絢の軌跡   作:ゆーゆ

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第4章
緑色の午後


1204年、7月4日の日曜日。

 

私達《Ⅶ組》のトレードマークである真紅の制服は、今月に入ってから自室のクローゼットに収納されたままだ。

それもそのはず。士官学院では制服が夏服に切り替わり、ブラウスも半袖のそれを着ることが漸く許可されていた。

正直に言えば、6月の下旬から暑苦しさに悩まされていたぐらいだ。

7月に入ってから足並みを揃えて一斉に切り替える必要がどこにあるのだろう。

規則と言われればそれまでだが、少しは融通を利かしてくれてもいいだろうに。

 

「暑いなー・・・・・・」

 

クロスベルはともかく、ノルドの気候に慣れきった身としてはこの暑さは如何ともしがたい。

ノルドは昼夜の寒暖差が大きい分、ここでの夜の寝苦しさも最近の悩みの1つだ。

 

「そんなに暑いかしら。ノルドにも夏はあるんでしょ?」

「あるけど、ここよりは涼しいよ。風もあるし」

 

机の上に突っ伏しながら、ポーラの問いに力無く返す。

授業の無い自由行動日なだけあって、今教室にいるのは私とポーラ、ユーシスの3人。

それ以外には数人の女子生徒がいるだけだ。

 

時刻は昼の1時前。

午前中のクラブ活動を終えた私達馬術部メンバーは、教室で昼食を取った後、食後の穏やかな一時を過ごしていた。

教室といっても、《Ⅶ組》のそれではない。ポーラが所属する《Ⅴ組》の教室だ。

理由は特に見当たらない。席が埋まっていた学生食堂を諦め、向かった先がこの教室だっただけ。

 

この教室には、私が普段目にする倍以上の机と椅子が置かれている。

《Ⅶ組》以外のクラスには20人以上の生徒がいるのだから当然だ。

少しだけ窮屈のように思えるが、私達が恵まれているだけなのだろう。

 

「・・・・・・ユーシス、寝ちゃったね」

「疲れてるんでしょ。放っておきなさいよ」

 

昼食を食べ終えたユーシスは、腕と足を組みながら夢の中だ。

眠っているだけだというのに、その姿さえもが絵になる。

向こう側にいる女子生徒が黄色い声を上げたくなる気持ちも分からなくはない。

 

「アヤ、午後からはどうするの?」

「特に予定は無いんだけど。図書館で勉強でもしようかな」

「中間試験も終わったばかりなのに?最近よく自習してるわね」

「まぁね。油断は禁物ってやつだよ」

 

最近になって分かってきたことだが、私達にとってはこの時期が一番気が休まる。

実技テストや特別実習を終え、月が替わり季節の変わり目を肌で感じ始める、この時期。

自分の時間を作ることができるし、好きなことができる。

 

その中でも、とりわけこの時間が私は好きだった。

自由行動日にクラブ活動で汗を流し、昼食で腹を満たした後の、この時間。

教室に人はまばらで、窓から吹き込んでくる風が額の汗を乾かしていく。

 

何の変哲もない、緑色の午後。季節が変われば、また違った顔を見せてくれるに違いない。

何も無いけど、これも学生としての幸せの1つなのだろう。

大切にしようと思う。普段は忙しさで気付けない分、1秒1秒を大切に。

 

「やっぱり変わったわね、2人とも」

「・・・・・・何のこと?」

「特別実習、だっけ?あなた達、実習を終える度に人が変わるっていうか・・・・・・あれもそうだけど」

 

『あれ』は私達の隣で夢見の真っ只中だ。彼もこの時間を満喫しているのだろう。

私達に躊躇なく寝顔を見せるなんて、以前では考えられなかったことだ。

ユーシスの周囲に対する態度は、日に日に軟化しつつある。

ポーラとは相変わらずだが、それもお約束のやり取りだ。

 

「ユーシスは分かるけど、私もそう見えるんだ」

「見えるわよ。何かいいことでもあったの?」

「・・・・・・たはは、やめてよポーラ」

「何のことよ。気持ち悪いわね」

 

まぁ、久しぶりに故郷に帰れたこともあるのだろう。

そして・・・・・・この感情。気付いてしまった以上、忘れることなどできるはずがない。

 

あの後何度も自問自答を繰り返したが、答えは同じだった。

私は彼に惹かれている。その想いに、嘘は付けない。

冷静になればなる程想いは明確になり―――分からなくなってしまう。

 

「・・・・・・はぁ」

「何なのよ、もう。照れたり落ち込んだり、忙しいわね」

 

自分がどうしたいのかが分からない。

血が繋がっていないとはいえ、私達は姉弟だ。弟に抱いていい感情とは到底思えない。

今でも彼の前では平静を装っているが、やはり意識してしまう。

正直なところ、疲れる。疲れるが、口に出すわけにもいかない。

言ってしまったら、私達はどうなってしまうのだろう。

 

「ちょっとアヤ、大丈夫?」

「あんまり」

 

机の上にうつ伏せになりながら、腕の中に顔を埋める。

考えても答えなど見つからないことは、1週間前に身を持って経験済みだ。

一睡もできずに朝を迎えるだなんて、いつ以来のことだろう。

 

「・・・・・・何だか新鮮ね。こんなに弱々しいアヤが見れるだなんて」

「嬉しそうに言わないでよ」

「ふふ、いいじゃない。実際嬉しいんだから」

「ええー・・・・・・痛っ!?」

 

顔を上げた瞬間、ポーラが私の額目掛けてデコピンを放ってきた。

いい感じに眉間にヒットしたようだ。鈍い痛みが頭の内部を刺激してくる。

 

「気が向いたらでいいから、話してよ。いつでも聞いてあげるわ」

 

ポーラはそう言うと、再び右手でデコピンの射撃用意を始めた。

そうはさせまいと両手で額を防御しながら、思わず笑ってしまった。

 

まだ誰にも打ち明けてはいない。アリサにもエマにも、ラウラやフィーにも。

同じ《Ⅶ組》だからこそ、余計な心配は掛けたくはない。弱い自分を見せたくはない。

 

アリサ達に比べれば、ポーラと共有する時間は圧倒的に少ない。

そんなことは関係無いのだろう。少なくとも彼女は私にとって大切な親友だ。

だからかもしれない。アリサ達に見せられないものを、不思議と彼女には曝け出してしまえる。

甘えているのだろうか。だとすれば、少しずるいなぁと自分でも思う。

 

「ん、気が向いたらね」

「こんなところにいたのか、アヤ」

「うわあ!?」

 

背後から声を掛けられ、思わず立ち上がる。

隣にいるユーシスが気になったが、どうやら起きてはいないようだ。

 

「す、すまない。驚かせてしまったか?」

 

振り返れば、気まずそうに頬を掻くガイウスの姿があった。

いつからそこにいたのだろう。全く気付かなかった。

 

「べ、別に。それで、どうしたの?」

「生徒会長がアヤのことを探していたぞ」

「え・・・・・・トワ会長が?」

 

トワ・ハーシェル。

男女を問わず周囲から絶大な人気を誇る、生徒会を取り仕切る長だ。

教職員からの信頼も厚く、生徒という立場を超えて様々な職務を担っているらしい。

彼女と会話を交わしたことはほとんど無いが、リィンとは常日頃からやり取りをしているようだ。

 

「分かった。後で生徒会室に行ってみる」

「ああ、そうしてくれ」

 

そういってガイウスは踵を返し、教室を後にした。

彼の背中が視界から消えた後、私は大きな溜息を付きながら再び机の上に突っ伏した。

 

「ああもう。びっくりさせないでよポーラ」

「・・・・・・ていっ」

「うぐっ!?」

 

わけが分からないといった表情で、ポーラが再び私の額を弾いた。

そろそろ理不尽極まりない態度はやめておいた方がいいだろう。

彼女からすれば、私は今完全に変人だ。

というか、結構痛い。的確に同じ場所を狙わないでほしい。

 

「ねえアヤ。1つ訊いていい?」

「いたたた・・・・・・何?」

「まさかとは思うけど。もしかして、あなた―――」

 

ポーラの声を遮るようにして、突然『パシャッ』という聞きなれない音が耳に入ってきた。

見れば、先程まで離れた席に座っていた女子生徒が、ユーシスの近くでこそこそと手元を隠していた。

 

(・・・・・・カメラ?)

 

カメラだった。導力式の、小型のカメラ。

今のはシャッター音だったのだろうか。なら彼女が今撮影したのは、もしかして。

 

「嘘。撮ったの?」

 

早足で席に戻った女子生徒は、もう1人の女子生徒と小声で会話を始めた。

聞き耳を立てていると、「撮っちゃった」「気付かれてないかな」といった会話が断片的に聞き取れた。

思っていた通り、ユーシスの寝顔を拝借したのだろう。

 

「うわ、撮ったんだ・・・・・・あれ、ポーラ?」

 

気付いた時には、ポーラは席を立っていた。

私の言葉に返すことなく、彼女は無言で女子生徒の下に歩を進めた。

表情は窺えなくとも、背中を見れば感情の程は読み取れた。

 

「何のつもり」

「え?」

「何のつもりかって聞いてるのよ」

 

突然ポーラに声を掛けられた2人の女子生徒は、戸惑いながら後ろ手にカメラを隠そうとしていた。

あれで隠しているつもりか。傍で撮影しておきながら、バレバレではないか。

 

「あ、あなたには関係ないでしょう」

「だから何よ。人様の寝顔を勝手に撮るだなんて、何考えてるの?それ、現像したら許さないんだから」

 

強面で腕を組みながら歩み寄るポーラ。

ポーラが言わなくとも、私だって同じことをしていただろう。

彼女が怒るのも当然かもしれないが、ああも感情的になるなんて。少し意外だった。

 

「・・・・・・いでよ」

「え?」

「調子に乗らないでよ。ユーシス様と同じクラブだからって、何なのよ!」

 

女子生徒は声を荒げながらカメラのフィルムを取り出し、ポーラに向かって投げつけた。

 

(ええ!?)

 

これ見よがしに、何とまあ。呆れ果てたものだ。

ポーラも思わぬ反応に戸惑いの色を浮かべていたが、すぐに気を取り直して床に転がったフィルムを拾った。

それ以上のやり取りは無意味だと判断したのだろう。それをゴミ箱に投げ捨てた後、無言で席に戻ってきた。

 

「大丈夫?」

「平気よ。ああいうのはどこにだっているでしょう」

 

女子生徒はポーラの背中を睨みつけながら、隠そうともせずにグチグチと言葉を並べていた。

大半は声を出すのも気が引けるような汚いそれだった。

 

ああいった類の女子生徒がいることは知っていた。

ユーシスもそれを知った上で知らぬ存ぜぬを決め込んでいたが、流石にあれはないだろう。

ああも露骨だと怒りを通り越して、やはり呆れてしまう。

 

「・・・・・・私には、耐えられそうにないわね」

「何が?」

「知らないところで自分の写真が出回るなんて。そんな人生、真っ平御免よ。四大名門みたいな大貴族にとっては、日常茶飯事なのかもしれないけど・・・・・・私はイヤだもの」

 

あいつだって、同じじゃないのかしら。ポーラはそう言いながら、ユーシスの寝顔をぼんやりと見詰めていた。

そんな彼女の後ろ髪をまとめているのは、ユーシスが選んだノルド土産の髪飾り。

馬毛をあしらったそれを、何だかんだ言ってポーラは愛用している。

 

変わったのは、ユーシスだけではない。彼女も彼女で、人の事を言えないだろうに。

ユーシスを見るポーラの目も、日を追うごとに変わっていく。

 

「さてと、生徒会室に行くんでしょ?私はもう少し練習していくわ」

「うん。また明日ね」

 

ポーラが教室から出ていくのを見送った後、隣にいる当事者に視線を移す。

 

「いつまでそうしてるの、ユーシス」

「・・・・・・フン」

 

狸寝入りに、気付いてはいた。

女子生徒がシャッターを下ろしたあたりからだろう。

敢えて知らない振りをしていたが、私からすれば彼女ら同様バレバレだ。

 

「長いは無用だ。お前もさっさと生徒会室に行け」

「よく言うよ」

 

ユーシスは机の上を手早く片した後、教室の出入り口に歩を進めた。

その近くには、先程の女子生徒達の姿があった。

 

「おい」

「・・・っ・・・・・・は、はい?」

 

扉の前で足を止め、視線はそのまま。

ポーラと同じだ。背中を見るだけで、彼の胸中は窺える。

 

「俺に用があるならいつでも来るがいい。彼女を巻き込むな」

 

返事も待たず、そのままユーシスは教室を後にした。

残された女子生徒らは、ポカンと口を開けたまま呆けていた。

去り際まで惚れ惚れとするような振る舞いだ。

 

もう2人の関係を気に病む必要はどこにもないのだろう。

もしかしたら―――その先があるのかもしれない。

ちょっとだけ、ポーラが羨ましかった。

 

__________________________________________

 

「失礼します」

 

コンコンと扉を軽くノックし、扉を開ける。

学生会館は日頃から通っているが、今思えば2階に上がったことは数える程度しかない。

こうして生徒会室を訪れるのも、入学してから初の体験だった。

 

「・・・・・・あ。アヤ・ウォーゼルさんだよね?」

 

目に飛び込んできたのは、本棚の前で爪先立ちになりながら背を伸ばすトワ会長。

・・・・・・どう見ても同年代とはとても思えない。声までもが幼い少女のそれに聞こえてしまう。

というか、何をしているのだろう。届かないのだろうか。

 

「えーと。取りましょうか?」

「え?だ、大丈夫だよ。よいしょっ」

 

ぴょんと飛びながら器用に目当ての本を手前にずらし、降ってきたそれを両手でキャッチする。

「えへへ」と照れ笑いを浮かべながらVサイン。可愛らしい小動物を眺めているような気分だった。

 

「ごめんね、わざわざ足を運んでもらって。ガイウス君から聞いたんでしょう?」

「いえ、お気になさらず」

「ん・・・・・・おー、キルシェの娘っ子じゃねえか」

 

ソファーに横たわるのは、制服の上着を毛布代わりにしてくつろぐ男子生徒。

いつも水かドリンク一杯でキルシェに長居しては、子供達とカードゲームに興じる先輩だった。

 

「ひでえ言われようだな・・・・・・これでも常連客なんだぜ?」

「文句があるならツケという名の未払い金を払って下さいよ」

「ば、馬鹿!」

「・・・・・・クロウ君?未払いって何のことかな?」

 

小動物の愛らしい雰囲気は鳴りを潜め、代わりに笑顔と共にどす黒い何かを身に纏うトワ会長。

いつも軽口で飄々とするクロウ先輩だが、彼女の前ではそうもいかないらしい。

いい気味だ。これで近いうちにツケの3210ミラも戻ってくるだろう。

 

「わ、分かったよ・・・・・・ほれ、こいつに用事があるんだろ?」

「え?・・・・・・あ!ご、ごめんね。私すっかり」

「いえいえ、お気になさらず」

 

忙しい人だ。何となくだが、この人はリィンと相通じるところがあるように思えた。

周りのあれやこれやを放っておけない、そんな性分。

話しに聞く限り、サラ教官からも色々と事務仕事を振られているそうだ。

最近ではリィンに「教官秘書」という二つ名が《Ⅶ組》から与えられた。・・・・・・やっぱり似ている。

 

「まずはお礼を言わせて?私の依頼、いつも手伝ってくれてありがとう。リィン君から聞いてるよ」

「え・・・・・・そんな。いつもだなんて、たまに手を貸すぐらいですよ?」

 

実際に手を貸したのは、片手で数えられる程度しかない。

旧校舎の依頼についても、既に《Ⅶ組》全員の問題になりつつある。

お礼を言われるようなことはしていないはずだ。

 

「アンちゃんも喜んでたよ。指導のし甲斐があるって。可愛い後輩ができて、嬉しいんじゃないかな」

「あんちゃん?」

「ゼリカのことだよ」

 

一瞬ガイウスの顔が浮かんだが、アンゼリカ先輩のことだったか。

指導のし甲斐がある、か。実際に彼女にはお世話になりっ放しのように思える。

隙あらば意味も無く身体を触ってくるのはご勘弁願いたいのだが。

 

「しっかし、お前も物好きだよなぁ。喫茶店でタダ働きなんて」

「好きでやってるんだからいいじゃないですか」

「そうだよクロウ君。少しは見習って欲しいぐらいだよ・・・・・・それでね、アヤさん」

 

トワ会長は私に向き直ると、1枚の書類を私に差し出してきた。

 

「アヤさんには『外泊届け』を書いてもらいたいんだ」

「外泊届け?」

「うん。1週間以上前に提出する決まりだから、今日中にお願いしたいんだけど」

 

書類に視線を落とすと、その名の通りそこには『外泊届け』の4文字があった。

この紙を見るのはこれが4度目だ。特別実習に向かう前に、毎回必ず記入してきた書類だ。

唯一異なる点は、目的地が空欄であること。

特別実習の場合、ここにはサラ教官の字で『ひみつ』、その横にはハートマークで埋まっていた。

 

「あの・・・・・・何の話ですか?私には外泊する予定なんてないですよ?」

「え?だってサラ教官が、来週の自由行動日に―――」

 

___________________________________________

 

「クロスベル?」

 

ラウラが私の生まれ故郷の名を口にしながら、手にしていたティーカップをテーブルに置いた。

時刻は夜の8時過ぎ。私とラウラは学生寮の3階、談話スペースでお茶を飲みながら、風呂上りの火照った体を冷ましていた。

実習が終わってから、《Ⅶ組》ではアリサとエマの影響でノルドハーブが流行中だ。

お茶は淹れ方1つで変わるとは言うが、水出しで飲んだはこれが初めてだ。

流石はシャロンさん。たった一晩でノルドハーブの全てを掴んでしまったらしい。

 

「うん。急だけど、来週の日曜日に行くことになってね。みんなにももう話したんだ」

「そうか・・・・・・ふむ。漸く決心がついたのだな」

「あはは、サラ教官が強引に決めちゃっただけなんだけど」

 

私がノルドへ落ち着いた軌跡と、もう1つの故郷。

アリサとエマに打ち明けた私の過去は、既に皆の知るところだ。

 

私がクロスベル入りする段取りは、サラ教官がいつの間にか手配していたらしい。

本人曰く「2ヶ月続いての帰郷だなんて気が利くでしょう?」だそうだ。

まぁ、遅かれ早かれ今月中にはと約束していたことだ。後押しをしてくれたと考えれば、教官の気遣いとも取れる。

 

「クロスベル、か。確か、みっしぃはクロスベルで生まれたキャラクターだったか」

「あ、うん。昔はそこまで有名じゃなかったはずだけど、今はすごい人気みたいだよ」

 

そう語るラウラの首には、いつものようにみっしぃ柄のタオル。

今は外しているが、ラウラのトレードマークでもある黒のリボンは、リィンがノルドの交易所で選んだものに変わっていた。

ポーラといいラウラといい・・・・・・やっぱり、ちょっとだけ羨ましい。

男性からの贈り物を身に付けるというのは、どんな感覚なのだろう。

 

「アヤ。折り入って頼みがある」

「え、何?」

「そなたがクロスベルに向かう理由は承知しているのだが・・・・・・その、何だ」

 

視線を泳がせ、もじもじと頼みづらそうな仕草を繰り返すラウラ。

思わず頭を撫でたいような衝動に駆られるが、実行したら怒られるだろうか。

 

「あはは。何がいい?食べ物もあるし、色々グッズは揃ってると思うよ」

「す、すまない。恩に着る・・・・・・できれば、形に残る物がよいな」

 

私がクロスベルに向かう理由が、1つだけ増えた。

お土産探しに興じる時間を取るぐらいはしてもいいだろう。

 

_________________________________________

 

来週の自由行動日を思いながら足を運んだ先は、私の部屋では無かった。

実習以来、意識して避けてきた場所。

考え事をしていたせいか、無意識のうちに扉を開けてしまった。

 

ぼんやりと天井を見上げながら、ベッドの上に寝そべる私。

机の上に本を広げ、読書にふける彼。

 

会話が途切れることには慣れている。というより、意識したことがない。

1時間以上無言でだらだらと居座った挙句、眠ってしまったことだってある。

だというのに、自然と視線が彼に向いてしまう。何かを喋りたいのに、言葉が出ない。

変に思われたりしていないだろうか。彼の目に、今の私はどう映っているのだろう。

 

「そういえば」

「な、何?」

「クロスベルといえば、ここからかなり離れているだろう。往復するだけでも相当時間が掛かるんじゃないか?」

「・・・・・・ああ、そのこと」

 

ガイウスが言うように、トリスタとクロスベルでは往復するだけでも半日以上掛かってしまう。

直通の列車を使っても、ノルドへ向かうのと同程度の時間が必要だ。

その点については問題ない。7月10日の土曜日。私は皆よりも一足先に、昼からの自由行動が許されていた。

これもサラ教官の計らいだそうだ。ラウラへのお土産ついでに、教官にも何かお礼を選んであげよう。

 

「てわけで、土曜日の昼から留守にするから。帰ってくるのは、日曜日の夜かな」

「そうか。7年振りの帰郷だ、楽しんでくるといい。会いたい人間もいるだろう?」

「・・・・・・ん。そうだね」

 

会いたい人間。勿論、いる。

もうあれから7年も経っている。私の事を覚えている人間が、どれだけいるのだろうか。そして、その逆も。

1人だけ確定している人間はいる。期待はしていないが、もしかしたら。

もしそうなったら、私はどんな顔をすればいいのだろう。

 

(今考えても仕方ないか)

 

その時はその時だ。帰りの時間も考えれば、行動できる時間もそれ程多くはない。

知り合いに再会できる機会があれば、それだけでも幸運かもしれない。

 

「それ、何読んでるの?」

 

話題を変えるように、私はガイウスが読みふけっていた本へ視線を移す。

 

「これか。リンデから借りたものだ。帝国では有名な小説だそうだが」

「リンデから・・・・・・ふーん。へえー」

 

唐突に彼の口から出た女子生徒の名前に、思わず口調が尖ってしまった。

我ながら単純すぎると思うが、大目に見てほしい。

 

「始めは何だかぎこちなかったけど、仲良くやってるみたいだね」

「ああ。最近は色々と相談にも乗ってもらっている」

「相談?どんな?」

「・・・・・・その、色々だ」

 

小説を読む彼の目が変わった。

先程まで文字を追っていたはずの目は、明らかに焦点があっていない。

 

「ちょっと、何で隠すの」

「別に隠してはいない」

「じゃあ話してよ」

「そのうちな」

「隠してるじゃん」

 

隠してる、隠してないの応酬。

彼が《Ⅶ組》以外の生徒とうまくやれているのは嬉しい限りだ。

それでも、やっぱり少しだけ。そんな身勝手な感情にも、目を瞑ってほしい。

日付が変わるまで、そんなとりとめのないやり取りは続いた。


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