絢の軌跡   作:ゆーゆ

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ただいま、おかえり

荷物は片手の手提げ鞄が1つだけ。

元々荷物を多く抱えるのは好まない性分だ。何かあれば、現地で調達すればいい。

シャロンさんが持たせてくれた昼食も、料理用の紙で包まれていた。

これなら食べ終えた今でも荷物にはならない。

 

「・・・・・・暇だな」

 

こうして1人で列車に乗るのは、何年ぶりのことだろう。

流れ行く風景を眺めるのも、大穀倉地帯を抜けた辺りから飽きが来ていた。

エマに本でも借りてくればよかったかもしれない。

 

列車の行き着く先は、生まれ故郷の玄関口、クロスベル駅。

1185年に完成したそれは、私よりも1歳年上だ。

同年に長期的な都市計画プランが作成され、クロスベルは私と共に成長を続けた。

トマス教官によれば、既に第5期プランの段階に入っているそうだ。

私の知らないところで、クロスベルは今も姿を変え続けている。

胸が躍るような好奇心と、気後れのような気まずさ。それと、この感情。

 

(そろそろ5限目も終わる頃、か)

 

ガイウスとシャロンさんに見送られながら、トリスタ駅の改札を通った時のことを思い出す。

一瞬振り返りたくなるような衝動に駆られたが、気が引けた。

言い知れない不安感と、遠ざかるごとに増していく孤独感。

たった一晩、同じ屋根の下にいられなくなるだけだというのに。4月の特別実習では、もっと長い間離れ離れになっていたはずなのだが。

・・・・・・いや、もうあの頃の私とは違う。それにあの時だって、結局私は泣きながらすがりついていたじゃないか。

変わったような、変わっていないような。

 

「・・・・・・あっ」

 

思い出したように、唯一着替え以外に持ってきていた私物を鞄から取り出した。

クロスベルタイムズ。先月にサラ教官から借りた後、そのままになっていた。

 

あの時は気付かなかったが、雑誌にはクロスベル市の飲食店を特集するページがあった。

その中の1つが、『イケメンブランジェが作り上げる至高のバゲット』という謳い文句。

ベーカリーカフェ『モルジュ』に勤めるその男性は、私の1つ下でオスカーという名前だそうだ。

私が知る限り、思い当たる男性は1人しかいない。十中八九、彼のことなのだろう。

これで2人目だ。私が知る人間で、間違いなくクロスベルで今も生き続ける男性。

 

「・・・・・・ロイド」

 

もう1人の男性の名を口にしながら、漸く訪れてくれた睡魔に身を預ける。

出国許可証等必要な書類は、既にトワ会長経由で申請されている。

このままクロスベル駅へ到着するまですることは何もない。

今は何も考えず、夢の中に落ちたい。そうすれば、不安や孤独感に苛まれずに済むのだから。

 

_________________________________

 

―――リベール、レミフェリア各方面への定期飛行船をご利用のお客様は、お乗換え下さい。

 

「ん・・・・・・」

 

車内に響き渡る声で、目が覚めた。

ぼんやりとする目をごしごしと擦り、辺りを見渡す。

どれぐらい眠っていたのだろう。もう日は暮れているようで、車内灯の光が目に沁みた。

 

「・・・・・・え、嘘!?」

 

声を上げながら飛び起きる。

今の車内アナウンスは、間違いなくクロスベル駅に到着する前に流されるそれだ。

慌ててARCUSの時計を見ると、既に時刻は夜の7時近くになっていた。

あれからずっと眠っていたのだろうか。これはこれで予想外だ。

少なくとも国境付近では自然と起きるだろうと踏んでいたのだが。

気付いた時には、周りからクスクスという笑い声が聞こえていた。

私の慌てふためく姿が滑稽だったのだろう。・・・・・・恥ずかし過ぎる。

 

「し、失礼」

 

声を潜めながら、座席に腰を下ろす。

列車は既に減速し、停車の準備に差し掛かっていた。

 

________________________________________

 

「うわー・・・・・・」

 

駅前通り。私の記憶が正しければ、この辺りはもう少し薄暗かったはずだ。

ここだけではない。辺りを見渡すと、そこかしこが導力灯の明かりに照らされていた。

これではまるで昼間だ。変わったとは聞いていたが、予想を遥かに上回る変わりっぷりだ。

少なくとも、北側に見える高層の建物群には全く見覚えがない。百貨店のようなものだろうか。

日が暮れている分ハッキリとはしないが、クロスベル市の街並みは7年前から大きく変貌していた。

 

「まぁ、7年だもんね」

 

直前まで眠っていた分、覚悟が足りていなかったのかもしれない。

まるで生まれ故郷が突然目の前に現れたかのような感覚だ。

帰ってきたという実感が余り湧いてこないのも、そのせいなのだろう。

しばらくの間、周囲を見渡しながら一歩も動けずにいた。

 

「・・・・・・どうしよ」

 

サラ教官曰く、現地には私の案内人が待っているとのことだった。

里帰りに案内役など不要だと何度も言ったのだが、教官は一歩も引こうとはしなかった。

その案内役とやらを見つけなければ、今夜寝泊りする宿すら分からない。

とどのつまり、動こうにも動けない。指示通りの列車に乗ったし、時間通りに着いたはずなのだが。

 

「ユイ?」

 

女性の声が聞こえた。聞き覚えがあるような、ないような声。

声の方向に振り返ると、青色の作業着のような出で立ちの女性が立っていた。

 

「嘘・・・・・・ユイ、なの?本当にユイなの?」

 

導力灯に照らされた栗毛色の髪と、私よりも頭一つ小柄な体躯。

逆光になり表情がはっきりとしないが、目元には涙が浮かんでいた。

誰なのだろう。どうして、私が捨てたはずの名前を―――

 

「―――ウェン、ディ?」

「ユイっ!!」

 

思い当たった名を口にした瞬間、その女性は―――ウェンディは、私の胸に飛び込んできた。

 

「ウェンディ・・・・・・そんな、本当に?本当にそうなの?」

「こっちの台詞よ、バカ!!どうして・・・・・・バカ・・・うぅっ・・・・・・」

 

すがりつくように、私の胸下に顔を埋めるウェンディ。

それが答えなのだろう。お母さんの次に、この地でたくさんの時間を共有した同性。

そう、ウェンディだ。正真正銘、間違いなく彼女だ。

 

「やれやれ。少しは人目を気にしろよ、ウェンディ」

「・・・・・・オスカー」

「ああ、俺だよ。7年振りだな、ユイ」

 

立て続けに姿を現した、7年振りの親友。

余りにも突然の再会に、思考と感情がまるで追いつかない。

追いつかないが、身体は先行して想いに反応する。

一度目を閉じれば、堪えていた涙が頬を伝った。

あとはもう、とめどが無かった。

 

「ウェンディ、オスカー・・・・・・ごめんね。本当に、ごめんね」

「ごめんねじゃないだろう、ユイ」

 

3つ目の声。3人目の、掛け替えのない存在。

勘弁してほしい。もう涙で顔すらハッキリと見えないというのに。

もっとしっかりと目に焼き付けたいのに。

空白の7年間。この地で過ごすはずだった、感じるはずだった7年分の感情が一気に私の胸を締め付けていく。

 

「おかえり、ユイ。ずっと君に会いたかった」

「ロイドっ・・・・・・」

 

周囲の目など気にする余裕もなく、私は嗚咽を混じえながら涙を流し続けた。

私は何を迷っていたのだろう。目と鼻の先に、こんなにも大切なものがあったのに。

7年間も待たせておいて・・・・・・もっと言うべきことがあるだろうに。

泣いている場合ではない。彼が言うように、帰って来た時はごめんねじゃない。

 

「ただいま、ロイド・・・・・・オスカー、ウェンディ」

 

涙を堪え、どうにかそれだけは言えた。それが最後だった。

私はウェンディの小さな身体を抱きしめながら、再び幸せの中に身を投じた。

 

_________________________________

 

3階建てのビルの1階。ネームプレートには『特務支援課』とあった。

案内されたその建物に足を踏み入れると、色取り取りの料理の数々が空腹感を刺激してきた。

視覚と嗅覚、2つの方面から盛大に。

 

「うわー、何これ!これ、食べていいの?ねえねえ」

「落ち着きなさいよ。あんたそんなに食いしん坊だったっけ?」

「はは・・・・・・とりあえず、荷物は預かるよ。詳しいことは食べながら話そう」

 

ロイドに鞄を預け、テーブルを見渡す。

椅子は6つだったが、10人分はありそうな位広いテーブルに、様々な料理が並んでいた。

周囲を見渡すと、導力端末らしきディスプレイと通信機。

金属製のロッカーに応接用と思われるソファー、ホワイトボード。

ボードには『掃除当番』『食事当番』の文字と、数人の名前が記されていた。その中にはロイドの名前もあった。

 

「特務支援課、だっけ。確かロイド以外にも、3人位いなかったっけ?」

「え・・・・・・知ってる、のか?後で驚かそうと思ってたのに」

「クロスベルタイムズで読んだよ。警察官になったんだね、ロイド」

「まぁ2人とも。積もる話は一杯やってからでいいんじゃないか?」

 

オスカーはそう言うと、ワインボトルと人数分のグラスをテーブルに並べた。

しっかりと私の分まで用意されていた。

 

「オスカー、大っ嫌い」

「何でだよ!?」

 

気分的には何杯でも煽りたいところではあるが・・・・・・いや、やっぱり駄目だろう。

校則を破るのはあれが最後だ。残念でならないが・・・・・・うん、諦めよう。

結局私はオレンジジュースをグラスに注ぎ、7年振りの再会を祝い合った。

 

余りにも予想外の再会と歓迎を、ロイド達は一から説明してくれた。

詳しい経緯は定かではないが、遊撃士協会を通じて、彼らは私の帰郷を事前に知らされていたのだという。

サラ教官が言っていた案内役とは、どうやらロイドのことらしい。

遊撃士協会が関わっている理由は想像も付かない。お母さんが関係しているのだろうか。

それでも腑に落ちない点が多数見当たる気がするが、今は考えても仕方ない。

ちなみに今夜私が寝泊りする場所は、ウェンディのアパートだそうだ。

 

「本当にいいの?今でも3人暮らしなんでしょ?」

「お父さんが今出張中だから、ベッドも余ってるんだ。私のベッド使ってよ」

 

ということは、ウェンディがお父さんのベッドを使うということだろうか。

昔からお父さん大好きな女の子だったが、今もそれは変わっていないのだろう。

ウェンディの今の職場を考えれば、想像するに容易い。彼女はきっと、夢を叶えたのだ。

 

「技術士になったんだね、ウェンディ。似合ってる似合ってる」

 

彼女が今着ているのも、ジョルジュ先輩を思わせる作業ツナギだ。

もし彼に妹がいたら、多分こんな感じの女性になるんじゃないだろうか。

一度でいいから、2人を並べてみたい。

 

「まぁね。まだまだ修行中の身なんだけど」

「パンセちゃんは元気?」

「うん。『お姉ちゃんみたいになるもんかー』って最近うるさいのよ」

「あはは」

 

私がここにいた頃は、パンセちゃんもまだまだ幼い女の子だった。

それが思春期を迎える程度にまで成長しているだけで、7年間という時間の長さを実感できる。

 

「オスカー、雑誌で見たよ。イケメンブランジェってオスカーのことでしょ?」

「誰が書いたか知らないけどな。ほら、これも俺が焼いたんだ」

 

テーブルの中央には、バゲットやパリジャンがこんもりと盛られたカゴ。

これだけでも何人分あるのだろう。流石に私でもこれは食べきれない。

 

「これなんてすげえ多加水の生地なんだぜ。それはもうべっちゃべちゃで成型するだけでも―――」

「聞いてないみたいだぞ、オスカー」

「聞けよ」

「おいひいお」

「何だって?」

「美味しいよ、だってさ」

 

ウェンディのナイスな通訳に、親指を立てて答える。

食べきれないが、味は確かだった。この食感は焼きたてのそれだ。

言葉では表現できない程のサクサク感が絶妙なハードブレッド。

この一品だけで彼の腕前の程は窺える。それに、イケメンという触れ込みも確かなのだろう。

端整で線の細い顔立ちは、今も変わっていない。むしろ男前っぷりに磨きが掛かっている。

 

「ロイドには負けるさ。前の事件で一躍有名人だもんな」

「よしてくれよ・・・・・・俺だけの力じゃなかったんだし」

「それも雑誌で読んだよ。警察官かぁ・・・・・・やっぱりお兄さんの影響なの?」

 

私がパンを頬張りながらそう言うと、どういうわけか3人は一瞬暗い影を落としてしまった。

笑いつつも、声が渇いている。変なことを言っただろうか。

私はてっきり、お兄さんの後を追って警察に入ったとばかり思っていたのだが。

 

「はは・・・・・・まぁ、警察官になったのはやっぱり兄貴の影響かな」

「・・・・・・ねえ。お兄さんって、今は」

「亡くなったよ。殉職したんだ、3年前に」

 

3人と同様にして、パンを口に運ぶ手が止まった。

喉を通り過ぎようとしていたそれまでもがピタリと止まる。

慌ててグラスに注がれていたジュースを口の中に入れ、どうにか胃の中に流し込んだ。

 

「わ、悪い。驚かせて」

「・・・・・・ううん、こっちこそ。その、ごめん。思い出させちゃって」

 

少しだけ合点がいった思いだ。

こうして向き合っているだけで、彼のお兄さんの面影がある。外見が似ているだけではないのだろう。

それ以外の何か、お兄さんから継いだ確かなものが、今のロイドには宿っているように思えた。

 

恐る恐るセシルさんのことを聞いてみると、彼女は今もクロスベルに身を置いているそうだ。

ほっと胸を撫で下ろす。ロイドは昔から彼女を本当の姉のように慕っていた。

 

「特務支援課の仲間は・・・・・・簡単に言えば、研修中かな。このビルにも、今は課長とキーアしかいないんだ」

「そうなんだ・・・・・・キーア?ロイド、キーアって―――」

「おまちどーさまー!」

 

聞き覚えのない名前を耳にしたところで、扉の向こう側から幼げな声が聞こえた。

 

(か、かわいいっ)

 

腰元まで伸びるライムグリーンの長髪に、同色のくりりとした瞳。

シーダと同じか少し下程度の歳の少女が、よいしょよいしょと大皿を抱えていた。

その後ろには―――

 

「ま、魔獣!?」

「む。ちがうもん!この子はツァイトだよ」

「がるるっ」

 

思わず身構えてしまった。一見すれば、どう見ても魔獣だ。

一方で魔獣特有の邪悪さや殺気は微塵も感じられない。どんな生き物だ、これは。

 

「安心しろよ。あれは犬だ、犬」

「そうそう、クロスベルじゃ有名な警察犬なんだから」

 

無茶を言わないでほしい。こんな犬を見るのは初めてだ。

・・・・・・本当に犬なのだろうか。まぁ、少なくとも魔獣ではないのだろう。

それはいいとして、この子は一体。

 

「決まってるじゃん。ロイドの子だよ」

「えええ!!?」

「お約束のボケはよしてくれ、ウェンディ・・・・・・そんなわけないだろう」

 

一瞬だけ天地が引っくり返るような感覚に襲われた。

事情を掻い摘んで話してくれた今でも、心臓の音が聞こえる。

・・・・・・驚かさないでほしい。今のところ、嘘とはいえ驚き具合は断トツだ。

 

「えっと、キーアちゃん?ごめんね、魔獣だなんて言って」

「んーん。ツァイトも気にしないでって言ってるよ」

 

腰を下ろし、ツァイトの頭をそっと撫でる。

賢そうな犬だ。犬というより、狼に近い種なのかもしれない。

その目からは人間のような感情の色が窺えた。確かに何かを語りかけてくるような感覚だ。

「気安く触るな」といったところだろうか。超然とした態度が、どことなくユーシスを思わせる。

 

「おねーさん、ロイドのおともだち?」

 

いつの間にかロイドの膝元に収まっていたキーアが、首を傾げながら訊いてくる。

 

「うん。ウェンディとオスカーも、私のお友達だよ」

「そうなんだ。どこに住んでるの?」

 

キーアの問いへ反応するように、ロイドら3人の視線が私へと注がれた。

そろそろ出番だとは思っていた。彼らが今歩んでいる道は、大方把握できた。

次は私が話をする頃合いなのだろう。察するに、皆もキッカケを欲しがっていたように思える。

 

「トールズ士官学院、だったかしら。ユイ、今は帝国で学生をしてるんだよね」

「・・・・・・それは知ってるんだ。オスカーも、ロイドも?」

「おう。この前聞いたばかりだけどな。それもその学院の制服なんだろ?」

 

言われてハッとした。私の出で立ちを見ただけでも、学生という身分は筒抜けだ。

そこまでは知らされている。彼らが知りたいのは、そこへ行き着いた軌跡と、その先の話。

 

「差し支えなければ・・・・・・聞かせてくれないか、ユイ。君の身に起こったことを。今日までの、7年間のことを」

「・・・・・・アヤ」

「え?」

「お願い、みんな。私のことは・・・・・・アヤって呼んで。私は、アヤ・ウォーゼルになるために、ここに来たから」

 

目蓋を閉じて、深呼吸で一旦間を置いた後、私は全てを語った。

 

________________________________________

 

全てを話すと言っても、明かすことができない部分は多数ある。

身喰らう蛇と呼ばれる存在と、帝国を渡り歩いた4年間。

余計な心配は掛けたくなかった。だから私は、多少の嘘偽りを混じえながら語った。

 

4年前、私とお母さんは金盗り目的の傭兵団に襲われた。

唯一の肉親を失った私は、帝国という異国の地で天涯孤独の身となった。

帝国には戦争孤児のような存在は珍しくもなく、私はその中の1人として施設に預けられた。

そこで私は空白の4年間を過ごした。

私がノルド高原で暮らすウォーゼル家に養子として引き取られたのが、3年前。

これが事前に考えていた、私の7年間。

所々の件に少々無理があるようにも思えたが、3人は大した疑いを抱いていないようだった。

 

「の、のの、ノルド高原!?遊牧民!?」

 

寧ろ、その事実に驚愕していた。これはちょっと予想外だった。

 

「マジかよ・・・・・・驚いたな。遊牧民なんて、話でしか聞いたことがなかったぜ」

「あはは。まぁ、私も最初は戸惑ったけど。慣れればいいところだよ?」

「導力抜きの生活なんて私には耐えられないわよ」

 

ウェンディについては、単に機械いじりがしたいだけな気もするが。

ともあれ、事実と大きな相違点も無い。私の名や性が変わった理由と、クロスベルを訪れた理由にも。

駆け足だったが、私が抱える事情もある程度は理解してもらえただろう。

 

「ねえ、セシルさんって今はどうしてるの?看護士を目指してなかったっけ?」

「ああ。今は聖ウルスラ医科大学に勤めてるんだ」

「ねーねー、キーアが作ったパスタも食べてよ。早くしないと冷めちゃうよー」

「あはは、じゃあ頂こうかな」

「大皿ごと持ってくなよ・・・・・・」

 

とはいえ、たったの1時間程度で7年間の空白を埋めることはできない。

今日はただの移動日だ。時間はたっぷりと残されている。

たくさんの話をしよう。1つでも多くを共有しよう。

酒を飲まなくて正解だった。記憶が薄れてしまうのは、余りにも勿体無い。

最近の私は、少し恵まれ過ぎている。そんなことを思いながら、クロスベルの夜はゆっくりと過ぎていった。

 

______________________________________

 

途中からは、ロイドの上司であるセルゲイさんが参戦した。

参戦と言っても、料理をつまみながら黙々と酒を煽るだけだった。

無愛想、とは少し違うようだ。話を振れば答えてくれるし、キーアも彼を慕っているように見えた。

よくよく思い返せば、ロイドのお兄さんと一緒に歩いている姿を目にしたことがあるような気がする。

 

雰囲気と料理がそうさせたのか、皆の酒は進みに進んだ。

オスカーは酒に弱い体質のようで、一番目にソファーへと倒れ込んだ。

ウェンディはおそらく私と同程度にいける口のようだったが、オスカーに続いた。ペースがいくらなんでも早過ぎたようだ。

自分の限界を知らずに飲んでしまうあたり、酒の席に慣れていないのだろう。

 

「参ったな。2人とも、明日は仕事だって言ってたのに」

「オスカー、明日も早いって言ってたよね」

 

ブランジェの朝はとても早いそうで、明日も4時半には起床する必要があると言っていた。

どう考えても酒が抜けきっていない時間だろう。

 

「このまま寝かせてあげたら?」

「ああ、そうだな。モルジュさんとパンセには俺が連絡しておくよ」

「・・・・・・あっ」

 

そこで漸く気付いた。私はウェンディのアパートに泊めてもらう約束だった。

・・・・・・流石に本人を置いて訪ねるわけにもいかないだろう。

 

「そ、そうだったな。仕方ない、一緒のベッドで眠るか」

「え゛」

「キーアと一緒に寝るのは慣れっこさ。悪いけど、キーアの部屋を使ってくれるか?」

「・・・・・・ロイドって、何か私のクラスメイトに似てるよ」

「そうなのか?よく分からないけど、会ってみたいな」

 

絶対に会わせてはいけない。

何となく、そんな気がした。

 

___________________________________________

 

ロイドと2人で皿洗いを終えた後、私はビルに備え付けられていたお風呂場で汗を流した。

失念していたことだが、私は本当に最低限の着替えしか持参していなかった。

おかげでタオルや洗面具もロイドの物を借りることになった。うん、我ながらだらしないと思う。

 

部屋へ戻る道すがら、私は屋上へと繋がる階段を見つけた。

そこは日常的に使用されているようで、木製の花壇や物干し竿等が目に入った。

 

「すごいなー・・・・・・」

 

屋上からは中央広場や西通り、住宅街周辺なら隅々まで見下ろすことができた。・

こんな時間だというのに、道路には導力車の、空には飛行船の導力灯がちらほらと目に付く。

様々な文化を吸収してきたクロスベル市は、場所が変われば顔も大きく変わる。

それに拍車が掛かったかのように、振り返れば同じ市内とは思えない光景が目に飛び込んでくる。

 

「こんなところにいたのか」

 

背後からロイドの声が聞こえた。

先程までの警察官らしい服装とは違い、Tシャツにジャージパンツというラフな出で立ちだった。

 

「ごめん、ちょっと夜風に当たりたかったから」

「構わないさ。俺も1月にここへ戻ってきた時は、よくそうやって黄昏れてたっけ」

 

そう言ってロイドは私の隣に立ち、柵に身体を預けながら私と同じ視界を共有した。

想像もしていなかった。3人と再会し、あんな楽しい一時を過ごすことになるなんて。

こうして彼の隣に立ちながら、故郷を見渡すことになるなんて。

 

「何か・・・・・不思議。7年振りなのに、全然そんな感じがしない」

「君が昔と変わらないからじゃないか?俺達だって同じことを思ったぐらいだ」

「それこそこっちの台詞だよ。でも・・・・・・ありがとうロイド。おかえりって言ってくれて、嬉しかったよ」

 

そう言うとロイドは照れ笑いを浮かべ、夜空を見上げた。

 

「・・・・・・大変だったんだな」

「え?」

「分かるんだ。君はお母さんを亡くしてから・・・・・・ずっと頑張ってきたんだろう。たった独りで、ずっと」

 

帝国中を彷徨い続けた、私だけの4年間。

言葉にはせずとも、彼には分かっていたのかもしれない。

昔からそうだった。何も変わらない。気取らない態度も、何もかも。

 

「白状するけど、俺は諦めていたのかもしれないな。こんな日が来るなんて、思ってもいなかった」

「ロイド・・・・・・」

「だから、俺からも言わせてくれ。ありがとう、アヤ。こうして帰って来てくれて・・・・・・ただいまを、言ってくれて」

 

屋上を吹き抜ける風が、火照った顔をなぞっていく。

 

ロイド達は変わった。

私よりも一足先に自立し、皆それぞれの道を歩み始めている。お酒だって飲める年齢になった。

それでも、根本は変わらない。ウェンディもオスカーも、ロイドも。

裏も表も無い、何の迷いも無く思いを言葉にできる純粋な彼。

私はきっと、彼のそんなところに惹かれていたのかもしれない。

 

「私も・・・・・・私だって。ずっと、会いたかったんだから」

 

トリスタ駅の改札を通った時の、孤独感や不安感。

それはすっかり鳴りを潜め、私は目の前の幸せと思い出を想っていた。

大切な何かを忘れてしまっている気がしたが、今の私にはどうでもいいことだった。


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