなら、迷う必要なんてない』」
「・・・・・・そ、それって」
「アヤが教えてくれたことだよ」
あれは実技テストの時の話だ。確かに私は、リィンにそう言った。
でもあれは、私が『力』から目を背ける自分自身に言い聞かせた言葉だ。
そんな意味合いで言ったつもりはない。だというのに―――
「ん、違ったっけ?」
首を傾げながら、きょとんとした様子で私を覗き込んでくる。
そこには何の後悔の念も感じられなかった。
皆とは違う普通ではない生い立ちに、年不相応な力と戦闘能力。
もしかしたら、フィーにも少なからず戸惑いがあったのだろうか。
だから彼女は純粋に、思うがままに私の言葉に従ったのかもしれない。
自分のことを顧みず、ただ仲間を助けるために。
異質な過去を知られることになっても。
私がそうしたように―――仲間から拒絶されることになろうとも。
(一緒なわけ、ないのに)
何て純粋な目をしているのだろう。あいつらとは絶対に違う。
分かっていたはずなのに。エマが言うように、フィーはフィーだ。
あんな酷い言葉を浴びせても、私を見るフィーの目は何も変わらない。
「・・・・・・アヤ?どうしたの?」
酔いのせいで感情のコントロールが効かない。
サラ教官の胸元で出し尽くしたと思っていたのに、また視界が霞んでいく。これで今日3回目だ。
気付いた時には―――私はフィーの小さな身体を、後ろから抱きしめていた。
「あ、アヤ?」
「ごめん・・・・・・ごめんね。私、・・・・・・本当にごめんね」
あいつらを許すことなんてできない。それでいいと思う。そもそもが別問題だ。
私はフィーのことをまだ知らない。特別仲がいいわけでもないから当然だ。
なら、これから知っていけばいい。私はきっと、この純粋無垢な少女が大好きになれるはずだ。
お母さんもユイも、きっとそうしろって言ってくれている。
「むぐっ・・・・・・サラみたいな匂いがする。酒臭い」
「飲んでるもん。久々だから・・・・・・結構しんどい。このまま寝そう」
「眠るならベッドで寝て」
私はフィーの身体を抱いたまま立ち上がり、言葉に従いそのままベッドへと仰向けに倒れ込む。
「そうじゃなくて、自分のベッドで寝て」
「あはは、面倒くさい」
「むぅ・・・・・・変なアヤ」
フィーの言葉を無視して、目を閉じる。
怒ったり泣いたり、笑ったり。本当に忙しい1日だった。
士官学院に入学して以来、何だか行ったり来たりを繰り返している気がする。
私は前に進めているのだろうか。
「私は私だよ」
少なくとも、一歩ぐらいは前進できた気がする。今日はそれでよしとしよう。
明日からはまた忙しい学院生活が始まるのだ。一歩ずつ、着実に前に向かって歩いて行こう。
掛け替えのない仲間と一緒に。そして―――もう1人の私と共に。