「その、助けようとしたんでしょ?一応」
「はは、他意はなかったんだが・・・・・・はぁ」
「・・・・・・そのうちいい風が吹くよ」
平手打ちの跡が残る頬を擦りながら笑うリィンに、アヤは同情の目線を送る。
突然地下に落とされた一同は、所持していた次世代型戦術オーブメント《ARCUS》を介したサラの指示に従い、各自正門で預けた得物と、マスタークォーツを受け取っていた。
『それじゃあ、さっそく始めましょうか』
その言葉と同時に、出口と思われる扉が自動的に開いていく。彼女の説明によれば、そこから先のエリアはダンジョン区画となっているらしい。かなり入り組んだ構造らしく、魔獣の類も徘徊しているという。
『―――それではこれより、士官学院特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自、ダンジョン区画を抜けて旧校舎一階まで戻ってくること。文句があったらその後に受け付けてあげるわ』
「ちょ、ちょっと待ってください」
サラの言葉に、思わずアヤは声を上げる。
「魔獣が徘徊って・・・・・・戦闘をしろってことですか?」
『それは各自の判断に任せるわ。《ARCUS》もあるし、オーバルアーツも含めて上手いこと活用しなさい。使い方はテキストで読んだでしょ?』
実際に《Ⅶ組》メンバーの入学案内書には、戦術オーブメントの活用方法が記されたテキストが同封されており、目を通すようにとの案内はあった。あったのだが、誰もが勿論「読んだだけ」だ。一般市民にとって、戦術オーブメントやオーバルアーツの類は、無縁の存在である。唯一、この中でアヤのみに使用経験があったが、あえてそれを口にすることは無かった。
『さっきも言ったけど、文句は後で受け付けるわ。以上、通信終了!』
その言葉と共に、ブツッと通信が切れたような音が響く。
「え、えっと」
「・・・・・・どうやら冗談という訳でもなさそうね」
突如として開始された特別オリエンテーリングに、皆戸惑いの表情を浮かべている。
「フン・・・・・・」
最初に動いたのはユーシスだ。
(嘘、1人で行く気?)
一人でダンジョンエリアに向かおうとするユーシスに、マキアスが先程と同様に突っかかり、ユーシスが挑発的に返す。サラ教官の言葉が本当なら、この先は魔獣が徘徊する入り組んだ迷路だ。単独で行動するのは好ましくない。こんな時ぐらい、私情を抜きにして手を取り合えないのだろうか。
「もういい!だったら先に行くまでだ!旧態依然とした貴族などより上であることを証明してやる!」
「・・・・・・フン」
結局、マキアスに続きユーシスも、単独でダンジョンの内部に入ってしまった。
止めようという気は起きたものの、到底私の説得には応じてくれないだろう。
「―――とにかく、我々も動くしかあるまい。念のため数名で行動することにしよう」
身の丈ほどの大剣を携えた女子の提案に、誰しもが頷く。
「女子ばかりになるが・・・・・・そなた達、私と共に来る気はないか?」
視線の先には、先程リィンと一騒動あった女子と、教官曰く主席入学の女子、そして私だ。
「え、ええ。別に構わないけれど」
「私も・・・・・・正直助かります」
「そなたはどうする?」
「・・・・・・」
即断した2人に続きたいところだが、やはり心配だ。
マキアスとユーシスが先行して足を踏み入れた、ダンジョンの内部に視線を向ける。
「ガイウス、どう?感じる?」
「・・・・・・悪い風だ。大きな脅威は感じないが、魔獣が徘徊しているという教官の言葉は本当のようだな」
その言葉に、赤毛の小柄な男子が「わ、分かるの?」と驚きの声を上げる。
ガイウスの研ぎ澄まされた五感と、第六感のような鋭い勘には信頼を置いている。彼はそれを「風」として感じるそうだが、本人にしか分からない感覚だろう。
「ごめん。やっぱり、先に行った2人が心配だから。今からなら、まだ合流できると思う」
2人が先行してまだ間もないとはいえ、どれぐらい入り組んだ構造なのかは想像もつかない。急いで合流しないと、間に合わなくなる。
「ふむ。確かに心配ではあるが、そなた1人で向かう気か?」
「これ以上戦力が分散するのも考え物だしね。大丈夫、すぐ追いつくから」
立ち振る舞いから察するに、戦闘経験がほとんどないようなメンバーもいるようだ。
2人と合流するだけなら、私1人で事足りる。
「行かせてやってくれ。彼女の性分なんだ。剣の腕は俺が保証する」
ガイウスの言葉に、皆が怪訝そうな表情を浮かべる。
私とガイウスの関係に対するものだろうが、今は説明している時間がない。
「ごめんガイウス、先に行くね」
「ああ。風と女神の導きを」
2人の男子と合流すべく、私は単身暗い通路の中に足を踏み入れた。
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アヤはマキアスとユーシスの2人と合流すべく、ダンジョン内を進んでいた。
(思った以上に広い・・・・・・追いつけるかな)
サラ教官の言葉通り、内部はかなり入り組んだ構造になっていた。楽観視していたわけではないが、これは予想以上だ。もしかしたら、もうガイウス達の方が先行しているのかもしれない。
唯一救いなのは、今のところ低級な魔獣としか遭遇していないことぐらいか。それでも中には、物理攻撃が効きづらい魔獣の類も見られた。アーツの扱いに慣れていない場合、苦戦する可能性がある。
(貴族風情、かぁ)
歩を進めながら、私はマキアスの言葉を思い出す。
貴族の何たるかを私に教えてくれたのは、お母さんだ。
『貴族様ってのは、たくさんの民の生活を支えなきゃいけないんだ。自分ことだけ考えてりゃいい、あたし達平民と違ってね。無駄に偉そうって陰口叩く奴らもいるけど、実際に偉いんだよ。立派な人達さ』
(こんな感じだったっけ?)
心の中で、お母さんの口調を真似てみる。うん、中々に似ている。
母親の物真似に90点の自己評価を付けたところで、アヤは足を止める。昔を思い出し、無意識のうちに浮かべていた笑顔は消え、戦士としての顔に変化する。
剣撃・・・・・・近い。20アージュもないだろう。私は音の発生源の方向に急いだ。
(いた!)
目に飛び込んできたのは、魔獣の群れに囲まれたユーシスの姿だった。10体近くはいるだろうか。
「はぁ!」
気合一閃、ユーシスは独特の構えから次々に薙ぎ払いを繰り出す。相手が低級とはいえ、確実に一撃で魔獣を葬り去っていく剣捌きは見事なものだった。助太刀無用のように思えたが、数が数なだけに傍観しているわけにもいかない。
私は気配を殺しながら右手に長巻を構え、ユーシスに気をとられている飛び猫に二段突きを放つ。
「お前は・・・・・・」
「話は後で。こちらの3体はお任せ下さい」
「フン、好きにするがいい」
背中を合わせるようにユーシスの背に立ち、私は魔獣に剣を向けた。