絢の軌跡   作:ゆーゆ

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星空の下で

「それにしても驚きましたよ。ご隠居がアリサのお祖父さんだったなんて」

「そうじゃろうな。ワシも手紙でアリサと同じクラスと知らされた時は驚いたわい」

 

私の後ろでイルファに身を揺られているのは、皆が『ご隠居』と呼ぶ快活な老人。

私からすれば、ノルドで暮らす帝国人としては先輩に当たる存在だ。

 

導力車の修理を依頼するためにご隠居の住まいを訪れた私達は、驚愕の事実を知らされることになった。

ご隠居―――グエンさんの姓は、今日初めて聞かされた。

グエン・ラインフォルト。正真正銘、アリサの母方の祖父にあたる人物だそうだ。

 

「それで、どうして隠していたんですか?ラインフォルトグループの前会長だったなんて、夢にも思っていませんでしたよ」

「お前さんはともかくとして、ラカン達にそれを告げたところで何の意味もないじゃろう?」

「それはそうですけど・・・・・・」

 

いつも飄々としている一方で、芯の通った立派な人だとは感じていた。

彼の存在は私達の集落にとって大変にありがたい存在だ。

 

それ以上に、私にとっては救いでもあった。

ノルドでの不慣れな生活に苦戦していた私にとって、同じように帝国からやって来たというご隠居は、その存在だけでも心の拠り所であった。

もしかしたらアリサと同じように、私はご隠居を祖父のように感じていたのかもしれない。

それぐらい、私は彼を慕っている。

私の事情を話したことはなかったが、大体のことは見抜かれているのかもしれない。

 

「どうじゃ、士官学院での生活は。見たところ壮健そうじゃが」

「充実した日々を送っていますよ。入学を決めて本当に良かったと思ってます」

「そうかそうか。確かに以前と比べて、少し雰囲気が変わったようじゃの」

「みんないい人ばかりですから・・・・・・特にアリサには、よくしてもらっています」

 

何だかんだ言って、私が一番会話を交わすことが多いのはアリサだ。

勉強を見てもらうのは勿論だし、最近は私に化粧の何たるかを教えようと企んでいるようだ。

覚える気は余りないが、彼女の好意を無下にするわけにもいかない。

 

「そうか・・・・・・のうアヤ。お前さんから見たアリサは、どんな子じゃ?」

「アリサ、ですか?」

 

可愛い。気立てがいい。頑張り屋。思いやりがある。よくリィンに絡む。

言葉にすればそんなところだろうか。

もっと言えば、大人びている反面、たまに幼い少女のような顔を見せることがある。

年相応というよりは、子供っぽいと言った方がいいかもしれない。

 

「人に頼らず、何でも1人で解決しようとする。そんなところもあるじゃろ?」

「それは・・・・・・はい。何となく、そう感じてはいましたけど」

 

相談に乗ってもらったことは多々あった。

今思えば、その逆はほとんど無かったような気がする。

 

思い出されるのは、先月の特別実習。

初日が散々な結果であった分、私達B班の評価は『B判定』だった。

何度もアリサが気に病む必要はないと諭したものの、彼女は最後までリーダー役としての責任を感じていたようだった。

 

「多分あの子のそんな性分は、ワシと娘の仲が原因なんじゃろう」

「・・・・・・昨日、駅で一度会いました。正直、実の親子とは到底思えませんでしたよ」

「ワシが所在を告げなかったのも、そのあたりが原因でな」

 

ご隠居とイリーナさんが実の親子だということも、にわかには信じがたい。

どうやらアリサが抱えるものの大きさと複雑さは、私が想像している以上のようだ。

 

「いずれあの子自身が話してくれるじゃろう。見たところ、お前さん達はアリサといい関係を築いてくれているようじゃしな」

「仲はいいと思いますよ。色々ありましたけど」

「ほう。アリサにも意中の男性がおったりするのかの?」

「それは・・・・・・あはは、どうでしょう」

 

隣で走るリィンの方をちらと見る。

同時に頭に浮かぶのは、ラウラの顔。

 

(下手なことは言えないよね・・・・・・)

 

複雑な心境の私を余所に、ご隠居は陽気な笑顔を浮かべていた。

 

______________________________________

 

今日分のレポートを手早く仕上げた後、実家のゲルではご隠居を交えて宴が催されていた。

テーブルに並べられた御馳走の数々は、サンさんやキルテおばさん、婆様が総出で準備していたそうだ。

 

こういった宴の時、ここでは自然と男性と女性に分かれて盃を交わし合う。

男には男の、女には女の世界が形成されるのだ。

 

「はー、久しぶりの宴ね。ちょっとアヤ、あなた食べてばかりじゃない」

「サンさん、学生はお酒を飲んじゃいけないんですってば」

「あら、母のお酒が飲めないっていうのかしら」

「お、お義母さん?だから・・・・・・ちょ、勝手に注がないで下さい!」

 

サンさんとお義母さんは、既に出来上がりつつある。

相変わらずの絡み酒だ。素面で2人の相手をするのは、骨が折れるどころの話ではない。

サンさんが言うように久しぶりの宴とあって、酒の進むペースも早いような気がする。

こうなっては婆様とアリサ達だけが頼りだ。

 

「あはは。大変ですねアヤさん」

「笑ってないで止めてよ、エマ・・・・・・」

 

エマは器用に2人を躱しながら、並べられた料理に舌鼓を打っていた。

一方のアリサは箸は進んでいるものの、やはり表情はどこかぎこちない。

話しかければ笑って応えてくれるものの、無理をしているのは誰の目からも明らかだった。

 

「・・・・・・ふう」

「どうしたの、アリサ」

 

アリサは手にしていた箸を置いて、無言で席を立った。

 

「ちょっと食べすぎちゃったわ。少し外で風に当たってくるから」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 

何か声を掛けてあげたい衝動に駆られたが、私には言葉が見つからなかった。

自然に、私とエマの視線が交わる。

やはり放っておくわけにはいかない。

少し情けないが、ここは彼に任せるべきなのだろう。

 

「それは構わないが・・・・・・どうして俺なんだ?」

「そこはほら、適材適所というやつですよ」

「そういうこと。ほらリィン、行ってあげなよ」

「あ、ああ」

 

我らがリーダー、リィン・シュバルツァー。

アリサが彼をどう思っているのかは定かではないが、少なくとも今は彼以外に適役はいない。

 

「やれやれ。大企業の一人娘は気苦労も多いようだな」

「レポートをまとめている時も、思い詰めた顔をしていたな」

 

ユーシスとガイウスも、アリサのことを気にしていたようだ。

彼女のあんな表情を見れば当然だろう。

 

「・・・・・・あのー、アヤさん」

「・・・・・・あはは。やっぱり、気になるよね」

 

こうしてリィンを送り出したはいいものの、やはり気にはなる。

別にやましい感情ではない。純粋に、アリサのことが心配なだけだ。

 

「アヤ、何の話だ?」

 

一方のユーシスとガイウスには、そんな発想はないようだ。

より後ろめたさを感じてしまう。なら、話は早い。

2人も巻き込んで同罪にするまでだ。

 

______________________________________

 

(アヤ、どうして隠れる必要があるんだ)

(しー。黙っててよガイウス)

 

結局私達は足音を潜めながら、リィンの後を追っていた。

うん、やましい感情なんてこれっぽっちも無い。

 

(あ、いましたね)

 

エマが指差す先には、2人揃って夜空を見上げるリィンとアリサ。

見れば、どちらの顔にも笑顔が浮かんでいた。

それを見れただけでも、ほっと胸を撫で下ろす感覚だ。

 

「風に当たるんなら、俯いているより見上げた方がいいんじゃないか」

「・・・・・・ええ、まったくだわ」

 

リィンとアリサはそう言うと、草むらの上に寝そべってしまった。

初めは何をしているのか分からなかったが、どうやらああやって星空を見上げているようだ。

 

(なるほどね・・・・・・よいしょっと)

(おい、何をしている)

 

ユーシスが怪訝そうな表情で囁いてくる。

彼らの真似をしているだけだ。確かに星空を見上げるなら、この体勢が一番だろう。

 

(ふふ、じゃあ私も)

 

エマが私に続いて、隣に腰を下ろした。

初めは拒んでいたユーシスも、結局はガイウスの隣に体を寝かせた。

6人が6人、横になりながら同じ空を見上げている。

傍から見れば何をしているのか分からないだろう。

 

「・・・・・・8年前だったわ。技術者だった父が亡くなったのは」

 

少し離れた場所で、アリサはゆっくりと語り始めた。

父の死をキッカケにして、家族がバラバラになってしまったこと。

ご隠居とシャロンさんが、心の支えになってくれたこと。

事業を拡大し続けたイリーナさんと、当時会長であったご隠居との確執。

そんな彼を裏切るようにして―――軍に引き渡された、『列車砲』の存在。

 

私も存在だけは知っていた。

数々の導力式兵器が生み出される現代において、史上最大の火力を持つと揶揄される兵器。

私からすれば、故郷を脅かす大量虐殺兵器でしかない。

戦略的価値を問うには、余りにも用途が限られている。

 

「アリサは・・・・・・納得が行かなかったんだな。お母さんのした事というより、家族が壊れてしまったことが」

 

その後もアリサは捲し立てるようにして言葉を並べた。それで、漸く合点がいった。

アリサとシャロンさんの関係。イリーナさんとの確執。

ご隠居がラインフォルトを去らざるを得なくなった理由。

アリサが、士官学院を志望した動機。

 

自分の無力さに、言葉が出ない。私はアリサの何を見ていたのだろう。

根本にあるのは、家族への想い。彼女はもう何年も前から考え、悩んでいる。

そして願い続けている。バラバラになった家族の真ん中に立ち、決して目を逸らさずに。

時折見せる幼さは、彼女の強さの裏面なのかもしれない。

 

少しだけリィンに対して嫉妬心を覚えた。

彼にアリサを任せておいて、身勝手極まりない感情だ。

 

「でも・・・・・・この星空を見上げてたら、どうでも良くなっちゃったわ」

 

澄んだ声で、アリサは言った。

決して諦めではない。その言葉からは、力強い意志が感じられた。

 

今のアリサは、きっとあの時の私と同じ。

この星空の下では、自分がどれだけちっぽけな存在なのかを思い知らされる。

どれだけ思い悩んでも、星の輝きは変わらない。3年前も、今この瞬間も。

全ては自分自身の問題。心の在りようだ。

 

「やっぱり、アリサは強いな。こうして俺に色々と話してくれたってことは、前に進めるキッカケが掴めたってことだろう?」

「・・・・・・そうね。だとしたら、それは士官学院に入ったからだと思う。《Ⅶ組》のみんなに、部活のみんな。本音で向き合える仲間に出会えたから、私は強くなれた。だから―――ありがとう」

 

(アリサ・・・・・・)

 

隣を見ると、エマと目が合った。

お互いに、自然と笑みが浮かんだ。どうやら私と同じ心境のようだ。

リィン顔負けの歯の浮くような台詞だが、今だけは素直に心に響いてくる感覚だ。

 

逆の方向に顔を向けると、とても穏やかな表情のユーシスがいた。

彼のこんな顔を見るのは初めてかもしれない。

ユーシスもユーシスで、アリサの言葉に思うところがあるようだ。

 

(部活のみんな、か。ねぇユーシス。お土産、みんな喜んでくれるかな)

(じゃじゃ馬娘には馬毛がお似合いだ)

(あはは・・・・・・馬術部のこと、これからもよろしくね)

(黙っていろ。気付かれるぞ)

 

「そうだな・・・・・・俺も少しずつ、前に進んで行けてるんだよな」

 

何かを抱えているのは、皆同じだ。

少しずつ前に進めているのも、全部同じ。

私達は手を取り合って歩み始めている。その先にある明日が待ち遠しくてたまらない。

そして私達は、変わりつつある。こうして同じ時間を共にしながら、同じ星空を見上げながら。

 

____________________________________

 

結局傍で聞き耳を立てていたことは、アリサの知るところとなった。

ユーシスのさり気無いフォローで、途中から偶然聞いてしまったことになったのだが。

実際には全部聞いていたとアリサが知ったら、どんな顔をするのだろう。

 

「いーい、2人とも。絶対に今日のことはB班のメンバーには秘密だからね」

「うふふ、分かってますよ」

 

私達女性陣は、先程まで寝そべっていた草むらに腰を下ろしながら談笑を続けていた。

ガイウス達は、先にゲルへ戻っている。

そろそろ皆酔いがピークに達している頃合いだ。

そこに戻る気なんてこれっぽっちも起きない。今頃はガイウス達が絡まれている頃かもしれない。

 

「・・・・・・あー、ウォッホン」

「アヤ!!」

「あはは、冗談だよ」

 

今のはユーシスの真似だ。

あのタイミングでのわざとらしい咳払いは、まさに完璧なそれだった。

これは思っていた以上に汎用性がある。これからも活用しよう。

 

「ああもう。あんなクサイ台詞言うんじゃなかったわ・・・・・・」

 

アリサはリィンとのやり取りで、どこか吹っ切れた様子だった。

悩みの種が解決したわけではないが、これなら心配は要らないだろう。

私としては、アリサを弄るネタにしばらく困りそうにないことが喜ばしい。

 

「でもさ、この際聞いておきたいんだけど・・・・・・アリサって、リィンのことかなり意識してない?」

「・・・っ・・・・・・」

 

耳まで真っ赤になるアリサ。やっぱり彼女のこういう反応は可愛らしい。

かと思いきや、突然アリサは冷静な表情に戻ってしまった。

見る見るうちに、真っ赤だった顔が平静のそれに逆戻りしていく。

 

「あれ、どうしたの?」

「ううん、私・・・・・・私だって、最近考えるのよ」

 

先程と同じように、草むらの上に体を寝かせながらアリサは言った。

 

「2人の目から見て、リィンってどんな風に見える?」

 

偶然にも、ご隠居からアリサについて同じような質問を受けたばかりだ。

リィン、か。アリサの時よりも、少々言葉にはし辛いものがある。

 

「そうですね・・・・・・自然と皆を惹き付ける魅力、みたいなものでしょうか。中心に立って周囲を引っ張っていくような力が、リィンさんにはあるのだと思います」

「それに、やっぱりアリサが言うように強いんだと思うよ。リィンも何かを抱えているみたいだけど、普段はそれを感じさせないから。顔に出したりしないし」

 

そんなところだろう。彼はいつだって皆を励ます側にいる。

そして皆を引っ張るリーダー役でもある。上には立たず、中心に立つのが彼の特徴だ。

ある意味でアリサと似たようなところがあるのかもしれないが、彼女とリィンではやはり少し違う。

 

「リィンって、私が欲しいものを持ってるのよ。彼は私を強いって言ってくれたけど・・・・・・前回の特別実習の時もそう」

「セントアークの?」

「アヤが私をリーダー役に推してくれて、素直に嬉しかったわ。リィンみたいに、みんなを引っ張っていこうって思ったの。でも、結果は散々」

「・・・・・・そんなこと考えてたんだ」

 

思っていた通り、アリサはあの時のことをまだ引きずっているようだ。

そんなことはない、と言っても彼女には通じないだろう。

 

「憧れ、なのかしら。私は・・・・・・リィンみたいな人間になりたかったのかも。将来のことも含めてね」

 

『ラインフォルトを継ぐことを強制する気はないわ』

 

イリーナさんが駅で言った台詞が自然と連想された。

ああいった態度を示されても、アリサには会長の一人娘としての立場がある。

数十万人という大規模なグループの、トップに立つ可能性があるのだ。

『将来のこと』は、そのあたりのことを指しているのだろう。

 

「・・・・・・以前、自己啓発本で読んだことがあります。お二人は『人が変わる瞬間』って、どういった時だと思いますか?」

 

また随分と考えさせられる質問だ。何だか今日はこんなことばかりな気がする。

人はそう簡単には変われない。だから私達は悩んでいる。

 

「ふふ、その本には『なりたい自分の姿が明確になった時』とありました」

「なりたい自分の姿・・・・・・?」

「はい。人は現在の自分と、なりたい姿の差を埋めるために努力するそうですよ」

 

そう言われると分かりやすい。

今のところ、私はまだその姿を描き切れていない。

一方のアリサは、それをリィンと重ねていたのかもしれない。

 

流石はエマだ。常日頃から読書を欠かさないだけのことはある。

本といえば娯楽小説ぐらいしか読んだことがなかったが、教養本の類にも興味が湧いてきた。

 

「ありがとうエマ。勉強になったよ」

「どういたしまして。さて、私達もそろそろ戻りましょうか」

「ちょっと待ちなさいよ」

 

腰を上げようとしていた私とエマを遮るようにして、アリサが眉間に皺を寄せながら言った。

どうしたのだろう。まだ何かあるのだろうか。

 

「言ったでしょう?恥ずかしい青春トークをぶちまけてもらうって。今のところ、私しか恥ずかしい思いをしていないじゃない」

「あ、アリサ・・・・・・」

 

・・・・・・その話はもう終わっていたと思ったのだが。

どうやらアリサの中ではまだあの発言は有効らしい。

そんなことを言われても、私にはぶちまけるものは無い。

 

―――いや、あったか。そういえば昨晩、アリサ達には話すと約束をしていた。

 

「そっか。いずれ話さなきゃいけないことだもんね」

「あら、意外に乗り気じゃない」

「青春トークではないかもしれないけど・・・・・・言ったでしょ、昨晩」

「昨晩?・・・・・・あっ」

 

アリサとエマはすぐに思い当たったようで、先程までのような和やかな雰囲気から一変、真剣なそれに様変わりした。

 

「その、アヤ?別に無理をして話してくれなくてもいいのよ?」

「無理はしてないよ。キッカケをくれたのは、アリサなんだから」

「アヤ・・・・・・」

 

アリサの言う通りだ。本音で向き合える仲間がいてくれるから、今の私がいる。

私はみんなが大好きだ。だから私は、みんなのことがもっと知りたい。

アリサが抱えるものの重みを共有できて、素直に嬉しかった。

だからこれは、私からのお返しだ。

 

「流石に全部は無理だけど、話すよ。私がノルドに来た理由。私が・・・・・・アヤ・ウォーゼルになった理由をね」

 

私がノルド高原に足を運んだキッカケ。

全てはあの日。監視塔に勤める、ザッツさんとの出会いが始まりだった。


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