入学式開催前、アヤは周囲の生徒を見渡していた。
やはりというか、ほとんどの生徒が緑色か白色の制服を着ている。ポーラと名乗る、隣の席に座る女子生徒も、例外なく緑色の制服に身を包んでいた。
「ホントだ・・・・・・あなた以外にも、その色の生徒がいるわね」
「でしょ?無駄に目立つから、困るんだよね」
ポーラが言うように、紅色の制服の生徒もいるにはいるのだが、極少数のようだ。その中には、公園で会ったリィン・シュバルツァーの姿もあった。
「もしかして、成績優秀者上位10名は特別待遇!みたいなやつじゃない?」
「え、そう見える?」
「・・・・・・あんまり」
「・・・・・・」
先程から感じてはいたが、このポーラという女子生徒は初対面だというのに容赦がない。変に気を使わずに済む分、こちらとしてはありがたいのだが。
「やっぱりクラス分け的な意味合いがあるんじゃないの?」
「それは真っ先に考えたけど、人数が少なすぎるでしょ」
「・・・・・・それもそうね。ちなみにアヤは何組なの?私はⅤ組だけど」
「は?」
「え?」
ポーラの言葉に驚き、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
どういうことだろう。クラス分けは当日に発表、と案内書には記されていたはずだ。ガイウスと一緒に確認したのだ。見間違いであるはずがない。にも関わらず、彼女は自分が何組に所属することになるのかを知っていた。
「何で知ってるの?」
「何でって、一体何の―――」
『これより第215回、トールズ士官学院、入学式を開催致します』
「っと。また後でね」
「あ、うん」
入学式開催のアナウンスが流れる。
色々と気になるところだが、今は目の前の入学式に集中しよう。
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『―――以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること。学院におけるカリキュラムや規則の説明はその場で行います。以上、解散』
(指定された、クラス?)
檀上に立つ男性は、確かにそう言った。その言葉に従うように、周囲の生徒は何の迷いも無く、講堂の外へ向かっている。
「本当に知らないんだ。何かワケ有りみたいね」
「・・・・・・そうみたい」
「私も行かなくちゃ。クラスが分かったら、今度教えてよ。私はⅤ組だからね」
「うん、また今度」
Ⅴ組という言葉を、しっかりと頭に刻み込む。彼女とはいい関係になれそうな気がした。
講堂の出口に向かうポーラを見送った後、私と同じように困り果てているガイウスと合流する。
「アヤ、これは一体・・・・・・」
「ごめん、私にも分かんない」
ポーラの言う通り、何か事情があるのだろう。実際に数えてみると―――私とガイウスを含め、10人の生徒が取り残されており、皆例外なく同じ色の制服を着ているようだ。
「はは、やっぱりまた会ったな」
聞き覚えのある声がした方に目を向けると、公園で会ったリィンが立っていた。
「だね。それよりこの状況・・・・・・何か聞いてる?」
「俺もてっきり、ここでクラス分けが発表されると思っていたが―――」
「はいはーい。赤い制服の子達は注目~!」
やけに楽しげな声と共に現れたのは、コートを羽織った特徴的な髪形の女性。
やっとクラス分けの発表か―――と思いきや、彼女から発せられた言葉は、予想だにしないものだった。
「実は、ちょっと事情があってね。君たちにはこれから【特別オリエンテーリング】に参加してもらいます」
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「ほう、ここに俺達の教室があるのか」
「なわけないでしょ・・・・・・って言いたいところだけど、自信無い。もう何が何やら」
先程の女性に連れてこられたのは、本校舎の裏手にある古びた建物。薄暗い上に、どこか怪しげな雰囲気すら漂っている。ガイウス曰く、「気味の悪い風」が吹いているそうだ。
「―――サラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね
」
(・・・・・・え?Ⅶ組?)
教官の言葉に、誰もが同様の疑問を抱いているようだ。それもそのはず、1学年のクラスは5つ。案内書にもそう記されていた。皆の胸中を代弁するかのように、前に立っていた女子生徒が疑問を投げ掛ける。
「あ、あの・・・・・・サラ教官?この学院の1学年のクラス数は、5つだったと記憶していますが」
「お、さすが主席入学。よく調べているじゃない」
待ってましたと言わんばかりに、ややドヤ顔気味にサラ教官は続ける。
彼女によると、確かに『去年』までは5つのクラスがあり、貴族と平民で区別されていたらしい。しかし今年度から、新たに1つのクラスが立ち上げられたという。
「すなわち君たち――身分に関係なく選ばれた・・・・・・特科クラス《Ⅶ組》が」
特科クラス《Ⅶ組》。
事情は大方呑み込めたものの、そもそもの目的が分からない。説明不足にも程があるが、どうやら横で怒鳴り声を上げている男子にとっては、重要なのはそこではなかったらしい。
それにしても―――
「自分はとても納得しかねます!まさか貴族風情と、一緒のクラスでやって行けって言うんですか!?」」
「うーん、そう言われてもねぇ」
(自分が何を言ってるのか、分かってるのかな・・・・・・?)
驚きを通り越して、呆れすら通り越しそうな感覚に襲われる。察するに、彼の身分は当然平民なのだろうが、まさか貴族様を貴族風情呼ばわりとは。
「俺にはよく分からないが、彼は何に対して怒っているんだ?」
ガイウスが腕を組みながら、小声で私に疑問を投げ掛ける。
「私に聞かれてもね・・・・・・何か事情があるのかも」
「そうか」
ガイウスとやり取りしてる間に、いつの間にか周囲の視線は金髪の男子に注がれていた。
「ユーシス・アルバレア。貴族風情の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」
「「し、四大名門・・・・・・!?」」
今日一番の驚きだった。クロイツェン州を治める《アルバレア公爵家》、大貴族の中の大貴族だ。
そんな雲の上のような存在が、まさかこんな身近にいるとは。サラ教官の「身分に関係なく選ばれた」という言葉の意味を、今更ながらに自覚する。一同が驚きの表情を見せる一方で、銀髪の小柄な少女は大きな欠伸をしていた。
「だ、だからどうした!?その大層な家名に、誰もが怯むと思ったら大間違いだぞ!」
(・・・・・・ああ、もう)
このままでは埒があかない。それ以上に、もう無視できなかった。
「ねぇ、そのへんにしておいた方がいいんじゃない?」
「な、何?」
私はマキアス・レーグニッツと名乗った男子生徒に向けて言う。
「公爵家の御子息に、無礼が過ぎるよ。それに―――今はもっと、大事なことがあると思うんだけど」
自然と、一同の視線が壇上に立つサラ教官へと注がれる。
「色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしね」
サラ教官は笑いながらそう言うと、後方にある柱をちらと見やる。
「それじゃ、さっそく始めましょうか♪」
「始めるって、何を―――」
瞬間、天井が引っくり返るかのような感覚に襲われ―――私達は、地下に飲み込まれた。